「桜井政博」という名を聞いたとき、みなさんは真っ先に何を思うだろうか。
筆者の場合は「すごい」の3文字である。こんなことをインタビューの冒頭で書いてしまうのも変かもしれないが、「『星のカービィ』と『大乱闘スマッシュブラザーズ』を作るってどういうことなんだろう?」と、率直に思う。
小学生のころに『大乱闘スマッシュブラザーズ X』を遊んでいた私にとって、桜井政博氏には「Nintend Directに出てきて、大企業のプレゼンのようにその辣腕を振るう、すごい人」という印象が焼き付けられていた。
そんな桜井政博氏が新たに始めたすごいこと、それこそが「桜井政博のゲーム作るには」というYouTubeチャンネルだ(英語版チャンネルも同時開設)。
「世界中のゲームの面白さを、少しだけ底上げする」という目的のもと、これまで制作してきたゲームの企画意図・作り方・細かい仕様・桜井氏の個人的な雑談など、ゲームに関するさまざまなことを桜井氏が直接説明。現役のゲームデザイナーが語り手となり、ゲーム作りのノウハウを伝える内容は、その完成度の高さもあり、日本国内はもとより、海外でも大きな反響を生んでいる。
今回、電ファミニコゲーマーは幸運にも桜井氏本人に「桜井政博のゲーム作るには」について、話をうかがう機会を得た。「桜井政博のゲーム作るには」の具体的な制作手順をお聞きするとともに、この番組を成立させるためには、いったい何が重要なのかをうかがうなど、桜井氏のYouTubeチャンネル制作者としての側面にも迫っている。
桜井氏の「情報発信のやり方」について深堀りしているので、ゲーム開発に携わっている方はもちろん、そうでない方にも参考となる記事になっている。
また、「桜井政博のゲーム作るには」の制作の裏話もいくつか語られており、桜井氏の番組のファンの方も必読の内容となっているだろう。とにかく記事を通じて「桜井さんのすごさ」を、みなさんの脳に焼き付けていただきたい。
聞き手/豊田恵吾
文/ジスマロック
編集/実存
カメラマン/増田雄介
「チャンネル登録してください!」あの番組の高評価率は!?
──「桜井政博のゲーム作るには」の最初にアップされた動画にて、「講師の依頼を受けることが多いけど、それでは限られた人にしか伝えられない。動画にして配信することで、より多くの人に届けたい!」と、この番組を始めた理由について語られていましたが、そもそものYouTubeで始めるきっかけなどはあったのでしょうか?
桜井氏:
私のチャンネルに関して開口いちばん言いたいことは、「チャンネル登録してください!」ですね(笑)。
──(笑)。
桜井氏:
とりあえずこれは最初に言っておこうと思いました。YouTuberっぽいですし(笑)。
でも、私の番組ではYouTuberらしいことをしていないという事実もあるんですよね。
たとえば、「動画をだいたい10分以上でまとめる」、「動画内でチャンネル登録を推奨する」といったYouTubeのセオリーがあることは、番組作りを始める前からわかっていました。それらのセオリーは研究された結果として、配信者のあいだで定着しています。
しかし、「そのセオリーを知ったうえで、やらない」ことも大事だと考え、私の「YouTuberらしくない」番組の形があったりします。
──つまり、桜井さんのチャンネルは「YouTubeのセオリーにこだわらない」ことを考えてスタートしている、ということでしょうか?
桜井氏:
いえ。一番最初に考えたのは、「ゲーム作りを伝授する」、「動画で見ていただく」という2点です。ゲーム制作のイロハや私が作ったゲームの仕組みなどについて、多くの人に知っていただくことが大前提でした。
それを発信するメディアを考えたときに、「YouTubeが一番適している」と考えました。もしも、いまのインターネットやメディアの環境が違っていれば、YouTube以外の場所で配信を行う可能性もあったと思います。
──「ゲームを伝達する」という前提から考えて、時代性やメリットを考慮したうえでYouTubeを選択されたのですね。桜井さんが番組を配信する場所として、YouTubeというプラットフォームのどういった点が最大の決め手になったのでしょうか?
