毎回の冒険を好きにセッティングできるようにすることで、冒険の流れをある程度想定したうえで安心して挑めるようにした
──ローグライクとアクションゲームを組み合わせる場合、「プレイヤーのアクションスキルをどうやって上達させるか」という問題があると思っています。なぜなら毎回の冒険ごとに操作感も変化してしまうため、同じアクションを繰り返し練習しづらいからです。
『ハデス』でも功徳が毎回変わることで、冒険ごとの操作感は少なからず異なっていきます。この問題について、本作はどのような対策を施しているのでしょうか。
グレッグ氏:
伝統的なローグライクゲームでは、死んだらすべてを失ってしまいます……が、「プレイヤー自身が得た知識や経験」という何よりも大きなスキルは残りますよね 。だからプレイを重ねてゲームのさまざまなシステムや難所を学ぶことで、少しずつ先に進んでいくことができるわけです。
『ハデス』でも、そのようにプレイヤーが敵や罠の種類を学び、さまざまな武器やパワーを使って、臨機応変に難所を克服していくことができるようにしたかったんです。
『ハデス』でとくに留意したのは、「どの部分にランダム性を持たせるか」ということでした。たとえば「弱い敵に出会えば勝てるが、強すぎる敵に出会うと勝てない」というふうに序盤で出会う敵の強さにばらつきがありすぎると、プレイヤーはイライラしますし、そのうえ何も学べていないように感じてしまうでしょう。
そのため、『ハデス』ではプレイヤーが少しずつさまざまな敵や挑戦に出会い、学びを得られるようにゲーム進行を調整しています。
もうひとつの工夫は、好きな武器を選んだり、特別なパワーを与えてくれる「賜物」(Keepsakes)を選んだりすることで、プレイヤーが毎回の冒険を好きなようにセッティングできるようにしたことですね。
こうすることで、プレイヤーは「やってみなければわからない」というよりも、冒険の流れをある程度想定したうえで安心して冒険に挑むことができるんです。
とはいえ、このシステムの採用は難しい選択でした。毎回のプレイの多様性を可能な限り高めたいのならば、すべての要素をランダムにしたほうがいいんじゃないか?と思えるからです。
結局すべてランダムにはしなかったんですが、たとえば武器の選択では、プレイヤーがいろいろな武器を試してみたくなるようなシステムをいちから考えなければなりませんでした。一方で、プレイヤーに「この武器を使え!」と強制したくはなかったので、なかなか大変でした。
最後に、起動すればいつでも被ダメージが20%減少する「ゴッドモード」という、いわゆる救済機能も用意しました。
さらに、ゴッドモードを起動中に死ぬと、その都度少しずつ強くなります。敵やボスの攻撃力が下がるわけではありませんが、より多くのダメージを受けられるようになるので、敵の攻撃パターンを覚える時間が長くすることができます。
『ハデス』は人によってはたいへん難しいゲームにもなりえますが、ストーリーの続きを追いたいプレイヤーが最後までクリアできるようにしたかったんです。
ローグライクというフォーマットの最大の欠点は、あまりに難しすぎること、そして死んですべてを失ったときの絶望感
──ローグライクというフォーマットのゲームデザイン上の課題や欠点は何だと思いますか?。
グレッグさんがおっしゃったようにローグライクの面白さのひとつは「ランダム性」だと思いますが、一方で「ランダム性それ自体が面白い」わけではなく、「面白いランダム性」と「つまらないランダム性」があるとも思うんです。
たとえば、すごく強力なアイテムがあって、「ランダムだけどこれを入手できたらそれだけで勝てる」ようになってしまったら、そのゲームはつまらなくなってしまいますよね。
だからこそ、人の手によるバランス調整が必要になるのだと思いますが、こうした課題や欠点に対して、『ハデス』ではどのような対策を施したのでしょうか。
グレッグ氏:
ローグライクというフォーマットの最大の課題は、まずあまりに難しすぎること、そして死んですべてを失ったときの絶望感だと思います。
この壁に直面したとき、プレイヤーは2種類に分かれます。「やったるぜ!」と奮起する人、そして「時間の無駄だった」と感じてゲームを止めてしまう人です。この問題を解決するために、私たちはいくつか戦略を考えました。
ランダム性については、できるだけ多くの意外性と面白みのあるバリエーションを生み出すことを目指しました。というのも、「ゲームバランスを調整する」ということは、「すべてのパワーを同じぐらいの強さや効果にする」ということではないからです。
『ハデス』のようなゲームを面白くするためには、たまたまパワーの組み合わせがうまくいって困難な状況を打開でき、大勝利を収めた……というような体験をプレイヤーが得られるかどうかが重要です。一方で、あまりに安定してそのような体験が得られてしまうと、その勝利の輝きも失われてしまいます。
