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公式世界大会仕様の試遊台が並び、DJブースも用意。エレガントすぎる「グランツーリスモ」の舞台裏に直撃するスタジオツアーレポート。25周年を迎えたシリーズの歴史と今後の展望を語るインタビューも収録

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 「グランツーリスモ」シリーズは12月23日にシリーズ25周年を迎えた。

 同シリーズは山内一典氏の考案により誕生し、1997年に第1作『グランツ―リスモ』を発売。「すべての走りがここにある。」というキャッチフレーズと共にはじまった同シリーズは、2022年3月には圧倒的なリアリティを携えたグラフィックに、天気や時間、タイヤの摩耗なども物理的にシミュレートし緻密に再現された車の走行、そして濃密な「車文化」を体験できるシリーズ最新作『グランツーリスモ7』PS5、PS4向けに発売された。

 YouTubeにて公開されているゲームプレイトレーラーを見るだけでも、本作の巧みなシミュレーションで表現される生々しい車の振動やスピード感、景色の美しさや光の描写、音の立体感を感じられる。実際にゲームをプレイすれば、自身の操作と相まって凄まじい再現性を味わえるクオリティだ。

 この度、そんな凄まじく作り込まれた本作を手掛ける開発会社「ポリフォニー・デジタル」の都内某所に位置する東京スタジオを見学する機会を得た。本記事では、本シリーズの生みの親である山内一典氏による解説付きで行われた贅沢なスタジオツアーの様子をお届けする。

 車文化ならではのラグジュアリーな雰囲気と、超が付くほどの車愛あふれるスタジオの光景に、車の知識がない方も思わず興味をそそられることだろう。

 また、本記事ではあわせて実施された「グランツーリスモ」シリーズ25周年を振り返る山内一典氏によるプレゼン、そして記事の最後には本作の今後の展望も語る合同インタビューも掲載。

 2022年11月16日時点で、シリーズの全世界累計実売9,000万本を突破し、過去25年間で世界で最も売れた「クルマ」ゲームである「グランツーリスモ」シリーズの歴史と現在、そしてこれから新たに切り開く未来の片鱗を覗いてみよう。

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とにかくお洒落すぎる。そして車文化が好きすぎる。愛が眼球を貫き続けるスタジオツアーレポート

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 シックな黒色を基調とする入り口を抜けてすぐ、まるでイベント会場のような広々とした空間に出る。そこにはコックピット型のコントローラーで『グランツーリスモ7』をプレイできる12台のディスプレイが並び、カフェのようなテーブルが並んでいる。はたまたバーカウンターまで視界に入り、一瞬場所を間違えたかと思うほどお洒落だが、ここは紛うことなくゲームの開発スタジオなのだ。

 天井に配置された照明はライブ会場にあるようなDMX制御の照明器具も設置されており、スピーカーも設置。先ほど「イベント会場のような」と述べたが、バーカウンターにミキサーやロビーに設置された大きなディスプレイを制御するPCが用意され、中小規模のイベントやパーティーが自社で開催できるスペースにもなっている。

 年末に行われるパーティーやコロナ禍前までは毎週末、社員が集まって音楽をかけダンスフロアにもなるため、DJブースも用意されているそうだ。実際に今回実施されたプレゼンは社屋ロビーに設置された本会場にて執り行われ、最早ポリフォニー・デジタルの秘密基地ならぬ巨大なアジトというべき設備を有している。

 12台並ぶ『グランツーリスモ7』の試遊機は本作のeモータースポーツの大会で使用される設備と同様のものであり、トップランカーも御用達のハンドルコントローラーでプレイ可能だ。

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 スタジオで目を引くバーカウンターはデビルズダイナーと呼ばれているという。デビルズダイナーという名は、ドイツのニュルブルクにあるサーキット「ニュルブルクリンク」のコース脇に立っている走り屋が集うカフェの名に由来し、同施設のデザインを模したデザインになっている。

 バーの壁面には「グランツーリスモ」シリーズ公式のチャンピオンシップ「グランツーリスモ ワールドシリーズ」の歴代優勝者のネームプレートが飾られている。

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 また、取材の際に利用させて頂いたロッカーには「グランツーリスモ」シリーズにこれまで収録されてきたコースがデザインされており、本シリーズのテーマパークのようだ。

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 メインフロアの一角にはインスタレーションのように洋室の設備が配置され、PS5が接続された巨大なモニターとソファー、トロフィーやレーシング雑誌、旅の雑誌などが配置されている。

 部屋の一角にはF1世界選手権において3度ワールドチャンピオンを獲得したブラジルのレーシングドライバー「アイルトン・セナ」のヘルメットも展示されており、こちらは同社がアイルトン・セナ財団から提供されたものだという。

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 メインフロアに隣接する別の一角には山内一典氏のガラス張りの部屋が設置されている。部屋の棚にはメルセデスF1で活躍するイギリスの選手「ルイス・ハミルトン」の紫色のヘルメットやロードレース世界選手権参戦以来15年間で9回のワールドチャンピオンを獲得するイタリアのオートバイレーサー「バレンティーノ・ロッシ」の黄色いヘルメット、オランダ出身のレーシングドライバー「マックス・フェルスタッペン」のレッドブルのキャップが配置されていた。 

 至る所に「車文化」を象徴するアイコニックなアイテムが展示されており、カーレースファンは良い意味で気を抜けない空間となっているだろう。

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 また、同室の一角に配置されt躍動感のある金属製のスタチューが目を引いたが、こちらは2018年に開催された「グランツーリスモ ワールドシリーズ」のトロフィーとして制作されたもの。スタチューの原型は1904年に制作されたイタリアの画家および彫刻家であるウンベルト・ボッチョーニの彫刻作品『空間における連続性の唯一の形態』であり、当時のイタリアの前衛芸術運動「未来派」に位置している。空気力学的で流動的な造形が特徴と言えよう。

