100年前の「アーケード」ってどんなところ? 「アーケードゲーム」の語源を調べていたら、見世物小屋みたいな妙な自動機械がたくさん出てきた

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 前回の「コンシューマー」に引きつづき、今回のテーマは「アーケード」だ。ゲームセンターや業務用ゲーム機を指す意味での「アーケード」は、日本の家庭用ゲーム機市場においても、ゲームセンターの興奮を求めるマニアへのアピールとして頻繁に使われてきた。
 それがよく表れているのは、コントローラーの商品名だろう。たとえばメガドライブではセガが「アーケードパワースティック」を、またPCエンジンではNECホームエレクトロニクスが「アーケードパッド6」を、それぞれ純正の周辺機器として投入した。

 さらに2000年代になると、コナミが『ダンスダンスレボリューション』『ポップンミュージック』などのマニア向け限定品として「アーケードスタイルコントローラ」を商品化。加えて周辺機器大手のホリのジョイスティック、「リアルアーケードプロ」シリーズが人気を博した。

 これら、業務用ゲーム機向けの部品を採用した「アーケードコントローラー」略して「アケコン」は、いまや家庭用ゲーム機、あるいはパソコンゲーム用の周辺機器の花形になっている。

 このように「アーケード」は、業界関係者のみならず、プレイヤーの間でも当たり前のように使われてきた印象がある。
 ただそれだけに、「どうして“アーケード”がゲームセンターや業務用ゲーム機を指すのか?」と改めて問われると、答えに詰まってしまう方もおられるのではないだろうか。今回は、この点を徹底的に探ってみることにしよう。

文/タイニーP


英和辞典にも載っている「アーケードゲーム」

 前回の記事の冒頭で、「アーケードゲーム」を採録した国語辞典がいくつかある旨を述べた。そのうちのひとつ、小学館の『大辞泉』第二版では以下のように説明されている。この内容は、2021年7月現在の『デジタル大辞泉』でも同様だ。

 アーケード【arcade】[1]洋風建築で、アーチ型の天井をもつ構造物。また、その下の通路。拱廊(きょうろう)。[2]歩道にかける屋根のような覆い。また、それを設けた商店街。
 アーケード-ゲーム《和arcade+game》コインを入れて遊ぶピンボールやビデオゲーム。ゲーム機が多くアーケード街に設置されるのでいう。

 しかし、この記述にはいくつか納得しがたい点がある。まず気になるのは、「《和arcade+game》」の記載だ。つまり、「アーケードゲーム」を和製語(和製英語)として扱っている。これは実は、かなり奇妙な話だ。最近では英和辞典でも、中型のものなら「arcade game」を採録していることは決して珍しくはない。

 実際、同じ小学館の『プログレッシブ英和中辞典』も、1998年発行の第3版から「arcade game」が追加されている。もっとも『大辞泉』の「アーケードゲーム」の項目は、1995年の初版から変わりがないので、その編纂時点で『プログレッシブ英和中辞典』が参考にならなかったのは、やむを得ないとは言えるだろう。

 そしてもうひとつ見逃せないのは、「ゲーム機が多くアーケード街に設置されるのでいう。」の部分だ。1989年に出版された、権威ある『Oxford English Dictionary』(OED)第2版を見てみると、「arcade」の語釈の4番目に、特別な組み合わせとして「arcade game」が取り上げられ、以下のように説明されている。

「(機械的または電子的な)ゲームの一種で、元来amusement arcadeで普及したもの」(筆者訳)

 ここで出てくる「amusement arcade」は、現在日本でいうゲームセンターに相当する施設を指す。また、これとほぼ同じ意味の言葉として、東京ディズニーランドでもおなじみの「penny arcade」もある。
 この両者とも、OED第2版で引用されている用例でもっとも古いものは、「arcade game」のそれより数十年も早い。すると、「amusement arcade」や「penny arcade」という言葉が先に広まり、のちにそこに置かれるゲーム機器や設備が「arcade game」と呼ばれるようになったことがわかる。

