「『FFT』をフルボイスにする」ために、なにを作り直した?
──新要素のなかでも「フルボイス対応」はかなり目立つものだと思うのですが、フルボイスの導入によって、魅力が増したキャラなどはいますでしょうか?
松野氏:
やはり、ボイスがついたことによって、キャラクターがより生き生きとしたのは間違いないですね。
たとえば、吉野裕行さん演じるアルガスは、良い意味で嫌なヤツでして……(笑)。イメージどおりでもあり、想像を超えてるといいますか、とにかく素晴らしい演技でした(笑)。
皆川氏:
あれは、テストプレイ中も笑っちゃいましたね(笑)。
オリジナル版を作ったときはボイスがなかったし、イベントシーンを担当していた自分としては、「ボイスを入れることで、シーンが間延びするんじゃないか」というのがすごく怖かったんです。
文章で読ませるときは、それぞれのプレイヤーのテンポで進められるので、ある程度は長い台詞を読んでもらう間ユニットが立ちっぱなしのイベントシーンを作っても気にならないはずなんです。
ただ、そこでボイスを入れて、「キャラクターがボイスでしゃべっていることを聞き続ける」ということが『FFT』で馴染むかどうかはすごく不安で……。でも、実際に声優さんのボイスが入ってみたら、問題なく馴染んでいました。そこで、「もう余計な調整をしなくていいな」と安心できましたね。
前廣氏:
アルガスは収録の現場で吉野さんが演じられているところを、僕と松野さんが聞きながら、もうずっとニヤニヤしてしまったくらいですね。
松野氏:
もう、うれしくてね(笑)。

松野氏:
どのゲームでも、音声収録は毎回参加していますが、ゲーム開発って、意外と「減らしていく作業」が多いんです。どうしても開発の最後は予算や工数との戦いになってきますし、メモリが足りないから仕様やグラフィックなど色々と削る必要も出てきます。最後にはやはり、「いかに風呂敷を畳むか」というところに集約されるわけです。
一方、音声収録は違います、「プラス」をしてくれる工程なんです。
感情を昂らせるようなセリフの言い回しを声優さんが担当してくださることで、当初は100だったものが、150~200にプラスされていく。自分の稚拙なテキストが声優さんたちの演技が加わることでより高品質なものになっていく。それを目の当たりにできる音声収録はいつも参加していて楽しいですし、うれしくもあるんですよね。
特に、『FFT』については、声優のみなさんが世代的にプレイされていたんです。そのため、キャラクターに対する解像度がとても高くて、めちゃくちゃお上手だったんですよ。主演の立花慎之介さんを含め、みなさん、本当にすごいなって(笑)。
前廣氏:
いや、ホントそうでしたね。
高木(渉)さんのガフガリオンとかもすごくて……。
松野氏:
さきほども申し上げたとおり「エンハンスド」に関しては、追加イベントやサブクエストを増やしていません。基本的なストーリーはオリジナル版とまったく同じです。
追加はあくまでも、当時の作業工数上カットしてしまった「仲間になったらしゃべらなくなってしまったキャラクター」たち、たとえばアグリアスやオルランドゥといったキャラクターの補完のみです。
とはいえ、フルボイスのためにセリフにすべて書き直しました。これは「読ませるセリフ」ではなく「聞かせるセリフ」として成立させるために修正したというわけです。
また、ラムザ役の立花さんは最初からキャストが決まっていたので、「立花さんだったら、こうしゃべるだろう」という当て書きをしています。他にも私がキャスティングしたキャラクターについては、それを前提に当て書きをしました。
たとえば、ガフガリオンの高木渉さんや、シド役の大塚明夫さんらについては声優さんに合わせて当て書きをしています。おふたりとも『FFT』をプレイしたことはなかったですけど、そう感じさせない程度に馴染んだセリフを用意したつもりです。
──それは、かなりの作業量なのではないでしょうか?
松野氏:
そこは、まぁ、慣れてますからね。脳内でボイスを再生しつつ加筆修正するのは案外楽しいものですよ。
また、逆に言えば、ゲームシステム部分を前廣さんら開発チームにお任せしていたので、私はそこに集中できたとも言えます。

松野氏:
あと、オーラン役の前野智昭さんも大活躍でしたね。
前野さんは『タクティクスオウガ リボーン』で主人公のデニム役を担当していただいたのですが、あの縁でオーランも担当していただきました。ただ、前野さんが「もっと俺にもしゃべらせて!」と言い出して(笑)。
前廣氏:
そうなんですよ(笑)。
オーランは思ったよりセリフが少ないんです。
シナリオ以外だと「星天停止」の詠唱くらいしかないし、ジョブチェンジもしないから……。
──詠唱もフルボイスなんですか!?
