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癒しの声を持つ世界の歌姫はアニメ・ゲームに救われた少女だった──『ゼノブレイド』『約束のネバーランド』の歌唱で知られるアーティスト、サラ・オレインさんが語る新アルバムに込めた「たくさん逃げていい」という想い

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アニメやゲームは、かけがえのない「逃げ場所」だった──。

辛いとき。苦しいとき。追い詰められて、この世界には自分の居場所がないと感じたときも、アニメやゲームの世界が「逃げ場所」になってくれた。

そう語ってくれたのが、6月11日に新アルバム『ISEKAI – Anime & Video Game Muse』を発売したアーティスト、サラ・オレインさんだ。

サラ・オレインさんインタビュー|『ISEKAI - Anime & Video Game Muse』リリース記念_001

サラさんはこれまで多数のアニメ・ゲーム音楽の作詞や歌唱などを担当してきたことで知られており、同アルバムにはこれまで彼女が歌ってきた『ゼノブレイド』『約束のネバーランド』『モンスターハンターライズ:サンブレイク』の楽曲をはじめ、『MOTHER』『EIGHT MELODIES』『【推しの子】』「アイドル」『さよなら銀河鉄道999 -アンドロメダ終着駅-』「SAYONARA」などといった名曲のストレートカバーも収録されている。

日本にもルーツを持ちつつオーストラリアで育ったサラさんは、日本語、英語のほかにイタリア語やラテン語も話すマルチリンガル。オーストラリアから東京大学への留学生として在学中に、『ゼノブレイド』の「Beyond the Sky」を歌うことになり、以来日本のみならず世界中で音楽活動を続けている。

いまでこそ、こうしたマルチな活躍をしているサラさんだが、オーストラリアで過ごした幼少期には見た目の違いから差別を受け、それによって追い詰められたこともあった。そしてそんなときに彼女の「逃げ場所」となってくれたのがアニメやゲームなどの「異世界」だったという。

今回、電ファミニコゲーマー編集部では、そうした「異世界」の名を冠した新アルバムの発売を記念し、サラ・オレインさんにインタビューの機会をいただくことができた。本稿では、サラさんの日本のアニメやゲームへの思い出や新アルバムに込めた想い、そして音楽との向き合い方について話をうかがった。

また、インタビューでは、光田康典氏、坂本英城氏、伊藤賢治氏など、名だたるゲーム作曲家の方々との交流についてのお話もお聞きすることができた。ゲーム音楽好きの方は、ぜひそちらもお楽しみいただければと思う。

聞き手/豊田恵吾
聞き手・執筆/DuckHead
編集/恵那

アニメやゲームは、私を救ってくれた「逃げ場所」だった

サラ・オレインさんインタビュー|『ISEKAI - Anime & Video Game Muse』リリース記念_002

── 本日は先ごろ発売された新アルバム「ISEKAI」を中心に、サラさんの音楽とのかかわりや、アニメ・ゲーム作品についての想いなども伺っていきたいと思います。
さっそくですが、新アルバム「ISEKAI」は、どのようなアルバムなのでしょうか?

サラ・オレインさん(以下、サラさん):
私はたくさんのゲームやアニメに関わらせていただいていてきたんですが、これまで何年ものあいだ、それらの曲をひとつのアルバムにまとめたいなとずっと思っていました。

とくに海外の方は、作品を通じて私の歌声を知ってくださっていても、『ゼノブレイド』のエンディングと『約束のネバーランド』の「イザベラの唄」を歌っているのが同じ人間だとは知らないことが多いんです。

なので、海外に向けたコンサートやライブをするときに名刺代わりになるようなアルバムがあったらいいなという気持ちもあり、今回のアルバム制作に繋がりました。

── 「ISEKAI」に収録されている曲は、すべて日本の楽曲ですよね。

サラさん:
そうですね。私はオーストラリア出身で母国語も英語なので、日本との深いご縁を表したアルバムを作りたいという思いもありました。

タイトルが日本語で、収録曲が全部日本の作品というのは、今回のアルバムが初めてです。

── 「ISEKAI」には、サラさんの代表曲といえる楽曲がいくつも収録されていますが、どのようにして収録曲を決められたのでしょうか?