桜井氏:
やはり、「みんなが気軽に見ている」という点です。
もちろん、「気軽に見る」という観点では、TwitterなどのSNSも含まれるかもしれませんが、Twitterの場合は140文字以内のひとつのツイートがスクロールで簡単に流れていってしまうから、適してないですよね。そして書籍は……正直あまり多くの方に届かないと思います。
一方で、自分で専用のサーバーを立てて配信をするのも、いろいろと重たい問題がある。
──よくわかります。
桜井氏:
一応、ここでちゃんとお伝えしておかなければならないと思うのですが、私は「YouTubeはとても優れたメディア」だと思っています。あれだけたくさんの人が使用しているのに、ほとんどサーバーダウンが発生せず、快適に楽しめるという。巨大なメディアとしてYouTubeはうまく進行しているし、それだけの理由があることは自分でチャンネルを運営してみてよくわかりました。
だけど、私は動画内にCMや広告などを入れるプロモーションを行っていません。基本的にチャンネルは無収入で運営されています。つまり、私のチャンネルは「YouTube側にとってはうまみのないチャンネル」ということなんですよね。
私は「YouTubeという優れたプラットフォームを無料で使わせていただける」ことにとても感謝をしていますし、本来は私のチャンネルからYouTube側に幾ばくかのお金が入るべきだとは思っています。そこは一応お伝えしておきたかったです。
しかし私の番組はCMや広告が入るわけでもないし、どこかの企業からお金がもらえるわけでもない。強いて言えば、有料のYouTube Premiumに加入している方が見てくれている……ことはあるかもしれないけど、YouTube全体の収入から見れば、些末な話だと思います。動画も短めですし。
番組が試聴されるにはYouTubeのおすすめに上がることが不可欠なのですが、YouTube側にはそうする理由がありません。なので、せめてチャンネル登録はしていただきたいところですね。少なくともこれは、自身がもうかりたいから言っているわけではありません。そうすることで、より動画を作った効果が活きるからですね。
──「ゲームを伝達する」という点に関してですが、長くゲーム業界に携わってらっしゃる桜井さんの中で、「自分より若い世代や後進に何かを伝えていくべき」という気持ちが強くなっていたのでしょうか?
桜井氏:
「若い世代、後進に伝えたい」というよりも、「この番組は長い目で見て必ずゲーム全体をより良くするであろう」、「ゲーム業界に全く関係のない人が見ても、役に立てるであろう」、「ゲーム作りを目指す人が増えるだろう」という見込みがあって、運営しています。
実際、ゲームを遊ぶ側の方々にも、「ゲームの分解能が上がる」、「解像度が上がり、理解が深まる」と言っていただいています。私の番組を通してゲームの作り方や仕様の意図などを知っていただくことで、遊ぶ側の人も、より広く深い視点でゲームを楽しむことができる。
また、ゲーム業界にいない人でも、「ゲーム業界ってこういうものなんだ」ということを私の番組を通してある程度理解できるのが、メリットとしては大きいのではないかと思います。一般のかたにとっては、知られざる世界ですしね。
とにかく「ゲーム作りや意図について知られる」ことが大事だと考えています。知らないからこそ、作る側と遊ぶ側でいろいろな不満やすれ違いが生まれてしまいます。一方で、知っていれば知っているほど、ゲームは楽しくなるとも思っています。何しろ、ゲームをよく知っている私こそ、存分にゲームを楽しんでいますからね(笑)。
──桜井さんがゲームを楽しんでいるということは、動画からもしっかりと感じられます。2022年5月25日にYouTubeのチャンネルを立ち上げられてから、視聴者の反響をどのように感じていますか?