 つまり、日本でいう「アーケード街」は、「アーケードゲーム」という言葉の発生と直接つながっているわけではない。したがって『大辞泉』の語釈の後半部分は、これまた大きな誤解と言わざるを得ないだろう。

「アーケードゲーム」の「アーケード」は「商店街」!? あの用語集の意外な内容

 しかし、『大辞泉』だけをことさらやり玉に挙げるのも酷かもしれない。というのも、この連載でしばしば取り上げてきたビデオゲーム関連用語集を確認してみると、「アーケードゲーム」を見出し語として採用しているものでも、その由来まで正しく紹介することが当然だったとは言えないからだ。

 実例を挙げてみると、まず1987年に出版された、西島孝徳氏による『新明解ナム語辞典』の「アーケードゲーム」の項目では、以下のように「amusement arcade」などとの関連性を示している。

『新明解ナム語辞典』より引用

 アーケードゲーム 【arcade game】[名]アメリカあたりではゲームセンターのことを「amusement arcade」とか「game arcade」という。やっぱし「ゲームセンター」は和製英語だったんだね。ぐっすん。てなわけで、「アーケードゲーム」とは「業務用ビデオゲーム」のことを表す。ただし、アーケードゲームの定義はもう少し広く、ゲームアーケードに置いてあるゲームはすべてアーケードゲームとなる。(後略)

 ところが、この『新明解ナム語辞典』を参考文献のひとつに挙げているはずの、ファミコン通信責任編集『ゲーム用語事典』では、まったく趣旨が異なる。

『ゲーム用語事典』より引用

 アーケード[arcade] 商店街や街路を指す意味が転じて、一般家庭向けでない業務用のゲーム機や、またはそれを扱う業界を広く指す。(後略)

 アーケードゲーム[arcade game] 業務用のゲームのこと。ファミコンのゲームは一般家庭向けに作られたソフトだが、アーケードゲームは商店街やゲームセンターに設置するために作られたソフト。(後略)

 このように、「amusement arcade」にも「penny arcade」にも一言も触れていないばかりか、「商店街」との直接の関係があるようにも受け取れる説明で、率直に言ってかなり問題がある
 ことによっては、『大辞泉』での「ゲーム機が多くアーケード街に設置されるのでいう」との一文は、この『ゲーム用語事典』の記述を直接参考にし、簡潔に書き直した結果という可能性すらありうる。

 ただし、このことを考慮に入れてもなお、『大辞泉』が「アーケードゲーム」を和製語とした理由は明らかではない。
 先に引用した『新明解ナム語辞典』にもあるように、「ゲームセンター」が和製英語であることはよく知られているが、それにまつわる文章によく出てくる「アーケードゲーム」のほうまで、まとめて和製英語と勘違いされたということなのかもしれない

なんでゲーム機を置いてあるところが「アーケード」なの? 100年前を調べてみた

 ここまでで、「アーケードゲーム」が和製英語でないことは改めて明らかにできた。
 しかしそもそもなぜ、「amusement arcade」や「penny arcade」に「arcade」という単語が含まれているのか、という疑問は残されたままだ。この謎に迫るには、これらの表現が使われ始めたころの状況を見ていく必要がありそうだ。

 先に触れたOED第2版では、「amusement arcade」の用例のもっとも古い文章は1906年、「penny arcade」は1908年となっている。
 しかし現在では、だれでも全米各地の古い新聞紙面をほぼ全文検索できるという素晴らしいデータベースが、アメリカ議会図書館のウェブページ に設けられている。こちらで筆者が確認した限りでは、「Amusement Arcade」と「Penny Arcade」のどちらも1902年には登場しており、OED第2版の記述よりもさらに数年はその歴史をさかのぼれることになる。

