魅力が伝わるまでに時間がかかった、“秘め事” がテーマのシナリオ
──工画堂スタジオが手がけた作品を見ると、『シンフォニック=レイン』以前の作品はファンタジー色が強い中、『シンフォニック=レイン』は近現代が舞台になっているのも印象的でした。どのように作品の世界観を決められたのでしょうか?
貝阿弥氏:
一作目の『リトル・ウィッチ パルフェ』から魔法の世界を舞台にしたシリーズを作り続けていたんですが、現実世界を舞台にした作品も作ってみたいと思うようになっていったんです。
また、過去作と同じ世界観のゲームですと、新規ユーザーが入ってきにくいなとも感じていたので、魔法のあるファンタジー世界から離れて、現実世界に近い『シンフォニック=レイン』の世界観を考えていきました。
──『シンフォニック=レイン』でシナリオを手がけた西川さんにはどのような経緯でお声かけをされたのでしょう?
西川氏:
当時の私は「Q’tron」というシナリオライター集団のようなところに所属していました。
そこで、いまはなくなってしまったんですが『KID』というギャルゲーを作っていた会社でシナリオを書かせていただいて、それを遊んでくださった貝阿弥さんからオファーをいただきました。
──西川さんにお声かけした時点で、貝阿弥さんの中では『シンフォニック=レイン』のシナリオのイメージがある程度見えていらっしゃったんですか?
貝阿弥氏:
そうですね。あまりに昔のことなので細かいことは覚えていないのですが、企画を考えた当初から作りたいものの方向性は決まっていたので、西川さんなら方向性が合ってそうだなと思い、声をかけさせていただきました。
──先ほどのお話でも、『シンフォニック=レイン』のシナリオは「4人のキャラクターにそれぞれ持っている隠し事が軸」とのことでしたが、発売されたあとの反響はどういったものだったのでしょうか?
谷氏:
正直に言うと、発売直後は売れ行きも反響もあまり良いものではなかったんです。
──そうだったんですね。そこから、工画堂スタジオ内でトップクラスの売り上げを誇るゲームになるわけですが、どこかで風向きが変わった瞬間があったのですか?
貝阿弥氏:
風向きが変わったというよりは、作品の魅力が伝わるまでに時間がかかったんじゃないかなと思います。
絵は当時の流行りではないし、テーマも暗い。『シンフォニック=レイン』というゲームはシンプルにキャッチーではなかったんですよね。
西川氏:
それに『シンフォニック=レイン』は、最後までプレイしないと面白さに気が付きにくい構成のシナリオでした。わりとそこも好き嫌いが分かれるかとは思います。
谷氏:
今、西川が言った通り、面白さが伝わるまでに相当な時間が必要なゲームだったんです。
その代わり、最後まで読んでプレイしてくれた人が、「何これ!?すごいじゃん!」と大きい声を上げてくれた。その反応を受けてプレイしてくれる人が増えて、反響がだんだんと積みあがっていった印象があります。
余談なんですが、工画堂スタジオの中国人スタッフが『シンフォニック=レイン』を中国語に翻訳する際、当初はシナリオのよさがわからず、「翻訳作業がツラい」と嘆いていたらしいんです。やはりテーマが暗いというか。
でも、シナリオの最後の最後で大感動したと、最後まで読んで作品のよさがわかったと、言いまわっていたというのを耳にしました。
西川氏:
「最後までプレイしてくれた人が大きく反応してくれた」という点については、それまでの『エンジェリック・コンサート』や『AS〜エンジェリックセレナーデ』などが、音楽が好きな明るい女の子たちの可愛らしい物語なので、それが綺麗な前フリになってるっていうところもありますよね。これについては、意図せずそうなってしまったという感じなんですけれども。
──発売当初の反響が良くなかった時は、やっぱり西川さんは悔しい思いをされていたんですか?
