世界中のゴジラファンが自分だけの怪獣チームを編成し、リアルタイムで対戦できるスマートフォン向けゲームアプリ『ゴジラバトルライン』(以下、『ゴジバト』)』 。
そのサービス開始5周年を祝し、過去の映像作品で完成された怪獣のデザインを、現代の視点から再構築するリブート企画「GODZILLA RE:BOOT MONSTERS by GODZILLA BATTLE LINE」が始動した。
その第1弾を手がけるのは、西川伸司氏。かつて自身が初めてメインデザインを手がけたビオランテ(1989年公開『ゴジラVSビオランテ』に登場)、そして『平成・VSシリーズ』【※】の終焉を飾ったデストロイア(1995年公開『ゴジラVSデストロイア』に登場)の2体に、西川氏が新たな命を吹き込む。
当時からリブートまでの物語を辿る中で見えてきたのは、スーツからフルCGやスマートフォン向けゲームアプリへと表現の媒体が移り変わっても決して揺らぐことのない、「ゴジラ」というIPの特異な本質だ。
本稿では、今回のリブートデザインを手がけた西川伸司氏と、本ゲームのプロデューサーである東宝の佐藤僚祐氏にインタビューを実施。
リブートの舞台裏を軸に、怪獣たちが失ってはならない生物としての重心や、ゴジラがスーツであることで生まれる愛着など、多岐に渡るトピックで「ゴジラ」の魅力そのものを深く掘り下げるインタビューをお届けする。
※『平成・VSシリーズ』……平成に公開された「ゴジラ」シリーズ作品群の総称。1984年(昭和59年)公開の「ゴジラ」~1995年(平成7年)公開の『ゴジラVSデストロイア』の7作品を指す。

※この記事は『ゴジラバトルライン』の魅力をもっと知ってもらいたい東宝さんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
依頼前から西川先生が大量のラフを用意。前のめりにスタートしたリブート企画
──今回、5周年を迎えるにあたっての大きな目玉となるのが、西川先生による「リブートデザイン」の怪獣2体です。この「リブート怪獣」という発想はどこから生まれたのか、そしてなぜこの2体を西川先生にお願いすることになったのか、まずは経緯から教えていただけますか。
佐藤僚祐氏(以下、佐藤氏):
リブートという企画案は、以前からずっとあったんです。ですが映像作品の中で完成されているデザインをゲーム側でアレンジすることに対して、なかなか踏み切れずにいました。
──リブートに踏み切ったのは、なにかきっかけがあったのでしょうか?
佐藤氏:
昨年11月の「ゴジラ・フェス」【※】が転機となりました。
生賴範義先生がポスターのために描かれた「ポスター版メカゴジラ」という、絵のデザインのみが存在していたゴジラを、西川先生にご協力いただいて『ゴジバト』内で実装したところ、すごく反響があったんです。
このときに映像作品がない、あるいは1枚の絵しか存在しないようなゴジラや怪獣でも、真摯に作り上げればファンの皆さんに受け入れてもらえるという確信が持てたんです。
※ゴジラ・フェス……2025年で11年目を迎えた人気イベント。ゴジラの誕生日である11月3日に東京ドームシティで開催。新作の特撮「フェス・ゴジラ」上映のほか、多数のステージイベントの実施やグッズ販売などが行われた。
佐藤氏:
とはいえ、まったく脈絡のないところから新怪獣を生み出しても、お客様には喜んでいただけません。設定がしっかりとしていてお客様が違和感なく受け入れられることが大切です。
くわえて、ゲーム内での怪獣たちの見栄えは非常に重要な要素です。本作はフィールドを見下ろす視点がメインになりますので、その視点で魅力的に見えることを前提にデザインしていただく必要があります。
ですので、怪獣の設定や元の映像作品での立ち位置を理解し、ゲームに落とし込むうえでの整合性やビジュアルまでを総合的に考えていただけるデザイナーさんでなければいけなかったんです。そういったことを考慮し、「西川先生しかいない」という結論に至りました。
そしてなにより、西川先生ご自身が『ゴジバト』プレイヤーなんです。
──えっ! 西川先生もプレイをされているんですね。
西川伸司氏(以下、西川氏):
そうなんです。1周年のイラストを担当した際に「やはり自分でもプレイしておかなければ」と思い、始めました。それ以来、ずっとプレイを続けています。でも弱いですけどね(笑)。
──西川先生は、リブート企画のオファーを受けた際、どんな印象を持たれたのですか?
