業界歴25年、5社目にして独立を果たした男が作ったアドベンチャーゲーム『偽りの黒真珠』は、ファミコンテイストが溢れていた。「8ビットの表現で、新しいものを作り続けたい」

業界歴25年、5社目にして独立を果たした男が作ったアドベンチャーゲーム『偽りの黒真珠』は、ファミコンテイストが溢れていた。「8ビットの表現で、新しいものを作り続けたい」

 去る1月24日、ハッピーミール株式会社からNintendo Switch用ソフト『伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠』が発売された。

 本作はファミコンの『ポートピア連続殺人事件』『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』のような、コマンドを選択しながら物語を進めていくアドベンチャーゲーム。
 荒井清和先生のイラストに加え、ファミコンの仕様に準拠した“色数の少ないドット絵”“味のあるサウンド”などが、レトロゲームファンを中心に話題となっている。

もちろん、入浴シーンもあったりする!

 このゲームを手がけたのは、関 純治氏
 1994年、株式会社ADKに入社して以来、じつに25年という業界歴を持つ関氏は、それまで4社を渡り歩き2012年に独立、ハッピーミールを立ち上げた男だ。
 期待を裏切らず“ファミコン好き”なひとりで、これまでファミコン好きが高じてソフトのコレクションはもとより、元所有者の名前が記載された中古ソフトまでわざわざ集めるという、一風変わった趣味もお持ちだという。
 今やその趣味は、Web上で「名前入りカセット博物館」という独自の企画を実施するに至り、博物館への寄贈ぶんを含め、実際に集めたカセットで展示会を行うまでになっているほど。

 それほどのファミコン好きな関社長であれば、さぞかしレトロゲームに強い思い入れがあるのだろうと思いきや「ファミコンへの想いについては、自分でも矛盾を感じる」(関氏談)という。
 1994年にゲーム業界入りして以来、会社を転々と移り現在5社目の彼の想いは、そう単純なものでもないようだ。

 そこで電ファミニコゲーマー編集部は、『偽りの黒真珠』発売に至るまでの経緯やファミコンとの関係など、これまでの氏の足跡を伺いながら、氏の言葉の真意を探ってみたしだいだ。

取材・文/Ron
取材・編集/なかJ
カメラマン/増田雄介


関純治氏

ファミコン風ゲームは“懐かしい”ではなく“新しい”と感じている

──1月24日にSwitch用の新作アドベンチャーゲーム『伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠』が配信されました。無事リリースを迎えてほっと一息、というところでしょうか。

関氏:
 おかげさまで評判は上々です。今から3年ほど前に『偽りの黒真珠』の企画が動き出しましたが、発売までの道のりは長いものでした……。

──本格的に動き出したのは2017年からとか。

関氏:
 そうですね。この3年間ずっと開発をしていたわけではなくて。
 開発資金を調達するために他の仕事を受注しつつ、その片手間で開発していました。でも、そういう作り方だと、なかなかプロジェクトが前に進まないんですよね……。

──そういう状況下で、どうにか完成にこぎ着けたんですね。

関氏:
 開発中は、まだ販売方法もしっかり決めていませんでしたが、ファミコン風のアドベンチャーゲームなので、“任天堂さんのハードで出す”以外の選択肢は考えていませんでした。広告付きの無料アプリとしてスマホで配信しても、おそらく広告収入では開発費が回収できないし……。

──となると、当時はニンテンドー3DS一択でしたよね。

関氏:
 そうなんです。2017年にタイトルを発表した当時はニンテンドー3DSで発売する予定でしたが、結局Nintendo Switchで発売することになりました。
 ズルズルと具体的な開発状況や発売日をお伝えできないままでいたことを、この場を借りてお詫びします。申し訳ありませんでした。

──ともあれ、念願の任天堂ハードで発売することができました。これがNintendo Switch参入タイトルの第2弾になるんですよね。

関氏:
 第1弾は、2018年2月22日に発売されたシューティングゲーム『協撃カルテットファイターズ』です。

──そのときのパブリッシャーは御社でしたが、今作はフライハイワークスなんですね。

関氏:
 2018年7月、フライハイワークスの黄政凱社長にお会いした際に、「『偽りの黒真珠』って、どうなっているんですか?」と聞かれたんです。

──黄社長が、このタイトルのことを気にされていたとは。

関氏:
 「あれは早く出したほうがいいですよ」と言われて。さまざまな事情で開発が進んでいないことを打ち明けたら、「うちがパブリッシャーになって応援しますから、Nintendo Switchで発売しませんか?」と言ってくださったんです。

──フライハイワークスからの支援があって、発売の目処が立ったと。
 関さんのNintendo Switch参入タイトルはいずれも、ファミコン風グラフィックのゲームですが、8ビットにどんなこだわりが? 関さん自身、1973年生まれの“ファミコン世代”だから、というところが大きいかと思いますが。

関氏:
 ファミコン世代ではありますが、ファミコンゲームのグラフィックに対しては、あまり“懐かしい”という感情はないんですよね。これは強く言っておきたいです。

──ゲームファンと懐かしさを共有したい、というわけではない?

