“一度失敗したゲーム”はなぜ復活するのか ― 『テクテクライフ』の裏にある執念を訊く

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 2020年6月17日に、Twitter上に投稿されたある1つのツイートが、ゲームファンの間で大きな話題となった。それは電ファミニコゲーマーをはじめ、多くのゲームメディアにも採り上げられている。

 『弟切草』『かまいたちの夜』『トルネコの大冒険』といった名作ゲームに関わったことで知られる麻野一哉氏が、中心となって開発したiOS/Android用の位置情報ゲーム『テクテクテクテク』は、大々的なキャンペーンのもとに2018年11月末にサービスを開始した。だが、そのわずか3カ月後の2019年3月にサービス終了の方針を発表し、6月にサービスを終了した。

『テクテクテクテク』の生みの親である麻野一哉氏が同作の復活を予告、中身やタイトルを変更し「暑いうちに出したい」と表明

 だが麻野氏は『テクテクテクテク』を何らかの形で復活させることを明言。サービス終了後、ちょうど1年となる2020年6月のツイートは、その意志を改めて宣言するものだったのだ。そして7月には、『テクテクライフ』と名付けられた後継ゲームのクローズドベータテストが開始。現在は、10月1日のサービス開始に向けて、最終調整が続けられている。

 そこで今回は『テクテクライフ』の生みの親であるディレクターの麻野一哉氏と、もう1人の生みの親と言えるプロデューサーの田村寛人氏にインタビューを行った。『テクテクテクテク』のサービス終了から、『テクテクライフ』と形を変えて復活するまで、はたしてどのようなドラマがあったのか。前作の“失敗”を踏まえた上で、『テクテクライフ』はどのようなゲームとなっているのか。そのすべてをあますことなく語ってくれている。

 電ファミニコゲーマーにとって『テクテク』は、けっして縁遠い存在ではない。同時期に株式会社ドワンゴおよびKADOKAWAグループの事業再編にともなって終了が決定したものの、独立した事業として“復活”することになった、まったく同じ境遇である。大企業からいったんは終了を告げられたコンテンツが、いかにして復活までたどり着いたのか。このインタビューでは、そうした部分にもぜひ着目してお読みいただきたい。

聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ
写真/佐々木秀二

左から麻野一哉氏、田村寛人氏

いろいろな歪み、しがらみをまとめきれなかった

──『テクテクライフ』のように、ここまで公になった状態でプロジェクトをいったん閉じて、もう1回復活するストーリーって、世の中的にもそんなにはないと思うんです。だから今回は、あえて失敗の部分も振り返りながら、いろいろなお話を聞いていければと思っています。

田村氏:
 そうですね。きちんと振り返りをしておいた方がいいかもしれません。

麻野氏:
 分かりました。なんでも聞いてください。

麻野一哉氏

──ありがとうございます。まず、当時、僕自身もドワンゴに在籍していた身として、僕から見えていた景色を軽くお話すると、当たり前なんだけど、関係者はみんな「成功させたい」と思っていたわけですよね。

田村氏:
 はい。それはもちろんです。

──でも一方で、不幸な「かけ違い」みたいなものは、やっぱりあったようには思うんです。

麻野氏:
 そうですね……。

──たとえばプロモーションにしても、賛否があるのかもしれないけど、少なくともドワンゴなりの「持てるカード」みたいなものは極力出そうとはしていましたよね。決して、後ろ向きに足を引っ張ったり、邪魔をしてたりはしたわけじゃない。

田村氏:
 はい。ドワンゴさんがいなければ、『テクテクテクテク』が形にならなかったのは間違いなくて。そこは、本当に感謝しかないです。

──ゲームデザイン部分にしても、テクテクテクテクの唯一無二の面白さがどこか?といったら、僕はやっぱり「地図を塗ること」だと思うんです。だけど、ゲームがそこにフォーカスした設計になっているかというと……。もちろん、本当に塗るだけのゲームがビジネスになるか?と言われると難しいし、いろいろな判断があったんだとは思いますが。

田村氏:
 いや、おっしゃるとおりです。プロジェクトが大きくなっていく過程で、いろいろな歪み、しがらみが大きくなってしまって。そこをまとめきれなかったというのは事実だと思います。

