儲けを新しい才能へと回すパトロン精神が、講談社111年の歴史を貫いている
──今は編集者といっても、どんなコンテンツでも映像化やゲーム化が視野に入ってきますし、出版的なものだけにはとらわれない立ち回りが求められるじゃないですか。映像ならまだしも、インディーゲームやVRのような、フォーマットすら定まっていない新しい分野にも順応する必要があるというか。大げさな言い方かもしれませんが、森田さんの思い描く新世代の編集者像ってどんなものなんでしょうか。
森田氏:
各社にも講談社にもいろいろな編集者がいるから、一概に何がいいかというのはよくわからないですが……。
本当にすごく個人的な話なんですけど、もういろいろなことに飽きちゃったんですよ。
30年以上も講談社で仕事をしてきて、ある程度偉くさせてもらって。けれども、この先どうなるんだろう、何か面白いことあるんだろうって疑問に思ってしまったんです。30代は漫画について話すことが面白かったし、40代は編集長をやることが楽しかった。でも50代で取締役になった今は、なぜかあんまり面白くない。
ただ、お金は扱えるようになったんです。今回のゲームクリエイターズラボも、「1000万ずつ配るんで、2億ください」と言って予算を取ってきて。多分大損になります。でも、うちの会社ではそれが受け入れられちゃうんですよね。
──そういう予算の取り方って、普通の大きい会社では通らないですよね。会社側にはどんなロジックで説明したんでしょうか。
森田氏:
それも個人的な話になっちゃうんですけど、今までは僕が担当した作品でいくら、運営した部署や局でいくら、こんだけ利益出しましたというところでウハウハしていたんだけど、キャリアを経るにつれて、「これでいいのか?」と思い始めたんです。
そのときに、講談社の111年の歴史を振り返って考えてみたら、この会社は昔からめちゃくちゃ無駄なことをしてきたたんだなと。講談社はもともと、講談師が語る講談を書き起こして売ってきたんですよ。当時は著作権という概念がなかったので勝手に本にして、それがめちゃくちゃ売れたんです。そのお金を、挿絵画家や小説書きにパトロンとして回すという循環が111年続いた。
その循環は、今の漫画だって同じなんですよ。一部の売れている漫画家のアガリを、新人漫画家に回す。その間のおこぼれを、と言っちゃうと失礼だけど、僕たちがいただいてご飯を食べている。
お金だけを考えるなら、売れている漫画家だけに漫画を描いてもらうのがベストじゃないですか。それをアニメ化して海外に売れば、たくさんの利益を生むことができる。だけど、ほんとうにそれでいいのか。
そういう気持ちが積み重なって、新しいことを始めたくなった。最初に試みたのは「講談社VRラボ」でした。僕のところに「VRやらせてくれ」と言う社員が来まして、「こんな未来があるんです」と。VRやARの未来について話してくれるのを見ていると、これは面白そうだな、やってみようと思いました。
結局、まだその未来は来ていないんだけど、関係者といろいろ話していく中で、もしかしたら何か大きな賞を取れるんじゃないかって思い始めて。ベネチア国際映画祭にはVR部門があるんですよ。「ベネチアのレッドカーペットを、うちの社長に歩かせたい」と思った。それって凄くワクワクする未来じゃないですか。
──その夢は、たしかにワクワクしてしまいますね。
森田氏:
会社には「これはラボ、つまり研究機関です」と説明しています。最終的な目標は、ウチの社長にレッドカーペットを歩いてもらうこと。だから、年間2億くださいとお願いしました(笑)。
そんなことを許してくれる会社は他に無いと思います。でも、税金に消えてしまうんだったら研究という形で面白いことに投資していた方がいいじゃないですか。実際に、こんなふうに取材に来てくださる人もいますし、講談社の名前を知らしめるきっかけにもなりますよね。
講談社ゲームクリエイターズラボも基本的にそれと似たようなものです。鈴木が「インディーゲームが熱いんです、こういう企画を考えたんです」という話をしてくれて。面白いから、さっそく企画書書いてよと言ったら、すぐ書いてくれたんですよ。
僕と何度かやり取りして、これで役員会にかけてみて「こういうのやりたいです、これが第2のラボです。」とプレゼンして。それでまた2億円くださいと。
鈴木氏:
「講談社はパトロンとして111年やってきた」という言葉がすごく刺さっていたんです。なら、インディーゲームクリエイターもパトロンとして講談社が支援するべきなんじゃないかと。
