一番内部にあるものがグローバル。グローバルと呼ばれているものは、別にグローバルじゃない。京都という場所で「自分たちが信じるものを作る」ものづくり
──さまざまな任天堂作品がこの京都から生み出されてきましたが、娯楽を生み出すうえで京都という土地の魅力をどのように感じていますか?
宮本氏:
これはあちこちでお話することがあるんですが、一般に言われる「京都の文化を大事にする」とか、「京都の伝統を守ってなにかを作る」とかっていうこだわりはないんですね。
インタビューの最初で、「山内がこれを作るって聞いたらやめとけって言う」だろうということを言いましたが、それぐらい山内は「とにかく驕るな」と。『平家物語』では“盛者必衰”、僕の大好きな『方丈記』の一節にも「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」というものがあります。
僕らもそのなかで流れてるんですけど、よどまずにずっと流れてる状態をどうして維持したらいいのか。そして、栄えたものが必ず滅びるなら、新しい栄えたものを作っていく。その考え方は京都に根付いているし、エンターテインメントの会社では一番大事なことだと思うので、山内の教育を受けた者として(笑)、日常的に考えています。
宮本氏:
もうひとつ。僕が30歳ぐらいの頃には、「京都の田舎にくすぶってるとデザイナーとして駄目になる、だから東京に出て行かなきゃいけない」とか、いろんなことを言われたり自分でも思ったりしたんですが、その麻疹のような頃を過ぎて40歳ぐらいまで京都で仕事をしていると、30歳ぐらいで一緒に仕事を始めた仲間が全部一緒に仕事をしていて、作ったものが世界で売れている。
その理由を考えた時、東京に行くと東京で流行ってるものに誘われて日本で売れるものを作るようになるのではないかと。逆に、そうすることで日本でしか売れないものを作ってることに気付かないのではないかと思うようになりました。僕はこれを東京ローカルと呼んでいます。京都がグローバルと言いたいわけではないですよ。あくまで、東京はローカルだということです。
こういうことを言えるようになったのも、僕の中に京都にいるコンプレックスがなくなったからです。僕は丹波の園部という田舎出身なので、この田舎へのコンプレックスを持ち続けていたら、東京でどうだ俺は東京行けたぞって思っていたかもしれません。
でも、好きな人の働いている京都で、周りに踊らされずに自分たちの信じるものを作り、結果としてそれが世界中でけっこう売れている。そうすると、自分たちの一番内部にあるものがグローバル。グローバルって言われてるものは別にグローバルじゃないじゃないか、と。今はもうそれを若手に吹き込んでます(笑)。
……全然ミュージアムに関係のない話をしてしまいました(笑)。
──ミュージアムを見ていると、任天堂の長い歴史と様々な変化を感じます。このミュージアムから、将来の任天堂のヒントを得ることはできるでしょうか。
宮本氏:
IPに関わる部分は新しい構造になっていくと思うんですが、見ていただければわかるように、任天堂は50年前60年前からの遊びを、世代に合わせてグレードアップしたり、リニューアルしています。
誰もが年を取ります。たとえば小学校時代の6年間というのは誰もが経験するし、毎年繰り返していくんですよね。そのレイヤーのようなものは常にあって、それだけでもけっこう大きなビジネスになるかなと思ってます。
あとは、任天堂がここまで積み上げてきたので、その流れからあまり逸脱していないものをみんなが作ろうとすることで任天堂らしさはできていくと思います。
一方で、任天堂はいつもチャレンジをしています。変革を望まないのではなく、チャレンジで新しいものを作っていく。「家族」や「遊び」、「わかりやすさ」といったベースに流れているコンセプトをちゃんと守って作っていこうというのが社員に根付いていけば、ずっとあたらしい任天堂が膨らんでいくのではないかと期待しています。引退の言葉みたいですが(笑)。
──ニンテンドーミュージアムの展示が解説の少ない、見てわかるものにされているのは、ワールドワイドを意識されているのでしょうか。任天堂の新入社員に伝えるなら本当は文章があった方がよいのではないかとも思うのですが。
宮本氏:
将来、ガイドによる詳しい解説が求められるようになるのでは、というのその通りなので、そのあたりはこれから考えていこうと思ってます。ただ、みなさんがすべての展示物に興味があるわけではないですし、解説を用意しようとするとボリュームも膨大になります。
また、これは批判するわけではありませんが、美術展などで入り口のあたりに人が大量に溜まってつまらない歴史年表を読んでいる一方で、奥に入ったら大事なものがわりと簡単にみられるような、そんな展示にしたくないなという思いが僕のなかにありました。
なので、なかに入ったら自由にみられるようにしよう、クドクドと解説せずに見た人に自分で感じてもらおうということを大事にして、とりあえず作ってみようと考えてこのような仕上げになっていきます。ただ、いずれ詳しい解説図録を作っていくつもりです。
ニンテンドーミュージアムには館長がいない?「個人を出さずに商品でコミュニケーションをしよう」というこだわりと、少しの例外
──まず事実確認として、ニンテンドーミュージアムには館長がいないという認識でよろしいでしょうか。
宮本氏:
とくにいないです。
