それは、ひとりの若者の熱い思いから始まった。
彼が憧れた男の名は野村哲也。『キングダム ハーツ』をはじめ、数多くのゲーム開発に携わるゲームクリエイターだ。
その若者は、野村氏がこれまで手がけた作品に影響を受け、リスペクトを抱き、ついには野村氏が手がけた作品と彼自身が手がける作品とでゲーム内コラボを実現した。
若きクリエイターの名は礒部たくみ。2024年7月24日発売予定の渋谷を舞台としたフリューのアクションRPG『REYNATIS/レナティス』の企画原案・プロデュース・ディレクションを務める。
コラボするタイトルは、同じ渋谷を舞台とする2021年7月27日に発売されたスクウェア・エニックス制作のアクションRPG『新すばらしきこのせかい』。
フリューとスクエニ。今回のコラボは、家庭用ゲーム同士では珍しくメーカーという垣根を超えて実現したものだ。そして、このコラボが成立した背景には、礒部氏の『すばらしきこのせかい』に対する、ひいては野村氏の手がける作品に対する並々ならぬ熱意があったからだという。
そこで今回は、礒部たくみ氏が『新すばらしきこのせかい』をはじめとする、野村氏の手がけるタイトルにどのような思いを寄せているのか。いかにコラボ実現に至ったのかに迫る座談会を開催する運びとなった。
そんな若きクリエイターと席を囲むのは、今回のコラボ開催に尽力した『新すばらしきこのせかい』開発陣。クリエイティブプロデューサー、キャラクターデザインを務める野村哲也氏、プロデューサーの平野智彦氏、シリーズディレクターの神藤辰也氏のお三方だ。
本コラボ開催の経緯を皮切りに、「ゲームクリエイターとしての原動力」「野村氏からの若きクリエイターへのアドバイス」など、会社の垣根を超えて、世代を超えて語られるゲーム作りへの熱い思いをぜひご覧いただきたい。
若きクリエイターの熱意がメーカーの垣根を超えた
──今回のコラボはメーカーの垣根を超えて、家庭用ゲーム同士のコラボということで、なかなか珍しいと思います。そもそも、野村さんのもとにはどのようにコラボのお話があったんでしょうか。
野村哲也氏(以下、野村氏):
この場にもいる平野から「コラボ実施の相談がきています」と連絡があって、企画書に目を通したんです。そうしたら……これは「相当やっとるな」と(笑)。
一同:
(笑)。
野村氏:
企画書のすべてから礒部さんの熱意が溢れていたし、とにかく濃かった。
ここまで『すばせか』が好きな気持ちをぶつけられたら、コラボの協力をしてあげたくなるし、成功してほしいとも思いますよね。だから「できることは力になってあげてほしい」と平野に伝えたんです。
礒部たくみ氏(以下、礒部氏):
野村さんにそう言っていただけて光栄です……。
『レナティス』は渋谷が舞台のゲームなのですが、渋谷を象徴するようなお店やランドマークを実名で登場させていく中で、僕としては渋谷といえば『すばせか』のイメージしかなくて。「ダメもとでもいいから提案してみよう」と思ったのが、きっかけでした。
──『レナティス』と『新すばせか』では開発している会社が違うわけですが、どのようにコラボ提案のご連絡をしたのでしょう。もともと礒部さんと『すばせか』チームにつながりはあったんでしょうか?
礒部氏:
いえ。つながりもなければ、コラボの相談をする窓口もわからなかったです。
うちの営業に相談してみたら、たまたまマーケティング担当の方とつながりがあって、そこから平野さんを紹介していただいたんです。
平野智彦氏(以下、平野氏):
初めてお話したとき、すごい熱意と勢いを感じました。企画書を見た時には本当にビックリしましたね。
──そんなに。最初に平野さんとお話される際に、礒部さんから「コラボ実現のため」平野さんを口説く工夫は何かされたんですか?
