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東大卒・元弁護士・元プロ雀士の“ガチ小説家”に「ライトノベルの定義」「悪役令嬢はなぜ流行るのか」を聞いてみたら、「ラノベはなぜ気持ちいいのか」が理解(わか)った【新川帆立氏インタビュー】

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「悪役令嬢モノ」は『水戸黄門』?

──いま、女性向けライトノベルの世界では「悪役令嬢モノ」が一大ジャンルとして定着していますが、新川さんはこのブームをどう分析されていますか?

新川氏:
これについては私より詳しい方がたくさんいらっしゃると思いますが……私なりの解釈で言うと、悪役令嬢モノは「古い器」を現代的に再利用した発明だと思っています。

──「古い器」とは、どういったことでしょうか。

新川氏:
昭和の時代から、エンタメにおける女性の役割って、大きく分けて「聖女」か「悪女」かの二択だったと思うんです。女性向けのTL小説でいうなら、清貧で美しい聖女か、それを邪魔する派手な悪女。このフォーマットは古いものの、やっぱり分かりやすいし、物語の構造として便利なんですよね。

でも、現代の女性たちが共感できるのは、ただ守られるだけの主体性が薄めな「聖女」よりも、主体的に行動して道を切り開く「悪女」方だった

そこで、「悪女(というレッテルを貼られた女性)」を主人公にするという逆転の発想が生まれたんだと思います。しかし、本当に性格が悪い子だと、主人公としては応援できない。だからこそ、「悪女」と呼ばれる立場ながらも、実はそんなに悪い子じゃない、という主人公造形になっていく。

新川帆立氏インタビュー:「ライトノベルの定義」「悪役令嬢はなぜ流行るのか」を聞いてみたら“ラノベはなぜ気持ちいいのか”が理解った_012

──なるほど。主体性の象徴としての「悪役」なんですね。

新川氏:
彼女たちは「悪役令嬢」と呼ばれつつも、中身というか、性格は全然悪くない。カッコ付きで、「悪女」なんです。「別に悪役とか言わなくてもいいじゃん!」って思うくらい、普通にいい子だったりする。古い器の分かりやすさを利用しつつも、現代の読者が楽しめるかたちに発展しているジャンルだと思います。

ちなみに、悪役令嬢モノにとどまらず、TL小説のメインストリームは、『水戸黄門』と同じだと思うんです 。

──ここで『水戸黄門』ですか!?具体的に、どういうことでしょう?

新川氏:
世の中は理不尽なことだらけで、正しく頑張っている人が報われるとは限らない。みんなそれに疲れている。

だからこそ、フィクションの世界では「頑張った子がちゃんと報われる」「理不尽な断罪が覆される」という、約束されたカタルシスが必要なんです。

───たしかに、読者は主体的に道を切り拓くという過程を楽しみながら、「お約束」の結末に安心して向かっていくことができますね。

新川氏:
悪役令嬢モノって多くの場合、めちゃくちゃ理不尽に断罪されるところから始まりますよね。婚約破棄されたり、濡れ衣を着せられたり。悪役令嬢以外のTL小説、例えば溺愛系の系譜も同様に、ヒロインが理不尽に不幸な境遇に置かれているところから始まることが多いです。

そこから逆転していくプロセスがあるからこそ、印籠を出す瞬間のような「気持ちよさ」を感じられるんだと思います。始まりがつらければつらいほど、幸福や成功を手にしたときのカタルシスが大きい。演出としてすごく楽で、機能的なフォーマットなんです。

──最後に「印籠(逆転)」が出てくるというパターンが、分かっていても、分かっているからこそ、気持ちいいということですね。

「俺TUEEE」「ざまぁ系」「悪役令嬢モノ」──ライトノベルにおける男性向け、女性向けの違いとは

──では、女性向けTL小説における逆転の快楽は、男性向けライトノベルの「俺TUEEE」や「ざまぁ」系とも通底していると思いますか?