関氏:
 そう見えるかもしれないですが、過去を振り返りたいわけじゃなく、自分としてはむしろ“新しいものをやっている”つもりでして。子どもの頃に遊んだゲームの続きを作っている、とでも言いますか。そこがうまく伝わるとうれしいのですが……。

──これまでの関さんの作品を見る限り、どうしても“懐かしい”という思いが先に出てきてしまいます。たとえばiアプリやスマホでリリースした仮想ゲーム機『チョイスゴコンピュータ』【※】とか。

※チョイスゴコンピュータ……フィーチャーフォン用のアプリとして開発された、ゲーム機のバーチャルプラットフォーム。のちにAndroidのスマホ用に『チョイスゴコンピュータTouch』が開発された。
ダウンロードしたゲームアプリを『チョイスゴコンピュータ』上で動かせるほか、ゲームアプリをカセットに見立て、本体の差し込み口に(画面内で)息を吹きかけるなどの操作も可能。
また、ゲームアプリにはそれぞれ懐かしい感じイッパイの説明書も。
たまにバグって画面がフリーズするのも仕様だったりする。

関氏:
 ご存じの方がいらっしゃるとうれしいなぁ。

──ちなみに、この『チョイスゴコンピュータ』で遊べるゲームの中では、シューティングの『電子艦隊ナック』【※】が一番人気だったそうですが、あれはファミコン用の『頭脳戦艦ガル』のオマージュだったり?

※『電子艦隊ナック』……2008年に『チョイスゴコンピュータ』用に開発された縦スクロールシューティングゲーム。操作は移動とショットのみと非常にシンプルで、全100ステージに隠された26個のオーパーツを探すことが目的。現在はスマホ用のアプリが配信されている。

関氏:
 そうですね。なぜ『頭脳戦艦ガル』なのかというと、当時「クソゲー」と言われていたゲームをあえて“新しいもの”として作りたかったんです(笑)。

──あえて、ですか。

関氏:
 ファミコン時代には、人によって評価はさまざまですけれど「クソゲー」と酷評されてしまうゲームがけっこうあったじゃないですか。『トランスフォーマー』【※1】とか『ダウボーイ』【※2】とか。

※1『トランスフォーマー』…… 正式名称は『トランスフォーマー コンボイの謎』。1986年にタカラ(現:タカラトミー)からファミコン用ソフトとして発売された横スクロールのアクションゲーム。ロボットとトレーラー形態にトランスフォームできる主人公・ウルトラマグナスを操作して、敵を倒しながら全10ステージを駆け抜けていく。敵の避けにくさや、敵や敵弾に当たると1発でミスになることなどから、非常に難しいゲームと評価をされることが多い。
(画像はVC トランスフォーマー コンボイの謎より)

※2『ダウボーイ』
1984年にSynapse Softwareからコモドール64用に発売されたアクションゲーム。1985年にはケムコからファミコン用ソフトとして発売された。
ゲームの目的は、主人公の兵士を操作して敵陣地内に潜入し、捕虜収容所に捕らわれている重要人物を救出すること。
敵陣では兵士や有刺鉄線などの障害物が主人公の行く手を阻むが、マシンガンで倒したり道中で拾ったアイテムなどを駆使したりして突破する、簡単なパズル要素もある。地雷のセット方法やTNT爆弾の導火線の引き方などが独特で、操作方法の難しさや淡白なゲーム内容などが低い評価につながっている。

──理不尽とも思える難度のゲームだと、認定される傾向がありましたね。

関氏:
 『トランスフォーマー』にしても『ダウボーイ』にしても、シューティングなのに“スクロールRPG”なんて謳い文句で登場した『頭脳戦艦ガル』にしても、購入前は“夢が詰まっているゲーム”だと思っていましたが、いざプレイしてみたら裏切られた(笑)。
 今見ると、そこまで悪いゲームじゃないと思いますけれど。

『頭脳戦艦ガル』をプレイ中の、若かりし頃の関さん(イメージ図 by 荒井清和 画伯)

──確かに。『頭脳戦艦ガル』では“パーツを100個集める”という目標がムリゲーに思えました。

関氏:
 メリハリがないというか全体的に淡白なゲームでしたね。そんな、当時「クソゲー」と呼ばれたゲームを遊んで「ちょっと痛いのを買っちゃったな」という当時の感覚を、『電子艦隊ナック』を通して再び味わってほしかったんです。

 案の定、『電子艦隊ナック』を遊んでくださったかたは「クソゲー」認定してくれているみたいで。そういう意味でも一番反応があったゲームですね。

──……やっぱり“懐かしさ”を楽しんでほしい、という動機なのでは?

関氏:
 このゲームを作っていたときというか、はじめはそうでしたね。でも今は、“懐かしさ”の追求でなく、あのテイストで“新しいもの”の作ろうとしています。
 そういえば、昨年の2018年は『電子艦隊ナック』の配信10周年だったので、前述の『協撃カルテットファイターズ』と絡めて、8月に新宿でイベントをやったんです。30人ほど集まってくださいましたよ(笑)。

──あくまでも“8ビット世代のゲームを題材に、新作ゲームを作ったりイベントをやったりしたい”、ということでしょうかね?

関氏:
 そうですね。矛盾しているように思われるかもしれませんが、あくまでも「あの頃はよかったな」と昔を振り返りたいわけではなくて、あの時代の表現方法が好きなんですよ。
 ハードの性能に制限のある中で新しいものを作り、提供したいのです。……それが答えになっているかはわからないですけれど。

──チップチューン【※】の音楽を作ることに似ている?

※チップチューン
80年代のパソコンやファミコン、ゲームボーイなどの家庭用ゲーム機に使われていた音源チップを使用して制作された音楽、またはそれらの音源を意識して制作された音楽のことをいう。

関氏:
 そうかもしれませんね。でもまあ、理解されなくてもいいんです。気にしていないので(笑)。

荒井清和氏を起用した理由は、ファミコン版『オホーツクに消ゆ』を意識したわけではない──ホントに?

