初登場から56年が経過したスパイダーマン。そんな彼の物語を追体験できるPlayStation 4用タイトル『Marvel’s Spider-Man』はもうプレイしただろうか。
長い歴史のあるスパイダーマンだが、実は原作であるコミックを100%忠実に再現している映画やゲームはない。どれもオリジナル要素を多分に含んだ、コミックとは別の世界を舞台にしたものとなっている。
それは本作も例外ではなく、コミックや映画シリーズとは繋がりのないオリジナルの世界【※1】を舞台にしているのだ。ご存知の方も多いと思うが、アメリカのスーパーヒーローコミックの多くは、同じキャラクターであっても作品によって作者【※2】が異なり、数えきれないほどの多数の作者によってキャラクターの歴史が構成されている。
※1 繋がりのないオリジナルの世界
繋がりがないとは言ったものの、非常に厳密に言えばコミックでは映画や日本の特撮版などありとあらゆるスパイダーパーソン(女性もいる)の世界がつながる後述の『スパイダーバース』というシリーズが展開されており、その続編である最新シリーズ『Spider-Geddon』には今回紹介するPS4版スパイダーマンも登場する。ここで言う”繋がりのない”は、映画やコミックの続編や前日譚ではなく、あくまで歴史・時系列的な整合性をとらないパラレルワールドが舞台であるという意味である。
※2 作者
アメリカのコミックは多くの場合、ストーリーを担当するライター、下絵を担当するペンシラー、下絵にペン入れをするインカー、絵に色を付けるカラリスト、植字を担当するレタラーなどなど様々なクリエイターが参加しており、たとえシリーズの途中であっても交代していく。
ただその中でも定番となっているのが、主人公はピーター・パーカーで、特殊なクモに噛まれたことによりパワーを獲得し、スパイダーマンとしてニューヨークの平和を守っているという設定で、このゲームもその伝統に則っているというわけだ。
また本作は、かつての過去の映画シリーズのようにスパイダーマン以外のヒーローがいない世界ではなく、アベンジャーズなどのヒーローも存在する世界で、その本拠地であるアベンジャーズ・タワーも街の一角に登場する。ただ残念ながら、西海岸に行っているという設定でみんな留守にしている。これはコミックでのアベンジャーズの派生チームで西海岸を拠点にしたウェスト・コースト・アベンジャーズ【※】にかけたネタ。こういうコミックのコアなファン向けの小ネタも満載だ。
※ウェスト・コースト・アベンジャーズ
1984年に始まった短編シリーズコミック「The West Coast Avengers」で初登場したカリフォルニアを拠点とするスーパーヒーローチーム。アベンジャーズの中核メンバーがとある事情で不在の間に、ホークアイを中心に結成された。しばらくして解散したが、新シリーズが始まり異なるメンバーで再結成を果たしている。
そこで今回は、映画/コミックのファンの目線から、ゲームの魅力やストーリー/設定、そして映画/コミックとの違いなど基本的な部分からマニアックなところまで、未プレイの人とクリア済みの人両方に向けてじっくり解説していく。
せっかく発売から一ヶ月以上経っているので、1部のネタバレも含め、ストーリーにはやや踏み込んで話をするのでちょっと注意して欲しい。
コミックとも映画とも違う、ゲームオリジナルのストーリーとキャラクター
本作は移動を含めたアクションだけで十分面白いのだが、ストーリーもスパイダーマンらしさにあふれて輝きを放っている。まずはネタバレにならない程度に冒頭のあらすじを紹介しておこう。