礒部氏:
その時点で出せる情報を全部詰め込んだ企画書をそのまま包み隠さず持って行って「ビジネスライクじゃないんです。本当に『すばせか』が好きなんです!」という思いで企画を紹介させてもらいました。
平野氏:
今だから言えることなんですが、その場では「渋谷というところでコラボを希望されているのなら、『すばせか』よりも有名な作品が他にありますから、そこは遠慮なく言ってくださいね」という話を僕からさせてもらっていたんです。
でも、礒部さんからすごい熱量で「『すばせか』とコラボをしたいんです!」という思いをご説明いただいて……これは、もしかしたら弊社のファンの方なのかなと(笑)。
礒部氏:
おっしゃる通りただのいちファンです(笑)。
『キングダム ハーツ』あたりからほぼ全タイトルやっていると思います。ちょうど人格形成のタイミングで出会ったので、かなり影響を受けていますね。
──そういった中で今回のコラボが決まったわけですが、当然ですが礒部さん自身、かなり気合が入ったんじゃないでしょうか。
礒部氏:
そうですね。めちゃくちゃ気合が入りました。むしろ社内では『新すばせか』コラボの話のときだけテンションが高いと言われることもあります。
……それに、コラボのためにただ簡単な要素を入れるだけにはしたくなかったので、ユーザーがきちんと納得するための濃度の高いコラボにするために、当初の開発スケジュールを伸ばしたりもしました。
「中途半端なコラボはよくない」と両作品が濃密に絡むコラボに
──礒部さんの熱い思いからスタートした今回の『レナティス』と『新すばせか』のコラボですが、ズバリ見どころはどこでしょうか。
礒部氏:
何よりもまずシナリオを見ていただきたいですね。『レナティス』と『新すばせか』のキャラクターたちがどう絡んでいくのかが見どころです。
神藤辰也氏(以下、神藤氏):
今回のコラボで展開されるストーリーは、『新すばせか』本編とはパラレルではあるのですが、『新すばせか』の序盤、リンドウたちがツイスターズを結成してしばらく経ったくらいの時間軸が舞台というのは決めて作っています。
あまりお話するとネタバレになってしまうので詳細は伏せますが、リンドウとショウカは敵同士の関係性なので、そのふたりが別世界に飛ばされ、元の世界に戻るために協力する……というストーリーは面白いかなと思ったんです。
──今回のコラボは、キャラクターがただ登場するだけではなく、両作品が濃密に絡んでいる印象を受けます。ここまでのコラボによくゴーサインを出したな……と不思議に思います。
平野氏:
少し真面目なお話をすると、「契約書の内容の範疇であれば」という話ではあるので、弊社としては、この案件に関して抵抗感は無かったと思います。
コラボの具体的な内容については、礒部さんからご提案いただき、それを野村、神藤の両名に見せて、確認をとったうえで進めていきましたので。
──コラボ内容については実際にどのように決めていったのでしょうか?
礒部氏:
まず、僕がしたいことを全部まとめて、平野さんと神藤さんと打ち合わせをしながら、ブラッシュアップしていきました。
平野氏:
「せっかくのコラボなら」ということで、弊社からも要望を伝えさせてもらいながら、礒部さんと僕たちで一緒に決めていきましたよね。
神藤氏:
ありがたいことに『すばせか』シリーズはファンの皆さんに熱く支持されているタイトルではあると思っているので、それこそ「中途半端なコラボはよくない」と考えてはいました。ファンの皆さんにもオススメできる内容でないといけないなと。
なので、ショウカたちを『レナティス』の中にしっかり出してもらうことにしまして、こちらからも具体的なアイデアを出しながら内容を詰めていきました。
──スクエニさんとしては、コラボをするうえで気を付けたことってあったんでしょうか?