田村寛人氏

麻野氏:
 私としても、「地図を塗る」ということをゲームにしたら面白いはずだ!という確信はありました。でも一方で、たとえそこだけを作り切っても、それが「ビジネスとして成立する」とまでは思えてなかったんです。

──なるほど。

麻野氏:
  “塗り”があまりに未知数過ぎて、どうなるかまるで見えなかったんです。だから、課金に関しては、もうちょっと分かりやすい形で戦おうよって判断があって。RPGであれば僕も作った経験がありますし、マネタイズはRPGで勝負しようと。でも、いま振り返ると、そこで“塗る面白さ”を信じて真ん中に置く勇気が、必要だったのかもしれない。

田村氏:
 いやでも、最初から“塗り”だけで戦う決断は、いま振り返ってもあの時点ではとても無理だったんですよ……。

麻野氏:
 そう。あの時点では無理だった。

──なるほど。それはまさに、ゲームの企画の難しさですよね……。

田村氏:
 あとプロモーションに関していえば、『テクテクテクテク』で目玉にしようとしたのは、じつはもう1個柱があって。機能的に言うと、デプスARがそれです。

──ああ、ありました。

田村氏:
 デプスARを使って現実世界にいろんな巨大なキャラクターを出すことで、「カオス感、リアルワールドでニコニコ超会議感を狙う」という話はありました。それでいろんなコネクションで、小林幸子さんとか、Vtuberとか、エヴァとか、ゴジラとか、あとはグラビアアイドルとか。

麻野氏:
 『ポプテピピック』も。

田村氏:
 そういうものを入れていこうということになったんです。そうやって現実世界にARで登場したキャラクターを「撮影しよう」というのも、『ポケモンGO』の流れがあったので。
 RPGと、塗りと、さらにデプスARでいろんなキャラクター撮影、この3つの要素があって。それの要素が上手く交わらず解離してしまった、というのはあったと思います。

 もちろんARを面白がってくれた人もいたんですけど、でも、正直に言うと「だからやらなかった」っていう人もいて。それは今でも言われるんですよね。「やろうかな」と思ったんだけど、いろんなキャラクターが見えちゃって、「私のやるものじゃない」と思ったという声は、チラホラ聞きますね。

麻野氏:
 特に年寄りはね。ついていけないっていうか、自分の関係ない世界だと思われて、入口のところで入ってこなかった人はけっこういましたね。

田村氏:
 だから、そういった切り口でアプローチしていた人たちと、僕らがもともと思想として狙っていた人たちで、ちょっと違う層を目指しちゃったかなっていうのがありますね。
 全方位を狙うのも、もちろんアリなんですけど、それはそれでなかなか難しいじゃないですか。そこの解離は大きかったかもしれないですね。

“地図を塗る面白さ”を信じきれなかった後悔

──“地図を塗る”という面白さに注目して企画を立てたけれど、そこだけで勝負をする勇気が持てなかったというのは、とても興味深いお話です。そのへんの思考の過程をぜひお聞かせ頂けますか。

田村氏:
 もともと6年ほど前に、麻野が『Ingress』のイベントに出ていて。僕はそれを見て麻野に声かけて、企画がスタートしたんです。
 前回のインタビューでも説明したように、麻野はその時にもう、自分で地図帳を塗っていたんです。ただ「塗りをやりたい」と言われた時に、それはちょっとイノベーティブすぎて、新しすぎて分かってもらえないだろうとも思いました。

“歩くドラクエ”だった『テクテクテクテク』が『ポケモンGO』と共存する“一生歩けるRPG”になるまで──『不思議のダンジョン』生みの親・中村光一×麻野一哉が贈る“リアルな冒険”の開発秘話

麻野氏:
 なので僕としては、RPGを作って、その中に塗りの要素をなんとかしてスッと忍び込ませておけば、自分のやりたいことができると思ったんです。塗るだけのゲームをゴリ押しして作るというのは、とてもじゃないけど無理な空気でしたね(苦笑)。

 実際にゲームを出してみて、僕の直感のほうが当たっていたということではあるんですが、これも結果論で。最初から地図を塗るだけのゲームを作る勇気は、僕自身も持てなかった。これだけの紆余曲折が必要だったということだと思っています。

田村氏:
 最初、麻野に「じゃあどうしたらいいの、田村君?」って言われて。当時は『Ingress』しかなかったので、「もっと幅広くに受け入れられるものをやりたい」と言ったら、麻野が「じゃあ、『ドラクエ』かなぁ」って言ったんですよね。そういう流れで「RPG×位置ゲーム」という形を考えて、プロトタイプを作っていったという経緯がありました。
 何でもそうなんですけど、企画段階ではいろんなアイデアが出るんですよね。

──例えば、どういうものですか?

