『428』は「集合知」の謎解きと戦っていた
――それにしても、この取材の下調べに久々にミステリの状況を調べてみて、正直なところ、本格ミステリ小説というジャンルが、心配になりました。たぶん一時期、オタクの“教養科目”として本格ミステリがあって、それこそ『化物語』の作者【※】なんて最初その界隈でデビューしたんだよ……みたいな話、今や実感さえ湧かなそうですよね。いつの間に、そうなっていたのか、と。
※『化物語』の作者
西尾維新のこと。1981年生まれ。日本の小説家、漫画原作者、脚本家。登場人物の名前やセリフなどにおける独特な言葉遊びを用いるのが特徴。2005〜2006年にかけて連載された『化物語』及び、「〈物語〉シリーズ」は、アニメ化、ゲーム化など、様々なメディアミックスが行われた。
イシイ氏:
まあ、SFファンも同じ体験をしていますから。
SFは死にましたけど、逆に全てがSFになったんです。かつては宇宙を人間が飛ぶのを考えること自体が一部の人間の特権だったけど、今や『ゼロ・グラビティ』や『インターステラー』が流行る時代ですよ。
まあ、「あんなもんすぐガス欠になるわ!」とか「何で速度差あんのに同じ軌道で何度も遭遇すんねん!」とか僕らはツッコんでしまうけど、そんな考察をするやつはもう要らんわけです(笑)。
SFが市民権を得たように、ミステリも市民権を得た。今やベストセラーの恋愛小説で、普通に叙述トリックが使われていたりしますからね。それこそ、京大推理研なんかが実験してきたミステリのテクニックが、一般化したんじゃないですか。
神部氏:
テレビでも、それは感じますよ。
「謎解き」的な要素で演出するのは、今や常套手段になっていて、なんだか昔に比べて、ミステリ的な手法がすべてのコンテンツに浸透していった状況がある気がしますね。
――ただ、情報化で「謎解き」という行為それ自体に困難が生まれていませんか。これはゲームにも降りかかった問題で、攻略情報が検索できるようになって、みるみる攻略サイトで片付く程度のゲーム性は弱くなりましたよね。ミステリも検索で内容が分かるのを知ってると、どこか興ざめですよね。ここは面白いところで、書評サイトや2chのミステリ板が盛り上がってたくらいの時代なら、逆にインターネットのお陰で楽しみが増幅していたと思うんです。
イシイ氏:
だって、チュンソフトも『428』で2chと戦いましたから。
僕らは、『かまいたちの夜2』が発売当日に解かれてしまったという事件があって、『428』は徹底的に難しくしたんです。その結果、1週間は彼らを出し抜けた。もう「集合知」を使わないと解けないような作りにしましたからね。
――えっ、『428』って一人では解けない難易度設定だったんですか。
イシイ氏:
隠しシナリオの解放条件は、なんですけどね。もう個人とは戦ってないです(笑)。僕らは、あの時点でもう「集合知」と戦ってました。
ただ、これは難しい問題ですね。例えば、「安楽椅子探偵」なんかは、まさにインターネットの集合知と向き合った結果、どんどん凄いことになっていきましたからね。ネタバレになるので記事には書かないで欲しいですが、そのあと数年間、番組が放送されなかった回があって、それの真相は○○だったんですよ。
――ちょうどミステリから離れだした時期なので見てませんでしたが、そんなの気づくかどうかすら怪しいですね(笑)。
イシイ氏:
最後は、もう「わかんねえよ!」というのを面白がる番組になっていた気がします。いや、それはそれで個人的には面白かったんですけど。
神部氏:
僕は、制作する人間として、それはそれで一つの道だとも思うんです。ただ、なかなか受け手が広がりにくいやり方ではありますね。
――これって、要は「謎解き」のエンターテイメントが、「個人」に強く帰属したインターネット以前の「知」のあり方しか想定できていなくて、インターネット以降の「集合知」で上手く面白くする方法を思いつけていない問題だと思うんです。結局、ミステリが弱体化しているのも、本質的にはそこに原因がある気がしていて……。