森田氏:
正直に言っちゃえば、今は漫画部門が儲かっているから、僕が無駄使いしたいと言っても社長くらいしか文句言えないんですよ(笑)。だから「インディーゲームが盛り上がっている」という話を鈴木から聞いて、はじめて調べて理解して、本当に盛り上がっているんだなって知って。
この世界、もしかしたら面白い人たちがいっぱいいるんじゃないのか。30年前に初めて合本を読んだときの、あのワクワクを与えてくれるんじゃないかと思うと面白くなってきちゃって。
──お話を聞いて、編集者の原動力や適正みたいなものって、「好奇心」なんだと思いました。興味があることに首を突っ込んだりや面白いものを見に行ったり、作家さんに面白がって付き合ったりとか。それは編集者の本質のひとつだなと。
今回の取材以前に初めて鈴木さんにコンタクトを取ったとき、すごく関心を持ってくれたんです。「何か新しいことしたいんですよね」という漠然としたところからの紹介だったんですが、その後も情報交換しましょうということで、ゲームや漫画のお話をして。
そんなふうにゆるく話していたんですけど、その動きを見たときにやっぱり「編集者らしいな」と思ったんですよね。いろいろなことに興味を持って、いろいろなことに繋がるからということで。
森田氏:
鈴木は講談社のなかでも特殊だと思いますよ。漫画編集職人になっちゃう人もかなりいるので。もちろん、職人は職人として面白いものを作ることができれば経済ベースになってくれるので尊敬しています。でも、鈴木みたいな新しいことを提案してくれる人も貴重ですね。だからたまにご飯をおごって話を聞いています(笑)。
鈴木氏:
僕は2006年にマガジンに配属されたときの編集長が森田さんで、そのときからずっと一方的に勝手にシンパシーを感じているんですよ。偉い立場の人なのに、昔から分からないことは分からないってハッキリと言いますし。あと、僕はスポーツ選手みたいに、一芸秀でた職人にすごく憧れを持っているんです。でも、僕はそういう職人になることができなかったので、違うやり方で戦おうと思いました。そこも森田さんと近い考えなのかもしれません。
税金を払うくらいなら、クリエイター支援に回してしまったほうがいい
──そもそも、講談社のパトロン精神って、どういうところから始まったんでしょう。
鈴木氏:
道楽のような気がします。
森田氏:
道楽かもしれません。講談社の9階が役員フロアで、そこに大きな絵が飾られているんですけど、たまにその絵が変わるんです。社長秘書に「絵はどこ行ったんですか」と聞くと「ボストン美術館に出張に行っている」と。当時の絵描きにパトロンとしてお金を渡していて、そのときに購入した絵なんだと思います。
講談社はそういうやり取りが積み重なってここまで来た。今だと漫画家が困ったら僕たちが飯を食わせるけど、うちの会社だけじゃなくていろいろなところで同じことが起きているはずです。たとえばカメラマンにお金が無いときは、仕事を作ってあげたりだとか。
実は10年前くらいに、講談社はすごい赤字を出しちゃって、「経費削減をしよう」という動きになってしまったんです。当時は利益だけを追求する暗い感じだったんですけど、ようやくここに来て、あんまりそういうことを言われなくなって、新しい企画に挑戦することができるようになりました。
そこでさっきも言いましたけど、税金を払うくらいならクリエイター支援にまわしちゃった方が、面白いと思いまして。国は怒るかもしれないけど(笑)。
鈴木氏:
今儲かっているところで儲けておかないと、絵本とか古文とか小説とか、他の分野を出せなくなっちゃうと思うんですよ。講談社の社員はみんな紙の本が好きですし、企業が衰退したときそれが出せなくなっちゃうのは辛いなって。「ヒットするものだけを出せ」というのは、楽しくないじゃないですか。
森田氏:
利益だけを考えて、上場していれば「漫画だけやればいいじゃん」と言われるでしょうね。
鈴木氏:
実際にはすぐ切られる部門もあったりするんだけど、やっぱり価値はある。絵本だって、昔からキャラバンカーで全国を回っているんですよね。全然儲かるものじゃないですけど、きっと無形の意味はある。それをやる講談社は好きだなと思います。
あと、今までのことをやりつつ、今のうちに新しいこともちょいちょい試して失敗しておけば、いざというときに「ここは危ない」とわかりますしね。