ニューヨークで「親愛なる隣人」として活躍するヒーローのスパイダーマンことピーター・パーカーは、裏社会を牛耳る犯罪王キングピンを倒し、ついに街に平和が訪れたかに思えた。学生時代からヒーローを続けていたピーターはヒーロー以外の方法で街のために役立つ道を模索するが、ミスター・ネガティブと呼ばれる謎の敵が現れ、さらにかつて倒したヴィランたちが次々と襲いかかってくる。果たしてスパイダーマン/ピーター・パーカーは街と自らの人生を守ることができるのか──。
このように、本作では普通の少年ピーター・パーカーがスパイダーマンになるまでのストーリーは一気にすっ飛ばし、スパイダーマンとして8年も活躍してきたというところから始まる。なので、本作のピーターは23歳で新社会人として研究所で働きつつ、正体を隠しながらヒーロー生活を送っている青年なのだ。
億万長者でもなんでもない青年が無報酬でヒーローをする二重生活は苦労の連続であるというのが、コミックに始まりスパイダーマン作品で描かれ続けたテーマであり、それが魅力ともなっているが、本作でもそれは変わらない。戦いに疲れ果て、アパートに帰ると家賃を滞納していたために立ち退きさせられていたなんていう辛い現実が待ち受けていたりする。
つまり本作は、スパイダーマンや彼を取り巻く人物のことはコミックや映画でもうみんな知っているだろうから、いちいち説明しないというスタンスなのだ。これはスパイダーマンのファンからすれば、すぐに面白いところに入ってくれるので嬉しいのだが、そうではない人からすると面喰らってしまうかもしれない。
もちろん、上に書いたようなスパイダーマンの簡単な設定さえわかっていればストーリーの理解には問題はない。いきなりいろんなキャラクターが出てくるが、ちゃんとセリフで説明されるし、ゲーム内でそのバックグラウンドを読むこともできる。
だがストーリーを把握する上でキーとなるいくつかのキャラクターに関しては、詳しく紹介しておこうと思う。
メリー・ジェーン(MJ)
まずはピーター・パーカーの恋人であるメリー・ジェーン(MJ)。2002年から始まったサム・ライミ版の映画『スパイダーマン』でもピーターとの恋が描かれ続けたので知っているという人も少なくないだろう。
ただ、映画では基本的にモデルとして描かれて来たが本作ではジャーナリストという設定になっており、ピーター・パーカーの私生活だけでなく、スパイダーマンの関わる事件に積極的に絡んでくるキャラクターとして登場する。ちなみに、これはコミックで『アルティメット』【※】と呼ばれる並行世界の設定に近い形だ。
※アルティメット
2000年からマーベル・コミックス内で展開されたレーベル名であり、マーベル・コミックスの世界の中で展開される多元宇宙のうちの1つの名前。正式名称はアース1610。(新たな読者を獲得すべく)世界全体のストーリーがリセットされ、マーベルのメインの世界とは異なる歴史を歩んだ並行世界。
そして私生活を犠牲にしてきたピーターとはすでに別れており、ゲーム開始時点では両者の間になんとなく気まずい空気が流れているが、彼らの関係がどうなっていくかも物語の1つの要素として注目のポイントとなる。
また本作ではプレイアブルのキャラクターで、ジャーナリストとしていろいろなところに忍び込むステルスパートに登場する。特殊なパワーを持つスパイダーマンとは異なり、非力な一般市民であるためなかなか難易度が高い。
マイルズ・モラレス
次に紹介しておきたいのは、マイルズ・モラレス。本作ではスパイダーマンの協力者として登場する若者だが、実はコミックでの並行世界『アルティメット』では、ピーター・パーカーと同じようにクモに噛まれてパワーを手にし、とある事件で死亡してしまったピーターのあとを継ぎ新たなスパイダーマンとして活躍した重要人物である。
ちなみに、2019年に公開予定のCGアニメ映画『スパイダーマン: スパイダーバース』【※】の主人公でもあり、これからかなり注目を集めることになりそうなキャラクターである。このゲームでは彼にどんな運命が待ち受けているかは、ゲームを遊んでのお楽しみ……!