今回のインタビューも、東京都・蔵前のグッズショップ「TOKYO PIXEL」にて1月中旬まで開催されていた名前入りカセットの展示会「ファミコンの思い出展」の会場で実施したものだ。

──関さんの過去作品には、スマホ用の『チョイスゴコンピュータTouch』で体験版を楽しめたアドベンチャーゲーム『肥後連環殺人 迷宮のブロードウェイ』【※】(2011年リリース)がありましたよね。
 結局、あの作品は未完となりましたが、今作『偽りの黒真珠』は、そのリベンジということでしょうか。

※『肥後連環殺人 迷宮のブロードウェイ』
『チョイスゴコンピュータTouch』用に制作されていたコマンド選択式のアドベンチャーゲーム。2011年にiPhoneとAndroid用に配信される予定だったが、Android用の体験版が配信された後、開発が中止となった。イラストは荒井清和氏が担当していた。

関氏:
 えーっとえーっと……お話できる範囲だと──『迷宮のブロードウェイ』は、私が以前経営していた「ワンナップゲームズ」という会社で作っていたものです。
 当時はガラケーからスマホに移り変わりつつある時代でしたが、スマホで出しても収益化する方法がなかったんですよね。一応、公式サイトは細々と更新していましたが。

──このときに作ったシナリオやキャラクターは、すべてボツになったのですか?

関氏:
 そうです。スタッフとか制作費とかいろいろな問題があって、「これ以上開発を続けるのは困難」と判断し、製作を断念しました。

──スタッフとかいろいろな問題、ですか。大変だったんですね。

関氏:
 『迷宮のブロードウェイ』は開発中止になったものの、このプロジェクトを通じて荒井清和先生【※】と出会えました。荒井先生とは「機会があれば、ゲームを作りたい」と話していて、それからしばらく経った3年ほど前に『偽りの黒真珠』として企画が動き出したんです。

※荒井清和
1959年生まれのマンガ家・イラストレーター。雑誌『ログイン』『ファミ通』で連載していたマンガ『べーしっ君』や『ファミ通』のクロスレビュアーイラストなどでもおなじみ。
ゲームでは、ファミコン版『オホーツクに消ゆ』や『いただきストリート』などのイラストを担当している。当記事でも挿絵を描いてくださった。

──“ファミコンのアドベンチャー×荒井清和”というと、ファミコン版の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』【※】を思い起こす人が多いでしょうね。

関氏:
 どうしても、そうなりますよね(笑)。

──狙ったわけではない?

関氏:
 狙ったわけではないというと「おいおい!」ってなりますが、『オホーツクに消ゆ』だけを意識したわけでなく、あの当時のアドベンチャーゲーム全般の、色々な要素を取り入れているつもりです。

──関さん的にはあくまでも“新しいもの”、ということですもんね?

関氏:
 そんな感じです。『オホーツクに消ゆ』には敬意を払いつつも、違うゲームを目指しました。

──荒井先生には、どのようなイメージを伝えました? 「『オホーツクに消ゆ』みたい、と言われないような感じで」とか(笑)?

関氏:
 荒井先生に描いていただく以上、そんな注文はムリに決まっているじゃないですか(笑)。
 だから逆に、何も伝えずに、あくまでも荒井先生がキャラクターの設定から思い描いたイメージを優先しました。ただ、頻繁に打ち合わせをしましたので、一緒にイメージを固めていったとも言えます。

──温泉シーンはありますか?

関氏:
 あります、お色気も。でもNintendo Switchなので、適度なものです(記事冒頭の画像参照のこと)。

──その辺りの自主規制も『オホーツクに消ゆ』っぽい。

ファミコン版『オホーツクに消ゆ』で裏技を使うと出現する、エッチなシーン。「わごとおんせん」で、入浴中のめぐみに遭遇したとき「なにかとれ→めぐみのバスタオル」を選択したあと、めぐみが「そう?わたしはかまわないんだけどな」と言ってから2分待つと……拝める!

──シナリオは、関さんが自ら担当されたのですか?

関氏:
 おおよそのあらすじを作り、皆で揉んでいきました。そして最後に、詳細を臣ヤスユキさんにまとめていただきました。

 物語の舞台を三重県の伊勢・鳥羽・志摩に選んだのは、「サスペンスのクライマックス→海辺の崖→リアス海岸」があるところ、かつ旅情感を味わえるキャッチャーなランドマークがあるから、だったんです。

──なるほど。

関氏:
 シナリオでは嘘をつきたくなくて、現地のいろいろな場所を取材しましたよ。

 東京にいても、インターネットの地図を使えば、主人公がたどる経路などを把握することはできますけれど、現地の混雑状況とか、町と町の距離感などは、やっぱり行ってみないとわからないですね。

──しっかり取材されたんですね。

関氏:
 2泊3日ですけどね。一度だけ。

──2泊3日。

関氏:
 ええ。「伊勢うどん」美味しかったです。ちなみに『偽りの黒真珠』に出てくる伊勢・鳥羽・志摩はクルマで1時間くらいの範囲です。

──確かに距離感は大事かも。実際、私もそうでしたが、たいてい『オホーツクに消ゆ』をプレイした人は、北海道の広さを誤解している節がありません? 「札幌←→摩周湖←→網走」がコマンド選択ひとつで移動できた罪は重いかも(笑)。

関氏:
 現地では、名物料理を満喫しただけではなく、方言についても取材しました。三重県の鳥羽市や志摩市のあたりには「志摩弁」があって、一部の登場人物にもしゃべらせています。現地の方にしっかり監修してもらったので、再現度は100パーセントでしょう。

