ゲームシナリオライターの名前はなぜ表に出ない?
──こうしてみなさん「ゲームシナリオ制作会社」としてご活躍されるようになったわけですが、会社化することで個人でやるよりもいいことがあった、みたいなことはあるんでしょうか。
むらさき氏:
それで言うと、守秘義務周りは会社化で得られた明確なメリットだと思いますね。ソーシャルゲームなんかはとくにそうですが、「FGOに倣え」なんて流れがありつつも、「ライターさんの名前は絶対に表に出さないように」ってケースはけっこう多いんですよ。
日暮氏:
そのへんは本当に厳しいですよね。本当に厳しいものになると、社内ですら「このゲームのシナリオやってます」と言っちゃいけない。打ち合わせ室を出たら、「今後一切そのタイトル名を口にしてはならぬ」みたいな(笑)。
──守秘義務については昔からそうだったんですか?
重馬氏:
経緯はちょっと複雑ですね。一番最初は、アニメや実写関係の脚本のルールをそのまま持ち込んだ形だったんです。だから、最初期だと堀井雄二さんや桝田省治さんのように、シナリオライターとしての名前は出ていたんです。
そこから名前が出なくなっていったのは、大きく言えばゲーム開発が工業的な作り方になっていったのと、もうひとつは引き抜き対策なんじゃないかなと思います。
一同:
ああー。
重馬氏:
引き抜きが怖いから、プログラマーやゲームデザイナーの名前を出さない事例もあったじゃないですか。
日暮氏:
最近というかSNS全盛期になってからは、ライター側の「やらかし」対策もあるかと思います。もちろん人によりますけど、たとえば自分で書いてないところも含めて「これ私がやりました」みたいに書いちゃう人がいたりとか。
重馬氏:
一方で、名前を出さないのはライターさんを守る意味合いもあるんですよ。「このシナリオ、クソだ!」となったときに書いたライターが特定されちゃうと、そこにいっぺんにヘイトが溜まっちゃうんで。
真弓氏:
ありますね。
日暮氏:
そういうのもあって、たとえば「職務経歴書には『これを一部お手伝いしました』までは書いていいですが、どのルートを書いたまでは言わないでください」みたいな制限もありますね。案件ごとに程度は異なりますが。
真弓氏:
「うちの会社がやった」というのは言っていいけれども、「外部委託で依頼した個人のライターさんは管理しきれないから、名前は出さないでください」みたいなこともありますね。
むらさき氏:
まあぶっちゃけ、ソーシャルゲームの場合は関わる人数の規模が大きすぎるので、それを悪用して騙る人も多いですから。だから逆に「名前を出させてもらっても役に立たない」みたいな話もありますね。
重馬氏:
ひとつのタイトルに何十人ものライターが出たり入ったりすることもありますね。第八稿ぐらい行ってたりするタイトルもあるので、「そのゲームのシナリオを書きました」と言っても、ボツになったシナリオの担当だったかもしれませんし。
日暮氏:
ただやっぱり、ライター側としては当然名前は出したいですよね。営業する際にも、今までの実績で示すしかないので。
数年がかりの案件の実績が出せないとかになると、「数年間何もしていなかった人」みたいになっちゃうのはキツいですし、ウチはなるべく出させてもらうように交渉はしていますね。
真弓氏:
ウチも毎回交渉しますね。その結果として、「シナリオ制作会社として責任取ってくれるならOK」という形で実績を載せられたりするケースもあります。
会社化することで、金銭トラブルなどのリスクも軽減された
むらさき氏:
あと会社化の利点としては、個人の立場だと金銭トラブルに発展しやすいんですよね。2000年代ぐらいの話ですけど、200万くらい未払い喰らったことがあって……。
一同:
ああー……。
むらさき氏:
業界としては「そんな多いほうじゃない」という人もいて。
日暮氏:
「そうですね」としか言えないのが(笑)。わりと名が通ってるところでも、「ないものは払えねえ」とか平気で言い始めますから。
むらさき氏:
