カドカワの社長退任や『シン・ゴジラ』の舞台裏、そして教育事業に賭ける情熱とは?──川上量生・特別インタビュー

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資本主義のルールの中で”いいこと”をやる限界を感じた話

──しかし、川上さん、本当に本気で教育事業に取り組んでいるんですね……。

川上氏:
 ちょ、いまさらなに言ってるの? ずっと真面目にやっていたんだって(苦笑)。

──いやでも、僕からすると、川上さんが教育事業に関心がある/あったというのが、やっぱり意外でして。

川上氏:
 関心というか、僕は基本的には仕事は真面目にやりますよ。それがいまは教育事業というだけで。ただ、どうせやるなら面白く仕事したいよね。
 それこそ、ドワンゴを作ったときからそうなんだけど、やっぱり「意味のあることをしたい」という願望はずっとあるんですよ。社会的に落ちこぼれたゲーマーを雇うことだったり、2ちゃんねるに入り浸ってる人たちに手を差し伸べることだったり、これまでもいろいろしたわけだけど。ニコニコを作った時だってそうで、ネットに居心地の良い場所を作ることで、それで救われる人がいっぱいいたわけじゃないですか。

──思い返せば、超会議一回目って、「ネット」と「リアル」が対立軸だったんですよね。あの頃は、まだ「ネット」と「リアル」に距離があったから……。

川上氏:
 ああ、そうだったねぇ。

──さっきも話に出ましたけど、ネットの面白いものを、リアルに現出させるんだ。ネットがリアルを侵食するんだ!っていうのが超会議のコンセプトで。ネットで盛り上がっているものをとにかくリアルの場で再現させようとしてましたよね。

川上氏:
 ああ、そうだねぇ。意味のあることをやろうとしてたよね。

──当時は、ネット文化はまだまだ”日陰の側”だったから、現実社会から見ると「なんだよあれ」と後ろ指差されているようなものでも、もっと表に出していって自信をもっていこうよ、みたいな空気感がありましたよね。

川上氏:
 ニコニコや超会議で政治家を出したのもそうなんだよね。要するに、ネットとリアルをどう結びつけるかってときに、政治家は身近なもので、自分たちが政治を動かせている感覚をネットの人たちに持ってもらうっていうのが目的だったんだよね。

──そのあたり、N高でやってる思想と通じるものがありますよね。

川上氏:
 「意味あることをやる」というのは願わくば「善いことをやる」ということだと思うんだけど、ただ一方で、資本主義というルールの中で”善いこと”をするのって、「これは結構無理があるな」という感覚もあって。ずっと悩んでいた時期があるんですよ。

──ん、どういう意味ですか?

川上氏:
 いや、ドワンゴで廃人ゲーマーを雇った件にしてもさ、TAITAIさんは知っているだろうけれど、結果的にはほぼ全員をクビにすることになったじゃないですか。純粋な経営って意味では、メリットよりデメリットのほうが大きかったからそうなったわけですよ。ニコニコ超会議にしても、宣伝になる!という建て付けでやってはいたけれど、経営的に本当にそこで何億円も使う必要性があるのか?というと、そこはどうしても疑問を持たれるわけですよね。

──でも、超会議は大反響だったし、イベントとしては成功したじゃないですか。ユーザーさんも喜んで、ニコニコやドワンゴのブランド価値も高まったのでは?

川上氏:
 そうなんだけど、要するに僕が言いたいのは、普通の会社が本業とは関係がない”いいこと”をしようとすると、なにか必ず言い訳が必要だってことなんですよ。

──ああ、なるほど。そういう側面はありますね。

川上氏:
 ユーザーさんのためになる、世の中のためになる、ひいては会社のブランドや認知も広まって、結果的に売上にも貢献しますよ!(たぶん)っていう。それ以外だと、自分たちの被害がない範囲で、小さな規模でやるっていうことにしかならないじゃないですか。

──営利目的の企業だとそうなりますね。

川上氏:
 でも、最近よくよく感じていることなんだけど、教育事業っていうのは、「善いことをやる」というのが、そのままビジネスの拡大につながりやすい。資本主義と”善いこと”が噛み合う分野じゃないかって思っていて、それが自分的には大きなモチベーションにもなっているんです。

──普通は、資本主義と”善いこと”が噛み合わないってことですか?

