2015年に日本でサービスをスタートした世界最大手のストリーミングサービスであるNetflix。契約世帯数は世界190ヵ国で1億3000万を超え、圧倒的なネットワークで世界中に番組を届ける。映像業界の黒船上陸と称されてから約3年。Netflixへの関心は高まり続けている。
Netflixは、2013年にそれまでの既存作品の映像配信から、オリジナル作品である映画監督のデヴィッド・フィンチャーを製作総指揮に迎えたドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』などで、TV放送をしないネットのみでの独占配信を開始。
さらにオリジナル作品はドラマ映画、ドキュメンタリーなどジャンルを広げていった。
それが今年に入り、日本アニメの新作の独占配信が始まったのである。
2018年1月の『DEVILMAN crybaby』は世界的に話題を呼び、3月には日本のふたつのトップアニメスタジオであるプロダクションI.Gの『B: The Beginning』、ボンズの『A.I.C.O. incarnation』も配信が開始された。
さらにI.Gとボンズの2社とは1月に包括的業務提携が発表されている。『B: The Beginning』は先ごろ開催されたアヌシー国際アニメーション映画祭で、早くもシーズン2の製作がアナウンスされた。
大胆な作品選択と新たなビジネスモデルで、Netflixは日本アニメに新しい風を巻き起こしている……と同時に、限界を迎えつつあるとも言われる日本のアニメ業界がNetflixに掛ける期待もやや過剰なほどに高まっている。
Netflixにとっての日本アニメとは何なのか? なぜ日本アニメに力をいれるのか?
これまでのDVD・BDの販売に依存したビジネスモデルからの脱却、さらにマルチデバイス化とインターネット配信ならではのコンテンツのイッキ見というユーザーの視聴環境の変化は、コンテンツに一体どんな影響を与えるのか? そして、日本アニメはさらなる広がりを見せることができるのか?
スタジオジブリ 鈴木敏夫プロデューサーとも親交が深く、日本テレビで数々の人気番組を手がけ、エンターテインメントの未来の一つとしてアニメーションの動向に深い関心を寄せている、現・ドワンゴの吉川圭三と、『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』などの著書のあるジャーナリストの数土直志の2人が、アニメスタジオの元経営者でもあり、現在はNetflix コンテンツアクイジション アニメ ディレクターの沖浦泰斗氏に、Netflixと日本アニメの現在についてお話を伺った。
なぜ今、Netflixが日本アニメなのか
吉川圭三(以下、吉川):
まず、沖浦さんのこれまでのご経歴を聞かせていただけませんか。
沖浦泰斗氏(以下、沖浦氏):
電通に13年勤めた後に、GONZOというアニメの制作会社に3年弱勤めて、それから独立をして、デイヴィットプロダクションというアニメの制作会社を作りました。10年間経営者でした。
7年目の時にデイヴィットプロダクションがフジテレビの子会社になり、ちょうど会社設立満10周年の昨年9月に退社し、10月1日にNetflixのアニメの担当ディレクターとして入社しました。
吉川:
多彩な経歴をお持ちなのですが、まず、シンプルな質問から。アメリカの会社であるNetflixさんが急に日本のアニメに力を入れ始めたと、僕らはちょっとビックリしました。日本のアニメは独自の発展を遂げて、アメリカンコミックやディズニーとは少し違うわけですし。
沖浦氏:
今年の1月でNetflixが190カ国で配信するようになってから2年間経ちますが、それ以前は全世界ではなかったんです。全世界での展開を始めて、実際に世界の人がどんな番組を見ているのかを調査したところ、日本のアニメが日本以外の地域で見られていることに気づきました。
その後は日本のアニメにどんどん力を入れようとなりました。Netflixはものすごいスピードで動いていますから。急に決めたように見えるかもしれませんが、熟慮の上で行っています。
数土直志(以下、数土):
その時にNetflixだからこそ出来ることという考えもあるのでしょうか?
