ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2022」では、今年2月にスマートフォン向けにリリースし、8月にはSteam版もリリースされた『ヘブンバーンズレッド』のセッションがいくつか行われている。
そのなかでも8月23日(火)に行われた「『ヘブンバーンズレッド』4万5千超のサウンドアセットを効率よく実装・管理する方法」は、その名の通り『ヘブンバーンズレッド』のサウンドにフォーカスを置いたセッションだ。
『ヘブンバーンズレッド』はストーリーはフルボイスで進行し、ゲームの膨大な台詞のほとんどが読み上げられる。豪華声優陣による迫真のボイスアクトがドラマティックなシナリオを引き立てていることは、本作をプレイしている人なら実感できていることだろう。
膨大なボイスの収録・管理は、『ヘブンバーンズレッド』のようなスマートフォン向けゲームだけでなくAAAタイトルの開発現場でも開発者が頭を悩ませている問題であり、今回は“管理”という観点で興味深い知見が共有できそうだ。
サウンド全般の仕様作成・実装はWFSが担当
カンファレンスでは、株式会社WFSに所属する『ヘブンバーンズレッド』のサウンドデザイナーである大島香織氏と筒井学氏、そして株式会社CRI・ミドルウェアからエンジニアの我妻大樹氏の3名が登壇している。
『ヘブンバーンズレッド』は、WFSと株式会社ビジュアルアーツのブランドKeyが共同で開発しており、Keyのシナリオライター麻枝准氏がメインシナリオ、50人を超えるキャラクターデザインをゆーげん氏が手掛けているのが特徴だ。
本カンファレンスでは、サウンドに関するWFSとKeyのそれぞれの担当が明かされており、ボイスや楽曲はKeyから提供、そしてその実装、サウンド全般の仕様作成、インゲームの効果音の作成と実装、カットシーンのPV、最終調整はWFSの役割となっている。
CRI ADXでのボイスの実装
『ヘブンバーンズレッド』において、サウンドを管理しているのは株式会社CRI・ミドルウェアが提供しているミドルウェア「CRI ADX」が使われている。
CRI ADXはサウンドアセットの管理、サウンドデータの圧縮など、サウンド開発を効率的にするさまざまな機能を備えている。スマートフォンタイトルやコンソールタイトルなど、6800を超えるタイトルに採用されている。
CRI ADXを使ったサウンドの実装フローとしては、データ編集作成ソフト「CRI Atom Craft」でサウンドデータを作成し、Unityなどのゲームエンジンでサウンドデータをロードする。CRI ADXでは実践的なバスのルーティーンを組むことが可能で、バスを複数経由(SEND)することで複数のエフェクトをボイスにかけることができる。
『ヘブンバーンズレッド』では、声優の自然な芝居のボイスレンジを活かすために、元の波形に過度なコンプレッションとは行っていないという。8本のバスを使って切り替えずは行わずに、SEND値だけを変えてさまざまなボイスのエフェクトを加工しているだけだという。
具体的にはキャラクターがお風呂にいることを想定したプリセット「風呂リバーブ」(バス2)、洞窟にいることを想定したプリセットの「洞窟リバーブ」(バス5)、さらに「無線エフェクト」(バス4)、「馴染ませリバーブ」(バス7)などがあり、ボイスの調整用として「コンプレッサー」(バス6)がある。特にバス6は音圧を統一し、空気感のなじませのためにほとんどのボイスが経由するとのこと。
キャラクターの寝起きボイスなど、こうした加工も8本のバスのSEND値だけで加工を行っている。
ADXの実装は分業に
とはいえ本作のボイスの数は膨大だ。すべての実装をサウンドデザイナーが行っていたが、4万5千を超える(現在は6万を超えているという)ボイス素材によって、工数的にボイスの加工が不可能な状態に陥ってしまったという。
当初は大島香織氏がひとりでボイスの実装を担当していたが、毎日3桁を超える納品の量と頻度の高さによってサウンドの素材を入れるだけで1日が終わってしまっていたという。
そこで解決策として、ボイス納品窓口であるWFSのプランナーの人にADXの実装までを担当してもらうことにしたという。普通の開発現場では、サウンドを担当しないプランナーが、ミドルウェアを触ってサウンドを実装していくことは稀だという。
こうしたフローを構築するのもCRI ADXのわかりやすさ、使いやすさがあり、導入は半日程度で終わったという。
なおこのプランナー視点のサウンドの実装に関する詳細は、8月24日16時10分から「最高効率の作業フローを構築すれば、フルボイスで「最上の、切なさを。」実現できる」として、WFSの岩見祐哉氏からのセッションが予定されている。
CRI・ミドルウェア社に拡張機能をお願いした
こうしてプランナーと分業をしていくと、プランナー側からも要望があり「場所や演出状況によって、同じcueでもボイスエフェクトを変えたい」、さらに特定の数の多いボイスエフェクトは、サウンドに依頼しなくてもいいように「スクリプトの制御で完結させたい」という意見があった。
そこでCRI・ミドルウェア社に拡張機能をお願いし、同じCUEでも場所、状況によってスクリプトからリバーブのBUSのSEND値を制御できるようになったという。
