肌がすごすぎるプラモデルがあるんですが、どうやってできたか知りたくないですか。
『Figure-riseLABO ホシノ・フミナ』(以下、ホシノ・フミナ)はBANDAI SPIRITS(以下、バンダイスピリッツ)から2018年6月9日に発売のプラモデル。いや、“肌”の新しい表現を追求した「プラモデルでも、フィギュアでもない」組み立て式プラキットだ。
箱にはパーツに枝(ランナー)がつながった状態で入っていて、それをユーザーみずからの手で切り離し、組み立てることで完成となる。
つまり、箱から出した時点でこの色のお腹が、腕が、そして脚が入っているというわけだ。塗装することなく写真のような表現になる。
え? これがプラモデル!? まるで生物のような肌の質感を生み出した“バンダイ脅威のメカニズム”
ではいったい、どんな技術がこの表現を可能にしたのだろう?
この問いを胸に、電ファミ取材班は今回、ニコニコ生放送『【フィギュア・プラモ界の革命】バンダイFigure-rise LABO工場探検ツアー with 牧野由依』の中継に同行する形で取材に向かった。
文/しば三角
「ガンプラ」の聖地に潜入!
行き先は静岡にあるバンダイホビーセンター。
国内で流通しているガンプラのほとんどを生産しているという、まさにセンター(中心)の名にふさわしい場所だ。
生放送では、アニメ『ガンダムビルドファイターズトライ』でホシノ・フミナ役を演じた牧野由依さんをゲストに迎え、Figure-rise LABOの企画担当である西村悠紀氏にバンダイホビーセンターを案内してもらった。
そこで取材班が目にしたのは、制作チームのとてつもないこだわりと、約2年にわたる努力の軌跡だった。
シールはなし、歯もパーツ分け、瞳は多色成形
前述したように、ホシノ・フミナはガンプラと同じようなプラモデルキットで、ランナーにくっついた状態で箱に入っている。
ニッパーでパーツを切り取って、凹凸に合わせて組み合わせるとできあがりだ。接着剤は必要ない。
シールはなく、プラスチックを流し込んで成形した時点で、肌以外も含めてすべての質感が表現されている。瞳も印刷ではなく4色のプラスチック成形だ。
歯列までパーツ分けされているし、足の指には爪の成形が確認できる。見れば誰もが「いまのプラモデルはここまでできているのか」と驚くことだろう。
何より注目すべきは肌の表現で、お腹や膝のグラデーションには、並大抵ではないこだわりを感じる。
この肌の色味のグラデーションは、パーツの成形時に蛍光ピンクのプラスチックの上にオレンジのプラスチックを、厚みを変えながら乗せることで表現しているという。
制作者の塗装のテクニックが完成品の仕上がりを左右することが多かったプラモデルだが、塗装に長けていなくとも、これほどのクオリティのモノを手にすることができるとは。すごい時代が来てしまった。
ガンプラに代表されるロボットのプラモデルは下の色が透けてしまわないように苦労するというのに、ホシノ・フミナでは、あえてこの“透け”を利用した表現を追求しているのだ。すごい。そんなこと、思いついてもなかなか実現できることではない。
ホシノ・フミナに使用されているプラスチックは全部で13色。ホシノ・フミナの肌を再現するためだけのオーダーメイドの特注色だというが、それだけではない。聞けば、さらさらした肌とツヤツヤの水着の質感の違いは、金型の磨きかたを変えて表現しているというではないか。
これらを生放送で目の当たりにしたユーザーが寄せたコメントには、「霧吹きで水をかけたい」という意見があり、筆者は目が開かれる思いをした。
この意見は、新しい技術が生み出すのは商品だけではなく、商品に対してのユーザーの新たな関わりかたさえも生み出すことを示唆している。
さて、この見た目は具体的にはどのように作られているのだろうか。取材班は、いままさにホシノ・フミナが作られているという場を案内してもらった。
工場のヒーロー、多色成形機
プラモデルは、溶かして液体にしたプラスチックを金属の型に流し込んで作られる。
このバンダイホビーセンターでは、計17台の機械が日夜せっせとプラモデルを作っている。なかでも4色のプラスチックを同時に流し込める多色成形機は、世界でもここにしかないものだ。
ホシノ・フミナの誕生に、この多色成形機は深く関わっている。
西村氏の解説によると、ひとつのランナーに複数の色を使った(多色成形で設定色を再現した)“いろプラ”という技術が1983年に登場したことから歴史が動いたという。
1989年にはMSジョイント(異材質多重インサート成形で関節を構成)を活用したプラモデルが発売。そして、1990年にはカラー多重インサート成形(同一素材による1パーツ内での色再現)が誕生し、2010年には内部フレーム「アドバンスドMSジョイント」を搭載した「RG 1/144 RX-78-2 ガンダム」が発売された。