桜井氏:
反響については、ふだん私の動画を見ている方とそんなに情報量の差はないと思います。
コメント欄などでその動画の反応を見ることができますけど、その「コメント欄に書かれていること」以上の情報は私にも特にありません。知り合いの方にお会いしたときに、ちょっと言っていただけることはありますけどね。また、メーカー大手などで、スタッフの教育や参考として使われた話をいくつか聞きました。
それぞれのコメントや反応に対してお返事ができないところは申し訳ないと思うのですが、海外のコメントも含め、目を通します。「遅延を撲滅してほしい」を観て環境遅延を改善してくれたり、「ゲームしながら運動のすすめ」に倣って健康に目を向けた人の話などは、率直にうれしいです。
運営側しか知り得ない情報としては……。YouTubeでは、アナリティクスという機能があり、配信者だけが見ることができますが、その中での「高評価パーセンテージ」は反響と言えるかもしれません。具体的な数値を言っちゃいますと、日本だと高評価率99.6%くらいです。
──すごい!!!
桜井氏:
日本だとだいたいそれが平均的です。そして、海外だともう少し高くて、99.7~8%くらいになります。コメント欄もそうですが、私のチャンネルがそんなにポジティブに受け止められる未来が待っているなんて、私自身予想していませんでした。
──いやぁ、99.8%はちょっと聞いたことがない数字ですね……。
桜井氏:
これ、本当の話です。
まぁ、こんなこと言うと低評価爆撃とかされてしまうかもしれないんですが(笑)。しないでね!
桜井氏:
ゲームは「ストレスを与え続ける遊び」ですし、どうしてもネガティブに捉えられるような側面はあると思います。でも、コメントを見ればポジティブに捉えてくれている方がたくさんいるし、「この番組はそんなに受け入れられているのか」と、私自身すごくビックリしています。
この番組は非常に奇跡的な確率の上で成り立っている。「ゲーム制作者が番組を作るうえで大事な条件」は?
桜井氏:
しかし、「桜井政博のゲーム作るには」は、非常に低い確率が何層も重ならないと実現できないチャンネルだと思うんですよね。そこについて、いろいろな要素があるのでひとつずつ挙げ、ゆっくりお話をさせていただければと思います。
まず、ゲーム業界に「ゲーム制作者」が何万人、何十万人かがいるとします。全世界を含めたら何百万人かもしれません。その人たちはみんな、YouTubeのチャンネルを開設できるわけですよね。その段階では、番組が出る可能性はとても高い。
だけど、そのチャンネルの動画や企画などでは「どういう作品を作った誰が言っているか」ということがとても大事になってくると思います。
「ある程度高い、あるいは知られた実績があること」は大事。
また、「その実績を公開できること」も必要ですね。
例として挙げるのもおこがましいですが、同じ内容の言葉を宮崎駿さんが言うのと、デビュー1年目の新人アニメーターが言うのとでは、言葉の意味や重みがまったく違うじゃないですか。同じセリフを言うことはできるけれど、実態が伴わない。つまりそれは、実績が信頼度に比例するということだと思います。
桜井氏:
「私と比肩できる実績を持っているゲーム制作者」がどれくらいいるのかというと、世界規模にしてもだいぶ限られてくると思います。
たとえば、『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』の開発スタッフが最大300人だったとしても、その中で私と同程度の実績を持っているような人はやっぱりいなかったから、単純に考えても300分の1になります。実際には、もっともっと少ない数に絞られるでしょうね。
つぎに、「メーカーに属していない」ということが意外と大事だと思います。もしも、大手ゲームメーカーに勤めている人が個人のYouTubeチャンネルを開設して、その人が自分の動画でメーカーの秘密をバンバンしゃべってしまったら、逮捕されてしまいますよね(笑)。
