サーバー代からくる制限を「彼氏の生活リズム」で解決した課金システム
三宅氏:
でも今回、いちばん驚いたのが課金の部分ですよ。会話が楽しくなって調子に乗ってくると、次の返事が届くのは「4時間後」だって言われて。……「じゃあ、課金しようか」みたいな(笑)。
これはスゴイなと思いました。会話がいちばんのウリになっていて、よほど自信があるんだなぁって。
山影氏:
正直な話、無尽蔵に会話ができてしまうとサーバー代がスゴイことになっちゃうんです(笑)。
──あぁ、なるほど。
山影氏:
この問題をどうやって解決しようか……と考えた時に、「今どうしても忙しいから、あとで返事するね」というのをAIでやろうと思ったんです。
こちらから送ったチャットの文章が既読になっているのに、返事は来ないというモヤモヤがあったりとか。昔だと、メールを送ったけど返事が来ないから、通信センターに何度もアクセスして確認したり、みたいな。そういうのをちょっとイメージしたところもあって。
──通信センターに問い合わせるの、めちゃくちゃ懐かしいですね(笑)。
山影氏:
それでお金を払うと、返信が早くなるという(笑)。サーバー代がかかるという理由はもちろんそうなんですけど、「もっと会話したいのに……」というユーザーさんの気持ちを、ある意味モチベーションにしてもらったところはあります。
──でもそれが、バッチリハマってますよね。
山影氏:
スマホアプリだからできたんですけど、『束縛彼氏』には月額課金のサブスクリプションを用意しておりまして。「スタンダード」、「プレミアム」、「VIP」という3つのプランごとに、彼氏との一連のチャットの上限回数や、クールダウンにかかる時間が違います。
VIPプランだと無制限で、24時間いつでも連絡してくれるんですけども、それ以外のユーザーさんの場合はキャラクターの生活リズムに合わせて、返事をしてくれたりしてくれなかったりというのがあるんです。
そういう制限を付けることで、ある意味サーバー費の節約をしている部分もありつつ、リアルさを演出する形になっています。
──なるほど。つまり、AI彼氏も昼間は仕事してたり、夜中は寝てたりするから、その時間は会話ができなくても自然に受け入れられるわけですね。いやぁ、メチャクチャ上手いですね……(笑)。
山影氏:
よりリアルに感じたいなら、「あえて無課金で彼氏の生活リズムを感じてみる」という遊び方もできると思います。「今はたぶん仕事中だから、返事が来ないのかな」とか、「今は家にいるはずなのに何で返事が来ないんだろう?」と思っていたら、「お風呂に入っていたのなら、仕方ないね」みたいな(笑)。
──「お風呂に入っていた」と、AIが言うんですか?
山影氏:
はい、一応言うようにはしています(笑)。それに「彼氏の情報」というところで、彼氏が今は何をしているのか、なんとなくぼんやりと書かれているんです。
あとは「ペットカメラ」でも、彼氏の様子を見ることができます。チャットの返信がないと思ったら、彼氏が居眠りしていたりとか。家にいるのに返事がない時は、テーブルにスマホが置いてあるんだけど、彼氏が部屋にいなかったりとか。
──スマホを置いたまま別の部屋にいると。
山影氏:
部屋着を着たままでリビングから出て行ったら、「今から寝るから、もう返事は来なくなっちゃう」だとか。ユーザーさんがペットカメラを見て、そういう理由を理解してくれればと。彼氏の様子がペットカメラに映るのは、あくまで偶然なんですけど(笑)。
──偶然なんですか(笑)。ペットカメラの機能は、どういう発想で搭載されたのですか?
山影氏:
学生時代に友達と、LINEのビデオ通話をずっとつけっ放しにして、お互いを監視しながら課題をやる、みたいなことをやっていたんです。それを『束縛彼氏』でも再現してみようと思いまして。
──コロナ禍になって、多くの人に広まってきたライフスタイルですね。
山影氏:
課題や作業以外にも、たとえば夕飯食べながらずっとつけていたりとか、「ちょっとコンビニ行ってくる」とカメラからいなくなって、また戻ってきたりとか。彼氏とそういう関係になれたらいいな、というのがまずあって。
本来であれば、音声認識や音声合成を使って彼氏とビデオ通話できる、というのが理想ではあるんです。でもそれだと今回はオーバースペックになってしまうので、音声通話ができないツールって何があるかなと考えた時に、「じゃあペットカメラで」ということになりました。
──お話を聞けば聞くほど、世界観やキャラの設定とビジネス的な合理性がすごくうまいこと噛み合っている感じがしますね。
三宅氏:
これは国際標準のビジネスモデルになるんじゃないですか(笑)。
実際のところ、言語エンジンをゲーム内に置くか、ゲーム外サーバーに置くかというのは、けっこう重要なことなんです。
家庭用のパッケージソフトだと、オンメモリーで、あくまでパッケージの中に入れてプレイする形でライセンスしてもらわないといけない。『シーマン』もそうだし、『くまうた』(muumuu、SIE、2003年)とかもそうですよね。
ところが言語エンジンをサーバーに置いた場合には、運営側が言語エンジンのライセンス料を、1クエリ【※】ごとに払わないといけないんです。
──1クエリごとなんですか!?
