Steamでも十分に戦える「ソウルライク」であると確信している
──スマホ版『パスカルズ・ウェイジャー』は世界で何本くらい売れているのですか。また、その内訳はどんな感じでしょうか。
ヨウ氏:
全世界で110万本以上販売しています。7割以上が中国で、それ以外は欧米や日本、韓国です。これからSteam版も発売されるので期待しています。
──それってつまり、『パスカルズ・ウェイジャー』によって、中国のプレイヤーに「ソウルライクがどういうゲームなのか」を伝えることができたということですよね。
ヨウ氏:
そうですね。中国では実際にソウルライクを遊んだことがない人が、『パスカルズ・ウェイジャー』で初めて触れるというケースがありました。
このおかげで、本家のフロム・ソフトウェアさんのゲームに触れてみる、ということも起きました。
──スマホ版の『パスカルズ・ウェイジャー』は、860円という価格で販売されていますが、なぜこの価格にしたのでしょうか。
ヨウ氏:
中国では売り切りのスマホゲームに成功例がなかったため、価格で攻める自信はありませんでした。なので、むしろコストのハードルを下げて、より多くのプレイヤーに届けようと思いました。
──これだけのクオリティを持つゲームなのに、安すぎなのではないかなと思いました(笑)。良心的な価格です。
ヨウ氏:
ありがとうございます(笑)。
──Steam版の『パスカルズ・ウェイジャー ディフィニティブ・エディション』では、スマホ版から拡張される部分はあるのでしょうか。
チェン氏:
Steam版はスマホ版よりも全体的にアップデートされています。グラフィックの向上や、ロード時間の短縮、4Kにも対応し、モデルやアクションの精度も上げています。また、Steam版ではスマホ版で配信したDLCをすべて収録しています。
──そのまま移植したのではなくて、アクションの手ごたえなどもけっこう変わっているんですね。
チェン氏:
技術的な面で言うと、スマホではスペックの問題であらゆる計算が制限されていたため、PCではそのあたりが強化されています。たとえば、IK(Inverse Kinematics)という敵のリアルな被弾アクションを表現するシステムは、スマホ版ではボスだけに適用されていたんですが、Steam版では雑魚敵にも実装しています。
プレイヤーが刀を使って右側から斬りかかると、敵はそれに応じて左に向かって怯んだりするので、アクションの手応えはもっと気持ちよくなっていますね。
──Steam版では『ダークソウル』などと同じフィールドで戦うことになりますよね。スマホというプラットフォームだったからこそ差別化できていた点が薄くなってしまうと思うのですが、その点の懸念などはありますか。
ヨウ氏:
実は、『パスカルズ・ウェイジャー』は当初はコンソールで出したかったのですが、開発を始めたころは資金難で、そのために泣く泣くスマホゲームに切り替えたんです。
今は資金面の問題は解消されたので、とにかく良いゲームを作ることが大切だと考えています。なのでSteamに参入したのは、次回作への布石や、TipsWorksの宣伝のためでもあります。
それにSteamのなかでも、ソウルライクのジャンルの中では本家であるフロム・ソフトウェアの宮崎さんを除けば、『パスカルズ・ウェイジャー』は十分に戦えるほどのゲームになっているはずです。スマホで販売された当初は自信がなかったのですが、今では客観的に評価しても、ソウルライクとして良い作品であると確信しています。
ソウルライクで大事なのは「探索性」
──フロム・ソフトウェアさんが作るゲームと、他のソウルライクゲームって何が違うと思いますか。
ヨウ氏:
まずはマップデザインですね。長い道を進んだ後に元のいた場所に戻っていく、ショートカットを用いたマップデザインにはとても感動します。それにマップとバトルのバランスが非常に良いですよね。
次いで、シナリオの伝え方や没入感。そして何と言ってもイノベーション精神が素晴らしいです。フロム・ソフトウェアさんのゲームは積極的に新しいシステムや仕掛けを取り入れていくので、毎回新鮮な気持ちでゲームをすることができます。新しい仕組みをゲームに組み込むことは失敗にもつながるので、それを毎回成し遂げているのがすごいです。
実際に『ダークソウル』や『Bloodborne』を遊ぶと、優れたデザインの敵が出てきたと思いきや、次々と素晴らしいデザインの敵が出てきますよね。雑魚敵というものは色違いなどで使いまわされるのが普通ですが、フロム・ソフトウェアさんのゲームではそこが妥協されていません。この、常に新鮮な想像力が新しい体験を生み出していると思います。
また、「死んだらソウルを失うけど、一度だけなら取り戻せる」というペナルティはすごい発明ですよね。宮崎さんがこのシステムを導入しなければ、プレイヤーに嫌われることを恐れて、他の会社はなかなか踏み切ることができない要素だったと思っています。
宮崎さんの決断という礎があったからこそ、あのペナルティが「ソウルライク」ゲームで一般的になったのではないでしょうか。
──たしかに、あのシステムは画期的ですよね。あれのおかげで、『ダークソウル』らしい難しさが担保されているのかもしれません。『パスカルズ・ウェイジャー』では、そういったソウルライクらしい難易度を調整するにあたって、何を大事にしているのでしょうか。
ヨウ氏:
最初から「ソウルライクを作る」と決めた以上、絶対にさまになるようなゲームを作らなければならないし、マニアックなゲーマーからも注目されますので、ソウルライクの根幹である“高難度”を損なってしまったら、プレイヤーを満足させることはできないと考えています。