沖浦氏:
これまでの映像メディアは、メディアから視聴者への一方向のTVが主軸だったと思うんです。TVというメディアは、放送枠が1日24時間で1週間7日間といった枠に有限性がありますよね。
その中でどうしても番組にプライオリティをつける。グローバルに展開するメディアはアメリカで作った番組を世界に広げることにフォーカスすることが多かったと思うんです。
インターネットは双方向ですから、Netflixではそうした制約がないんです。だからアメリカの番組だけをグローバルに届けるのではなくて、アメリカ以外の番組をグローバルに届けることも問題なく出来るのです。
これを僕らは「Local to Global」と呼んでいます。アニメもそのひとつで、日本発で世界に届けることができるジャンルです。それ以外でも例えばそのブラジルで作った『3%』というNetflixのオリジナルドラマシリーズは、ブラジル発で世界ですごく観られている。
最近だと『DARK ダーク』というドイツのドラマもあります。これはドイツ語を原語として構成されたドイツ発のドラマなのですが、すごく世界で見られています。それは、Netflixだからできることでもあると思います。
数土:
海外では「アニメはオタクのもの」という考え方も根強い気もしますが、Netflixはフラットに数字だけを見ることで、そうした偏見はあまりないのでしょうか?
沖浦氏:
お客様の観たいものを届けるので、それがお客様が観たいものである以上は、そこに分け隔てはありません。
それが日本人の作ったものでも、アメリカ人が作ったものであっても、ドイツ人、あるいは韓国の方のものであっても。基本的には見て楽しい物語性、つまりストーリーテリングが全てです。
数土:
逆に言えば、「ストーリーは吟味します」ということでしょうか?
沖浦氏:
「こう有るべきだ」というよりも、お客様が観たいものが、思ってもみなかったものであればそれをやります。
以前はアニメを知らない人も多かったのですが、その時既にNetflixには、日本アニメに着目した人がいたんです。
今はアニメの担当ではないのですが、当時のインターナショナル・オリジナル部門にはアニメに対するパッションがあって、「アニメをやろう」と言っていました。スタートしてみるとやっぱりヒットしました。
『DEVILMAN crybaby』の反響は?
吉川:
今年1月からの独占配信となった『DEVILMAN crybaby』は、どんな反響でしょうか?
沖浦氏:
日本で最も観られている日本のアニメのひとつです。海外でも、多くの人に観られています。
ヨーロッパ、北米、南米もそうですし、あとアジアもです。全世界で人気があって、ファンのソーシャルメディアでの評価、業界関係者、批評家からもエピックな作品であるとのコメントがいっぱい出ています。
吉川:
『DEVILMAN crybaby』は、世界観なども完全に大人向けの内容ですよね。
沖浦氏:
湯浅政明監督は「天才だな」と思います。『デビルマン』という素材をああした形に仕上げるのは素晴らしいと思います。永井豪先生の原作がとても衝撃的ですが、最初のアニメ化ではデイタイムで子供のためのテレビアニメなので踏み込めない部分もありました。
今回は人間性のダークな部分なところを普遍的に掘り下げるストーリーに向き合って、どういう表現が出来るかに、鬼才の湯浅監督が挑戦された。それにご一緒させて頂いて、形にすることが出来ました。
吉川:
例えば映画で上映するとか、今後の展開はあるのでしょうか?
沖浦氏:
『DEVILMAN crybaby』はアニプレックスの鳥羽洋典さんと新宅洋平さんという非常に優秀なプロデューサーが、「湯浅監督でデビルマンをやりたい」とNetflixに提案してくれました。
その中でNetflixのグローバルファーストランでやろうと決まりました。今後はアニプレックスの判断となり、基本的にNetflixとしての『DEVILMAN crybaby』はここで完結しています。
数土:
『DEVILMAN crybaby』を配信したことでのリターンは大きかったと考えてもいいのですか?