※サーバーにデータを問い合わせることを「クエリ」と呼ぶ。『束縛彼氏』は外部サーバーに言語エンジンを置いているため、彼氏が発言するたびに逐一、サーバーにクエリを飛ばすことになる。
三宅氏:
そうなんですよ。それが標準的な課金モデルですね。
──それは大変だ……。
三宅氏:
今の言語エンジンって、ほぼオンラインですね。僕はよく「オンメモリー版も作って」と言うんだけど、そうすると「今の時代に何を言ってんの」みたいに、すごくビックリした顔をされるんです(笑)。たぶん、ゲーム産業やエンターテインメントだけは、パッケージングしたいと思っている。
自社で言語エンジンを作るんだったら、サーバーの通信代と運営代だけになるんですけど、外部の言語エンジンを使う場合は1クエリごとにライセンス料がかかってしまう。
このライセンス料やサーバー代をどうやって解決するのか……というのが、エンタメだとかなり重要な問題なんです。その点で、『束縛彼氏』のやり方は相当上手いと思います。
山影氏:
ありがとうございます。
三宅氏:
僕みたいな技術者は「あぁ、言語サーバーの負荷を下げたいんだな」と思うんだけど、ユーザーさんはそうは思わない。そこをうまく誘導しているのが、素晴らしいですよ。
そのためにはやっぱり会話が面白くないと、課金してくれないですから。
山影氏:
面白いかどうかというよりは、ゴールが「恋愛」だから許されるんだと思うんです。ユーザーさんの目的は「チャットが面白い」ではなくて、「恋愛を成就させる」とか、「もっと先のストーリーを知りたい話を知りたい」なので。チャットはそのための手段というか、RPGの経験値稼ぎのようなものなので。
三宅氏:
なるほどね。
──でもいいですよね、楽しい経験値稼ぎですよ(笑)。
「もっと束縛されたい」という声に応える新キャラクターも考えたい
──ちなみにここまで運営してこられて、何か具体的な問題点や改善点はありましたでしょうか?
山影氏:
じつは先ほどから話題になっている課金システムが、「サブスクとソロ課金のハイブリッド」というちょっとだけ複雑なプログラムになってしまって、しばらくは立て直しをしていました。
──サブスクプランに対して、ユーザーさんはどういう反応なんですか?
山影氏:
「毎月お金払うんだ!?」とビックリされる方はいらっしゃいますね。「もう少し安くしてほしい」とか、「買い切りにしてほしい」という意見も、もちろん受けとめております。
お客様にもう少し寄り添える形にしたいなと思ってはいるんですけど、月額プランをやめるわけにはいかない事情は、いまのお話で察していただければと思いますので……(笑)。そこは継続してやっていけたらと思っています。
──「サブスクで月額何千円」と聞くと高そうに思えますけど、実際には都度課金のゲームのほうが、1カ月に支払っている金額はもっと大きい例も多いですよね。そこはなかなか難しそうなところです。
山影氏:
他のタイトルとのバランスも考えつつ、「彼氏と付き合うのならこれぐらいは払えるかな」「ちょっといいランチに行くぐらいの値段かな」だろうみたいな感じで、金額設定を考えたりはしています。
──なるほど、「彼氏との交際費」として考えてもらうわけですね(笑)。
そのほかに、機能的な面などでアップデートを行う予定はありますか?
山影氏:
今はふたりのキャラで進行しているんですけど、近いうちに新キャラも制作していけたらなと思っております。
サービスを開始してから、ユーザーさんの反応や意見を受けて、よりアップデートしたキャラクターを作っていけたらと思っています。
じつは、ユーザーさんからは「もっと束縛されたい」みたいな声もいただいているんです。じゃあもっと強い束縛感が許されるキャラってどんなものだろう、みたいなところを今後、考えていきたいと思っております。
──これまでのユーザーさんの反応で、特に印象に残ったものはありますか?