川上氏:
 だって、基本的に善いことをやるっていうのはお金がかかるじゃないですか。だから、やるかやらないかで言ったら、やらないほうがいいって結論になっちゃうよね。資本主義のルールだとね。
 
──善いことだけをやるならばってことですよね。
 
川上氏:
 そう。金のかかる善いことはやらないほうがいいということになっちゃう。それは当然だと思う。

──んんー。でも営利企業であっても、一定以上大きくなる、あるいは一定上続く会社って、なんらか社会の中での役割があって、社会に貢献してるからこそ存続できているわけじゃないですか。日本でいえば、明治期や戦後に創業した会社なんかは、社会の発展・幸福と会社の発展がイコールだった時期はあるんじゃないですか?

川上氏:
 でも、お客さんの幸福(≒社会の幸福)と会社の利益の、どちらを最大化させるかって視点で考えたら、営利企業は後者を最大化させる方に傾きがちだよね。

──それは確かに。ゲームで言えば、MMORPGでひたすらレベル上げなきゃいけない仕組みとかになっているのは、プレイヤーがやることなくて辞めてしまっては儲からないから、ああいうゲームデザインになるわけですしね。別に面白くするためにああなっているわけではない。

川上氏:
 そう。一月で全部遊び切っちゃって引退します、では困るわけですよ。資本主義って、そういう側面が絶対にあって。その中で善いことをするっていうのはさ、ユーザーに善いことをしてるっていう風に思わせるっていうのが重要であって。

──じゃあ、普通の企業がやる”善いこと”は、あくまでポーズであって、本気じゃないということですか?

川上氏:
 そうです。当たり前なんだけど、普通の会社で善いことをやるには、他でお金を儲けつつやるっていう前提があって、本当に身銭を切ってまでやるっていうところまで踏み出すかっていうと、それは非常に難しいわけです。”善いこと”はあくまで余力でやるもの、おまけでしかなくて、本業が苦しくなったら元も子もないでしょう。

──つまり、普通の企業だと、結局のところ”善いこと”も、利益の最大化のためというのが前提にあって、もし身銭を切ればもっと善いことの最大化ができるとしても、そこまでは踏み込めないのが問題だということですか?

川上氏:
 それが問題……ということではないんだけど、僕はそう感じているという話ですね。だから、さっきも話題に出たけど、善いことをやることによって、ブランドイメージをあげるっていうのがあるじゃん。でも、善いことをやり続けてるとさ、同じことをやっていてもブランドのイメージがあがらなくなるんですよ。だから、話題にならなくなったら、こっそり辞めるというのが最善手になる。ブランドイメージをあげるためという理屈を突き詰めると、合理的には、善いことをやるとは「目立つ形で、パフォーマンスが高いことをやり続ける宣伝の一種でしかない」っていうことになってしまう。でも、それってなんか違うじゃん。それって偽善だよね。

──それは、そうかも。

川上氏:
 ただの売名だよね。それってもはや”善いこと”じゃないんじゃないの? 営利団体、株式でいいことをやろうとするっていうのは、どうしても偽善的要素が入り込むことを防げないと思うんですよ。

──でも、リーディングカンパニーが市場そのものを押し広げるために、自社の収益に直接関わらない取り組みをすることってあるじゃないですか。

川上氏:
 それはただの投資なんですよ。投資として株主に説明されるわけ。リーディングカンパニーはマーケットを拡げるために投資をしなければいけないとか。もしくは、一時期無料にしてもこれは長期的にはもっと儲かるんだと。

──じゃあたとえば、昔、ソフトバンクが日本にインターネットを広めるんだっていって、全国でモデムを配ってたじゃないですか。あれはどうですか?