伊勢を旅行中、ではなく取材中、色々なところを撮影していたら、警官に怪しまれてしまった関さん(イメージ図 by 荒井清和 画伯)

──それにしても実写のPV、旅情サスペンスドラマ感たっぷりですね。

関氏:
 ミラーレス一眼とコンデジで撮ってきて、編集しただけですが、割とゲームファンの皆さんに評価していただけて。意外でした(笑)。

──女性ボーカリストによる歌も、雰囲気を出してます。

関氏:
 この主題歌については、たまたま身近に自分のイメージを具現化してくれる“作曲できる仲間がいた”というだけの話です。
 「歌を作ろう!」とかいう話をすると、たいてい「いや、クオリティがどうのこうの……」なんて話になりますが、そんな心配はどうでもいいんですよ(笑)。
 作って形にすることが大事なのかな、と。

──この主題歌、Nintendo Switch版でも聴くことはできます?

関氏:
 ゲームの中にある「電子マニュアル」を閲覧する際に、歌が聴けるようになっています。いい歌なので、購入した方はぜひ聴いてみてほしいです。

──ゲームクリアも、かなり時間がかかりそうですね?

関氏:
 速い人で5〜6時間くらいですね。この価格のアドベンチャーゲームでは、けっこうボリュームがあるのではと思っています。それでも作りすぎた感じはあって、当初よりも短くしたんですよ。

当時の文化の一部を切り取ることで、新しい楽しみ方が生まれた「名前入りカセット」収集

──「8ビットの表現で、新しいことをしたい」という関さんですが、その想いに至るまでの経緯を伺いたいです。そもそもゲームを作りたいと思ったきっかけは?

関氏:
 幼い頃にファミコンにハマってから、ゲーム一筋なんですよ。もちろんゲームセンターにもよく行きました。
 そんなゲーム漬けの生活を送っていると、そのうち「自分で考えたゲームを作りたい」と思うようになるじゃないですか。それが動機です。

──関さんだと、ファミコンに触れたのは小学生の頃ですね。

関氏:
 たぶん小学校3~4年生ですね。ファミコンがブームになってお店でなかなか買えなくなった時期の直前くらい。その頃は、ファミコン本体が9800円で安売りされていたんです。

──四角いゴムボタンの頃ですね。

関氏:
 そうです。そのときは『マリオブラザーズ』を一緒に買ってもらいました。当時は買ってもらった順に、カセットに通し番号をマジックで書いていたんです。

──これは2番ですね。1番の『マリオブラザーズ』は?

関氏:
 えっと1番は、専門学校に通っていた頃にアルバイトをしていた控え室でなくなってしまいました(泣)。
 誰かが控え室にファミコンを持ち込んでいたので、「みんなで遊べるように」と自宅のファミコンソフトを全部持ってきていたんですよ。そうしたら、いつの間にかなくなっていて……。いくつかは取り戻したんですけれどね。

──悲しい。カセットのナンバリングはずっと続けていた?

関氏:
 当時買ったファミコンカセットにはすべて。「親に命令されてやっていた」とかではなくて、ナンバリングするとコレクション欲が満たされたんです。
 数字が増えていくこと自体を楽しんでいたというか。ふたりの弟が持っていたカセットにもナンバリングしましたから。

──現在も趣味でゲームを集めているそうですが、その頃からコレクターとしての何かが目覚めていたのかもしれないですね。

関氏:
 そうかもしれないです。ゲームを買ったら箱や説明書は綺麗な状態で別の場所に保管していましたし。といっても、いつのまにか親に勝手に捨てられていて、悔しい思いもしましたけれど。

──今は「名前入りカセット」を収集されているんですよね。きっかけは?

関氏:
 かれこれ40ヵ国くらい行っているのですが、いちばんの趣味といえる「海外旅行」がきっかけです。
 2003年頃に行ったアメリカ西海岸のサンタフェで、ゲームショップを覗いたんです。

──何かお宝がありました?

関氏:
 中古ソフトのワゴンセールがあって、その中にNES版『リンクの冒険』が12ドルで売られていたんです。「NESはカセットのサイズが大きいし、『リンクの冒険』は金色でかっこいいな」と思って手に取ったら、マジックで英語の名前が書いてあって。
 そこで「外国人も、ゲームカセットに名前を書くんだ!?」と衝撃を受けました。

──カセットに名前を書く風習は、日本だけじゃなかった、と。

関氏:
「違う文化の国でも、やっぱりカセットに名前を書くんだな」とわかって驚きました。でも、一旦は買うのをやめたんです。綺麗なソフトを買いたくて。
 でも結局、「アメリカ人が名前を書いたカセットなんて、面白いじゃないか」と思い直して、買っちゃった。

──それが、これですか。

名前入りカセットのコレクションをはじめるきっかけとなったNES版『リンクの冒険』。Teresaさんのサインがカセット裏面に入っている。

関氏:
 それ以来、帰国してもゲームショップを見つけては名前入りのカセットを漁りました。名前が入っているからこそ、比較的高価なゲームでも安く買えるのがいいですね。

──印象深い名前入りカセットはありますか?

関氏:
 「1泊200円」と書かれた『ファミスタ』ですね。

──レンタルされていた可能性があるのかな。

関氏:
 どこかの業者の商売道具だった……というよりも、単純に子どもが小遣い稼ぎで使っていたんだと思いますね、違法だけど。『ファミスタ』は人気がありましたから。
 そのほかにも、日付と「バースデープレゼント」と書いているカセットとか。

関氏:
 これは誕生日プレゼントでしょうね。私も歳を重ねたせいか、これを見てちょっとウルっときました。
 でも、カセットから親の愛情を感じる一方で、こうして他人の手に渡っていることを考えると、子どもには親の愛情が届いていなかったのかもしれない。

──(笑)。そうして集めた「名前入りカセット」を現在ではサイトに公開して、持ち主が見つかった場合はその方に返すという取り組みをされていますが?

