毎日新聞社とサードウェーブは7月9日、日本の高校生を対象とした「第1回全国高校eスポーツ選手権」を今年開催すると発表した。
これは、日本におけるeスポーツのムーヴメントをより浸透させるために開催されるイベントで、エントリーしたチームには先着100校にゲーミングPCが無料で貸し出しされるという。
毎日新聞社とサードウェーブがタッグを組み、
— 全国高校eスポーツ選手権【公式】 (@ajhs_esports) July 9, 2018
『全国高校eスポーツ選手権』を開催!
同時に『eスポーツ部発足支援プログラム』もスタートします!
eスポーツを楽しむ高校生を応援していきます!https://t.co/koJGK8ju8p
最初に発表された「全国高校eスポーツ選手権」の採用タイトルは『リーグ・オブ・レジェンド』(以下、『LoL』)。
『LoL』は2016年3月の日本サービス開始直後より、開発運営のライアットゲームズが発足した学生コミュニティ向けプログラム「e-Sports×U」が始まっており、現在では大学生向けの公式支援プログラム「LeagueU」も存在しているが、高校生向けの大会と支援は国内では「全国高校eスポーツ選手権」が初となる。
高校生が学校単位でゲームをプレイし、大会に出場する。こう聞くといまいちピンと来ないかもしれないが、eスポーツが浸透している海外の地域では、すでにさまざまな高校生向け施策が展開・運用されている。
たとえばTHE Next Levelの学生ゲーミング特集記事などを見てもわかるように、真剣にゲームに取り組むことで子どもたちの将来が拓けるシステムも存在する。身体スポーツや文化活動が中心だった学校の部活動に、日本でも「ゲーム」が新たに加わろうとしている。
高校から大学、そしてプロへ
海外ではeスポーツへの注目が高まってきたここ5年ほどで、いわゆる「学生eスポーツ」への支援の動きが非常に大きくなっている。海外での高校eスポーツへの支援は、大きく「大会開催」と「活動支援」に分けられる。
では高校生はどのようにeスポーツに取り組んでいるかというと、「課外活動」、「eスポーツ授業」、「専門教育」の3種類に活動内容は分かれるようだ。
課外活動としてのeスポーツがメインになっているのは、北米とオセアニアだ。北米では、High School StarleagueやHigh School Esports Leagueといった団体が、複数のeスポーツタイトルについて高校リーグを運営しており、こういった大会では上位入賞チームに対する賞品として「奨学金」が用意されている。
eスポーツ活動に熱心な大学も高校生対象に大会を開くことがあり、たとえば今年2月から4月にインディアナ大学パデュー大学インディアナポリス校が行った『LoL』招待大会では、優勝チームに1万ドル(約110万円)の奨学金が用意された。
$10,000 in scholarship winnings offered at IUPUI's League Of Legends High School Invitational! If you know a high school LoL player – tag them in this status and direct them to our signup site: https://t.co/I1L3LtqEQy
— Gamers Hall @ IUPUI (@IUPUIGamersHall) November 27, 2017
RT if you know an interested student! 🙂 pic.twitter.com/S3wxkR7HLr
オーストラリアとニュージーランドから成るオセアニア地域では、高校で「LoLクラブ」を設立運営するための公式サポートサイトが用意されている。
このサイトを利用すれば、各地域でのクラブ一覧でLoLクラブのある高校と連絡先を探したり、自分の通う高校にLoLクラブがない場合は設立して登録を申し込んだりといったことが可能だ。
変わったところでは、同サイトには試合の実況者向けノウハウを伝える「シャウトキャスターの基本」などのコンテンツもあり、eスポーツとしての『LoL』にさまざまな面から関わりたい高校生を応援するサイトとなっている。
さらにこちらのサイト関連では高校リーグ「High School League of Legends Australian & New Zealand Championship」も開催中で、大人による手厚い支援が用意されているのが特徴となっている。
数年前から、eスポーツを高校の授業に取り入れる動きが見られているのはヨーロッパだ。特に大きな話題になったのは、2016年8月よりeスポーツ教育を取り入れたノルウェーのガーネス高校で、Wiredなどで報じられた際には『LoL』をはじめ『Dota2』や『CS:GO』、『StarCraft 2』といったタイトルを検討していたことが伝えられていた。
このほかにもスウェーデンやイタリアに、eスポーツを授業として採用している高校がある。eスポーツの授業ではゲームプレイのみならず、プレイに必要な身体能力を身につけるための体力訓練なども行われる。
アジア地域の高校eスポーツは、課外活動が中心のようだ。台湾、香港、シンガポール、マレーシアでは、『LoL』東南アジアサービスを運営するGarenaによる高校生大会が開催されている。授業としてeスポーツ科目を設けている高校は、フィリピンやマレーシアにもある。