西川氏:
いまのユーザーの方々にとって『平成・VSシリーズ』は世代的にも非常に大きなバリューがあると思っています。ただ、人気があってもその後のリメイクだったり、登場機会に恵まれていない怪獣もいます。
そんな中でリブートとして、自分が改めて怪獣に手を入れて世界観を膨らませることができるというのは、非常におもしろい企画だと感じました。
──リブートする怪獣としてビオランテとデストロイアの2体に決まったのは、どういった考えからだったのでしょうか?
佐藤氏:
リブート企画をざっくりとまとめた段階で、西川先生に打ち合わせをお願いしたのですが、当日に西川先生が大量のラフデザインを持ってきてくださったんです。こちらから正式にお願いする前だったにもかかわらず、そこまでご対応いただいて……。
──最初からすごく前のめりに、本企画に携わってくださったんですね。
佐藤氏:
はい。西川先生が持ってきてくださったラフの中には、すでにビオランテとデストロイアが含まれていました。
とくにデストロイアのデザインは、その時点ですでに「これは…!」と思えるパッと見たときの惹きの強さがあったんです。また、ゴジラファンの方々にとって、西川先生といえばビオランテという強い思い入れがあるのはわかっていましたので……。
そういった経緯で、ビオランテとデストロイアの2体をセットで実装することが決まったんです。


当時のビオランテは、たった「3日」で制作された
──いま佐藤さんからお話があったように、ビオランテは「ゴジラ」ファンからとても人気の高い怪獣です。ビオランテのデザインを西川先生がどう手がけたのか、ビオランテ誕生秘話をぜひお聞かせください。
西川氏:
私自身が初めてメインのデザインに携わった怪獣がビオランテです。「これまでにないものを作ってくれ」という依頼に対して、試行錯誤しながら答えを出したという、思い出深い存在です。当時は上京したばかりで、映画の仕事自体もほとんど初めてという状況でした。
そもそも、ゴジラに関わるようになったきっかけは、学生時代にゴジラの同人誌を出したことだったのですが……そのあたりを話し始めると長くなってしまいますね(笑)。
──(笑)。「ゴジラ」に対しての熱量は、作品に携わる前からずっとお持ちだったということですね。
西川氏:
はい。同人誌などの活動を、『ゴジラVSビオランテ』を手がけた川北紘一特撮監督に見ていただく機会があり、その縁で「新しい怪獣のデザインを手がけてみないか」とお話をいただいたんです。
ですが、その時点ですでに『ゴジラVSビオランテ』の撮影は始まっていたんですね。じつは「撮影が始まっても怪獣デザインが決まらない。あと3日で決めないと間に合わない」という状況だったんです。
──……それはたいへんな状況ですね。
西川氏:
デザインに取り掛かる前に、それまでに描かれたビオランテのデザイン案を現場で見させてもらったんです。
そこには、私が中学生のときから憧れていたレジェンド級のデザイナーさんたちが描いた怪獣デザインが並んでいたんです。でも、それらが「すべてボツなんだ」と言われて……。
そんなレジェンドが描いても決まらない怪獣デザインを、駆け出しの自分にいきなり「描け」と言われても……「どうすればいいの?」と最初は思いましたね。
──すごくシビアな状況ですよね?
