「……残念ながら、
いまだ人里にはたどり着けず。
我らの旅は、この空と同じく
黄昏を迎えつつあります。
しかし、最後まで諦めない。
最後まで進み続ける。
そのためにも。
約(やく)した『儀』を、決行します。
よろしいですね。2人とも」
「うん」
「……」
「フレイグ」
「……進めて下さい」
「いいでしょう。
『ヴァルメイヤよ、
我らを導く死体の乙女よ!
信心と結束をいま示します!
ご照覧あれ!』」
ああ、
決まってしまう……
「血と肉と骨にかけて──
みっつ!
ふたつ!
ひとつ!」
「……」
「……そう、ですか」
それは、想像できたこと。
ヨーズは、ビョルカさんを。
ビョルカさんは、ヨーズを。
2人がお互いを、指さした。
それで、僕は。
「……フレイグが、私を。
ヨーズも、私を。
そうですか。
ヴァリン・ホルンは
成りました。
目隠しは要りません。
どちらでも、構いません。
好きな時に、やりなさい」
「……ビョルカさん、これは、」
「聞きたくない……
……いえ。
言い訳や説明は要りません。
あなたから見れば、
私もヨーズも、
等しく疑わしい。
いや、巫女の立場がある分、
私のほうがよほど怪しい。
何とでも説明はつき、
聞けば傷つくだけです。
このまま死にます。
さあ、やりなさい」
「……私がやる」
「駄目だッ!!
僕が、
僕が、やらなきゃ、
僕が……
あ……あ、あ、
て、が、」
「……
ふう。
こんな時、役に立たないとは。
フレイグ。
あなたという『剣』は、
もう不要です。
あなたはきっと、優しすぎた。
役目はヨーズに託します。
ヨーズ。よろしく」
────……
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(……まずいですね。
いま、確実に、
フレイグ氏の『鍵』が
半分ほど回りました。
このまま耐えられればよし。
しかし、ビョルカ氏が
ここで消えるなら……
……覚悟はしておきましょう。)
「……分かった。
フレイグ。どいて」
僕は。
僕は。
その銃声が響いた時さえ。
目をそらしていることしか
できなかったんだ。
【ビョルカ死亡】
【生存】
フレイグ、ヨーズ【死亡】
ウルヴル、ゴニヤ、ビョルカ、
レイズル【3日目の日没を迎えた】
「終わった。
行こう」
心臓の音だか、
銃声の残響だか分からない、
轟音(ごうおん)が頭を
ガンガン鳴らしていた。
結局僕は、
何もかもをヨーズに任せて、
立ち上がることすら、
ヨーズに手を引かれて、
虚脱状態のまま、
その場を、去った。
「フレイグ。
フレイグ。
おい。
血便面(けつべんづら)」
「……いてえ。
ほっぺ叩くなよ」
「眠りかけてる。
まずいな。
夜を越せない。これだと」
「もうそれでいい……」
「おい。
こら。
ビョルカは。
少なくとも、格好だけは。
最後まで、巫女をやったろ。
お前もがんばれ。最後まで」
「……
僕はもう剣でも盾でもない」
「はあ。
ちょっと待ってろ」
……ヨーズが去る気配がした。
僕は力なく膝を折る。
情けないし、悲しいけど、
それ以上に、何もかもが
どうでもよく思えた。
こうなることは分かっていた。
ビョルカさんは、
僕の全てだったから。
もう、いつからか、
思い出せないくらい前から。
なのに、
僕はビョルカさんを指さした。
なぜか。
そうすべきと思ったから、
としか言えない。
ヨーズの言うことが、
この上なく正しく、
恐ろしく聞こえた。
その最悪が、
まさに僕に降りかかっていると
信じた。
結果は……分からない。
ビョルカさんは、
『狼』の正体をさらけ出して
襲ってきたりはしなかった。
もちろん『狼』とは、
そういうものかもしれない。
敵がいつもご親切に
全てのネタを晒してくれるとは
限らない。
いずれ、正しいことをやったと
確信できるのかもしれない。
『狼』にやられたビョルカさん
の仇を討ったと、胸を張れる
こともあるのかもしれない。
でも、今じゃない。
今は、ただ、
頭に響き続ける轟音(ごうおん)が
いますぐ終わってくれるなら、
何だっていいと、思ってる。
「……おまたせ」
声がした後、すぐそばに、
何か大きなものが放られた。
……毛皮……?
