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若手には「神谷ぶっ潰す」と思ってほしい! 28歳の若きディレクターが指揮したプラチナゲームズ新作『World of Demons – 百鬼魔道』の開発について聞いたら、「アクションゲームの正解」を求め続ける職人集団っぷりが垣間見えた

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感覚が根ざすアクションゲーム開発で「正解」を探し続けるプラチナゲームズという職人集団

──アクションゲームを気持ちよくする要素というのは、プラチナゲームズでは「これ!」と明確に言語化されているものなんでしょうか?

 たとえばグラフィックはすごいんだけども、どうにも手触りがすごく悪いアクションゲームってあるじゃないですか。そういった作品とプラチナゲームズの作品の差は、それらが言語化できているか、できていないかの差から生まれている気もするんです。

田中
 僕はプロデューサーなんですけど、もともとは酒部と一緒に現場で働いていた人間なので、『World of Demons』でもいろいろと手触りについて議論していました。アクションゲームはそれぞれのタイトルにテンポ感、敵とのやり取り、楽しさにおける正解があって、必ずしもすべてのゲームを「これ!」という形にしても気持ちいいわけではないと思います

 なかなかそこは言語化するのが難しくて、「そのゲームにとって何が正解なのか」というのをディレクターや一緒に作っているエンジニアやアーティストが探しあっていく。全員でうなずける正解を一緒に見つけていく。そこがポイントなんじゃないかなと思っています。

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──なるほど。毎回作品ごとに気持ちいいアクションの答えは違っていると。

田中
 このゲームなんだからこのフレームだったら気持ちいいね、ここでこういう選択をユーザーが迫られると面白いね、ユーザーがどっちを選ぶかでまた楽しさが広がっていくね、みたいなことを吟味して設定していく。振り返ると、あとでそれが正解だったかどうか分かる感じですよね。

 さきほど話に出ていた「緊張感」も、ほかのゲームで『World of Demons』と同じことをやっても緊張感と言えなかったりする。あくまでスマートフォンの操作だからこのくらいのテンポで襲われると緊張感が走る、といった風に考えているんです。

 ほかにも見た目が格好よく見えるのは、8割はアーティストが格好いいエフェクトをつけたりモーションを作ったかによるんですけど、最初組み始めたときは全然気持ちよくならなかったりもしますね。

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田中
 目に見えない気持ちよさ、いわゆるこれがいいという正解は、もちろん酒部が最終的に判断します。ただ、『World of Demons』では酒部がいいと思った瞬間に、周りも「あ、気持ちよくなった」と思っていた。その正解を引ける人間がディレクターになるかどうかが、アクションゲームの開発では重要じゃないかなと思う。

──ディレクター、とくにアクションゲームのディレクターは日本でも稀有というかすごく貴重な人材ですよね。本当に手触りのいいアクションを作れるディレクターの話はあまり聞いたことがないような。

稲葉
 たしかに、おっしゃることは半分は当たっていると思います。アクションゲームで言えば、気持ちのいいアクションを作れるディレクターはそんなにいないかなと。

 ただ、気持ちのいいアクションを作るのは、ディレクターだけでも無理だと思うんです。たとえばプラチナゲームズで言えば、神谷だけいれば気持ちのいいアクションを作れるかと言えば、そんなことはない。

 これまで社内で作ってきた経験とかスタッフ、ほかの人間のサポート、アドバイスとか、プラチナゲームズという集団で培ってきたもの全体でバックアップするみたいところはけっこうある。それはどのプロジェクト、はじめに名前が出た田浦の『アストラルチェイン』に関しても、同じようなことをやってきました。

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『アストラルチェイン』
(画像は任天堂 | アストラルチェインより)

──アクションゲームの正解にたどり着ける能力がスタジオにあることは、大げさかもしれませんが有力な日本のゲーム開発に残された強みだと感じています。そして良くも悪くもアカデミックに解析されない分野だからこそ、一部のスタジオだけが勝ち残れている。

酒部
 何か気持ちよくないゲームだなと思ったとき、なんでだろうという原因の調査を徹底的にやるかどうかは大きな違いかなと思っています。
 その違いが何なのかはだいたい最初は僕らもわからない。わからないけども、それをどんどん、いろんな人たちを巻き込んで突き止めることを、プラチナゲームズはやっている。

 たとえば鬼丸の剣戟で、この動きはすごくいいはずなのに「何でこんな違和感があるんだろう」と感じたことがあったんですが、じつは剣のモーションについてるエフェクトがものすごく残っていて、それで鬼丸の動きが見えなくなってプレイを阻害していたんです。じゃあこれはエフェクトが原因だったんだねと。

 言葉にすると簡単に聞こえるかもしれないですが、そういった原因の調査から解決までを徹底的にやっているかどうかが、アクションゲームが気持ちよくなるかどうかの大きな違いなんじゃないかなと思いますね。

──そういった議論はどのように進めるんですか?

