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「ディズニーで働く」ってぶっちゃけどう? 最新映画の制作に参加した日本人アニメーター コイケ・ヨーヘイ氏に聞いたら「働いている人に任せる度」がすごかった【『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』インタビュー】

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 11月23日(水・祝)に劇場公開を迎えるディズニー最新作『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』。電ファミは幸運にも試写会に招いていただき、ひと足お先に本編を見ることができた。

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『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』

 若いころ行方不明となった冒険家の父へのコンプレックスから冒険嫌いとなった農夫サーチャーが、世界を救うべく、地底に広がる “もうひとつの世界<ストレンジ・ワールド>” での冒険を繰り広げていく姿を描く本作。主人公のサーチャー、その父イェーガー、息子のイーサンそれぞれが自分自身と向き合っていく物語が描かれていく。上記の日本版本ポスターにも「この結末は≪あなたの世界≫も変える」と書かれているように、結末にインパクトのある作品だった。

 物語が終わり、エンドロールを眺めていたとき筆者はとある名前を二度見することとなる。なぜなら、なぜかアルファベットでスタッフの名前が流れていく中、ひとりだけカタカナも併記した表記だったのだ。

 「YOHEI KOIKE ヨーヘイ」

 ほかの名前は日本人を含めてすべてアルファベットなのになぜ……?

 電ファミは今回、ディズニー最新作『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』にアニメーターとして参加している、このアメリカ在住のコイケ・ヨーヘイ氏にオンラインでお話をうかがう機会をいただいた。

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コイケ・ヨーヘイ氏

 すると、前職はブリザード・エンターテイメントにて『オーバーウォッチ』の短編映画の制作に参加し、しかも『バーチャファイター』歴は20年というゴリゴリのゲーマーであることが発覚。本稿では『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』に参加することになった経緯やディズニーの社風、そしてエンドロールのカタカナ表記の理由についても聞いている。そこには、懐の深いディズニーの心意気があった。

聞き手・文/柳本マリエ
編集/ishigenn


ディズニーで働き始めたら「人に任せる」がすごかった

──『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』にアニメーターとして参加された経緯をお聞かせください。

コイケ・ヨーヘイ氏(以下、ヨーヘイ氏):
 ディズニーに入って働き始めたのは2021年の12月でした。友人のアニメーターがディズニーで働いていて、「一緒にやらないか」と誘われたことがきっかけです。自分のキャリアの中でエンターテインメントの “モンスター” であるディズニーで働ける機会もそうそうないので、応募をしました。

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──ご友人のご紹介でもすぐに入れるわけではないんですね。

ヨーヘイ氏:
 上司やチームに僕のことを知ってもらう必要があるので、「デモリール」という自分で作ったアニメーションのビデオを出すんです。ただ、面談まで3日間しなくて(笑)。2日半くらいでどうにか新しいビデオを作り、それを見ていただいて採用となりました。

──どのようなビデオを作ったのですか?

ヨーヘイ氏:
 プロが見ないとわからない細かい技術を凝縮して盛り込みました。「見る人が見たらわかってもらえるアニメーション」みたいな。タイムアタックのように作ったものですが、気に入っていただけたようです。限られた時間の中で制作するところが学生時代に戻ったような感覚で非常にいい経験をさせていただきました。

──『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』でヨーヘイさんがご担当されているシーンは具体的にどちらでしょうか?

ヨーヘイ氏:
 トレーラーにも含まれているシーンなんですが、メインキャラクターたちが触手のあるモンスターに追いかけられながら駆け抜けていくシーです。あとは崖から飛び降りるシーンも。おもにそのあたりのアクションシーンを担当しました。

──ご担当するシーンはどのように割り振られるんですか?

ヨーヘイ氏:
 『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』の前に『ズートピア+』 という作品に携わっていたんですけど、そこで複雑なアクションシーンを担当させていただきました。その経緯があったことから「複雑なアクションがあったらヨーヘイに投げておけばやってくれるよ」みたいな風潮ができていて(笑)。

──(笑)。

ヨーヘイ氏:
 『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』では明らかにその意図を感じました。実際に複雑なアクションシーンをたくさん担当させていただいたんですが、最後に「がんばってくれたから演技のシーンも割り振るよ」と演技のシーンまで用意してくれていたんです。柔軟性のある現場だと思いました。

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──ディズニー作品に参加されて、社風やスタジオの雰囲気などどのような印象を受けましたか? 他社との違いを感じる部分はありますか?

