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アニメの「演出」ってどんな仕事?──あまり語られることのない演出の仕事を『サイバーパンク:エッジランナーズ』の制作で知られるトリガーの大塚雅彦氏が徹底解説!【CEDEC+KYUSHU 2023】

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アニメーション作品の制作現場には多種多様な業種が関わっている。監督、脚本をはじめアニメーター、音響、美術、色彩、撮影……ほかにも様々。

そんな中でも、あまり知られていない職種が存在する。それが「演出」だ。アニメのクレジットを飛ばさない派の人間なら、エンディングには脚本や絵コンテに混じって演出スタッフの名前を確認することができるだろう。しかし、各回を担当する演出家が実際にどのような仕事をしているのかについては、コアなファンでもあまり知らないことが多い。それもそのはず、演出の仕事内容は現場の人間でさえ知らないのだから。

今回は、『CEDEC+KYUSHU 2023』で行われた株式会社トリガーの大塚雅彦氏による特別招待講演「実は業界人もよく分かっていないアニメーション演出の仕事」を基に、演出と呼ばれる役職がアニメ制作にどのように関わっているのかを、実際の現場で行われているやりとりなども交えながら紹介しよう。

トリガーといえばオープンワールドRPG『サイバーパンク2077』のスピンオフアニメ『サイバーパンク:エッジランナーズ』を制作したことでも知られている。

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(画像はサイバーパンク エッジランナーズより)©2022 CD PROJEKT S.A.
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2024年1月にはトリガーがアニメーション制作を務める『ダンジョン飯』が放送予定。©九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

本講演はアニメ制作者でなくとも楽しめる非常に興味深い内容となっているので、是非ご覧いただきたい。それでは早速見ていこう。知られざる演出の仕事内容とは?

文/植田亮平


演出の仕事は「絵コンテ」と「処理演出」

演出の仕事は主にふたつ、絵コンテ処理演出だ。

絵コンテとはラフで描かれた各カットの大まかな設計図であり、これを基にアニメーションの全体像が決まる。絵コンテを描く役割はクレジット上では単純に「絵コンテ」と表示されているが、実際には監督や演出が担当している。そうして出来上がった絵コンテを実際のアニメーションとして完成させ、全体のクオリティを維持するのが処理演出の仕事だ。

この2つは建築士と現場監督の関係に似ているとのこと。絵コンテがプランニングを担当し、処理演出が実行を行う。つまり、このふたつはアニメシリーズの各話を担当する2人の監督のようなものだ。

大塚氏曰く、「シリーズ全話の絵コンテと演出を一人に人間、つまり監督がやったほうが良いが、現実的には不可能だ。そのため各話の演出に任せている。さらに絵コンテと演出も違う人間に分けることが多い」とのこと。これは絵コンテと処理演出に掛かる期間が非常に長いため、物理的に兼任できないという理由があるのだが、それにはアニメ制作スタッフの規模が年々大きくなっていることが関係している。

ここで少し、アニメのカット数と枚数について解説しよう。

テレビアニメシリーズの30分(1話)にかかるカット数は平均で300カットほどが目安と言われている。これはあくまでカット数なので実際にアニメーターが描く枚数はこれよりもっと多い。
例えば、キャラクターが話す単純な動作では、止めの絵に1枚、口パクに3枚、これだけの動作でも4枚の動画が必要になる。

日本のアニメで使われる手法ではひとつの動画を複数のコマに渡って使用するので全てのコマを描く必要はないが、それでも1カットを構成するのに大体10枚以上の絵が必要になる。
これらを単純計算すると1話を作るためにかかる動画枚数は少なくとも3000枚となる。

もっとも、アニメはカットによって動画枚数が変わるので実際にはこれよりもっと多くの枚数が割かれている。昨今のクオリティの高いアニメだと大体1話あたり5000から6000枚。もっと多いものだと10000枚を超えるものもあるが、これは劇場作品と同じレベルの動画枚数にあたる。

逆に、枚数を極限まで絞った作品も存在する。大塚氏がガイナックス所属時代に関わった『彼氏彼女の事情』では、庵野秀明監督のオファーのもと「300カットを動画枚数700枚で完成」させたこともあったそうだ。あまりに少なすぎる枚数なので素人目には紙芝居のように見えただろうが、こういったカットにかかる枚数をコントロールするのも演出の重要な仕事だと大塚氏は語る。

ここまで話した「動画枚数の増加」は純粋なアニメーターの増加に繋がることとなる。かつてはアニメのクオリティが今ほど高くなかったこともあり数十人単位での制作も可能だったが、今ではアニメ1話あたりに関わる人数は200名程度まで増加している。

当然ながら、200名のクオリティを管理しながら絵コンテを全て仕上げるのは常人には不可能だ。絵コンテ、処理演出それぞれにかかる期間は2か月あれば良い方で、もっと短い場合で1か月、大塚氏によれば万策尽きた場合は1週間なんてこともあるそうだが、そうなった時の現場の状況は……想像したくもないだろう。そういったスケジュール上のリスクを避けるためや、また、個人の得意不得意や適性なども踏まえ、実際に絵コンテを描く役割と処理演出を分ける傾向が強くなってきているとのこと。