クマの毛皮、みたいだ。
殺したて、剥ぎたてなのか、
激しく湯気が立っている。
「着て。
マシになるはず」
……言われるがままに、
僕はそれを身にまとった。
生き血と、脂と、糞尿。
むせかえるような命の残り香と
ともに、そこには確かに、
熱があった。
頭の中の轟音(ごうおん)は、
全く消えない……けど、
温かさが、少しだけ、
思考を動かす。
「……ヨーズも、入って」
「は?」
「これ着て、
夜明かすんじゃないの?
僕とじゃ嫌だろうけど……
言ってる場合じゃない」
「……えっと……
あの。それは……
考えて、なかった。
悪くはないね……
でも、やめとく」
……言って、ヨーズは。
なぜか、
長銃(ちょうじゅう)を、
構える。
「ヨーズ、
それは、」
「がまんしようと思ったけど。
できるかな、と思ったけど。
できないや。
ごめん。
てわけで、
お坊ちゃん。
お逃げなさい、
狩るから」
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(ヨーズのオスコレイア態は、
猫型の獣人……
見た目の通り、感覚と俊敏さ、
追跡能力に長けている。
特に夜間の追跡戦なら、
誰にも負けることはない。
……問題は、逃げない格上が
相手の場合だが。
果たして今回、どうなる。)
──ああ、
なんてことはない、
僕は自分の手で、
最悪を完成させてしまった。
ヨーズが、『狼』だ。
だってほら。
眼が。牙が。爪が。毛皮が。
もう、人のそれじゃない……
「……ぜんぶ、嘘だったの」
「嘘なんて、言ってない。
ビョルカが『狼』だったら
どうする、と聞いただけ。
私ならビョルカを乗っ取る、
と持論を言っただけ。
踊ったのは、あんた。
ビョルカに惚れた弱みで、
疑念で満ちて弾けた、あんた」
「でたらめ言うな……!
僕は惚れたりなんてしてない!
そんなんじゃないんだ……
ビョルカさんは……
ただ誰よりも、
尊敬してただけだ……!」
「だからなに。
一番。特別。替えのない女。
それだけ。私から見れば。
むかついてたよ。
ずっと。
ずっと。
ずっと前から。
私が好きなのは、
あんただけ、なのに」
……
何を、言ってるんだ?
何も、知らない。
ヨーズが、僕を?
じゃあ、いつもの罵倒は、
気持ちに気付かないばかりか
ビョルカさんしか見ていない
僕への苛立ち だったとでも
轟音(ごうおん)で頭が割れそうだ
待て
待て
それじゃあ
「おまえ、
まさか、
だから、僕に、
ビョルカさんを殺させて──」
「そうだよ。
ちょっと、すっとした。
でも、失敗だった。
結局あんたはあいつが好き。
それで悩むのを、
見せつけられただけ。
全部どうでもいいいね。
結末はいっしょ。
『狼』は、夜に1人を殺す。
がまんはできない。
それだけ、みたいだから」
笑みさえ浮かべて
怪物の目をした女の銃口が
僕の鼻先に狙いをつける
僕は死ぬらしい
ただ
その事実に何も想うことが
できないほど
あたまがいたい
むねが
あつい
「……つまり
ぼくはもう ようなしか」
「ああ
人のフレイグは
もういらない
あたしが『狼』
おまえが手負いのクマ
もう それだけでいい
さあ
狩りの時間──────え?」
腕の一振りで
女の体は、
ちぎれるほどに
切り裂かれていた
「あ
ああ
あー
おまえもか
ははは
おまえもだったんだなあ」
その笑顔が気に入らなくて
真っ赤に染まった視界の中で
両腕をめちゃめちゃに
動かした
あっというまに
『狼』はただの『かけら』に
なり果てた
そうだ
俺もだったんだ
シークレットを見る(Tap)
(へっ、
まるで異世界の狂戦士……
『ベルゼルク』だな。
戦闘力で劣る相手とはいえ、
まさか素手で真っ二つとは……
すぐに離脱しよう。
アレもじきに寿命で消えるが、
アレの戦闘能力も索敵能力も
他とはケタが違う。
今にも隠蔽を見破られて、
殺されないとも限らない。)
熊の毛皮を着たせいなのか
あるいは何か別のもののせいか
何かが俺を獣に変えた
きっと『狼』と同じものに
俺はもはや フレイグであって
フレイグではなく
禁忌はもはや 俺を縛らず
旅はもはや 続くべくもない
人ならぬ咆哮(ほうこう)が
喉からほとばしった
もはや頭は痛まない
もはや思考も悩みも存在しない
体じゅうを満たす
狩りと殺しへの渇望に
突き動かされ
なけなしの熱が尽きる時まで
この雪原をさまようのみだ
【ヨーズ死亡】
【フレイグ脱落】
【巡礼者が全滅しました】