奇しくも、2022年は『ロックマン』シリーズにおける2つの象徴的な作品の発売から20年以上の時が経った。
2つの象徴的な作品。それは『ロックマンX4』と『ロックマンゼロ』である。
なぜ、この2作は『ロックマン』シリーズにおいて象徴的か?
それは「ゼロ」という、ひとりのキャラクターに大きく焦点が当てられた作品であるためだ。
ゼロ。1993年に発売された『ロックマン』の新シリーズ、『ロックマンX(エックス)』で初登場したキャラクターである。主人公「エックス」の先輩で、無二の親友でもあるゼロは、その立場からエックスことプレイヤーを奮起させ、時に強力に支援するサブキャラクターとして『ロックマンX』本編にて大きな存在感を示した。
以降の続編にもゼロは登場し、1997年発売のシリーズ第4作『ロックマンX4』では、第二の主人公に当たるキャラクターに昇格。その5年後の2002年には主演作『ロックマンゼロ』が誕生し、事実上の『ロックマン』を名乗る存在となるまでに至った。
しかし、どうしてゼロは最終的に主演作を手にしたのか?
単純にゼロは『ロックマンX』シリーズ屈指の人気を誇るキャラクターだからでは、というのが最も推察されるところだろう。実際にゼロは最初の『ロックマンX』にて壮絶な生きざまが描かれ、続編でも印象的な活躍を見せたのもあって、シリーズファンの間では高い人気を誇る。とりわけ第二の主人公に昇格した『ロックマンX4』は、その過去と苦悩する内面が掘り下げられたこと、彼に命を吹き込んだ声優の置鮎龍太郎氏の熱演も相まって、その人気を不動のものにした作品と言ってもいいぐらいだ。
だが、ゼロにとって、こうなることは必然に等しい背景があった。
なぜなら彼自身、元は新しいロックマンとして誕生するはずだったからだ。
サブキャラクターとしてのデビューは、すべて生みの親の”策略”だったのである。
そして、彼には『ロックマン』を”変える”という意図も込められていた。
ゼロを象徴する『ロックマンX4』と『ロックマンゼロ』の発売から20年以上が経った今。改めて、”策略”と共に生まれたその過去を関連書籍を元に辿り、最終的に『ロックマン』というアクションゲームをいかに”変えた”のかを振り返りたい。
そして、紛うことなき”イレギュラー”の彼自身の功罪も。
※本記事では『ロックマンX』、『ロックマンX2』、『ロックマンX4』、『ロックマンゼロ』のストーリー展開に関するネタバレに言及しています。今後、いずれかの作品のプレイを予定されている場合はあらかじめご注意ください。
文/シェループ
新しいロックマン、そしてロックマンを変えるために生まれたゼロ
前述の繰り返しになるが、ゼロの初登場は1993年発売の『ロックマンX』。
『ロックマンX』は、1987年発売の(初代、本家、無印とも称される)『ロックマン』から100年後を舞台にした、新たなシリーズである。
高度な思考回路持つロボット「レプリロイド」と人間が共存する世界で、初代『ロックマン』にも登場する「ライト博士」が遺したロボット「エックス」が、「イレギュラー」なる思考回路に異常をきたした「レプリロイド」および「メカニロイド」(※工業用など、人間に使われるロボットのことを指す)たちとの戦いに身を投じていくというストーリーを描いている。
ゼロはそんなエックスを支えるサブキャラクターとして登場する。だが、当初『ロックマンX』の主人公、新しいロックマンとして考えられたのは、なんとゼロの方だった。
ゼロというキャラクターの生みの親は、初代『ロックマン』からデザイナーとして参加し、後年には『ロックマン』シリーズ全体を統括するプロデューサーを務めた元カプコンの稲船敬二氏。
稲船氏いわく、『ロックマンX』は一から作れる『ロックマン』の新作であり、キャラクターデザインの部分から自分なりの考えを貫くため、手始めにロックマンのデザインを思いっきり変えようと試みたという。そこからゼロというキャラクターが誕生したことを関連書籍のインタビューにて語っている。
「もう一から作れるということで、キャラクターデザインの部分から自分の考えを貫こうと思いました。手始めにロックマンのデザインを思いっきり変えてやろうと。『ロックマンX』にはゼロというキャラクターがいるんですが、僕の中ではあいつが新しいロックマンだったんです。」
なのに、ゼロはサブキャラクターとしての登場になっている。これはなぜか?