──資本主義社会だからある程度は仕方ないと思うんですけど、会社でお金が儲からないことをしようとすると、途端に「合理的じゃない」という話になるじゃないですか。個人でなら儲からなくてもやるべきだとか、合理的じゃないけど優先するみたいなことはたくさんあるのに、会社単位になると通らなくなってしまう。
でも、その会社がやりたいこととか、担うべきことって、本来はそういうところにあると思うんですよ。
たとえば出版社だったらまさしく作家のパトロンだったり、文化事業だったり。
ただ、やっぱり普通は講談社というこれだけ大きな会社の中であっても、そういう理屈は通りにくいと思うんです。結局、森田さんのような人物が上にいるからというか、ある種属人的な部分があるんじゃないかなと。それに関しては、どう感じていますか。
森田氏:
そこは良くも悪くも、人次第なところがあるかなと思います。今回の企画も、発想からして属人的ですから。鈴木も属人的だし、それを面白いって思った僕も属人的ですからね。
会社も上場企業じゃないから株主の顔色をうかがう必要がない。もし上場していたら、こんな企画、株主からボコボコに言われるでしょうね。でも、そういうのは一切ない。
鈴木氏:
怒る株主が社長しかいないんですよ(笑)。会社も属人的というか、独立性を保っている。
──お話を聞けば聞くほど、会社的な文脈というよりは属人的な立ち回りをしているのが面白いと思います。なんというか、上場してないからこその強み。
森田氏:
でもやっぱり、出版業界はいろんなところでピンチの芽があるんで、経営側としては怖いんですよね。だから、その危機を未然に防ぐ動きも当然しなくちゃいけなくて。
これから来る危機に備えて、なるべく貯めておこうという話も理解はできるんですけど、一方でそれをやっていたら衰退するだけでしょうという思いも当然あります。
今の立ち位置になって、スタートアップ系の若い人たちに会う機会が増えたんです。もちろんすごい人もいれば、全然ダメな起業家もいますけど、彼らの頑張りとか、果敢に攻めていく姿勢とか、チャレンジしている話を聞いていくと、身を守っているだけの会社は遅れているなあ、と思ったりもしまして。
「講談社も安住しすぎているよ」って思い始めたんです。ある程度余裕ががあるわけだからスタートアップ的な動きをもっとしたい。僕が関係ないところでそういう動きが始まってもいいと思うし、もっとやったほうが良いと思います。けど、お金の問題以上に、人的リソースが足りないんですよね。
──新しい分野に対応できる人材が足りていないということですか?
森田氏:
対応できるできないというより、みんな日々の業務が忙しすぎるんです。大企業病っぽいところがあるけど、新しいことをやろうとすると、関係各部署との折衝だけで疲労困憊。新しいことをやるのが大変なんですよ。
だから、「面倒だから新しいことはしたくない」という人もいっぱい居るんです。一番うるさくて面倒なのは、コンプライアンス的なものです。講談社の名前が傷つくことを心配する人は多いので。
今回の講談社ゲームクリエイターズラボだって、「出来上がったゲームが海外で大問題になりました」となったら、あっという間に僕はクビになりますよ。一方で、どうなってしまうか分からないけど、今面白いからいいじゃんとも思います(笑)。
だから、もうちょっと軽い気持ちで若い人たちにスタートアップさせてあげたい。そういう思いはありますね。
出版社の役割とは、パブリックにする=「公にする」こと
──講談社は本を作るところから始まって、今はコンテンツを作る会社ですよね。出版社は、書籍に関するインフラを持っているから、「本を出版する」ものだと思ってしまいがちですけど、本質はコンテンツ制作だと思うんです。たとえば、角川では昔からメディアミックスが軸になっています。
だけど、例えばアニメや映画といった映像分野と比較すると、ゲームに関しては、まだまだ出版社がうまく進出できていないように思えます。集英社や小学館はゲーム会社にIPを預けてゲームを作っていますけど、実際に儲かっているのは出版社じゃなくてゲーム会社じゃないですか。
このような状況に対して、出版社はゲームとどう向き合うべきなのかというのがひとつのテーマなのかなって思います。森田さんはどうお考えでしょうか。
森田氏:
以前、社長が「出版社は英訳するとパブリッシャー(publisher)で、パブリック、つまり公にすることが役目だ」と言っていたんです。その対象は紙でもデータでも何でもよい。小説でも漫画でもゲームでもなんでも、「公にしていく」のが我々の役目なんじゃないかということです。
