解決していない問題
さて、ここまで紹介した背景作りによって、3Dのマップで2Dのバトルを行うための条件はだいたい整った。しかし、一番重要な問題がまだのこっている。それは「バトルできない場所ではどうするか」ということと、「バトルの見た目を固定したい場合はどうするか」ということだ。
確かに背景作りによって「どこでもバトル」がある程度実現したものの、依然バトルができない場所(坂や階段等)は存在するし、そこでバトルが発生したときに他と同様の処理を行うことは不可能である。また、シナリオ上必ず発生するバトルや過去作をオマージュしたバトルなど、特定の構図を求めるようなバトルに関しては新たにシステムを導入する必要がある。
特に前者の問題は深刻だ。どこでもバトルを可能にするのは背景作りの段階でどうにかできるかもしれないが、3Dゲームにおいて坂や階段を全く登場させずマップを作り出すのは現実的ではないし、背景で全て解決させようとするとマップのあらゆるオブジェクトが制限を受け、結果として世界が不自然なオブジェクトで埋め尽くされることになる。
この残った問題に対して開発チームはどのような解決手法を取ったのだろうか。背景作りの次は、「どこでも」を実現するためのさらに深い開発プロセス、すなわち例外的なバトルラインを作るための方法について見ていこう。
固定バトルライン
まずは特定の構図でバトルを行う「固定バトルライン」だ。このバトルラインはイベントバトルや過去作のオマージュなど、ファンをあっと言わせるような象徴的なバトルを行うために例外的に生成されるバトルラインだ。このバトルラインは自動的に生成されるわけではなく、 ミッションやNPC、場所に紐づいて完全に設定されたものとなっている。「バトルの見た目を固定したい」という問題はこのシステムによって解決することができる。
テーブル式バトルライン
残った「バトルできない場所」の問題を解決するのが、「テーブル式バトルライン」だ。このテーブル式バトルラインというのは、バトル不可能な場所でバトルが発生したとき、すぐに別のバトルラインへプレイヤーを飛ばしてくれるシステムである。
詳しく解説すると、ゲーム全体にわたって1㎡ごとに上空からレイ(透明な光線)を飛ばし、そこでバトルラインのデータを取得する。そしてプレイヤーがバトル不可能な場所であればそのバトルラインデータに即座にワープさせることができる。そこで生成されたバトルラインが、バトルができない場所での「保険」となってくれるわけだ。
この保険用のバトルラインを生成するためには、上から飛んでくるレイが地面のバトルライン生成用コリジョンにヒットする必要がある、つまり地面に「それ専用の判定」を用意しなければならない。生成された60万を越える大量のライン確認作業も含め、このシステムを実現するためには膨大な作業量が必要となるが、このシステムによってワールドツアーは真に「どこでもバトルができる」状態となり、これによって、坂の途中であろうがスペースの無い場所だろうがプレイヤーはあらゆる場所でバトルを開始することが可能となった。
ただし、飛ばす先があまりにも遠いとかえってプレイヤーを混乱させるため、あくまで坂は必要最小限に留まった形である。
どこでもシームレスなバトルが可能に
ここまで見てきた「背景作り」と「例外的なバトルラインシステム」によって、『ストリートファイター6』のワールドツアーは3Dから2Dへシームレスにつながる画期的なバトルシステムを構築することに成功した。
特定の場所や状況では印象的な画作りの固定バトルラインが生成され、広い街の中ではリアルタイムに計算された緻密な背景のバトルラインが生成され、そしてバトルができないような場所であってもバトルラインは生成される。こうして、『ストリートファイター6』のワールドツアーモードは、あらゆる場所が「ストリートファイト」の舞台となって完成したのである。
ワークフローの紹介と締めくくり
講演の終盤には、ここまで見てきた様々な取り組みを実際のワークフロー図で示したものが紹介された。
図を見てみると、「企画マップ」、「企画モデル」、「本モデル」の3つの段階を他の開発フローと合わせながら作っていることが分かる。本稿でも紹介させていただいたが、バトルエリアとバトルラインの想定を企画初期の段階から行っているのが特徴的で、このことからもやはり本作のマップが企画チームと背景チームの二人三脚で開発されていることがうかがえる。
本講演の中でテオドール氏は「問題を事前に予測することが非常に重要」と述べている。固定バトルラインのスポットがテーブル式バトルラインのコリジョン設定よりも先に決定されていたり、オブジェクトの透過調整が最終段階で行われているのを見るに、テオドール氏の言う「予測」は非常に上手くいっているように見えた。
あるいは、「後になっては取り返しのつかない問題を事前に潰しておく」という方法を取る以外には、このようなバトルシステムを実現するのは不可能だったかもしれない。3Dと2Dが同居する本作のシステムを作り上げるには莫大な作業とコストがかかるが、開発チームはその難題に非常にスマートな答えを見つけたと言えるだろう。
最後に、テオドール氏は同じくワールドツアー開発チームの仲間である橋本祐介氏と水間康夫氏の名前を挙げ、素晴らしいチームメンバーに対して感謝の意を述べた。
そして「シリーズのファンとして、このようにユニークで綺麗なものを作ることができてすごく嬉しい」という言葉で締めくくり、今回の講演は幕を閉じた。
「ストリートファイター」シリーズは進化を止めない。シリーズ6作目にしてワールドツアーという全く新しい試みを成功に導いた本作は、これからも多くの挑戦を繰り返しながら、ファンに新しい楽しみを提供し続けることだろう。この「格ゲーの金字塔」が次はどんなアイデアを見せてくれるか、これからも期待したい。