2001年3月21日。その日、任天堂から最新の携帯ゲーム機『ゲームボーイアドバンス』(以下、GBA)が発売された。本体と同時に発売されたゲームソフトの本数は実に20本以上。2021年現在から見ても歴代最多で、人気タイトルの新作からリメイク、完全新作に至るまで、幅広いラインナップが提供された。
そんな同時発売ソフトの中で、今やGBA時代を象徴する人気作のひとつとして語り継がれているタイトルがある。カプコンから発売された『バトルネットワーク ロックマンエグゼ』(以下、『エグゼ』)だ。
1987年にファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)用ゲームソフトとして発売され、カプコンの看板タイトルに成長した横スクロールアクションゲーム『ロックマン』。そのロックマンシリーズの新しい派生作として誕生した『エグゼ』は、「データアクションRPG」を謳うシリーズ初の本格的なRPG。
同じくRPGのロックマンでは「フリーランニングRPG」を称する派生作『ロックマンDASH』が先行して誕生していたが、アクションゲーム色の強かった同作から一転。
『エグゼ』はストーリーに沿ってイベントを進め、都度発生する戦闘を乗り越えていくという紛うことなきRPGとなっていた。そして、ネットワーク社会を題材にした世界観とストーリー、カードゲームとアクションゲームの要素を併せ持つ独創的な戦闘システムで大きな注目を集め、当時の小学生を中心に大ヒット。
一般に「手ごわいアクションゲーム」として認知されていた『ロックマン』シリーズに新風を吹き込む新シリーズとして、名実ともに大きなヒットを記録するに至った。
そんな『エグゼ』は最初期の『ロックマン』(初代)、その発展形に当たる『ロックマンX(エックス)』を遊んだことがなかったり、横スクロールのアクションのシリーズへの苦手意識を持つプレイヤーにも幅広く受け入れられた『ロックマン』だった。
そもそも、当時のメインターゲット層だった小学生にも2Dアクションの『ロックマン』は未経験、もしくはそもそも知らないという人も少なからずいたと思われる。
なぜ『エグゼ』はそういったプレイヤーにも受け入れられ、ヒットしたのか。
もちろん、操作技術がものを言うアクションゲームから、RPGへとジャンルを一新したという点は大きいだろう。
しかし筆者は、『エグゼ』がヒットした最大の理由は、『ロックマン』シリーズが目指していたコンセプトを最も分かりやすくデザインすることに成功した、という点にあるのではないか、と考えている。
『ロックマン』シリーズのコンセプト──その醍醐味にして、最も面白い部分とは何か。
それは「答え探し」である。
『ロックマン』はもともと「答えのあるアクションゲーム」として誕生した
そもそも『ロックマン』というゲームは、一般的に難しいゲームとして名を馳せている。とりわけ2021年現在も続く初代、もしくは「本家」、「無印」と称される『ロックマン』は低年齢層はおろか、それなりに手慣れたゲーム好きや大人でも苦戦必至のアクションゲームとされるほどだ。
初代『ロックマン』シリーズは、ナンバリングに限れば全部で11作あるが、その中でも一番はじめの『ロックマン』、続く『ロックマン2 Dr.ワイリーの謎』は、「難しいゲームとしてのロックマン」の印象を決定づけた作品と言っても不思議ではないだろう。
しかし、じつは『ロックマン』というゲームは最初から“難しいゲーム”を目指して作られたものではないのだ。
前述2作のディレクターであり、『ロックマン』の“生みの親”と称せる人物、元カプコンのA.K氏は関連書籍のインタビューにて、次のような発言を残している。
”難しいシーンや強敵に対して、テクニックや反射神経だけではなく、これがあれば、こうすれば確実に攻略できるという『答え』のあるアクションゲームって出来ないだろうか。そんな発想でロックマンを作り始めました。
当時、ロールプレイングゲームが台頭してきた頃で、技量の必要な横スクロールアクションは、少しマニアックなジャンルになりつつありましたね。それでも人気タイトルが登場すると、みんながんばってクリアーを目指しましたが、最後のシーンまで辿り着いた人は少なかったのではないでしょうか。ロックマンはそんな子ども達に向けた、少しパズル的な要素のある思考型アクションゲームとして登場しました。(以下略)
つまり、『ロックマン』が当初目指していたのは、「答えのあるアクションゲーム」だったのである。
そのようなゲームがなぜ、難しいゲームとして名を馳せてしまったのか?