一方でスマホゲームの特性はさまざまな人に触れてもらえるということなので、ライトユーザー向けには「カジュアルモード」を用意することにしました。カジュアルモードでプレイすると、ゲームの世界観を損なわない程度に、空を漂うクラゲがフィールドを案内してくれるようになります。
ティン氏:
問題はナビゲーションやカジュアルモードを入れるかどうか、ではないと思います。それ以上に、ソウルライクで大事なのは「探索性」だと思うんです。
たとえば『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』でもナビゲーションはあります。たとえば、NPCと会話することによってギミックやクエストが解放されるという探索性があり、プレイヤーはそれを楽しむことができます。
もちろんマップ自体のデザインも重要です。目につきやすい標的、建物や地形など、いろんな仕組みを入れて、プレイヤーがいつも「そこに何かがある」と思えるようにしなければならないと思います。
そのようにマップのバリエーションやコンテンツを増やしていくことによって、探索性が生み出されることが大切であると考えています。
──スマホ向けのチューンアップという面をかなりしっかりと考えられて作られているんですね。
中国と日本、未来のゲーム産業に向けて
──少し話が変わってしまいますが、中国のテンセントやネットイースなどのゲーム会社が、日本のクリエイターに投資をするという話がありまして。彼らには、開発技術の面では中国も日本と同等かそれ以上になったけど、ゲームデザインはまだ追いつけていないのではないか、という認識があるからだそうです。このあたりの事情については、どう思いますか。
ヨウ氏:
自分は中国のゲーム業界で働いてきてもう40代になりますが、気づいたことがあります。中国ではゲームを完全にビジネスの手段としているのですが、日本ではプロはプロ、インディーはインディーというふうに、業界がグラデーション状に細分化されているということです。
そのため、中国の投資家が日本のクリエイターのすごさを分かっていて投資しているのかどうかは疑問に思います。我々はマニアックなゲーマーなので分かるのですが、投資家はお金がたくさんあるので、「とりあえずお金を払えばいいものが出る」と思っているんじゃないかと。そのあたりの見極めなどは、もう少ししっかりとやってほしいなと思います。
今の『パスカルズ・ウェイジャー』の目標は、現在の中国のゲーム産業とは少し違うフィールドに戦いの場を移すことですね。たとえば優秀な日本のクリエイターと関係を築いていきながら、新しいゲームを作れればと思っています。
──中国や日本のみならず、昨今のゲーム産業をみて何か思うことはありますか。
ヨウ氏:
昔は、ゲームを売るときに制作者の名前より会社の名前が出ることが一般的でした。そんな中、日本はクリエイターを前面に出していく、特に小島秀夫さんからそのような流れが出てきたと思います。つまり、よりブランド力に注力したゲームの売り方ですね。
ゲーム自体のクオリティの高さに疑いはないのですが、一方で、ひとりのプロデューサーやディレクターの力が、そのゲームの成功にどれだけ関わっているのかは疑問に思っています。ひとつのチームに精神的なリーダーがいることは大切ですが、それよりも、全員がひとつの目標に向かうことこそが大切だと思います。
ゲーム制作のノウハウは日本にあるので、パブリッシャーやデベロッパー含めた業界そのものの努力がもっと評価されるべきだと思うんです。でも、宣伝は大変なので、ひとりのプロデューサーやディレクターをシンボル化していかざるを得ないことも多い。
そんな状況のなかで、ゲームそれ自体をIPとして成功させられるかどうかが、大事な一歩だと思っています。
──最後に、日本のゲーム好きの方に何かメッセージはありますか。
ヨウ氏:
フロム・ソフトウェアの宮崎さんに言いたいことがあります!宮崎さん、これからもずっと、宮崎さんならではの想像力を駆使して新しいものを作ってください。そうしないと我々が追いつきます(笑)。
一同:
(笑)
ヨウ氏:
プレイヤーのみなさんにもメッセージがあります。私たちは、小さいころから日本のゲームに育てられ、とても感謝しています。今後は日本の若者に中国発のゲームを遊んでいただいて、日本の子どもたちにも、中国のゲームが心に残ってくれればと思います。(了)
はじめは資金の問題で泣く泣く企画をコンシューマーからスマホゲームへ移した『パスカルズ・ウェイジャー』だったが、結果とした生まれたゲームは他のソウルライクゲームに引けをとらない傑作となっていた。
中国というモバイルゲーム、スマホゲームの競争が激しい国で、どうにか新しい表現と間口の広さを探求しヒット作を生み出したTipsWorks。9人という少ない規模からはじまったゲームスタジオだが、本家『ソウル』シリーズやフロム・ソフトウェアに対するリスペクトと情熱が、これほどの結果をもたらしたのだろう。
日進月歩でハードウェアが進化する現代において、プラットフォームや文化・国籍の違いは、ゲームの面白さとはもはや関係のないものとなりつつある。今後も中国のゲーム産業からは目が離せない。
なお、『パスカルズ・ウェイジャー』Steam版は3月12日の発売から2週間の間、1割引で購入できるセールを開催している。また、同じく2週間限定でゲームのサウンドトラックもついてくる。ぜひこの機会に触れてみてはいかがだろうか。