西川氏:
そうですね。ですが、お話をうかがっているうちにあることに気づいたんです。
映画のキャラクターというのは、デザインの良し悪し以上に「監督が納得するか、監督の思いに即しているか」。そこが重要だったんです。
ですので、監督の頭の中にある断片的なイメージをとにかく聞き出し、その場でラフを描いて見せていくという手法をとりました。
「メタセコイアという木があって、幹が割れて道が走ってるんだよ、すごそうだよな」とか、「ラフレシアって花はおもしろいよね」とか、「切り株が口になっていたらどうだろう」など、直接的なデザインだけではなく、インスピレーションだったり、脈絡がないようなお話も含めて聞きながら、監督の中にあるイメージを形にしていきました。
──では、植物的なディテールやイメージは、そのときに得られたのですね。
西川氏:
はい。監督がそのときに仰った「幹の先端が口」、「メタセコイアの巨大さ」、「ラフレシアのような襟巻き」という要素や、「花びらはいらない」といった具体的な指定をすべて盛り込み、ひとつの整合性を持ったクリーチャーとして3日間でまとめ上げたのが、あのビオランテだったんです。
西川氏:
監督がゴジラと対峙したときの圧倒的な存在感をいちばんに求めている、ということに気づいたのも大きかったですね。
それまでに見せてもらったボツ案は、薔薇という植物をモチーフにしていたためか、華奢なデザインが多かったんです。監督が違和感を抱いていたのは、おそらくそこだったのではないでしょうか。
──怪獣としての重厚感がありつつ、植物としての繊細さも共存させたかったと。
西川氏:
デザインを描き上げてお見せし、その場で監督をはじめ、カメラマンや美術スタッフの方々にも確認いただき、「よし、これでいこう」とそこでいったんデザインが決定しました。
「これでひと安心」……と思ったのですが、やはり特撮映画という大きなプロジェクトですから、そのまま通るわけではなかったんですね。
最初にOKが出たビオランテのデザインは、完成形のような怪獣らしい顔ではなかったんです。そこから「目をはっきりさせてほしい」といった意見を反映させながら、最終的な形に調整していきました。
──西川先生にとってゴジラシリーズ初参加だったこと、そして3日間という追い込まれた状況だったからこそ、あの突き抜けた独創的なデザインが生まれたのだなと、いまのお話をうかがって感じました。
西川氏:
ビオランテのデザインに関してはいろいろな要求がありましたが、もっとも強かったのは「新しいもの」、「これまでにないもの」ということでした。
それはビオランテというキャラクターに限らず、『平成・VSシリーズ』という作品群すべてがそうだったんです。川北監督が初めて『平成・VSシリーズ』を手がけるということもあり、監督はもちろんスタッフ全員の「新しいものを作るんだ」という意欲が非常に高い現場でした。
私もその熱に当てられたところがあったのかもしれません。自分がこれまでの怪獣デザインのルールやパターンを壊すような提案をしても、それを拒絶せず、むしろ受け入れてもらえる土壌がありました。
──製作陣の中で新しいものに対する熱量がしっかりと共有されていたのですね。
西川氏:
怪獣のデザインは、じつはメカデザインと通じる部分があります。さまざまなパーツを組み合わせて構成していくというプロセスが、似ているんですね。
メカであれば「エンジンはどう配置されていて、どう駆動するのか」といった知識が重要になるのと同様に、怪獣であれば「骨格や筋肉がどう連動するのか、皮膚の質感はどうなっているのか」という生物学的な裏付けが関わってきます。
ただ、その手法を突き詰めると、どうしても既存の生き物のパーツを繋ぎ合わせたコラージュのようなデザインになりがちなんです。
ビオランテは「既存の組み合わせではないものを作ろう」という強い意志がありましたから、ゴジラではない別の何か、ではなく、まったく新しいひとつの生命体として再構築するような感覚でした。
普段のデザインの仕事は、いろいろ考えて提案したうえで「これはダメ、あれもダメ」と削ぎ落とされて、残ったものが最終的なデザインになります。でも、ビオランテに関してはそのように削ぎ落とされることはなく、攻めた表現が残った。これが非常に大きかったですね。

──西川先生が描かれた挑戦的なデザインが、あそこまでのリアリティを持ってスクリーンに現れたのは、造形の方々との連携があってこそなのでしょうか。
西川氏:
それはもう、造形が持つ力というのはすさまじく大きいです。ビオランテのデザインは、造形でしっかり表現してもらえないと、わけのわからないもので終わってしまう危険もありました。
「神は細部に宿る」と言いますが、鱗の一枚一枚まで丁寧に作り込まれたディテールが、あの突拍子もないフォルムに生物としての説得力を与えてくれました。私自身、撮影現場で初めて完成したビオランテを見たときは、作り物だとわかっていても近づくのが怖いと感じるほどの存在感で圧倒されました。
振り切ったデザインを生み出すことができて、それを現場が納得のいく形にしてくれた。デザイナーと造形チームの非常に幸せな関係から生まれた怪獣だと言えますね。