川上氏:
 あれは投資ですよ。最近も、PayPayでお金を配ってるでしょう。100億円とか何回もやってんだっけ。でもあれは、その後ですごい大儲けをしようと思っているわけだよね。

──なるほど。回収の見込みを立てた行動か、そうじゃないかというあたりが線引きになるんですかね。

川上氏:
 ドワンゴの事例でいえば、たとえば、ニコファーレを作ったり、そこでネット党首討論をしたりというのは、日本のネット文化を広めるのに貢献したと思うんだけど、あれがビジネス的にはプラスかマイナスかって考えたときに、かけたお金から考えると、まったく回収の見込みが立ってなかったわけです。純粋な数値を見たうえでの経営判断として考えると、間違っていたと言わざるを得ない。

──ネット党首討論は、ドワンゴ在籍時代に僕も携わらせてもらいましたが、ネットの生放送企画って意味では、とんでもない金額感の番組ですよね。あれを全額ドワンゴが持ち出してやっていたのは、凄いことだと思います。

川上氏:
 もちろん、当時は「これは世の中に対していいことだし、宣伝にもなるんだ!」って言い張っていたけれど(苦笑)。でも、これをやっていればドワンゴは将来ボロ儲けだ!なんて、役員を含めて誰も思っていなかったと思いますよ。

教育は、資本主義と”いいこと”が噛み合う分野

──”いいこと”が普通の会社ではやりづらいという話は分かったんですが、さっきお話に出た「教育事業は資本主義と”善いこと”が噛み合う」ってところを、もう少し具体的に聞いてもよいですか。

川上氏:
 これまでの話でもあったと思うんだけど、N高っていうのは、本気でいまの教育業界の問題に対して向き合っている事業なんです。でも、これからN高が拡大していくにつれて、N高に対して文句を言う人たち、あるいは警戒をする人たちっていうのが、たぶんだけど、出てくるだろうと思っているんです。

──それはまぁ、新しい取り組みをしようとすると必ずおきる類のことですよね。

川上氏:
 で、そういうもの対して、僕らはどう対応すべきかって話なんですけど、僕は、ひたすら善いことを積み上げることによって、そういう反対意見を封じていけると思ってるんです。僕らは最新のテクノロジーを使って教育改革をやっているし、教員の待遇改善みたいなこともやっています。教育っていうのは公のものだから、そうしたら「これはN高だけでいいのか。もっと広めるべきでは」という議論にもなりますよね。

──ふむふむ。

川上氏:
 要するにね、ドワンゴでN高──ひいては教育事業をより大きくしていく取り組みっていうのは、僕たちがどれだけ社会にとって必要な存在になれるか次第というか、社会からの必要度に応じて、N高がどこまで「大きくなっていいのか」が決まるものだと思っているんです。
 善いことをやればやるほど、N高が大きくなれる上限(ビジネスの上限)が広がっていくんだと思っていて。そうすると、いままで僕が無理やりやっていたことっていうのが、教育ってジャンルだったら本当に成立する可能性がある。

──大きくなれるのかじゃなくて、「なっていいのか」という視点は面白いですね。

川上氏:
 N高が本当に善いものであったら、日本のためにもっと増えたほうがいいよねってなったら、きっとそれは許されるでしょう。ある種、こういう公のところの事業領域では、善いことをやり続けるというのが、資本主義の原理とも反しない形で、構造的に作れるんじゃないかと、僕は思っている。

──なるほど。川上さんなりに教育事業への展望というか、自分がコミットできる理由があったんですね。

川上氏:
 うん。まあ、教育業界に僕みたいな人はいないと思っているけど(笑)。でも、だからこそ、こういう資本主義と折り合いをつけてやっていくみたいなことを、僕は、たぶん他の人よりもうまくできると思う。だから、教育業界っていうのは、実は僕の天職じゃないかと思っているんです。