「中村」「山田」「はしもと」…ファミコンソフトの持ち主、探してます。“名前入りカセット”の展示イベントが12月7日から開始

関氏:
 単なる思いつきですよ。「名前入りカセット」の中には、フルネームで書かれたものや、住所まで書いてあるものもあるんです。なので、「元の持ち主がわかるなら、その方に返したい」と思ったんですね。
 泣く泣く売ったり、借りパクされたりして手元から離れてしまったソフトが、再び戻ってきたら嬉しいんじゃないかな、と。

──バイト先での苦い過去も、この企画に繋がっている。

関氏:
 筆跡とか、カセットに貼られているシールとか、ひとこと書かれたコメントとか……カセットに書かれていることから、いろいろと想像が膨らむこともあります。
 そのカセットを元の持ち主に返せるなら、実際にお会いして、自分が想像した内容との答え合わせをしたい気持ちもあったりして。

名前入りカセットの持ち主がどんな人か、霊能者に透視してもらったこともある関さん(イメージ図 by 荒井清和 画伯)

──プロファイリングみたい。

関氏:
 そうそう。残された少ない情報から推理したり、化石から生き物の姿を想像したり、みたいな感じです。

──最近のゲームはダウンロード販売も多くなっていることもあって、“名前を書く”という文化も途絶えつつありますが、思うところはありますか?

関氏:
 別に何とも思っていないです。

──そうなんだ(笑)。

関氏:
 名前入りカセットを残していく活動をしたいわけではないので。
 「名前入りカセット展示会」についても、カセットが主流だった時代に生まれた文化を切り取って楽しんでいるだけです。

8ビットの新作ができるまで──その紆余曲折

──その展示会も、“8ビット世代のゲームを題材に何かをしたい”、ということの一環ですね。
 そんな関さんはゲーム業界歴25年、現在5社目ということですが……。

──最初にゲーム業界に入った頃は、もう8ビットの時代じゃないですよね。

関氏:
 最初はADK(旧:アルファ電子株式会社)に、企画/デザイナーとして入りました。
 大手の会社も考えたのですが、大手だとプロジェクトが大規模過ぎたり職務がきれいにわかれ過ぎていたりしているのかな、と思ったんですよね。

 であれば、小さい会社でもより重要な仕事を任せてもらえるチャンスがあるほうがいい。さらに、社風がユニークで何かとがったものがある会社が理想だな……と、いろいろ考えているうちに、就職したい候補として残ったのがADKでした。

──最初に携わったタイトルは?

関氏:
 NEOGEO向けゲーム『痛快GANGAN行進曲』【※1】『ティンクルスタースプライツ』【※2】などのグラフィックの一部分を担当しました。

※1『痛快GANGAN行進曲』……1994年にSNKからアーケード(MVS)とNEOGEOで発売された対戦型格闘ゲーム。開発はADKが担当。熱血ゲージが最大になると攻撃力がアップするGANGAN状態になる点や、その状態で相手の体力が一定値より低いと繰り出せるGANGAN必殺技などが特徴。
(画像は痛快GANGAN行進曲|より)
※2『ティンクルスタースプライツ』……1996年にアーケード用(MVS)、1997年にNEOGEO用が発売された対戦型のシューティングゲーム。開発はADK、販売はSNKが担当。左右に分かれた画面を1P側と2P側が使ってプレイするのが特徴のひとつ。シューティングといっても相手を直接撃つわけではなく、誘爆する敵を倒して連鎖を起こし、相手の画面におじゃまキャラクターを送り込んで攻撃をする。
(画像はティンクルスタースプライツ|NEOGEO(ネオジオ)Wiiバーチャルコンソールより)

──ADKには2年在籍して、それからケイブに転職されたんですね。

関氏:
 色々な会社で経験を積むため2年ごとに転職する計画だったので、理由もなく退職しました。この頃は、けっこう計画的に考えていました。今はアレですけど。

──今はアレだけど当時は計画的だった。

関氏:
 ケイブを選んだ理由は、はっきり覚えていないのですが、ADK時代にNEOGEO向けレースゲーム『オーバートップ』【※】でクルマの3Dモデリングをやっていましたから、「プレイステーションの世代になって、その技術がより活かせる」と考えていたのかもしれません。

※『オーバートップ』……1996年にアーケード(MVS)とNEOGEOで発売されたトップビュー画面のレースゲーム。山道や市街地などのさまざまなコースをドリフトなどのテクニックを駆使しながら走破していく。
(画像はNintendo Switch|ダウンロード購入|アケアカNEOGEO オーバートップより)

──ケイブでモバイル事業に関わったのが、人生の岐路になっていたりします?