サラさん:
選曲は難しかったのですが、わかりやすさを考えて私の代表曲が多くなっています。
たとえば、1曲目は『ゼノブレイド』のエンディングテーマの「Beyond the Sky」ですが、これは私が初めて携わったゲーム音楽です。

── 「Beyond the Sky」を歌唱された当時は、オーストラリアから日本への留学生でいらっしゃったんですよね?

サラさん:
はい。じつは「Beyond the Sky」が、私にとって初めての歌のレコーディングだったんです。

当時の私にとって日本のRPGは「異世界」でしたし、日本という国そのものも「異世界」でした。まさかそんな「異世界」の中で、私の歌がひとつの作品として世の中に出ていくとは思ってもいませんでしたね。

── そういったさまざまな思いのあるデビュー曲を、1曲目として選ばれたんですね。

サラさん:
はい。そして、2曲目の「イザベラの唄」は、私の楽曲の中ではもっとも再生数が多く、世界中の人が聞いてくださっているということで収録しました。

ほかの曲についても、私の思い入れとみなさんの思い入れを基準に決めています。

── サラさんにとって、ゲームやアニメはどういったものなのでしょうか?

サラさん:
ひと言で言うのであれば、「私を救ってくれた場所」ですね。

このアルバムのキャッチコピーにも「逃げてください」と書いているんですが、ゲームをプレイしたり、アニメを見たり、音楽を聴いたりといった「異世界に逃げる」行為って、メンタルにとってすごく大事なことだと思います。

私は子どものころにオーストラリアで暮らしていたのですが、「アジア人だから」という理由などで差別をされたこともあって、中学校を中退しているんです。日本に留学する前はずっとうつ病だった時期もあるんですよ。その当時は、ものすごくアニメやゲームに救われていましたね。

── 当時はどんなゲームをプレイされていたんですか?

サラさん:
アニメはいろいろ見ていましたが、ゲームは家にはゲームボーイしかなくて。しかも『ドクターマリオ』しかなかったんです(笑)。それで『ドクターマリオ』でずっと遊んでいました。

『ドクターマリオ』にもすごく救われてはいたんですけど、もしもあの時、いまの私が関わらせていただいたようなRPGが近くにあったら、きっともっと違う人生を歩んでいたと思うんですね。

── そうしたゲームやアニメが「逃げ場所」になるという感覚は、すごくわかります。

サラさん:
でも、ゲームやアニメのような「異世界」へ逃げることは大事ですけど、最終的に私たちは「もとの世界」にもどってこないといけないですよね。

「ISEKAI」っていうアルバムのタイトルなんですけど、ちょっとしたシャレを込めて「いい世界」っていう意味も込めているんです。この世界を「いい世界」にしていきたいよねっていう。

逃げることはもちろん大事だけど、私たちは戻ってきて、生きていかないといけない。だから少しリフレッシュして余裕ができたら、自分や周りの人たちにとって「いい世界」を作るにはどうすればいいのか、っていうことを考えるきっかけにもしてほしいなって思っています。

たとえば、アニメやゲームって「ダイバーシティ(多様性)」が形成されていて、さまざまな個性のキャラクターたちと一緒に旅をする中で、多くのことを学ぶことができますよね。人生に大事なことを、説教っぽくなく自然に教えてくれる場所だと思います。

サラ・オレインさんインタビュー|『ISEKAI - Anime & Video Game Muse』リリース記念_003

── タイトルにも深い意味を込められているんですね。

サラさん:
あと、これはたまたまなんですが、「異世界(ISEKAI)」って、並べ替えると「正解(SEIKAI)」になるんですよね。

── たしかに!

サラさん:
さらに、アルファベットを並べ替えると「いい酒(IISAKE)」にもなるんです。

── なるほど(笑)。ちなみに、サラさんはお酒も好きなんですか?