田村氏:
 ショッピングモールだったらダンジョンみたいなものができるんじゃないか、とか。そういうふうに最初の3カ月くらいは、けっこうとりとめのない夢みたいな話が山ほど出て。

麻野氏:
 だいぶ前だからなあ。もうあんまり覚えてないんだよね。

田村氏:
 なにしろ6年近く前ですから。

麻野氏:
 でも、いろいろありましたね。えーとね、モンスターを仲間にして、旅に出たら置いてくると。「置きモン」って言って(笑)。たとえば新潟に行って置いてきたら、そいつが地図を塗りながら自分の家に帰ってくるとか。

──なるほど。それはちょっと面白そう&便利そうです(笑)。

田村氏:
 自分の家から始まって、遠くに行くと強い敵が出るっていうRPGを作ろうとしていたんですよね。

6年前の貴重な企画書

麻野氏:
 だから最初は、ホームっていう拠点を作ろうって話してたんですよ。それで帰ってくるのも、空を飛ぶモンスターもいれば、カッパは川沿いに来るとか。足は遅いんだけど広い範囲を塗ってくれるヤツとか。
 あとは、置きモンを他の人と交換できるとか、置きモンが自分の陣地に入ってきたら他人の置きモンを奪えるとか。いろいろ考えていたんですけど、そのへんは全部却下になりましたね。

──それはなぜですか?

麻野氏:
 いやもう、技術的に難しいというのがいちばん大きかったですね。仕様が複雑になるし。

田村氏:
 その頃の、いちばん最初の企画書ですね。『アースクエスト』ってタイトルで。
 じつは後のナイアンティックさんと組もうとした時期もあったんですよ。後に『ポケモンGO』のディレクターになった野村達雄さんが、僕らの窓口だったんです。CEOになったジョン・ハンケさんに会ったりしたのもこの時期ですね。
 もう本当に『Ingress』をRPG化したみたいな形で、土地の取り合いみたいなバトルも入れるとか、妄想を全部膨らまして世界観をいろいろ考えたりとか。『ポケモンGO』や『ドラゴンクエストウォーク』以上に、いろいろ詰め込んだ壮大なものを考えていました。

(画像はIngress Prime – Google Play のアプリより)

麻野氏:
 でも、今考えると、ゲーム性が高すぎるので逆にダメかな(苦笑)。

 『ポケモンGO』とかを見ていて思ったんですけど、やっぱり現実世界を移動すること自体で、体力的にもいろんな意味でもコストがかかるんですよ。だからゲーム性をあんまり膨らませすぎると、逆にやれないなというのは思いました。

田村氏:
 『テクテクテクテク』の時に、義理の弟から「寛人さんこれ、すごくいろんなことができますね!」と言ってもらって。
 「塗れるし戦えるし、盛り沢山すぎるわー!」って。でも、すぐやめちゃったんですよ。「いろいろ出来すぎて」と言われて、その時に、「何をやってたんだろう」って思いましたね。詰め込んだはいいんだけど、お客さんがやっぱり混乱しちゃったかもしれない。

麻野氏:
 単にコントローラーで歩いているキャラを自分に置き換えるだけだと、シンドイだけだからね。

田村氏:
 それをやるとすると、ものすごく強いIPが必要だなと。みんなが世界観を分かっている、それこそ『ドラクエ』『ポケモン』に匹敵するようなものを持ってこないと、ちょっと無理でしょうね。

(画像は『Pokémon GO』の遊び方|『Pokémon GO』で遊ぼう!|『Pokémon GO』公式サイトより)

 そこからスタートしていたので、RPGはどちらかと言えば、私が求めたものを麻野が入れてくれたんですけれども、その結果、2つの要素が混在する形になったわけです。それで出してみたら、ユーザーに受け入れられたのは塗りのほうだった……。僕は、ものすごく反省しましたね。

──遊びの本質部分がブレてしまったからですか?