その理由のひとつには、「答え探し」の効果を強調させるため、難しいトラップや、乗り越えるのも厳しいような地形をたくさん設定してしまったことに由来する。
A.K氏は、「たとえすぐにクリアできなくても、ボスを倒すと手に入る特殊武器やサポートアイテムといった「答え」を用いれば絶対に突破できるから大丈夫」と想定して作っていたのである。
しかし、実際にはその目論見は外れ、多くのプレイヤーは武器もアイテムを使わず遊んでいたのだという。そのプレイスタイルが定着した結果、「難しいゲームとしてのロックマン」の印象が醸成され、今日に至ったというわけだ。
実際に『ロックマン』は真正面から素直に遊ぶと、高度な操作技術が試される難しいアクションゲームである。ところが、ボスを倒すと手に入る「特殊武器」で攻撃手段を増やすことによって、手ごわい敵をあっさり倒せるようになったり、精密な操作が試される難所もスムーズに突破できるようになる。
さらにダメージによって減少した体力を満タンにまで回復する「E缶」を始めとするサポートアイテム(※『ロックマン2』から初登場)をあらかじめ貯め込んでいれば、強引に力で押し切って突破することも可能になる。
このように難しさを和らげる、熱湯に水を注いでぬるま湯にするような攻略法を用意しているのが、『ロックマン』というアクションゲームの最大の特色であり、この点にはひと口に難しいゲームとは断言しきれない魅力と、面白さの核があると言えるだろう。
だが、いくら「答え」があろうと、足場ギリギリからのジャンプが要求されるなど、アクションゲーム特有の難しさとハードルの高さは付きまとった。作品によっては、それを前面に押し出したものすらある。
さらに、特殊武器を使えば楽になるといっても、それがどの難所に対して効果的なのかは試行錯誤してみないと分からない。示唆する仕掛けはあっても、基本的にはプレイヤー自らが推理し、見つけ出す必要があるのだ。
つまり、裏を返せば特殊武器を手に入れるまでは「難しいアクションゲーム」のままである。
加えて『ロックマン』は攻略するステージを自由に選択・決定して進めていく構成を基本とするため、入門と称せるほど優しいステージは事実上無いに等しい。大抵、どのステージにも難所があり、簡単には攻略できない作りになっている。
シリーズの中にはそういったステージが用意された作品もあるのだが、それを見つけるにしても結局はプレイヤーが直接、現地に足を運ぶ必要がある。
端的にまとめるなら、たしかに「答え探し」が攻略のカギとなっているのだが、プレイヤーをその「答え」にたどりつかせる導線が乏しいのだ。この点には、ステージセレクト方式というシステム上の都合もあり、チュートリアルステージのようなわかりやすい導線を敷きにくいという事情もあったと思われる。
とはいえ、これこそが「答えのあるアクションゲーム」という意図がプレイヤーに伝わらなかった原因として最も大きく考えられるもので、『ロックマン』というゲームが抱えた弱点と言ってもいいだろう。
一応、後年のシリーズにはサポートアイテムを購入するシステム、ステージ選択範囲の限定化、基本操作を学ぶオープニングステージの導入、難易度選択機能の搭載といった施策を取り、攻略しやすいゲームバランスの構築に挑んだ作品もある。
しかし、それでも筆者の感覚では、真正面から素直に遊ぶと返り討ちに遭うような、初代『ロックマン』から続く手厳しさは残り続けているように思われる。
「答え探し」を楽しんでほしいのに、そもそもプレイヤーが答えの存在に気づかない。
この問題に立ち向かい、「答え」を出したのが『エグゼ』シリーズだったのである。
ジャンルを改め、本来の遊び方に気付かせるようにした『エグゼ』シリーズの奮闘
そんなアクションゲームの『ロックマン』特有の弱点を『エグゼ』はどう解釈し、プレイヤーに本来の意図として込めた魅力を伝えたのか。