関氏:
 そうですね。私が『峠MAX 最速ドリフトマスター』『犬のおさんぽ』といった、プレイステーション2/アーケードゲームの開発に関わっていた2000年頃、盛り上がってきたドコモの「iモード」に、いろいろな会社が参入していたんです。もちろん当時のケイブも参入していて、占いのサイトなどに活気が出てきていました。

『峠MAX 最速ドリフトマスター』
(画像は峠MAX 最速ドリフトマスター | ソフトウェアカタログ | プレイステーション® オフィシャルサイトより)
『犬のおさんぽ』
(画像は犬のおさんぽ | セガ・アーケードゲームヒストリーより)

 その最中、「もともと自社には、ゲームコンテンツがあるから」という理由で、モバイル用のゲームサイトを立ち上げることになったんです。
 「モバイルなんかやってられない!」といって会社を辞めてしまう方もいましたが……。

──関さんは特に抵抗がなかったと。

関氏:
 ですね。その頃、すでにケイブで5年以上働いていて、周りの仲間との関係も良かったので。モバイル用とはいえゲームですし。

──そして2000年、モバイルアプリゲームサイト『ゲーセン横丁』のプロデュース、企画、運営、製作を担当された、と。
 『エスプレイド』の名前を冠したアーケード以外のゲームは、当時は『ゲーセン横丁』の『エスプレイドDX』だけだったそうで。よくエムツーさんのインタビューで耳にします。

さあ、『エスプレイド』&『アレスタ』が復活だ!全シューターの悲願を叶えたエムツーが明かす“移植決定の舞台裏”と“移植に賭けるたぎる想い”【『エスプレイド』新規イラストラフ画も公開!】

関氏:
 それに関しては、私はディレクションをしただけですけれど(笑)。
 ちなみに製作は、今、同じワーキングスペースで仕事をしている会社の方です。

──その後、ケイブからアップスタートに転職されました。2006年のことです。

関氏:
 ケイブでのモバイル事業も、プロジェクトの規模が大きくなって10数人の規模になり、自分も現場から離れて中間管理職になってしまったんですよ。まさに部下と上司の板挟み状態で、自分のやりたいことができなくなっていったんです。

上司と部下の板挟みになって、苦悩する関さん(イメージ図 by 荒井清和 画伯)

──モバイル事業が伸びたからこそ、忙しくなったんですね。

関氏:
 日中は、ほとんど何かしらの会議で(笑)。会議が終わった夜からでないと、自分の仕事ができないという状況に……。すごくストレスを感じていました。

 いつしか自分自身、ゲーム作りにあまりこだわることもできなくなり、違うことをやりたくなったんです。
 あと、私が旅行好きなせいか「外国に移住したいな……」なんてことも、ぼんやり考えていました。

──旅行がお好きですもんね。

関氏:
 いつかは外国に移住したいと思っていたので、当時、ケイブの隣にあった英会話教室に通っていたんです。19時くらいに教室に行って、21時くらいに会社に戻って仕事していました。
 あるとき思い立って、当時ケイブの海外展開を手伝っていたアップスタート社に、「もしかしたら本社のアイルランドに行けるかも」と思い、「雇ってほしい!」と売り込みました。そのタイミングが良かったこともあり、即採用していただけました。

紆余曲折を経て、ついに「チョイスゴコンピュータ」開発に至る

──ケイブからアップスタートに移られたのが、2006年9月。そこでは、海外のゲームをiアプリなどフィーチャーフォンのアプリとして出されていましたね。

関氏:
 「ベストオブウエスト」【※】というケータイサイトに配信するために、海外のゲームを日本にローカライズしたり、その逆をしたりしていました。ソフトを選定する権限は私にもあったので、自分でも候補タイトルのリストを作っていました。

※ベストオブウエスト
アップスタート株式会社が運営していたゲームサイトの名称。国内外のさまざまなゲーム会社とライセンス契約を結んだタイトルをまとめて配信していた。

──そして2008年、アップスタートからワンナップゲームズに。

関氏:
 あるとき、アップスタート社が企業買収されたのですが、良い方向に進まず、最終的には解散してしまいました。
 日本支社もそのあおりで解散の危機に直面したのですが、そうなる前に親会社から事業を承継する形で立ち上げた新会社が、ワンナップゲームズです。

──その頃に作ったソフトも事業承継時に買った、と。

関氏:
 そうです。自分たちが作ったコンテンツを買収先に持って行かれてしまうのが嫌でしたから。で、成り行き上、私がその新会社の社長に収まることになったんです。
 今でこそ社長をやっていますけれど、もともと社長なんか絶対やりたくなかったんです。人を管理したくないですし。ただ、誰かがやらないと会社が存続できなっかったので……。

──ワンナップゲームズになってからも、個性的なゲームをどんどん作りましたよね。

関氏:
 『オラッ!掘人(ほりんちゅ)ホレゆけ!ブラジル』【※1】とか『ヤ!星人(ほしんちゅ)ギンガ系トラベラー』【※2】とか、『ぶらり・世界ウンテイ』【※3】とか……。フィーチャーフォン向けのゲームなので、ワンボタン操作に特化したものを作りました。

──このあたりの作品は、8ビットテイストが感じられますね。
 そして2011年、『チョイスゴコンピュータ』をリリース。

関氏:
 当時はケータイサイト内でポイントを貯めて、それと引き換えに壁紙などの特典がもらえるサービスが流行っていましたよね。要は、サイトに登録した会員を退会させないための引き止め策なわけですが、当時のワンナップゲームズも、この施策が必要になった。
 でも、壁紙よりはゲームのほうが欲しいだろうと考えて、「ゲームを買って貯めたポイントでしかもらえないゲーム」を作ることになったんです。

──引き換え専用のゲームですね。

関氏:
 とはいえ、特典用のゲームには開発費をほとんどかけられませんから、安い“アリもの”のゲームをベースに改造して出すしかない。しかし、そんなゲームはどうしてもデキがよくならない(笑)。
 だから、見た目をチープにすることでレトロゲーム風を装い、なんとかユーザーの皆さんに納得してもらえる内容に仕上げたんです。