田村氏:
 はい。やっぱり麻野さんは、新しいものを作ってきた人なので。彼の視点や直感をもっと尊重して重視すべきだったんです。

麻野氏:
 いやでも、さっき田村君も言ったように、あの時点では無理だって(笑)。勇気が要る。僕も何人かのゲーム業界の友人に聞いたけど、初めから塗りだけで出すのは、「それは無理でしょう」って、みんな口を揃えて言ってました。怖すぎてできないですよ、それは。

田村氏:
 いやでもね、もし僕がサウンドノベルのプロデューサーだったら。アクションゲームの時代に、あの文字だけが出るゲームを見て、「これはいける」と言えるプロデューサーだったら、自分はもっとメジャーになれたって、そういう話だと思うんですよ(苦笑)。

──いやでも、これは本当に難しい。身につまされるお話ですね。

麻野氏:
 『弟切草』も、イベントで初めて見せた時は、試遊台の画面にずっと紹介文が出ていると思われて、「いつ始まるんですか?」って聞かれたんですよ。

(画像は弟切草 | Wii U | 任天堂より)

──RPGのオープニングみたいに思われていたと。

麻野氏:
 そうそうそう。「ゲームはいつ始まるんですか?」って言われて、「いや、もう始まってるんですけど」って(笑)。

田村氏:
 私は『かまいたちの夜』が大好きでしたし、それで『かまいたちの夜2』のプロデューサーもやったくらいなのですが、麻野さんは、大先輩で心の底から尊敬しているクリエイターなんです。それなのに、麻野さんが「塗り」って言った時に、僕は「いやぁ、売れませんよ」って言ってしまった。

麻野氏:
 でもね、何度も言うけど、難しい。あの時点で塗りだけで戦う判断をするのは、とんでもない勇気が要るんです。

──出資者はもちろん、チームメンバーへの説明も難しそうですよね。

田村氏:
 だから、たいへん申し訳ないんですけど、ドワンゴさんに一度やらせてもらったことで、それがやっと分かったというか。“塗り”が本当にユーザーさんにも刺さる要素だったんだって、確認することができたんです。
 サービス終了が決定したとき、一時期は本当に落ち込んでいたんですけど、麻野さんが「たった2人で始めたものが、ドワンゴさんのおかげで形になって、また僕らの手元に戻ってきたんだから、良かったじゃねえかって」言ってくれて。それは救われました。

麻野氏:
 2人でやっていた時は、プロトタイプと言っても1人のプログラマーに数百万で作ってもらったものしかなかったわけですよ。それがこれだけ大きくなって、ちゃんとした基盤もできて、しかもユーザーにも認知されているので。それだけまるまると太って帰ってきたんだったら「良かった」という考え方もできるよね、とは言ったんですけど。

田村氏:
 そういった意味でも、ドワンゴさんにはもちろん感謝しています。

──ゲームの黎明期の頃って、クリエイター本人の原体験みたいなものをゲームに落とし込むことが、けっこうあったと思うんですよ。

麻野氏:
 ありましたね。ファミコンくらいの時代では、とくにそうだった気がします。

──はい。『ポケモン』なんてすごく良い例で、「虫取りをゲームにしよう」みたいな発想があった。でもゲーム業界がこなれてきた結果、そこだけでは勝負しきれなくなっているところがあって。

麻野氏:
 そうですね。

──いま、そこの原体験的なものをゲームで表現しようってクリエイターが少なくなっているなかで、『テクテク』にはそこがあるなと触って感じたんです。だから、すごく興味深く見ていたんです。根っこの衝動というか、「これをやりたいんだね」みたいなものが、すごく強いゲームなので。

麻野氏:
 ありがとうございます。そう言って貰えるのは嬉しいですね。まぁ、結果としてはいろいろ苦労するハメになりましたけど(苦笑)。

ユーザーアンケートの結果、“塗り”をやりたい人が9割、RPGが1割だった

──今年の6月に、麻野さんが「『テクテク』を復活させます」と発表した時に、かなりの反響がありましたよね。それは想定よりも大きかったのですか?

