8月23日(水)、パシフィコ横浜ノースにてコンピュータエンターテインメント開発者を対象とするカンファレンス「CEDEC2023」が開催されました。
今回はコンテンツの海外展開などをサポートするコンサルティング企業・ルーディムス株式会社の代表取締役である佐藤翔氏が登壇された講演「アラブ諸国のゲーム市場・産業、2023年の現状と将来 ~何故サウジアラビアは日本のゲーム会社の株を買い、ゲームに5兆円超を投資するのか?~」の様子をレポート形式でお伝えします。
2023年の7月に開幕し『フォートナイト』や『鉄拳7』などさまざまなゲームの大会を実施したeスポーツイベント「gamers8」は、サウジアラビアの首都リヤドで開催され、『ストリートファイター6』部門で翔(かける)氏が優勝。日本人選手の活躍を受け、国内でも大きな話題となりました。
また、格闘ゲームの祭典「EVO」『ストリートファイター6』部門においてUAE(アラブ首長国連邦)のAngryBird氏が優勝したこともあり、年々注目度を増す中東地域のゲーム事情を知ることのできる非常に興味深い講演でしたので、ぜひ最後までお楽しみください。
文/うきゅう
ゲーム業界への投資をおこなう主要な組織とムハンマド・ビン・サルマーン皇太子の密接な関係
『キング・オブ・ファイターズ』シリーズや『メタルスラッグ』シリーズで知られるゲーム会社SNKの株式の実に96%以上を、サウジアラビアの財団「MiSK」が有していたことをご存じでしょうか。MiSKは2021年3月に約270億円もの資金を投じSNKの株式の33.3%を取得。その後も買い増しを進め、2022年2月の段階で96%以上の株式を所有するに至りました。
このMiSK財団を保有しているのが、サウジアラビアの皇太子にして首相であるムハンマド・ビン・サルマーン氏(通称MBS氏)です。同財団の子会社であるマンガプロダクションは、永井豪氏によるマンガ『グレンダイザー』を原作とした新作アニメを制作中であるため、こちらの話題で耳にしたことのある方もいるかもしれませんね。
佐藤氏の講演では、サウジアラビアにおいてゲームビジネスへの投資を行う主要なプレイヤーとして、このMiSK財団とサウジアラビア政府による公的投資機関「PIF」のふたつが挙げられました。
そしてPIFの取締役会長として活動しているのが、前述したMBS氏なのです。佐藤氏の話では、MiSKとPIFは関係性こそ強いもののあくまでも異なる団体であり、個別の目的意識のもとで活動をしているとのことでしたが、“主要なプレイヤー”として名指しされたふたつの組織が、いずれも同じ人物を戴いているというのは非常に重要な指摘であるように感じました。
くわえて、講演のなかではMiSKやPIF以外のプレイヤーについても言及されました。なかでも注目は、サウジアラビアで巨大都市計画などを実施している団体「NEOM」です。都市計画、と聞くと一見ゲームと縁の遠そうな団体に思えますが、佐藤氏によると同団体は最先端の技術を都市に導入するため、デジタル関係への投資をおこなっているらしく、サウジ内のゲーム会社のパブリッシングを務めるなどゲーム業界においても存在感を発揮しているそうです。
そもそも、何故サウジはゲーム業界に多額の投資をするのか?その答えを握る国家戦略「サウジ・ビジョン2030」
2022年、PIF傘下の「Savvy Gaming Group」は、サウジアラビアをゲーム産業のハブとするため、約5.5兆円もの巨額の投資戦略を発表しました。前述したMiSKによるSNK株式の買収も含め、サウジアラビアの持つ膨大な資金がゲーム業界へと流れ込んでいるのがわかります。
では、そもそも何故、サウジアラビアはこれほど多額の投資をおこなっているのでしょうか。
佐藤氏によれば、その答えはサウジアラビアが2016年に発表した国家の成長戦略「サウジ・ビジョン2030」にあると言います。サウジ・ビジョン2030では現国王やMBS氏のメッセージとともに石油産業だけに頼らない多角的な産業の発展や、雇用の増進などを目的として様々な方針が表明されています。内部を確認したところ、そのなかには「2030年までの達成目標」として国内における文化・娯楽に対する支出を倍増させるという目標が記されていました。
2022年にはサウジアラビアが「国家ゲーム・eスポーツ戦略」を発表し、それぞれの分野で達成すべき重要目標として「サウジをeスポーツの最有力拠点とする」「サウジ国内のゲーム会社を250社に増やす」「サウジ拠点のゲームスタジオから多くの良作ゲームを生み出す」「人口比でのeスポーツ選手の数を世界3位以内にする」といった4つの目標が掲げられました。
佐藤氏によると、この政府や国家レベルでの目的意識こそが、サウジアラビアがゲームビジネスに多額の投資をおこなう理由であり、重要なのは金額の多寡ではなく、サウジの投資がサウジ国内における産業の発展を目指しての行動だと認識することだというお話でした。