特に出したゲームが売れなかったりすると、「切ってもいいライターの金は払わない」みたいな話もあったり。あと、キャリアがあって顔の広い方は良いんですけど、駆け出しの方は金額交渉せずに言い値で受けちゃうことがあって。
重馬氏:
いや、実はキャリアがあっても見積もりが安すぎる人はいます(苦笑)。キャリア長いと、逆に昔のままの相場で受けちゃうこともあるので。
日暮氏:
それで逆に安いみたいなところもありますよね。
むらさき氏:
僕も駆け出しの頃に言われたすごく安い金額で仕事してたこともありましたから。
重馬さんに「安い」と言われて、自分では多くしたつもりの金額でも安すぎて、「バカタレ!」と(笑)。相場を知らずに安売りしてましたね。
一同:
(笑)。
重馬氏:
請けちゃダメなんだよ(笑)。
日暮氏:
そのへんの感覚が未だに残ってるところも多いですからね。
むらさき氏:
ライター側でもそういう金額に慣れてる方がいて、ワーッと量を書いて稼ぐみたいなとこもありますが。最近ではもう少しボリューム少なめだけど、ゲーム仕様に合わせて丁寧に書いてもらたい、というオーダーのほうが多いですよね。そうなると細かい文章も多いですし、たしかに単価も違って当たり前なんですけど。
真弓氏:
今と昔で、ゲームシナリオに求められる要素もかなり増えてると思んですよね。ライターでやる仕事の範囲も広くなってるので、単価も上げていくべきだとは思いますね。
むらさき氏:
それこそプランナー的に、ゲームの仕様に対する理解もすごく求められるようになってきましたよね。
ゲームシナリオ制作会社は儲からない?
むらさき氏:
でもホントに増えましたよね、シナリオ制作会社って。ウチもそのひとつですけど。
真弓氏:
たくさん増えたぶん、中には評判の悪い会社もあって。今もそうなのか分からないですけど、ライターさんに結構キツい専属契約を結ばせるところもあったそうで。しかも、専属ライターになったとしても食えるぶんの仕事をくれるわけでもないという。
しかもそういうところに限って、積極的に新人を雇うんですよ。だから新人さんがそこに行くケースも多くて。で、何も知らないからそれが普通だと思って苦労されるという話も聞きます。
日暮氏:
あー、覚えがあります。そういう人がやめるときって本当に抜け忍みたいですよ。「このことは絶対にご内密にお願いします」みたいな(苦笑)。
重馬氏:
そうそう。うちに面接に来た子がいましたけど、「本当は面接しちゃいけないんですよ」とか言ってました。【※】
一同:
(笑)。
※2021年3月26日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省が連名で『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』を策定し、「合理的に必要な範囲を超えた秘密保持義務・専属義務を課すことは独占禁止法違反となる可能性がある」との見解を示している。
むらさき氏:
いろいろと悪い話も聞きますね。あるライターさんが、うちの会社から受けた案件と、また別の会社を通して受けた案件がたまたま同じだったらしいんですよ。
クライアント側が複数のライター会社に投げて、たまたま同じライターさんに行き当たったらしいんですけど、そしたらライターの取り分が倍違ったそうで。
重馬氏:
倍(笑)。それは取ってるねえ。
真弓氏:
まあ、ありますね。そういうこと。
──司会の立場で恐縮ですが、実は私もテイルポットさんとパートナー契約してるんですが、報酬がすごく明瞭で驚きました。ゲーム会社側からいくらテイルポットに支払われて、そこからディレクション料はいくらかとか、全部明かしてくれるんですよね。
むらさき氏:
「もしクライアントの会社に知り合いがいたら聞いてみて、まんまこの金額だから」というのはうちの売りですね。やっぱり後発で、かつ自分でそれなりにお金が稼げる人たちにライター仕事を依頼するのがメインなので、条件がよくないと受けてくれない。