麻野氏:
 もちろんそうですね。その後に僕もいろいろツイートしたんですけど、やっぱりあの時がいちばん反響が大きかったですね。多くの方が拡散してくれて、その時点で15万人くらいの方がツイートを見てくれていました。なので、かなり反響があったんだなと。

田村氏:
 電ファミさんも含めて、15媒体くらいにそのツイートを取り上げてもらえまして。麻野がつぶやくだけで取り上げられるんだ、というのはビックリしました。

麻野氏:
 いまだに「いいね」を押してくれる人もいるんです。ちょっとビックリしましたね。

田村氏:
 『テクテクライフ』に投資をしていただいている会社さんが、「田村さん、復活の時はプレスリリースをいっぱい打たないといけないですね」と言われていたのに、この反響を見て「プレスリリースいらないんじゃないですか?」と(笑)。

 でもやっぱり、それだけ気にしてくれていた方がいた。応援するってほどでもないだろうけど、気にしてくれていた方はいたんだな、というのを感じましたね。

──メディア的な視点で言うと、プレスリリースじゃないほうが結果的に良かったんだと思ったんです。やっぱりああいう、クリエイターさん個人の執念が見える形のほうが、少なくとも我々側から見ても、絶対に価値がありますよね。ニュースバリューという意味では。

麻野氏:
 そういうもんですかね。

──あれが通常のプレスリリースだと、それはそれで一定の話題にはなったかもしれないけど、何かちょっと違うというか。あれはプレスリリースが来ていないなかで、麻野さんのツイートがネットで話題になって、各メディアが自主的にそれを取り上げたわけじゃないですか。その違いが記事の伸びというか、メッセージ性の強さに影響すると思います。

田村氏:
 オーガニックマーケティング【※】という言葉がありますが、それを私が狙うなんて無理でした。今回の反響を見て、いっそう狙ってやれるもんじゃないなと思いましたね。

※オーガニックマーケティング
Webマーケティング用語においては、広告からの誘導でWebサイトにアクセスするのではなく、検索やSNSなどで自然にアクセスしてくることを指す。

──やっぱり「根っこに本当の思いがあるか」だと思いますよ。

田村氏:
 そうですかね。元ファミ通の浜村弘一さんも「期待してるよ」ってリツイートしていただいたり。それから、あのナイアンティックの川島優志さんも反応していただいて……あれはメチャクチャ嬉しかったですね。

麻野氏:
 「海外でも塗りたいんで、がんばってください」みたいな。

田村氏:
 『テクテクテクテク』は今から6年前に麻野が、『Ingress』【※】のイベントで例の塗ってる地図帳を川島さんに見せたところから始まっているんですよ。あの時は「『Ingress』を使ってこんな遊び方をしているんだ!」と、川島さんもビックリしていて。でも「世界でやってください」って、ドワンゴ時代は一度も言ってくれなかったんですけど(笑)。

※Ingress
 Googleの社内スタートアップとしてスタートし、後に独立したナイアンティックが運営する、位置情報ゲーム。プレイヤーは「エンライテンド」(緑)と「レジスタンス」(青)という2つの勢力に分かれて、現実の建物や記念碑などに設定された「ポータル」を奪い合うことで自勢力のエリアを増やしていく、拡張現実(AR)技術を利用した陣取りゲームになっている。

──それで7月からは、『テクテクライフ』のクローズドベータが始まったわけですが。ベータへの応募は、どのぐらい集まったのでしょうか?

田村氏:
 6700人ぐらいですね。

──そのうち、『テクテクテクテク』のデータを保存していた人たちの割合はどれくらいですか?