新川氏:
基本的には、同じものだと思います。

虐げられた状態から、能力を覚醒させて見返す。その快感原則に男性向け、女性向けで差はないように思います。

女性向けTL小説にも、主人公をバカにする女キャラが出てきて、主人公が獲得した価値を悔しがる、成敗するような展開ってありますよね。ああいう「ざまぁ」の気持ちよさは同じ構造ではないでしょうか。

新川帆立氏インタビュー:「ライトノベルの定義」「悪役令嬢はなぜ流行るのか」を聞いてみたら“ラノベはなぜ気持ちいいのか”が理解った_013

──いずれのジャンルも、「快」の部分に差異はないということですね。

新川氏:
ただ、「報酬」の設定(=幸せの定義)には、男女で少し違いがある気がします。

──具体的に、どのように違いますか?

新川氏:
女性向けの場合、最終的な解決や幸福の象徴として「スパダリ(スーパーダーリン)」との恋愛がセットになることが多いです。王子様に溺愛されてハッピーエンド、というか。

男性向けでも恋愛要素はありますが、それは添え物というか、トロフィー的だと思うんです。基本的に自分の活躍を軸にしていて、その活躍の報酬として女性(恋愛対象)がついてくる。本質は、社会的成功や能力の誇示にある

私自身は、性格的に男性向けの方が好きです。「素敵な王子様に愛されて幸せ」よりも、「自分の実力で無双して幸せ」の方が、読んでいてスカッとするので。自分の作品も、どうしてもそういった自力解決型になってしまいますね。

「異世界転生」は世紀の大発明

──ライトノベルのジャンルでいうと、特有のものとして「異世界転生」がありますよね。これについては、どのように捉えられていますか?

新川氏:
いやもう、「ダンプに撥ねられて転生」っていうのは、誰が始めたのか知りませんが、世紀の大発明ですよ! すごい発明です。

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──そんなにですか!?

新川氏:
だって、あんなに短時間で、誰もが一応納得する形で、現代日本からファンタジー世界へ移行できる装置、ほかにないじゃないですか。「ダンプに撥ねられて……」という一行だけで、この概念をインストールしている人間全員に共通するフォーマットとして機能する。

──たしかに、導入としてはあまりにも便利すぎますよね。

新川氏:
私は以前、新聞連載で『ひまわり』という小説を書いたんですが、あれは完全に「なろう系のフォーマット」を下敷きにしているんです。

──えっ?『ひまわり』って、交通事故で障害を負った女性が司法試験を目指すという、社会派の感動的な作品ですよね? あれが「なろう系」なんですか?

新川氏:
はい。なろう系も『ひまわり』も、構造は一緒なんです。

主人公がトラックに轢かれて(事故に遭って)、それまでの「健常者の世界」から、ルールが全く異なる「障害者の世界」に強制的に移動させられる。つまり「転生」です
そして、前の世界で培ったスキル(社会人スキルや勉強の習慣)を使って、新しい世界で困難を乗り越え、少しずつ成功していく(無双する)。

これを書いたら、なんと新聞連載としては異例の大ヒットになったんです。地方紙の連載って普通は4〜5紙くらいなんですが、『ひまわり』は20数紙に広がって、投書欄が掲示板みたいに盛り上がりました。

──すごすぎますね。

新川氏:
新聞連載ですから、読者層は当然、普段ライトノベルは読まないであろう70代、80代の方々です。その方達が、感激して投書までしてくれる。

「なろう系のフォーマットって、単なる若者の流行りじゃなくて、全人類・全世代にウケる普遍的な構造なんだ」と確信しました。

──70代、80代の方々が「なろう系」のプロットに熱狂するなんて、考えたこともありませんでした。

新川氏:
「場所が変われば、自分の持っているスキルが別の輝き方をする」「人生をやり直せる(リスタートできる)」。この希望は、若者だけでなく、人生の後半戦を迎えた人々にとっても切実な救いなんですね。

ライトノベルのフォーマットを「安易だ」と批判するのは簡単ですが、そこには人間が根源的に求めている物語の機能が詰まっている。それを適切に使えば、誰にでも届く物語が作れるという学びがありました。

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編集者
3D酔いに全敗の神奈川生まれ99’s。好きなゲームは『ベヨネッタ』『ロリポップチェーンソー』『RUINER』。好きな酔い止めはアネロンニスキャップとNAVAMET。
Twitter:@d0ntcry4nym0re

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