「スマホで本格的なソウルライクゲームが遊べる」と聞いても、半信半疑に思われるかもしれない。実際に、未だスマホのゲームと言えばカジュアルなゲームや、基本プレイ無料の課金制オンラインゲームを思い浮かべる方のほうが多いはずだ。
そんな常識を覆すかのように、スマホとは思えないほどのクオリティの高いゲームが中国・上海で生まれた。退廃的でダークな世界設定と高難度で重みのあるアクションを特徴とする、真っ当なソウルライクゲーム、それが『パスカルズ・ウェイジャー』だ。
Giant Networkより2020年1月にiOS向けに、同年6月にAndroid向けにもリリースされた本作は、瞬く間に全世界で累計110万ダウンロードを突破。そのグラフィックのクオリティの高さから、Apple社のiPhone新機種の発表会で、本作が製品の性能を示すために使われたこともある。
なにより驚きなのが、このクオリティのゲームが買い切り型で、しかも860円という低価格(スマホ版)で遊べるという点だ。
わずか9人のスタッフから始まった、中国の小さなゲームスタジオ・TipsWorksが作り上げ注目を集める本作だが、2021年3月12日(金)にはPC版となる『パスカルズ・ウェイジャー ディフィニティブ・エディション』がSteamで発売されることとなった。
今回はSteam版発売を記念し、TipsWorksの主要なメンバーであるヨウ ヨウ氏、チェン ユウ氏、ティン チェン ジャ氏にお話を伺った。
もともとコナミでコンシューマーゲームの制作に関わっていたディレクターが中国のスマホゲーム市場に目を向けた理由、日本で学んだゲーム制作のノウハウがどのようにして活かされたのか。
フロム・ソフトウェアに対する大きなリスペクトと、競争率の高い中国のスマホゲーム市場で生き抜くための熱量はいかにして生まれたのか。それは、「本家の面白さ」をいかにしてチューンアップして伝えるかという試みだった。
※この記事は、Giant Networkと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
日本のゲーム文化を吸収して育った過去
──本日はお集まりいただきありがとうございます。まずは皆様の自己紹介をお願いします。
ヨウ ヨウ氏(以下ヨウ氏):
はい、よろしくお願いします。私は『パスカルズ・ウェイジャー』のプロデューサーです。スタジオの総括やお金のやり取り、広報など、チームのみんなが働きやすくなるような環境づくりをしています。10年前までは日本のコナミで働いていました。
チェン ユウ氏(以下チェン氏):
私も以前は上海のコナミで働いていました。チーフプログラマーを務めています。
ティン チェン ジャ氏(以下ティン氏):
私はディレクターを務めています。
──本日はオンラインのモバイルゲームが主流の中国から生まれた、買い切りでソウルライクという中国では珍しいゲームである『パスカルズ・ウェイジャー』が、どこから生まれてきたのかが聞ければ良いと思っています。
少し余談になってしまうんですけど、ゲーム業界に入ったきっかけとなるゲームはありますか。本題に入る前に、皆様がどのようなゲームが好きなのか、どういう人生を送ってきたのかを聞かせてください。
チェン氏:
大学の時期に遊んでいたゲームは『ウイニングイレブン』です。このゲームのためにコナミに入ったといっても過言ではありません。
ティン氏:
小さいころはアーケードの『サムライスピリッツ』を良く遊んでいました。自分の部屋にキャラクターのポスターとかを貼っていましたね(笑)。
──皆さん、日本のゲームをけっこうプレイしているのですね。
ヨウ氏:
私はアメリカのATARIからずっといろいろなゲームをやってきたので、選ぶのが難しいですね(笑)。ただ、最も大きな影響を与えてくれたゲームは、小島秀夫さんの作った全作品と言っていいでしょう。
──当時の中国では、簡単にゲームを手に入れることはできたのでしょうか。
ヨウ氏:
私は上海出身だったのでゲーム機は簡単に手に入れることはできました。もうひとつ環境にも恵まれていて、お姉さんがゲームの貿易に関する仕事をしていたんです。それで、子供のころは日本のゲームをテストプレイのような形でたくさんプレイしていました。
──ヨウさんは日本のコナミで働いていたという話でしたけど、なぜコナミに入ったのか、コナミでどのような仕事をしていたのかを聞かせてください。
ヨウ氏:
2002年ごろ、上海に中国初のコナミのオフィスができたんです。中国のゲーマーたちにとって、コナミはゲーム業界の夢のような存在だったので、ゲームを制作するという夢を実現するためにはどうしても入りたいという気持ちでした。
──それは、ヨウさんがおいくつのときですか。
ヨウ氏:
20歳ちょっとくらいです。私は他の会社で働いてから転勤したのですが、チェンさんは新卒で入社しています。
──そのときの仕事はゲームの開発ですか?