・グランツ―リスモ ワールドシリーズ トロフィーメイキング映像

 「未来派」とはタリアの詩人フィリッポ・マリネッティがフランスの日刊紙『フィガロ』に発表した「未来派宣言」を発端とする前衛芸術運動で、20世紀の初頭における自動車や航空機による機械化と、それらの「速さ」により実現された近代社会の「速さ」を称え、速度や運動をモチーフにした作品が数多く世に送り出された。

 いっぽうで、未来派は1920年代以降イタリア・ファシズムに受け入れられ、戦争を「世の中を衛生的にする唯一の方法」として賛美する負の側面も持っている。現ににウンベルト・ボッチョーニは第一次世界大戦にて1914年に戦死しており、山内一典氏はこのトロフィーに「車文化」に纏わる輝かしいロマンと負の側面の双方を込めて『空間における連続性の唯一の形態』をトロフィーの題材に選んだという。

 トロフィーはウンベルト・ボッチョーニの遺族に許諾をとり、ロンドンの近現代美術館である「テートモダン」にてレーザースキャンを実施後に東京芸術大学の鋳金の研究所にて鋳造されている。現物の三分の一のサイズ感だが、かなり重量のあるトロフィーになっているそうだ。

 トロフィーのモチーフの選択と紹介からは、山内一典氏が車の文化全体と向き合う誠実な姿勢が伺えた。

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 無論、本スタジオは車に纏わる貴重なアイテムの展示場ではなく、「グランツーリスモ」を開発するスタジオだ。ここからはよりゲームの制作に纏わる施設を紹介していこう。

 「ポリフォニー・デジタル」は基本的に外注を行わず、自社でさまざまな制作プロセスを実行している。そのため、本作の音響面の作業工程や音楽の制作および編集が行える専用のスタジオが用意されている。

 音楽を制作するスタジオに入ると3Dオーディオのモニタリングのため、円形に配置された複数台のスピーカーが視界に入る。今回は特別に「グランツーリスモ7」の音響を設計する1場面を拝見させていただいた。

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 下記画面の黄色い円で描画されている領域音源が配置されており、車一台でもホイールと排気口の5点の音源が用意されていることが分かる。また、マップ上の観客の位置などにも音源が配置され、ゲーム本編では3DCGのマップ上の各音源の位置、そしてプレイヤーの位置を加味した立体的なサウンドが再生される仕組みだ。

 本作では車が壁際を走れば、壁からの反響の音も再現される。下記画像の車とは別の位置に配置された壁面の円錐が反響を再現するオブジェクトで、本作のサウンドデザインにおける工夫の一つとなっている。

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 スタジオの外はスタッフが利用する喫煙所であり、休憩所となっており、そこにはピアノやギターが設置されていた。気分転換にスタッフが演奏可能であり、山内一典氏もピアノを弾くことがあるそうだ。

 休憩所にはカメラを携えたモニターが配置されており、常に同社の福岡スタジオの休憩所がライブ配信されている。東京スタジオと福岡スタジオのスタッフがライブ中継を介して遭遇すれば、簡単な雑談やミーティングが始まることがあるそうだ。

 同室の壁面に設置されたホワイトボードには、運よく山内一典氏のスケッチが残されていた。本人は恥ずかしいと語っていたが、間違いなく貴重なものだろう。

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 続いてプログラミングやモデリング、ネットワークテストといった業務を行うスエリアに移動。同社は大きなビルの一フロアのみで完結しており、大型展示場の1ブロックほどのスペースに、グリッド上に区分された個々の作業スペースがずらっと並んでいる。スタッフの座席ごとにさまざまな小物やお気に入りのアイテムが飾られており、空間的に余裕のあるデスクで仕事が出来そうだ。

 大会議室会議用のセミナールームはメインフロアのシックなデザインを踏襲しており、イデア界の「憧れのスタイリッシュな職場」そのものと言えよう。ちなみに、セミナールームは普段はPCが複数台並んでおり、「中高生を招いて1日でゲームを作る」といったセミナーを実際に行っているとのこと。中高生になってぜひ参加したい。

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 フリースペースにはスタッフが持参したというセガ・エンタープライゼス開発の『アウトラン』の筐体も配置されており、さすが『グランツーリスモ』を手掛けるゲームスタジオといったところだ。

 スタジオ内にはハンドルコントローラーを家の中で設置しても家族に怒られずに遊びたい大人にむけた家具も展示。社内では「GT家具」と呼ばれており、こちらはリリースされていない非売品だが、ポリフォニー・デジタルが独自に制作したものだという。山内氏によると本製品は家具業界では300万円相当のクオリティのものになるが、同社は原価20万円ほどで制作したという。実際に販売するまでには至らなかったが、家具業界は販路の確保が課題だったようだ。

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 「グランツーリスモ」専用家具の隣には株式会社アクセスが開発する「グランツーリスモ」の信号を受けてプレイヤーに路面情報や挙動情報を伝達するシリンダ制御レーシングシミュレーターも展示。同社の商品はレンタル形式でイベントなどに貸し出されている。

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 さらに、部屋の一角には和室も出現。なんと同社には茶道の心得があるスタッフも所属しており、くつろぐのみならずお茶を点てることもあるそうだ。風流である。

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 殆どの事業を自社で完結して行うポリフォニー・デジタル社は映像を撮影する設備も設けている。ツアー時には拝見できなかったが、クロマキー合成で実写映像を『グランツーリスモ7』内のあらゆるロケーションと合成できるシステムも存在するという。