松野氏:
今回は詠唱もフルボイスで録っているんですよ。
みなさんノリノリで詠唱していただきました。それこそ前野さんに至っては、収録が終わったにもかかわらず、アクションアビリティ「拳術」の詠唱をし始めてましてね(笑)。「もっと詠唱させて!」って(笑)。
解像度の高い声優さんが多かったので、現場は本当に楽しかったです。
前廣氏:
もう、こっちがキャラを説明しようとすると声優さんが「あ、わかってるんで」と(笑)。
松野氏:
アルガスもそうでしたね。
正直、アルガスはどなたにオファーしようかなと悩んでいたんです。
やはり、一番の憎まれキャラクターですから。
にもかかわらず、吉野さんも『FFT』をプレイされておいででしたので、最初から「こうやればいいんですよね」と。そこは、私たちとしては本当にありがたかったですね。現場でもセリフや演技に対して提案をいただきまして、それに合わせて随時脚本を調整しました。本当に良い収録ができたと思っています。
『ファイナルファンタジータクティクス – イヴァリース クロニクルズ』
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あのゲームシステム、実は「ハードの制約」によって生み出された
──グラフィック面についてもお聞きできればと思うのですが、やはり『FFT』はあのグラフィックもすごく魅力的だと思うんです。『タクティクスオウガ』をベースとしている部分もあると思うのですが、あのビジュアルが当時どういったコンセプトで作られたのか、お聞きかせください。
皆川氏:
まず、ものすごくシンプルな動機として、『タクティクスオウガ』を作っていたときに「(画面を)一方向からしか見られない」ということが気になっていたので、それを回したいなと(笑)。
あと、当時は60fpsにとにかくこだわりたかったんです。
ちょっと偏執的に、60fpsにこだわりたかった。
さきほど話した通り、当時のスクウェア社内ではいくつかのプロジェクトが並行で進んでいたのですが、『トバルNo.1』のチームが60fpsのすごくなめらかな画面を作っていたんですよね。
だから、「プレイステーションのスペック的にはそこまでのポリゴンを出せないけど、そこをいかに絞って60fpsを維持するか」ということをやってみたかったんです。
そこから逆算していき、マップの広さや、なるべく角を丸めないデザインなど……そういった制約によって、あのスタイルが決まっていったんです。
ほかにも、「キャラクターを何体出せるのか」といった仕様の部分も、「60fpsを割らないギリギリを攻めたときに、このキャラ数が限界です」ということを、松野さんや伊藤さんにお伝えして、ゲームシステムを構成してもらった形ですね。

皆川氏:
それこそ、「ステージの広さ」などは、通常であれば企画側が主体となって、ゲームデザインをどうするかということも合わせて進めていくのですが……。『FFT』の場合はハードの制約と相談しつつ、「ここまで狭いとゲームにならない」「じゃあ、このくらいの広さならどうですか」みたいな話をして、決めていきました。
当初は『タクティクスオウガ』くらいの盤面の広さで、キャラの体数もそのくらいは出したかったのですが、どうしても30fpsに落ちてしまったんですよね。
そこで、『FF』というタイトルでもあるから、自軍側の人数が少なくても成立する……つまり、シミュレーションRPGとしては非対称なバトルでも成立するだろうかという実験も含めて、作り上げていきました。
──『タクティクスオウガ』が10人編成だったのに対し、『FFT』のパーティー上限が5人だったのはそういう理由があったんですね。
皆川氏:
そこがすごく大きいですね。
松野氏:
これはコンセプトの話になってきちゃうんですが……『タクティクスオウガ』を作ったときは、『ドラクエ』や『FF』といったミリオンを達成するRPGがたくさんありました。一方でRPGに飽きてくると、もう少し難易度の高い思考型ゲームに挑戦したくなります。
RPGの上となると、コーエーさんが得意とする歴史物や『大戦略』などのウォーゲームといったジャンルがありました。ただ、RPGしか遊んでこなかったプレイヤーがその上の思考型ゲーム、すなわちシミュレーションに手を出すにはいささか難易度が高すぎたのです。
そのあいだを埋められるのが『FE』に代表される「シミュレーションRPG」だと考えました。そう思って、『伝説のオウガバトル』や『タクティクスオウガ』を作ったんです。
でも、それでも難しいと感じるプレイヤーさんが大勢いました。ゲームの難易度だけではなく、ゲームシステムそのものの難解さでこぼれ落ちてしまった方が大勢いたわけです。
ですので、『FFT』を作るうえで、『FF』と『タクティクスオウガ』のあいだの層を獲らないと駄目だと感じました。逆に言えば、その層を獲らない限り、絶対に100万本は売れないだろうと。