神藤氏:
『レナティス』と『新すばせか』を単純に融合しただけだと、ふたつの世界観がうまく成り立たないので、「どういう設定であればお互いの良さを殺さずにできるのか」を考えましたね。
最終的には、ふたつの世界観が融合した “狭間の世界” を作って、そこでお話が展開する形にさせてもらいました。
──その流れで、『新すばせか』のシナリオライターの石橋さんが、こちらのシナリオも担当されるというお話が出てきたんですね。
神藤氏:
そうです。大筋のプロットは礒部さんに書いていただいて、僕とディレクターの伊藤に石橋を加えた3人で内容を詰めました。
そこから改めて『新すばせか』のルールに則った形のプロットに直して、石橋にテキストを書いてもらっています。
平野氏:
ちなみに、『新すばせか』のBGMをそのまま使って欲しいという要望も、弊社から出していましたね。
神藤氏:
実際にどの場面でどのBGMを使うのかについては、強い思い入れがある伊藤に全部指定してもらいましたね。
礒部氏:
僕自身、「コラボでここまでできるんだ……」と、驚きの気持ちでいっぱいでした。
ですので、『すばせか』いちファンとして、今この瞬間だけはファン代表という気持ちで、「何をしたらファンは喜ぶだろう?」というのを常に意識していましたね。
『新すばせか』のあのキャラとウチの『レナティス』のキャラを会話させたいなとか……いろいろ考えながら進められたと思います。
キャラデータの共有から相談まで、『新すばせか』チームからの全面的なバックアップがあった
──両タイトルの開発者たちが同じチームのようにひとつになり作り上げられた今回のコラボですが、礒部さんご自身、コラボ企画の提案をする際には、まさか『新すばせか』のリンドウとショウカを作れるとは夢にも思っていらっしゃらなかったんじゃないでしょうか。
礒部氏:
それはもう……。本当に嬉しかったです。
『すばせか』シリーズに関しては、DSのころからリアルタイムでずっとやっていましたから、レナティスのプロデューサーであると同時に、「すばせか」シリーズのいちユーザーとして、それぞれのキャラクターの魅力的な部分、大事にしたい部分があるんです。
なので、そこをうまく『レナティス』に絡ませるためにはどうしたらいいかな? というのをずっと考えながら作っていました。
──素朴な疑問なんですが、今回のコラボのリンドウとショウカのグラフィックはフリューさんが作られたんですよね?
礒部氏:
いえ、基本的には全部データをいただいています。
──え、そうなんですか⁉
礒部氏:
ただ、それをそのままゲーム内で使うことはできないので、『レナティス』に合うような形に調整して動かしています。
平野氏:
基本的に渡せるものは全てお渡ししていたと思います。たぶん礒部さんは「なんでこんなにデータくれるの?」って疑問に思ってたんじゃないかな(笑)。
幸いにも、どちらも使っているエンジンがUnityでしたので、比較的スピーディーに作業を進められたように思います。
礒部氏:
作業の進捗についてのやりとりはかなり頻繁にしていましたね。とくに、平野さんとはよく飲みに行くこともあり、進捗の共有や相談などする機会があったので、安心して作業を進められました。
平野氏:
そうでしたね。進捗を見せていただいて、「ここが『すばせか』らしくないので、ちょっと直してもらってから、社内メンバーにも確認を回します」みたいなやりとりもしていました。
野村氏:
このままだと引き抜かれるんじゃないかな、平野。
一同:
(笑)。
──ちなみに、礒部さんの思う『すばせか』らしさは、どういったものでしょうか?
礒部氏:
野村さんのタイトルって、“現代の中にファンタジーがある” というのがすごく魅力的だと僕は思っているんです。
『すばせか』は、その魅力がいちばん尖って出ているタイトルなので、その部分が『すばせか』らしさだと思います。
──スクエニさんとしては、コラボの完成形をご覧になってどういった感想をお持ちになりましたか?
神藤氏:
『すばせか』は線が太い2Dの独特のタッチで描かれていてたんですが、「そのイメージをポリゴンでどう再現するか?」という気持ちで取り組んだのが『新すばせか』なんです。
その独特なタッチが『レナティス』のリアル路線な絵柄と融合したらどうなるんだろうというのが、若干不安点としてあったんです。
でも、できあがったものを見たら「あれ? そんな違和感ないな」って。敵となる「ノイズ」もうまくそのタッチに落とし込んでバトルができていたので、仕上がりは申し分ないかなと思っています。
──野村さんは何か気になるところはありましたか?
野村氏:
グラフィック的なところですが、色の濃さが気になりまして、そこだけはお伝えしました。あと、「ここまでやるなら、声は入れたかったな」と思いましたね。
平野氏:
コラボ企画についてご相談があった段階で、『レナティス』本編の開発がかなり進んだ状態だったんですよね。
ですので、今回のコラボはサブストーリー的なものとして実施しているんですが、スケジュール的にボイスの追加収録は難しかったとお伺いしました。礒部さんとしては、僕ら以上にもっとやりたかったことがあったんだろうなと……。
礒部氏:
……「レナティス 2」でやります。
神藤氏:
はやっ!
一同:
(笑)。