つまり旧来の“出版社”を脱しようというメッセージだと僕は受け取ったんですけど、実際に出版社というものは、その考えをベースにして成り立っていると思います。
その「公にしていく」という点でいえば最初、出版社はベンチャー企業だった。出版社って、一見やっていることは変わってないように見えるんですけど、最初は雑誌で、次は漫画でというふうに、時代とともに主力商品がごろっと変わってきている。
講談社もそういうふうにしてスケールが大きくなっていった。その次のフェーズが、ゲームやVRなどのグローバルなデジタルコンテンツ。ここにフィットすることができれば、もしかしたらグローバル企業に成長できるんじゃないかなと。
だから、今回のゲームクリエイターズラボという取り組みは、出版社がゲームを公にするという役目を果たす上でのひとつの手段になるかと思っています。
──ゲームクリエイターズラボの募集要項に「世界で楽しまれることを見すえたものが望ましい。」と書かれているというのも、そうした未来を見据えてのことなんですね。
森田氏:
Kodansha USA Publishing(KUP)という講談社のアメリカ支社の売上データを見ると、電子書籍で少女漫画がすごく売れていることがわかります。
ウケると思っていなかったから、かつては全然アメリカ市場に参入していなかったんですよ。けど、電子書籍化するついでにとりあえず乗っけてみましょうということにしたら、「日本の女子高校生の恋愛話」がめちゃくちゃ売れたんです。日本でしかウケないと思われていたコンテンツが、こうやってグローバルに広がっていったんですよ。
──ほとんどローカルなコンテンツであっても、グローバルに届く可能性がある。単に「世界で楽しまれる」というために、王道を目指せということではないわけですね。
鈴木氏:
もちろんそうです。「世界で楽しまれる」=「王道」というわけではないですね。最近では『Ghost of Tsushima』など、海外製の「和風」が日本でも売れているという現象が発生しているじゃないですか。
だから、「世界で楽しまれることを見すえたものが望ましい。」という言葉は「開発者友達や固定ファンが面白いって言ってくれる」みたいな、閉じたコミュニティで完結してしまうものではなく、もっと広い世界を見据えて欲しいという意味として使ったんです。「会ったことのない人、行ったことのない地域に届け」という思いで企画を考えてほしいなと。
森田氏:
簡単に言ってしまえば、「これから作るものは同人誌じゃないんだよ」ということです。漫画に置き換えるなら、「マガジンで連載する作品を描いてほしい」ということですね。
鈴木氏:
講談社としては世界展開をしたい、パブリッシュの手伝いをしたいというときに、「日本だけでやりたいです」とは言わない人と組んでいきたいんです。公に広げることが僕らの仕事なので、広がれば広がるほど喜ぶ人がいいなという気持ちなんです。
一方で同人の世界だと、「売れたら困ります」ということもあるんですよね。それはそれで良いと思うんですが、僕らのような出版社は、コンテンツを世界に広げることを前提としている。それが嬉しくないと、理念が違ってしまうなと思います。
漫画や小説と同じ感覚で、ゲームを編集する
──ゲームクリエイターズラボの話でいうと、この手の投資の取り組みって、たいてい会社に著作権が帰属するじゃないですか。だけど、今回の企画は作家に帰属しますよね。それはどういう意図なんでしょうか。
鈴木氏:
実は、漫画と小説まんまなんですよ。
森田氏:
著作権は基本的に作者のものなので、そこに関してはノータッチ。当然の権利ですよね。私たちは、それを利用させていただく立ち位置です。
原稿料で年間1000万というのも、漫画では普通にあることです。ただ、もし大きなコンテンツになったら、そのときコミカライズ等の二次利用はうちでやらせてください、そのとき使用料は相談させてくださいという感じです。
まず、そこまで大きくなるかどうかなんてわからないので、そのレベルまでいけるかどうかをテストしたいということなんです。もし、うまくいったら部署化したり、別会社で事業化したいという夢はありますけど(笑)。
鈴木氏:
でも実際、今回の企画は夢がありますよ。たとえうまくいかなくても、何か再現性や知見を得ることができるじゃないかと思っています。小説や漫画でやってきたことと同じはずなので、何とかなるんじゃないかと。