 防音の壁面に大型の照明機材やグリーンバックが存在しており、2022年2月23日に放送された『グランツーリスモ7』特集の「State of Play」時映像もこちらのスタジオで撮影された山内氏の映像が合成されたそうだ。

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 さらには様々な専門的な器具がそろったジムや、さまざまなPSハード向けタイトル、DVD、過去作の資料、プラモデルが納められた図書館の様な部屋も存在する。

 図書館の様なライブラリールームには、まだ自動車業界が各種資料をデジタルでアーカイブしてなかった時代のパンフレットや資料、それらの時代に旧車を細部まで確認するため参考にしていたプラモデルや「グランツーリスモ」シリ―ズの記念すべき過去作など、象徴的なアイテムが並ぶ。またそれのみならず、「湾岸の千葉くん」スモーキー永田氏で有名なDVD版『ビデオオプション』といった無数のカーマニア向けアイテムも目を引く。そこで異色なラインアップである石膏像は社内でのデッサンコンクールに使用され、コンクールにはデザイナーやモデラ―は勿論のこと、プログラマーも参加するそうだ。

 そして山内一典氏がニュルブルクリンク24時間レースに日産チームとして参加した車両パ―ツの一部も展示されている。

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 以上がスタジオツアーで拝見させて頂いた「ポリフォニー・デジタル」東京スタジオだ。ツアーでお邪魔したのはスタジオの全てではないものの、同スタジオにつまった「車文化」への愛と真剣さ、そして粋な遊び心が伝われば幸いだ。

 続いて、スタジオツアーと共に実施された「グランツーリスモ」シリーズ25周年を振り返るプレゼンのレポートをお届けしよう。

初代PSの誕生をルーツとする「グランツーリスモ」シリーズ。ポリフォニー・デジタルと『グランツーリスモ7』の制作過程

 プレゼンは株式会社ポリフォニー・デジタルの誕生から幕を開けた。同社は設立前から「プレイステーションの誕生」と共にあり、1980年代のPCカルチャー、そしてコンピューター・テクノロジーへのロマンティシズムがルーツとなっている。

 設立時の理念はコンピューティングパワーの凄まじい発展を受けて構想された「世界の森羅万象を量子化して計算可能な存在にすること」とビデオゲームが社会に与える影響を踏まえ「社会に対して開かれた存在であること」のふたつ。

 そんな同社の企業文化はアカデミックな「学校文化」、スタッフの役職以上に豊かな「多様性」、「知識社会」、「フラットな組織」と4つのキーワードで構成され、企業はひとつの生命体であるという考え方に基づき、同社では「企業文化は会社の頭脳そのもの」であると考えられている。

 同社の現在の社員数は250名で、27%がエンジニア、56%がアーティスト、そして6%が「Explore」。「Explore」という探検を意味する部門は、自動車メーカーやさまざまな社会の企業とのコミュニケーションを中心に行う役割を担う。ナイキのCEOであったマークパーカーの影響を受けて設立されたという。

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 シリーズ第一作であるPS用ソフト『グランツーリスモ』のビジュアルは320×240ドット、フレームレートは30fpsで描画されていたが、『グランツーリスモ7』はPS5であれば4K60fpsで描画される。両作の画面を比較すると『グランツーリスモ7』は『グランツーリスモ』の108倍の解像度となる。1ピクセルあたりのポリゴン数も上昇し、コンピューティングパワーでいえば10万倍上昇している。FPS以上に「遠くを見る」ゲームの性質上、消失点付近の解像度の重要性が高いそうだ。

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(画像はGran Turismo – グランツーリスモ・ドットコムより)プレイステーション用ソフト『グランツーリスモ』
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(画像はグランツーリスモ7 – 製品情報 – グランツーリスモ・ドットコムより)プレイステーション 5/プレイステーション 4用ソフト『グランツーリスモ7』
※画面は、PS5でのキャプチャです。

航空データやレーザースキャン、フォトグラメトリーを駆使したコース制作

 まず、コースの制作プロセスが紹介された。コースの選定の条件はコースのレイアウトが高低差を含めて面白いかコースの知名度や歴史、そして景観の美しさがポイント。実在のコースを採用する際には取材も行うが、取材の前に「どこにレーザースキャナー」を置くか、といった事前の計画も欠かせない。

 実際にコースに到着すれば3万枚のスチル撮影8Kの車載カメラによる撮影、車載型であれば0.5cmの誤差で対象を3Dに起こすレーザースキャン、そして徒歩およびドローン、ヘリコプターを用いて複数の画像から3Dモデルを生成する「フォトグラメトリー」などを行う。

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(画像は『グランツーリスモ7』 発売日アナウンストレーラー – YouTubeより)

 コースのモデリングは第一に、購入した国土基盤地図情報ALOS全球数値モデルといった航空測量データから浸食や傾斜、角度、標高などのアトリビュートを作成。そして、スキャンした路面データもアウトラインを抽出し、後から質感などのディテールを加えられるようにモデル化していくそうだ。くわえてコース上の植生や建築物のほか、上空を飛ぶヘリや電車、レースに参加しない車両や動物、タイヤスモークなどの演出効果なども設計し組み込んでいくという。

 また、最適化作業はメモリの容量とパッケージに収録可能なデータ容量に収め、コースの場所ごとの負荷の変動を自社ツールでチェックして行う。最適化が完了すれば、見栄えの追い込み作業としてリプレイカメラの演出やコース紹介カメラの位置、最終的なビジュアルを左右するカメラの露出、大気に光が刺し込んで遠近感を産むライトシャフト、そして天候シミュレーションの調整を行うとのことだ。

PS5でも表現しきれない『グランツーリスモ7』のカーモデリング

 そして、本作の心臓とも言えるカーモデリングが紹介された。PS用『グランツーリスモ』では250ポリゴンで制作され、PS2用ソフト『グランツ―リスモ3』では2000ポリゴンに、『グランツーリスモ7』では100万ポリゴンのモデルが実装された。