稲船氏いわく「会社から絶対OKが出ない」ことを想定した策略の結果だったという。前述の関連書籍の続きおよび、別の関連書籍に掲載されたコメントにおいて、稲船氏はその策略について語っている。
「これがロックマンや。でも、絶対会社のOKはとりつけられへんな」と(苦笑)。で、加治くん(※)に「新しいロックマンのデザインを頼む」と言って、ゼロとは別に新しいロックマンを描いてもらった。『X』でのロックマンは予想通り加治くんのデザインが通ったけど、僕の中ではある意味ゼロこそがロックマン。」
「本当だったら「僕がメインキャラをやるから、サブキャラクターは加治がやってね」って流れなんやけど、この時は逆にして。加治にロックマンを頼んで、僕はサブキャラクターの「ゼロ」をやりました。で、いろんな所で語ってるけど、自分としてはゼロをプレイヤーキャラクターにしたかったのね。自分なりの、「変えたロックマン」というものをやってみたかったし、もうちょっとハードな作品にしたくて。
「キャラの性格づけもよりハードにしたかったんだけど、従来のロックマンのままデザインすると、どうしても「お利口」なイメージがあって。自分としては、ゼロが新しいロックマン、という気持ちでデザインしたんだけど、当時の部長にはそういう気持ちは伝えずに、「新ロックマンできました!」と言って加治のエックス出したら、「おお、ええなあ」。で、ゼロに関しては「サブキャラクターです」と。そう言えば相手も”甘く”見るんで、「そうか、赤か~。それはそれでいいなー」みたいな感じでOKになった(笑)。」
※加治勇人氏:初代『ロックマン』、『ロックマンX』、『ロックマンDASH』、『ロックマンエグゼ』といった多くの『ロックマン』シリーズにキャラクターデザインとして携わったカプコン所属のデザイナー。
まさに奥の手、といった感じである。
そう言った策略により、ゼロはサブキャラクターとしての登場になった。
そんなデビュー作『ロックマンX』でのゼロは、主人公エックスおよびプレイヤーが目標とする強さの”到達点”としての役割を担った。
『ロックマンX』には、「パワーアップパーツ」に「ライフアップ」といった、エックスの基礎ステータスを向上させる成長要素が新たに導入されている。これらはステージ内のどこかに隠されており、取得することでエックスが新たなアクションが可能になるほか、体力の最大値が上昇して打たれ強くなる。しかし、ゲーム開始間もない頃のエックスは、これらを手にしていない。そのため、必然的に弱いキャラクターのまま、一番最初の「オープニングステージ」を攻略することになる。
そこでは終盤に「VAVA(ヴァヴァ)」なる強敵との戦闘が発生するが、非力なエックスで太刀打ちするのは到底不可能。どんなに粘ろうとも、最終的にはVAVAに追い詰められる「負けイベント」になっている。
そんなVAVAに追い詰められたエックスを助ける存在として、ゼロは登場する。
ゼロはVAVAに大きなダメージを与えて退却させるのみならず、その時点のエックスが手にしていないアクションもお披露目し、「強くなればこんなことができる」とプレイヤーに伝える。その後の会話イベントでも、ゼロは「今の俺よりも強くなる」とエックスことプレイヤーを励まし、その後の本番、8体のボスが待ち受けるステージ攻略への意欲を刺激するのである。
そして一連のステージを攻略し、強化アイテムを全て手にする頃にはエックスもゼロに匹敵するほどの力を持つ存在に。そのまま、最終ステージへと突入すると同時に、オープニングステージで敗北を喫したVAVAとも再対決することになる。それでもVAVAは圧倒的な力でエックスを追い詰めるが、ゼロ決死の一撃もあって最終的には倒すことに成功。
同時にエックスが強さを手にしたことでゼロはその役割を終え、死亡という形で本編から退場。その後、エックスはただひとりで、本編のイレギュラーたちの反乱を率いた首謀者「シグマ」と戦うまでに至るのである。