──ゲームで著作権をクリエイター側が持つというのは、黎明期にさくまあきらさんや堀井雄二さんが持っていた──みたいな話なんですよね。世界的にみても、企業がお金を出しているのに個人がゲームの著作権を持つことはなかなかないと思うので、その意味でも珍しい取り組みだと思います。
森田氏:
そんなこと、全然考えてなかったです(笑)。単純に僕たちのフォーマットに合わせた感じです。
鈴木氏:
得意技に持っていったということですね。「話せば分かる」というのが編集者の最大の武器なので。騙したり丸め込むということではなく、誠意をもって向き合って、言葉を尽くすという意味で。
森田氏:
なかには喧嘩分かれしちゃう作家もいるけど、だいたいは快く「アニメ化していいですよ」とか、「そちらで監修もお願いします」と言われますね。もうそれは、そこまでの付き合い次第ですよ。「この物語は担当編集と2人で作り上げましたよね」という暗黙の了解があればよいんです。
──一方で、著作権が作家側にあることによって、コンテンツが大きくならない場合やトラブルが発生したりする場合がありますよね。たとえば、マーベルでは会社に権利があって、だからこそ映画化などの立ち回りがやりやすいじゃないですか。
森田氏:
著作権を買い取るという、マーベル的なチャレンジも細々やってるんですよね。けど、マーベルって原作者に僕たちの10倍くらいの原稿料を払っているんです。それに対して、僕たちのやり方って「リスクを取らない代わりに権利もいらないよ」という感じなんです。
「権利はいらないですよ」と言っているからこそ、漫画は1000万円という安い金額でやることができるんです。10倍も払えば、漫画家も著作権は差し上げますよと言ってくれると思います。
鈴木氏:
だから漫画の原稿料も、「労働の対価ではない」という認識でお支払いしています。
会社を辞めても、1年は食える金額感
──今回の最大2000万円という金額は、多くもあるし少なくもあるような、微妙な金額だなと思いました。だからこそ、権利を持たないということなんですね。
森田氏:
「会社を辞めても1年は食えるよね」という金額を設定した方がいいんじゃなの、と鈴木とは話しました。500万という意見もあったけど、東京で暮らすにはカツカツだよねと。
鈴木氏:
専門学校を卒業して一旦デザイン会社とかに就職しなくても、親を説得できる金額を意識しました。多くもなく少なくもなくというのは、1億円みたいな規模だと法人向けになっちゃうからですね。最初から大きな会社を作っちゃった結果、うまくコミュニケーションを取れないという感じにはしたくないんです。
だから、少ないと思うなら応募しないほうがいいような金額にしていますね。想定しているのは、あくまで1対1でクリエイターと向き合うというやり方です。「人雇ったら足りないじゃん」というような意見もSNSで見かけましたけど、そういうやり方はそもそも想定していないんです。
──そもそもインディーゲームというもの自体、やる側に相応のリスクの覚悟がないと成立しない気がします。お金を潤沢にもらってやるのがインディーか?と言われれば違う気がしますね。
鈴木氏:
その点は漫画も小説も同じですね。連載が取れたからといって、いきなりお金持ちになることはできない金額になっています。
──たしかに、本当にひとりでやるならゆったりできるけど、2、3人やそれ以上になってくるとちょっと厳しくなる金額ですよね。
森田氏:
はじめは、50万円する開発機材が買えない人たちがいるというのを鈴木から聞いて。「それだったら僕らがフォローできるじゃん」という話でしたし。
鈴木氏:
講談社のことを好きになってもらえればいいというのもありますね。「あのとき、機材や資金を援助してくれた」みたいに。
「とにかく、すごい作品はわかっちゃうとしか言いようがない」
──今は面白いゲームを考えて、作りきってくださいということに尽きますね。
鈴木氏:
そうです。ただ、どうやって選ぶかだけは、かなり迷っています。
森田氏:
漫画の新人賞もそうなんですけど、完成しすぎたものは選びにくいですね。
──変に勉強してまとまりすぎてしまっているという感じですか。
森田氏:
そうですね。漫画でも「あふれる才能があるんだけど、今の技術じゃ表現できない」みたいな人がいます。ゲームでそういう人も支援したいですよね。
鈴木氏:
だから、ゲーム制作の経験があるかどうかもプラス要素のひとつとしてしか見ていないですし。