(画像はN高等学校・S高等学校<設置認可申請中> (通信制高校 広域・単位制)より)

教育の多様性、エリートの多様性を取り戻したい

川上氏:
 そもそも、いまの教育事業って、本当に改善すべきところが、たくさんある分野なんですよ。

──そうなんですか? なんとなく、「堅い業界」というイメージはありますけれど。

川上氏:
 「堅い」「変わらない」ってイメージがあるでしょう? でも教育って、本来はハイテク分野だったはずなんですよ。国の最高の叡智を集めて、制度とインフラの両面から力を入れるべき分野が、教育というもののはずなんです。

──教育システムのレベルは、国力に直結するもののひとつですしねぇ。

川上氏:
 でも、そうなってない。ずっと変わってないから、いまの教育ってローテクになっちゃってるんです。現代のテクノロジーとの融合だって、どこまでできていますか? 未だにアナログなやり方が主流じゃないですか。そういうところに対して、僕らみたいなIT企業が貢献できることは多いと思うし、やるべきだとも思うんです。

──なるほど。

川上氏:
 そもそも、明治時代に、日本で東京帝国大学ができたとき、あれが社会的に見るとどういう装置だったかっていうと、百姓の子でも、商人の子でも、勉強さえできれば日本のエリートになれる。それが東京帝国大学の最初の意義だったはずじゃないですか。
 
──そうですね。身分制度を壊すものとして機能していたと思います。
 
川上氏:
 にもかかわらず、いまは統計を取ると、一流大学の進学率って、親の平均年収の多さと比例しているみたいな結果も出ている。幼稚園ぐらいから英才教育をやっていて、もうエリートしか知らない子供がそのままエリートになっていってるような状況じゃないですか。
 
──そのあたりの教育格差というのは、日本よりもアメリカなどで大きな問題になりつつありますよね。親の年収が1000万円以上ないと、一流大学への進学率が低いみたいな統計データが出ていて、教育の仕組みが社会階層の固定化の要因になっちゃってるという。

川上氏:
 そうそう。教育の多様性、エリートの多様性が損なわれた結果として、現代の身分制度みたいなものになってしまっている。N高では、日本のエリートに多様性を復活させたいわけです。教育をハイテク化させることで、これまでお金持ちしか受けられなかったものでも、誰でもオンラインで、かつ安いコストで提供できたりもするんです。
 
──ふーむ。
 
川上氏:
 いまの高校っていうのは偏差値で輪切りされた学校で、とくに私立では家庭環境や価値観も同じような人が集まっていて、進学実績の高い学校になるほど収入も多い家で固まってしまう。N高はそうじゃなくて、いろいろな家庭環境で価値観も違う生徒が混じり合っている。そういう環境で学んだ人間をこれからの時代のエリートとして輩出するようにしていきたい。
 ほかにも、いまの学校の問題って、教職員の過重労働なんです。学校の先生はいろんなことをさせられていて、生徒の相手をする時間がまったくとれない。それでN高では、シングルマザーを雇って事務作業をやってもらって分業をしていて。先生でも定時に帰れます、生徒と向き合う時間も取れますっていうのをやってたりもするわけです。
 
──なるほど。うーん、川上さんっていま、そんなことを考えているのか……。
 
川上氏:
 カドカワの社長を辞めてからは、教育について考えられる時間が増えましたね。でも、善いことをし続けてもいいって、幸せな仕事ですよね。社会的に善いことをし続けることが、資本主義下でのビジネス的な拡大にも繋がっていく。これはちょっと痛快だし、やりがいがある仕事ですよね。
 さっきから善いことをしたいとか、善人みたいな発言を連発しているのが教育業界に染まってきているみたいで少しイヤなんだけど(笑)、善いことをしたいというのは、僕の本分とは思ってないんだよね。そりゃ、どうせならしたいけどさ、すべてを賭けた人生の目的じゃない。
 善いことをして結果、ビジネスで成功できるとしたら、痛快じゃん。だれも本気でそんなことが世の中にあるとは思ってないから。
 教育業界で自分がどんな仕事ができるかと思ったら、それがいちばん面白いテーマに思えたんですよ。結果的にみんなも幸せになったら、こんな素晴らしい仕事はないよね。

川上さんが社長を降りたときの経緯

──そういえば、普段なかなか聞けないので、この機に聞いてみたいんですけど、川上さんがカドカワの社長を降りたり、ドワンゴの役員からも身を引いたときの経緯ってどういうものだったんですか?

