『月姫』や『MELTY BLOOD』で知られるTYPE-MOONが2015年にサービス開始したスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』。
『Fate/stay night』をはじめとする「Fate」シリーズの一作となる本作では、突如として閉ざされた人類の未来を取り戻すための戦い「聖杯探索(グランドオーダー)」を軸に、類史に残る偉人や神話、伝承に記された英雄たちと共に脅威に立ち向かう人々の姿が描かれる。
本作は今年7月に8周年を迎えた長寿タイトルだが、スマートフォン向け作品としてはトップクラスとなる500万字を超える大ボリュームのシナリオや、個性豊かなキャラクターで人々を魅了し、日本のみならず世界中でファンを増やし続けている。
今回紹介するのはさまざまな分野の専門家と共にゲームの世界を「さんぽ」して、世界の見え方の違いを共有するゲーム実況企画“ゲームさんぽ”を投稿するニコニコチャンネル「ゲームさんぽ/よそ見」にて公開されたニコニコチャンネル「ゲームさんぽ/よそ見」にて公開された『【FGO】インド神話の基礎知識をさっくり学ぼう#01/ゲームさんぽ』という動画。
本動画では案内人のいいださんとマスダさん、神話学者の沖田瑞穂さん、インド文化研究家の天竺奇譚さんが出演し、『Fate/Grand Order』を通してインド神話の世界を紐解いていく様子が収められている。
本稿では動画「【FGO】インド神話の基礎知識をさっくり学ぼう#01/ゲームさんぽ」より、インド神話の基礎知識に触れる一場面をピックアップ。インド神話の専門家といく『Fate/Grand Order』のゲームさんぽをご紹介する。
文/富士脇水面
マスダ:
インド神話がそもそもどんなものなのかというところからお聞かせ頂けますか?
沖田:
インドの神話には「古い神話」と「新しい神話」があると思ってください。古い神話はその原典から名前を取って「ヴェーダの神話」、あるいはその宗教の名前から「バラモン教の神話」と言います。
沖田:
新しい神話は「ヒンドゥー教の神話」なのですが、ヒンドゥー教というのはバラモン教がインド土着のいろいろな信仰を吸収して大きく姿を変えたものなので、ヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマーの三神を主神としています。
なので、カルナとかアルジュナが出てくるマハーバーラタという文献はヒンドゥー教の物語ですね。
マスダ:
元はバラモン教のものが原典としてあった?
沖田:
民間の土着信仰をいろいろと取り込んで変遷したんですね。
いいだ:
マハーバーラタってすごく古いものっていう感じがするんですけど、インド神話の中では新しいほうの部類?
沖田:
そうですね。バラモン教の一番古い文献が「リグ・ヴェーダ」という紀元前1200年頃のものですが、マハーバーラタは紀元前400年から紀元後400年くらいの間に長い間をかけて、少しずつ増えていって編まれていたものなので、800年ぐらい時代の開きがあります。
マスダ:
マハーバーラタとラーマーヤナは同じくらいの時代なんですか?
沖田:
まず、マハーバーラタの中にラーマーヤナが入っていますが、それとは別にヴァールミーキという人がラーマーヤナを編みました。あれ年代いつでしたっけ?
天竺:
マハーバーラタと大体同じくらいの間にできたということになってはいますね。
いいだ:
編集者というか、著者にあたる人の名前が立っているバージョンと、そうでないバージョンがある?
沖田:
少し難しいですね。神話の多くはそうなのですが、基本的に作者は不明です。まとめた人の「伝説上の名前」というのがあって、マハーバーラタの場合はヴィヤーサ仙という人が編集したことになっていますが、作中人物でもあります。
なので、伝説上の作者という感じなんですよね。
マスダ:
著者が出てくる?
沖田:
著者が出てきます。
天竺:
おまけに仙人ですからね。聖仙って言って、神様を呪うことができるくらい強い存在。
いいだ:
神様と対等レベルの仙人が書いてくれているんですね。
天竺:
そういう人が語った。
沖田:
重要なのが口承伝承。つまりは口伝えでずっと伝えられてきたんですね。筆記されたのは口承伝承の段階から、7~800年後とも言われていて、相当長い間、口から口に伝えられて伝承されてきました。
バラモンの伝承の強さですよね。すごい記憶力で口伝えで長い物語を伝えてきたということですね。
マスダ:
今はもう本で出されているってことですが、それはどのくらいの長さなんですか?
沖田:
私が持っているのが、研究者がよく使う「プーナ批判版」というマハーバーラタの版で、地域などで異なるいろいろな版のマハーバーラタを比べて「これが古い伝承だろう」という決定版みたいなものです。
沖田:
「プーナ批判版」は全部で机の端から並べてこの辺まで。
マスダ:
だいぶ長い(笑)。
いいだ:
1m超えかもしれない(笑)。
沖田:
本のサイズとしては大きい判でこのぐらいかな。
マスダ:
それを口承でやってきたんですね。記憶力がやばい(笑)。
マスダ:
一回ちょっと整理したいなって思いまして、いま自分インドサーヴァントは大体持っていると思うんですけど。これを年代とかで並べたら誰が古いとかありますか?