イシイ氏:
そこはまさに今回の番組で、一つ考えている部分でもあります。
まあ、やっぱり言えないですけど(笑)。
ゲームクリエイターは「お約束」から創造する
――わかりました(笑)。
ただ、先ほど『かまいたちの夜』で話に挙がった「アナログさ」も、小説とゲームを比較すると困った部分になると思います。例えば、手がかりを明示的に提示しないと現実的に「犯人当て」が成立しなくなる「フレーム問題」みたいな話や、新本格で議論になっていたような「操り」を真剣に検討すると謎解きが成立しなくなるという話って、別にノベルゲームだったら、基本的に問題にする必要さえないですしね。
イシイ氏:
だって、僕らはデジタルのプログラム記述で書いてるから、選択肢が無限ということはない。フレームを確定できちゃいますからね。小説という自然言語だけで記述するメディアの曖昧さが、細々とした些末な議論とか、たたき合いとかを引き起こしちゃうわけですよね。
――ゲームは極論、シラミ潰しで確実に解けますからね。小説は、だからこそ自由に解決を想像する可能性があるとも言えるのですが……。ただ、フェアプレイを本気で言い出すなら、ハッキリ言って「本格ミステリ」なんて、小説というメディアで行っていたこと自体が、欺瞞みたいな話ではあると思います。
イシイ氏:
その意味で、「謎解きLIVE」でカードを持ち込んだ【※】のは、エレガントですよね。一種の単純化によって、フレーム問題をしっかり処理したうえで、どういう証拠でどういうルールなのかを、物語とは別のレイヤーで提示できるわけですからね。
※
「謎解きLIVE」では、放送中に提示されるカードを選択しながら推理を進めていく。
――そういうメタな「お約束」のレイヤーを自分で設計できるのも、ゲームの利点ですよね。例えば、先ほどイシイさんがお好きだと言っていた叙述トリックって、作中世界のレイヤーではなくて、それを記述する小説の“お約束=ルール”の「曖昧さ」に仕掛けるトリックですよね。
一例を挙げると、小説って本質的に「三人称客観視点」と「一人称視点」の叙述を区別できないじゃないですか。だからこそ「実は地の文だと思ってたのは、全て犯人の主観視点でした」みたいな、よくあるトリックが成立する。こういう手法を駆使するんですよね。
イシイ氏:
叙述トリックはまさに、そこが面白いところじゃないですか。僕は仕組みが好きなので、あの「小説の仕組みをぶっちゃけちゃう」という叙述トリックの仕掛けは楽しいし、ゲームのつくりに似ていますよね。物語の上に、一つメタな階層を想定して、成立するものですから。
――でも、こういうのって大半が、文学史的には近代小説の形成期に生まれた「お約束」だったものばかりなので、なかなか現代では厳しいものがあって……。
近代小説の「お約束」に拘らない小説が増えれば、カメラアイのような「三人称客観視点」の描写も減ってくるし、「女言葉を使ってるから女だと思ったのに…」みたいな性別反転トリックも弱くなってくる。なんだかんだで昔ながらの小説観に立脚していた「遊び」だったとは思います。
イシイ氏:
そこは、ゲームのありがたいところで、デジタルの利点がありますよね。
だって、ゲームクリエイターの叙述トリックの場合は、プログラムの視点が入りますからね。小説家の方々よりも考えるレイヤーが、一枚増えているんだと思います。あまりネタバレになる言い方は出来ないけど、打越鋼太郎さん【※】なんて典型でしょう。常にそれは物語の中にあるのか、プログラムの中にあるのかを考えながら、開発をしていますよね。
――ゲームは、作品ごとに「お約束」を一から構築できるわけですね。逆に言えば、80年代後半~90年代に新本格が駆使した「叙述トリック」のような手法って、近代小説という叙述形式の「お約束」の自明性が疑われはじめた時代に、一瞬だけ刺激的だった「遊び」だと思うんです。
