東京日仏学院にて9月22日から23日にかけて開催されたゲームカルチャーを祀る祭典「The Tenth Mosaic」。
本イベントでは9月23日、『ペルソナ3』から『ペルソナ5』までを手がけてきたクリエイターとしてディレクター・橋野桂氏、キャラクターデザイナー・副島成記氏、作曲家・目黒将司氏の3名による座談会が開催された。
転機となった『ペルソナ3』から『4』『5』へとシリーズは続き、その人気も大きく広がっている。
だが橋野氏が座談会の冒頭で語ったのは、華やかな歴史とは逆の話だった。『ペルソナ3』の開発は、当時潰れかけていたアトラスで「これがダメならもう多分開発はできない」「ラスト1本」と伝えられ、背水の陣で始まったという。
前作をどう継承するかではなく、「次のアトラスを作る」ために『ペルソナ』をどう発展させることができるのか。それが『ペルソナ3』設計の入り口だった。
本稿では、『ペルソナ』シリーズの開発の裏側や、これからのアトラスのRPGについて本音で語った座談会の様子をお伝えしていく。
座談会の中では『ペルソナ3』の話題にとどまらず『ペルソナ4』が『金田一耕助』シリーズの影響を受けていることや、実は各シリーズのボリュームは「尺を長くしようとして作っている訳ではない」ことなども語られた。
『5』、『メタファー:リファンタジオ』を経た今、作り手達が考える「ペルソナとは何か」を、ぜひ本文で確かめてほしい。
取材・文/としあど
撮影/Kristof Sagna・Alexander Degiorgio
『ペルソナ3』から歩んできたディレクター・キャラデザ・作曲の3人が集結。
──本日はありがとうございます。今回は『ペルソナ3』を起点に、開発の背景や舞台裏、そして思想的なところまで振り返っていただければと思います。まずは自己紹介をお願いいたします。
橋野桂氏(以下、橋野氏):
アトラスの橋野と言います。1994年に入社して、結果的にアトラス一筋です。
ペルソナに関わるようになったのは、『ペルソナ3』というタイトルからでした。2006年にリリースした『ペルソナ3』で初めて『ペルソナ』シリーズのディレクションをさせていただいて、そこから『ペルソナ4』と『ペルソナ5』までディレクターを担当しました。
副島成記氏(以下、副島氏):
副島です。橋野さんの後になる1995年に入社し、それからずっとアトラスにいます。
ペルソナシリーズとの関わりは『女神異聞録ペルソナ』ですね。入社がちょうど発売の少し前ぐらいで、少しだけお手伝いさせていただいたのが始まりです。
その後は『ペルソナ2』などで原画や世界観設定もしていました。そして『3』から、キャラクターデザインを本格的に担当して、デザインのことを続けてやっております。今日はよろしくお願いします。
目黒将司氏(以下、目黒氏):
目黒将司です。
僕は入社が1996年で、二人とはほぼ同年代です。
僕は同じ1996年の『女神異聞録ペルソナ』にちょっと関わらせていただいて、『ペルソナ2』では1、2曲だけ手伝わせていただきました。本格的に担当したのは『ペルソナ3』からで、『4』『5』と音楽をやらせていただきました。本日はよろしくお願いいたします。

「これがダメならもう開発できない」──『ペルソナ3』開発は背水の陣で始まった
── 皆さんが本格的に関わった『ペルソナ3』は、シリーズの大きな転機だったと受け取っています。当時、ペルソナシリーズを大きく変えることになった背景についてお聞かせください。
橋野氏:
せっかくみんな来ていただいたので、表向きにするクリーンな話じゃなく、少しリアルな話をすると──当時、アトラスは潰れかけていたんです。ゲームは売れてはいたんですけど、開発費がだんだん膨らんでいく一方で、ユーザーさんはあまり新しく入ってこない。そういう時期がありました。
だから、会社から「ラスト1本」と言われて、「これがダメならもう多分開発はできないから」と言われたのが最初のきっかけですね。
じつは、自分はペルソナシリーズの『1』と『2』には関わっていなかったんです。もちろん隣の開発室で先輩たちが作っていたんですけど、僕は『デビルサマナー』などのチームにいたんです。
そのあと『真・女神転生III-NOCTURNE』というタイトルを作って、それが会社の中で高く評価してもらったんです。それをきっかけに企画に呼ばれて、「ラストチャンスの作品」として開発チームのみんなで話した時に『ペルソナ』をやることに決まりました。