──描きたいもの、作りたいものが無い人って本当に無いじゃないですか。たとえば、ライターみたいな人でも書きたいことが無い人の文章って、本当に定型文みたいになる。ゲームのレビューですらただの紹介になって、面白かったのどうかすらわからないんですよ。
そういう「書きたいものがある」とか「光るものがある」みたいなことって、何が分岐点になるんでしょうか。
鈴木氏:
なりたいものにもよりますよね。たまに、描きたいものは無いんだけど、「漫画家としてお金持ちになりたい」という人もいます。それはそれで一緒にトレンドを分析して売れるものを書こうという戦い方ができるので、応援したくなるんですよ。
そうじゃなくて、「これを描くために生まれてきました」と言われたら、もう他人は何にも言えない。では描いてくださいと言うしかないです(笑)。
──総じて何か光るものや、やってみたいことがある人って、どうやったら分かるのでしょうか。
森田氏:
それについては、「読めばわかる」としか言いようがないです(笑)。外している場合もいっぱいあると思うし、見逃している可能性もいっぱいあると思うけど、とにかく光るものはわかります。
鈴木氏:
極端に言えば、全部読まなくても5ページ位でわかりますしね。
──それがわかる編集者とわからない編集者って、どこが差になるんでしょう。
森田氏:
うーん、難しいですね(笑)。
鈴木氏:
ひとつ言えるとすれば、「自分でやりたいことがある編集者」は、ある種の角度を付けて物事を見るので、その光を見逃すことがあるんじゃないかと。たとえば、過去に自分も漫画を描いていましたというパターンのクリエイター気質の編集者だとか、特定ジャンルだけを立ち上げ続けるタイプとか。そうなると作家さんをある意味で企画実現のツールとして見ちゃったりする危険性もあると思うんです。
完全な受け身で作品や作者をフラットに見るほうが、光るもの自体は見つけやすいとは思います。
森田氏:
まあとにかく、すごい作品はわかっちゃうとしか言いようがない。
一同:
強い(笑)。
森田氏:
いやいや(笑)。ゲームはまだわからないことがあるけど、漫画家さんと会うとけっこうわかりますよ。漫画の編集長をやっていて、打ち切りに悩むことが何度かあったんですけど、そういうときは必ず作家さんに直接会って決めるんです。もうそこまでいったら作家さんと会うしかない。話っていうよりその漫画家の生命力を感じられたら、もう少し付き合ってみようと思ったりするんですよ。
作家さんのタイプで言えば、僕は毎週綱渡りする人が好きなんです。綱から落ちちゃうと話が支離滅裂になって収拾がつかなくなっちゃうし、そういう漫画は読者からは好まれないけど、ぎりぎりの線で描いてる漫画家、僕は好きです。
鈴木氏:
先週の自分を恨むタイプの人ですね。「先週なんでこんなピンチにさせてしまったのか」ということから始める作家さんもいますから(笑)。結局は失敗しちゃうことが多いんですけど、ヒリつく感じがあるというか。
森田氏:
それでも綱渡りしてほしいところですね。実際、ゲームクリエイターズラボなんて綱渡りでしかないですよ。僕たちは編集者、つまりビジネスパートナーだから下から頑張れって言って、綱を渡りきることをお願いすることしかできないです。
鈴木氏:
実際は講談社だから綱から落ちても死にはしないので、そこは安心してくれればと思います(笑)。ラボメンバー一同、勉強と準備を必死に行いながら企画を成功へ導けるようにサポートします。
森田氏:
だから、とにかく飛び込むような気持ちで応募してみてほしいですね。
取材を振り返ってみると講談社ゲームクリエイターズラボという企画の意図をお聞きするはずが、編集者のみならず出版社がこれから向かう未来についても伺うことができた。
おふたりの強い好奇心、そして新しいものを見たいという夢に触れていると、はじめてゲームやインディーゲームに触れて感動したときの衝動を思い出す。
編集者という存在はきっと、この新しく若々しい衝動に立ち会いたいがために、それを生み出すことができる作家を応援するのだろう。
講談社ゲームクリエイターズラボは、これだけの気概に満ちたベテラン編集者がサポートしてくれるという仕組みなのである。書きたいものがある人、作りたいものがある人にとっては、おふたりは「綱渡り」と言ったが、むしろ大船に乗ったような気分で制作に打ち込めるだろう。
もしかしたら、これから転換を迎えるであろう出版業界とゲーム業界の遭遇の瞬間に、あなた自身が立ち会うことになるのかもしれない。
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