※スパイダーマン: スパイダーバース
2019年に公開予定のCGアニメ映画。スパイダーマン、マイルズ・モラレスが別世界からやってきた様々なスパイダーマンと協力し強大な敵と戦うという奇抜なストーリーと、独特の映像表現で話題の作品。
オットー・オクタビアス
しかしなにより本作で最重要なキャラクターは、オットー・オクタビアスだろう。本作ではピーター・パーカーの大学時代の恩師であり、ピーターが働く研究所の所長でもあるロボット義肢の研究者として登場する。
コミックでの同名のキャラクターは、スパイダーマンの宿敵で4本のロボットアームで戦うヴィラン「ドクター・オクトパス」。2004年の映画『スパイダーマン2』にも登場しているので覚えている人も多いはず。本作では設定が異なるものの、ピーターとの関係性はその『スパイダーマン2』にも負けないくらいに印象的だ。ある意味で第二の主人公のような立ち位置で彼がたどる足跡がストーリーの重要なパートを占めていく。
ウィルソン・フィスク
ヴィランといえば、本作では本当に様々なヴィランが登場するのだが、ぜひここで語っておきたいのが、冒頭に登場するキングピンことウィルソン・フィスクだ。
彼は類まれな頭脳と恐るべき筋力を秘めた巨体を駆使しニューヨークの裏社会を牛耳る犯罪王。様々な悪行に手を染めているが巧みに法の目を逃れ、長らく逮捕されることがなかったが、本作の冒頭でスパイダーマンと戦い逮捕される。
しかし、彼の存在によって絶妙に保たれていた裏社会の均衡が崩れ、大きな事件につながっていく。コミックでも彼は同じような設定で数々のヒーローと戦い、最近ではNetflixのマーベルのドラマシリーズ『デアデビル』【※】にも登場した有名ヴィランだ。
※デアデビル
事故で視力を失った代わりにそれ以外の感覚が研ぎ澄まされた弁護士兼スーパーヒーローの活躍を描くシリーズ。スパイダーマンと同じくニューヨークで活躍するローカルヒーローであり、コミックでは幾度となく共闘している。ちなみに本作のマップ内でデアデビルことマット・マードックの弁護士事務所が登場している。
ゲーム的には最初のボスになるのだが、ぶっちゃけコミックの世界感で言えば、ゲームの後半に登場するスパイダーマンの宿敵チーム「シニスター・シックス」の面々を全員合わせてもかなわないと言えるほど、悪党としての格が違う超大物である。
そんな男を冒頭でサクッと倒してしまうあたりに、本作のスパイダーマンは新人ではなく、経験を積んだベテランだということが、ファンには分かる形で表現されているというわけだ。
ブラックキャット
加えて、本作を遊ぶ上で知っておくと楽しいヴィランが、ブラックキャットことフェリシア・ハーディだ。
コミックでは彼女は高い身体能力を持ち黒猫を模したスーツ姿で盗みを働く怪盗。スパイダーマンとは敵であるにもかかわらず恋に落ち、別れたあとも時には敵で時には味方だったりする非常に微妙な関係。
本作でその微妙な関係はそのままのようで、一度は姿を消していたフェリシアがニューヨークに姿を表し、彼女がわざと残した痕跡を追っていくサイドクエストが登場する。
また、10月23日から配信予定のDLC3部作『摩天楼は眠らない』の第一弾『黒猫の獲物』でメインのキャラクターとして登場することが明らかになっている。果たしてスパイダーマンとの過去の関係とこれからの関係がどう描かれるか楽しみなキャラクターだ。
ベン・パーカー
そして最後に、本作には直接登場しないもののスパイダーマンを語る上で欠かせないキャラクターを紹介しておこう。それが、ベンおじさんことベン・パーカーだ。
コミックでは、彼はメイ・パーカー(メイおばさん)と共に孤児となったピーターを育てた人物。パワーを手に入れたばかりで調子に乗っていたピーターが泥棒を見逃したことで後にその泥棒に襲われて死亡。ピーターはその死から「大いなる力には大いなる責任が伴う」ということを悟り、スパイダーマンとして犯罪と戦い続けることを誓った。ちなみにコミックでは「大いなる力には~」という言葉はベンおじさんの言葉ではなくナレーションとして登場したもの。
映画でも2つのシリーズに渡って登場し死ぬところが描かれたが、今回のゲームでは登場しないばかりか、直接的にスパイダーマンがヒーローとして活動するきっかけになったとも説明はされない。しかし、本作は見事なまでにスパイダーマンの言動からベンおじさんの影を感じられるようになっている。
そんなベンおじさんの存在を頭に入れながらプレイすれば、ゲーム的にも正義を守る「親愛なる隣人」スパイダーマンとして眼の前で起こる犯罪(ミニゲーム)を見過ごすわけにはいかず、大事なこと(メインストーリー)が進められないという事態が起こりがちになる。
しかし、これはスパイダーマンがその力の責任を果たすためにピーター・パーカーとしての生活を犠牲にしているという設定とオーバーラップして、実にスパイダーマンらしくなるのだ。
これだけは覚えて帰って! 10年間スパイダーマンを書き続けた作家ダン・スロット