逆に「うちの会社がなくなったら食い詰める」みたいな人には斡旋しないんですよ。明日の生活を保障する気もないし。
なので、役員だからって理由では1円も貰ってない(笑)。働いた人だけで山分けです。
日暮氏:
最低限はもらいましょうよ(笑)。
むらさき氏:
いやさっき、オープンにしてるって話あったじゃないですか。なんでオープンにできるのかというと、うちの会社の取り分はかなり少ないからんですよ。
日暮氏:
それはありますね。うちは基本的にライターさんを社員として雇用してるんですけれども、会社として稼いだぶんはどんどん給料で払っちゃうんですよ。
真弓氏:
それはうちもそうですね。やっぱり報酬はライターさんに還元しないと、モチベーションも上がりませんし。
日暮氏:
だから正直、会社としては儲かんないですよね(笑)。
重馬氏:
儲かんないですね(笑)。支払いは常にライター優先なので。
僕も5年ぐらい前に心臓の手術したことがあって、まあ確率として2%とか3%は死ぬわけですよ。だからその時は「会社なくなったらどうする」ってうちの連中と話しました。とはいえ、「明日無くなるかも」ってほどではないですけどね。
外注されてきたゲームシナリオの仕事が、昨今では内部に戻りつつある
──個人的にもフリーのライターは変化を迫られてると思うことはありますね。もう社員ライターとして就職するか、もしくはシナリオ制作会社やプロダクションに所属する、つまり二次受けでなければ生き残れないのでは、と思う時はあります。
真弓氏:
最近はよほど実績が明瞭な人でなければ、ライターが個人で案件を獲得するのは難しい状況になってきたと思います。
案件が大型化してくれば、自然と個人から組織になっていくのはもう、当たり前だと思いますし。なんだったら我々シナリオ制作会社も、居場所は減っていくんじゃないかなと思ってますから。
重馬氏:
ゲーム開発の現場って、時代とともに外注化がどんどん進んでいったんですよね。
一番最初は音楽で、次にグラフィック、最後にシナリオとどんどん制作チームがスリム化していったんです。果てはプランニングやゲームデザインでさえ外注に出す例もあったじゃないですか。
ところが昨今、状況は逆になりつつあって、内部に戻し始めてるところも多いですよね。
むらさき氏:
そうですね。単価が上がりすぎて、「外注するより人を雇ったほうが安い」というケースも散見されます。
ただ、シナリオライターを取り巻く環境という点では、よくなってる部分もあると思います。たとえば育成ですね。ライターを社員として雇ってくれるところが出てきたわけですから、シナリオライター志望者をゼロから教育したりとか。
日暮氏:
ライターは「自分の売り上げで自分を育てる」みたいなところがありましたけど、その分の育成費を会社が出してくれるというのは素晴らしいですね。
むらさき氏:
そういう意味では、ウチはもともと実績がある人を集めているので、教育コストは一切払ってないんですよね。そこを賄ってないのは、業界に対して「借りがあるなあ」とは思っていまして。
重馬氏:
いやでも、むらさき君に「誰か良いライターいない?」と聞いたら紹介してくれるから十分ありがたいですけど。
むらさき氏:
(笑)。そこはもう、ほんとお互いさまというか、お役に立てて良かったなと思います。逆に「うちが苦しい時はお願いします」と感じなんですけど(苦笑)。
重馬氏:
ああ、もちろんもちろん。ありがたいです。
むらさき氏:
実際、月光さんから紹介していただいた仕事で喜んでくれてるライターさんもいるんで、ほんと助かるなぁと。そこは「会社作って良かったな」と思うところですね。
日暮氏:
うちはテイルポットさんと逆なんですよね。
誰でもというとあれなんですが、やる気と最低限のスキルがある人であれば、特殊能力がなくても仕事ができるという会社にしているので。
真弓氏:
エレファンテさんは新卒を採られてるのがすごく偉いなと思います。
日暮氏:
「もうやめようかな」と言ってますよ(苦笑)。
一同:
(笑)。