そのビオランテを、数十年という時を経てまた自分の手でリブートできるというのは、やはり感慨深いものがあります。当時の勢いと力技で生み出した良さは大切にしつつ、いまの自分が持つ技術や、ゲームという画面の中でどう見えるかを考えながら再構築していきました。
当時の撮影現場で感じた熱量を思い出しながら、いまの視点で「これこそがビオランテだ」と納得できるデザインを目指しています。
──リブート企画にあたって、ビオランテのデザインでもっとも意識されたのはどのような点だったのでしょうか。
西川氏:
とくに意識したのは、ビオランテの「圧倒的な巨大感」と「植物と動物が混ざり合った異形さ」をさらに強調することです。
それからゲームに登場する怪獣である、という点も大きいです。ゲーム内のユニットとしてしっかりと成立し、動けること。つまり、繰り出す技やアクションがゲーム画面上で効果的に機能することを強く意識しました。
──映画のスクリーンで見せるものとは、また違った「動き」が求められたわけですね。
西川氏:
あとは、もっと純粋に「新しい怪獣をデザインする」という観点でお話すると、ビオランテという怪獣は、自分の中では当時考え抜いた末の完成形に到達しているものです。ですので、そこにさらに手を加えるというのは、一歩間違えれば蛇足になりかねないわけです。
その付け加える要素に、いかに意味を持たせるか。そこで重要になるのが、設定の捉え方です。ビオランテというのは、劇中でも形態を変えていく進化する怪獣でしたよね。劇中では、バラの形から始まって、だんだんゴジラの形質が強まっていく……というプロセスを経ていました。
ですから、ビオランテのその先を考えるならもっとゴジラに近づくというのが、妥当な進化かもしれません。ただ、それはあまりおもしろくない気がしたんです。
ビオランテというあの唯一無二の個性的なフォルムが、単にゴジラに近づいてしまったのでは、キャラクターとしての魅力が薄れてしまいます。そういった整合性よりも、個性をさらに突き詰める方向で成長させた姿を考えた方がいいと思ったんです。
ですので、今回は引き算ではなく、あえて「盛る」方向でデザインを構築していきました。
──なるほど。これまでのお話を聞いたうえでリブートされたビオランテを眺めると、趣が変わりますね。
西川氏:
ですが、デザインを盛るために闇雲に要素を足すと全体のバランスを崩しかねないため、なにか明確な足がかりがほしいと考えました。
そこで今回は、生賴範義先生が描かれた当時のポスターイラストのイメージをお借りすることにしたんです。
西川氏:
あえて、かつて川北監督がボツにした「花びら」を復活させています。監督が100枚近いデザイン画を見た末に「花びらはいらない」と結論づけたのですから、単に花びらをつけてしまっては、当時の否定になってしまいます。
自分の中でどう理屈をつければ納得できるかを模索して、ふたつの答えに辿り着いたんですね。ひとつは、先ほどのポスターのイメージの具現化。そしてもうひとつは、その尖った花びらをゴジラの背ビレが植物として発現したものだと再解釈することです。
──植物になった背ビレというのは、すごく説得力があります。
西川氏:
シルエットとしてはゴジラに寄せすぎない判断をしましたが、そのぶん、内部能力的にはゴジラの性質が発露してきている様子を表現したいと考えたんですね。
その最たるものが熱線です。単にビオランテの口から熱線を吐くのではキャラクター性がブレてしまうため、「ビオランテの口の中に、さらにゴジラの口が形成され、そこから熱線を放つ」という形にしました。
──熱線を放つための器官をあえてゴジラそのものにして、ビオランテらしさを失わないというアプローチはすごくおもしろいです。
西川氏:
外見はまだ植物の皮を被っていますが、内部はゴジラ化が進行している──。それを表現するために、随所にゴジラの皮膚感などの要素を組み込んでいます。
それから、ゴジラ化の象徴として足もつけてあげることにしました。
──ちなみに、リブートにあたって、東宝さんから具体的なリクエストなどはあったのでしょうか。
佐藤氏:
大前提として、『ゴジバト』は俯瞰視点が基本になります。ですので、スマホの小さな画面で見たときに、ひと目で「いままでのビオランテと違う」と認識できることが重要でしたので、そのようにお願いしました。
西川氏:
劇中のビオランテは腹部の発光がポイントなのですが、あれをそのままゲームのように斜め後ろから見下ろす視点で設置すると、何も見えなくなってしまうんです。そこで、発光部を円形に配置することで、上からでも変化が分かる位置にポイントを持ってきました。
あとは、形以上にパッと見の印象を左右するのが、色です。今回は成熟した個体であるという設定を強調するため、かつての緑一色だった姿から、より樹木に近い茶色へと変化させています。背ビレ(花びら)にアクセントとして違う色を入れる、といった工夫もしています。
デストロイア×キングギドラ。最強同士の掛け算で生まれたリブート版デストロイア
──デストロイアについてはいかがでしょうか?