そこで、『ハデス』のバランス調整の過程で重点的に行ったのは、明らかに「これを選ぶしかない」と思えてしまう選択肢を潰すことでした。
なぜなら、ある功徳やスキルが、どんな状況でもそれをピックするべきほど強かったり、逆にどんな状況でも絶対にそれだけは選ばないほど弱かったりするのであれば、それは選択肢になっているとは言えないからです。
この点については、常に調整を行いつつ開発を進めていましたが、最終的には満足のいくバランス調整ができたと思います。たとえば、『ハデス』に登場するさまざまな武器は、それぞれ全く異なるプレイスタイルをサポートするように設計されていますが、同時にどんな武器でもどのスキルレベルでも、プレイに有効活用できるようになっています。
「死んですべてを失っても、プレイヤー自身の知識や経験は残る」というローグライク特有の体験を、ストーリーにも反映させたかった
──『ハデス』は、フロム・ソフトウェアの『ソウル』シリーズのように、「ゲームにおける死」が単なる失敗やペナルティではなく、「当然あるべきゲームサイクルの一要素」としてデザインされているのも大きな特徴だと思います。
それに加えて、本作は死ぬたびにストーリーが展開されていくため、死はよりポジティブな契機となっているようにも感じます。
どうして「死」をこのような扱いにしようとしたのでしょうか。また、こうしたデザインについてはどこで着想を得たのでしょうか。
グレッグ氏:
ローグライクというジャンルで面白いゲームを作るにはどうしたらいいか?と考えたとき、先ほども申し上げたように、「ストーリーテリングの可能性を探る」というアイデアに惹かれました。
ストーリー性は私たちの過去作でも重視してきた側面ですし、ローグライクに限らず、あるジャンルの特徴はゲームシステムだけではなく、そこで語られるストーリーの特徴にもなりうるのではないか、と考えたのです。ギリシャ神話をテーマに選んだ理由の大部分も、この「ナラティブ性やストーリー性の高いローグライクゲームを作りたい」という点にあります。
「ある目的を成し遂げるために、何度も死んでは生き返る」いう状況はどういうものだろう?と考えたとき、ギリシャの冥界(=ハデス)に幽閉された主人公、というアイデアはふさわしいものに思えました。だってギリシャの地獄で死んだら、どこにもいけないですからね!
また、ローグライクでは死んですべてを失っても、プレイヤー自身の知識や経験を引き継ぐことができますが、この体験をストーリー面でも実現したかったんです。そこで、キャラクターが死んだとしても、そこで起こったすべての出来事を覚えていることで、死と死の間に連続性のある世界やストーリーを感じられるようにしようと思いました。
ローグライクでは、ボスと初めて対峙したとき、何をすればいいのかわからないし、怖くてたまらないですよね。でも、何度も死んで20回もそのボスに出会ってしまえば、手の内は完全にわかりますし、もう怖くもなんともないわけです。私たちは、プレイヤーがプレイしていて感じるこうした経験を、キャラクターにも反映させたかったんです。
ゲームに特有の面白さは、このような経験から生まれるものです。ローグライクの本来的な面白さというのは、こんなふうに真面目に考えたらバカバカしかったり、あまりに予想外なことが起きて呆然としてしまったり、といった体験によるものが大きいと思うんです。
だからこそ、『ハデス』の全体的なトーンも、ローグライクに本質的なこのプレイフィールに沿ったものにしたかったのです。
『ソウル』シリーズについては、あの示唆に富む世界観や、プレイヤーを探索や発見へと誘うデザインから確かにインスピレーションをもらいました。私は『キングスフィールド』や『アーマード・コア』など初期の頃からフロム・ソフトウェアのファンですし、近年のゲームも大好きですが、『ソウル』シリーズの偉大さは多くのゲーム開発者たちに、「プレイヤーをもっと信頼する」ということを思い出させてくれたことだと思います。
その点でいうと、Supergiant Gamesではプレイヤーが「失敗」したとき、その失敗の瞬間に何が起こるのか?ということについて、つねに興味深く観察しています。
人は失敗から多くを学びますが、私たちの作るゲームは、もっとプレイヤーが失敗したその瞬間に目を向け、なぜ失敗したのか?と深く考えられるようなものにしたいと考えているからです。
ビデオゲームでは残機制やチェックポイント制など、失敗をカバーするシステムがいくつも生まれてきましたが、私たちはそもそもなぜそのようなシステムが生まれたのか、そしてこのシステムを使って何か面白いことができないか、ということを模索しているのです。
Supergiant Gamesの目標は、「ストーリーとゲームプレイの両方で、最高の体験を得られる」ようにすること
──アニメや映画、小説といった他のメディアと比べて、“ゲームならではのストーリーテリング”とはどのようなものだと思いますか?