ヨウ氏:
はい、そうです。入社して2、3年程は『悪魔城ドラキュラ』『サイレントヒル』などのゲームに関わっていました。その後は7年くらい『ウイニングイレブン』シリーズに関わっていました。私は主に美術、デザイナーを担当していました。
──いま振り返ってみて、コナミと中国のゲーム会社の違いはありますか。
ヨウ氏:
かなり違いました。当時の中国のゲーム会社はまだ手探り状態で、決して効率的だとは言えませんでした。日本のゲーム会社には歴史や伝統があるので、しっかりと工業化が進んでおり、仕事の効率化がなされていました。日本で働いていたときの経験が、今のゲーム制作に活きています。
──ティンさんもコナミで働いていたんですよね。
ティン氏:
そうですね。私もその後コナミから別の会社に移り、そこでヨウさんと出会いました。元々ヨウさんが担当していたゲームではなくて、違うゲームのキャラクターデザインをしていました。
その後、ヨウさんのチームが人不足だったので、私がヘルプとして移転して、それからはしばらく一緒に働いていました。
ヨウ氏:
ちょっと失礼ですけど、最初ティンさんの絵のタッチやデザインは全然ダメだったんです(笑)。けど、ずっと一緒にやっていくうちに、彼の創造力が全然尽きないことがわかったんです。新しいものが続々と生み出されていくことに感動しましたね。
作りたいゲームを作るという気持ちが自然と会社設立へと繋がった
──そこからTipsWorksの立ち上げに至った経緯を教えてください。
ヨウ氏:
長年一緒に仕事をしているのでみんな「何か新しいことがしたい」という考えは一緒でした。誰かがみんなを誘うというより、自然に集まって私が立ち上がった感じですね。
──会社を立ち上げる時の共通の気持ちは具体的にどのようなものだったのでしょうか。「新しいことをやらなければいけない」という気持ちになったのは、なぜだったんでしょうか?
ヨウ氏:
実はTipsWorksを立ち上げたのはコナミを退社してすぐではなく、しばらくの間はいろいろと模索していました。私たちは、ずっと自分たちで最初から作ったゲームを作りたいと思っていたんです。
当時は現在の市場の流行に合わせて、基本プレイ無料+課金制のゲームをつくっていました。当時は『ポケモン GO』が流行っていたので、そのような位置情報システムを使ったゲームの制作も検討していました。
でも、なかなかヒット作が生まれなくて、次第に3人のゲームへの気持ちがひとつになっていきました。市場向けではなく、自分たちの表現したいことを表現したゲームを作り込んで売りたい。その気持ちが、TipsWorksを立ち上げた動機です。
自分がやりたいようなゲーム制作に携わることができなくなった上に、コナミで覚えたことを活かして自分なりにチャレンジしたくなったので、「やるなら今しかない」と思ったのも動機のひとつです。
──中国の市場の成長を見越してのゲームスタジオ設立だと思うんですが、オンラインのモバイルゲームではなく、シングルプレイの買い切り型ゲームを作ったのは非常にユニークに思います。なぜそのような形で開発を進めていこうと思ったのでしょうか。
ヨウ氏:
買い切り型のゲームにした理由はいくつかあります。中国ではオンラインのモバイルゲームの競争が激しくて、かなり差別化をしないと勝てないんです。
また、私たちは元々コンソール用のゲーム開発を行っていたので、制作の経験や技術はコンソール寄りです。そのため、自分の考えていることや力を活かすためには、買い切り型のゲームを開発するのが最も適していたのです。
──最初に会社を立ち上げるときにさまざまな壁があったかと思います。特に資金面は厳しかったと思いますが、そこはどうでしたか。
ヨウ氏:
最初は私がコナミの退職金を使って会社の登録をしました。お金は常に足りていなくて、自腹を切って社員に給料を払っていましたが、さすがにキツくなってきたので借金しました。幸い、知り合いが低い金利でお金を貸してくれたので事なきを得ました。現在はGiant Networkさんに協力していただいているので、資金面はなんとかなっています。
ソウルライクをスマホにどう落とし込むか
──ゲームそのものの話について伺っていこうと思います。どうして『パスカルズ・ウェイジャー』はあのようなダークな雰囲気を持ったゲームになったのでしょうか。
ヨウ氏:
先ほど言ったように開発当時、世界で一番流行っていたのは『ポケモンGO』で、そのようなゲームを制作しようとも思っていました。しかしチェンさんが作り上げた、暗いファンタジーのアートワークを見せてもらったときに、この路線でゲームを作っていこうと決めました。
3Dビジュアルの実現にはかなり骨が折れましたが、振り返ればここまでできてビックリです。ゲームを作り出してから販売するまでずっと不安でしたが、自信を持てるようになったのは2019年のAppleの新機種発表会の機能を見せる展示で、このゲームが使われていたときです。グラフィックのクオリティが世界レベルで見ても、しっかりしているとお墨付きをいただいいたということなので、かなり自信がつきました。
──本作の企画の原案はチェンさんから出ているということなのですが、その時点で3Dのアクションゲームにすることも決めていたのですか。
ティン氏:
そうですね。アクションゲームというジャンルまでは決めていたのですが、ソウルライクという高難易度なゲームになるとまでは決めていませんでした。