沖浦氏:
大きいですね。去年の8月2日にNetflixのアニメスレートイベントというのがあって、Netflixはアニメに力を入れますという日本での宣言ををしたわけです。2018年は、その新しいNetflixのアニメ元年で、その最初の作品。それが非常に上手く成功しました。第一印象となる作品です。第一印象は一回しかないので、とても大切です。
表現的にも、Netflixでしかできない作品という企画意図に必要とされた表現へ、クリエイターが踏み込んだ点で理想的な形態だったと思います。
プロダクション I.G、ボンズとの包括的業務提携のサプライズ
吉川:
『DEVILMAN crybaby』配信後の1月に、日本を代表するアニメスタジオのプロダクションI.Gさんとボンズさんとの包括的業務提携を発表されました。一流の制作会社をまず押さえたいといった戦略はあるのでしょうか?
沖浦氏:
I.Gの石川社長と、ボンズの南社長を本当に尊敬しています。ひとつひとつの作品を、毎回命を懸けて作っておられる。本当に、世界を代表するアニメの制作会社です。
3月にプロダクションI.Gさんの『B: The Beginning』、ボンズさんの『A.I.C.O. incarnation』の配信をスタートして、オリジナル作品でご一緒しています。これらは単発の作品でしたが、これからもいっぱい作品を一緒に、直接作っていきませんか? と弊社からラブコールをしました。それに共感してくだいました。
日本のアニメは今、少子高齢化という大きな課題を持っていると思うんです。その中で日本のアニメが日本以外でもお客様の地盤をもっと確立していくことが、きっと日本のアニメのサスティナビリティ(持続可能性)に貢献できるはずです。
吉川:
なるほど。細かいことなのですが、I.Gさん、ボンズさんの両社の作品はNetflixが全世界配給権をお持ちですか?
沖浦氏:
個別の契約は、現状で言えるところまで発表しています。
数土:
発表している部分では、「継続的に一緒に作品をやっていきます」ということでしょうか?
沖浦氏:
そうですね、包括的に複数の作品を一緒にやりましょうということです。『B: The Beginning』と『A.I.C.O. incarnation』は例えてみるならデートをしていた感じですよね。だから今回の包括提携で婚約発表をしたような感じです。
吉川:
一流プロダクションであれば、いくつもの作品企画があると思うのですが、番組を決める時は、一緒に「じゃあこれにしましょう」という感じなのか? あるいは相手側の持って来た企画に、ほぼ乗るのでしょうか?
沖浦氏:
基本的には、お互いにやっぱりパッションを感じないといけませんよね。
Netflixと日本アニメ
吉川:
日本のアニメにはいろんなジャンル、SFだったり、ファンタジー、あるいはリアルな世界を描いていたりもあります。こうした多様さは特に意識しているのですか?
沖浦氏:
私達の東京を拠点とするアニメチームは複数人に増え、ロサンゼルスに数名、シンガポールにもいます。これを全員でグローバルアニメチームと呼んでいます。
ターゲットをヤングアダルト・若い人達へちょっとエッジのきいた作品を届けることにフォーカスをしています。SFだったりアクションだったり、ファンタジーは、相対的には好まれているので重点的にやっています。
数土:
一方で、4月からはコメディのショートアニメ『アグレッシブ烈子』も始まりました。世代を超えて人気の『リラックマ』のコマ撮りアニメもオリジナル番組のラインナップに上がっている。
先日は『ONE PIECE』がNetflixのラインナップに加わっていて驚きました。より幅の広いマス層にもアニメを届けるという意図はあるのですか?