では、ここからは今回の本題となる部分、処理演出の具体的な仕事内容に迫っていこう。

演出はアニメと人を監督する現場のリーダー

先ほども述べたが、アニメ1話分のエピソードを作るためには何十人もの原画、動画スタッフがいる。原画は各カットのキーとなるフレームを担当し、動画がそのキーフレーム間を補完する絵を何枚も描き上げる。ここで重要なのは、「各々が上げてきた絵をつなぎ合わせればアニメが完成!」というわけではないことだ。

実は、それぞれのアニメーターは自分が描くカットの絵コンテ以外をそれほど読み込んではいない。そもそも担当箇所しか渡されないこともあるとのこと。過密なスケジュール故、いちいち全ての絵コンテを読んではいられないからだ。問題は、このアニメーター間の認識の齟齬が作画上のミスとなって表れる場合があることだ。

当然だが、それぞれのアニメーターによってそのシーンの解釈やキャラクターの芝居のさせ方は大きく異なる
そうしたアニメーター間のずれを放置してカットを繋げても、シーン全体の統一感を損なわせ、結果的にカット間のつながりやシーン全体の印象がちぐはぐなものになってしまう。
絵コンテは白黒で上がってくるので、そのカットの昼と夜を誤認識してしまった……なんてこともあるようだ。幸いそのときは打ち合わせの段階で発覚したそうだが、大塚氏曰くこれは本当にあった話らしい。

処理演出はこういったトラブルを回避するために存在する。絵コンテの内容から実際の映像を頭の中で組み立て、アニメーターに発注しなければならない。
また、アニメーターが描き上げる作画全体もコントロールしている。各カットのレイアウトや場面設定などをアニメーターに説明し、カットごとに画面の中がバラバラにならないよう場面の状況を統一させる。

つまり、作画スタッフが仕事に取り掛かる前から「何を描いて何を描かないか」を決めるのが処理演出の役割だと言える。

この作業に伴う打ち合わせが演出の仕事のほとんどの時間を占めるが、これによってアニメ全体の作画バランスが調整される。

大塚氏はアニメーターと演出の関係をパフォーマーと舞台監督に例える。「アニメーターは自分のパートがどれだけ目立つかを考えるが、演出はアニメ全体がどう映えるかを考える。演出は作品も監督しているが、それ以上に人も監督しているのだ」と。

まさにその通りで、演出は人をコントロールするプロフェッショナルだ。全体を俯瞰することのできないアニメーターにとって、演出はパフォーマンスの方向性を教えてくれるマネージャーのようなものであり、現場におけるキーパーソンなのである。

また、作画以外にも演出は様々なものをコントロールしている。作画監督との「作監打ち」、美術監督との「美打ち」、色彩設計監督との「色打ち」、撮影監督との「撮打ち」……。

・作監打ち(作画監督との打ち合わせ)
・作打ち(原画マンとの打ち合わせ)
・美打ち(美術監督との打ち合わせ)
・色打ち(色彩設計、色指定との打ち合わせ)
・撮打ち(撮影監督とのうちあわせ)

「打ち合せばかりじゃないか!」と思うだろうが、逆に言えば打ち合せが無ければ各セクションは同じアニメなのに全くバラバラのシーンを作ることになってしまう。

例えば、作画と美術で意思統一ができていなかったら?
キャラと背景で影のつく方向がちぐはぐになってしまったり、イスやテーブルといったものをどちらが描くのか明確にしておかないとセルでも背景でも両方で描かれてしまったり逆にどちらとも描かれなかったりということも起こり得る。

指示の仕方も注意が必要で、「山に登ってきれいな夜景の街の写真を撮ってきてほしい」のに「山に登ってきて」というざっくりした説明ではもちろん伝わらない。そういった誤解を生まないようにするため、打ち合わせが行われる。

さらに打ち合わせが終わっても演出は大忙しで、打ち合わせした数と同じ分のチェック作業や修正作業に追われることになる。その他にも全工程を終えたアニメ本編を編集する「原版組み」や、そこにオープニング・エンディングを追加した「V編」など、作品制作の最初から最後までスタジオで指揮を執り続けることとなる。

・編集(カッティング)
・アフレコ
・ダビング差し替え
・ダビング
・ラッシュチェック
・原版組み
・V編

大塚氏は、かつて制作進行を務めるスタッフに「演出は必要なのか」と尋ねられたエピソードを語っていた。確かに演出の仕事は単なる打合せと確認作業の連続にしか見えないだろうが、そうした演出の現場での活躍がなければ、アニメを作ることはそもそも不可能だろう。