そう考えたときに、やっぱり『タクティクスオウガ』の「10人」というユニット数は多いんですよ。そして、当時の『FF』が4~5人のパーティーで組んでいたので、『FFT』もその延長線上で行こうというのと、いま皆川さんが言ったフレーム数の問題が合致したんですよね。
松野氏:
ちょっと話が戻りますが、『イヴァリース クロニクルズ』に「クラシック」と「エンハンスド」がある理由はもうひとつあります。『FFT』のゲームシステムは、やっぱり当時のプレイステーションというハードに則ったものであるところがすごく大きいんです。
バトルシステムとなっている「チャージタイムバトル」も、実はあれってCD-ROMのシーク(読み書き位置への移動)への問題が大きくて。バトル中にいろいろなユニットがいる以上、グラフィックやエフェクトなどのデータがCDのいろんな場所に置かれているんです。それにランダムアクセスしようとすると、まずCDを読み込まなきゃいけない。
プレイステーションは読み込み自体が特別遅いハードなわけではありませんでしたがシーク、アナログレコードで言うところの、針を指定位置に動かす速度が遅いんです。それがわかった瞬間に、『タクティクスオウガ』のように、ボタンを押したらすぐに魔法が発動する仕様にはできなかったんです。スーパーファミコンのROMカセットなら、一瞬で読み込めたのですが。
特に、召喚魔法のように、グラフィック的に容量の大きいものを出そうとすると、ハードの仕様上すぐにそれを読み込むことができない。そのため、ボタンを押してから発動までに時間がかかるのを逆手にとったゲームシステムにしようと提案しました。
それが「チャージタイムバトル」です。発動までの時間、つまり読み込みのための針を動かす時間を稼ぐために誕生したバトルシステムなんですね。
──あのシステムは、どちらかというとハードの制約から生み出されたものだったんですね。
松野氏:
とはいえ、ボタンを押したらすぐに発動するものも必要だったので、パーティクルで最小限のグラフィックワークを常にオンメモリーで入れてもらうような工夫はしています。
そう考えると、「エンハンスド」を作るときに、本来そこは修正していいところなんですよね。すべての技が、ボタンを押したらすぐに発動する。バハムートも、ボタンを押したらすぐに発動するほうがゲームとしては快適なはずです。でも、それをやってしまうと『FFT』ではない。
前廣氏:
ゲームデザインもぶっ壊れますからね。
もちろん、「エンハンスド」でもチャージタイムバトルは残しています。
ただ、当時のシステムをよりわかりやすくビジュアルで表現したり、オリジナル版で全然見えていなかったパラメーターを可視化したりして、よりプレイしやすいようにしてあります。
松野氏:
さっきも言った通り、時代とハードによるがゆえのゲームデザインというのは、絶対にあるんですよね。そこを残すためにも、「クラシック」と「エンハンスド」の両方を入れておくべきだと。
まあ、やっぱり非常に厳しいハードでしたよね。僕らが作り終わって心の底から思ったのが、「立体にするのやめりゃよかった……」だったので(笑)。
一同:
(笑)。
松野氏:
あと一番厳しかったのが、俯瞰角度を変える機能。
あの俯瞰変更をすることによって、オブジェクトとしてのキャラクターとマップがコリジョン(衝突)を起こすんです。だから、コリジョンを起こさない範囲で背景やマップのポリゴンを、無駄に切らなきゃいけなくなる。
そのせいで、最初に皆葉さんたちがデザインした緻密で精巧なマップがどんどんローポリゴンになっていく。いま思えば30fpsにして、回転や俯瞰変更もやめて……そうしたら、もうちょっとゴージャスな背景になっていたと思います。
皆川氏:
いやぁ、それでも60fpsだったかな(笑)。
一同:
(笑)。
皆川氏:
実際、『FFT – イヴァリース クロニクルズ』もfpsについては細かく調整を入れていて、「60fpsでもいいところ」……つまりはメニュー画面などのスクロールしない場所は、もうすこしゆるめにしています。
画面の平行なスクロールが60fpsを切るとどうしても気持ち悪くて、そこはかなり固執しましたね。
松野氏:
たしかに、30fpsだと斜めスクロールがカタついて気持ち悪かった。
皆川氏:
あと、当時のハードの制約上、画面の拡縮もガタガタしてしまって、キャラクターの目等の大切なピクセルが出たり消えたりすることがあって……そこだけはイヤだから、パースレスにこだわっていました。
いまだったら、別にパースはあってもいいかなと思います(笑)。
松野氏:
当時は解像度が低かったからパースがついてしまうと、奥にいるユニットの解像度が低下してグチャグチャになってしまう。それは、デザインチームからするとイヤだったはず。そもそも縦224×横256ピクセルと、今とは比較にならない低解像度でしたから。