川上氏:
 うーん、最初のキッカケは、当時ドワンゴの社長だった荒木さん(※)が責任を取って辞めると言ったことでした。2019年の1月、正月明け最初の打ち合わせだったと思う。正直、それまで僕は辞める気はまったくなくて、大変な状況だったけども、ここからどうやって盛り返そうかと考えていたんです。

──責任ある立場を退くのって、普通の人が思ってるよりややこしいですよね。

川上氏:
 そうですね。でも、荒木さんが辞めるのであれば、それは僕も付き合わざるを得ない、と思いました。なぜなら、ドワンゴ内で僕がやりやすい環境を作ってくれていたのは荒木さんだったし、その僕が自由にやった結果として業績が悪くなって荒木さんが辞めるのだとしたら、荒木さんだけにその責任を取らせるわけにはいかないと思ったんです。

※荒木隆司(あらきたかし):元ドワンゴ代表取締役社長。京都大学経済学部を卒業後、株式会社東京銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。エイベックス・グループで数々役職を歴任したのち、ドワンゴの代表取締役社長に就任した。2019年の業績悪化による再編により、KADOKAWAグループ各役職からは辞任している。

──へー、荒木さんから言い出したことだったんですね。

川上氏:
 そうなんですよ。それで、すぐに角川会長(※)のところに行って。角川会長からは、「次どうするんだ」みたいな話になったわけだけど、角川会長のほうから、夏野さん(※)がいいと思うって話が出たんです。僕も、夏野さんが社長をやってくれるのであれば大賛成だったので、それに賛同して。

※角川歴彦(かどかわつぐひこ):株式会社KADOKAWA取締役会長。メディアワークスの創業、数々の雑誌の立ち上げなど、現在のKADOKAWAグループのベースとなる数々の事業を手がける。

※夏野剛(なつのたけし):株式会社KADOKAWA取締役執行役員、株式会社ドワンゴ代表取締役社長。iモードを立ち上げたメンバーのひとりとして知られる。NTTドコモ時代では、マルチメディアサービス部の部長や執行役員などを歴任。

──なんで夏野さんに、という話だったんですか?

川上氏:
 いや、夏野さんって、そもそも本当はもっと凄い人というか、ドワンゴなんかの社長をやる人ではないんです。もっと大きな舞台で指揮を執るべき人で、だから、これまでは僕から「社長をやってください」なんてお願いはとてもできませんでした。だから、そんな夏野さんがもしドワンゴの社長をやってくれるのであれば、それはなんの異論もないですよね。

──へええ。夏野さんと川上さんって、そういう関係だったんですね。

川上氏:
 だって、僕から見たら夏野さんは神様なんですよ。日本で世界に通用するビジネスをやった人ってさ、近年のIT業界だと、夏野さん、久夛良木さん、岩田さんぐらいだよね。あと、まあ孫さんを入れても、その4人ぐらいですよ。これ以外っていうのは、なかなか世界に通用するビジネスをたちあげた経営者ってIT業界にはいないわけですよ。でも、夏野さんは結局、NTTでは取締役にもなれずに去っていったわけじゃない。
 
──ふうむ。

川上氏:
 だから、僕から夏野さんにドワンゴの社長をお願いするのは気が引けていたし、夏野さんが受けてくれるとも思っていなかったんです。
 でも、さっきみたいな話の流れになったので、僕から夏野さんに「社長をやってください」とお願いをすることになった。そうしたら──。

──そうしたら?