ヨーヘイ氏:
 思っていた以上にアットホームなところでした。「働いている人たちを会社が信用している」という雰囲気があります。ディズニーは歴史のある会社なので体制もガチガチに固められているのかと思いきや、ものすごくフランクというか。

 会社によっては制作状況を毎日上司に見せに行くこともあるんですけど、ディズニーは「見せたいときに見せに行く」くらい。監督もかなり早い段階で「物語に沿ったものを作っていればOK」と、任せてくれています。会社としても「働いている人に任せる」ということをすごく意識しているみたいです。

 アメリカは比較的フランクな会社が多いですが、100周年を迎えるディズニーのような会社も風通しがよくて驚きました。

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プライドを捨て赤ちゃんで渡米。『オーバーウォッチ』短編制作に参加

──ヨーヘイさんはインターナショナルにご活躍されていますが、これまでのご経歴についてお聞かせいただけますでしょうか? ゲーム業界でもご経験があるとうかがっております。

ヨーヘイ氏:
 日本ではいまの仕事とまったく関係のないケーブルテレビの営業マンをしていました。あるときたまたまCGを勉強する機会があり、そこでCGに触ったときに周りの人たちが面倒くさがってしまうような作業を僕はすごく楽しめたんです。そこから人生の転機などいろいろあり、「人が自分にやってほしいと思うことをやろう」と思うようになりました。

 そう考えたときに、CGだったら自分は楽しんでできるということに気づいたんです。そこで「CGといえばハリウッドだろう」と思ってアメリカに来ました。そのあとはアメリカの美大でCGを学び、消去法で「なにがいちばんストレスなくできるか」を基準にしたところアニメーションにたどり着きました。

──渡米することはものすごい決断だと思いますが、たとえば言葉の心配はありませんでしたか?

ヨーヘイ氏:
 僕は本を読むことが苦手で、英語の勉強も本当にできなかったんです。その中で自分ができることといったら、「プライドを捨てること」でした。もう「赤ちゃんになろう」と(笑)。

 赤ちゃんに戻った気分で勉強すればいいと思ってアメリカに来てしまいました。渡米して実感したのは、そこに必要性があると頭に入ってくるんです。苦手だった英単語も覚えられるようになりました。教科書を使って勉強をしたわけではないので、いまだに「意味もわかるし発音もできるけどスペルがわからない」という単語もあります。そんな感じで覚えました。

──渡米されて実感した「日本とアメリカの違い」みたいな部分はありますか?

ヨーヘイ氏:
 いちばん感謝していることは上下関係がないことです。僕をディズニーに誘ってくれたアニメーターのジョセフは親友なんですけど、8歳ほど歳が離れているんです。でも彼とは一緒に日本に行ったこともあるし、本当に “友だち” という感覚で。

 これが英語圏じゃなかったら8歳も歳が離れていると敬語になってしまったと思うんです。そうするとここまでフランクな関係は築けなかったかもしれない。

──ジョセフさんとはどのようなきっかけで出会ったのでしょうか?

ヨーヘイ氏:
 ディズニーの前はブリザード・エンターテイメント【※】という会社の短編映画専門の部署で働いていたんですけど、そこにジョセフが来て同僚になりました。

※ブリザード・エンターテイメント
アメリカのカリフォルニア州にあるゲームソフトウェア開発会社。おもな開発作品は『ディアブロ』シリーズ、『オーバーウォッチ』シリーズ、『ハースストーン』など。

──ブリザードに勤めていらっしゃったんですね。ヨーヘイさんご自身はどういうゲームがお好きなのでしょうか?

ヨーヘイ氏:
 日本のゲームが好きでよくやっています。もちろん自分がもともといたブリザードの『オーバーウォッチ』も好きですが。

──お好きなゲームを3本挙げるとしたらどのあたりになりますか?

ヨーヘイ氏:
 好きなゲームはたくさんあるので絞るのは難しいですが、僕は『バーチャファイター』が大好きで、もう20年以上やっています。『オーバーウォッチ』は自分が携わっていた作品でもあるので思い入れがありますし、あとは『メタルギアソリッド』も外せません。僕の中で大きな意味を持つ作品です。

──『オーバーウォッチ』はどのように携わっていらっしゃったのでしょうか?

