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大田ステファニー歓人『honey, romantic and think』──第47回すばる文学賞を受賞した気鋭の作家が書く、ゲームについてのエッセイ

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この記事は『みどりいせき』第47回すばる文学賞【※】を受賞した気鋭の作家、大田ステファニー歓人さんによる寄稿です。大田さんの受賞コメントを見て一目惚れした編集者が、無理を言ってエッセイの執筆をお願いしました。(電ファミ編集部)

※すばる文学賞
集英社が主催する純文学の新人賞。過去の受賞者/受賞作には、金原ひとみさん(『蛇にピアス』)などがいらっしゃいます。


 

honey, romantic and think

大田ステファニー歓人


 気づけばゲームをしなくなってけっこー経つ。妻がポケモンバイオレットを遊ぶ写真をネットへ投稿したら今回ゲームにまつわるエッセイのお声をかけていただいちゃった。だいたい人生で三回ゲームにめっちゃハマったことあって、でも脳の報酬系の問題で依存傾向強めで一度ゲームをはじめちゃうとずっとやっちゃって他のことままならなくなるし、大学ぐらいから徐々にゲームから遠ざかっていった。楽しいけど、どうしたってゲームは時間が溶けちゃうから大人になるにつれて意識的に遠ざけてった。だから消極的なことをなるべく書かないように替え歌まじりで振り返ってみます。こんにちは、

はじめての出会いは小一 たしか瘋癲の寝寝の紹介
そのキューブ、仕込まれた甘いディスク 
赤獅子の王と一緒に航海
なにが好き?
俺は地神の唄 揺らすタクト 奏でるメロディ司る緑の服着たお前が好き
いつでも剣振るピンチ でも気分はまるでfeel freeな騎士
途切れることなく現れるボコブ 欠かせないのはこの気持ちシラフ
ボス行き詰まったらジョイコンをパス
決まる秒殺魑魅魍魎 のぼる煙が残す増えたハート
それでも減るライフ、ポケット仕込んだばあちゃんのスープ飲み光輝くマスター
感じるこの手のひらベタベタにしてくれる指先つまむポテチ
浴びるよう菓子の盆空けた簡単に、いつでも親つかませてくれる百円をキャッチ
ご機嫌で感謝イェー、無視する宿題、日が暮れるまでゲーム
マミー、おれはゲームの虜 あざ任天堂 死ぬまでこのスティーズ貫く
ハニー、Im a wise boyいけるとこまでいつも一緒に行こう
マミー、お前は何が望み? 役立ち? 手伝い? 宿題なんでもか
眠るまでやり続ける 忘れるなセーブ ときめきの瞬間は過ぎ……

 きっと友達の家でやったゲームキューブ版の『ゼルダの伝説 風のタクト』が初のテレビゲーム。無駄におもちゃを買う余裕のある実家じゃなかったけど、他所さまの家に手ぶらで行くな、って親のこだわりから遊ぶ時はみんなで食べるお菓子を買うための百円玉を握らされていた。たぶん小学生の頃から人を遊びに誘うのが苦手で、でもゼルダと百円玉がモチベーションになってその友達の家に通い、ゲームだけじゃなく友達付き合いもスタート。友達が友達を呼んで輪は広がり、コントローラーが足りなくなってゲームのかわり外で遊ぶように。二、三年後に野球を始めて風タクをやらなくなり、次にゲームの季節が来たときには広大なハイラルの海は過疎。

そう、変わってったのは中一、二の頃 絶対だったルール疑いだした頃
学校の制服着て通学路 角曲がった近所 ゲオ向かうチャリと

うっせえじじい中指立てて グラセフ買う 店の年確誤魔化して

女にドラッグ スターダム 夢に描いて 未知の世界期待にチン○ふくらまして

ゲームだ? 金ねえ親のすねかじってする遊びに意味なんかあるわけねえ

知った顔で汚ねえスエット上下 パッド握りしめ バイブに手揺られて

カーステ、DJ流すソレは、人生初最高のhip hop
仲間が待つフリー鯖行こか 待ち合わせアルゴンキン マシンガン撃った
どったんばったんの大騒ぎ そこへ乗りつけたパンダ お使いのpowpow
フレンドファイア銃口向けんな ヘリで飛んでポリを横切り 星は下がった