──(笑)。
桜井氏:
もちろん私だって、任天堂にお断りは入れています。開発内容に触れるところは、事前に動画などをチェックしていただいていますし。
でも、動画や番組が、自分の考えたことや経験で構成されていることは大きなポイントだと思います。
各ゲームの企画コンセプトや「悪魔の釜」などのシステムはもちろん、「8つのヒットストップ仕様」や「ジャンプの仕組み」における特殊ジャンプなどの仕様などは私が考案したものですね。
桜井氏:
それに関連して、「自分で得た経験を語れる」ということが大事だと思います。最初から会社にあったノウハウや、別の人が考案したシステムを勝手に話してはいけません。
当番組の場合、「ファイル名は合理的に」や「モーション指定の仕方」など制作の工夫や、「判定があるものを強調する」、「ゲームに合ったテンポ感」などの汎用的な監修内容、「目の前に吊られたごほうび」、「物理ボタンに重たさを感じさせる」と言った仕様やゲームの感じさせかたなども含めて、私の番組内で紹介していることは基本的に私が実地で得た手法や経験や工夫で構成されており、ほかの人から教わったことではありません。
ついでに、「仕様を変えること」、「お客さんに説明できるの?」などの仕事の姿勢や、各種ゲーム性の話、「ゲーム作りで食っていくには」、「チームの情報共有」なども、長いゲーム制作経験から得られた知見です。
他の人の話の引用ではなく、他作品を評論するものでもなく。制作手法も含めて、自分で考えているからこそ番組を作れていると思います。
桜井氏:
加えて配信者が「よりたくさんのジャンルのゲームを作っている」こと。
つまり、「特定のジャンルに特化した制作者」では難しい。
「RPGのみを作っている」、「アドベンチャー制作に長けている」、「描画に特化したゲームが得意」……。そういった専門性は強みにもなりますが、総合的な番組作りでは、偏らないことが大事です。少なくとも、3つぐらいのジャンルはまたいで制作しているのが望ましいですね。
「桜井政博 ディレクター作品」でも紹介していますが、私の場合、少なくとも6つのジャンル【※1】のゲームを作っています。『新・光神話 パルテナの鏡』をレールシューターとTPSにわけてカウントしたら7つ。
さらに「ハックアンドスラッシュ」、「ワンボタンゲーム」みたいなレイヤーが異なるジャンルを含めていくと、さらに多くなります。広範囲にゲームを制作しているからこそ、いろいろなことを説明できるのは大事かなと思います。
※1「桜井氏が制作した6ジャンルのゲーム」
『星のカービィ』の横スクロールアクション、『スマブラ』の格闘アクション、『カービィのエアライド』のレース、『メテオス』のパズル、『新・光神話 パルテナの鏡』のシューター、『そだてて!ムシキング』の小型LCD育成ゲームの計6ジャンル。ちなみに「小型LCD育成ゲーム」は『たまごっち』のような小さい液晶で何かを育成するゲームのこと。
──いやぁ……桜井さんほどの多くのジャンルのゲームを制作されている方は、流石に限られてきますよね(笑)。
桜井氏:
そのうえで、「ほかのゲームにも精通している」ことも重要です。
とにかく私はさまざまなゲームを遊んでいて、理解しているのは番組の強みでもあります。ゲーム名を具体例として挙げて、視聴者の方にイメージをつかみやすくできますし、考えかたも広くできます。
番組内で「RPGのゲーム性」について話をしましたが、私はRPGを制作したことがないので、本当はそのジャンルの制作について言えた義理はないです。でも、具体的なゲームの例や、仕事としてのゲームデザインで考えられること、ひとりのプレイヤーとして感じたことを組み合わせていくことで、説得力が出ると考えています。
桜井氏:
そして……まだあります(笑)。続けて大丈夫ですか?