西川氏:
いやー、いつもそんな感じだったので(笑)。
「序盤の盛り上りに欠けるよね」「ここでドラマティックなシーンを入れればいいのに」のような意見はきっとあるんでしょうけど、自分の得意な、やりたい形でやらせていただいた結果として受け止めていました。
漫画家の荒木飛呂彦先生は、新しいキャラクターを描く時、最初にそのキャラクターが歩んできた人生、キャラクターの履歴書を作るそうなんですけど、私もそういうタイプなんです。
キャラクターのこれまでの人生をきちんと作ってあげてから「こんな時、このキャラクターだったらこういう行動をとるはず」というのを積み重ねていく形でシナリオを書いていく。ですので「意図して盛り上がるシーンを入れる」ことがあまりできないタイプのシナリオライターであると思うんです。
谷氏:
それこそ、今の時代、いきなりサビから始まる曲が増えたり、キャッチーなものを冒頭に持ってくる演出がありますけど、『シンフォニック=レイン』はその考えかたとは真逆なやり方なんですよね。でも「そのやり方だからこその面白さ」があり、それは時代や流行に関係なく、楽しんでもらえるものだと思っています。
“秘め事”をテーマにしたのは、裏表のあるキャラクターがとにかく好きだから
──このようなシナリオ構成になっているのは、当時の西川さんの描きたかったテーマが、“秘め事” だったからなのでしょうか?
西川氏:
そうですね。基本的に私は、裏表のあるキャラクターが好きなんです。たとえば、「幼馴染で、料理が得意で、主人公のことが大好き」みたいな、王道のメインヒロイン像ってあるじゃないですか。
そういう裏表のなさとか純真さにも、もちろん魅力はあると思います。ただ、そういう裏がないキャラクターはどうしても嘘臭く感じてしまって、個人的にあまり魅力的に見えないんです。
私は、人間は誰しも必ず裏があるものだと思っているので、裏表のあるキャラクターがとにかく好きなんです。そういった意味では、『シンフォニック=レイン』では、好きなようにのびのびとシナリオを書かせていただけました。
──『シンフォニック=レイン』発売から20年が経ったわけですが、今、当時のご自身のシナリオを振り返ってみていかがでしょう。
西川氏:
正直……書き直せるなら書き直したいところはたくさんあります(笑)。
──(笑)。
西川氏:
でも、今と20年前で、自分の根っこのところはそんなに変わっていないと思いますし、きっと今の自分が書くよりもいいだろうなって感じる「あの時にしか出せない文章」もあるんじゃないかなと。
今振り返っても「これは絶対に書き直さない。このままがいい」というお気に入りのフレーズもちょこちょこあります。
作品のテーマが私の好みにとても合っていたというのも大きいと思います。『シンフォニック=レイン』のテーマは、自分がやりたいこととバッチリと一致していたので、何かに合わせようっていう気持ちは一切なく、自分の 一番を出せたらという思いで、自然体で書かせていただきました。
──『シンフォニック=レイン』のシナリオを作る際には貝阿弥さんと西川さんとで何かイメージをすり合わせることはあったんでしょうか。
西川氏:
そういった話はあんまりしていないですね。
そもそも私は、人と会話をしながらシナリオを作っていくようなやり方があまり得意ではなくて、自分の中で固まったものしか出さないタイプなんです。なので、プロットを貝阿弥さんに投げて判断をしてもらう、という形が多かったと思います。とはいえ、プロットを書き直した記憶はあんまりないですね。
貝阿弥氏:
プロットには問題がなかったですから。
谷氏:
人選を終えた時点で、貝阿弥の中ではすでに完成してるところがあるんです。この人だったら大丈夫だなと信用できる人に、いい意味で丸投げしちゃう。
昔、貝阿弥が言っていたんです。「プロに頼んでるんだから、いいものができて当然でしょう」って。だからあえて、自分はあまり口を挟むことをしない。ですので、当時からすでに西川も信用されてたんじゃないかなと。
──ここ最近、20年くらい前にノベルゲーを作ってた方々の才能が再評価されている流れがあります。個人的には、本作もそういった形でさらに広がっていくポテンシャルのある作品ではないかと思います。
貝阿弥氏:
そう言ってもらえて有り難い限りですね。
谷氏:
これは別に西川を持ち上げようとしているわけでもなんでもなく、工画堂としては、彼の才能は疑うところではないと本気で思っているんですよ。
彼もさまざまな仕事をしていますが、どの作品でも必ず、相手の要望に合わせてシナリオを書くことができる器用さを持っているんです。
この器用さは「能力の高いベテランシナリオライター」というひと言では括れない得難い才能だと思うんです。「我」の強いライターさんも多いのですから。ねっ!