 『グランツーリスモ7』のカーモデルは曲線モデルとなっているため、近づけば近づくほど分割数が増える仕様となっている。また、現状のPS5に対してすら既にオーバースペックなカーモデルとなっているため、山内一典氏によると「恐らく今後作り直す必要はない」という。あるいは、ドライバブルで高精細なモデルが作られ、アーカイブされることには文化事業としての側面もあるという。

 登場する車両は自動車のデザインは勿論のこと、人類の歴史を踏まえた影響力、人気や流行、これからの自動車史を拓くようなコンセプトに着目し選定される。

 そして、車のデータ解析については大きく二つのルートがある。ひとつは車のメーカーからデータを提供してもらうルートで、CADデータやカラーサンプル、内装アイコングラフィック、スペックデータなどが対象となる。ふたつめのルートは自社での調査や測定によるもので、写真撮影や動画撮影のほか、据え置きおよびハンディタイプによるレーザースキャンやゲーム本編に2000色以上収録されるに至る測色作業が行われる。

 モデリングの工程はCADデータがある場合は元のデータが持つ1000万から2000万ほどのポリゴン数を約10分の一に削減する必要がある。また、CADデータにはないが、製造の際に立ち上がる特徴もモデリングの際に再現。モデリングの際は1台につき外装が約20種、内装が約30種のマテリアルが用意され、ゲーム全体でおよそ1万種以上という膨大なマテリアルデータが使用されているそうだ。

 最終的にはチーフモデラ―によりボディの形状や環境光の映り込み具合、質感をチェックする。先ほど山内一典氏により「文化事業」というキーワードが挙げられたが、リアリズムを追及し、かなり厳しいチェック作業となっているという。

 モデリングが終わればドライバブルな車として実装すべく、ワイパーやサスペンションといった稼働箇所のセットアップやライトの灯火設定も車のモデラ―が実施する。このほかに、ダメージ対応や車の外装をカスタムできるリバリーエディタへの対応、チューニングやカスタムパーツの対応、1台につき約20種のカメラ位置、メーターのアニメーションやステアリング、内装灯火、窓ガラスに滴る水滴の対応も行われるとのこと。

 上記のように内装に至るまでモデリングデータは徹底的な作りこみが施されており、、現行の最新ハードPS5をもってしてもゲーム本編で作りこんだすべてを生かしつくせる要素は限られているが、山内一典氏は今後生きてくる機会があるのではないかと語った。

レコーディングや自社開発の物理シミュレーション「エンジンシンセサイザー」サーキットごと再現する狂気の音響技術

 本作には国内、北米、ヨーロッパの拠点や実写のエンジン音を独自にレコーディングし、使用されており、GTシリーズの総録音台数は約1800台に至る。レコーディングは基本的に自動車の馬力や燃費を測定する装置であるシャーシダイナモ上か、不可能な場合はサーキット上で収録されるという。シャーシダイナモはハブ直結式であり、走行中の負荷および部分負荷の音が収録可能だ。

 大半がレコーディングした音を使用しているが、コンピューター上でエンジンの動きをシミュレートして音声を出力する「エンジン音シンセサイザー」を自社で開発し、使用する場合もあるという。さらに、AI技術を応用し、エンジン数を拡張した際の音声を再現するケースや、車内および野外にて測定した「インパルスレスポンデータ」を駆使し、測定した場所の反響を再現するコンボリューションリバーブを使用する場合もある。

 また、本作は3DCGの空間を駆使した3Dオーディオ技術が駆使されているが、シーン全体で2000個以上のサウンドエミッタを配置し、高さ方向を含む3D定位表現を行っている。くわえて、距離遅延や大気吸収をシミュレートすることもあり、本来視覚表現を目的としたPS5のレイトレーシング技術を活用して遮蔽や反射効果も再現しているという。

 音響のみならず音楽にも注力しており、『グランツーリスモ7』には350曲以上収録し、音楽とシンクロした「ミュージックリプレイ」機能も搭載。本作と言えば高精細なビジュアルや再現性の高いシステム面に注目される機会が多いものの、音響技術においても現代の技術を活用した挑戦とこだわりを感じられるだろう。

「グランツーリスモ」シリーズのルーツにある実験性、ゲームの外に進出する25年の旅を振り返る

『グランツーリスモ』の出発点には、自動車文化物理シミュレーションへの欲望、そしてリアルタイムの3DCGの三つが挙げられる。

 一方で、開発姿勢そのものは変わりないものの、同作は当時実験的な作品という位置付けであった。たとえば、本作を開発するにあたって「自動車会社」の許諾を得る必要があり、企画書ではこれから設立される「ソニー・コンピュータエンタテインメント」について、そして未発売であるプレイステーションについて、そしてプレイステーション↑で動く『グランツーリスモ』について、3つを説明しなければならず、なかなか許諾を得ることは出来なかったという。

 しかし、「トヨタ自動車」からの許諾が得られたことにより、本作の企画が晴れてスタートした。プレゼン資料の写真はお見せ出来ないが、初代『グランツーリスモ』の企画書を見るとサーキットの中にカフェが存在し『グランツーリスモ7』に実装されたカフェは25年越しに実装されたものだと明らかになった。

 『グランツーリスモ』という名前の由来は19世紀イギリスのビクトリア朝時代に、当時の貴族が教養を学ぶためヨーロッパ大陸を「馬車」で巡っていた旅行を意味しており、山内一典氏は25年「グランツーリスモ」を続けるポリフォニー・デジタルという会社自体が旅をする馬車のようなものであると語った。