酒部
 最初に大きく違和感に気付くのは僕であったり田中であったり、もしくは各班のリーダーの方々ですね。もちろん、デバックや作業をしているときに意見が出るときもあります。

 「これが気持ちよくない」と報告が来たら、その先の見通しを自分が持っていて「それはまだ大丈夫だよ」と言うのか、それとも「他の意見は出てないのに、なんでこの人はこう思ったんだろうな」と立ち返るのかを考える。

 僕の方でも意見を聞いて直接触って、本当に違和感があるんだったら直すようにするし、直す必要がないと判断してもしっかりとその報告が来た原因を調べるところまで突き詰めています。

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──どういうやり方で原因を調べてるんでしょう?

酒部
 ヒアリングをしながら自分でもプレイをするというところですかね。「こういうところに違和感があったんだよね」と言われたら、その人の席に行ってその場でアクションの操作をしてみる。どういうところに違和感があるのかは、多分その人も言語化できていない状態だと思うんですよね。

田中
 アクションゲームはやっぱり単純ではない部分がありますよね。何が単純ではないかと言うと、パッと見たときに格好いい、派手だ、気持ちいいというのは表に出ている部分なんですね。モーションやエフェクトであったり、あるいはサウンドであったり。

 でも気持ちよくない、気持ちいいみたいな部分は、じつはもっと複雑なものが絡んでいる。さきほど挙げた見た目的な要素もそうですし、当たり判定が何フレームで出て何フレームで消えていくかとか。それに対して敵が何フレーム後にリアクションを取るかといった部分にもある。

 違和感を感じたとしてもどれを直せば気持ちよくなるのか、その正解を引くのがなかなか難しい。気持ちよくできない部分は、何を直していいのかわからなかったり、間違ったものを修正してしまったりで、なかなか正解に到達できない。

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酒部
 何が原因かというのを自分の中で分析してみて、ここに違和感があるのかもしれないと調べつくす。自分だけでわからなかった場合は、プログラマーの人に聞いて「ここで違和感があるんですけど」と巻き込んで、答えを見つけていきます。

田中
 酒部が違和感を感じて何か変更してみるとき、「これじゃなかった」とか「あれでもなかった」とかいうトライ&エラーが異常に多かったと思います。それはこのタイトルだけじゃなくて、プラチナゲームズは他のタイトルも含めて途中で諦めないということをやり続けている

 それを何百回、何千回、何万回と繰り返してきた先輩たちがいるというのが、我々としては大きいんですね。「きっとここじゃないか」と、ある種ヤマを張れる人たちがいるんですよ。酒部が最初に言っていたのは、その人たちのところに盗みにいくということですね。

 ただ、それを単純に盗んだだけではダメで、彼はそれを実際に自分のタイトルで何回も試して自分の経験として積んでいった。彼が気持ちいいアクションゲームを作り続けていくためには非常に重要なことだと思います。

──特定の職人が開発を引っ張っているわけではなく、プラチナゲームズ全体がアクションゲームの正解を探し続ける職人集団なわけですね。

田中
 アクションがわかっている人間がひとりだけでは、気持ち良い部分や気持ち悪い部分を指摘しあって多角的に気持ち良くしていくチャンスが減りますよね。そこを突き詰めていくのは、どんなプラットフォームであろうが必要なことなんじゃないかと思います。

 この点に関しては、本当に僕たちは魂を捧げていると思いますね。そのためには格好いい絵面が出来ていたとしても、すぐに直しますから。アセットごとの調整はしないです。全体で見たときに表現として気持ちいいかという一点だけを見つめて、感触が悪ければすべてを調整し続けている。

酒部
 実際、新人のころの話になるんですが、僕が初めて『ベヨネッタ2』のチームに加わって敵のモーションやNPCの仕様を考えていたときに、「敵のモーションをどう思う?」と聞かれたんですね。