いま思えば、ラノベの勃興なんかと同時代的な現象だったし、近代小説が前提にしていた様々な「お約束」の崩壊過程の中で、それをエンタメとして消費していた側面が強かったと思います。
イシイ氏:
ゲームクリエイターは、そういうメタなルールのような存在に、端から自覚的です。ただ、ゲームの物語が、そもそもそういう発想を僕らに要求してくるのであって、誰もがそうなるんです。まあ、その発想で「謎解きLIVE」に向かうと、ついついああなってしまうわけですけども。
――でも、あの時期の叙述トリックは、一回限りの面白さだったように思います。その後も新しい小説一回ごとに書き方のルールをこしらえて、それに叙述トリックを仕掛けることもできたのかもしれませんが、それってもはやゲームデザイナーでは……という話ですね。
イシイ氏:
ラノベはラノベで、やれる仕掛けはあると思いますよ。それで刺さる相手は、やはり昔に比べて細分化されていそうですけどね。ただ、状況はゲームだって一緒ですよ。実はこの20年くらいで、僕らも既存のフォーマットを消費しちゃってるんですよ。僕なんて、本当に困ってます(笑)。新しいフォーマットが生まれてこないと壊せないですから。
あとは残ってるのは、MMOの破壊とかですけど、あんな何十億円もかけたゲームを「破壊する」ために開発するのは、なかなか覚悟がいる……(笑)。アプリやソーシャルゲームへの破壊も考えてみたのですが、なかなか難しいですね。現状、僕も上手いアイディアがない状態にあります。
※MMO
正しくはMMORPG。Massively Multiplayer Online Role Playing Game(大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の略。運営会社の設置したサーバー内に展開する世界に数百~数千のプレイヤーが同時接続し、オンラインで同期して楽しむタイプのロールプレイングゲーム。代表例に『World of Warcraft』や『ファイナルファンタジーXI』、同『XIV』、『ドラゴンクエストX』シリーズなどがある。
――以前に、イシイさんは「テクノロジーが次のフェイズに到達するまでは、“人狼”みたいなアナログゲームから学んでおきたい」と仰っていましたよね。
イシイ氏:
以前に電ファミでも話しましたけど、僕はプレイヤーのAI化がそのときにキーになると思っていて、そのときに再び物語作家として、どう形式を破壊していけるのかはワクワクしていますね。
「小説の大部分はAIに書かせてます」――AI時代のストーリー創作術を、『428』イシイジロウ×『刀剣乱舞-ONLINE-』芝村裕吏が語り合った!
イシイ世代が「メタ」や「破壊」が好きな理由
――それにしても、イシイさんのようなゲーム業界に初期からいる人たちや、新本格の第一世代の人たちって、本当に既存の形式の「破壊」とか「メタ」とかが好きですよね。今のイシイさんの話なんて、もはや壊すためにこそ、新しい形式を創造しなければいけないという話になってますし(笑)。これ、世代的な特徴だと思うんですが、どこから来ているんでしょうか?
イシイ氏:
そうですねえ(笑)。
まあ、ゲームについて言えば、黎明期は自然にそうなったのはありますよ。例えば、映像の斬新な演出って、たぶんミスから生まれていることが多いと思うんです。編集の「エフェクト効果」なんて、そうでしょう。
こういう技術との偶然の出会いを、上手く活用することは創造の場面では本当に多いんです。まして、ゲームはデバッグの過程で中途半端なプログラムを見ることも多い。僕自身も当時、そういう制作過程で見た「中途半端なもの」から刺激を強く受けました。
だから、才能がそんなになくても、コンピュータからの凄まじいインプットによって、人が思いつかない発想を山ほどできて、新しいジャンルを生み出せたんです。そういう意味では機械にサポートされている人が多くて、テクノロジーが今みたいに安定しちゃうと、急に才能がなくなるという人も沢山……って、こんなこと話してええんか、僕は(笑)!