田村氏:
 そこの数は見てないんですけど、おそらく前回やっていた人が75%ぐらいです。そして残りの25%の人は今回初めてやる、という感じでしたね。

麻野氏:
 ただ前のIDをなくした人が、けっこう多いみたいで。Twitterとかでも「なくなったー!」という声を見かけました。

田村氏:
 さすがに1年経っちゃったんで、スクショを消しちゃったって人が多いみたいですね。よくサポートに「復活できないのか」と相談をいただくんですが、運営会社が変わってるんで「ごめんなさい」と……。

──ベータ版の反響はどうだったんでしょうか。 

田村氏:
 おかげさまで、ほとんどが好意的で評判はいいですね。去年アンケートを取ったんですが、その結果通りに改善をやっているので、ある程度予想通りと言えば予想通りでした。
 その時のアンケートでは、9割の人が「“塗り”がやりたい」と回答していたんです。そして残りの1割が「RPG」という結果で、ベータ版の結果もほぼその比率です。
 あとは「塗りに特化してくれて良かったけど、もっとここに手を入れてほしい」という感じの意見が多いですね。

麻野氏:
 根本的なことよりは細かいところをもうちょっと洗練してほしい、みたいな声が、あちこちから上がっている感じです。

 いちばん意見として多かったのは、“隣塗り”で届かない湖の中の島とか、ああいうのをちゃんと塗れるようにしてほしい、といった声ですね。あとは、100%になった時に宝箱の演出が入るんですが、それが「面倒くさい」という人もいて。

田村氏:
 ですので、欲求として強いのは、より塗りをスムーズにして、「100%」をコンプしたいと。その流れで「より良くしてくれ」という声が多いですね。

 あとは、前にも言われていたんですけど、現地で1回塗っちゃったところが、もうやることがないから、そこもなんとかしてくれない? みたいな話もけっこう来てますね。

ユーザーの求めている遊び方と、課金のポイントがズレていた

──少し時間をさかのぼって、『テクテクテクテク』のサービスを終了することになった話を聞かせてください。

麻野氏:
 そういう意味でいうと、わりとすぐ止まっちゃったので。『テクテクテクテク』が始まったのが2018年の11月29日なんですが、それで年が明けて2月の半ばぐらいに、トップのほうから「止めましょう」と。
……これって、どこまで言っていいものなのか(苦笑)。

──あの時は、ドワンゴが全体的に「ヤバい」みたいな話になっていて。単に『テクテク』の問題というよりは、その流れの1つでもあるんですよね。これはもう、実際にいくつかの事業撤退を含めて周知の事実だと思います。

田村氏:
 そうですね。

麻野氏:
 その中でも、宣伝とかを大々的にやって目立っていたタイトルだったので、まあその、赤字ということが非常にクローズアップされて。その結果、閉じるということになりました。

──『テクテクテクテク』が失敗したのって、マネタイズが上手くいかなかったということが内外から言われていましたよね。あとは維持コストが高くなっていてヤバいみたいな話を聞いたことがあるんですけど、ぶっちゃけ前作の維持コストってどのくらいだったんですか?

田村氏:
 いろいろ計算方法はあるんですけど、サーバー代だけで月に数百万円はいってました。
 ただ、これには事情があって。そもそも、大きい売上目標があったんですが、それを実現するには「アクティブユーザーがこれだけ来る」っていう、かなり大胆な見積もりがあって。エンジニアもそれを聞いていたので、かなり余裕を持った設計にしていたんですよね。だからサーバーの規模が大きくなってしまった。

 あとは諸々の事情で、クローズドベータテストをやる余裕がなかったんですね。そのために実際の負荷テストをやらずに出したっていう。それもサーバー代が大きくなっちゃった原因ですね。

麻野氏:
 バグもちょっと残っていて。ずっとプレイしているとメモリにゴミみたいのが溜まって、なかなか前に進まなくなるんです。ゲームを始めてすぐの時は問題ないんですけど、長くやればやるほど重くなっていく、というのがあって。あれもベータテストをやっていたら、おそらくその時点で発生していて修正できていたんでしょうけど。そのバグに対する対応がまた、正月もあって年をまたいでしまって、ちょっと評判を悪くしちゃったところはあると思います。

田村氏:
 そうですね。

麻野氏:
 それと、赤字ということでいちばん大きかったのは、やっぱりマネタイズ部分です。“塗り”と“RPG”のどっちで喜ばれるのか、未知数の部分が大きかったということでして。