 そこで「グランツーリスモ」がビデオゲームの外の世界を巡る旅を振り返ると2003年にはナイキとのコラボが実施されている。同社はアスリートを大切にする姿勢を持つ企業であり、山内氏は彼らとのコラボを経て「人の心を揺さぶるのは人である」ということに気付き、このキーワードから後の「GTアカデミー」や「GTワールドシリーズ」に繋がっていく。

 『グランツーリスモ4』にはナイキがカーブランドとして登場し、ゲーム内にナイキのコンセプトカー「NIKE ONE」が登場。2022年には同コンセプトに基づいて設計及び開発された「NIKE ONE 2022 LAUNCH EDITION」が公開されている。

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(画像はPhil Frank Design – Nike ONE 2022 Launch Editionより)

 2008年には日産自動車、プレイステーション、PDIによる共同プロジェクト「GTアカデミー」が開始された。同企画のテーマは「ビデオゲーマーがレーシングドライバーになれるか」というもので、山内一典氏が確信を得ていた「グランツーリスモ」で遊ぶことでリアルなドライビングテクニックが体得できることを実証する機会となった。

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 2013年には同作の10周年を記念するプロジェクト「ビジョン グランツーリスモ」がスタート。本企画では「各メーカーが考えるグランツーリスモ」というコンセプトをもとに各自動車メーカーが独自にデザインしたコンセプトカーを提供するもの。各コンセプトカーはその都度発売している最新の「グランツーリスモ」シリーズ作品に実装され、現在もプロジェクトが進行している。

 「ビジョン グランツーリスモ」は山内一典氏が「ミュージアムで展示されるスポーツカーの多くが偶然の切っ掛けにより誕生している」ことに気付き、切っ掛けを作ればデザインしてもらえるのではないかと思い付き、実現するに至った。

 まもなく10周年を迎える本企画はこれまでに28ブランド45車種の「ビジョングランツーリスモ」が作られており、フェラーリのビジョングランツーリスモが最新の車両となっている。山内一典氏はこれらの車両は今後の自動車のデザインに影響を与えると語り、誰が作ったかに関わらず、「クルマとは後の時代に光を放ち続けるもの」であると述べた。

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(画像は Ferrari Vision Gran Turismo : The Story – YouTubeより)

 2018年には「モータースポーツの次の100年をデザインする」というコンセプトのもと、「グランツーリスモ」公式の世界規模のチャンピオンシップ「グランツーリスモワールドシリーズ」が開幕。5年目のシリーズまで実施され来年には6年目を迎える

 2021年には国際自動車連盟(FIA)国際オリンピック委員会(IOC)との協業により世界で初めてオリンピック認定を受けたバーチャルスポーツ競技「オリンピック・バーチャルシリーズ モータースポーツイベント」が開催され、競技タイトルとしてPlayStation 4用ソフト『グランツーリスモSPORT』が選ばれている。

 同年にはポリフォニー・デジタルとSony AISIEの三社が協力したAIに纏わるプロジェクト「Gran Turismo Sophy」がスタート。『グランツーリスモSPORT』を使用し、世界最高峰のプレイヤーを凌ぐドライビングスキルやドライビングマナーをAIが学習中だ。

 同企画は「人間より速く走れるか」という目標の元スタートし、続く目標としてAIにより「どうやったらプレイを楽しませることができるのか」という目標を据えて取り組まれている。

 「どうやったらプレイを楽しませることができるのか」という過程で山内一典氏は、スポーツマンシップとは何か、人を楽しませる、とはどういうことか?ひいては「人間とはなにか?」という根源的な問いについて考えさせられるという。また、これらの解を突き詰めなければエンジニアリングが進展しないことが、このプロジェクトの魅力だと語った。

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(画像はGran Turismo Sophyより)

 振り返りを経て山内一典氏は「なぜ25年間続いてきたか」を考えた際に、「出会った企業や人が持つエネルギーが自然に流れる仕組みを『グランツーリスモ』が作ってきたこと」なのではないかと考えたそうだ。エネルギーが流れる際には、あらゆるものが最も効率的なかたちで渦を作る。静止しているように見えてエネルギーが出入りし、束の間にその二つを保つもの。同氏は『グランツーリスモ』をそのように捉えているという。

 そして同作が大切にしてきたものが何かを考えた際に、山内一典氏は『グランツーリスモ』は「美しさ」を絶えず追及してきたと語る。

 文化や歴史を踏まえたクルマや各サーキットの景観、リアルにシミュレートされた光とサウンド、音楽やグラフィックデザイン、物理シミュレーション。いずれも車内で完結し、クオリティを追及する姿勢はプレゼンにて紹介された緻密な制作過程から伺えたはずだ。ゲーム外に進出し、「グランツーリスモ ワールドシリーズ」を開催してからは、人間の振る舞いの美しさも感じたという。

これからは「自動車を好きになってもらわなければならない」シリーズの新たな展望を語る山内一典氏合同インタビュー

──初めに、「グランツーリスモ」シリーズ25周年を迎えての気持ちをお聞かせください。

山内一典氏(以下、山内氏)
 ひたすら感謝しかないですね。ユーザーの皆さん、コミュニティの皆さん、メディアの皆さん、本当に長いおつきあいになり、サポートしていただいて本当にありがたいです。もう一つ伝えたいこととして、家族のように25年間「グランツーリスモ」を作り続けてくれたPDIのスタッフにも感謝したいと思います。

 25年間を迎えての抱負は特になくて、本当に感謝しかないです(笑)

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──「リアルドライビングシミュレーター」を掲げる本作は25周年を迎え、「GTアカデミー」などにより「ゲーマーがドライバーになれる」ことは正に実証されてきている印象です。シリーズが如何に現実に近づくか、また現実を超えていくことはこれからあるのでしょうか?

