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『エルデンリング』大ザリガニのモデリングの秘訣は「飼育方法」によるイメージの補完。休日出勤ゼロのチームが500以上のキャラと600種の装備を仕上げた制作秘話に迫るセッションをレポート【CEDEC 2022】

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 8月23日から25日にかけて、ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC」が今年も開催された。本記事ではイベント2日目に行われたセッション『ELDEN RINGの大量のキャラクターモデルを制作したチームの「こだわり」自己分析』のレポートをお届けする。

 重厚なダークファンタジーを果てしないスケールで描いた『エルデンリング』オープンフィールドが魅せる壮大な景色、そしてハードな難易度に注目される傾向にあるが、本作のアートワークが獲得している美麗なビジュアルとリアリティも作品の魅力のひとつだ。

 なかでも作品に登場する異形のデミゴッドや無骨な騎士、そして生物が巨大化したクリーチャーたちは多くの褪せ人たちの心を掴んで離さない。本セッションではそんな魅力的なキャラクターたちに3DCGの肉体を与えた『エルデンリング』のキャラクターモデルチームのこだわりとノウハウが語られた。実際にモデリングを担当したスタッフによって明かされる分析と、その答えをご照覧あれ。

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モデリングとは

 セッションの前提として『エルデンリング』のビジュアルを確認しておくと、フォトリアルを基調としつつも、デフォルメした表現を取り込んだセミリアルなスタイルだ。文化レベルとしては中世ヨーロッパに近く、実在の動物を元にアレンジしたキャラクターや、デミゴッドをはじめとするフィクショナルな異形のキャラクターも登場する。

 キャラクターの制作プロセスはディレクターによりイメージや設定が提示され、コンセプトアーティストがコンセプトアートとして表現する。そののち、モデラーがコンセプトアートを元に3DCGモデルやシェーダー(3DCGオブジェクトをどのように描写するかを設定するシステム)を製作していく。本セッションではモデラーによる工程について語られる。

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 上記の制作の工程で示されている様に、モデラーはあくまでもコンセプトアートに従ってモデリングを行う。特にフロムソフトウェアではコンセプトアートを絶対的な指標としており、設定やイメージはコンセプトアートの解釈に従って行われる。

 いっぽうで、コンセプトアートは3面図のようなモデルの正確な設計図ではない。そのため、モデラーはコンセプトアートで描かれていない要素を自身で補ってモデルを制作しなければならない。モデラーはこの一見アンビバレンスなふたつの意識を両立する必要があるのだ。だからこそ、その両立にこだわることが流儀だという。

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 このふたつの意識を踏まえて、セッションではモデリングに取り組みつつコンセプトアートに向き合うノウハウ、シェーダーによる表現の取り組み、こだわりを発揮できるチームであるための取り組み、と3つの議題にフォーカスし、『エルデンリング』におけるモデリング工程の実践が語られた。

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「大ザリガニ」誕生の秘訣は「飼育方法」の学習。コンセプトアートとモデリングの取り組み

 まず、モデラーの取り組みとして、「造形を捉えること」「モチーフを理解すること」、そして「素材および材質を理解すること」の三点が紹介された。

 コンセプトアートから造形を捉える際、「コンセプトアートや参考資料をよく見て形状を捉える」と口で言うのは簡単だが、実際に行うことはプロであろうと難しいという。また、資料を観察せずに想像で保管してしまうケースも散見されたそうだ。これらから、「観察」を補強する策を考え、実践したという。

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 第一に大蟻の例を出し、コンセプトアートやモデル、参考資料を如何に観察するかについて紹介された。『エルデンリング』のモデラースタッフの「造形の捉えかた」を分析すると、ふたつの傾向にカテゴライズされたという。

 ひとつは「面と陰影」により形を捉える方法。面と陰影で捉える場合は、立体感や造形の描写に長けている。しかしながら、全体のバランスに苦戦する傾向にある。
 ふたつめは「境界線と空間」により捉える方法だ。こちらは細かい情報に左右されず、バランスや全体の印象に重点を置くことができるが、ディテールの表現に欠けるケースが多いそうだ。

 そこで、「立体が苦手な人」は部分ごとの断面の形状を意識すること、「境界線と空間が苦手な人」には画像をポスタリゼーション(画像の色の階調を狭める加工)によって情報量を減らすことにより、各々が欠いている意識が補強された。

 普段何気なく行っている観察も意識や着眼点を変えることで、コンセプトアートを正確に再現できる精度を獲得する。実際にモデリングを行っていたり、これからモデリングをはじめる方は「大蟻」の例を意識してみよう。

 第二に、コンセプトアートに描かれていない要素を補う補強策として生物の習性や「飼育方法」を考えることが有効だったという。ここでは「大ザリガニ」を例に挙げて紹介された。

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 一見突飛な補強策に思えるが、「飼育方法」を学ぶことで、生物が生きる環境や捕食する食物にあわせて、合理的な形状をしていることが理解できる。この「生態環境にあわせた合理的な造形」を意識することで、キャラクターやクリーチャーの造形は説得力と個性を獲得するそうだ。

 この造形とキャラクターのバックグラウンドの関係性は有機物のみならず、無機物にも通ずる。たとえば鎧をモデリングする際、実際の鎧の構造を参照したり、作品の世界での「鎧の製造工程」を考えることで、「大ザリガニ」のように、形状からリアリティや個性を表現できる。

 ファンタジーな設定の鎧においても同一であり、架空の制作プロセスを踏まえた造形をあしらうことで、説得力のあるモデリングが行えるのだという。

 第三に、素材や材質を理解することについて紹介された。素材の表現はコンセプトアートで行われる機会が少ないため、特にモデラーが鍵を握る仕事だという。セッションでは金属を例に挙げて紹介された。