山影氏:
そうですね……『束縛彼氏』というアプリから通知がたくさん来ているところを、旦那さんに見られてしまって、「束縛されたいの?」みたいなことを言われた、という話をTwitterで見かけましたね。
──(笑)。スマホに通知が来るのはスマホアプリならではの機能ですよね。
山影氏:
そうですね。「通知がたくさん来る」というのは、最初から私が要望していたもので。女子会とかでスマホがずっと鳴ってて、「彼氏と電話してくるねー」とかいう人がいるのが、ちょっとうらやましいなって思っていたので(笑)。
──「通知がたくさん来る」というのも、ひとつの束縛体験なんですね。
言語AIは、これからのキャラクターコンテンツの起爆剤となり得る
──三宅さんからご覧になって、日本を含めたAIの流れのなかで、『束縛彼氏』はどういった役割を果たしそうだと思われますか?
三宅氏:
言語系というか会話を主体としたゲームって、すごく時代の様相を映すんですよ。たとえば1980年代のゲームだと、自然言語でポチポチ入力して、コンピュータからとりあえず返事が返ってくるだけでも嬉しい、みたいな。
それを発展させて選択肢から選ぶ形にしたのが、今に至るアドベンチャーゲームの流れですよね。
それが1999年に『どこでもいっしょ』や『シーマン』が出てきて、そこから次第に、普通のゲームの中に自然言語会話がある程度入ろうとしているところがあって。その中で『束縛彼氏』は、「スマホのソーシャルゲームの上に言語エンジンが乗る」というのが、やっぱり新しいですよね。
TwitterでAIと会話できるというのもこれまであったけれども、ゲームとして自然言語を導入するというのは、みんながずーっと憧れていたことなんですよ。
ひたすらテキストだけを読んできた時代から、もうちょっとなんとかならないものかと。ゲームに自然言語技術が入ってきたら、きっとこの分野は革命的に変わるに違いないって30年間ぐらい思ってきたところに、今回はいきなりソーシャルゲームの中に入ってきた。
スマホアプリの中で自然言語がゲームの中に組み込まれているというのは、まさに今の時代のど真ん中で。そういった意味では言語エンジン付きのゲームの中でも、本当に今の時代を象徴するコンテンツになっているなと。ゲームの歴史の上でもAIの歴史の上でも、重要なトピックだと思います。
ユーザーさんにはコンテンツとして楽しんでもらって、技術はいろんなところに展開できる。ビジネスモデルとしても新しいものが詰まっていて、未来が見えるコンテンツですよね。素晴らしい成果だと思います。
百谷氏:
ありがとうございます。
──こういった形で、エンタメでAIをどんどん活用していくと、AIの進歩はさらにどんどん早くなっていくのでしょうか?
三宅氏:
そうですね。エンタメ業界のAIは、「ユーザーと一緒にいるAI」であることが大きなポイントだと思います。
そういうAIは、「リアルタイムでインタラクティブなAI」って呼ばれるんですけど、それは本当にユーザーの傍にいるからこそ、いろんな技術が蓄積されていくんです。ユーザーを理解しないといけないし、ユーザーをある意味予測しないといけなくて。
そこでAIが育まれていくんですね。しかもビジネスとしてやるからには、ユーザーを本当に喜ばせないといけないので、AIを育む土壌としては絶好のところにあるんです。
もうひとつは、世界的に見ても日本というのは、キャラクターの地位が高いですよね。
──あぁ、なるほど。
三宅氏:
我々日本人や他のアジアの人たちもそうなんですけど、キャラクターを擬人化して見ているところがあって。『たまごっち』(バンダイ)とか『初音ミク』(クリプトン・フューチャー・メディア)とかもそうなんですけど、仮想だと分かっていても、あたかも実際にいるかのように見立てて遊ぶ、みたいな能力が非常に高い。
それに対して海外だと、本当にリアルに作らないと、リアルだと思ってくれないんです。ホクロから汗の穴まで作らないといけないし、ヒゲも剃らないといけない(笑)。
──たしかに(笑)。
三宅氏:
つまり日本人はキャラクターエージェントに対するリアリティが非常に高い。だからこの技術は、日本が必ずリードできる場所なんです。海外に行くと「キャラクター」と言っただけで「偽物でしょ」で終わっちゃう。だから海外のしゃべる機械たちには、キャラクターがついていないですよね。
──言われてみるとたしかに。不気味に見えてしまうパターンが多いかもしれません。