──はい、お願いします(笑)。
桜井氏:
当たり前ですけど、「プレゼンテーション上手である」ことが必要です。
ゲームのディレクターだったら、「チームの人々に仕事を振る」、「企画のプレゼン」などを日々の仕事として行っているので、ある程度「人に向かって話す」ことはできると思います。しかし、ディレクターを務めている方は、アクが強い人も多いですしね……(笑)。
隔たりなくいろいろと語ることができる人は、なかなか少ないかもしれません。逆に、プレゼン能力が高いからといって、発言内容が他人の引用であってはいけないですから、考えを生み出すのと伝えるのでセットです。こうなると、さらに該当できる可能性は減っていきます。
桜井氏:
そして、「定期的な情報の発信ができる」ことです。
これは週刊ファミ通でコラムを18年半連載し続けていた実績がありますからね。
──18年以上、週刊誌で連載を続けていたということは、毎週締め切りがあり、桜井さんはそれを守っていたわけで……。
桜井氏:
ほかにも「スマブラ拳!!」の更新やNintendo Directなどのいろいろな発表が定期的にやってきたりして……とにかく「自分が非常に忙しい状況でも何らかの形でプレゼンを行える」ことは必要だと思います。
歴代のファミ通コラムにしても、いろいろなゲーム開発者が担当しては「忙しいときは書いている余裕がない」などの理由で連載がなくなっていったわけです。そういう忙しい状況下においても、定期的に情報発信を行え、それを苦にしないマメさが不可欠ですね。もちろん、手の早さ、作業スピードも求められます。
そして、「番組制作に対して、投資を惜しまない」。
「投資」だと自分に還元されるのが前提の言葉なのでもう少し正確に言うと、いわゆる「寄付」だと思います。私がしている番組制作や情報発信は、利益が得られませんから。
番組の制作費用は、少し引くほどかかっています。ほとんどが編集会社にかかるお金ですが、ふつうの会社員なら、補うのはまず無理だと思います。
私が仕事をする分は無報酬なのでノーコストですが、もしも私を使う費用分を計上する場合、実制作費はさらに跳ね上がります。どう転んでも、個人負担して制作するのも、会社で予算枠を組んで制作するのも無理と言える範囲のように思えます。
利益を出さない形においてこの規模と更新頻度の制作は、YouTube全体で見てもまあまあ珍しいと思います。たぶん。
桜井氏:
そして、最後にひとつ。
「これまで紹介してきたことの価値を、自身が理解した上で取り組める」ということです。
番組内容にしてもコラムにしても、自身がふだん考えていることだから、私は当たり前のことだと思っています。当然の日常を人に伝えても、面白いと受け取ってくれるかどうかがわからないし、不安になる。
いままで触れてきた番組の特異性やメリットについて、自身を客観視して判定しなければできないわけです。
番組の制作というのは、意外と孤独との戦いなんですよね。自分は制作をしている段階で、「この番組は本当に役に立ってくれるんだろうか?」と、ずっと疑問に思いながら、コツコツ積み上げています。制作途中では誰かのリアクションなど得られないですし。これは、ゲームの企画もそうですけれども。
公開した時、すごく好評でありがたいのですが、本筋が伝わっていなさそうなコメントも少なくないです。筋違いの批判を浴びせられたり茶化されたり、他者批判が始まったりすると、なんのために作っているのだろうと我に返ることもしょっちゅうです。
しかしそこは鈍感力で乗り切ると言いますか……「バカになる」しかないですね。どこかに役に立ててくれる人がいる! と思い込むことで、なんとか頑張っています。
──自分を騙すわけですね。
桜井氏:
そうでなければ、とてもやっていけないと思います。深く考えてはいけない。恥ずかしいと思ってはいけない。
もちろん、自分のゲーム制作のノウハウは黙って独占していたほうが明らかに自分のためにはなります。メシのタネですし。その上で貴重な時間やコストを割いてまでやるほどではありません。でも、「この情報の発信がゲーム業界にとって有効である」というメリットを頭で理解しているから、番組制作を進められるわけです。
ただ、「心が折れたらすぐにやめよう」とは思っています。いつでもやめられることを支えにしているところもありますね。
桜井氏:
これまでいくつかの要素を挙げてきました。ゲーム開発者全員が配信者になれる可能性がありますが、それぞれの項目を満たせる確率は、ひとつだけ取り上げてみてもだいぶ少ないと思われます。それらを全部満たせるケースとなると、極めてまれ、あるいはその確率が無いと言っていいぐらいかもしれません。
つまり……この番組は奇跡的な確率で成り立っているチャンネルなので、観ないとソンです。ぜひチャンネル登録をお願いします!