一同:
(笑)
神部氏:
まあ、僕は昭和38年生まれですけど、万博を小学一年生の頃に観に行って、テレビが白黒からカラーに移るところを見た世代です。ゲーム機やパソコンが家に来る光景も見て、新しいメディアも次々に登場していた。今の既に何でもある世代の人とは少し感覚が違うんですよ。
この先に、何か新しいものがあるはずだと常に思ってしまっていて、いつも次に次に進んでいこうとしていた結果、背後には荒野が広がっていたのはあるかもしれない。そういうのは、この世代の特徴だと思います。
――世代的には、「団塊世代と団塊ジュニア世代の間」くらいですよね。当時「新人類」と呼ばれたような、いわゆる「バブル世代」ですね。
イシイ氏:
団塊の世代が上にいたのも、絶対に影響ありますよ。あの人たちは、もう何でも壊してましたから。最初はちょっと憧れて、その後、「こいつら、論理的に壊してないぞ」と冷静になった世代だと思います(笑)。で、自分たちはもっと賢く壊したいなと思ったんです。
神部氏:
さすがに、ぺんぺん草も生えていないのは、ちょっと……みたいな(笑)。
イシイ氏:
ここは僕たちの作品のお客さんだった、団塊ジュニア世代との違いでもありますね。
彼らって、ストレートに消費して、喜んでくれるんです。それをちょっとだけ「大人の目線」で、客観的に見ながら作ってきた気がします。まあ、もっと細分化して言うと、庵野さん【※】のような少し上の世代は、もう容赦なく彼らを突き落として「破壊」するのだけど、僕らはもう少し目線が近くて、「君たちより、ちょっとだけ先を行ってる消費者だよ」という感じだった気はします。
※庵野さん
庵野秀明。日本のアニメーター、映画監督、実業家。1960年山口県宇部市生まれ。株式会社カラー代表取締役。1997年にはテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を監督し、社会現象を引き起こした。2017年には実写映画『シン・ゴジラ』の総監督を務め、同作は第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞している。氏を「少し上の世代」と語るイシイ氏は1967年生まれ。
――とても面白いのですが、それで「メタ」好きが説明できるのかというと……。
イシイ氏:
うーん、じゃあ筒井康隆【※1】が悪いんじゃないですか(笑)。僕も読みまくりましたもん。あんな形式破壊の教科書を読まされたら、真似をしたくなりますよ。
あと、二番目に悪いのは、押井守【※2】(笑)。まあ、僕は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』【※3】を見て、「高橋留美子をもっとリスペクトしろ」と怒った側でしたけどね!