山内氏
 シミュレーションの精度という意味では、実際そのものをシミュレーションする数値に到達していると思います。日産がフランスのル・マン近郊で行われる四輪耐久レース「ル・マン24時間レース」にチャレンジした際に、内部的にポリフォニー・スタジオが用意したデータを日産のエンジニアとチェックしたところ、おおむね実際の24時間レースと同じ結果を再現出来ました。ですので、挙動の再現性は既にリアルなものになっていると思います。

 それ以上という点に関しては様々な考え方がありますが、例えば公式世界大会である「グランツーリスモ ワールドシリーズ」では、通常のレース中継では不可能な位置と数のカメラでレースを描画しています。

 たった4人のスタッフで映像のスイッチングを行っており、テクノロジーを背景にした表現は今後いくらでもアプローチが存在します。クルマやタイヤの状態も全てモニタリングできるため、そういった情報を使って「どうやってレースを面白く見せるのか」という点では色んな可能性があると思います。

──本作はモータースポーツを通じて広くユーザーに広く親しまれていますが、今後リアルモータースポーツを交えた展開やプロモーションはあるのでしょうか?

山内氏
 たとえば「FIA グランツ―リスモ チャンピオンシップ」でチャンピオンに輝いた経験を持つイゴール・フラガ選手が先日のスーパーフォーミュラのテストに参加しました。ああいったストーリーが沢山生まれるといいなと思います。

 やはりバーチャルなモータースポーツは参入しやすいですし、お金もかからない。その中からスゴイ才能が出てきて、リアルなモータースポーツでも活躍する歴史が出来てくれると嬉しいですね。

 ただモータースポーツは総合格闘技みたいなところがあって、レーシングドライバーに求められるものはクルマを早く走らせることだけじゃないですよね。人に好かれる才能や自分を売り込む才能だったり、何よりも愛される才能が必要です。

 色んな意味で人間の総合力が求められるところがあり、それはそれで面白いですから、バーチャルを切っ掛けにより難度の高いテーマに挑戦してくれる若者が増えるといいなと思います。

──「グランツーリスモ」シリーズの頂点数(モデルのポリゴン数)に関して、『グランツーリスモ』(PS)では250であったものが『グランツーリスモ7』(PS5/PS4)では100万頂点になりました。ポリゴン数は今後増加するのでしょうか

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(画像はGran Turismo – グランツーリスモ・ドットコムより)

山内氏
 頂点数に関しては、技術の進歩と関係なくこれ以上必要ないですね。これ以上あげても意味がないんです。『グランツーリスモ7』のカーモデルは曲線モデルとなっており、ディテールに近づいて描画すると俯瞰で見た時以上に高い分割数で描画されます。

 つまり、現在のモデルを16Kのモニターにあわせた解像度で描画することも可能であり、今後新たなディスプレイが登場したり、コンソールが表示できる解像度が上がっても対応できるカーモデルを『グランツーリスモ7』に収録しています。

──「グランツーリスモ」シリーズが送り出されてきた25周年の中で、モチーフであるクルマ文化やモータースポーツも変化してきたと思います。山内さんのなかで感じたクルマ文化の変化などはありますか

山内氏
 僕自身クルマ大好きな少年として育ち、『グランツーリスモ』がリリースされた1997年は、今思えば「クルマ文化」がピークだった時代です。その後スマホの登場などを経て、言ってしまえば「クルマ文化」は沢山増えた「楽しいもののひとつ」になりました。

 ただ、かつては「世界が一つのものである」というふうに錯覚できた時代が続いていたように思います。たとえばグーテンベルグが活版印刷を発明し、複製技術により多くの人が同じ本を読むようになった。そこで初めて人間は世界というものを意識するようになったと思うんですよ。

 それ以前は人間は自分の生まれた街や村を世界の全てだと思っていたものの、メディアが生まれたことで、なんとなく「向こう側にある」世界をイメージしたり、もっと言うと「僕らはひとつのユニバースに住んでいる」という感覚を意識できるようになったと思うんです。

──なるほど

山内氏
 しかし現代ではインターネットが登場し、パーソナライズやリコメンデーションエンジンによる誘導、特定のプラットフォームへの没入により、「ひとつのユニバース」だった時代は終わり「沢山の宇宙」に分裂していく時代に移行し、それは止められ無いと思っています。そういった宇宙の中のひとつとしての「クルマの宇宙」になるんだと思います。

 例えば、ゲームの世界であれだけ人気のある『フォートナイト』をうちの親は知らないように、それぞれの宇宙は互いに見えない。しかし「ひとつの大きな宇宙」を目指すのではなく、みんな「それぞれの宇宙」で楽しく過ごせば良いと思うんです。そこで大事なことは「それぞれの宇宙」がそのなかで経済が回るようなスケールにキープすることだと思っています。

 僕も、以前のように全ての人に対してクルマの楽しさを発信することは難しいです。けれども世界中に自動車産業があり、大変な規模で新しいアイデアや価値が産み出されているので、それら全部をあわせた力は、「クルマの宇宙」をキープするために充分な力になると思います。

──先ほどの質問に付随して、「自動運転」に関しての山中さんの見解を伺いたいです。

山内氏
 自動運転に関しては色々な障害があるものの、やがて確実に自動運転の時代が来ると思います。ただ、自動運転の時代が来たからといって、自分で車を運転するという自由を人間が手放すとはちょっと思えないところがあります。

 もちろん自動運転の事情にすごく詳しいわけではないので分かりませんが、僕自身が初めて車の免許を取った時に、単純にどこまでも行けるっていう感激があり、それはとんでもない自由だと思います。

 ほんの一秒で取り返しのつかない事になり人を傷つけられてしまうようなものが、免許という制度があるにせよ自由に運転して良いということは、よく考えるとかなりすごい事ですよね。

 人類がそれを容認してきたという歴史的な産物ではあると思うのですが、それぞれ人間がコントロールする車がこれだけ毎日走っていて社会が営まれていることは奇跡であり、やはり人間って素晴らしいなと思いますね。そこで得た自由を簡単に手放すとは僕は思えないですね

──以前『グランツーリスモ7』は文化的な背景が山ほど盛り込まれた作品であるものの、そこに反応してくれるユーザーは限られているというお話を伺いました。この点に関して山内さんはどう思われますか?