沖浦氏:
お客様が観たいものを、全て届けるのがモットーですから。『ONE PIECE』は世界中に圧倒的に人気がありますよね。
『DEVILMAN crybaby』が好きな人にも、『ONE PIECE』が好きな人はいっぱいいるわけです。僕らは『ONE PIECE』も『DEVILMAN crybaby』も同じアニメだと思って、ラインナップを揃えているんです。
その時に逆に「アニメって何?」という問題に行き着くわけです。
Netflixのアニメが、『DEVILMAN cybaby』のような大人向けだけですというわけではなくて、Netflixがプラットフォームである以上は、お客様の観たい作品がちゃんとセレクションされ、充実していることも重要なミッションだと思うんです。
吉川:
『ONE PIECE』は、ストーリーの骨格がしっかりしてるので、大人が見ても面白いですよね。
沖浦氏:
そうですね。「アニメ、アニメーションは子供のものだって、普通は皆思うんです。アニメは、もちろん子供も見ているのだけども、あなたが思っている以上に内容は大人向けなんですよ」と社内でもよく言ってます。
それでも最後は制作者の情熱と目利きが重要
吉川:
日本のアニメ業界には、Netflixさんに対する期待が大きくて、同時にこれから何が起こるのかワクワクして見ていらっしゃる方もいると思うんです。
ただ日本のアニメ業界は広いので、全ての期待をNetflixさんが引き受けるわけにはいかない。これについてはどうお考えでしょうか。
沖浦氏:
ひとつは業界の継続性を担保するために、どのようなビジネスモデルがあるのかです。DVDやBlu-rayが段々売れなくなっている中で、アニメの製作を継続するためのビジネスをどうやって作っていくのかを考える必要があります。
今はゲームにフォーカスしてみたり、グループを再編したり、ライブエンターテイメントに力を入れたりなど様々な取り組みがあります。そうしたアニメ製作のためのビジネスモデルの選択肢のひとつとして、Netflixの世界配信のプラットフォームが貢献できるかと思っています。
もちろん、それが業界全体を支えるわけではないと思います。
数土:
ただプラットフォームとして、貢献できる役割は大きいですよね。
沖浦氏:
変化はチャンスなんです。生活の多様化によって、DVD・Blu-rayで楽しむ人もいれば、テレビで楽しむ人もいる。インターネットで楽しむ人もいます。この大きな変化の中で弊社が何か出来るとすれば、Win-Win-Winの関係を築くことだと思います。
190カ国で1億人以上のお客様に対して、日本の高品質、高クオリティーな作品を見ていただける。このオーディエンスのハッピーが第一のWinです。
次のWinは、制作する側のクリエイター、監督、声優、脚本、原作者、そういった方々の作品がより多くの人に見ていただけるというチャンスを作ること。ここから新しいビジネスチャンスも生まれます。
最後のWinは我々です。プラットフォームとして高品質なものを今後もより多くの方々に見ていただけることです。お客様はハッピーになり、製作者の方もよりチャンスが生まれ、我々もそれをデリバリーするチャンスが生まれる。これが変化だと思うんです。
お金の話でも、例えば実写では、今はオーバースペックかもしれないけど4Kで撮っておくと、10年後もやっぱり高品質で見ることが出来るんです。
そのために多少なりとも予算をかける。それはお客様のためであり、製作者側のためでもありますね。それはアニメでも同じだと思います。
吉川:
アニメの製作会社は、Netflixが作品に相当予算をかけるという期待が業界内で高まっていることについてはどうでしょう?
沖浦氏:
その点は誤解を解いておきたいところがあって、Netflixはアメリカの会社なので、ハリウッドの映画のバジェットのようにみたいに思われるところがややありますが、それは完全な誤解です。
予算は作品がどれだけ観られるかに応じて、決まっています。だから、ものすごく多くの人に見られる可能性のあるものはバジェットは上がりますが、すべてがそうであるわけではありません。
確かに日本の番組の中でもアニメは、世界ですごく見られるコンテンツの筆頭であることは間違いありません。
けれどもハリウッドの映画が観られるくらいかと言えば、やはり相対的な違いがあり、それに応じた制作費の設定は当然あります。ごく普通の原理が働いています。
吉川:
それは非常に重要なところで、Netflix=ハリウッドだと思っている人がいるわけですね。もちろんハリウッドに発注して作っている作品もあるでしょうけども(笑)。
そうすると「これは大変なことだ!」と認識する人もいるわけですね。だからそこを仰っていただいたことはすごく大事です。
ただ、やはりこれは重要な作品だから「作っておこう!」という作品もあるかもしれないですよね。
沖浦氏:
もちろん最終的には製作者のパッションや、そこにかける想いがあるわけです。最後は計算だけでは、計れないところがあります。
配信だから、ものづくりに対する考え方が変わるかというと、本質的にはあんまり変わらないですね。
最後は制作に携わる人です。ちょっと偉そうですけど、目利きです。私たちは社内で「ベット」と言うんです。世界中のメンバーの方々に見てもらうべく、作品に「賭ける」ということですよね。
数土:
それは社内で共有されているものなのですか?