最も分かりやすいのはRPGへとジャンルを刷新したことだろう。この変更に応じてステージ選択型のシステムも廃し、ストーリーに沿って進めていく構成に改められたことによって、どのように遊べばいいかを教えられる導線を敷きやすくなったと言える。
とは言え、これは3DのアクションRPGとなった『ロックマンDASH』でも言えることだろう。やはり、「答えを探す」という『ロックマン』本来の遊び方を提示したという意味で『エグゼ』が優れているのは、その独創的な戦闘システムだ。
少し端折った解説になるが、『エグゼ』の戦闘システムは縦3×横6のマス目で構成されたフィールド上でロックマンを動かし、ウィルス(敵)への攻撃を展開していくというものとなっている。マス目は3×3単位で赤と青に色分けされていて、赤がプレイヤー(ロックマン)、青が敵(ウィルス)の陣地となる。
攻撃は標準装備の「ロックバスター」と、「バトルチップ」なる”切り札”を主軸に展開。「バトルチップ」はアクションの『ロックマン』における特殊武器、サポートアイテムを内包したもので、これをカードゲームのデッキに当たる「フォルダ」へと組み込み、戦闘開始前などに挿入される「カスタム画面」で選び、使っていく形となる。
『エグゼ』はこの「バトルチップ」をロックマンの主要な攻撃手段に位置付けている。アクションの『ロックマン』で主力だった「ロックバスター」は補助的な攻撃手段となり、敵のウィルスにも雀の涙程度のダメージしか与えられない威力に設定されている。
体力40のメットールを例に出せば、数字通り40発撃ち込まなければ倒せない。逆にバトルチップなら、40ダメージを与える「キャノン」を当てれば一撃である。
こうして『エグゼ』を始めたプレイヤーがまず気づくのは、「最初から使えるロックバスターではなく、バトルチップを使って戦ったほうがいい」という「答え」だ。
先ほど例に挙げたように、初代『ロックマン』では特殊武器もアイテムも使わずプレイした人も少なくなかったが、『エグゼ』をロックバスターだけで進めるようなプレイヤーはほとんどいないだろう(縛りプレイでもない限り)。
そして、この基本的な遊び方を身に着けさせた上で、戦闘をよりスムーズかつ有利に進めていくための「答え」を模索し、発見しては実践する面白さに行きつけるようにしている。
それを引き立てているもののひとつが「属性」。「氷属性は電気属性に弱い」など、敵の特色に応じた「バトルチップ」による攻撃を命中させることによって、通常の倍のダメージを与えられるというものだ。
もうひとつが「組み合わせ」だ。『エグゼ』は補助系の「バトルチップ」を使って、効果的な属性攻撃を命中させる時以上の威力を編み出せるという独自の戦術があり、それが答えを見つける快感をより一層際立たせている。
一例としては、陣地を広げる「エリアスチール」というチップを複数使った戦術。これで相手陣地を狭くして身動きを取りにくくした後、全部のマス目の属性を氷にする補助系チップを使い、そこに敵を追従しながら攻撃する電気属性のチップを使って一気に追い詰めるというのは、経験者なら身に覚えがあるはずだ。
こうしたプレイヤーの創意工夫次第で、驚くべき効果を編み出せる余地があるというのは、まさに「答え探し」の極みと言える。他に複数の「バトルチップ」をある順序で選択すると、強力な必殺技が使えるようになる「プログラムアドバンス」もまた、そんな組み合わせの面白さを象徴するもので、正面から挑んで苦戦していたボスを圧倒できた時の快感は「答え探し」の醍醐味に満ちている。
属性以外にも『エグゼ』本編には、さまざまな面で「答え」を見つけ、窮地を打開する場面が用意されている。その象徴的な例を挙げてみよう。
たとえば『エグゼ3』に登場するボス「ドリルマン」は、ロックバスターも含む正面からの攻撃を全て防いでしまう。そのため、プレイヤーはどうにかして「側面や背後から攻撃を当てる」という答えを探す必要がある。
