近年、とりわけインディーゲーム界でローグライクゲームが世界的に人気を集めつつある。
2Dメトロイドヴァニアとしても高品質な『Dead Cells』、デッキビルディング・ローグライクという新ジャンルを確立した『Slay the Spire』、ピクセルベースの物理演算という新境地を開いた『Noita』、国内でもスマホで一世を風靡した『ダンジョンメーカー』。
そして直近では2020年のGDCアワードのゲーム・オブ・ザ・イヤー受賞をはじめ、世界的に高い評価を得ている『HADES(ハデス)』など、タイトルを挙げればきりがない。
いまや、「ローグ」との名を冠していれば売れるのでは?と思えるほどだ。
『トルネコの大冒険』や『風来のシレン』の頃からローグライクファンである筆者にとってはたいへん喜ばしい時代になったが、かつてローグライクと言えば、かなりマニアックなジャンルだったはず。
なぜここまで人気が高まっているのだろうか? ローグライクの中毒性のある面白さの認知が広まったから? というか、そもそもローグライクの面白さの本質っていったい何なのだろうか……?
そんなことを考えている折、電ファミでは冒頭にも挙げた『ハデス』を開発するSupergiant Gamesのクリエイティブ・ディレクターである、グレッグ・カサヴィン(Greg Kasavin)氏へメールインタビューする機会を得ることができた。
『ハデス』は、道中で少しずつスキルや能力を強化していくデッキビルディング風味のあるローグライク要素や、キビキビとしてレスポンシブの良いアクション、そして「死ぬたびに少しずつ展開される」ことで、ついつい先が気になるストーリーテリングが魅力的な2Dローグライクアクションゲームだ。
最近まで日本語に未対応だったこともあり、国内での評価は定まっていなかったが、2021年4月にはSteam版が日本語に対応、6月にはNintendo Switch版が発売。
そしてこの9月30日にPS5、PS4、Xbox Series X、Xbox One版も発売されることとなり、より多くのプレイヤーが本作を遊びやすくなった。
さて、インタビューではローグライク好きとしてはこれ幸いとばかりにマニアックな質問をぶつけてみたのだが、グレッグ氏の口から飛び出したのは、極めて“ガチ”な回答の数々だった。
これだけの世界的な評価を得たのも納得がいく、氏のローグライクというジャンルへの深い洞察、そして本作に施された具体的な工夫の数々をお届けしよう。
※本稿で例示したゲームの中には「ローグライト」とも呼ばれているものもありますが、本稿では便宜上「ローグライク」という表記で統一しています。
なおローグライト(Rogue-lite) とは、ローグライク(Rogue-like)というジャンルにおける「ランダム性」「パーマデス」「リソース管理」「ターン制」といったさまざま『ローグ』的な要素が、従来のローグライクにくらべて比較的薄い・軽い(lite)、もしくは一部の要素をもったゲーム・ジャンルを指す言葉です。
「ただそのあたりを歩き回るだけでも楽しい」ぐらい、手触りの調整に時間をかけた
──『ハデス』はローグライク・アクションでありながら、『ディアブロ』のような見下ろし視点型のビジュアルが特徴的ですよね。一般的な見下ろし視点型のゲームではキャラクターの表示が小さくなりがちで、チマチマした印象を受けることもありますが、『ハデス』ではまったくそんなことがなかったのが驚きでした。
見下ろし型の視点でもアクションやキャラのインパクトを損なわないために、『ハデス』ではどのような工夫が施されているのでしょうか。
グレッグ・カサヴィン氏(以下、グレッグ氏):
最近のゲームでは、プレイヤーキャラクターだけでなく、3Dカメラの視点も操作しなければならないものが多いですよね。
そこで、『ハデス』ではプレイヤーがカメラを気にすることなく、操作やアクションに集中できるように、見下ろし型視点──つまり、プレイヤーキャラクターの上方と周囲にアクションを表示するアイソメトリック【※】な視点を採用しました。
この視点にすることによって、プレイヤーは空間の広がりとビジュアルの細部をバランスよく見て取ることができるんです。