留年かと思うほど単位ギリだが 激しく生きた
追い込まれ 野球やめてから今日までを 無駄にした時間と思わねー 
Love its my roots

back liberties back 思い出のCEE 朝まで聴いた部屋はセピアの自室

life放る 射す朝焼けの陽 人質くらうローマン・ベリック 
Back cities back 復讐のニコ

くねりちぎる虚無の名前はリバティシティ

日が昇る 路上は血祭りの後 敵の飛沫がromantik

 苦しい反抗期は二度目のゲームブームを連れてきた。態度のでかい教師だけじゃなく、優しい親の言うことすらいちいちイラ立ち。遅刻指導とか、法律違反したわけでも誰か傷つけたわけでもないのに教師は偉そうにガタガタめんどうだから寝坊したら学校へ行かず、ずっと自主的に校外実習。うしろぐらいけど貧乏な親の財布から抜いた英世何人か(たまに諭吉)でさんざん映画行ったりレコード聴いたり、グラセフ買ったりで、あたりまえに学校より楽しい。今の自分の核はこの時期に形成された気がする。ルール、しかも不条理で非合理で意味不明なやつを押し付けてくるアホ教師への嫌気を芸術とかに昇華する方法なんて当時は知らないから、とにかく主人公のニコ・ベリックを動かしまくって無秩序なリバティシティで好き放題憂さ晴らし。思春期の一時期はグラセフのカーラジオでmister ceeの「The Beats 102.7」を聴きながら頭を振った。たぶん一生グラセフやるな、とか幼くて思ってたけど、高校三年間は音楽漬けであんまゲームしなくなってた。

 大学では映画の、というか自主的な勉強を初めて始めたんだけど、学費の都合で三年まで通って一年の休学。苦しいながらも学費のために働くだけの日々は社会人体験みたいな気持ちになるし、しっかり疲れてお金を稼ぐ自分のことが頼もしかった。多少の息抜きとしてグラセフⅤを合間に始めてみたけど、進めれば進めるほど大金を手にする主人公たちにムカついていまいちハマらず、怒鳴り散らかしながら一周だけしてすぐにやめちゃった。だってゲームに時間を使って、そのゲームの中で大金を稼いでも現実の自分はお金がなくて人生寄り道してるわけだし、金ない奴が金払って時間かけて主人公たちをリッチにさせる構造になってるわけ。結局余裕もってゲームすんには金が必要なのか、って悲しくなって、怒りは悲しみの二次感情だからキレながらコントローラー握っていたわけ。

 結局そんなこんなでグラセフVにくじけ、かわりにセールになってた某FPS(名前は伏せる)を買い、第三次ゲームブームが始まった。ここからは自分にとってシリアスだから替え歌も句点しりとりも無しで書く。

 世界の裏では同時期にシリア内戦が起きていて、両陣営をそれぞれアメリカとロシアが支援し、そこへ台頭したISILも介入し泥沼化していた。アメリカもロシアもシリア国内を空爆し、アサド政権は化学兵器で大量の民間人虐殺、ISILは民間人だけでなく日本人を含めた外国人も多数殺していた。当時の自分は報道を目にしても幼い頃から目にする中東の混乱がまだ続いているんだ、くらいにしかとらえてなかった。

 だから中東のどっかしらの国を舞台にアメリカの傭兵団がテロリストを殲滅するために暴れる某FPSをなんの逡巡もなく酒飲みながら遊び倒した。ストーリーもあってないような感じで、武力衝突で荒廃した乾燥帯の市街地にて、アメリカの武器で敵対勢力とドンパチするだけ。その単純さは不安から目を逸らしたい自分の心境にフィットした。金は貯まるのか、復学できんのか、将来は何してるのか、って考えずにとにかくM4カービンを撃ちまくった。夢中に楽しんでいた、ってよりか、時間をやり過ごすのに必死だった。当時の自分にとって仕事と睡眠の隙間を埋めてくれるゲームの時間は救いだった。自分のことで精一杯だから、世界のリアルも、画面の中でクリシェ化したイスラモフォビアのリアリティーもどうでもよかった。