また一部の強敵がまとう「オーラ」は、たとえば「100」と表示されいる場合は威力100以下の攻撃をすべて無効化してしまう。つまり、威力100以上の一撃を加えてからでないと歯が立たないのだ。
極端に言うならば、「バトルチップ」を使う戦い方が正攻法だと気付かせる序盤の戦闘も窮地を打開する一幕でもある。体力40の敵に40のダメージを与える「キャノン」を命中させることも、ある意味では「答え」。見ての通りの引き算問題だ。
こうした戦闘システムの特色とゲームバランスの調整、そして属性相関と組み合わせというさまざまな要素を用いたことで、『エグゼ』はこれ以上なく「答え探し」の醍醐味が伝わりやすいゲームに昇華されている。
「こうして戦うと楽になる」、「あのチップがあれば攻撃が通りやすい」というような「答え探し」という遊び方が基本となるよう設計されているのだ。
これこそがアクションの『ロックマン』に苦手意識を持っていた人にも受け入れられた『エグゼ』の最大の強みなのではないのか、と筆者は考える。
それ以外にも一連の戦闘システムを手取り足取り教えてくれるチュートリアル、ストーリーに沿って進める構成によって可能になった難易度曲線の表現もまた、プレイヤーの幅を広げる要素として貢献したと考えられるだろう。
しかし、『エグゼ』がヒットしたのはある意味では「目論見通り」だったのかもしれない。そもそも、『エグゼ』が掲げたコンセプトは「誰でも楽しめる形態での『ロックマン』を提供する」というものだったのだ。
『エグゼ』のプロデューサーを務めた、元カプコンの稲船敬二氏は関連書籍のインタビューにおいて次のようにコメントしている。
”『ロックマン』シリーズをこのまま終わらせられない。でも『エグゼ』でも、『ロックマン』の雰囲気を引きずっていくわけにはいかない。『ロックマン』でありながら、まったく『ロックマン』ではないものを、いかにして造り出すか。そして今の時代の子供たちに『ロックマン』がいかに面白いものかということを、どうやって伝えるかという部分から構想が始まりました。
まずストーリーとして、『ロックマン』での世界征服を企むヤツがロボットを作って、それを1人のロボットが倒して行くという設定は、すごくリアリティに欠けるだろうと。そういう、「街をバンバンと破壊するロボットが暴れるという世界観」をメインにする時代ではないだろうと。しかも、アクションゲームのユーザーがドンドン減っていて。好きな人は好きなんだけれども(笑)。
(中略)
そうした世代に「誰でも楽しめる形態での『ロックマン』を提供したい」というコンセプトから、『エグゼ』のシステムとスタイルは出来上がったんですよ。だから、戦闘シーンもアクションが得意でなくても、バトルチップを使うことでゲームを進められる。でも、やっぱり『ロックマン』だから、完全にアクション的な要素を廃してしまうわけではないと。
「誰でも楽しめる形態での『ロックマン』」を目指して作られた『エグゼ』が、『ロックマン』の誕生当初に掲げられた「答えのアクションゲーム」というコンセプトを結実させることに繋がったという事実はとても興味深い。
『エグゼ』は『ロックマン』が本来目指していた姿を広め、その「遊び方」を多くのプレイヤーに深々と浸透させたという意味で、シリーズ的にも極めて大きな功績を残した作品だ、と言っても過言ではないだろうか。
このような『ロックマン』が好評を博し、シリーズの最前線を走ったのも、思い起こせばシリーズにとっても非常に喜ばしく、明るい出来事であったのかもしれない。
もちろん、ジャンルをアクションゲームからRPGへと改めたことで「これは『ロックマン』ではない」との声があったのも事実。しかし、『エグゼ』が実現した面白さと初代『ロックマン』のコンセプトを照らし合わせれば、『エグゼ』は紛れもない『ロックマン』だったと声高に言えるだろう。