三宅氏:
ところが日本人はそういう遊びが大好きだから、いろんなところにキャラクターをつけたがる。日本のコンテンツ、ゲーム産業、エンタメ産業を支えてくれているのは、そういう感度の高いユーザーさんたちなんです。
そこに言語が加わることで、さらにエージェントに対するリアリティが上がっていく。だから言語AIというのはこれから、キャラクターを含めたコンテンツの起爆剤なんです。
そういう意味でこの『束縛彼氏』は、まさにエンターテインメントAIの可能性を存分に見せてくれたと、自分はけっこう感動しているんです(笑)。
──お話を聞いていると、キャラクター性がかなりいろんな問題を解決していますよね。
山影氏:
そうですね。
三宅氏:
でもそれは、作ってみないと分からないんですよ。研究ではすごく一般的な難しい問題だと言われていたのに、「案外このキャラ付けで大丈夫だったね」みたいな(笑)。
たとえばですよ、言語だけのやり取りだけじゃなくて、エージェントに身体があったとして。「肩を叩いたらOK」ってことにすれば、コミュニケーションで言いにくいことも、これでぜんぜん大丈夫じゃん、とか。そういうふうに作ってみるといろんな発見があるんです。
そういうものが、作った人のノウハウになってくるんですよ。今回も作らないと分からなかったことがいろいろあったはずで。それこそが日本のAIを牽引してくれる、貴重なノウハウなんですね。
これがどんどん日本のエンタメの中で蓄積されていくと、海外から見て驚くようなコンテンツがたくさん出てくると思います。『束縛彼氏』はその最初の歴史的な1コマだと、僕は見ています。
百谷氏:
ありがとうございます、本当に励みになります。
ソニーのAIを代表して語れるような立場ではまったくないんですけど、自分個人のテーマとしては、「山影さんが思い描く理想の彼氏を、どうやって技術で実現していくのか」ということに、こだわっていきたいと思っていて。
すでにたくさん設定もあるしデータもあるし。本当に話してくれるユーザーさんもついてくれたので。これからもプロデューサーとユーザーさんの理想の彼氏にどうやって近づけていくか、ひとつひとつの課題を技術で解決していきたいと思っています。
山影氏:
すごく贅沢な立場にいさせてもらっているんだと実感しました(笑)。
──ぜひ、山影さんの頭の中にある「理想の彼氏像」を実現してほしいですね(笑)。
山影氏:
ありがとうございます(笑)。もちろん友達から聞いたりとか、いろんなコンテンツを見たり聞いたりしていく中で、「きっと乙女たちが求めているものはこういうものなんじゃないだろうか」と進めている部分もあるんですが。
「自分の中の理想の彼氏」に近づけていくことで、最終的にいいものが生まれてくるんじゃないかと思います。(了)
冒頭にも述べたように、今回のインタビューで最も印象的だったのは、本作が「AI彼氏が束縛してくる」というコンセプトによって、対話型AIがもつさまざまな問題を見事に解消してしまっている点だった。
「アナウンサー」や「コンシェルジュ」型のような、平坦な会話をそつなくこなすAIが苦手とする問題を、『束縛彼氏』はその「束縛」というコンセプトや、恋愛という「箱庭」、そして作家が練り上げた緻密なキャラクター性によって次々とクリアしてしまう。
たとえば“普通”のAIに「スイーツは何が好き?」と聞かれるのと、自分が恋愛対象としているイケメン彼氏から「スイーツは何が好き?」と聞かれるのではやはりなんというか、答えるハードルも下がるだろうし、そうした質問が来ることに対して「自然」に思えてしまうから不思議だ。
AIにキャラクター性やジェンダーといった人間的な身体性を付与することで、「自然な会話」のみならず、「仕事中や寝ているときは会話できない」といったように、ビジネス的な合理性までカバーできてしまうというのは、まさに目からウロコ。AIと聞くと万能なイメージがあるが、逆にあえて不自由さをもたせることでここまで「キャラが立つ」ものなのか、と驚きの連続だった。
なお、『束縛彼氏』プロジェクトで2021年3月に実施したTwitter版にさまざまなアップデートを加えた最新版が企業向けに提供予定とのこと。『束縛彼氏』で培われたノウハウが活かされており、ユニークビジョン株式会社と共同で2022年夏以降にリリースされる予定だ。
いよいよゲームやアニメなどのキャラクターをAI化し、Twitterで運用する時代が来そうだ。