サラさん:
好きです。1番好きなワインは、ケンゾーエステイト【※】「紫鈴(rindo)」ですね。

『モンハン:サンブレイク』「Sunbreak」を聞きながら、ケンゾーエステイトのワインを飲むのが至福のひとときです。

※ケンゾーエステイト
カプコンの創業者・辻本憲三氏がオーナーを務める米カリフォルニアのワイナリー。

── サラさんは、ご自身が関わられたゲームはプレイされているんですか?

サラさん:
やっぱり自分が関わった作品はプレイしたいので、ちゃんと触れていますね。

さすがに全作品をクリアすることはできていませんが、『ゼノブレイド』は、もうすぐラスボスです。発売から15年経ちましたけれど、やっとゲームの中で自分の声を聞くことができそうなんです(笑)。

じつは、ゲームをプレイはしていても、あまり自分の声を聞いたことがないんですよ。

── なるほど。歌唱を担当された楽曲はエンディングで流れることがほとんどですからね。

サラさん:
そうなんです。作品のいちばん最後に歌が出てくることが多いんですよ。ですので、もう『モンハン』で私の声を聞くのは無理だと思います(笑)。

あ、でも『百英雄伝』は全クリできました! ミニゲームまで全部終わらせて、110時間以上かかりました。

── それはかなりやり込まれていますね(笑)。

サラさん:
『百英雄伝』の世界の中で110時間も過ごしたわけですから、子どものころの「逃げる場所」として『百英雄伝』のようなRPGがあったら、また人生は違っていたかもしれないなと思います。

だから『百英雄伝』のようなすばらしい作品に関われたことは、私にとって本当に光栄でした。プレイされるみなさんのことを思うと、主題歌ってすごく大事に歌わないといけないなっていう気持ちになりますね。

『【推しの子】』の名曲「アイドル」は、めちゃくちゃで最高

── サラさんが歌われてきた曲の中で、「これはすごいな」と感じられた楽曲はありますか?

サラさん:
『【推しの子】』の「アイドル」は、本当にすごいと思いますよ。

「アイドル」って、最高な意味で「めちゃくちゃな曲」ですよね。しかもそれが世界規模で大ヒットしているわけですから、すごいと思います。

── 初めて「アイドル」を聞いたのは、どのようなタイミングだったのですか?

サラさん:
フランス人の友人が、「『【推しの子】』っていうアニメがあるんだけど、もしかしたらすごく共感できるかもしれない」ってオススメしてくれました。そのときにアニメを見て、オープニングで聞いたのが最初です。

── 「共感できるかもしれない」と勧められたアニメはいかがでしたか?

サラさん:
共感して、泣きながら見ていました。『【推しの子】』って結構ダークな内容じゃないですか。実際のアイドルの方たちがどれほどに大変な思いをされているんだろうかと、つい考えてしまうのですが、「アイドル」の曲も、キュートでかっこいいけど、それだけではないんですよね。

原作のマンガ、アニメ作品もそうですが、歌詞では結構攻めたことを言っていて、ダークなリアリティがある。この曲には、そういう思いがすべて込められていると思うんです。

それでも嘘をついていこう。みんなに愛してるって言葉を届けよう。「嘘と真実」の深みとリアリティを感じますね。

── たしかに、すごい歌詞ですよね。

サラさん:
私は、歌詞を除いて音楽だけで見ても、「アイドル」の完成度の高さはすごいと思っているので、「ISEKAI」に収録しているカバーでは、歌い出しをあえてゆっくりとしたバラードにしました。

「こんなにかっこいい曲、ライブで歌えたらみんな盛り上がるだろうな」「ジャズにしたら最高にかっこいいだろうな」とも感じていたので、後半はアップテンポなジャズアレンジにしています。

もちろん、早口でクレイジーな感じで歌うのも最高ですが、ゆっくり歌ったとしてもすごくいい曲なんですよね。本当に「アイドル」は傑作だと思います。

── ゲーム曲では『MOTHER』の「EIGHT MELODIES」もカバーされています。この曲にはどういった思い入れがありますか?