──その苦肉の策が、『チョイスゴコンピュータ』だったんですね。

関氏:
 そうです。なので、ファミコンくらいの性能で動いているゲームを想定して作っていました。それでも費用の関係でゲーム内容を突き詰められないぶん、『チョイスゴコンピュータ』というバーチャルプラットフォームの仕掛けに凝ることで付加価値を出そうとしたんです。

──プラットフォームだけでも、しっかりしたものを作った、と。仮想ですけれど。

関氏:
 まぁ、“出オチ”ですけどね。遊ぶ前にカセットの端子部分に息を吹きかける機能とか(笑)。せっかくなので、「チョイスゴコンピュータ」用のレースゲーム『トンデモ西ブー記』をお見せしましょう。

──これはデータイーストの『バーニン’ラバー』【※】のような(笑)。

※『バーニン’ラバー』
英語表記では『BURNIN’ RUBBER』。1982年にデータイーストからアーケード用として発売されたトップビュー画面のカーアクションゲーム。
100km以上のスピードを出すとジャンプを使用することが可能で、敵の車やコース上の障害物を避けることができる。
1986年には、本作をアレンジしたカーアクションゲーム『バギーポッパー』がファミコンで発売された。

関氏:
 それは意識しています(笑)。これは架空の人気漫画をゲーム化したという体のゲームで、「原作者の意向でストーリーを端折らせてもらえないから、デモシーンがすごく長くなっている」という設定でして。

──その説明を聞くと面白いけれど、プレイヤーに伝わったのかなぁ(笑)。

関氏:
 いつか、この物語を実際のマンガにしようかなと思っていたんですけどね。

『トンデモ西ブー記』の主人公・ちょハっちゃんのぬいぐるみは、裁縫が得意なスタッフの手によるもの。このゲームがブレイクしたら量産体制に入る予定だったとか。

ついには本物のファミコンソフトを勝手に作ってしまう

──そして2012年、現在の会社・ハッピーミールを設立、社長として活躍されています。

関氏:
 会社といっても従業員は私ひとりですけど。
 ワンナップゲームズの経営陣には外国人もいて、iモード事業が儲からなくなったのを機に「ゲーム事業から撤退したい」と言ってきたんです。どうしても撤退したいと言うので、前回同様に事業の一部を承継しつつ、完全に自己資本で会社を作りました。

──先ほど「社長は嫌だ」とおっしゃっていましたが、この頃にはすっかり社長業が板についているように思えます。

関氏:
 それは肩書だけで、やっていることはほとんど変わらないですがね。
 ただ本来、社長は会社を拡大させないといけないのでしょうが、自分はそんな気さえないし、ケイブのときに上場の大変さを見ていますから、万が一自分が大儲けしても上場なんか絶対したくないと思っています(笑)。

──アップスタートからワンナップゲームズに移るときは、いろいろとしがらみもあったでしょうし、引き継ぐものも多かったと思います。でも今は、本当に自分が好きなことをやっているように感じます。『偽りの黒真珠』も発売できましたし!

関氏:
 好きなことをするために、いろいろなお仕事を受注して稼いでいます。ぜひお仕事ください!

──関さんのTwitterにファミコン用のカセットで動かしている『偽りの黒真珠』の動画がありましたけど、ああいうことも自由にできてすごい。

関氏:
 あれは本当に自分の趣味で。それを同じ趣味として技術的に支えてくれる方が周囲にいてくれたおかげで、本当に助かっています。

──なぜファミコンカセットを作ろうと?

関氏:
 ワンナップゲームズ時代、『チョイスゴコンピュータ』の展開をしていたときに、「やっぱり本物のファミコンソフトを作りたい、無理だろうけど」と思うようになっていました。

 そんな折、ある日テレビのCS放送でやっていた「ジェネレーションX」という番組を観た際、犬飼博士さん【※1】がファミコンの実機で動く自作ゲーム『ミスタースプラッシュ!』【※2】を制作する模様があって、光明が見えたと。

※1犬飼博士
1970年生まれ。映画監督山本政志に師事後、セガのアーケード用対戦格闘ゲーム『TOY FIGHTER』、ドリームキャスト用のプロレスゲーム『Ultimate Fighting Championship』などのタイトル開発に関わる。
2002年からスポーツとゲームを融合する「eスポーツ」の事業を開始。日本eスポーツ協会設立準備委員会の元メンバーでもある。
本文で触れたファミコン用の自作ソフト『ミスタースプラッシュ!』は、2007年度文化庁メディア芸術祭にて審査員会推薦作品にも選出された。

※2ミスタースプラッシュ!
犬飼博士氏らが自作した、ファミコン用の対戦アクションゲーム。プレイヤーは岩を持ったキャラクターを操作して、水に浮いているボールの近くに岩を落とし、その反動でボールを相手のゴールに入れて点数を競う。

──それがきっかけで作ったんですね。

関氏:
 はい。ただ、私の力だけでは到底無理で。その取り組みに同調してくれ、具現化できるスキルを持ったプログラマーの仲間がいたからこそ、実現できました。
 最初は『チョイスゴコンピュータ』に収録されている『忍者カイ』のカセットを作ったりしました。

自作のファミカセ『忍者カイ』。カセットだけではなく、パッケージや取扱説明書まで作ってしまった。茶色いカセットは、もともと『忍者ハットリくん』や『チャレンジャー』のものだろう。

──カセット用の基板はどうされたのですか?