近頃の『LoL』国際大会で世界の頂点を巡って火花を散らし続けている中国、韓国でも、高校eスポーツに対する取り組みは行われている。
しかし、当初は世論として「やはり子どもたちの遊びであり課外活動だ」という立ち位置で見られており、eスポーツが高校教育に取り入れられ始めたのはここ数年のように見える。
2016年、ソウルにあるアヒョン産業情報学校は、公式に『LoL』チームを立ち上げたとしてFomosなどで話題になった。中国では昨年より大学にeスポーツ専攻が設けられるなど、近年eスポーツ推進が国策となっている。
高校eスポーツで目覚ましい活躍を遂げて周囲から注目されれば、プロゲーマーとしての道が大きく拓けるかもしれないという状況が整いつつある。
こうした高校eスポーツが盛んになりつつある背景として、英語圏では特にプロリーグの隆盛がある。地域のトップリーグに出場するeスポーツ選手は非常に若いことが多いが、『LoL』の場合は満17歳未満の出場は認められていない地域がほとんどだ。
こうしたプロチームは人材の確保のため、大学リーグや高校リーグの状況に目を光らせている。まさに日本におけるプロ野球と全国高等学校野球選手権の関係に近いといえるだろう。
大学リーグは選手の年齢的にもすぐにプロになれる要件を満たしていることから、おもな人材発掘の場と言っても過言ではない。大学リーグで活躍するためには、高校リーグで実力を示して奨学金も獲得するのが理想だ。
たとえプロゲーマーになるつもりがなくとも、奨学金を得られれば高等教育を受けるチャンスをつかむことができるだろう。高校や大学としては、自校のチームが活躍すれば、学校の知名度やブランドを高めることにつながっていく。
また若年層向けのeスポーツが推進される背景のひとつとして、テレビを見ず、ネットの娯楽に熱中するミレニアル世代以下の若者、子どもが消費をおこなう対象が、ゲームであるという事情もある。
eスポーツに熱心な若年層は高スペックなPCや周辺機器、ファン活動などに対しても消費活動するため、ゲームメーカーや周辺業界などは、ここ数年そういった層へのアピールを強めるためにeスポーツ周りの促進をおこなっているともいえるだろう。
高校eスポーツの光と影
高校生がeスポーツに取り組むことで、どのようなメリットが得られるのだろうか?
欧米における高校eスポーツ推進では、以下のような理由からeスポーツへの取り組みを勧めている。
・インターネットでのマナーを身につけられる
・生徒たちがゲームを遊びたいというニーズを満たすことができる
・スポーツマンシップを身につけられる
・チーム活動の中で社会性を育むことができる
従来の身体スポーツ部活動と同様、チーム活動や競技への参加を通して得られるものがある上に、生活と切り離すことができなくなったインターネットとの付き合い方も学ぶことができる、という触れ込みだ。
一方で特に東アジア文化圏を中心として、ゲームに対するマイナスの偏見というものも根強く存在している。eスポーツ推進へ転換する前の中国では「ゲーム中毒」が大きな問題とされ、若者が夢中になるオンラインゲームに対する悪い印象が非常に強かった時期があった。
1時間あたり1000ウォンから1500ウォンという低料金でPCゲームがプレイできるネットカフェ「PCバン」が広く普及している韓国では、子どものうちからオンラインゲームに熱中する若者も多い。
こうしたなか、韓国では16歳未満、中国では18歳未満に対して、深夜のオンラインゲームプレイを禁じる法律が施行されている。
IGNでも報じられたように、香港では昨年、プロゲーミングチームが正式に貸借契約を結んだマンションから住人によって締め出されるという事件も起こった。
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「子どもにはゲームになんて熱中してほしくない、しっかり勉強してきちんとした職に就いてほしい」、「四六時中ゲームしかしていない若者は何を考えているのかわからない」……洋の東西を問わず、こうした偏見を持つ人は日本だけでなくまだまだ多い。
青少年育成とeスポーツ
ここまで、若者のeスポーツを取り囲む環境と、高校eスポーツのメリットについて述べてきた。ゲームがスポーツ化するにつれ、かつて問題視された負の側面とは別の、プラスの側面も見出されてきたことがわかることと思う。
そもそもすさまじい反射神経や判断力が求められるゲームが上手い人間は、集中力や問題への適応力が高い。また、高度なチームワークが求められるゲームで実績を出したプレイヤーは、マネジメント能力や経営能力も高いのではないか、という見方もできる。
こうした能力を評価する軸としてeスポーツが使われるのならば、子どもや若者が夢中になるゲームというカルチャーには、まだまだ新たな可能性が眠っていそうである。
ゲームやeスポーツの究極的な存在意義とは、ほかのカルチャーと同じく「人生を豊かにすること」である。芸術や身体を使うスポーツであっても、ゲームであってもその価値に差はないと筆者は信じている。
もし今回の「第1回全国高校eスポーツ選手権」に取り組もうとしたものの周囲から止められた学生がいるならば、一旦立ち止まって考えてみてほしい。eスポーツ事情に詳しい人に相談するのもいいだろう。 ゲームとeスポーツを通じて豊かに成長する機会をぜひ、日本の高校生ゲーマーたちも獲得してほしいと願ってやまない。