沖浦氏:
先日、チーフコンテントオフィサーと話をしたんですけど、そこでも「最後はパッションだよ、良いものを作ろう」と。
「これにいくら賭けるべきかというのは、スプレッドシートでやろうと思えば出来るけど、ものづくりはそうじゃないんだ。いいものを作ろうというパッションによって、いかに良いものを多くの人に届けて、ハッピーになってもらうかに尽きる」と言ってましたね。
Netflixは業界の何を変えたのか?
吉川:
いわゆるロングテイルな作品ってありますよね。例えば、宮﨑駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』は最初の興行はいまひとつだったけれども、段々人気が出てきて、テレビのゴールデンタイムで放送したら20%超えました。
Netflixさんは出来るだけ長くラインナップとして置く方針だとすると、それが出来るんじゃないかと勝手に想像しました。
沖浦氏:
それはありますね。それが出来る可能性は非常に高いです。とても強い番組が配信されると、口コミや当社の番組レコメンデーション機能を通じてどんどん広がっていきます。長きに渡って番組を観てもらうのは、配信プラットフォームの強みですね。
例えば劇場上映だと一週間くらいで成否がわかれるみたいなことが、いまは結構ありますよね? それと比べても、長期に渡って勝負出来るはずです。
あとアニメシリーズでも、最近は1話が勝負みたいなのがあるじゃないですか。1話の内容で継続視聴するかどうかを決める。
ただNetflixではイッキ見が前提になっているので、1話だけでなく、2話、3話でもお客様を掴んで最後まで持っていくことが出来る。イッキ見は一つのポイントかもしれないですね。
最近はアニメの本数が多いので、放送を全部録画して評判を聞いてからそのシーズンが終わったあとに一気見している人がいます。
吉川:
出来るだけ良いものを観たいと考えるわけですね。
沖浦氏:
そうですね。10月番組を全部録画して、1月頃になって評判を聞き、1クールの完結したものを一気に観ている。
これまではハードディスクに貯めたもののイッキ見したわけですよね。技術は違いますが、じゃあ配信で一気見をすれば良いじゃないですかと。
吉川:
配信メディアが突然現れて、これによってメディアの世界が恐らく激変すると思うんです。
Netflixさんも、激変は意識されているのでしょうか?
沖浦氏:
昔、ハイビジョンを導入する時に、番組制作者はそんなにお金が掛かるものは作れないと言ってた時代がありました。ところがあっという間に環境が変りました。
16:9のディスプレイが普及して、HDは当たり前になっている。配信じゃ絶対流せないと言われていた4Kの画質ですら、今は技術の進化で簡単に流せる時代になってしまいました。
それが今度はマルチデバイスです。テレビだけでなく、PCやスマホ、タブレット、あらゆるデバイスに作品が届きます。昔はやっぱり1:nの配信では、電波の方が効率良いと言われていましたが、インターネットで、マルチデバイスで配信出来るようになったことは、大きなことだと思うんです。アニメの製作者が、継続的に番組を作り続ける助けになっています。
数土:
マルチデバイスは、アニメの製作者に対しての影響があったわけですか?