これによってプランナー側が演出を組み立てるときの自由度が高まり、ボイスの加工に関する細かいやりとりも減らすことができてミスも防げた。
こうした機能は一般向けにも実装されるという。
倍速モードのSE対応について
またバトルの倍速モードのSEはどのように作られているかというとも明かされた。
単純にSEの再生スピードも倍速にすることが考えられるが、ピッチが上がってしまってクオリティが担保できない。さらに倍速用に別途SEを作成することも考えられるが、工数が増えてしまう。
これもCRI ADXの機能によって、すんなり解決することができたという。具体的には2ミックスで作った長尺のSEをアタックの部分などで細切れにそれぞれCUEして、UnityのTimelineに並べるだけで、ノイズも出ることなく対応できたという。
増え行くアセットの管理について
本作のような運営タイトルでは、アセットがどんどん増えていき、それを管理していく必要がある。
CRI ADXでは管理、分業向けとして「ワークユニット」という機能が実装されており、これはフォルダが作られるイメージとなっており、作業衝突回避やバージョン管理がしやすくなる。
CRI・ミドルウェア社では、作業担当者ごとに分けたり、ゲームシーンごとにワークユニットを分けることを推奨している。
『ヘブンバーンズレッド』ではCUEシートごとにワークユニットを作っており、膨大な数のユニットが羅列することになる。そのため求めている場所に行くだけで時間がかかることになった。
それを解決するべくリリースが終わったものは、どんどん収納用ワークユニットに移動させることにしたという。また同じカテゴリ効果音でも作業者ごとにワークユニットを作成して、衝突を避けているとのこと。
リアルタイムのCRI LipSyncについて
またCRI・ミドルウェア社が数年前から提供しているLipSyncについて、WFSでは『ヘブンバーンズレッド』で初めて導入してみたとのこと。
導入前はボイスを再生している間に一定間隔でランダムに口パク・アニメーションしていたが、しゃべっていないタイミングでも口パクをして不自然さが気になった。しかしLipSyncを導入してみたところ「素晴らしい」と思ったとのこと。
効果が想定以上だったのでアドベンチャーパートだけでなく、バトルシーンにも導入をしたという。事前解析が必要ないので、運営開始後もリップシンクを気にする必要なくアップデートが進めるには大きな利点だったという。
息の芝居では反応して口が開いてしまうため、スクリプター側でそこの部分だけ解析をしないなどの工夫が必要だが、ほとんどは自然にできているという。ただしカットシーンではクオリティ追及のため、リアルタイム解析を使わずに従来のアニメーターの手付けが必要とのこと。
データベース作りが現在の課題
また現状の課題として、作った既存音を流用するための音のデータベース作りに悩んでいるという。
プランナーにもわかるようなデーターベースにしたいのだが、擬音を書いてみたものの、あまりうまく機能していないとのこと。
CRI・ミドルウェア社に相談したところ、AtomViewerのまとめてキューバウント機能を使って、作った音を簡単にWAV化できたので、それをmp3にしてリストにリンクするべきなど検討しているか、あまり現実的ではないので、いいアイディアがあったら欲しえて欲しいとのこと。
CRI ADXの新機能
また最後にCRI・ミドルウェア社のエンジニア・我妻大樹氏から、CRIWAREの機能が紹介された。
まずCRI Atom Craftの新機能として、ツリービューが複数表示が可能になった。
プロジェクトツリー、マテリアルツリーをより多く表示できたり、組み合わせの確認や追加表示したツリーもタイムラインに描画できるようになった。ツリー間のドラッグ&ドロップにも対応している。
またUnityプラグインの新機能として、Asset Support Add-onと呼ばれる機能が追加された。
これは『ヘブンバーンズレッド』のようなアセット数の多い運営型タイトルをサポートする拡張機能だ。
Cue Sheet ImportがUnityアセットとしてすでに実装されており、Unityアセット形式なので参照しやすくなっている。そのため管理テーブルが組みやすくなっている。AWBの個別管理も不要となる。
Unity Addressablesの依存解決にCRIアセットが対応しているため、Addressables対応でダウンロード処理も任せられるようになる。Cue Sheet毎にアドレスを振りビルドし、展開したCue Sheetから再生するだけとなるのでファイルの展開処理がなくなりパフォーマンスも向上した。
カンファレンス内容は以上となり、以後は質疑応答が続いた。
今回はWFSが、CRI・ミドルウェアと協力体制を構築しつつ、膨大なサウンドアセットをCRI ADXを駆使して、『ヘブンバーンズレッド』の開発に取り組んでいる一端が明らかになった。
さまざまな工程がAIなどによって代替されている昨今だが、今回のようなボイス関連はまだまだ人力が要する作業だろう。従来のプランナーの枠を超えた分業体制やCRI ADXのノウハウなど、さまざまな今後につながりそうなゲーム開発セッションとなったといえそうだ。