もしゲーム業界にいてサウジアラビア関係からのアクションがあった場合には、このサウジ・ビジョン2030を踏まえた提案をおこなうことで、相手と円滑なコミュニケーションが取れるかもしれませんね。
AngryBird氏の優勝、『R6S』史上最高金額の大会実施など隆盛する中東のeスポーツシーン
冒頭でも少し触れたように、2023年8月に開催された格闘ゲームの大会「EVO」の『ストリートファイター6』部門において、UAE(アラブ首長国連邦)のAngryBird氏が優勝を果たしました。
また、2023年7月にサウジアラビア・リヤドで開催されたeスポーツイベント「gamers8」では『フォートナイト』や『PUBG:BATTLEGROUNDS』など数多くのゲームに関する大会が開催され、賞金総額は多いもので1500万ドル(日本円にして約22億円)にものぼりました。
なかでも、『レインボーシックス シージ』の賞金総額200万ドルは同作におけるひとつの大会での最高金額となり、多くのサウジアラビア人が参加し、優勝したのもサウジアラビア人だったそうです。
このように、国家戦略にも後押しされる形でサウジアラビアにおけるeスポーツの大会規模は近年著しい発展を見せており、佐藤氏によるとゲームの獲得賞金ランキングなどを見ていても、思いがけないタイトルで優勝したサウジの選手が、高額賞金を手に入れ上位に入賞しているといったケースもあるとのことでした。
四半期ごとに回線のレイテンシー(遅延)状況をレポート!?世界でも類を見ない取り組みがeスポーツ大国への道を支える
eスポーツ大会の拠点となるべくサウジアラビアが取り組んでいることのひとつに、四半期ごとに政府機関が回線のレイテンシーを計測してレポートとして発表している点が挙げられます。
佐藤氏の提示した資料によれば、特定のゲームタイトルに対してどの回線がもっとも遅延時間が少なく、またサウジ全体の平均はいくつだったのかなどが表示されており、これほど詳しい情報を公開している国というのは聞いたことがないため、大変に驚きました。
回線状況、とくに遅延時間の改善というのはeスポーツをおこなう上で非常に重要な課題であり、国を挙げてのこのような取り組みを見ても、サウジアラビアが自国でeスポーツを発展させるためにどれほど注力しているかがうかがえます。
『フォートナイト』『Among Us』『リーグ・オブ・レジェンド』……サウジで人気のゲームと、日本製ゲームの展開事情
eスポーツの大会や投資など、とにかく景気のいいお金の話が注目を集めるサウジアラビアですが、実際にプレイされているゲームはどのようなものがあるのでしょうか。
佐藤氏によれば、人気のあるゲームとして挙げられるタイトルは『フォートナイト』や『Apex Legends』といったバトロワ系シューティングゲーム、『League of Legends』や『Dota2』などのMOBAジャンル、パーティ系SF人狼ゲーム『Among Us』など、世界的にもよく知られたゲームだとのこと。
考えてみれば人気のあるゲームはeスポーツ大会の注目度もあがっていくわけで、とりわけオンラインゲームの流行に関しては世界的にももはや差の小さい界隈という事になるのかもしれません。
また佐藤氏は続けて、サウジアラビア国内で販売されている日本のゲームについても紹介。フロムソフトウェアが開発し、世界2000万本の売り上げを達成したオープンワールドアクションゲーム『エルデンリング』など6タイトルが挙げられていました。
右下に掲載された『ゴースト・オブ・ツシマ』については開発がアメリカのSucker Punch Productionsであるため、日本のゲームと言ってしまっていいものかどうかは微妙なところですが、販売はソニーが担当しているわけですから現地では広義の日本製ゲームと捉えられているのかもしれませんね。
文字は右から左へ、数字は左から右へ。ややこしいアラビア語に、それでも「ローカライズ対応した方が良い」理由
佐藤氏によると、中東・北アフリカ地域全体で見たゲーム市場は年間およそ5800億円ほどであり、14年前と比較して2倍ほど規模が拡大しているそうです。佐藤氏の見立てでは、今後もさらに大きくなっていくことが予想されるとのこと。
このうち、サウジアラビアが占める割合は半分ほどであり、金額にして約2600億円。サウジアラビアのゲーム市場は、他の中東・北アフリカ地域と比べ家庭用機のシェアが大きいことも特徴だとか。
そんな拡大傾向にある中東地域への参入を考えた際、真っ先に思い至るのはアラビア語の難解さでしょう。佐藤氏も「ややこしい」と太鼓判を押すアラビア語ですが、しかし「ローカライズ対応はやった方が良い」そうです。その理由として、佐藤氏は言語を使用する人口の多さを挙げていました。