※アイソメトリック(isometric)
横幅、奥行き、高さの3方向の角度がそれぞれ120度になるように立体物を描く投影図法のこと。斜め上から、あるいは上方から見下ろすような視点となる。日本語では「等角投影法」ともいう。
私たちは、アクションの滑らかさやレスポンスの良さといった手触りを非常に重要なものだと考えています。
『ハデス』は何時間も何時間もかけて遊ぶゲームなので、ただそのあたりを歩き回るだけでも楽しくなければならないんです。そうでなければ、『ハデス』の世界にもっと入り込みたい!とは思えないでしょう。
敵に攻撃を当てたときのヒットポーズのエフェクトや、カメラがプレイヤーを追従する際のさりげない動かし方でスピード感を高めるなど、細かなインタラクションの調整にはかなりの開発時間を費やしました。
──一般的な見下ろし型アクションゲームでは、敵との戦闘レンジが中~遠距離になりがちなため、結果としてアクションというよりもシューティング的なゲーム性となっているものも多く見受けられます。しかし逆に、『ハデス』をプレイしていると近距離での戦闘がかなり発生しやすいように感じました。この点にはどのような工夫があるのでしょうか。
グレッグ氏:
射撃や魔法のような遠距離戦闘よりも近接戦闘を重視したのは、『ハデス』をエキサイティングなアクションに満ちたゲームにしたかったからです。やっぱり、近距離でのバトルがいちばん白熱しますしね。
見下ろし型視点を採用したのと同じような理由で、『ハデス』はじっくりと狙いを定めるようなゲームプレイにはしたくなかったのです。それよりもむしろ、攻撃と回避を繰り返しながら、瞬間的な判断を求められるような体験を目指しました。
「功徳」システムは『ハースストーン』の「発見」システムに影響を受けた
──『ハデス』の根本的なゲームデザインは、『ドミニオン』や『Slay the Spire』のようなデッキビルディング【※】と、ローグライクアクションを組み合わせた部分にあると思います。
このコンセプトはどこで着想を得たのでしょうか。また、このジャンルを作っていく上で、どんな苦労があったのでしょうか。
もし『ハデス』開発当初のコンセプトが違ったものであれば、それが何であるかもお聞きできればと思います。
※デッキビルディング
毎回同じ初期デッキからその都度の状況に応じてカードを取得、あるいは削除してデッキを構築(ビルド)していく、というタイプのカードゲーム。『遊戯王』や『マジック・ザ・ギャザリング』のようにあらかじめデッキを構築して戦うカードゲームとは異なり、プレイごとに臨機応変の判断が求められる。
グレッグ氏:
私の考えでは、ローグライクゲームの面白さのひとつは、「ランダム性との戦い」だと思います。生成されたランダムな状況の中で、プレイヤーはいかにして有利な結果を得るかを考えなければなりません。
このランダム性との戦いの面白さというものは、かなり本質的なものだと思います。人生も似たようなもので、突如思わぬ事態に陥ったりもしますが、それでも人はできる限りそこから有利な結果を得ようとしますよね。
しかし一方で、「選択肢のないランダム性」はむしろフラストレーションがたまってしまいますし、ランダムというよりは混沌とした「カオス」を感じるはずです。
そこで、『ハデス』では頻繁に選択肢を用意することにしました。ランダムな状況の中でもいくつかの選択肢があることで、ランダム性はまったくの“運ゲー”ではなく、ある程度コントロールしたり、対処することができるものとして感じられるようになります。
あなたが感じたデッキビルディングの影響は、こうした部分から来ているのではないでしょうか。実際、本作のこうした側面のデザインは、『Slay the Spire』や『ハースストーン』のようなゲームに影響を受けています。
とくに『ハースストーン』は何年もプレイしているのですが、このゲームで最も成功したシステムのひとつは「発見」だと思います。「発見」は「ランダムに3つの選択肢が提示され、プレイヤーはその中から1つを選ぶ」という仕組みです。