──なるほど。

麻野氏:
 さっきもお話したように、“塗り”があまりに未知数だから、とりあえずRPGのほうで課金をしてもらって稼いでいこう、というプランを立てたんですけども、結果としてユーザーはそっちをあんまりやらなかった。やったとしても課金するほどではなかった、ということだったんです。
 ユーザーの求めているものと課金のポイントがズレちゃったというのが、やっぱり大きかったですね。

──『テクテクテクテク』の「課金周りが弱い」という話は、それこそドワンゴ社内でもそういう意見が結構あったと思うんですけど、ゲームシステムそのものがけっこうチャレンジャブルなので、あれに対して課金要素を考えるのは、けっこう難しいだろうなと、端から見ていて思っていたんです。「じゃあガチャを回せばいいじゃん」というような設計にはなっていなかった。
 いま振り返ってみて、マネタイズ部分は「こうすればよかった」というのはあるんですか?

麻野氏:
 いやぁ……RPGで課金を回そう、ということ自体がちょっとね。

田村氏:
 無理があった。

麻野氏:
 そういう意味では、スタートの時点で既におかしかったんでしょうけど。ただじゃあ、あの時点で決断を下せるかというと、それもちょっと無理だった……。

田村氏:
 2019年の2月ぐらいに、レイドバトルを入れたんですよ。「ゴジラと戦おう」っていう。
 じつはあれは、RPGというかキャラゲーをより強めにして、ガチャをいずれ入れるとか、そっちの方向に持っていこうとしていたんですね。ドワンゴ社内でマネタイズに強い方も入ったりして。さらにその先には、土地の取り合いとかも見据えていたんです。
 僕自身も、その方向性は「ない」とまでは言えないと思うんです。でも結局は、解が出ないまま終わってしまった感はありますね。

サービス終了を聞かされた次の瞬間に「復活しましょう!」と言われた

──2019年の2月ぐらいに閉じるという決断が下って、実際にサービスを終了したのが6月でしたよね?

田村氏:
 6月17日ですね。

麻野氏:
 クローズの発表はいつしたんだっけ?

田村氏:
 3月13日ですね。

──でもクローズに向かいながらも、「いずれ復活させてやるぞ」みたいな意志を持ったアクションというか、データの引き継ぎとかもそうですけど、「これは残しておこう」みたいな作業はどうやっていたんだろうと、気になるんです。

麻野氏:
 どう言えばいいんでしょうかね。田村君が「終了します」って言って、僕が「えっ!」と言った次の瞬間に、その息を呑む間もなく田村君が「僕はこれでいいと思うんですよ。復活しましょう」と、すぐ言い放ったんですよ(笑)。

田村氏:
 (笑)

──え、それはどういうことですか?

麻野氏:
 「終わった」ということをどう捉えるかという前に、もうこの男の中では復活することが決まっていたんです。だから僕側は、「そう……だね……」みたいな感じですよね(苦笑)。

田村氏:
 2月半ばに川上量生さんに呼ばれて「もう閉じるから」と言われた時に、一度閉じて復活するというのは、すでに頭の中にありました。

麻野氏:
 なんて言うんですかね。ある意味仕切り直すチャンスかもしれないと思ったんです。僕と田村が考えていた「こうしたい」と思っている路線からは、やっぱりズレてきていたのもありましたし。もちろん、ドワンゴさんから資金が出ているので、ドワンゴさんの意向に沿った形にするのは当然です。

 ただ……たとえば、ドワンゴさんの色ってあるじゃないですか。小林幸子さんであったり、ニコニコ的なものと言いますか。それが全部悪いとはぜんぜん思わないんですけど、たとえばCMにしても、小林幸子さんが『テクテクテクテク』って言うだけだと、あのゲームが何のゲームかは、ぜんぜん分かんないと思うんですよね。

 僕は40代、50代、その次に30代ぐらいがメインになると最初から思っていたので。そういう年配層に丁寧に教えるんだったら、もっと分かりやすいCMのほうがいいな、などなど。そのへんの思惑がぜんぜん違っていて、やっぱりズレみたいなのを感じていたところはありましたよね。