ちなみに、演出はアニメの「音」にも大きな影響を持っている。具体的に言うとキャラクターの「セリフの長さ」と「効果音のタイミング」だ。

演出の仕事にはアフレコと効果音を入れるダビングのための編集作業が含まれている。完成前の絵コンテや原画を実際のアニメと同じ尺に編集して音を乗せる作業だ。声優のアフレコ場面でボールド(ここで話すという合図)が入った絵コンテの映像を見たことがある人もいるだろう。あれは演出が作っている。セリフの間や長さをシーンに適したものにするためだが、絵コンテの内容を声優に説明することもある。

ダビングでも同様で、効果音の長さやタイミングは演出が編集して差し替えたものを基準に決定している。順番的にはアフレコより後なので、ある程度画面が出来上がっていることも多いが、そうでないときもあるらしい。トリガーではダビングの際に色までついた画面を目標にしているが、達成は難しいとのこと。

講演で大塚氏が語った面白い小話も紹介しよう。その日はメカが“空を飛んで”移動するシーンのダビング作業だったのだが、絵が完成しておらず、結局その時は絵無しでダビングすることになったそうだ。その後アニメーションが完成したので音と合わせて確認したところ、アニメーターが上げてきたのはメカが陸を走るシーンだった……。
これは大塚氏が音響さんから聞いた話だそうだが、実際にあった話らしい。

演出に必要な素養とは?

ここまで演出の仕事とその重要性について見てきたが、これから実際に演出を目指す方に向けて、大塚氏が語った「演出に必要な素養」を紹介しよう。

・シナリオの読解力
・作画の知識
・撮影の知識
・映像文法の知識
・人に伝わるくらいの画力

上からひとつひとつ解説していこう。

シナリオの読解力

大塚氏曰く、「シナリオを読むことが出来なければ絵コンテを書くこともできない」とのこと。シナリオから画面を想像し、構成することは小説を読んで情景を思い浮かべることとは本質的に違う作業だという。演出をするうえでも絵コンテが何を要求しているのか正しく理解するためにはシナリオを読む力が求められるというわけだ。

作画の知識

演出はアニメーターに指示を出す役職なので、そもそもアニメーションがどう成り立っているのかを知っていなければ始まらない。そのため、多くの演出家が制作進行かアニメーターを経験した後に演出になっている
ほとんどのスタジオも演出での募集はしておらず、していたとしてもほとんどは経験者向けの求人だろう。かつては「演出助手」というアシスタントからスタートすることもできたが、制作のデジタル化によって必要性が薄れたことからこの役職も消えつつある。ちなみに、トリガーは今でも演出助手を募集しているが、大塚氏曰くこれは稀なケースとのこと。

撮影の知識

アニメーションは様々な撮影技法を駆使しており、その技法について正しく理解していないと指示を行うことも不備がないかチェックを行うこともできない。ちなみにデジタル化された今では撮影というよりもコンポジットと呼ぶ方が正しいが、かつてフィルムを使って文字通り「撮影」していた名残で現在も「撮影」と呼称されている。

映像文法の知識

アニメも映像作品であることに変わりはない。コンテを描いたり読んだりする上で映画などのフィルム知識も当然必要となってくる。しかしこれはクリエイティブを求めるというよりも、映像技法がアニメに及ぼす影響を考える際に必要だからだろう。
全てをアニメーターが手描きで制作するアニメにとっては、例えば同じ動作であっても捉えるアングルを変えただけでもかかる作画コストは大きく変わる。そうした作画難易度の勘定が適切に行えるかが演出に求められていると大塚氏は語る。

人に伝わるぐらいの画力

どれくらいの画力かと言われたら、「パッと見てわかるくらい」とのこと。絵コンテでは最低限伝わる程度の画力で良いらしい。

大塚氏が業界で初めて入ったスタジオジブリ時代にアニメーター出身ではない高畑監督との元で働いたことで、自ら絵を描けなくてもロジカルに画作りの指示を出すことが出来ればアニメーションの演出ができることを学んだという。これがもし並外れたアニメーターでもある宮崎監督についていたとしたらアニメーション業界には残っていなかったかもしれないそうだ。圧倒的な画力とスピードで膨大な量のカットを修正してしまう宮崎監督の仕事を目の当たりにしていたら、とてもアニメーションの演出を続ける気持ちにはなれなかっただろうと。それほどにアニメーションの監督、演出というのは人によってまったくスタイルが違うものでもあるらしい。


以上、アニメにおける演出の役割とその具体的な仕事内容について紹介してきた。
本講演のタイトルにもある通り、演出の重要性は業界人であっても「意外に分かっていない」ものらしく、ファンにとっても未だ深く認知されていない役職の一つだ。

しかし、演出とアニメーションの関係や各パートのまとめ役である演出の影響力を見れば、これがアニメ制作にとって不可欠な仕事であることがお分かりいただけるだろう。
これからアニメを見る際には是非とも「演出」の項目を見て楽しんでみてはどうだろうか。そこにはエピソードを完成へ導いた現場のリーダー、その回の「影の監督」の名前が載っているだろう。

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