ヨーヘイ氏:
 『オーバーウォッチ』は発売時に短編映画を出していまして、そのときにかなりの本数を作りました。「キャラクターを動かして命を与える」という意味ではいまディズニーでやっていることと変わりないです。ゲーム好きの方にも『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』を見ていただけたら。

「50本の触手のアニメーション」に注目を

──『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』で注目してほしいシーンや印象に残っているシーンはありますか?

ヨーヘイ氏:
 印象に残っているシーンはやはり自分が携わったところになってしまうんですけど、最初にお伝えした触手のモンスターが出てくるシーンですね。10本の触手があるモンスターが5体もいるので「50本の触手のアニメーション」になるのですが、くわえてメインキャラクターたちも走り抜けて崖から飛び降りるというアクションをするので本当に大変でした。

 その分、大きなインパクトのあるシーンに仕上がっています。とてもやり甲斐がありました。会社にも貢献できたのではないかと思っています。

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──「大変だった」というのは具体的にどのような作業になるのでしょうか?

ヨーヘイ氏:
 コンピューターで作っているので、「自動化されているのではないか」と思う方もけっこういらっしゃるんですけど、動いているものってだいたい手作業なんです。ちょっとずつ動かしていくので。

 1秒間を24コマで割っているので、毎秒24コマあるんです。50本の触手がその画面に映っているということは、50本の触手を毎秒24コマ少しずつ動かさないといけない

──そういうことだったんですね。それはとてつもない作業量です。

ヨーヘイ氏:
 さらにメインキャラクターたちは「走る」や「ジャンプする」というアクションがあり、それぞれに表情もあり、演技させることになるので。

 キャラクターがなにかを見て反応するときはある程度の「思考の時間」を空けないと不自然になってしまうんです。キャラクターが対象物を見て、理解して、考えたうえで、「どうする!?」という思考の段階も考慮しないといけない。

 そういったことを計算しながらアニメーションを作っていくので、気にしないといけないことが多いんです。そのシーンだけで1カ月以上かけたり、本当に大変な作業でした。ぜひそこは実際に見て確認していただきたいです。

「ヨーヘイ」の謎。じつは母親にも見やすくしたかった

──ひとつ気になっていたことがありまして、エンドロールにヨーヘイさんのお名前だけ「YOHEI KOIKE ヨーヘイ」とカタカナで表記されていたのですが、こちらはどのような経緯があったのでしょうか?

ヨーヘイ氏:
 クレジットの名前について「スペルとか間違ってないですか」と確認することがあるんです。『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』では「もし気になるところがあれば変えていい」と書かれていたので、カタカナ表記も入れました。じつは母親がもう80歳なので、見つけやすいようにカタカナにしたんです。そしたら予想以上に目立ってしまい(笑)。

 でも、そこをしっかり入れてくれるところもディズニーの懐の深さだと思いました。ただあまりに目立ってしまったので今回だけにします。

──それでは最後に日本の読者にメッセージをお願いします。

ヨーヘイ氏:
 アニメーションはゲームと同じで「目に映るエンタメ」だと思うので、ゲーム好きのみなさんにも楽しんでいただけたらと思います。『オーバーウォッチ』で培ったDNAも作品に反映されているはず……!

 『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』は世界中のいろんな人が一緒に楽しめる作品になっていると思いますので、ぜひ映画館でアニメーションの細かい部分までご覧いただけたらうれしいです。(了)

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 アニメーション制作は1秒間を24コマで割るという骨の折れる作業だった。しかしヨーヘイ氏は「ストレスなくできること」としてアニメーションにたどり着き、その実力が認められディズニーで働いている。

 ディズニー映画といえば、個人的に「肌質がリアル」という印象があった。しかしながら今作『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』は “もの” の質感までもが実写のように再現されていたため、そこにも注目して見てほしい。アニメーションもビジュアルも本当に美しかったので、映画館の大画面での視聴をおすすめする。

 『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』は11月23日(水・祝)より劇場公開。

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編集部
幼少期からホラーゲームが好き。RPGは登場人物への感情移入が激しく的外れな考察をしがちでレベル上げも怠るため終盤に苦しくなるタイプ。自著「デブからの脱却」(KADOKAWA)発売中
Twitter:@MarieYanamoto
編集
ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn

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