アドバンスドMSジョイントの登場によって、ランナーから切り取るだけで関節部位などがきちんと曲がる、複合的なパーツが成形できるようになった。これは固まる温度が違うふたつのプラスチックを重ねることで、ランナー上で最初から組み上げているという。
この技術を発展させて2016年に開発されたのが、バンダイスピリッツの特許技術、レイヤードインジェクションだ。当初は“フィギュアライズバスト”シリーズのキャラクターの瞳に使われていた技術で、最大4色のプラスチックを重ねて成形するというもの。
色成形技術の発展形としてホシノ・フミナの肌は生み出された。プラスチックの上に別のプラスチックをうすく重ね、微妙に厚みを変えることで、下にある成形色を透過させて肌の赤みや陰影を表現。見事に「人の肌の質感」を再現している。
多色成形機 + にじみの発見 + 大量の試作 → ホシノ・フミナ
たとえ理論的には可能でも、それを製品として世に送り出すには、越えなければならない技術的なハードルがたくさんある。
「試作品はよくあさっています」
ホシノ・フミナの肌は、どのような経緯で「これはいける!」というシロモノとなったのだろうか。
西村氏は生放送で、ひとつの興味深いエピソードを紹介してくれた。
設計チームの担当者が試作品置き場の箱をあさっていたときのことだ。ふとしたはずみで、あるパーツが目に入ったという。
それはレイヤードインジェクションで成形された顔のパーツだったが、目の周囲の肌に、瞳の黒がにじんでしまっていたのだ。普段であれば注目されない、失敗作のようなパーツだったが、設計者はむしろこれに注目した。
にじみを逆に利用することで、「肌のきれいなグラデーションを作ろう」と思いついたのだ。
「自分がいま困っていることは、過去に誰かが困っていたことかもしれない。技術のルーツを探ると、答えが出てくることがあります」との西村氏の言葉が印象的だった。
「どれぐらい作ったかもう覚えてない」
理想の肌の色味にたどり着くために、チームは試作を繰り返した。
プラスチックを重ねたときの色味を確認するためのサンプルとなる板を、さまざまな材質や厚みを組み合わせて作ったという。
納得のいく色サンプルができあがったら、それをもとに、原型師・田中冬志氏(@temjin747j)作成の原型をパーツ分けし、金型を設計。
しかしプラスチックのにじみで肌の質感を表現するのは初めての試みだったうえ、コンピューター上でプラスチックの正確な色をシミュレートするのは至難の業。結果、色味にこだわるためには実際にプラスチックでサンプルを作る必要があった。
この色味は、重ねるプラスチックのコンマ数ミリ単位の調整のすえに、制作チームがたどり着いたものだった。
「まずは作りたい景色を想像してみてください」
取材班が「この肌の技術を使ったほかのキャラクター製品を出す予定はありますか?」と訊ねたところ、西村氏からは「Figure-riseLABOは研究がテーマのブランドなので、毎回見たこともない製品を作ることに力を入れていく予定です。ですので、次はまた別の表現でびっくりさせます」と強い回答をいただいた。
なんてことだ、まだまだFigure-riseLABOの挑戦は続くのだ!
プラモデルを組み立てるという行為は、完成品を愛でるというだけでなく、ユーザーとキャラクターとのあいだに深い関わりを作るものだ。キャラクターの姿が分かれたパーツに触れ、凹凸を確認し、細部を理解し、色や造形を味わうという作業は、ほかでは得がたい体験だ。そう、プラモデル製作はキャラクター体験なのだ。
ホシノ・フミナほどのクオリティのプラキットは、ただ作るだけでも楽しい体験になるだろう。だが、プラモデル好きを自負するなら、自分好みにアレンジを加えたくなるところだ。
そこでおすすめのアレンジ法を西村氏に訊くと、「まずは自分が作りたいものが、どんな状況で活躍しているのかを想像してみてください。自分がどんな風景を作りたいか、突き詰めてストーリーを考えてみると、どんなアレンジがいいか、わかってくると思います」とユーザーの想像力を掻き立てる答えが。
技術と執念で誰も想像しなかった驚きを与えてくれたバンダイスピリッツ。その驚きをしのぐユーザーたちのアレンジが、つぎの技術革新を生み出す呼び水となるのかもしれない。
フィギュアとプラモデルの新しい可能性を見せつけてくれたFigure-riseLABO。
ホシノ・フミナは6月9日に店頭に並ぶ予定で、値段は5500円だという。
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