──ここまでの桜井さんの説明に圧倒されてしまいました。本当に奇跡的な確率で成り立っていることがたいへんよくわかりました! 話を聞けば聞くほど、桜井さんでなければ実現できないチャンネルだということが理解できました。
「この番組が役に立つこと」を信じて番組を作る
──桜井さんがここまで気合を入れて「ゲーム制作者がゲームを伝達する番組」を作られたので、ゲーム制作者の番組のハードルがかなり上がったのではないか、とも感じます。
桜井氏:
いえ、ほかのかたが番組を作る場合、私の番組と「同等」でなくてもいいと思います。私の番組ぐらい、実績に基づいた総合的なゲーム作りを紹介するのは難しいでしょう。
たとえば、私より絵をうまく描けるデザイナーの方がゲームの描画方面に特化したチャンネルを作るのはおおいにアリです。その人の個性や強みが活きるチャンネルが出てくればよいですね。
ほかにも実際には開発者でない人などが、すでに発売されているゲームに対して「このシステムはこうしたからできた」など、ゲームの仕組みを解説する評論のようなものはできうると思います。が、実際の現場で汗をかいた人がそのままノウハウを伝えるのは先ほどのメーカーの制約なども含めて難しいでしょうけどね……。
──桜井さんが「ゲーム業界のため」という理由でここまで番組の制作などを行える「原動力」のようなものはあったりするのでしょうか?
桜井氏:
ないですね(笑)。
自分でも「利点はない」と自覚しているくらいにはないです。そんなに盲信していないぞと(笑)。
──(笑)。
桜井氏:
でも、実際にこうして番組を配信して、「この番組がすごく役に立っている人もいるだろう」という実感も同時にあります。この番組を見たら、それぞれの要素について考えてしまう人は考えざるを得ないと思うんですよね。
「大事なところはストップ!」を観たらヒットストップについて考えざるを得ないし、「ズルを許す」を観たら作る側も遊ぶ側もより寛容になり、ゆとりが生まれるかもしれません。「遊びの仕事は遊びじゃない」などの仕事の姿勢、「わかりやすさとスタイル性」、「大事と小事を見分ける」など適切なバランス、「ゲームに与える賞」などの雑談も、見てしまった以上は何かが頭を回り始めるのでは。
いちばん最初の動画の「このチャンネルについて」で説明した「視聴者の経験や技術や知識をちょっとだけ底上げする、下駄を履かせる」という効果は、気のせいではなく実際に効果が上がっていると思います。
桜井氏:
視聴者の方も、その効果はすぐには見えてこないと思うし、なんらかの貢献成果が私の目に見えることも無いと思います。が、確実に少しの底上げにはなるだろうと信じて、鈍感力でがんばっています。
──読者、視聴者目線でお伝えすると、桜井さんが制作されたコラムや動画は、誰が読んでも役に立つ要素があると感じています。以前、脚本家の友人が、【企画・ゲーム設計】カテゴリーの「とにかくゲームさせてみて」を見てから、「最初に本題に入ってみてもいいのか」と脚本を書き直していました。その話も含めて、専門外の方にも影響を与える番組になっていると感じます。
桜井氏:
よいハナシだなあ(笑)。その脚本がどのジャンルの作品かはわかりませんが、制作者のみならず、その作品を楽しむお客さんの助けにもなれましたね。
「とにかくゲームさせてみて」の中で触れていた、「物事を入れ替えて、本題(面白い部分)から見せる」という手法は映画などではある意味基本……「セオリー」でもあるんですよね。でもゲームの制作において、そういったテクニックに鈍感になってしまうケースはあると思います。
ゲームはひとりの主人公を軸に話を動かすし、ゲームの制作現場はお話を見せることには特化していないので、なおさらだと思うんですよ。プロットの時系列を組み替えにくいとか。だから、私の番組がそういうところの「ちょっとした気付き」になるとうれしいですね。