 例えば本作の世界観において、金属の鎧が手入れされた状態の良い状態で描かれた場合、その鎧を纏ったキャラクターは物資を蓄えた貴族や、鎧を大切に使用する戦士となる。

 はたまた、激しく錆におおわれた鎧であれば、その鎧を纏うキャラクターは「海の近くに住んでおり、海風により鎧が腐食する出自であるか、鎧の手入れが出来ないほどに正気を失った人物だ」と鑑賞者は読み取る。

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 このように素材のみならず、変化する素材の質感を描き分けることも、その素材を携えたキャラクターのバックグラウンドを物語るのだ。そのため、制作におけるリサーチでは材質ごとの風化する過程や見た目をリサーチすることが重要だという。これは金属のみならず、革や布においても同様だ。

 ゲーム内の造形物は一見すると全てが雰囲気や格好良さを演出するための道具である様に思えるかもしれない。しかし、『エルデンリング』のキャラクターたちの製作プロセスに着目すると、会話やフレーバーテキストのみならず、造形やビジュアル自体が本作の重厚な物語を構築していることが伺えるだろう。

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シェーダーによる表現の取り組み

 「シェーダー」とは3DCGモデルのテクスチャや質感の表現を意味する。職人作業的な要素の強い作業工程でもあるが、モデリングのみではキャラクターを表現できないケースが多く、シェーダーもキャラクター表現の一環であるという。

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 たとえば作中で登場する「霊クラゲ」は自ら攻撃を仕掛けない限り無害な存在だ。その「無害である」という設定にちなんで透明感を演出するおぼろげなシェーダーで描かれている。投下表現は背景のテクスチャを利用しつつ、僅かに屈折して映し出すシェーダーに設定することで実現しているそうだ。

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 また、霊クラゲは一度攻撃すると赤く輝いた姿に変貌し、プレイヤーに反撃を仕掛ける仕様となっている。この赤い姿に変化した際には、透明感のある触手は黒く明瞭なシェーダーに切り替わり、強い存在感を持った存在に変化する。

 霊クラゲの二面性を描いているのは正にシェーダーによるアプローチなのだ。このように、モデリングや素材の表現と同じように、シェーダーもキャラクターの設定や特性を演出する役割を果たす。

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 いっぽうで鎧の錆の表現や狼のふさふさとした毛の表現、衣服の縫い目といったディテールの表現もシェーダーを工夫することで実現しており、理屈を踏まえた実用的な機能性も担っている。シェーダーのプログラムの仕組みを工夫することは、メモリの削減や作業工程の簡略化にも有効だという。

 このほかに、神喰らいの大蛇の変形や傷口から生えている無数の腕、本作のラスボス「エルデの獣」の宇宙空間のような表現技法もシェーダーを活用している。いっぽう、これらの表現はモデリングとシェーダーの表現を併用することで実現しており、シェーダーによる表現のモデリングと同様に重要な要素である。

 モデリングとシェーディングの作業におけるこだわりからは、魔法のような体験をプレイヤーに与える『エルデンリング』の舞台裏にある科学的な実践と「こだわり」が発揮する効果が垣間見えただろう。

こだわりを発揮できるチームであるために

 最後に、『エルデンリング』のモデリングチームが「こだわる」ために行った「チーム全体の取り組み」について紹介された。

 モデリングを行うチーム規模は最大で十数名のスタッフとアウトソーシングのモデラーによって行われており、プレイヤーとエネミーキャラクター、NPCの全てをこのチームで制作している。

 いっぽうで制作物はプレイヤーキャラクターの装備は100シリーズ以上、データの数でいうと600種以上、武器は350種以上だ。さらに、エネミーやNPCなどは基本で300種以上、バリエーションを含めると500種以上となっている。

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 つまり、『エルデンリング』では“気合いで作り上げることは不可能な物量”を制作しているのだ。また、ひとりひとりの「こだわり」が必要不可欠であるものの、熟練スタッフのみでチームが構成されているわけではないため、スタッフの成長も促す必要があった。

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 そこで、この膨大な仕事をこなしながらチームの「こだわり」とスタッフの成長を確保すべく、休日出社と深夜残業のゼロを徹底し、こだわりのノウハウを実践できる工数を確保した。
 実際に登壇者の藤巻亮氏も『エルデンリング』の開発において一日も休日出社はしていないという。

 同時に、プロジェクトとして作品を制作するうえで、作業コストも意識したという。無限に時間やコストをかけることは不可能であり、実際に使用されるシチュエーションにおける機能性を想定し、作業の必要性が判断された。

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 そういった費用対効果を意識したチームの運営により、細かなクオリティの未練やデータの中身の美しさなど、諦めた要素も存在する。この諦めた要素は、データを美しく保つ仕組みの開発、さらなる作業の効率化による時間の有効化といった次への課題として取り組んでいくという。

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 実際的な判断を行い、未練を残しながらも膨大なキャラクター制作を中規模のチームで達成したポイントは、ひとつが「無理をせずに長期間の開発を継続できる体制の構築」。もうひとつが「スタッフが作業に集中できる運営によってひとりひとりの「こだわり」が発揮されたこと」だ。

 さらに藤巻氏は何よりもかけがえのない成果として、「スタッフの成長を達成できたこと」を挙げた。革新的な作品としてこの世に放たれた『エルデンリング』の先に広がる景色を未だ想像することは困難だが、フロムソフトウェアの更なる展開に期待したい。

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編集者
ゲームアートやインディーゲームの関心を経て、ニュースを中心にライターをしています。こっそり音楽も作っています。

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