ワシントンポストのインタビューによれば、『ハデス』には2万行ものダイアログが収録されていると聞きますが、これは2Dローグライクアクションとしては膨大なテキスト量になると思います。
これだけのテキスト量を読ませる上で、またゲームサイクルのテンポを作る上で、上述したように「死ぬごとにストーリーが展開する」といった仕組みのように、ストーリー面で重視しているポイントや工夫をお聞かせください。
グレッグ氏:
ゲームにおけるストーリーテリングの最もユニークな点は、「インタラクティブ性」にあると思います。
ゲームでは、プレイヤーがある程度ストーリーに介入することができるため、他のメディアとは異なる方法で、ストーリーに強いインパクトやパーソナルな感情を持たせることができます。たとえば「キャラクターになりきって、そのキャラクターのために選択する」ような体験では、共感の度合いは他のメディアよりもゲームのほうがかなり強くなるでしょう。
私たちのゲームでは、キャラクターやテーマが絡み合ったストーリーを展開しながら、同時にプレイヤーひとりひとりに適したプレイ体験が得られるよう、ストーリーとゲームプレイのバランスを慎重に取るようにしています。
また、ストーリーを考える際には、「このストーリーにはゲームならではの可能性があるか?」と絶えず問い直しつつ、きちんとした答えを出すようにしています。『ハデス』のストーリーが、「死と再出発」というローグライク的な構造を中心に作られているのは、この作り方の一例です。
私たちの目標は、この作り方によって「ストーリーとゲームプレイの両方で、最高の体験を得られる」ようにすることです。プレイヤーには、紆余曲折のあるストーリーを楽しみながら、自分流のやり方でゲームを進めることができるように感じてほしいのです。
そのためには、ストーリーはプレイヤーの行動によって臨機応変に流れが変わるように感じられるものである必要があります。この点については、『ハデス』ではゲームプレイにおけるランダム性に加えて、プレイヤー自身の選択や進行速度に応じて、どんなプレイヤーもが違った順序でストーリーの流れを体験できるようになっています。
その結果、プレイヤー自身が、本当に自分だけが極めて稀な体験をしたんじゃないか!?と思えるような、魔法にかけられたように記憶に残る瞬間が生まれることを期待しています。
──ありがとうございました。(了)
さて、メールインタビューとしてはかなりの分量となったインタビューだったが、いかがだったろうか。
まず印象的だったのは、グレッグ氏、ならびにSupergiant Gamesの「ローグライク」というジャンルに対する理解度の高さ、そしてその深い分析を実際にゲームに落とし込んだ開発力だろう。
選択肢を頻繁に用意することで、ランダム性は“運ゲー”ではなくある程度プレイヤーが対処しうるものとなり、引きの良さ・悪さが生むフラストレーションを薄めることができる。 ローグライクの難しさは、「プレイするたびに異なった体験を得られる」という最大の利点を活かせる要素である一方で、難しすぎて挫折したり、やる気を失ってしまう原因にもなってしまう。「失敗してやり直す」という瞬間はローグライクに避けられない運命だが、『ハデス』は逆にその瞬間を面白いものにしようとした……などなど。
グレッグ氏に細部まで語っていただいた『ハデス』に施されたいくつもの工夫は、示唆に富むものばかりだ。
個人的には、「功徳」システムが『ハースストーン』の「発見」に影響を受けたとの話はたいへん腑に落ちるものだった。たしかに、デッキトップの1枚に賭けて負けるよりも、自分で選んだ1枚で負けたほうが納得できるし、理不尽さもいくらか薄れる。
こうした丁寧な工夫や調整の積み重ねこそが、『ハデス』が世界的な評価を得た理由のひとつなのかもしれない。
PS5、PS4、Xbox Series X、Xbox One版の発売でより手に入りやすくなった『ハデス』を、ぜひこの機会に触れてみてはいかがだろうか。
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