世界観やキャラクターを中心に決定していき、それらの要素が積みあがったときにはじめて表現を最大限に発揮できるだろうということで、ソウルライクのゲームにしました。
──コアなイメージのあるソウルライクでゲームを作ろうと思い切った点には非常に驚かされます。実際、中国ではこのジャンルは人気なのでしょうか。
ヨウ氏:
中国でもマニアックなジャンルですが、人気はあります。でも、スマホゲームには前例がなかったので売れるかどうかは心配でした。
実は中国産のソウルライクは、『パスカルズ・ウェイジャー』以外にも存在しているのですが、正直言って他のゲームは微妙なんですよね。マップがシームレスでなかったり、ボス戦だけのゲームであったりと、何かが足りないんです。
その点では、我々が作ったのは王道のソウルライクなので、少なくともコアなゲーマーには届いてくれるんじゃないかと思っていました。
──TipsWorksの皆さんは、普段からソウルライクを遊んでいるのですか。
ヨウ氏:
もちろんです!フロム・ソフトウェアさんの『ダークソウル』シリーズ、『SEKIRO』、『Bloodborne』など、たくさん遊んでいます。今は、社内でみんなコーエーテクモゲームスさんの『仁王2』のSteam版をプレイしています。
──『ダークソウル』などのゲームのどういった部分を素晴らしいと思って、『パスカルズ・ウェイジャー』をソウルライクにしたのでしょうか。好きな要素などのお話を伺えればと思います。
ティン氏:
バランスの整った難易度が素晴らしいと思います。プレイヤーには成長している感覚を与えながら、新しいボスが登場するたびに新しい形で努力しなくてはいけない。毎回、クリアできるかどうかギリギリになるゲームバランスが魅力です。
また、シナリオだけではなく、ボスや雑魚敵、アイテムからマップのデザインまで、隅々まで世界観が作り込まれているのが魅力的です。ミステリアスで、探索性が豊富なのでいくらでもやり込むことができます。
チェン氏:
最も印象深いのはマップです。一本道だけではなく、寄り道に隠し要素があったり、攻略の順番や方法が自由に設定されているのが楽しいです。
『パスカルズ・ウェイジャー』のこだわりは操作感にあり
──ゲームを開発するにあたって、『ダークソウル』などのソウルライクをどれくらいプレイしたり、研究したりしたんですか。
ヨウ氏:
ソウルライクだけではなく、『Fallout』などのオープンワールドゲームも含め、あらゆる3Dアクションゲームを研究しました。
スマホゲームには爽快感を味わせるようなゲームが多いのですが、今回は探索感のためにディティールまでデザインされたゲームになっています。ギミックに対してプレイヤーがリアクションすることによってゲームが進行し、楽しむことができるようになっています。
──スマホゲームにソウルライクを落とし込むにあたって、「何を残して何を簡略化したのか」を知りたいです。コンシューマで再現できたことがスマホだとできない、なんてこともあるかと思うので。
ヨウ氏:
そうですね、スマホとPCでは操作性が全然違います。ですが、なるべくコンシューマーの操作感近づけるように頑張りました。
従来のスマホのアクションゲームでは、ひとつひとつのスキルをアイコンで表示して、タップしてスキルを発動するという形式が多いののですが、『パスカルズ・ウェイジャー』ではそうしていません。
本作ではボタンをあえて4つに絞ることで、プレイヤーが遊びの中でボタンの役割と位置を覚えていくようにしています。連打やタップなど身体に馴染ませて覚えさせ、ボタンを見なくても済むようなデザインを狙っています。
こうした操作感が、このゲームを作っていて最もこだわったところです。なるべく、本家『ダークソウル』に近づけることを意識しました。
ティン氏:
ふつう、ソウルライクのような難しいアクションゲームはハードルが高いという認識があったのですが、最近の市場の発展を見ると、プレイヤー側も付いてくることができるようになっているのではないか、という印象があります。
スマホでのアクション操作に慣れたプレイヤーも増えてきていますし、ゲームの上手い実況者もスマホで操作しているところを何度か目撃しました。まだ慣れない人には難しい部分もあると思いますが、スマホの操作感でもしっかり成長を味わうことができるように工夫しています。
たとえば戦闘シーンでは、敵をロックオンしなくても、攻撃するときは自動的に見やすいように、AIが計算してカメラを調整しています。
ヨウ氏:
中国の若者はスマホゲームに慣れているため、逆に一般的なゲームコントローラに慣れていません。ゲームショウでも、展示のほとんどはスマホで操作させるようになっています。日本でも同じようなことは起きていますか?
──確かに日本でもだんだんとコントローラを知らない世代は増えてきていると思います。ただ、日本の若者にはNintendo Switchの人気も強く、小学生や中学生などの若い世代はコントローラを使っている人もまだ多いと思います。
ヨウ氏:
そうなんですね。もう一点、日本のスマホゲームの広がり方ってどういう感じなのでしょうか。
──日本ではここ数年で『荒野行動』や『フォートナイト』がYouTubeなどを通して広まりました。あの現象は日本のゲーマーの世代交代の象徴だと思います。
「スマホだからやらない」という価値観は、日本でもすでにないので『パスカルズ・ウェイジャー』も同じように、日本でヒットする可能性を持っている作品だと思います。
ヨウ氏:
ヒットしてくれることを願っています(笑)。