※1 筒井康隆
1934年大阪府大阪市生まれのSF作家。SF作家の範疇に留まらず、戯曲、評論、純文学、ジュブナイル、エンターテイメントなど境界なく幅広く手がけ、果ては俳優としての活動などにも実績がある。パロディ、ナンセンス、ブラックユーモアなど知性に裏付けられた風刺や、既成の概念や形式を打ち崩す作風で、『虚航船団』に代表されるメタフィクションものも多い。
※2 押井守
1951年東京都大田区生まれの映画監督。竜の子プロダクションでアニメーション業界に入ったのち、スタジオぴえろにてテレビアニメ『うる星やつら』のチーフディレクターを務め、劇場作の監督として2本目にあたる『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で広く評価される。ぴえろ退社後は、実写映画やOVA『機動警察パトレイバー』、劇場版『機動警察パトレイバー the Movie』などを手がけProduction I.Gに参加。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』などを発表している。
※3 うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー
1984年東宝リリースの劇場版アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』。前出の押井守監督作品。学園祭を翌日に控えた学校という時間がループする世界からの脱出を描く。
シャーロック・ホームズは「冒険小説」
――なんだか、謎の納得感がありました(笑)。そして、そろそろ時間なので、最後に番組の話に戻ろうと思うのですが……今回はシャーロック・ホームズとコラボした企画になるそうですね。
神部氏:
そこは私から投げたお題です。
というのは、ちょうど『緋色の研究』【※1】が出てから130年で、BBCの「SHERLOCK4」【※2】をNHKで放送することもあって、ぜひこの番組でも乗りたいな……と、非常にザックリと相談してみたんです。
※1 緋色の研究
アーサー・コナン・ドイルによる1887年発表のホームズシリーズ第1作。大きく2部に分かれ、前半ではホームズとワトソンの出会いおよび殺人事件の提示と犯人逮捕まで、後半ではその謎解きが語られる。
※2 BBCの「SHERLOCK4」
イギリスで2010年から放送されている、名探偵シャーロック・ホームズが活躍する大ヒットドラマシリーズ。今回で4シーズン目。日本では2011年から放送された。
イシイ氏:
そのとき、ちょうど僕は日本シャーロック・ホームズ・クラブに入会したばかりだったんです。
というのも、僕はカンバーバッチの『SHERLOCK』の映像センスが大好きなんですね。特に第2シーズンが大好きで、自分の中でホームズの再評価があったんです。それで、ああいう尖ったアプローチで新しいミステリを生み出せないかと、ホームズを研究を自分なりにして、新しいホームズ像を模索していた時期でした。
――おお、ではぴったりのタイミングだった。
イシイ氏:
ただ、ホームズって冷静に考えると、冒険小説なんですよ(笑)。パズル的な本格ミステリではなかったんです! ここは結構、今回の物語に取り入れるのに苦労しました。
――そこは大事なお話ですね(笑)。
ちょっと読者にミステリ史の補足をすると、ホームズが登場した時代は19世紀末なんですよね。でも、そもそも探偵小説が問題編/解決編に分割された長編形式の「謎解きパズル」として本格的に確立したのは、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の1920年代で、だいぶ後世の話になります。
しかも当時の名探偵ではホームズはマシな方で、他になると別に近代的合理性のもとで推理をする存在とも限らないですからね。当時は、もっと怪しい特技を持った名探偵みたいな、「なんじゃそりゃ」みたいな色んなパターンがあったそうです。書店でミステリ小説の棚には置かれてますが、現代的なイメージとは全然違う時代の作品なんです。
イシイ氏:
まさにホームズって、かわいそうな女性を助けたり、悪いことを暴くような面白さがメインの「冒険小説」ですよね。「頭の良い名探偵」のイメージ像はあるけど、実は全然ストーリーは本格ミステリじゃない。
ただ、それでも僕は、これほどミステリが流行ったのは、誰もが「ホームズになりたい」と思ったからじゃないかと考えているんです。なんか当時の探偵小説の謎解きも冷静に考えると後出しでゲームとしてはメチャクチャだけど、明らかに解いてる方は面白そうで格好いいじゃないですか。『遊戯王』【※】の初期みたいなもので(笑)、メチャクチャなルールだけど格好いいから、じゃあちゃんと整備しようかな……となった、みたいな。