──展示を見ていると、宮本さんを始めとして人の写真や名前がほとんどないのが印象的でした。「人」というものを消した状態でこれほどのミュージアムができるというのは過去に例がないことだと思います。私としては今後も館長なしで続けていただきたいです。
宮本氏:
なるほど、ありがとうございます。僕「名誉館長になりたいなー」なんて思ってたんですが(笑)。
ただ、いま仰っていただいたのはすごく大事なことで、横井さんの名前を出すかどうかはすごく悩みましたが、結果として一切個人を出さずに商品で全部コミュニケーションをしようと決めました。山内の色紙を置いてたりはするんですが。
ただ、ひとつ言い訳をさせてください。実は、玄関を入って左手のところに、僕のサインがあるんです。唯一個人名が出ているところで、僕としては凄く心苦しい。
あれは建物を建てる際に基礎へみんなでサインをして埋めるというものとして書いたんですが、僕が名前を書いた後は誰も名前を書かなくて。せっかくなら見せたらどうかということで窓をくり抜いて見えるようにしてあるんです。
ここ数か月、あれを何でふさごうかという話をずっとしているんですが(笑)、「あってもいいんじゃないか」と言う社内の人も多くなってきているので今のところは残しています。
それ以外はほとんど個人名がほとんど出てこない構造になっています。
──現地を取材していると、ミュージアムのオープンに期待する声が多く聞かれました。本ミュージアムを地域にとってどういう施設にしていきたいか、お聞かせください。
宮本氏:
ミュージアムを建てるとき、派手なお城みたいなのを作るのではなく、工場を使って任天堂らしいものにしようというのはコンセプトとして決まっていました。候補としては、先ほども申し上げた通り鳥羽街道の旧本社もあったんですが、交通の利便性と、このエリアの高齢化が進んでいるというのも理由のひとつでした。
任天堂が最初に工場を持った場所として、そこが活性化するなら是非とも協力したいという思いがあったんです。宇治市さんや近鉄電車さんにもたくさんの協力をしていただきました。近鉄小倉駅では土地計画としてロータリーが準備されていて、それができるとミュージアムまでまっすぐお客さんが来れるようになります。
これからも地域と一緒に、近隣の方に嫌われない場所になれるように展開していきたいと思っています。
──ミュージアムでは過去につくられた任天堂の製品が展示されていますが、これから生み出される任天堂の製品もこのミュージアムに展示されていきますか?
宮本氏:
ミュージアムのコンセプトとしては、新しいものはどこかに保存しておくものの、それを展示するとしたらどこかで見せないと皆さんが忘れてしまうなという頃になっていくと思います。いまミュージアムにあるものはNintendo Switchのハード以外は20年以上経ったものばかりですから。
宮本氏:
一方で、『スプラトゥーン』などは微妙なところですね。今のお客さんからは「『スプラトゥーン』どうなってるんだ」と言われると思うので、先ほども言ったアートスペースなどでフォローしていこうと思います。
とは言え、基本的に現存の機械が市場にあるものは、まだここの対象ではないと思ってます。
──本ミュージアムに入場した際、なかで遊ぶためのコインを10枚もらえますが、ミュージアムの仕掛けをすべて遊ぶにはコインが足りませんでした。これはどういう意図での設定なんでしょうか。
宮本氏:
そもそもは、フレキシブルな対応をおこなうためにコインシステムを導入するというのを、まずみんなで決めました。
ただ、僕の好みとして、長蛇の列が大嫌いというのがありまして。どんなに有名なラーメン屋でも、5人以上並んでいたら僕は並ばないようにしているんです。
ミュージアムにおいても、できればスムーズに遊んでほしいなと思っています。一方で、一日に大勢のひとに入ってもらわないと採算が取れないという問題もあります。そこの兼ね合いとして、とりあえずコインの数字を決めています。様子を見つつコインの枚数をサービスしたりしてもいいかな、とは思っていますが、運営しながら進めていく予定です。
いまミュージアムの設備を全部遊んでいただくと、1日500人ぐらいしか入っていただけません。しかし、1日に最低でも1500人から2000人ぐらいは入っていただけるようにして運営したいと思うので、実は今のコインの枚数でもかなり厳しい状態になるのは覚悟しつつ、試しています。すいません。
──リピーターも見込んでおられますか?
宮本氏:
それも、あります。多分、このミュージアムは一度で見きれないと思うんですよ。いくつか見て帰るけど、「色んなものを見逃しているからもう一回」と来ていただければ、僕たちとしては大歓迎です。できるだけ入館料を安く抑えるようにと、これでもかなり努力はしたつもりですので、ぜひ足を運んでいただければと思います。(了)
いかがだったでしょうか。任天堂の長きにわたる過去の足跡だけでなく、ここからさらに続いていく未来への展望も見据えた宮本氏の熱い思いが、読者の皆様にも伝わっていれば幸いです。
そんなニンテンドーミュージアムは10月2日(水)より京都府・宇治市にてオープンされる予定です。入場料金はいずれも税込で大人3300円/中学・高校生2200円/小学生1100円/未就学児は無料となっています。
記事執筆時点で、入館のためのチケットは事前予約かつ抽選制となっているため、興味のある方は公式サイトへアクセスし、希望する日時を選択して申し込んでみてはいかがでしょうか。
また、弊誌ではニンテンドーミュージアムのメディア向け内覧会の様子を報じた記事も公開しています。こちらもあわせてチェックしていただければ幸いです。