 それで僕なりの答えをいろいろと言ったんですけど、そのときに返されたのが「それは全体の一部分しか見えていないね。敵がこのステージに出てきたときに、この動きに対してプレイヤーがどう思うのかを全体として捉えられていないよ」という言葉でした。

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『ベヨネッタ2』
(画像は任天堂 | ベヨネッタ2より)

酒部
 ひとつの技のテンポであったり、技のエフェクトの見た目だったりを、個別ではなく全部が揃ったパッケージとして見て、それをどう思うかというのが一番必要なんだと。たしかに僕はひとつのモーションの出来がどうとか、ひとつのエフェクトがこうだとか、そういう突出したピンポイントな視点になってしまっていました。

 全体の中のひとつのアクションとしてクオリティが高いかどうかという基本的な考え方は、新人の一番最初の時期に教えてもらっていたことで、今回のディレクションのやり方にも繋がっていると思います。

──会社や仕事全般でも言えると思うんですけど、チーム内でのコミュニケーションコストが高いと、だいたい仕事のクオリティは下がりますよね。
 たとえば「これが良くないよね」と言ったときに、「そうだよね」と言ってもらえれば次に進むんだけど、「何がダメなの?」と言われてしまうと、どうダメなのかという説明をしなくてはいけなくなる。

 アクションゲームを作る世界は感覚に根ざしていて言葉で説明できないくらいの分野なので、「ダメだよね」と言ったときに「え、なんで?」とぶつかったときのやり取りの終え方が、相当難しいんじゃないかなと感じるのですが。

酒部
 うちのスタッフは「全員が話せる」というスタンスを持っているので、そのへんはすごく強いかなと正直思いますね。あるいは協力会社の人がその感覚をわからなくても、僕らの方でやるしかないという風になるのではなくて、協力会社の側にもそういう人を作っていこうと考えます。ある種の布教じゃないですけど、伝播するようにという考え方ですね。

 こう聞くと求めるハードルが高いなと思うかもしれないですが、「何がダメなの?」と聞かれたときにシャットアウトして相手に罪悪感を覚えて欲しくないんですよね。ダメと言われると、指摘された人は自分の仕事がダメだったんだなと思いがちになっちゃうと思うんですけど、そうじゃなくて僕からするとそこは「ネタ出し」の段階と同じような感じなんです。良いも悪いもまだこれから見つけ出していくんだから、一緒にやっていこうよというスタンスをいかに広められるかというのが僕の課題です。

 ただ、開発中は相手が意見を出しやすいようにフランクに話すようにしていましたが、「これはちょっと違うな」と思ったときは僕の方で判断して穏便に舵取りをするようにしていました。良い意見は乗せて、開発としてはよろしくない意見だなというときには、流すようにはしていましたね。

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──そのときの良い意見、悪い意見はどういうものですか?

酒部
 たとえば「鬼丸が攻撃しているときに軽いイメージがある」と言われたら、たしかにリアリティとゲームのアクションがせめぎ合っている部分なので詳しく話を聞いてみる。でも「鬼丸のここがダサい」みたいな抽象的な感じで言われると……。

 つまり、その人がどこに違和感を持っているのかがわかりづらい意見だったり、僕が目指している気持ちよさとは違うなと思っている意見だったりですね。ほかにも一度片付いたものに「やっぱりこっちの方がいい」とか。宗教の違いじゃないですけど、流派の違い、好みの違いについては、その意見を通すかどうかは自分の中で決めますね

田中
 まさに酒部が言ったとおり、アクションには好みがあるんですね。ただこのゲームが目標とする場所に向かうために、旗を持って一番前に立っているのは酒部。酒部は「俺はこういう気持ちよさを目指したいんだ」というところで一切ブレずに開発に向かっていました。

 そこに沿った意見、沿っていない意見に対して、彼は具体的にいろんな人たちに説明はしています。どう違うのか、ここは僕は目指していないのでこっちでお願いしますとか。逆に変えちゃいけないところも生まれてくるので、たとえば絵も修正する必要があるのか、修正しないのかとか、いろんなデータの影響範囲についても話す。

 でも、作っていくアセットはコンセプトから逸脱しない限りは、彼が定めているものに乗っかって進んでいくべきなんですよ。なので良い意見か悪い意見かというよりは、そのジャッジがディレクターの方針に沿っているか沿っていないか、このゲームのためになる意見かそうじゃないか、というところなんじゃないかと思います。

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──その中で若手の酒部さんの言うことを聞いてもらっていくというのは大変ではないですか?