なので、『ペルソナ3』は元々、『女神異聞録ペルソナ』や『ペルソナ2 罪』『ペルソナ2 罰』を 【※】をどう継承するか、前の作品のどこをどう回収するか、という発想ではなかったんです。
そうではなく、「どうしたらこれからの新しい時代、次のアトラスを作るために、ペルソナというIPが発展できるんだろうか」という点を入り口にしていました。だから「背水の陣」というか、結構色々迷いながら設計はしました。
※『ペルソナ2 罪』『ペルソナ2 罰』 ……1999年と2000年に発売された、二部構成のシリーズ2作目。
── その際、ストーリーやプロットを構築するにあたって、注力したポイントやこだわったポイントはどこでしたか。
橋野氏:
ペルソナが生まれた当時、、任天堂以外からセガサターンとプレイステーションというハードが出たんです。
で、アトラスはコアなゲーマーが多そうなセガサターン向けに考え『デビルサマナー』を、、ライトユーザーや、普段ゲームをしていないユーザーさんもハードを買いそうなプレイステーション向けに『ペルソナ』シリーズの1作目『女神異聞録ペルソナ』を作りました。
僕は『女神転生』チームにいたので、『ペルソナ』シリーズというのは、『女神転生』の持っているようなエッセンスや思想性を、その時代に合わせて表現するものだと思っていました。つまり、プレイヤーにナラティブを使って何かを問う。答えや正解はないんだけど、何かを問う。それを時代に合わせてやるために、ペルソナならではのナラティブが作られたと思っていたんです。
だから『ペルソナ3』を作るときは、『1』と『2』で何が語られたかよりも、当時の若い人たち、あるいはかつて若くてまだ気持ちが若い、成熟しきれないと思っているユーザーさんたちが、どういう問いに向き合うナラティブにするのか、を考えて立ち上げました。
ちょっと極端な話、表面的にはかなりライトな、あまり暗く見えないようなものにしなきゃいけなかった。その反動もあって、中身は一見重いものにしたいと思ったんです。それで、いきなり「死と再生」という重苦しいテーマを選んで、『ペルソナ3』を立ち上げたという記憶があります。

── では副島さん。当時、橋野さんがディレクターとして携わるなかで、キャラクターデザインにはどのように取り組みましたか。
副島氏:
コンセプト的には固い感じでしたが、作っていた時に覚えているのが、橋野さんのマンションにみんなで集まったことです。楽しいものを作ろうという側面もあって、みんなどんなキャラクターが欲しいのか、すごく楽しそうにしていました。
また、自分がメインでキャラクターを描くのは初めてではなかったんですけど、大きなタイトルでは初めてでした。
アトラスのタイトルにはビジュアルを通じて「自分だけがいいものを選んでるぜ」という感じさせる魅力がありました。それまでのアトラスのタイトルにも、そういう感覚は多分あったはずです。
ただ、それを同じ形のままなぞるのではなく、別のアプローチで「いいものを自分で選んでいる」と体感してもらえないかと考えました。
それで『ペルソナ3』では、タイポグラフィーやUIといったグラフィカルな面を強化したんです。違うアプローチなんだけれども、今までのアトラスが持っているビジュアルのアイデンティティを出していけたらなと。振り返ると、そういうことだったのかなと思います。

── 次に目黒さん。音楽・作曲において、こだわったポイントやテーマとして掲げたところを教えていただけますか。
目黒氏:
そうですね。やっぱりペルソナは、見かけはポップでライトにしたいということだったので、僕は「フューチャーポップ」みたいなものを作ろうと思ったんです。テーマを決めて、そこから自分なりにフューチャーポップを作っていった、という感じですかね。

生きがいの希薄さは今も昔も同じ──橋野氏が「死と再生」をテーマにしたワケ
── 『ペルソナ3』の開発時、インスピレーションを受けた要素や、着想を得たものはありましたか。
橋野氏:
あんまりエンタメ作品からではなかったかなと思います。さきほど「死と再生」という重苦しいテーマだと言いましたがもっと噛み砕いて言うと「生きがい」です。生きている時間って、みんな限りがありますよね。
限りがあるから、生きている間に何をしようか、というところの生きがい、充実感が、日本に暮らしている若者には少し希薄なんじゃないかと思ったんです。それは、あの当時のインタビューやいろんな分析を見ていて感じたことです。
一見これらの傾向は、当時の時代性を切り取ったものなんだろうか、とも思ったんです。
でも古い本、それこそ戦後の本とかを読むと、もう何十年も昔から同じように「生きがい」とか、「死にがい」がテーマになっていたんです。『死にがいの喪失』【※】という本を読んだりもしました。そうして「今もそうだし、昔からそうなんだ」と。だから、自分がやるにはいいテーマかなと思って、「死と再生」「生きがい」といったテーマにトライしたんです。
※『死にがいの喪失』…… 社会学者・井上俊が1973年に刊行した著書(筑摩書房)。戦後日本社会で、人々が生の意味や「死にがい」を見出しにくくなった状況を論じている。
『ペルソナ3』の時は、アニメとかはあまり見ていませんでしたね。ちょっと覚えていることとしては、「無駄に生きるな熱く死ね」という映画の宣伝文句が駅にでかでかと貼ってあったことです。それを見て、「今もそれがコピーになるのかな」と思いました。