といった具合にコミックや映画で描かれたものをベースにしながらオリジナルの魅力的でスパイダーマンらしさにあふれたストーリーを作り上げた『Marvel’s Spider-Man』。
数々のキャラクターを生み出しマーベルの創造神ともいうべきスタン・リー【※1】(本作でもカメオがある!)が築いたは基本部分もちろん、『アルティメット・スパイダーマン』【※2】の設定も多く取り入れられているが、なんと言っても強い影響を与えているのがダン・スロットの作品だと感じさせられる。
※1 スタン・リー
マーベル・コミックスの元編集長/作家。ハルクやソー、アイアンマン、Xメンといった数々のマーベルのキャラクターを生み出したコミック史に残る伝説の原作者であり、日本のアニメ『HEROMAN』や『THE REFLECTION』原作など、数え切れないほどの作品を多数手がけている。近年では高齢でありながらマーベル映画にほとんど必ずカメオ出演しておりファンのお楽しみ要素となっている。
ダン・スロットは2008年から2018年までの10年間に渡ってスパイダーマンを担当し、レオパルドンが登場することで日本でも大きな話題となったシリーズ『スパイダーバース』【※】なども手がけた人気のコミック作家(ライター)。実は本作ではストーリーの監修的な形で携わっており、影響が出るのは当然といえば当然かもしれない。
謎の敵ミスター・ネガティブや、スパイダーマンと協力する警官ユリ・ワタナベ、メイおばさんが働くホームレス向けシェルター「F.E.A.S.T.シェルター」をコミックに登場させたのはダン・スロットなのだが、そういった直球の引用以外にも影響が顕著なのは、本作ではピーター・パーカーが科学者であるということが強調されている部分だろう。
おそらく映画を見たことがある人だと、ピーター・パーカーといえば新聞社で働いているというイメージだと思うが、先述の通り本作では(新聞社で働いていたという設定はあれど)研究所で働いている。
コミックではピーター・パーカーは少年時代から科学オタクであり、それが高じていろんなガジェットを作ってきたのだが、ダン・スロットはいままであまり活用されてこなかったピーターの科学者としての側面をさらに掘り下げた。その結果としてホライゾン・ラボという研究所が登場し、ピーターはそこで働くだけでなく、新たなスパイダーマンのスーツやガジェットを開発していった。
これは本作でもピーターは研究所の設備を使って新たなスーツを開発するという形でも再現されている。ちなみに、今回登場するスパイダーマンのスーツはダン・スロットが担当していた時期のものがたくさん登場している。
また、オットー・オクタビアスに焦点を当てられているのも、ダン・スロットの影響かもしれない。ダン・スロットの担当した時期では、オットーはかなり重要なキャラクターで、長年のスパイダーマンとの戦いでボロボロになった自らの身体が限界に来ていることを知り、自分の意思をスパイダーマンの体に移して乗っ取るという凄まじい計画を成功させてしまう。
しかし、そこでピーター・パーカーの過去を知る。「大いなる力には大いなる責任が伴う」ということを悟った彼は、身体を乗っ取りながらもスパイダーマンとして活動を続ける『スーペリア・スパイダーマン』【※】というシリーズが展開された。
このシリーズは過激な手段でより良いスパイダーマンを目指すオットーを主人公として描くことで、ピーター・パーカー/スパイダーマンの凄さ、強さを改めてファンに認識させた名作である。一方、本作ではアプローチの仕方は違えども、インパクトのあるキャラクターになっている。
ちなみに、ダン・スロットのスパイダーマンはすべてではないものの、先に上げた『スパイダーバース』や『スーペリア・スパイダーマン』などいくつか日本語版が発売されている。
時系列的には『スパイダーマン:ブランニュー・デイ』が最初なので、気になった人はまずはここからどうぞ。『Marvel’s Spider-Man』にも負けないくらいハードな境遇のピーター・パーカーの生活が楽しめる内容となっている。
最後は話がゲームからかなり脱線してしまったが、ファンとしてはコミックのスパイダーマンについて長々語りたくなるほど熱いゲームであることは確か。特に本作のピーター・パーカー/スパイダーマンに苦難と強敵が襲いかかり、そんな中でもニューヨークの市民をいろんな形で助けなきゃいけないというストーリーとシステムの合わせ技は、ダン・スロットに代表される作家が描き続けたスパイダーマン像そのものだ。
もはやこのゲームはスパイダーマンの人生を体験する史上最高のスパイダーマン・シミュレーターになっているといっても過言ではない。そしてこのような形でマーベルのヒーローを究極に再現したゲームが出続けることに期待したい。
そしてこのゲームを遊ぶ時は、ぜひ死んだベンおじさんの顔を思い浮かべながら、責任を持ってヒーロー活動をして欲しい。
文/傭兵ペンギン