川上氏:
 「ここで受けなかったら男じゃない」って快諾してくれたんですけど、同時に「できれば、もっと早くに言ってほしかった」って言われたんですよね。それは意外な言葉でした。

──夏野さん、ドワンゴにそんなにコミットがあったのか……夏野さんって飄々としてるから、そういう内側の思いが見えづらい人なのかもしれませんね。
 
川上氏:
 僕は、そこまで夏野さんが思ってくれているとは考えていなかったから、とてもびっくりしました。ともかく、そういう経緯で夏野さんに社長を頼んで。僕は、夏野さんや現場を統括していた栗田さん(※)がやりづらくならないように、しばらくは表に出ないことにしました。

※栗田穣崇(くりたしげたか):株式会社ドワンゴ専務取締役COO兼niconico代表。Iモードの立ち上げメンバーのひとり。

──なるほど。そういう経緯だったんですね。いまだから言えますけど、川上さんが社長を退くときに、全社向けの生放送で謝罪会見みたいなものをやったじゃないですか。あれを見て、やっぱり川上さんは辛そうでしたし、その後、僕もドワンゴを辞めてしまって川上さんとは接点が少なくなってしまったので、結構心配していたんですよ。

川上氏:
 いやぁ、あの時期は、社員や自分の大切な人たちに迷惑もかけてしまって。さすがに僕もしばらくヘコみましたよ。でも、社内向け謝罪放送で、僕が沈痛な表情をしていた件ですけど、あれはちょっと事情があったんですよね。
 じつはあのときの社内向け放送って栗田さんにやってくれって頼まれて、渡された原稿を読んだだけだったんですよね。僕はこれは、ドワンゴの会長として最後にやるべき仕事だと思いました。で、仕事としてやるからには、原稿を読んでいることをバレないように、カメラの向こうに置いた原稿をめちゃくちゃ目を細めて見て、難しい顔をしてしゃべったんですよ。そしたら想像以上に沈痛な表情になっていて、なんか玉音放送みたいな雰囲気になっちゃった。どうしようかと思ったんだけど、ショック受ける社員も多いかもしれないけど、これぐらいが丁度いいと思ったんですよね。

いまでも「ネットは楽園」だと思っている

──そういえば、普段話しづらいこと繋がりで言うと、僕は川上さんについて、いつか記事にできないかと思ってることがあるんです。

川上氏:
 んん、いきなりなんですか?

──いや、川上さんって、とくにカドカワの社長になったあたりから、世間から凄く「権威」「権力側」として見られるようなったじゃないですか。それがレッテルとして貼られてしまっていて、どんな発言もすぐに「ポジショントークだ!」と捉える人が増えていったと思うんです。
 たとえば、それこそ僕が4Gamerで川上さんの連載をやっていた時代には、みんなが川上さんの意見を面白がってストレートに受け止めてくれたのに、そうじゃない空気みたいなものが膨れ上がって行くのを感じていて。

(画像は任天堂・岩田氏をゲストに送る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」最終回――経営とは「コトとヒト」の両方について考える「最適化ゲーム」より)

川上氏:
 まぁ、それはある程度は仕方がないことなんじゃないですか。また、あえてそういう風に立ち振る舞っていた節もあるし(苦笑)

──でも、僕から見た川上さんというのは、そんな器用に忖度できるような人間じゃないというか。川上さんなりのポリシーや譲れない矜恃みたいなものがあって、ずっとそれに則って行動しているだけだよな、と感じていて。

川上氏:
 うん。少なくとも僕自身は、何かに忖度して発言や行動を変えたりしているつもりはないですよ。

──その意味では、以前、川上さんに「なんで、Twitterで変な人と議論するんですか?」という話を聞いたことがあったじゃないですか。どう見ても支離滅裂なアンチみたいな人に、わざわざ返信をしていたりして。なんの意味があって、そんなことをしているのかが不思議でならなくて。そのとき返してくれた理由が面白かった記憶があるんですけど、改めて聞かせてもらってもいいですか。

川上氏:
 ああ、その話ですか。それはですね、僕は、Twitterでケンカする相手は選んでいて、あえて「この人、めちゃくちゃだな」って人を中心に喧嘩をしかけていたんです。そういう人を相手に、「お前の言ってることめちゃくちゃだよ!」って言うことにしているんですよ。

──どうしてまた、そんなことを?