西川氏:
当時のデストロイアのデザインについては、じつは最初から参加していました。まだデストロイアという名前ですらなかったころに初期のデザイン案を描いていたのですが、最終的なデストロイアのデザインそのものには直接関わっていないんです。
当時の『平成・VSシリーズ』の現場は、誰がどのデザインをしたかという境界がだんだん曖昧になっていくような状況だったんです。みんなが描いたものに対して監督が意見を出し、「あの人が描いた案を、この人でブラッシュアップしてくれ」といったやり取りが日常的に行われていたんです(笑)。
──ビオランテとはまた別のたいへんな状況ですね……。
西川氏:
『平成・VSシリーズ』は毎年製作されていましたから、いま考えても本当にすごいスケジュール進行だったんですね。デザイン作業も非常に時間が限られた中で進められていたので、とにかく全員でラフを描き、突き合わせて、すぐに直すという、かなり力技の作業でした。当時は多数のデザイナーが参加していたので、最終的な経緯は判然としない部分があるんです。
岡本英郎さんが最終案を出されて、それを吉田穣さんがクリーンアップしたのか、あるいはその逆だったのか……。とにかく、決定稿と言えるようなものが複数人の手によって形作られていきました。
──そんなデストロイアのリブートはいかがでしたか? 先ほどのお話では、最初の打ち合わせの時点ですでに「これ決まりだ」と思えるようなものだったということでしたが……。
佐藤氏:
最初に西川先生からご提示いただいたデザインの時点で、デストロイアとキングギドラを掛け合わせるというコンセプトは固まっていました。もう、明快にかっこいいですよね(笑)。
どの世代の「ゴジラ」ファンにとってもストレートに伝わる、コンセプトの強さがありました。
西川氏:
とにかく「わかりやすさ」を重視したデザインとしています。リブートデストロイアは掛け算のデザインなので、素材を選んだ時点で勝負が決まっているんですよね。
デストロイアとキングギドラという、最強どうしを掛け合わせてしまったら今後どうするんだ、という心配はあるのですが(笑)。
──西川先生は『平成・VSシリーズ』のキングギドラのデザインを手がけていらっしゃいますから、思い入れも強いのでしょうか?
西川氏:
強いですね。昭和世代と平成世代の感覚の違いかもしれませんが……。『平成・VSシリーズ』世代にとっては、ゴジラがタイマンで最終的に叩き伏せた相手というイメージがあるかもしれません。でも昭和世代にとっては、ゴジラ一頭では絶対に勝てない相手という認識なんです。
……といいつつ、昭和の作品でもそこまで血生臭い戦いをしているわけではなくて、わりとほのぼのしているんですけどね(笑)。
──(笑)。リブートの具体的なデザインはどのように構成されていったのでしょうか?