 時間が経ち、不安やら孤独に満たされた辛い時期を抜けたら、またどうせべつの辛い時期が来る。大学時代の苦しみは形を変え、本当の社会人として働いても、小説を書いてても、大切な存在に出会っても、いつも影みたいにそこにいる。目を背けてもいなくならない。だから傷とかついても気にしないことにした。つか逃げんのがめんどくなった。ゲームをしなくなったのも、自分にとって依存だけじゃなく、現実逃避の側面が強かったから。

 受け入れてみたら、というか開き直ってみたら、たまに不思議な余裕が顔を出し始め、そんなときだけやりたいことをがんばった。すばる文学賞受賞の連絡が来て、小説家として扱われるようになった。妻の妊娠も分かり、これまでの人生で感じたことのない感情に包まれた。幸せだけじゃなく不安やらまじで色々。

 でもせっかく書いたんだし、たくさん宣伝してたくさん読んでもらって、金のことやらで家族の足を引っ張らないようにしよう、って張り切ってSNSを頻繁に更新してたらガザでの虐殺が目に入った。積み上がった死体は兵士だけじゃない。女性、子供、老人、障がいのある人、共生していた動物。罪のない命がイスラエルの自衛権の下で殺されている。ガザの瓦礫に埋まるパレスチナ人の生活と自分がこれから築こうとしているもんは何が違う?

 ガザの光景や、途方に暮れるパレスチナ人の悲しみは自分の理解を超えていて、だから理解しようとした。たとえ画面越しでも、自分で現実を見て、自分の言葉で世界を描くのが小説家だから。

 白人が植民地主義によって作り出した世界はいまだに歪み続けている。それはイスラエルやアメリカ、ロシア、かつての日本のように直接的な暴力だけじゃない。その規模を裕に上回る無関心が暴力を傍観していたからだ。76年間イスラエルによるパレスチナ占領、弾圧は先進国で平和に暮らす人間から無視されてきた。けれど抵抗のためにパレスチナが立ち上がれば、イスラエルの前提は透明化され、ハマスだけがドイツやアメリカ含めた国際社会からテロリスト扱いされ、反オスロ合意の抵抗勢力という側面は無視された。イスラム教は野蛮で、狂信的なものだと蔑まれ、虐殺されても無視された。自分の暮らす街が破壊され、約4万人近くのパレスチナ人が殺され、そのうち35,490人が民間人だ(2024年3月6日現在)。ガザでは知人に死者がいない人はもういない。日に日に大きくなる妻のお腹をなでながら、こんなに大変な思いをして生まれてくる命があんなに簡単に奪われていいはずがない、って涙が出た。どうにか世界にこの虐殺を止めて欲しいと願うガザの人が、殺されたシリアの人が、世界に目を向けないよう必死でコントローラーを握って某FPSをプレイする昔の自分を見たらどう思うか。自分の恵まれた生活、これまでの過去が馬鹿馬鹿しくて怒りが湧いた。自分を矮小化して蔑む自分に辟易する自分もいた。

 現実逃避として凶悪に描かれたイスラム過激派へ放たれた銃弾は時空を超えて自分の眼球に命中した。頭蓋骨を飛び越えて牧歌的な冷淡さを持つ自分の怠惰な胸に命中した。目を背けるな。

 ゲームをするな、って言いたいわけじゃない。書いてないだけで他にもたくさんのゲームをして、決して無駄な時間はなかった。不毛な時間かどうかは自分のとらえ方次第。画面を見ながらでも考えることはできる。目を背けるな。自分が無邪気に楽しんでいる時間が何かを踏みつけていたりしないか考えたい。それがこれからのおれのプレイスタイル。

 次はお前。目を背けるな。

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