※遊戯王
高橋和希による、1996年から「週刊少年ジャンプ」で連載されていた漫画作品および、そのメディアミックス作品群のこと。カードゲームが始まる以前の物語では、主人公・武藤遊戯が「千年パズル」を完成させることで出会ったもう一つの人格「闇遊戯」が、世のならず者たちに「闇のゲーム」を仕掛け、成敗していく内容であった。
――ミステリの始祖ポオ【※】が「天才」によって生み出したデュパンという名探偵像の原型を、大衆性を持つ魅力的なキャラクターとして普及させたのが、ホームズなのだと思います。実際、正確に調べると少し俗説に近い気もするのですが、ホームズに影響を受けて安直な名探偵が跋扈したことで、大戦間期にルールが整備された……という説明も、確かにしばしばあります。
※ポオ
エドガー・アラン・ポオ。1809〜1849年。アメリカの小説家、詩人、評論家。1841年に発表した短編推理小説『モルグ街の殺人』で描かれたC・オーギュスト・デュパンという人物像は、以後の推理小説における探偵の原型となった。他にも詩、怪奇小説、SF小説、冒険小説など、多くの領域にまたがって作品を残した彼の文学への貢献は計り知れない。
イシイ氏:
僕は人狼ゲームをやってると、「人間って本当に推理が好きなんだな!」と思うんですよ。そういう意味では、人間の普遍的な欲望を体現したキャラクターなんだと思いますね。理系研究職に行くタイプとか、頭脳で勝負する職業とか男女に関係なく、ホームズ好きが本当に多いな、と思いますもん。新しいヒーロー像を提示した、冒険小説だったんだろうなと思います。
しかも、面白いのはコナン・ドイル自身も、実際の「えん罪」をひっくり返したり、リアルホームズみたいなことを始め出すんですよ。人間がロールプレイしたくなるキャラクターなんでしょうね。難易度的にも、なんか頑張れば少し真似できそうな気もしますし(笑)。その先に探偵小説がゲーム化していくのは、ある種の必然があるような気はしますよ。
「謎解きはお客さんがいないと成立しない」
――それで言うと、探偵小説のゲーム化って、ホームズの模倣作品に対する問題意識よりは、むしろ本当に広義のゲームが関係していたようです。大戦間期の本を読むと分かるんですが、実は第一次世界大戦直後のアメリカやイギリスって、パズルや麻雀が流行ったり、イギリス発の近代スポーツや野球が流行ったりして、「ルールを守った遊び」みたいな発想が、どうも娯楽分野で台頭してきているんですね。実際、「ノックスの十戒」【※】なんかは「クリケット」を例にして、その精神を論じています。「フェアプレイ」も近代スポーツで提唱された概念ですね。
※ノックスの十戒
イギリスの聖職者、神学者、推理作家であるロナルド・ノックス(1888〜1957年)が1928年に発表した、推理小説を書く際の下記10のルール。内容の珍妙さがしばしば話題になるが、同年に発表されてよく並べられる「ヴァン・ダインの二十則」の真面目な口調と違い、原文を読むとかなり冗談めいた口調で書かれている。
1.犯人は物語の当初に登場していなければならない 2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない 3.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない 4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない 5.中国人を登場させてはならない 6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない 7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない 8.探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない 9.“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない 10.双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない
イシイ氏:
それは知らなかった。今度、その話は受け売りします(笑)。
――当時の戦史の本を読むと、「戦場で機関銃を使うのはフェアプレイなのか?」という議論があったと書かれてたりして、欧米はそういう雰囲気の時代だったようですね。
そもそも、「ホームズみたいに知的に謎を解く名探偵を出してくれ」という要求と、「探偵小説のゲームルールを定めてくれ」という要求は、結構内容に開きがありますし、時代的にもホームズの模倣が次々に出た時期と大戦間期は離れてます。むしろ、こういう時代精神の偶然みたいなものも作用する中で、探偵小説は急速に大戦間期にゲーム化していったみたいです。