田中
 プラチナゲームズはプロデューサーとディレクターが対になっているんですね。彼がアクセルを踏むときは僕がブレーキを踏む、あるいはその逆もありますが。酒部は自分がやりたいことに向かってどんどん突っ走ってくれるけど、若いのでなかなか言葉が上手くなかったりとか、どう伝えていいかわからない時もある。その時は、僕が横で彼がやりたいことをやれるように周りを動かしました。

 プラチナゲームズのディレクターはある種シンプルで、強い権限、責任を持ったポジションであり、それは若いかどうかとか年齢なんて関係ないんですね。彼が判断することを尊重する。ただ、現場のスタッフは言うことを聞くだけではなくて、最初のビジョンからズレてないかそれぞれが考えて、お互いがお互いを支えながらゲームの完成図を共有して進んでいきます。

──なるほど。プロデューサーとディレクターが対になってサポートしつつ、チーム全体でも考え抜いていくという土壌があると。

田中
 プロデューサーである僕の仕事はチーム・ビルディングで、最後の判断やビジョンを決めるのは酒部と、基本的な役割分担が決まっている。それをみんなでサポートしたり、盛り上げていったりする。でも、彼がひとりでジャッジしてチームが彼の言うことをただ聞くだけだったら、それは100パーセントにしかならない。つねに120パーセントを目指そうと思ったら、チームで活発に意見を交わして議論しあう関係性というのを開発の過程で作っていくことを意識する必要がある

 みんなで楽しく共同作業すること自体も重要ではあるんですが、やはりいいゲームをユーザーに届けることのほうが大事なんです。そこに向かって、お互いが刺激しあえるようなチーム作りを考える。

 表裏でもいいですし、あるいは右と左なのかもしれないですが、ディレクターとプロデューサーが支えあっていくのは、プラチナゲームズで大事にしている形なんです。

ディレクターで得た「経験値」を次の仕事へ。求められるのは「人の言うことを聞かない性質」

──今回、『World of Demons』のディレクションを担当してみて、酒部さんはどうでしたか?

酒部
 悩むことや楽しいことが、どちらもゲームデザイナーをやっていたときの倍以上あるなと思いました。ゲームデザイナーのころも僕の意見を周りに話すことはありましたが、最終的な判断は別のディレクターの人がやっていましたから、自分の意見をすごく言いやすかった。今回はディレクターとしてチーム全員の意見をいろいろと聞きながら、自分の方向性をブラさないようにしなければならなかったんです。

 変えてもいい部分と変えてはいけない部分というのをしっかり考えないとブレてしまう。この部分は本当にこのままでいいのか、ここは変えたほうがいいんじゃないのかと、日常的にずっと悩むことになりました。

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──それは開発の最後まで続いたんですか?

酒部
 最後の最後まで尽きることがなかったです。今回の制作でいろいろとわかった部分も多いので、次回の開発に活かせればと思います。ディレクターをするのであればそのまま活かせるし、逆にゲームデザイナーの仕事をするにしても「ディレクターはこういうことを考えているだろう」と、これまでと違う視点で話ができる。

 あとディレクターをやらせてもらうと、ほかの人たちのいろいろな会社が作ったゲームを全体的に見たり、俯瞰で見るようにもなりますよね。かつ、詳しいところまで自分の中で分析するようになる。そうするとより面白い要素を吸収して作れるようになるので、今回のような経験をさせてもらったことは、大変嬉しく思っています。

 責任や作業の重さが桁違いではあるんですけど、達成感とか経験値が尋常じゃなく得られるものなので。もしディレクターに挑戦できる可能性があり悩んでいる同世代の人がいたら、ぜひ一歩を踏みだして欲しいと思います

──思いがけず酒部さんのディレクター観や開発スタジオの話をいろいろ聞かせていただけました。最後になるのですがあらためて、稲葉さんはディレクターに必要な素養はどこにあると思いますか?

稲葉
 酒部はゲームデザイナーをやってきましたが、とはいえディレクターになるためにそういう決まりがあるわけではないですね。ディレクション力とゲームデザイン力はけっこう別種のものだと思っているので。ディレクション力を持っていれば、どのセクションからでも、それこそプログラマーから出てくることもあると思います。

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──ディレクション力というものを分解すると、どういうものになるんですか?