そのようなプレイヤーことエックスの成長を実感させると同時に、「パワーアップパーツ」を始めとする新要素を引き立てるためのキャラクターとして、ゼロは圧倒的な存在感を示した。しかも死亡して退場するという、今までの『ロックマン』にはなかったショッキングな展開も描くことによって、『ロックマンX』がこれまでの『ロックマン』とは全く違うシリアスな作品であることも証明したのだ。
まさに彼は『ロックマン』を”変えた”。
『ロックマンX』という新たな『ロックマン』の始まりを告げる礎になったのだった。
そんな驚きの展開と共に居なくなってしまったゼロだが、なんと次の『ロックマンX2』にてまさかの復活を遂げる。まさにウルトラCとしか言い様がないが、なぜこんな事態に至ったのか。それは生みの親、稲船氏の鶴の一声だったようだ。
『ロックマンX2』の開発スタッフのひとりであり、2022年現在はゲーム開発会社「インティ・クリエイツ」の副社長を務める、元カプコンの津田祥寿氏が関連書籍にて以下のように語っている。
「『X1』で死んだはずのゼロですが、稲船さんがある日唐突に「ゼロは死んだままだと、もったいないと思わんか~」みたいなことを言い出したので、馬鹿正直に生き返らせてしまいました。
しかもバラバラ状態。何も考えていなかったかもしれません、自分。」
そして復活を遂げた『ロックマンX2』では、プレイヤーの行動次第では蘇ったゼロと直接対決する衝撃の展開が描かれた(※行動次第では、このイベントを回避することも可能)。前作では弱かったエックスが元から強いゼロと一戦を交えるその光景は、シリアスな戦闘曲も相まって強烈な印象を残す。
そんな展開を経て次に発売された『ロックマンX3』では、新システム「プレイヤーチェンジ」導入の一環でついに操作可能なキャラクターに昇格。(一部を除き)中ボスやボスとは戦えないなどの大きな制約もあったが、その強さは圧倒的。とりわけフルチャージ後に繰り出せる「ゼットセイバー」による斬撃は喰らった相手をほぼ一撃で仕留めるほどで、嫌でもその事実を意識させる。
そして『ロックマンX4』ではついに、第二の主人公として昇格。同時に稲船氏が当初考案したとされる、”変えた『ロックマン』”が具現化したのだ。
『ロックマン』のお約束に反する試みを成した『ロックマンX4』のゼロの活躍
『ロックマン』とは、どんな遊びを掲げて誕生したアクションゲームであったか。
それは以前の『ロックマンエグゼ』の記事で言及した通り、「答えのあるアクションゲーム」である。
難しい場面、強敵に対して反射神経、テクニックに限らず確実に攻略できるための「答え」を探す。その核となる遊びは『ロックマンX』にも変わることなく継承された。とりわけ最初の『ロックマンX』では、特定のステージを攻略することで別のステージの環境が変わるという仕掛けの導入もあって、より一層答えを探しだす面白さが強化されている。
シリーズ第4作『ロックマンX4』でも、その遊びはお約束のごとく継承された。
しかし、それはエックスを主人公とするエピソード(ルート)での話。
ゼロを主人公とするルートでは、その遊びに”変化”という名のメスが入れられたのである。
具体的には「答え」が一部、無くなった。
そして「答え」があったとしても、反射神経とテクニックが必須になったのだ。
前作『ロックマンX3』でプレイヤーキャラクター昇格を果たしたゼロだが、『ロックマンX4』ではそのアクション全般にエックスとの大幅な差別化が図られている。
とりわけ象徴的なのは、『ロックマンX3』やその前の作品に存在した遠距離攻撃の撤廃。「ゼットセイバー」による近接攻撃を主体とする、同じくカプコンのアクションゲームである『ストライダー飛竜』の主人公、飛竜に近い特徴を持ったプレイヤーキャラクターに一新されたのである。