川上氏:
 ひと言で言うと、そういう人たちこそが、僕自身とも重なるというか、共感できるから。

──昔の自分に見えるんですかね。

川上氏:
 昔というより、自分自身がいまこうなっていたとしてもおかしくない。自分もこうなっていたかもしれないという、僕という人間の可能性のひとつに見えるんですよ。

──なるほど。

川上氏:
 昔さ、座敷牢というのがあったじゃないですか。家族や一族の中で、素行が悪い人や精神状態に不調を来した者が出たときに、監禁するために造られたというあれです。

──昔は、そういう人を「一族の恥だ」として、世間の目から隠そうとしたという。

川上氏:
 そうです。それって、いまの時代でいうなら、引きこもり、ですよね。「子ども部屋おじさん」とか、現代の座敷童ですよ。昔の時代は、そこから外に出ることなく、座敷牢に監禁されたまま死んでいったわけですけど、それがネット時代になって、家の中からでもネットという手段でもって、外の世界とアクセスできるようになったわけです。

──そういう見方もできますね。

川上氏:
 そういう社会から断絶された人たちは、これまでは世の中に対して発言できなかったのに、ネットというテクノロジーによって発言できるようになったんです。これって、僕は基本的にはすごくいい話だと思っているんですけど、その結果、何が起こったのか。その社会から断絶された人がネットでどんなことを発言したかっていったら、いまの世の中に対する恨みだったんです。

──な、なるほど。

川上氏:
 でも、それって当たり前だと思うんです。自分を不遇な扱いにしたこの世の中を、恨んでいて当然じゃないですか。だから、実社会に居場所を持てなかった人が、ネットで自由に動けるようになったのだとしたら、暴れ回っているほうがむしろ自然な行動だと思うんです。

──ふーむ。

川上氏:
 だけど、いまのネット空間では、そういう罵詈雑言を並べ立てるような人を、無機質にフィルタリングしたりブロックする方向に進んでいますよね。つまり、ネットの世界においてさえ、そういう人は隔離されようとしている。ネット版の座敷牢みたいなものとして、ネット上の問題児を世の中から排除しているように思えるんですよ。

──たとえばTwitterだったら、変なクソリプが飛んで来たら、普通はブロックしてオシマイですよね。議論や反論などするだけ無駄だから。

川上氏:
 普通はそりゃ、ブロックして終わり。スルーして終わりですよ。でもさ、現実社会では居場所がなくて、友達もいなくて。ネットではじめて発言ができるようになった人に対して、もう一回ネットでも排除するんですかって、僕は言いたいんですよ。
 2ちゃんねるやTwitterで酷い発言が飛び交うっていうのはさ、いままで社会のみんなが目を背けて、なかったことにしていたものが、良くも悪くもネットで可視化されたってことだと僕は思うんです。それをもう一度なかったことにするんですかと。僕は、世間のありように実は怒っているんです。
 
──確かに、そういう人がネット上でさえも居場所を奪われたら、本当に逃げ場所がなくなりますね……

 川上氏:
 そうでしょう。そこでさっきのN高の話とも被るんだけど、そういう問題児ってどう接するべきなのか。やっぱり、ちゃんと向き合うことなんじゃないですか。隔離/排除するんじゃなくてさ。だから、僕はそういう人たちに対して、「お前がやっているのはこういうことだぞ」っていうのを返信してあげる。

──そうしないと、その人がネット上でも排除されてしまうから。思い直して更生する可能性が生まれるように、ですか。

川上氏:
 まあ、更生してやるなんて上からなことは思ってませんけどね。真剣に相手をしてあげたいんです。うん。僕はやっぱりね、いまでも「ネットは楽園」だと思っているんです。
 実社会で排除された人でも、存在を許されるのがネットという世界だから。だから、そこでもう一回排除したらダメだと思うんです。
 そのためには、罵詈雑言には、僕も罵詈雑言でやり返すんだけども(苦笑)、ちゃんと真剣に向き合って相手をするべきだと思うんですよ。だって、いまや、罵詈雑言を罵詈雑言で返す相手もいないでしょう?