沖浦氏:
私の話になってしまいますが、デイヴィッドプロダクションを設立した頃が2007年で、その時はアニメに厳しい時代でした。海外のアニメの市場がファンサブ【※】という海賊利用で崩壊して、ファンは増えているのに全くお金にならない。
結局、深夜アニメでは、日本でDVDが売れる企画にしかチャンスがなった。『ジョジョの奇妙な冒険』がヒットするまでは、すごく苦労していたんです。それが10年間もがいているうちに、Netflixがお客様からちゃんとマネタイズするメディアとして現れたわけです。
継続的に海外のお客様に向けても、アニメを作っていけるようになったことは、業界全体の発展に貢献できるのではないかと思います。
※ファンサブ(fansub)
ファンサブタイトル(英:fan subtitle)の略。公式の翻訳字幕とは別に、作品のファンによって独自に付けられた字幕(サブタイトル)のこと。日本のアニメは、日本国内での放送直後にこうしたファンサブを付けた海賊版の動画がネットを介して出回り、アニメ市場への大きな打撃となっていた。
吉川:
最後になりますが、Amazon、Hulu、amebaTV、もちろんniconicoも番組を作っています。それぞれ作っているものが違ったり、予算規模も違いますが、これらはNetflixさんにとって、ライバルなのでしょうか?
沖浦氏:
共存していくものだと思っています。NetflixやAmazonさんは、グローバルオペレーションの世界ですよね。
例えば、ホテル業界には、日本に住む人だけに向けたホテル・リゾートがあります。日本の会員しか相手にしてないので、「Local to Local」なわけです。星野リゾートってあるじゃないですか、あれはローカルなんですけど、「Local to Global」で、日本人以外の観光客とかもいっぱい取り入れているわけです。
日本では知名度が低いですけれど、世界では有名なクラブメッド【※】というのがあります。北海道にスキーリゾートとかがあり、中国の観光客も来るし、ヨーロッパの観光客も来るわけです。あれは「Global to Global」。
配信も同じことがあって、NetflixやAmazonさんは、「Global to Global」で、他にもそれぞれの「Local to Global」であったり、「Local to Local」だったりするわけです。
※クラブメッド
クラブメッドは、フランスのパリで創業されたリゾート運営会社。世界に約70カ所のリゾートを運営し、日本でも北海道と石垣島の2カ所でバカンスを楽しめる。
吉川:
同じようにコンテンツを見ていても、それぞれ中味の実態が全然違うわけですね。
沖浦氏:
私がNetflixに入って実感するのは、投資のスケールが世界をプラットフォームにすることを前提として考えているのをすごく実感しています。
──ありがとうございました。(了)
海外の日本アニメの人気は最早揺るぎのないものとなりつつあるが、その一方で「ビジネスとして海外で成功しているのか?」というと未だ道半ばと言える。
Netflixの登場は日本のアニメ業界にとって、本格的に作品を海外展開体制の確立に向け取り組むべき大きな転換点となる。
こうした変化は日本のコンテンツはどうあるべきかを再度捉え直す大きな好機でもあるかもしれない。今後のNetflixと日本アニメの動きには注意して見守っていきたい。
【あわせて読みたい】
現在のアニメ業界に一石を投じたい──クラウドファンディングから始まったアニメ『UNDER THE DOG』は、その想いとは真逆の着地をしたのかもしれない【原作イシイジロウ✕プロデューサー森本浩二】「現状のアニメ業界に一石を投じる、スタジオ主導のインディーアニメがテーマ」と語る同作の原作者・イシイ氏によると、クラウドファンディングは“成功”したものの、実現するまでの道のりは相当厳しいものだったという。
そこで今回、本作プロデューサーの森本浩二氏を交え、『UNDER THE DOG』プロジェクトを振り返ってもらった。話は、クラウドファンディングとアニメ制作のあり方にはじまり、現在のアニメ業界の問題点についてまで及ぶことに。
アニメ制作を志す後進のための、彼らの総括ともいえる対談となった。