これにより、雑魚敵にせよボスにせよ、攻撃を当てるには相手に接近しなければならないリスクが付きまとうようになった。また、エックス同様、ゼロでもボスを倒すと相手が持っていた能力が手に入るが、それも「特殊武器」ではなくて「必殺技」という、「ゼットセイバー」による近接攻撃を基軸にした(簡易な)コマンド技になっている。
さらに一部のボスは、倒しても「必殺技」が手に入らない。逆に2段ジャンプが可能になるといった、機動力が向上する能力が手に入るようになっている。これが何を意味するのかと言えば、ゼロの場合、特定のボスに対して弱点による攻撃を仕掛けられない。
「ゼットセイバー」による近接攻撃を基本に、己の反射神経とテクニックを駆使して対峙しなければならないのだ。このため、エックスだと特殊武器を駆使すれば楽に倒せるボスが、ゼロの場合だと倒しにくい強敵になる。
弱点が設定されているボスも必殺技の発動にコマンド入力が必須に加え、確実に当てるためにはタイミングを見計らわねばならないため、容易にはいかない。技自体もテンポよく、連続して繰り出せる訳ではないので尚更だ。
相応に「ゼットセイバー」による攻撃力は高く、最大3連続の多段ヒットを決められるため、硬い敵を倒しやすい強みもある。
しかし、前述のテクニックが必須となる作りからアクションゲームとしての難易度はエックスを上回る。そして、そのゲームバランスの方向性は紛うことなき”ハード”そのもの。まさに稲船氏の思い描いた”変えた『ロックマン』”を体現している。
加えて、ゲームデザインの面でも初代『ロックマン』が誕生当時に掲げた「答えのあるアクションゲーム」に反抗している。その作りは、作中の敵の名称にちなんで、まさに「イレギュラー」といってもいいほどである。
だが、それもその通りだとしか言い様がない理由付けもされている。
『ロックマンX4』では、ゼロが元は「イレギュラー」だったという過去が語られているからだ。
また、彼を開発した生みの親も、作中では明言されないものの、ほぼ確定の域で明らかになっている。
初代『ロックマン』シリーズにおける宿敵にして悪の科学者「アルバート・W・ワイリー」(Dr.ワイリー、ワイリー博士)その人である。
実は『ロックマンX2』でも、ゼロがワイリーと極めて強い関係にあることは示唆されていた。『ロックマンX4』ではその設定にさらに踏み込み、オープニングのアニメムービーでは、ついにワイリーと思しき謎の老人が登場するに至っている。
映像はシルエットのため、ワイリー本人かは明示されていない。
だが、その特徴的な髪型から”答え”は明らかだろう。
極めつけにこの謎の老人を演じるのは青野武氏。
『ロックマン8 メタルヒーローズ』を始め、複数の『ロックマン』シリーズでワイリーを演じた声優である。(※2022年現在は故人)
他に『ロックマンX4』には、イレギュラー時代のゼロの額に「W」の刻印が現れる場面までもある。こうなるともう謎どころではない。そんな悪の科学者が”最高傑作”とまで豪語するロボットが主人公格のキャラクターになった。
この背景を思えば、ゲームデザインが従来の『ロックマン』の真逆になるのも必然だったと言えるだろう。難易度の高さも、ゼロの強さを思えば理にかなっていると同時に、ワイリーの掲げるロボットの思想をこれ以上なく体現している。
思想というのは後年の『ロックマン11 運命の歯車!!』にて語られた、いわゆる”後付け”の設定ではある。しかし、そこにはワイリーがなぜ、ゼロのような強いロボットを作り上げるに至ったのかの思いが現れており、その魅力と個性をさらに深める形となっている。
(以下、作中のイベントからの台詞の引用である)
「たとえ心を持ったとて、
ロボットは人間の道具に過ぎない!
圧倒的なパワー!目にも止まらぬスピード!
到底、人の及ばぬ驚異の力を誇示してこそ…
ロボットは人々から慕われ、
認められる存在になる!
それを実現するのが、
私が提案するダブルギアシステム!