関氏:
 最初はいろいろなゲームカセットを分解し、基板を取り出してから開発に使っていたのですが、一緒に製作していたプログラマーさんから「これだと手間もかかるし、業者に発注したほうが楽だ!」という話を聞いて、業者に発注して作りました。

オリジナル基板。「Happymeal.Inc」と刻印されているから、ほんとにオリジナルだ。

──“8ビット世代のゲームを題材に、新作ゲームを作ったりイベントをやったりしたい”という関さんの考えも、ここに表れていますね。
 では今後、ファミコン世代のゲームを使って何かやりたいことはありますか?

関氏:
 たぶん無理ですけれど、任天堂さんのライセンスを得て、ちゃんと「ファミリーコンピュータ」と記載されているソフトを作りたいですね。偽物じゃなくて。

──ファミコンで出た最後のオフィシャルカセットになるという。

関氏:
 できるならそれを最後にはせず、シリーズ化したいです。叶わないと思いますが。
 私は心のどこかで「ゲームはファミコンレベルの表現力でいい」とも思っているんですよ。ゲームの内容によっては、絵もそんなにいらないとさえ考えているくらいで。

 ゲームは極力シンプルなほうがよくて、もしできるなら「じゃんけん」程度にシンプルなルールのゲームを発明したいんです。

──『テトリス』のようなシンプルさだったり?

関氏:
 そうですね、『テトリス』みたいなゲームは作れたら嬉しいですね。自分には無理と思っていますが。個人的にゲームは3Dでなくてもいいかなと。2Dのシンプルなゲームならアイデア勝負で少人数でも作れますから。

 極端なことを言うと、面白いものが作れるなら、ボードゲームでも、歌でも、絵でも、何でもいいと思っています。自分が面白いと思っているものを、他の人も面白いと思ってもらえるならいいかな、と。
 ただ、今の自分にとっては、それがゲームになっているだけなんです。

──そうなると、関さんの当面の目標は何でしょう。

関氏:
 今は『偽りの黒真珠』の、次のアドベンチャーゲームを作ることですかね。
 あと、登場人物に、もっと活躍の機会を与えたいです。このゲームが原作になって、小説化やドラマ化までされたりするのも目標のひとつですね。

──8ビットの新作、そして『偽りの黒真珠』の多方面の展開を楽しみにしています!

関氏:
 その夢を実現するためにも、Nintendo Switchユーザーの皆さん、ぜひ『偽りの黒真珠』を買っていただけると嬉しいです!(了)

電ファミ読者に特別サービス! 荒井清和先生渾身の描き下ろし「カナちゃん入浴シーン」だ!!(※ゲーム中には出ません。)

 趣味でファミコンソフトを集め、仕事でこれだけファミコン風のゲームを作り続けてきた関氏に、「ファミコンのソフトを見ても懐かしがることはない」と言われたときには、正直なところ少し混乱した。

 しかし、お話を聞いているうちに、その意味が少しずつわかってきた。
 それは本文にもあるとおり、ファミコンくらいの性能で表現することが好きな関氏にとって、レトロゲームは“懐かしいものではない”ということなのだ。

 取材にご協力いただいたTOKYO PIXELさんでも、ドット絵をデザインと捉えて、日本の風景を描いたマグカップや刺繍のクロスステッチの本などを販売している。

TOKYO PIXEL(トーキョーピクセル)は大江戸線蔵前駅徒歩3分に実店舗があります! ぜひお立ち寄りください。詳しくはこちら

 関氏もドット絵やチップチューンの音楽と同じように、ファミコン風のゲーム制作自体を自分の好きなゲーム表現のひとつと捉えているのだろう。
 名前入りファミコンカセットの展示会も、その表現の一環なのかもしれない。

 記事では割愛したが、「ハッピーミールを今後どんな会社にしたいか」という問いについて、関氏は答えに悩んでいたものの、ご本人はもともとプランナー志望であったというだけに、今後もゲーム関連の事業に関しては“開発”と“イベント企画”の両輪で進んでいくような気がしている。
 いずれにせよ、他のメーカーにはないフットワークの軽さを武器に、今後の活躍に期待するばかりだ。

 最後に、電ファミニコゲーマー編集部から「名前入りカセット博物館」に、中古ショップで購入した名前入りのファミコンカセット『レッキングクルー』を寄贈させていただいた。
 今後、名前入り博物館のWebページに登録されたり、展示会で飾られたりすることもあるかもしれない。

 何より元の持ち主に戻ることを祈っているので、何か情報をお持ちの方は博物館まで情報をお寄せいただきたい。

【プレゼントのお知らせ】

 『偽りの黒真珠』『電子艦隊ナック』のオリジナルグッズを7名様にプレゼント!
 詳しい応募方法は電ファミニコゲーマー公式Twitter(@denfaminicogame)をチェック!

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取材・文
おはようからおやすみまで、ゲームのことを考えたり考えなかったりしながら暮らしているフリーランスのライター・編集者。
「電撃Nintendo」を中心に長年ゲーム雑誌の仕事をしていますが、最近は取材を中心とした他ジャンルのお仕事もしております。
昔、『オホーツクに消ゆ』をやった影響で、網走刑務所を見学したときにニポポ人形を買ったのはいい思い出です。
取材・編集
「電撃セガサターン」、「電撃PS2」、「電撃オンライン」、「電撃レイヤーズ」、「iモードで遊ぼう!」、「mobileASCII」、「デンゲキバズーカ!!」と数々の媒体を渡り歩いて来た40代ファミコン世代の編集者。好きなハードは「ファミコンバージョンのゲームボーイミクロ」。
Twitter : @nkjdfng
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