田村氏:
 あとやっぱり、いろんなところで歪みが大きくなりすぎていて。先ほど言ったマネタイズの部分とか、サーバー代がかかるとか、方向性はどっちを目指すんだとか。そういういろんな歪みで、僕自身も精神的にかなり追い込まれていたところがあって……。でも「塗りが楽しい」というお客さんはいてくれたのは救いでした。
 つまんないだけのゲームだったら、それはクローズするしかないじゃないですか。だけど「おもしろい」と言ってくれているのに、このまま歴史の中に埋もれてもいいのかな、という気持ちがあったんです。

 もともとは、麻野一哉と田村の2人で、6年前にスタートさせた企画なんです。2人でずっとやってきて、『ポケモンGO』がヒットした時に、ドワンゴさんが「一緒にやろうよ」と言ってくれて。それで企画が形になって世に出せた、大きくして頂いたっていうのは確かです。もともとは僕らが2人で始めた企画だし、またそこから再スタートすればいいやって、吹っ切れた思いもありました。

麻野氏:
 だから、ドワンゴさんが「止める」と言うんだったら、僕らが引き継いで、もう一回自分たちの「素」に戻って、イチから好きなようにできるチャンスでもあるな、ってね。それはたぶん直感的に田村も思ったし、僕もそういう意味で言っているんだと、すぐ分かったんです。

──なるほど。結果としては、ドワンゴは契約してくれたと思うんですけど、「閉じるよ」と言われた時点では、ドワンゴが再スタートを許してくれるかどうかもまだ分からなかったわけですよね?

田村氏:
 何も決まっていなかったですね。ただ、「やるな」とは言われてなかった。川上さんも、新しくドワンゴのCEOになった夏野剛さんも含めて、役員の人たちもけっこう「『テクテクテクテク』好きなんだよね」と言ってくれていました。
 たぶんドワンゴの中でも「止めちゃうのはもったいないな」と思いつつも、会社としては止めざるを得ないんだろうなと。でも、みんな「好きだ」と言ってくれているのなら、止めるべきではないと思ったんです。

麻野氏:
 ドワンゴ社内のSlackとかでも、けっこう遊んでくれていた人が多かったですから。

──ドワンゴのSlackには『テクテクテクテク』のチャンネル(グループ)があって、けっこう盛り上がっていたんですよね。発表があった当初からわいわい言っていて。みんな好意的というか、純粋に楽しんで遊んでいましたよね。

田村氏:
 じつは、ドワンゴのセミナールームで「テクテクをどう改善したらいいか」という会議をやるので、社内のみなさん集まってくださいと告知したら、何十人も来てくれたんですよ(笑)。

麻野氏:
 それはまだ閉じる前?

田村氏:
 閉じることが決まる前ですね。それで、いろんな方が「こうするべきだ」ってプレゼン大会になったんです。メチャクチャ優秀なエンジニアの方々が、パワポとかまで作ってくれていて。

──(笑)。

田村氏:
 それを見た時、ちょっと泣きそうになって。やっぱりこれは止めちゃダメだと。逆に言うと、もうなんだろう……使命感みたいなものですよね。僕がどう、麻野がどうとかではなくて。世の中にここまで楽しんでいただけたものを作ったのだから、これは止めてはいけないと。

麻野氏:
 あとは、普段ゲームをやらない人たちが、僕の周りでも『テクテク』をやってくれていたんですよ。

 1人はうちの母親で。もう84歳なんですけど、僕が今まで作ったゲームは、『かまいたちの夜』にしても『トルネコの大冒険』にしても、一切やらなかったんですけど。でも『テクテク』だけは好きで、地元の尼崎市を100%にしたりしたんですよね、歩いて(笑)。

 あとは同い年ぐらいのいとこがいるんですけど、「一哉君はゲームの仕事をしてるらしいけど、ゲームって何?」って、ものすごい抽象的な質問をされて(笑)。それぐらいゲームに疎い人に、『テクテクテクテク』を教えたら、すごくはまってくれて。

 だから、むしろ普段ゲームをやらない人が、すごく手軽に自分の生活の中で遊べるんだったら、可能性はあるなって感じていたんです。逆に普段からガチャとかRPGとかの、ゲーム性の高いゲームをやっている人にとっては、物足りないというのも分かるんです。たぶんそれは対象が違うのかな、と感じていますね。そこらへんを考えても、やっぱり唯一無二のゲームだと思うので、復活したいなというのは非常に思いました。

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