西川氏:
デストロイアもビオランテのときと同様に、設定上の成長を意識しました。デストロイアに別の形態があり得るとしたら、映画の世界観や現象としてどういう理屈なら成立するかを考えてデザインしていったんです。
西川氏:
デストロイアには、「他の生物を取り込んで姿を変える」という設定があります。劇中の完全体がゴジラに近い姿なのは、直前にゴジラジュニアと戦って、その姿を取り込んだからです。
では、今回はどの怪獣を取り込むべきか。『平成・VSシリーズ』の怪獣は最期に光の粒子となって消えてしまうものが多いのですが、メカキングギドラだけは引き上げられてメカゴジラの材料になった経緯があります。
ですので、「メカとは関係のない生身のキングギドラの部分は海に残っているはずだ」と考えたんですね。デストロイアの幼体が接触し、キングギドラの細胞を摂取した……という理屈なら、設定としてクリアできると考えました。
ただ、キングギドラはデザインとしての主張が非常に強く、首が3本あって羽があると、どうしてもキングギドラに見えてしまいます。いかにそれだけではないことを見せるかが課題でした。
初期のデザイン案を見ていただくと、じつは足がカニのような形になっているパターンがあります。これは完全体ではなく、その一歩手前の飛翔体が発展した形という想定で考えていたんです。
──決定版のデザインになる前の初期案もすごくいいですよね。いま風というか。脚回りのデザインは、最終的には二足歩行になるわけですね。
佐藤氏:
いわゆるデストロイアという怪獣としての見栄え、堂々とした強そうな佇まいにしたいという考えから、ブラッシュアップをお願いしました。
それから……今回のリブート企画に登場する怪獣は、「東宝30cmシリーズ」【※】というフィギュアシリーズで立体化したいという野望があるんです。フィギュアでの立体化を目指すのであれば、脚回りは自立できるデザインのほうがよいというのも少しありました(笑)
※東宝30cmシリーズ……全高約30cm~35cmの塗装済み完成品ソフビフィギュアのハイエンドブランド。劇中イメージを忠実に再現したリアルな造形と彩色が特徴。
西川氏:
自分としては、キングギドラはゲームの中ではつねに飛んでいるイメージがあったので、脚は必ずしも歩行用である必要はないかなと考えていたんです。ですが、強い怪獣としての見栄えというお話を伺って、それも一理あるなと。ただ、映画の完全体よりも強くしたくはなかったんですね。
キングギドラとデストロイアを掛け合わせると、どうしても強そうに見えるデザインになってしまうので、進化の一段階前の飛翔体の流れを汲ませてバランスを取ることにしたんです。脚はありつつも、羽のデザインには飛翔体の流れを残しています。ゲーム画面で羽は非常に目立ちますし、映画の完全体とは明確に印象を変えたいという意図も叶えることができました。
──完全体とは別の進化を辿った姿にすることで、完全体の圧倒的な力を毀損しないままに、強い怪獣としての納得感もある新たな強さを提示したのですね。
西川氏:
今回のリブートでは「自分がデストロイアを手がけるならこうする」という想いが、どこかにあったかもしれません。
とはいえ、やはり映画に登場したキャラクターを尊重することが第一ですので、あまり自分勝手な解釈になりすぎないようには気をつけています。あくまで映画の設定に沿ったうえで、そのあり得る範囲内での表現に留めるようにしているつもりです。
──怪獣という豪快な存在に対して、すごく繊細に設定を積み上げられているのですね。
西川氏:
ゲームオリジナルの怪獣には、映像作品の怪獣が持っている物語や実体という「足場」がないからこそ、意識してしっかりと設定を作っていかなければならないんです。そうしないと、映画にも登場して確固たる存在感のある他の怪獣たちと並び立った時に、どうしても軽い存在になってしまいます。
そこを補うためには、映画に登場する怪獣と同等に、その出自や設定に対して納得のいく裏付けを用意する必要がある。むしろ、ゲームだからこそ強く意識したポイントですね。
──物語を背負っていないからこそ、設定という「足場」をすごく大切にされているのですね。
西川氏:
デストロイアは見た目や設定が非常に強力なわりに、ポテンシャルを最大限に発揮しきれなかったというか……劇中ではどこか「不憫な怪獣」という印象があるんです。
もともと見栄えのする怪獣ではありますが、今回こうしてリブートすることで、よりパワフルに再活躍できる場を与えられるのは、デザイナーとしてもうれしいですね。