西川氏:
ノーコメントで(笑)。
一同:
(笑)。
──少し余談になりますが、西川さんはどういったゲームがお好きなんですか?
西川氏:
今は、シミュレーションRPGとフロム(フロム・ソフトウェア)ゲーが好きです。
シナリオを書くようになってからは、アドベンチャーゲームをあまりやらなくなりましたが、昔はギャルゲーもよくプレイしてましたね。 有名どころですと、Keyさんの『AIR』とか、アリスソフトさんのタイトルとか……18禁ゲームばかりですみません(笑)。
──アドベンチャーゲームを遊ばなくなったというのは何か理由が?
西川氏:
テキストを読めば、このシーンではこういう効果音が鳴っていて、このセリフはこういう声っていうのがすべて脳内補完できるんです。
完成されたゲームよりもテキストだけのほうが、自分に都合よくシーンを想像できる。たとえば、テキストに「絶世の美女」と書いてあったら、自分の頭の中にある絶世の美女が、どんな絵よりも絶世の美女なんですよ。ですので、テキストだけもらえたほうが、自分にとっては楽しめてしまうんです。
これまでに作り上げてきた全てのコンテンツが、工画堂の資産になっている
──近年の工画堂さんは、今回の『シンフォニック=レイン』だけでなく、過去作のリマスター版も数多く販売されています。リマスターを出す意義や戦略について、工画堂としては、どのようにお考えなのでしょうか?
谷氏:
最近、会社の考え方についてお話しする機会が増えまして、「工画堂ってどういう会社なのか」というところを言葉にすることが多くなったんです。その際に、最初に出てくる言葉は「歴史」なんですよね。
ソフトウェア開発部のパソコンソフトだけに限って見ても、黎明期から続く40年の歴史がある。その間、オリジナルタイトルの開発を続けて現在に至っているわけですから、これまでに作り上げてきたすべてのタイトルが、弊社の資産になっているんです。
となると、その培ってきた資産を活かさない手はないよねって話になってくる。過去に楽しんでいただけたタイトルを「今の世の中に問わないの?」という考えかたが徐々に形成されていったのが、過去作のリマスターを発売している理由のひとつだと思います。
そういう意味では 『蒼い海のトリスティア〜発明工房奮闘記〜』のリマスター版を発売したことは、改めてリマスターを出す意義について考えを深めるいいきっかけでした。発売から20年経った『蒼い海のトリスティア』が良い反応をいただけるようであれば、他作品も同様に楽しんでいただけるポテンシャルがあるということになりますから。
──リマスター発売については、谷社長の案なのでしょうか。
谷氏:
僕は昔のタイトルを大事にしていきたいタイプなので、「どうぞやってください」とけっこう言い続けていたとは思います。ただ、現場の人たちに押しつけただけの状態ではうまくいかないと考えていましたので、示唆する程度にとどめていました。
少し余談になりますが……昔、『POWER DoLLS(パワードール)』というシリーズがあったんです。
──1994年に発売されたシミュレーションゲームですね。2004年発売の『POWER DoLLS 6』まで続く人気シリーズです。
谷氏:
すごく売れたタイトルだったのですが、『POWER DoLLS 5』が発売された時期に「ぜひ次シリーズも作って!」と現場に依頼したところ「もうあの世界で戦争は起きませんよ(笑)」と一蹴されてしまって……。
もしそこで諦めなかったら、今でも『POWER DoLLS(パワードール)』は続いていたはずなんですよね。
だけど、そこで「作らない」という選択をしてしまった結果、コンテンツがストップしてしまった。本来であれば、できるだけそういった事態に陥らないようにしていくべきなんです。
いつもお世話になってる大先輩の加藤さん【※】の言葉で 「コンテンツは作り手が諦めちゃダメなんだよ」というのがあるのですが、現場の人たちがコツコツと作り続けていくことがすごく大事で、我々もそういった考えかたを取り入れていきたいというのが、ここ最近の僕のトレンドです。