──うーん。やっぱり川上さんっていう人は、立場や年齢が変わっても、ずっと一貫したポリシーや考え方で行動をしている人間なんだなと確信が持てました。ただ、その考え方やポリシーがちょっと特殊なものだから、他の人からは理解されづらいだけで(苦笑)。

川上氏:
 ええー。そうかなぁ。まぁ、さっきみたいな話は、理解されるのは難しいだろうね(苦笑)。まあでも、理解されやすいことは、他にやってくれる人がいくらでもいるから、僕は世の中に理解されないだろうことをやりたい。

──いやでも、今日は、いろいろ話せて本当に良かったです。自分的には、川上さんが相変わらず元気にやっていて、また全然変わってないなってことが確認できて良かったです。

川上氏:
 本当にね、今日は、何時間話したんだろう? こちらこそ、ありがとうございました。
 そして、最初にも話しましたけど、僕が社長を降りることになった時は、TAITAIさんにはたくさん迷惑をかけてしまってごめんなさい。あの時は本当に申し訳なかったなって、ずっと思っていたんです。


 オンラインゲーム中心の開発会社として産声を上げたドワンゴだが、実は今日に至るまでに、何度かの大きな事業シフトを行っている会社でもある。ゲーム事業から着メロサイトなどの携帯電話向けのサービス、その次はニコニコ動画というネット動画サービス。そしてここに来て、今度は教育事業という、まったく新しい分野で、新たな挑戦を行っている。

 なぜ、そのような事業シフトが可能なのか? それは川上氏の自由な考え方や、独特の視点に起因すると思うわけだが、今回の取材でも、その一旦は垣間見えたような気がすると思うが、読者の皆さんはいかがだっただろうか。

 筆者が思うに、川上量生という人物の面白さは、なによりも他の人とは違う物の見方だったり、その”思考の深度”のような部分にあると思っている。
 これは、ドワンゴに近しい人物でいえば、ひろゆき氏などにも感じることだが、同じものを見ていても、普通の人よりも見えている情報量が多いというか、そういう凄みを感じる数少ない人物だと言える。

 たとえば、普通の人から見るとツルツルに見える部分でも、「見えている解像度」が高いがゆえに、その表面にあるブツブツやトゲみたいなものまでも見えているような感じとでも言えばよいだろうか。まぁ、だからこそ、普通の人とは話が噛み合わない──同じものを見ていても、違うものに見えているから──ことも多いわけだが、こうやって噛み砕きながら話を聞いていくと、その面白さに魅了されてしまう自分がいることに気づく。
 今回のインタビューでも、そんな川上氏の凄みや魅力に、改めて触れることができたような気がしている。

 また、この取材を通して、筆者が改めて川上氏から感じたのは、彼の行動理念や考え方の中に、”居場所を作りたい”“作ってあげたい”というテーマがあるように思えたことである。それは、彼自身が引き篭もり体質であったことや、突飛な発想や考え方をする人特有の孤独さから来るものなのかもしれない。

 さまざまな事業を経てきて、その才能を「教育」という分野に向けて邁進している川上氏。彼ほどの人物が真剣に取り組む事業が、これからいったいどんな発展を遂げていくのか。自分の専門分野とジャンルは違えど、その動向をこれからも見守っていきたい──そんなことを思った取材であった。

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電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。
元々は、ゲーム情報サイト「 4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「 ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「 ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter: @TAITAI999

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