稲葉
 ディレクション力は方針を出すことがまず一番です。ビジョンを出すこと。作るのはスタッフによる集団作業なので、そこで上がってきたものに適切なジャッジを下せる力も必要ですね。

 いろいろな意味がありますけど、自分の方針に対してブレずにものを判断できるのかとか、スタッフが10人いたとして10人全員が嫌と言っても自分のビジョンを貫き通すとか、そういう力ですよね。

 いろいろなものが求められますけど、仕事はシンプルです。方針を出して上がってきたものを判断する。それだけです。

──そういったディレクション力……というかディレクターは、会社の教育で作れるものだと思いますか? 

稲葉
 無理だと思います。ピックアップすることはできても、ディレクターの素養がない人間に素養を植えつけることは絶対にできないと思いますね。

 酒部もそうですが、面白いものが浮かぶかどうかのアイディア力とかよりも、自分で何かやらないと気がすまない……そういう精神性じゃないですかね

 もちろん周囲と協調する必要はありますが、身も蓋もない言い方をすると人のいうことを聞くのが嫌だとか、そういうタイプが一番向いている。ディレクターはみんなそうだと思いますけどね。

──ありがとうございました(了)。


 奇しくもおよそ1年前となる2020年6月、プラチナゲームズは2013年に発売した『The Wonderful 101』のリマスター版となる『The Wonderful 101: Remastered』を発売した。

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『The Wonderful 101: Remastered』
© PlatinumGames Inc.

 神谷英樹氏の開発者メッセージによれば、ビジュアルをアップグレードするだけでなく、各プラットフォームに合わせた操作性の改善や、遊びやすさ・分かりやすさを広げる数々の改修・調整を行い、決定版と呼べる内容に仕上げられたという。

 そこで神谷氏は同作を紹介する中で、以下のようにも述べている。

今でこそ、僕は会社のエラい人の立場におりますが、当時は商売のことは深く考えず(今もですが)、ただ我武者羅にゲーム作りに打ち込み、絶対の自信作と言える作品を作り上げました。それが僕の監督作6作目に当たる『The Wonderful 101』だったわけですが、残念ながら、この作品は商業的に成功と言えるほどの結果を出すことはできませんでした。

ただ、僕はこれを「失敗」とは思いませんでした。もちろん今も思っていません。なぜならゲームを作る人間にとって、「失敗」とはそのゲームを遊んでくれた人を失望させることであり、『The Wonderful 101』は、そもそも作品への評価自体を多く集めるに至っておらず、その答えがまだ明らかになっていないからです。

 遊んでいないプレイヤーが多いと判断したとはいえ、なぜ神谷氏は『The Wonderful 101』に失敗という烙印を押さず信じ続けることができたのか。自分が手掛けた作品が想定していたほど売れなかったという結果は、その作品の良し悪し以上に強固なレッテルとして作用することは想像に難くない。

 その答えは、今回のインタビューからヒントを得ることができるだろう。

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 2018年に発表されながらもビジネスモデルとの噛み合わせが悪く、結果的に立ち行かなくなった『World of Demons』は、酒部氏と田中氏、そしてプラチナゲームズの職人集団によって、まるでまったく新しい一本の日本刀のように鍛え直され世に放たれた

 つまり、たとえ一度頓挫や挫折を迎えた作品であっても、プラチナゲームズにはどんな作品でもつねに「アクションゲームの正解」を誰よりも追い続けてきたという自負があるのだろう。そのように魂を込めた作品への信頼を失うことなど、そうそうないことなのだ。取材を終えてから、ことさら強くそう思うところとなった。

 それでありながら若手のディレクターを抜擢することもいとわないプラチナゲームズの環境において、『World of Demons』でディレクターを経験した酒部氏が今後どのような形でゲーム開発に携わっていくのか。今後も同スタジオの動向から目を離すことはできそうにない。

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 神谷氏は開発者メッセージの中で、「この作品には、我々の持てる力の粋を集めたプラチナ魂が込められています」とも伝えている。なるほど、「プラチナ魂」。日本を代表するアクションゲームの開発スタジオは、今日も魂を込めて鍛冶にいそしむ。

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電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。
元々は、ゲーム情報サイト「 4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「 ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「 ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter: @TAITAI999
編集
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ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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