さまざまなSF映画で特殊効果を担当したダグラス・トランブル氏が現地時間2月8日に逝去した。この2年間は癌、脳腫瘍、脳卒中と闘病しており79歳だった。
同氏の娘であるエイミー・トランブル氏がFacebookを通じて明らかにしている。
ダグラス・トランブル氏は、映画『オズの魔法使』の視覚効果を担当したドナルド・トランブル氏の息子として1942年に生まれる。
当初は建築家志望だったが、写実的な絵を描く能力を買われ、NASAや空軍のために短編映画を制作するグラフィック・フィルムズ社に就職。そこで制作した宇宙飛行をテーマにした映像が映画監督のスタンリー・キューブリック氏の目に留まり『2001年宇宙の旅』にグラフィック・フィルムズ社とともに抜擢された。
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だが、キューブリック氏は制作上の都合からグラフィック・フィルムズ社の契約を解除。『2001年宇宙の旅』の制作を続けたいことを熱望したダグラス・トランブル氏は、キューブリック氏に直訴して特撮監督として抜擢された。
1968年に公開された『2001年宇宙の旅』は「SF映画の金字塔」と評されるほど高く評価され、ダグラス・トランブル氏も大きな名声を得た。特に主人公がスターゲートに突入し、光の帯が迫ってくる特撮技術「スリット・スキャン」が有名だ。
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ほかにも『アンドロメダ…』、映画版『スター・トレック』、『未知との遭遇』、『ブレードランナー』などSF映画の名作に携わっており、氏の名声はさらに高まり、特撮の巨匠としての地位を獲得した。
また映画監督としては環境保護のメッセージが色濃い『サイレント・ランニング』や、バーチャリ・リアリティを先取りした『ブレインストーム』を手がけている。
ダグラス・トランブル氏は新しい特殊効果技法を考案することで、これまでにない斬新なビジュアルイメージを作り出すことに成功し、SF映画、アニメ、ゲームなどに多大なる影響を及ぼした。