 ここで目を引くのが、1902年時点での用例はいずれも大文字で始まっていることだ。つまり、「固有名詞として使われた」ということになる。そのうちのひとつ、ペンシルベニア州バトラーの地方紙に1902年10月に載った広告文は、以下のような内容だ。

 (見出し)アミューズメント・アーケード

 ジオ・W・マードーフは、彼の「アミューズメント・アーケード」をファーマーズ・ナショナル銀行ビルの地下に移転した。彼の新しい射的場(シューティング・ギャラリー)は素敵で、売っているタバコも最高。それに彼はなんでも修理できる。(筆者訳)

 この文面からは、「Amusement Arcade」が、たとえば商店街の路上に機械を置いたというようなものではなく、「建物の中の店舗の名前」だったことが読み取れる。

 似たような言葉としては、「amusement center」「amusement hall」「amusement parlor」などもあったが、こちらはいずれもかなり広い意味合いを含み、この1900年代序盤の時点で一般名詞になっていた。
 たとえば“劇場”のことを「amusement center」「amusement hall」と呼んだ例や、青少年会館のチェス盤などを置いてある“娯楽室”を「amusement parlor」とした例が確認できる。さらに日本でもお祭りでおなじみの“射的”は、先の広告にもあるとおり「shooting gallery」、またボウリング場は「bowling alley」(「alley」は路地・細道の意味)と広く呼ばれていた。

 つまり「Penny Arcade」や「Amusement Arcade」は、上に挙げた既存の表現と重複せず、それでいて、賑やかで楽しそうなものがずらりと並んだ様子を連想させる店名だったと考えられる。
 狙いの近い店名として、「Penny Wonderland」という例も同時期にあったが、それに比べて特に「Arcade」の表現がうまくはまったのだろう。先のデータベースでは、「penny arcade」は1903年に、また「amusement arcade」は1905年に一般名詞として使われた例が見つかり、急速に広まったことがうかがえる。

100年前の「アーケード」ってどんなところ?

 とはいえ、この1900年代序盤のペニーアーケードに、ビデオゲームがあったはずもない。ではいったいどのようなものだったのだろうか?
 当時の新聞紙面から推測できる類型のひとつは、「家族向けの娯楽施設」だ。都市部以外にも、たとえば大規模なリゾート施設の娯楽設備として、回転木馬や射的などと並んで、ペニーアーケードの設置を告知している広告が見受けられる。

 このころすでに、欧米ではコイン式の自動機械の開発・発明がかなり盛んになっており、タバコやビールなどの景品がもらえる、ダイスやルーレットの類を自動化した抽選機、あるいは射的やボウリングのゲーム機も存在した。
 一方で当時の広告や実物のコレクションからは、以下に挙げるような、ゲームとは毛色の異なる機械も、人々の興味を強くかきたてていたことがわかる。家族向けのペニーアーケードには、これらも相当数設置されていたと考えていい。

 ・各種の自動販売機(写真撮影機も含む)。
 ・オルガンなどの楽器や大型オルゴールを含む自動演奏機。あるいは蓄音機など、録音媒体の再生機。
 ・黎明期の映画、あるいは立体写真の鑑賞機。
 ・奇妙な動きをしたり声を出したりする自動人形。また、サーカスや演芸の出し物を模した動く模型など。
 ・体重、肺活量、筋力など、身体に関する数値の測定器。
 ・身体に軽い電気ショックや振動を与える機械(おおむね、健康を増進するという名目だった)。
 ・占い機、カップルの相性測定器。

※おにたま氏(Twitter:@onionsoftware Web:https://onitama.tv/obsweb/ )によるアメリカ・サンフランシスコにある商業博物館「Musée Mécanique」のレポート映像。ビデオゲームやピンボールも含め、100年前から現代に至るまでのさまざまなペニーアーケード向けの機械が紹介されている。