※加藤さん……日本ファルコム株式会社の創設者・会長である、加藤正幸氏。
──素晴らしい考えかただと思います。それでは最後に、『シンフォニック=レイン』のファン、工画堂ファンの方々にひと言メッセージいただけないでしょうか。
西川氏:
私は、「作品と制作者は別に考えてほしい」タイプですので、これから先も自分について多くを語ることは、恐らくあまりないと思います。
ですので、『シンフォニック=レイン』を遊んでいただいた方がシナリオから何かを感じていただけるだけで、私としては十分です。
貝阿弥氏:
『シンフォニック=レイン』は、最初に発売された時はPC版だけでしたし、まだまだ知らない人も多い作品だと思います。
今ではSteamやNintendo Switchでもダウンロード版がプレイできますし、12月12日にはNintendo Switchでパッケージ版が発売されます。まだ『シンフォニック=レイン』を知らなかったみなさんのお手元に届くいい機会になるんじゃないかと思うので、ぜひとも途中で諦めずに、最後までプレイして楽しんでいただければと思います。
谷氏:
僕は、真面目に長く作り続けている会社のひとつひとつのコンテンツは不滅だと思っています。
もちろん、中には売れなかったタイトルもあります。でも、どこかにその作品を好きだと思ってくれている人たちはいるはずで、売れるか売れないかは、タイミングの問題でしかないんじゃないかと思うんです。
たとえ、10年、20年、30年と時代が移り変わっていったとしても、プラットフォームを変えながらソフトを出し続けていくことで、その都度その都度、新しいユーザーさんに訴求していくことができる。
僕は、コンテンツにはそれだけの力があるはずだと信じているので、 工画堂としては、他のタイトルも含めて、20周年、30周年っていう節目の年でしっかりと動いて、コンテンツの歴史を積み重ねていくべきなんじゃないかなと考えています。
当然、そういうことができるのは、長く続けている会社しかないわけですから、当社もその末席に座らせていただいて、全世界に感動を届けるという企業理念をもとに、コンテンツありきで今後も新旧の作品を問わず、様々な活動を続けていければと思います。
──本日はありがとうございました!(了)
『シンフォニック=レイン』は、世界観・シナリオ・楽曲・キャラクターデザインなど、世界観を構築する要素のすべてが、ディレクターである貝阿弥氏が自らの手で選んだ精鋭によって作り上げられたタイトルであり、唯一無二の世界観を持つ作品としてこの世に生み出された。
クリエイターの熱が大いに込められた『シンフォニック=レイン』は、世界観を守り、その色を強めたが故に、社内でも「キャッチーとは言えない」という声が上がる作品であった。そして、実際に発売開始当初の売り上げは振るわなかったという。
しかし、作品が持つ魅力は確かなものであり、時間をかけながらも口コミによってユーザーへ評判が浸透していった。そして、工画堂スタジオの歴代タイトルの中でもトップクラスの売り上げを記録するヒット作へ。20年の月日が流れた現在でも、ファンの絶えないタイトルへと成長し、色褪せることのない輝きを放ち続けている。
クリエイターのやりたいことがしっかりと実現できたタイトルは、たとえ時間がかかったとしてもプレイヤーに評価されることを示した『シンフォニック=レイン』。作品に興味を持った方は、Nintendo Switchから発売されるパッケージ版で、ぜひとも遊んでみてはいかがだろうか。
また、「工画堂スタジオの強みは歴史であり、長い歴史の中で培ってきたコンテンツたちは、不滅のものである」と谷社長が語るように、工画堂にはこれまでの歴史の中で生み出された名作が数多く存在している。全世界に感動を与えることを理念とする工画堂スタジオの、過去作に対する動きを含めた今後の展開にも注目したい。