沖田:
ヴリトラが古いですね。
天竺:
一番古いね。
沖田:
ヴェーダでインドラが退治する蛇の怪物ですね。
天竺:
水を閉じ込める悪い竜。宝箱とかいいものを閉じ込めちゃう。
沖田:
ただヴリトラは雄です。原典では雄竜ですね。お母さんも出てくるけどもインドラに殺されちゃうんだったかな。
マスダ:
一番古いのがヴリトラ。その次とかで言うとやっぱり神様系なんですか?
沖田:
カーマですね。カーマは世界の始まりの時に生まれ出てきた原初の神様です。(イラストを)ご覧いただくとわかる通り愛欲の神なんですよ。
愛って綺麗なものを想像するかもしれないけれども神話の愛って「愛欲」。性的なものなので、すごくその特徴を捉えていますよね。
沖田:
ただ、カーマも原典では男の神様です。それが最初のときに生まれてきて、つまり世界は「愛欲によって作られた」っていう風に神話は捉えているんですね。
人間の命がそれによって生まれてくるように、世界そのものもそれによって生まれてきたという考え方だと思います。
沖田:
あとはアルジュナ、カルナ、ラーマ、アシュヴァッターマンも同じくらい。マハーバーラタ、ラーマーヤナの時代ということになりますよね。
パールヴァティーは少し新しい?
天竺:
少し後かな。
マスダ:
パールヴァティも神様ですよね?
沖田:
シヴァ神の妃神ですけれども。
天竺:
有名な神話は紀元後くらいになってきますよね。
マスダ:
シヴァは原初の神様?
沖田:
シヴァはヴェーダの神話で「ルドラ」っていう名前で出てくるんですよ。ルドラ神の名称のひとつがシヴァで、吉祥とかそういう意味……あれ? 私これ持ってない。
マスダ:
ラクシュミーですね。これは史実上のというか、歴史上の人物ですよね?
天竺:
ラクシュミー・バーイーはインド大反乱ってのがあったときに、中心になった王妃様です。
マスダ:
では、ラクシュミーが一番新しくて、大体時系列が理解できてきました。
天竺:
ガネーシャも新しいです。
マスダ:
インドと言えばガネーシャのイメージが強くて、インド料理屋とかで見るイメージ。
天竺:
ガネーシャはどちらかと言ったら地方の神様なんですよね。マハーラーシュトラ州とかインドの南西側あたりですごく信仰されている神様で、それが取り入れられていったという説があるので、表に出てきたのが紀元後になります。
マスダ:
お話を聞いていると、北と南とかでも結構違いがあるんですね。
天竺:
インド自体がひとつになったのが何千年もの歴史の中から言ったら、つい最近なんですよ。インドっていう国になったのも古代から考えたらごく最近なので、言葉も気候も違う、住んでいる人たちや文化も違うっていう、それぞれの場所によって全然違う。
天竺:
だから、その場所ですごく重視されている神様もいるし、別の場所ではその神様がそこまで重視されてなかったりもする。地方でずっと崇められている神様がいたりと違いがあるんですね。
なので、インドの場合は「この聖典があるから、この神様が一番偉い」みたいなのは、あまり当てはまらない。地域によって違うし、時代によってもそれぞれ違ってくるんで、そこはすごくひとまとめにしづらいところはあります。
天竺:
インドってインド亜大陸の真ん中よりちょっと上のほうにヴィンディヤ山脈っていう山があるんですよ。そこが南と北のちょうど中間くらいの感じになって、北からいろいろな人たちがやってきても、大体そのヴィンディヤ山脈で一旦止まってしまう。
マスダ:
山を越えられない?
天竺:
そう、越えられない。ただの山脈って感じじゃなくて、高い山のジャングルみたいな。
いいだ:
進みにくい?
天竺:
湿気はあるし、熱いし、起伏もヤバいしっていうので、そこをなかなか越えられなくて、歴史上一気にドーンって入ってこれないのは、そういった地理的な要因で広まらないみたいなのはあるかもしれない。
天竺:
いろいろなマハーバーラタがあるというのは、やっぱり言っておいたほうがいいかなと思うところで、南のほうでは別のマハーバーラタがあり、北のカルカッタのほうにもまた別にあったりとか。
そういうのをいろいろ調べて恐らくこれが「一般的に言われている大筋なのかな」っていうのを研究者がまとめたものが「プーナ批判版」って言われているものですが、それ以外のところでもいろいろな派生があるんですよね。
天竺:
今でも実はマハーバーラタってどんどん作られていて、さっき沖田先生が見せてくださった本も現代のマハーバーラタ。元となる話がありつつも、「JAYA」と呼ばれるものがあったり否定の意味のAが付いた「AJAYA」っていうパーンダヴァが悪でカルナとドゥルヨーダナが善みたいな、カルナ側が主人公の物語があったりといろいろなものがある。
これはラーマーヤナとかも一緒で、南のほうのラーマーヤナの捉えらえれかたと北のほうの捉えられ方は全然違うんですよね。
インド神話の専門家といく『Fate/Grand Order』インドサーヴァントさんぽでは、本稿で紹介した基礎知識編のほかにカルナ、アルジュナ、ビーマ&ドゥリーヨダナに焦点を当てた動画が投稿されている。
古代から現代まで語り継がれるインド神話、そしてそれを源流とするインドサーヴァントへの知見が広がる本動画をぜひチェックしてみてほしい。