これを組み込めば、全てのロボットがヒーローとなるのだ!」
(『ロックマン11 運命の歯車!!』:4ステージクリア後のイベントより)
かくしてゼロは『ロックマン』ではないがために、『ロックマン』を変えた。そのことで失われたものもあったが、結果として、ハードなアクションゲームというロックマンもうひとつの魅力が磨かれるに至ったのは揺るぎない事実だろう。
そして、ゼロが打ち立てた方向性は次作『ロックマンX5』以降にて若干の変更と改善(遠距離武器の復活、全ボスへの弱点設定など)を施しながら継承されつつ、主演作『ロックマンゼロ』にて大きく深まることになる。
『ロックマン』を変えるのみならず、壊すことすらいとわなかった『ロックマンゼロ』
その名の通りゼロが主人公の『ロックマンゼロ』は、『ロックマンX』シリーズからさらに数百年後の未来を舞台にした作品である。この『ロックマンゼロ』はこれまでの『ロックマン』とは異なり、メインの開発を外部のゲーム開発会社インティ・クリエイツが担当。カプコンは監修的な立場で関わるという座組みとなっている。
外部の会社が制作した『ロックマン』は何も『ロックマンゼロ』が初めてではない。
ゲームボーイで展開された『ロックマンワールド』シリーズを始め、過去にも幾つかの例がある。
ただし、それらのタイトルはどこの会社が開発したか、公式に明言されていない。インターネット上に掲載された前述の作品の情報欄には開発会社の名前が記された例があるが、大事なことなので2度繰り返そう。公式には一切明言されていない。
ここまで稲船氏を始めとする関係者のコメントを引用した関連書籍にも、会社名に関しては一切記されていない(単純に外部の会社が作ったことが示唆されている程度である)。
そのため、『ロックマンゼロ』は公式に外部の会社が作ったと明言された初の作品となる。
しかし、なぜ外部の会社が『ロックマン』の新シリーズを開発するに至ったのか?
それは『ロックマンX2』の開発スタッフのひとりで、インティ・クリエイツ副社長の津田氏が発端だったようだ。関連書籍において、インティ・クリエイツ社長の會津卓也氏がその成り立ちについてコメントしている。
「実は弊社の津田(インティ・クリエイツ副社長)がロックマン好きで、ロックマンを作りたい作りたいと言っていたんです。それでゲームショーなどがあるたびに稲船さんに「ロックマン作れませんか?」という話をしたりして、かなり作りたがっていることを伝えていたんですよ。そうしたら、あるとき稲船さんから「あんなに作りたいと言っていたのに、いつになったら企画書出してくれるの?」という電話がかかってきたんです。それを聞いて、稲船さんが本当に作らせてくれるつもりなんだということがわかったので、本格的に企画書の作成に取り掛かりました。」
さらに当初はゼロではない、別の企画だったと続けて発言している。
「初めに提出したのはゼロの企画書ではなく、別のものです。稲船さんから『X』シリーズに登場するゼロを主人公にしたゲームの企画書が欲しいという提案があったのは、そのあとでした。」
結果的にゼロの主演作になるのは彼の生みの親、稲船氏の提案だったようだ。
そのような経緯を経て生まれた『ロックマンゼロ』は、『ロックマンX4』にて確立されたゼロのアクションとシステム的な特徴がさらに突き詰められ、独自の発展を遂げている。同時に『ロックマン』のお約束を壊すことにも前のめりな感じで取り組んでいる。
とりわけ最初の『ロックマンゼロ』は”変える”という方向性が顕著に現れていた。
『ロックマンX』においても継承されたステージセレクト(※『ロックマンゼロ』シリーズではミッションセレクト)システムは、それぞれのステージの最後に登場するボスの情報を排除。何が待ち受けているのか、分からないように完全に隠した。
ステージでも始まって早々にボス戦が始まったり、仲間の救出任務を課せられるといった意表を突く展開を設定。一部にはボスを倒すことがクリアの条件ではないものまで用意している。
また、『ロックマンX4』においては「必殺技」という形だった、ボスの能力を得るシステムも撤廃。代わりに「炎」「氷」「雷」の3つの属性を付与する「エレメントチップ」なるものを装備し、攻撃に属性を付与してボスの弱点を突く仕組みに改めた。
ゼロのアクションも『ロックマンX4』を基本に、2種類の武器を装備して使い分ける形とし、『ロックマン』お馴染みの遠距離武器「バスターショット」に加え、「シールドブーメラン」「トリプルロッド」といった新たな武器を導入。