このシステムは、カードゲームでよくある「デッキトップからカードを引く」というランダム性よりもはるかに面白く、戦略的に感じられました。
『ハデス』の「功徳(Boons)」システムについて議論していたとき、この「発見」システムのことが頭にあったのを覚えています。「功徳」システムでは、オリンポスの神々が祝福(スキル)をいくつか与えてくれて、プレイヤーはその中から1つだけ選ぶことができるというものになっています。
もうひとつ大きな影響を受けたのは、私たちの2作目のゲーム『Transistor』です。
『Transistor』では、さまざまなパワーを組み合わせて、何千通りもの組み合わせを作ることができました。あのゲームでも、デッキビルディング的なシステムを考えていたのを覚えていますよ。
『ハデス』はリプレイ性の高いゲームにしたいと考えていたので、遊べば遊ぶほど面白い組み合わせを発見できるように、多種多様なパワーを用意することが重要でした。
デッキビルディングのシステムは、限られたアイデアを膨大な数の組み合わせに発展させることができるので、自分だけの攻略法を編み出したり、効果的なプレイ方法をいろいろと発見したりする楽しみがあるのがいいところですね。
『ハデス』の目標は、「失敗してやり直す」というローグライクにとって避けられない瞬間を面白くすることだった
──なぜローグライクというジャンルでゲームを作ろうと思ったのでしょうか?
そもそも、ローグライクというジャンルのいちばん面白いところは何だと思いますか?
グレッグ氏:
『ハデス』をローグライクゲームとして作ろうと思ったとき、まず取り組んだのは「なぜローグライクゲームは魅力的なのか?」「どうすればこのジャンルで、埋もれずに光るゲームを作れるのか?」という問いでした。この理由を理解するために、かなりの時間を費やしましたね。
先ほど、ローグライクの面白さの理由のひとつは「ランダム性との戦い」だと言いましたけども、ランダム性との戦いとは、言うなれば日常生活のメタファーみたいなものなんだと思うんです。
つまり、ローグライクというジャンルの一番の面白さは、「プレイするたびに違うものになる」ということなのではないでしょうか。
だからこそ、ローグライクは、長く遊べるゲームでありながら、ちょっとした空き時間にサッとプレイするのにも、逆に腰を据えてじっくりプレイするのにも、どっちにも適しているんです。
このジャンルは以前から人気も影響力も大きいですし、私たちも『Dead Cells』、『Slay the Spire』、『The Binding of Isaac』、『Darkest Dungeon』などの名作ローグライクゲームからインスピレーションを得ました。
さて問題は、「このような素晴らしいゲームに囲まれたジャンルで、どうすれば価値あるものを作れるのか?」ということでした。
その答えのひとつとして、私たちは「このジャンルの可能性のひとつは、ストーリーテリングにある」と感じていました。それに加えて、ローグライクといえば“嫌になるほどの難しさ”が特徴のひとつとして知られていますが、そこまで難しすぎないゲームを作りたいと思っていました。
というのも、ローグライクの「難しさ」とは、ローグライクというジャンルの特徴というよりも、そのゲーム性からして必要とならざるを得ないものだと考えているからです。
ローグライクゲームの特徴は、プレイするたびに異なる体験ができるということです。ですから、難易度が高いということは、プレイ時間が比較的短くて済むということであり、プレイヤーは最初からやり直す機会が増えて、そのぶんだけさまざまな体験ができるということなのです。
しかし皮肉なことに、高すぎる難易度は、プレイヤーが挫折してやめてしまったり、そもそもプレイしたくないと思ってしまう原因にもなります。
そこで、『ハデス』の目標は「失敗してやり直す」というローグライクにとって避けられない瞬間を、イライラするのを超えて面白いものにすることでした。「失敗してやり直しても、何かしら得られるものがある」というパーマネントプログレッションシステムと、「死ぬたびに展開されるストーリー」を組み合わせることで、この問題に対処したのです。