サラさん:
『MOTHER』には多くの名曲がありますが、今回は「EIGHT MELODIES」を選びました。
こんなにもシンプルでメジャーなメロディーなのに、本当に美しい曲になっているというところがすごいと思います。

私のカバーは原曲とはまるで違う感じになっていますが、ライブでもお客さんと声を合わせて歌えるので、すごいなと感じますね。

── 原曲とはまるで違うカバーということですが、具体的にはどのように違うのでしょうか?

サラさん:
このカバーでは、元々の8bitのメロディーにシンセサイザーを取り入れたり、声を重ねたりして、私なりの編曲をしています。

この曲を作られたChip Tanakaさん【※】ご本人にライブでカバーを聴いていただけたのは、すごくうれしかったですね。

※作曲家の田中宏和さん。『バルーンファイト』『MOTHER』『MOTHER2』などのゲーム音楽や、アニメ「ポケットモンスター」の主題歌『めざせポケモンマスタ-』の作曲で知られている。

サラ・オレインさんインタビュー|『ISEKAI - Anime & Video Game Muse』リリース記念_004

サラさん:
Chip Tanakaさんは、ゲームの歴史の中でも特殊なチップチューン【※】の世界の第一人者ですし、私が幼少期によく遊んでいた『ドクターマリオ』の作曲もされていたので、最初に直接お会いしたときは感動しました。

※ゲーム機の内蔵音源チップから誕生した音楽ジャンル。ファミコンやゲームボーイなどのBGMがこれにあたる。同時に出せる音の数が少ないなど、一般的な音楽ジャンルと比べて制約が多いことが特徴。

── レジェンドですもんね。

サラさん:
「EIGHT MELODIES」はゲーム中、8つのアイテムを集めたあとに演奏されるものなので、「ISEKAI」の冊子の「EIGHT MELODIES」のページには、私がレコーディングで使った8つのアイテムをドット絵にして載せています。

サラ・オレインさんインタビュー|『ISEKAI - Anime & Video Game Muse』リリース記念_005

まず、カリンバ・シンセ・バイオリン・マイクの4つの楽器があって、つぎにぬいぐるみ。これがないと、私は生きていけないんです(笑)。そしてレコーディングで使うヘッドホン、ライブで使うルーパー、最後に私自身を載せています。

── こういう遊び心は「わかってるな!」と、とても共感できます。そのほかの楽曲についてはいかがですか?

サラさん:
とくに思い入れがあるのは、「SAYONARA」ですね。「SAYONARA」(サヨナラ)っていうタイトルが締めにピッタリなので、よくコンサートのアンコールで歌っていたんです。私はなんとなくメーテルの目線から歌ってるので、そのときにはメーテルっぽい衣装を着ていたりもしました。

この曲のすごいところは、私自身の世代から母親の世代、おじいちゃん、おばあちゃんから子どもたちまでみんなが知っていて、世代を問わずに作品とキャラクターが愛されていることだと思います。

── サラさんも『銀河鉄道999』のアニメは見られていたのですか?

サラさん:
オーストラリアで見ていました。先ほども少しお話ししましたが、私は子どものころ、オーストラリアでは学校に行けないくらいの引きこもり状態が何年間も続いていたんです。

でもそんな時期に『セーラームーン』や『銀河鉄道999』『火の鳥』といったアニメを見たことで、本当に救われたんですよね。「ぜんぜん生きていけるな」って思えたんです。

当時はあまりわかっていませんでしたが、振り返ってみると、すごくアニメに救われていたなと思います。

繰り返しにはなってしまいますが、アニメのような「異世界」に逃げることってすごく大事なんだよと、「ISEKAI」を通して伝えていきたいですね。

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ライター
レトロゲームから最新ゲームまで、面白そうだと感じた家庭用ゲームを後先考えず手当たり次第に買い漁る男。500を越えてから、積み上げたゲームを数えるのは止めました。 ディズニーアニメ・お笑い・音楽・漫画などにも広く浅く手を伸ばし、動画投稿者としても蠢いています。
Twitter:@DuckheadW
副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。
ライター
ル・グィンの小説とホラー映画を愛する半人前ライター。「ジルオール」に性癖を破壊され、「CivilizationⅥ」に生活を破壊されて育つ。熱いパッションの創作物を吸って生きながらえています。正気です。

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