さらにそれぞれを使い込むことで、攻撃バリエーションが増えるという「スキルアップ」なるシステムも加えられている。成長要素も「サイバーエルフ」なる電子の妖精を育て、犠牲にして能力を得るという様々な意味で歪でショッキングな形に。
極めつけには残機システムも、今まで通り0になればゲームオーバーになってミッションやり直しではなく、挑んだミッションが完全に失敗となって二度とプレイできなくなる(そして、そのまま本編が進む)という衝撃の仕様に改められている。
まさに『ロックマンX4』の時を上回る”変えたロックマン”を作り上げていたのだ。
ストーリーも”ハードさ”が大幅に強化された。特に衝撃的なのは敵対する大ボスである。その者の名はエックス。かつての主人公にして、『ロックマン』である。
もはや『ロックマン』を変えるどころではなく、消すかの如き衝撃のストーリーを実現させたのだ。厳密にはエックスのコピーで、本物のエックスは別に登場するという設定なのだが……。
ただ、先の関連書籍に掲載されたインティ・クリエイツの會津氏の発言によれば、最初はエックス本人だったという。コピーへと変更されたのは、発売直前の約1ヶ月前だったとのことだ。とはいえ、「当初は稲船氏もエックス本人の設定を承認していた」と會津氏はコメントしており、もし変更されることなく発売していたと思うと……末恐ろしい限りである。
そんな従来の『ロックマン』からの脱却どころか、破壊までも意図していたと思しき『ロックマンゼロ』は、アクションゲームとしても極めてハードなものになった。
『ロックマン』伝統の「答え」を探す遊びこそ、「エレメントチップ」の属性相関(3すくみ)という形で継承しているものの、テクニックと反射神経が必須となるアクションゲームとしての難しさは大きく上昇。
しかも、何気なく降りた足場の真下に「トゲ」を配置するといった初見殺し、『ロックマンX』では応用テクニックの「ダッシュジャンプ」の使用を前提とした地形も増加し、ゲームバランスもアクションゲーム上級者向けへと振り切っている。
一応、前述の「サイバーエルフ」の活用によって、いくつかの難所は緩和できるようにされているが、ある程度の操作技術が必要とされる点は据え置き。
その作りたるや、”難しいゲーム”という『ロックマン』の持つひとつのイメージを先鋭化させるかのようなものだった。この方向性は続編『ロックマンゼロ2』にも改善を図りつつ継承。ミッションセレクト、残機制など、一部は従来の『ロックマン』の仕様に回帰されたが、反射神経とテクニックが試される作りは一層深まり、紛うことなきハードコアなアクションゲームとしての個性を確立。
そしてストーリーもまた、『ロックマン』におけるタブーへと踏み込んでいき、最終作となった『ロックマンゼロ4』では、悪の科学者によって生まれたゼロだからこその結末、そして独自のヒーロー像が描かれるに至っている。
「自分なりの、「変えたロックマン」というものをやってみたかった」とは稲船氏の談だが、『ロックマンゼロ』はまさにそれを突き詰め、最終的には変えるどころか、『ロックマン』自体の(いい意味でも、悪い意味でも)破壊へと至った。
『ロックマン』が生まれた経緯を思えば、果たしてこの方向性は突き詰める意義があったのかどうかは分からない。しかし、お約束に縛られることなく、いざとなればタブーにすら踏み込む懐の深さを見せたという点では、『ロックマンゼロ』は『ロックマン』シリーズにとって象徴的な作品だったと言えるだろう。
同時に悪の科学者が作った『ロックマン』ではないゼロだからこそできたとも言える。
時代背景的にも『ロックマンゼロ』がここまで思い切って踏み込めたのは、『ロックマン』元来の「答えを探す」遊びを分かりやすく、誰にでも楽しめるように伝えることに尽力した同期の作品にして盟友、『ロックマンエグゼ』の存在も大きかったのだろう。
『ロックマンエグゼ』が『ロックマン』原点の遊びを伝え、広める役割を担った立役者であれば、『ロックマンゼロ』はそれに捉われない作品としての懐の深さを示す開拓者だろうか。その意味でも『ロックマンエグゼ』と『ロックマンゼロ』という2つの作品は、切っても切り離せない関係といっても過言ではないだろう。
”変えた”『ロックマン』のはずが、『ロックマン』全体が変わってしまった?