佐藤氏によるとアラビア語の使用者は世界に4億4700万人ほど存在するとされ、この数字をもとに考えれば、1億3000万人ほどが使用する日本語やドイツ語よりもはるかに多いと言えます。
にもかかわらず、アラビア語圏からの認知度があったタイトルがアラビア語になかなか対応しなかった結果、ファンたちの不満が高まりいわゆる“炎上”を起こしかけた事例もあるとのこと。
佐藤氏はアラビア語のローカライズに関して「出すリスクももちろんあるが、“出さないリスク”も出てきている」と語っていました。
1990年代から2010年ごろまでの「日本アニメ空白期」。サウジにおけるコンテンツ受容を理解することで、展開もスムーズに
サウジアラビアでは、ゲームだけでなくアニメも高い人気を誇っています。佐藤氏によると、サウジで高い人気を誇る日本産のアニメには明確な傾向が見られるとのことでした。
まず、『キャプテン翼』や『グレンダイザー』などに代表される、1990年以前のアニメ。これは、日本のアニメが海外に放映権を売っていくなかで、世界中へと発信されていった作品であり、年配の方も含めた幅広い年齢層からの支持を集めているそうです。
つぎに、2010年代以降の比較的新しいタイトル。こちらは配信サイトなどを通じて視聴されており、特に若い世代に人気があるとか。
一方で、1990年代から2010年ごろまでの作品は、サウジアラビアにおいてはある種の「空白期間」となっており、あまりこの期間の作品は知られていないため、アニメ関係の商品を売り込む際には注意が必要だと佐藤氏は語っていました。
とはいえ全く知られていないというわけでもないようで、2022年のサウジアニメエキスポではアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する初号機の立像が展示されるなど、「コアなファン層」を獲得している作品については、認知されているとのことでした。
現場の担当者どころか役員まで突然変わる。流動性の激しいアラブ社会で成功するためには、とにかく「コミュニケーションが大事」
最後に、佐藤氏はアラブ諸国とのビジネスをしていくにあたっての簡単な指南を行いました。
どこかの国や企業がコンタクトを取ってきた場合にも、そこにはサウジアラビアの国家戦略「サウジ・ビジョン2030」などに代表される国や政府の絡んだ目標や、経営戦略上の方針、そして各企業ごとの個別の目的などが多層的に存在しているため、そういった多層的な目的のどこにフォーカスするのか、どういった観点でなら連携が取れ、どういった観点では相容れないかをしっかりと認識していくことが大切なのだそうです。
また、佐藤氏は「複数の人間とやり取りをする」ことの重要性についても言及しました。サウジアラビアには商売上手な方が多く、まるで自分は業界の全てを熟知しているかのように語りながら、大きな風呂敷を広げていくような状況も存在するのだとか。ただひとりを窓口として偏った認識を持ってしまってはなかなか上手くいかないこともあるため、複数の視点を確保していくことも必要となるでしょう。
くわえて、ゲーム産業に注力している国はサウジアラビアだけではなく、UAE(アラブ首長国連邦)やクエート、オマーンと言った国々のなかには、サウジに負けじとゲーム会社の支援などをはじめている国もあるとのことで、佐藤氏はサウジにこだわらず、こういった国々にも目を向けてみてはどうかと語っていました。
一方で、注意事項としてアラブ諸国における人事や組織改編の激しさも挙げられました。なんでも、アラブ圏では現場の担当者や役員クラスであっても突然人員が変更されることが珍しくないとのことで、特定の個人と良好な関係を築きうまくやり取り出来ていても、その個人が部署から外れてしまってコミュニケーションが断絶してしまうケースが見られるそうです。
そういった失敗をしないように、メールだけでなく時には電話で直接話をしたり、メッセージサービス「Whatsapp」やビジネス向けSNS「Linkedin」など、相手に繋がる連絡手段を全てつなぐぐらいの勢いで複合的にコミュニケーションを取ることが推奨されていました。
サウジアラビアをはじめとした中東諸国の運用する膨大な金額はどうしても目を引かれてしまうものですが、佐藤氏は「目先の金額に振り回されることなく、相手の戦略と自社の方針が噛み合ったときには手を結ぶ」という意識を持つことが大切だと結んで講演は終了となりました。
今回の講演は、基本的にはゲームビジネスに関するものでしたが、語られたサウジアラビアの事情や、国家単位での方針を確認するべきといった助言はより幅広いジャンルで活用できるように思えます。皆さんも今後、中東・北アフリカ地域の方とやり取りをする機会が訪れた際には、佐藤氏の言葉を思い出してみてはいかがでしょうか。