 さながら、「自動機械の見世物小屋」といったところだろうか。実際、当時これらの機械の設置を売りものにした店の広告【※】で、「A WHOLE MIDWAY IN ITSELF(それ自体がミッドウェイ丸ごと)」という宣伝文句が使われた例がある。
 「Midway」は、1893年のシカゴ万博において娯楽的な出し物や出店を取り揃えた通りの名前で、その後北米では、お祭りなどの同様の場所をこの言葉で表すようになっていた。それほどの楽しさが、店舗ひとつに詰め込まれているとアピールしたわけだ。

※なお、この店舗の名称は「エジソニア」だった。当時はエジソンが現役で、彼の関係企業に限らず、その名声にあやかってこのような名をつけるケースもあったようだ。

 一方で、法に触れたとしてペニーアーケードのオーナーが逮捕・起訴されたという報道や、子どもへの悪影響を指摘する記事の掲載も相次いでいる。先に触れた1902年の用例のもう一方にあたる、ミネソタ州ミネアポリスの地方紙の1902年5月の記事は、こんな内容だ。

 ワシントン通りSにある「ペニーアーケード」の所有者が、slot machinesで扇情的な映像を展示した罪で起訴された。(筆者訳)

 ここでいう「slot machine」は、いま日米でいうスロットマシンのことではない。そもそもは、「penny(またはnickelなどのコインを示す単語)-in-the-slot machine」を略して生まれた言葉で、このころはコイン式で稼働する機械全般を指していた。いまでも北米以外の英語圏では、この広いほうの意味で理解されるようだ。

 この事件で問題になったのは、おそらく初期の映画機械の一種「ミュートスコープ」だろう。

ミュートスコープの広告
Mutoscope American Manufacturing Studios, パブリック・ドメイン, リンクによる

 機械の中に仕込まれた大量のカード状の写真を、パラパラ漫画の要領で次々にめくる仕組みで、これを据え付けの窓から覗いて、動画として鑑賞するというものだ。当時の映像鑑賞機は、このように「窓から覗く」形のものも少なくなかったが、それらはヌード映像を見る機械として使われるようにもなっていた

 一方、いわゆるスロットマシンは、このころは「ポーカー(ゲーム)マシン」と呼ばれていた。その原型が、トランプのポーカーを模して5枚の絵柄を組み合わせるようになっていたためだ。1890年代には、絵柄を備えた“リール”を3組に減らし、自動でコインを払い出す仕掛けを持つものが登場し始めたとされている。

スロットマシンのルーツとして名高い、チャールズ・フェイが開発した「リバティ・ベル」。
By Nazox – photo by Nazox, CC BY-SA 3.0, Link

 そのほか、パチンコのような盤面に上からコインを入れ、特定のところに落ちるとコインが払い出されるなどといった形のギャンブル機もすでにあった。

 このような“カネと色”の機械で人を集めた一部のペニーアーケードやバー、タバコ店などは、やはりというべきか問題視され、州や地域によって機器が規制されることにもなった。それに対し、どこの地域でも合法な機器のみを取り扱うと強調する業者も出てくる。スロットマシンにしても、ほぼ同じ仕組みでガムやキャンディーを景品とする“合法”な抽選機が並行して製造されていた。

 ただ地域によっては、まったくギャンブルの要素がないものも含めたコイン式機械全般について、ビリヤード台やバガテル【※】台などと同様に、設置にあたり、許可と台数に応じた税金の納付が必要と定められたケースもあったようだ。洋の東西を問わず、大衆娯楽はしばしば公的な規制の対象とされたが、ペニーアーケードもその例に漏れなかったというわけだ。

※ビリヤードの一種で、1930年代以降に隆盛を迎えるピンボールの前身・原型にあたる。

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ライター
コンピューター文化史研究家。2013年より約2年間、ブログにて 「やる夫と学ぶホビーパソコンの歴史」を連載。その際、1999年末まで約20年分の日経産業新聞縮刷版にヘトヘトになりながら目を通した。
Twitter:@Kenzoo6601
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