そんなハードなアクションゲームとしての『ロックマン』の魅力を深めたゼロ。しかし、彼の活躍を描いた象徴的な2作の誕生から20年以上が経った今、その活躍は『ロックマン』シリーズ全体の先鋭化の発端となってしまった印象も否めない。
『ロックマンゼロ』が誕生した2002年当時は、前身たる『ロックマンX』シリーズもまだ現役だった。
しかし『ロックマンX5』以降、シリーズはゲームデザイン、ゲームバランス面での迷走がファンを中心に指摘され、『ロックマンゼロ』へと支持が寄っていく動きが起きていた。
そのことから『ロックマンX』も『ロックマンゼロ』を意識してか、2003年発売の『ロックマンX7』ではゼロの武器を増やし、2005年発売の『ロックマンX8』においてはハードコアなアクションゲームという路線へと大きく舵を切る。
『ロックマンX8』は、それまでの迷走を断ち切る作品に仕上がっていたのだが、難易度はシリーズでも随一。高度なテクニックを要求する場面が目立ち、『ロックマンゼロ』の路線支持を制作スタッフが意識していると思しき作りになっていた。
その後にも『ロックマンX』第1作のリブート作品『イレギュラーハンターX』、初代『ロックマン』を大胆にリメイクした『ロックマンロックマン』という新作が発売されている。だが、前者も後者も、構造が一新されたステージにて高度なテクニックを要求する地形が登場するなど、ハードなアクションゲームを意識したと思しき部分が存在した。
『ロックマンゼロ』の後継となった『ロックマンゼクス』も、ステージクリア型から探索型へとゲームデザインを刷新する大胆な試みこそあったが、ボス戦は「答え」こと弱点を突くデメリットを強調するシステムが導入されるなど、別方向でハードな作りに。
次作『ロックマンゼクスアドベント』では、弱点を突こうにも操作感覚が極度に異なるボスへと変身し、その独特な操作に慣れることが要求されるなど、癖が強化。ますますもって反射神経とテクニックが試されやすいアクションゲームになっている。
それらを経ての『ロックマン9 野望の復活!!』である。
元々、同作は『ロックマンゼロ』と『ロックマンゼクス』のインティ・クリエイツが開発しているのもあり、その個性が現れている一面もある。だが、全体的にハードコアな作りになっているのは遊べばすぐに分かる通りである。
元々、『ロックマン』でないがゆえに”変えた”試みが、本来の『ロックマン』にも波及してアクションゲームとしての難しさを際立たせていくようになった。
まるで『ロックマンゼロ』の方向性が支持されたからこそ、難しさを突き詰めることが許されるかのような風潮に寄ってしまったかのようである。それは『ロックマンエグゼ』と『流星のロックマン』という、アクションゲームが苦手な層にも楽しめる”万人向け”の『ロックマン』がシリーズの最前線を走っていたからこそ、できたのかもしれない。
しかし、今やその誰もが楽しめる『ロックマン』は存在しない。
難しさを求めすぎたあまり、その印象が凝り固まってしまった『ロックマン』がある。そのことからも、ゼロが遺したものは必ずしもいいものばかりではないと筆者個人としては思うのである。
とはいえ、『ロックマン11 運命の歯車!!』のように、かつての「答え」を探す楽しさを取り戻そうとしている動きもある。
2020年に発売された『ロックマンゼロ』、『ロックマンゼクス』の全シリーズをセットにした『ロックマンゼロ&ゼクス ダブルヒーローコレクション』でも、極端に難しい部分を緩和させる救済措置を導入し、間口を広げようとしている。
その意味でも、これからの”アクションゲームの”『ロックマン』は、どこまでゼロによって”変えられたもの”を戻せるかにかかっているのかもしれない。同時にそのゼロが遺したものをどう活かし、魅力を残して伝えていくのかも。
2022年現在、ゼロの活躍を描いた作品の多くはNintendo Switch、PlayStation 4、Xbox One、そしてSteam(PC)などで遊べるようになっている。
この赤き英雄にしてイレギュラーが『ロックマン』というアクションゲームに何を遺し、そしてそれがどんな形で波及していったのかを体験し、思いを馳せてみてはいかがだろうか。同時にこれからの『ロックマン』がどんな道を辿っていくのかも。
ひとりのファンとしては、その先にあるのが”明るい未来”であることを願ってやまない。