── 目黒さんは『ペルソナ3』開発時にインスパイアされた作品などはありますか。
目黒氏:
基本的に僕は、何かにインスパイアされたり、というのはないですね。
『ペルソナ5』では、ジャミロクワイの初期の曲みたいなのをやろう、というのをテーマにはしました。ですが、それ以外で僕が何かにインスパイアされて、そのアーティストっぽいような曲を作ったことは、あんまりないですね。
というのも僕、あんまり曲を聴かないんですよ。でもそう言うと、橋野さんにすごくいじられるんです。「松浦亜弥聴いてんじゃねえか」って(笑)
── 副島さんはいかがですか。
副島氏:
そうですね、今一生懸命思い出しているんですけど、あんまりないですかね。
むしろ、今までやってなかったことをやろう、という感じでした。さきほど橋野さんが、当時は暗い感じで、会社が潰れそうだったという話をしていましたけど、自分は全然それが記憶にないんですね。だからプレッシャーは感じていませんでした。
当時はあまり経験もなかったので、今まで描き切れなかったものや、本当は好きだったけど入れられなかったものを「ここを機に好きに入れてやろう」と思っていましたね。
RPGがどうあるべきかは全然考えていなかった。橋野氏がこだわった“ジュブナイル”
── 橋野さん。当時抱えていたRPGのビジョンを、シリーズの大きな転機となった『ペルソナ3』にどのように落とし込んだのかをお伺いしたいです。
橋野氏:
めちゃめちゃ難しいことを聞きますね(笑)
RPGのビジョンなんて大層なものは、多分ありませんでした。ただ「ジュブナイルにしなきゃ」という思いはすごくあったんです。
意味が違っていたら申し訳ないんですが、僕は「ジュブナイル」というジャンルを、少年少女が大人になる話だと思っています。

たとえば15、6歳ぐらいまでは、上の世代の人たちの教えや価値観で過ごしますよね。でもいよいよこれから自分の人生を自分の判断で歩まなきゃいけなくなるタイミングで「あれ、違うじゃん」と気づくことがあると思うんです。
親が言う通りにやっても、うまくいかないかもしれない。前はそのルールでよかったかもしれないけど、これからのルールは違うかもしれない。たとえば今、AIが社会に普及してきましたが「そういう社会に生きていない親世代の言うことを聞いたまま大人になって、果たして飯が食えるのか」といった議論が世の中にありますよね。
つまり、自分が社会に出るときに、どんな立ち位置でこの世の中を見据えて大人になるか。その葛藤を乗り越える物語が、ペルソナにおけるジュブナイルだと思っていたんです。
だから考えていたのは、そのためにどんなキャラクターがいいんのか、どんなゲームシステムがいいのか、どんな人生がいいのか、ということでした。高校生活にも限りがあるので、「カレンダーの1日1日を、予定を入れながら過ごしてみたらどうかな」とか。そういったかたちで、RPGがどうあるべきかは全然考えてなくて「ジュブナイルの中で人生経験を積んでいくには、どういうゲーム進行がいいんだろう」ということです。
「アトラスがチビキャラでいいの?」デフォルメとコミュシステムに目黒氏が思ったこと
── 『ペルソナ3』について、お三方が最も印象に残ったエピソードや、意見が割れたエピソード、「こう行くんだ」と驚いたエピソードがあれば教えてください。
目黒氏:
『ペルソナ3』では、少しデフォルメされたチビキャラがフィールドやバトルで表示されるシステムになりました。それまで『女神転生』シリーズで、かっこいいダークなものを作っていたので、デフォルメしたキャラクターの表示の仕方になって「アトラスがこんなことしちゃっていいんですか。もっとクールじゃないとまずいんじゃないですか」的な話をした記憶がありますね。

橋野氏:
全然覚えてない。なんでデフォルメにしたんだろう。
副島氏:
元々はドット絵を使ったゲームだったので、単純に物量ですよね。頭身が高くなると、その分動きの解像度も高くなってくる。だからあの時のスタッフの人数じゃ、とてもデフォルメせずに作れる感じじゃなかったですね。
目黒氏:
意外と副島さんもちょっと反対気味な意見だったんですか。
副島氏:
デフォルメをするかどうかというよりは、どういうデフォルメにするのか、という点でのトライアンドエラーが多かったですね。

橋野氏:
僕は悩まなかったかもしれないです。というのも、アニメやゲームの時点で、もうデフォルメされているんですよね。そもそもの作り方自体がデフォルメだったので、気にならなかったんだと思います。
それよりも目黒さんに言われて覚えていることがあって、『ペルソナ』シリーズには「コミュニティ」というシステムがあって、キャラクターと仲良くなるだけじゃなくて、付き合うこともできるんです。そこでこういう恋愛関係を「よく橋野さん、恥ずかしげもなく入れますね」って言われたんです。

目黒氏:
言い方はもうちょっと柔らかかったと思います(笑)でも内容的には、そういうことを言った記憶があります。「よく書けますよね、そういう話を」って。
橋野氏:
ひとりで書いてるわけじゃないですけどね。その時は「いや、高校生なんて思春期だから」って言いましたね。
目黒氏:
そう「そんなことしか考えてないし」って。
橋野氏:
「意識する方がリアルだろう」「当然だろう」という話をしました。それは覚えてますね(笑)