皆川氏:
いまWindowsで当時の画面をそのまま出すと、アイコンくらいの大きさになりますからね(笑)。
松野氏:
本当に、あのときのハードで、あの時代だったから生まれたゲームだよね。
いま同じ企画をやろうと思っても、絶対ああはならない。
グラフィックを作り直すために、当時のデータをサルベージして……
──「エンハンスド」での調整において、ほかにグラフィック周りで意識された部分などはありますか。
皆川氏:
まず、「クラシック」はグラフィックもオリジナル版に準拠して、そこからはもうイジらない……ただ、「4:3の画面だけはギリギリまで広げたい」というのがオーダーとしてありました。さすがに現代のゲームとして、そのまま4:3で出すわけにもいかないですから。
そこから、「クラシック」を作るにあたって、当時のデータをサルベージしました。いろいろなドットやエフェクトなどの、当時のグラフィックのリソースデータをデザイナーに渡して、それをベースに「なるべく人の手を入れない状態で、現代的なルックにする」ことができるのかを検証していました。
皆川氏:
ちょっと話が開発当時に遡ってしまうのですが、『FFT』は自分にとっても転職して初めてのプロジェクトだったし、初めて組むスタッフも多かったんです。お互いの距離感もよくわからないし、どういう仕事の進め方をするのかもわからない。でも、開発期間は短い。
そのせいもあって、結構凸凹した開発進行になってしまいました。
それでも、「初めて組んだ人たちと、ゲームを1本作る」というのはすごくいい経験になりましたし、思い入れも強くあります。そして、今作を作るにあたって、改めて当時のグラフィックデータを見直したときに、「非常によくできてるな」と思ったんです。だから、まず「なるべく余計な手を入れずに活かしたい」という気持ちがありました。
その当時の雰囲気を極力活かした状態で、どうやって今風のルックを構築していくのか。そこが、今作のアートディレクション上では、一番のチャレンジだったかなと。
『タクティクスオウガ 運命の輪』【※】を作ったときも、「自分の記憶のなかにある、美化されたグラフィック」を目指して作っていたのですが、今作の場合は自分が手を入れるというより、「当時のスタッフが作ったものを、今のハードで適切に見せる」という方向を重視したかったんです。
※「タクティクスオウガ 運命の輪」
2010年に発売された、『タクティクスオウガ』のリメイク作品。松野氏らオリジナルメンバーが開発に携わっている。
──具体的に、どういった調整が行われたのでしょうか。
皆川氏:
たとえば、キャラクターのドットなども高解像度化してはいるのですが、基本的には「手続き型」という、あるルールに則って高解像度処理をした状態になっています。でも、それだけだと商品としては厳しいので、最後に顔のピクセルや髪などの気になった部分はタッチアップをしていく作りですね。
だから、実はデザイナーの数はかなり絞っていて、少人数で作ったんですよね。
なんというか……いまだったら、グラフィックをアップデートするにあたって「3Dにする」というやり方もあるし、やろうと思えばできるんです。
でも、そこはさきほど前廣が挙げた、「我々がもう一度『FFT』を作るとしたら」というコンセプトを守るべきだろうと。「当時の彼らが作ったものを活かす」ということを、自分の制約として作ったつもりですね。
──ちなみに、『FFT』開発当時のグラフィックデータがまだ残っていたんですね。
皆川氏:
残ってますね。
ただ、「データだけが残っている」というパターンがすごく多くて。
つまり、「グラフィックの仕様書」は残っていなかったので、「このデータって、なんのためにここに入ってたんだっけ?」ということを思い出そうとしたり、推測しながら作り上げていきました。幸い、今回は開発チームにも当時『FFT』を遊んでいた人が多くて、もう自分より覚えてるんですよね(笑)。
だから、「あそこのイベントで、こういうのがあって……」「そのための埋め込みデータですよ」といったことを調べてくれたりして……自分が忘れていることも、当時プレイヤーとして遊んだ人が開発に加わることで、逆に教えられながら作る部分もありました。そこは、すごく新鮮でしたね。新規開発ではありえないことなので(笑)。
前廣氏:
グラフィックも、「ドット絵のキャラクターをハイレゾにする」ということではなく、皆川も言っていた「当時の雰囲気を、今風にする」というコンセプトを大切にしながら作り上げてきました。
本当に「エンハンスド」の画面を見ていただければわかると思うのですが、ほかのリメイク・リマスタータイトルにはない、特徴のあるビジュアルができたんじゃないかなとは思っています。