山内氏
 そうなんですよ。『グランツーリスモ7』はカフェでの会話やミュージアムなど、各車両の背景や誕生の由来、魅力を解説するコンテンツが多数収録されているのですが、ユーザーの滞在時間を確認するとほとんど皆さんバシバシ飛ばしています。(苦笑)

 この点においては「車の歴史や魅力」といった文化的な側面を伝えたいものの、そうではない動機付けでプレイする方もいらっしゃるという状況ですね。

『グランツーリスモ7』スタジオツアーレポート_052
(画像はグランツーリスモ7 – 製品情報 – グランツーリスモ・ドットコムより)

──今のユーザーはなかなか自動車を「文化」として受け入れなくなっているということなんでしょうか。

山内氏
 そうですね。『グランツーリスモ7』を作り終えて、正攻法ではない違ったアプローチがしたいと考えています。「素朴にこの車がカッコよかった」「こんなレースがあって素敵だった」と伝えるだけでは十分ではないと今は感じています。

 そういった「車文化」の歴史と魅力を伝えるコンテンツをゲームに収録することは重要ですが、「どういうきっかけで興味を持ってもらうか」という点においては、ストレートに語りかけるだけではない違う仕組みの必要性を感じます。

──自動車に興味を持ってもらわないといけないという時代なんでしょうか?

山内氏
 そうです。持ってもらわなきゃいけないですね。

 たとえば、「ビジョン グランツーリスモ」の車両を見ていると、美しさやエレガントである以上に「こどもが見てもカッコいい」もので、それが凄い重要だと感じています。

僕らは「スバル レガシィ」にも美を感じますが、より子供がパッとみて「うわぁカッコいい!」と思う車をこれからの作品では第一に紹介したい。そういった車両をゲームで運転する最初の車に選んでも良いと思っています。

 つまりポルシェフェラーリも知らないものの、「ビジョン グランツーリスモ」は知っているという状況をつくれば、それを起点に「フェラーリ」や「ポルシェ」といったブランドを知ってもらい、「ポルシェ911っていう車があったんだ!」とか、「フェラーリ・288GTOっていう車があったんだ!」と気付いてもらう。そういう順番の組み立て方をする必要性を感じています。

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(画像はフェラーリ ビジョン グランツーリスモ – グランツーリスモ・ドットコムより)
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(画像はポルシェ ビジョン グランツーリスモ – グランツーリスモ・ドットコムより)

──スーパーカーブームでクルマ好きになった子供たちが山ほどいて、彼らが大人になっても自動車好きであるような。

山内氏
 そうなんですよ!僕が自動車を好きすぎるがために、それを経験していながら気付かなかったことを最近感じています。もっとストレートに「すげぇカッコいい!」って子供に思わせるようなものを入口に設けないとダメなんじゃないかと思っています。

 先ほどの質問に関連して、例えば12月2日に発売したCriterion Gamesが手掛ける『Need for Speed Unbound』では車と密接である流行のヒップホップを多数サウンドトラックに収録し、ファッションのカスタム要素としてスケートブランドとコラボしており、車以外の文化も取り込んだ姿勢の作品となっていました。

──今後の「グランツーリスモ」シリーズでは、車文化を中心にレンジを広げたアプローチは行うのでしょうか?

山内氏
 先ほど申し上げたことと重なってしまうとは思うのですが、『Need for Speed』はこれまでのアプローチと変えたということですよね。恐らく車に関係するありとあらゆる関係者は、そういった工夫を続けるしかないと思います。皆で守っていかないと守れないです。

 なので『Need for Speed』のやり方はひとつの方法だと思いますし、今お聞きしてて「なるほど」と思いました。

──以前、日産のGTRのメーター部などをポリフォニー・デジタルさんがデザインをされていましたが、他分野でもポリフォニー・デジタルの手腕を発揮する機会は今後あるのでしょうか?

山内氏
 ないとは言えないですね。僕ら自身はそういったお誘いに興味があるため、お話を頂ければ「やってみよう」と動くことになると思います。

 最近では自動車メーカーの皆さんは「車のスマホ化」というところに関しては一様に邁進されていますから、もしかしたら僕らがお手伝いをする機会があるかもしれません。

──今まで「GTアカデミー」や「グランツーリスモ ワールドシリーズ」「Gran Turismo Sophy」「ビジョン グランツーリスモ」などを手掛けられてきましたが、今後新たに取り込むプロジェクトはありますか

山内氏
 僕は基本的に未来を生きているので、考えているものは沢山あります。しかし『グランツーリスモ7』を発売してからまだそんなに経っていないため、今の時点で未来のビジョンを語るのは早すぎるかなと思います(笑)

『グランツーリスモ7』スタジオツアーレポート_055

──『グランツーリスモSPORT』時のスタジオツアーでは以前の別のオフィスだったかと思います。引っ越し後の今回の新オフィスについて、こだわりのポイントはありますか?