イシイ氏:
面白いなあ。実際、小説で「フェアプレイ」とか言われても、作家からしたら、ほっといてくれ! っていう気もするからね(笑)。
神部氏:
ああ、そうか。大戦間期のアメリカということは、ラジオが普及し始めたころで、スポーツなんかもメディアを通じた観客を意識し始めたころだと思うんですよね。その時代に探偵小説がゲーム化したというのは面白いですね。
ミステリーの作者と受け手の関係は他のエンタメとはちょっと違う濃さがあるように感じてましたが、その辺にルーツがあるのかも知れない。映像作品でも、謎解きは否応なしにお客さんを意識させられるジャンルだと思っていて、謎解きLIVEでも、お客さんがどんな風に受け取るか、どんなツッコミがくるか、すごく自問自答しながら作ってます。
――ありそうですね。というのはミステリって、消費社会の勃興とも切り離せないんです。例えば、ミステリの創始者のポオは雑誌編集長をしていて、自分の雑誌で「お前らがどんな暗号を送ってきても俺が解いてみせる」という投稿企画を立てて、読者に挑戦したという逸話があります(笑)。ホームズも、雑誌で人気になったら大量の意に沿わない要望などを読者に送られて、最後にはドイルがへそを曲げるという、「Twitterかよ!」みたいな大変に現代的な光景が展開してますからね。
神部氏:
ホームズは、なにせ週刊連載していたそうですからね。ドイルは本当に大変だったと思います。
――ジャンプ作家と読者みたいな関係性があったんでしょうね(笑)。読み手の反応を織り込んでいく形で、ああいう風に現代でも通用するキャラクターに研ぎ澄まされていったんだろうな、と想像します。ミステリは、当初からお客さんとの距離が近くて、インターネット以降の時代の先駆みたいなところがあったジャンルなんだと思います。
神部氏:
もちろん、本質的にはTVというメディアそのものが、常にしっかりとお客さんを意識するべきなんです。謎解きを入れると、そういう要素が普段以上に意識されるのは、良いところですね。
「ゲームをプレイするつもりで見てほしい」(イシイジロウ)
――というわけで、なんだか話題が「参加型エンターテイメント」に戻ってきたようです。このネット時代にホームズをモチーフにして、ゲームクリエイターが「ミステリドラマ」に挑むという、今回の番組の意義も見えてきたのではないでしょうか。
というところで……ここで締めます! そろそろ本当に時間ですので、最後に番組への意気込みをお聞かせいただければと思います!
イシイ氏:
あ、もう終わり?
これ、今日の会話はちゃんと全部載せるんですよね。なんか、電ファミさんは長い記事を載せるから、ロッキング・オン【※】のインタビューみたいだよね。
※ロッキング・オン
1982年設立の音楽系の出版社。「ROCKIN’ON JAPAN」など、各種音楽雑誌を刊行している。アーティストの幼少時代や音楽への目覚めなどに迫る2万字インタビューは、同社が刊行する雑誌の人気コンテンツの一つ。
――……2万字インタビューにはならないようにしたいです(笑)。
イシイ氏:
ははは(笑)。
まあ、番組について言えば、今回の試みには可能性を感じています。小説やテレビとも違う角度の番組なので、ぜひ楽しみに見ていただければと思います。ゲームファンの人も、ぜひゲームをプレイするつもりで見ていただければと思いますね。
ま、詳しいことは言えないんですけど!
神部氏:
この番組はテレビ的にも、たぶん最先端です。見た目とかそういうことだけでなく、テレビというリニアなコンテンツで、色々なことをやっています。普段からゲームをやっている人にも、ぜひこの挑戦を見てもらって感想を聞きたいですね。
ただ……まあ、具体的なことは言えないんですが……(笑)。
――結局、最後まで具体的な話は何も聞けない(笑)! 当日の放送を楽しみに待っています。今日は本当にありがとうございました。(了)
【お知らせ】
イシイジロウ氏、神部恭久氏が手がける「謎解きLIVE」の第6弾「CATSと蘇ったモリアーティ」はNHK BSプレミアムにて、7月8日(土)午後7時から事件編が、同日9時35分ごろから解決編がそれぞれ放送される予定です。
また、NHK BSプレミアムにて、2013年に放送された「謎解きLIVE」の第1弾「英国式ウイークエンド殺人事件」の再放送が決定しました。放送スケジュールは以下の通りです。
・7月6日(木) 午後4:00~5:29 「第一夜」(2013年12月7日放送)
・7月6日(木) 午後5:30~6:29 「第二夜」(2013年12月8日放送)