──60代の西川先生と20代の佐藤さんという、年代の離れたおふたりの組み合わせだからこそ、今回の斬新なリブート企画が生まれているのではないかと感じました。
西川氏:
ゴジラには70年の歴史がありますから、たとえ私と佐藤さんに40年近い年齢差があったとしても、じつは作品への向き合い方や感覚自体はそれほど変わらないのではないかと思うんです。
原点となる最初の「ゴジラ」という揺るぎない存在が君臨していて、入り口こそ違えどそこから歴史を遡っていくという体験は共通しています。第1作をリアルタイムで観ているのは、私の親の世代ですからね。
佐藤氏:
私がリアルタイムで見ることができた作品は『シン・ゴジラ』あたりからとなりますが、過去作品も含め感じたのが、想像していた以上の人間ドラマの濃さだったんですね。「これがゴジラ映画なのか」と非常に驚きました。
ゴジラという存在に対して「結局何なのだろう」という問いへの答えが作品によってまったく違うということも、ゴジラ映画の魅力のひとつだと感じています。味方であったり敵であったり……。ハリウッド作品では、地球自体の守護神のように描かれることもあります。
一方で『シン・ゴジラ』や『ゴジラ-1.0』では、一貫して人間の敵として描かれています。誰が監督するのか、あるいはどの国の人が作るのかによって、同じ怪獣でも見た目だけではなく、作品内での立ち位置がガラリと変わる。それは、作品ごとのテーマをゴジラという存在に投影しているからなのだろうと思っています。
以前、社内で「なぜ海外の人は日本のゴジラ映画が好きなのか」という話題を耳にした際、「日本のゴジラには明確なテーマがあるからだ」と言われていて、「なるほどな」と腑に落ちたんです。
クリエイターの方々をはじめ、作品に携わる皆さんがゴジラで表現するテーマを突き詰めているからこそ、作品ごとに異なる個性が生まれる。だからこそ、30作以上も同じ怪獣にスポットを当て続け、なおかつおもしろいものを生み出し続けているのではないか、というのがいまの私の捉え方です。
──たしかに、ゴジラは敵にも味方にも、未曾有の大災害にも、それ以外にも位置付けることができます。
西川氏:
やはり若い人たちにとっては、新しいことが極めて重要だと思います。『平成・VSシリーズ』があれほどヒットしたのも、川北監督が昔の作品をリスペクトしつつ、いかに新しく見せるかに挑戦し続けていたからです。
たとえファンから反発を受けるリスクがあったとしても、「前回は体内放射だったから、つぎはスパイラル熱線だ」という具合に、ゴジラというキャラクターに毎回新しい要素を加えていました。
当時、昭和のゴジラが好きな世代からすれば、ゴジラがどんどん変わっていくと感じたかもしれません。でも、リアルタイムで観ていた子どもたちにとっては、自分たちに向けて新しいものを提供してくれているという感覚があったはずです。
ゴジラは歴史があるけれど、つねにリアルタイムのキャラクターであり続けてきました。歴史があるという強みを活かしたうえで、いまに訴えかけていく。それはこれからも大事な視点だと思っています。
──熱線の描写ひとつとっても、「あの作品の熱線はこうだった」と世代を超えて語り合えるのは、「ゴジラ」がつねに変化・進化し続けてきたからこそかと。
西川氏:
たとえ変化があったとしても、「前のものを否定しない」というのが「ゴジラ」のすごいところです。新しい解釈や表現が出てきても、それまでの歴史を塗りつぶすのではなく、すべてを飲み込んでいく。そうやって器がどんどん大きくなっているんだと思います。
どんなに変わったとしても、そのすべてが「ゴジラ」として受け入れられる。単に変化するのではなく、選択肢がどんどん増えていっているだけなんです。「新しいことをやったら、いままでのゴジラがゴジラでなくなる」なんてことはない。過去を否定しないんですよね。その許容範囲の広さ、懐の深さこそがゴジラの強みですよね。
──重厚な人間ドラマがある一方で、人間が入り込めない怪獣どうしの激突もある。その真逆とも言える要素が「ゴジラ」という作品の器の中に共存し、どちらも受け入れられているんですね。
西川氏:
ただゴジラという存在に甘えていたわけではなかった。つまり「ゴジラを出しておけば大丈夫だろう」という安易な考えではなく、つねにゴジラの新しい側面を提示し続けるという姿勢が、いま振り返れば非常によかったんだと感じます。





