山内氏
 僕らは何回やったか分らないほど引っ越しをしているのですが、毎回常に「社員が働きやすいように」と考えながら都度物件のサイズや間取りをあわせて引っ越しをしています。

 今回明確に意識したことは、小さなイベントくらいは社内でできるようにしよう、と考えました。

──今回のスタジオツアーでは実際にソフトウェア上でサウンドデザインの裏側を拝見させて頂いたことや、プレゼンでの解説もあり、ポリフォニー・デジタルが取り組む「グランツーリスモ」シリーズにおける音響のこだわりも印象的でした。音響面で、独自の取り組みがあれば改めてお話を伺いたいです。

山内氏
 ゲームではリアルタイムにありとあらゆるものを生成しなければならないため、先ほどプレゼンで説明させて頂いた「インパルスレスポンデータ」などは凄く重要になります。

 プレゼンではお話をしませんでしたが、日産の北海道 陸別のテストコースを借りて実際に広大な空間での音質の変化を測定したことがあります。

 巨大な電源車と巨大なスピーカーをストレート上に配置し、25メートル間隔でマイクを何千メートルも並べたのち、発したサイン波のようなトーンの位置ごとの変化を測定しました。

──プレゼンで紹介されていたエンジン音を再現する物理シミュレーションシンセサイザーのように、サーキットの再現に特化したリバーブプラグインのようなものを自社で生成しているんですね。

近年の音楽シーンでは立体的な音響技術への関心が高まっている印象ですが、独自の音響系ソフトをプラグインとしてリリースする予定はありますか?

山内氏
 今のところそれをリリースする予定はないですね(笑)

 出した瞬間は良いものの、ツールやソフトウェアをリリースするとバージョン管理が必要となり、メンテナンスを要するため、それなりに覚悟が必要です。

──つまり、それは今のところはお預けということですね

山内氏
 はい(笑)

──少し前の話になりますが、イゴール・フラガ選手がスーパーフォーミュラのeモータースポーツアンバサダーとなり、実際にテストでも車に乗られましたが、その点に関してどう思われましたか?

山内氏
 イゴール選手は2018年に「FIA グランツーリスモ チャンピオンシップ」初代チャンピオンを取った時に初めて出会ったのですが、彼はレーシングドライバーに必要な能力を持っている人でした。

 速さは勿論のこと、人としての魅力がある。そのため、上手く世界を切り開いていって欲しいと思いますし、そういったポテンシャルをスーパーフォーミュラの皆さんが感じていらっしゃるからアンバサダーに任命されたのだと思いました。

──スーパーフォーミュラ以外のカテゴリーでも今後の活躍に期待ということですよね

山内氏
 そうですね。どちらとしてもバーチャルな世界とリアルで手を携えて未来に向かうしかないと考えていますが、イゴール選手の今後がモータースポーツのある種の未来の試金石になることは間違いないでしょうね。

──それは山内さんとしても応援していきたいということでしょうか。

山内氏
 出会ってしまった以上、応援します。まぁレースってそういう世界でしょう(笑)

──電気自動車がどんどん普及してますが、「グランツーリスモ」に関しては影響はありますか?

山内氏
 すでにタイカンテスラなどが『グランツーリスモ7』に実装されています。他にも例えば「Gran Turismo Sophy」と「グランツーリスモ」のドライバーとの対戦レースは、先月モナコで開催された「グランツーリスモ ワールドシリーズ」でもEVの「ポルシェ ビジョン グランツーリスモ」でレースも実施している状況です。

いっぽうバッテリーが交換式にならなければ、サーキットを周回するレースがEVにフィットしているとはあまり思わないですね。

 EVってそれ自体がゲーム機みたいなものです。常に「充電ステーションの位置」や「残りの充電量」を考えながら目的地にたどり着いたりすることが楽しいものじゃないですか。なので、EVの面白さはサーキットで周回を競うレースではないと思います。

 もっとアドベンチャー的なレースが面白いと思いますね。そこはメチャクチャ頭も使うし、楽しいと思います(笑)

『グランツーリスモ7』スタジオツアーレポート_056

──「グランツーリスモ」を含めレーシングゲームを愛好しているユーザーは世界中にいると思いますが、国や地域ごとに熱量や捉え方の差を感じることはありますか?

山内氏
 「グランツーリスモ」のユーザーに関してはあまり差異は無いと思います。勿論、モータースポーツや車文化全体の理解度や親しみ度合は、イギリスやイタリア、アメリカは日本より圧倒的に深く、造詣が深い人も多いことが良くわかります。

 先ほど、『Need for Speed』の話が出ましたが、やはりアメリカはカルチャーを作ることが上手いです。車関係においても、日本で生まれたものの文化にならず、アメリカに行って文化になったものって沢山あるじゃないですか。そこはやはりアメリカって文化を作ることが上手いなと感じますね。

──先ほど「カーモデルの頂点数はこれ以上上げる必要がない」という話がありましたが、『グランツーリスモ7』の時点で車の運動特性は全て解析できているのでしょうか

山内氏
やはりタイヤモデルなど、一番誤差が出やすい部分次第ですね。『グランツーリスモ7』では内部的には色んなモデルをサポートしていて、用途を絞れば精密に再現可能といった状況です。


 この度の取材ではポリフォニー・デジタル 東京スタジオのツアーのみならず、『グランツーリスモ7』の開発過程や山内一典氏が見据える「グランツーリスモ」シリーズの今後の展望も伺うことが出来た。それらすべてに「車文化」への愛と、それに基づく歴史と未来への憧憬に満ちていることが感じられただろう。

 本取材レポートが「グランツーリスモ」シリーズの最新作『グランツーリスモ7』を楽しくプレイする一抹のスパイスとなれば幸いだ。

 『グランツーリスモ7』の対応プラットフォームはPS5、PS4で、好評発売中だ。

編集者
ゲームアートやインディーゲームの関心を経て、ニュースを中心にライターをしています。こっそり音楽も作っています。

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