「『テイルズ オブ ジ アビス』主人公のコスプレで東京マラソンを走りながらゲーム内の “あのシーン” を再現しようと思っているですが、記事になりますか?」
──という相談を受け、ちょっとなにを言っているのかわからなかったが、昨年に引き続き今年も東京マラソンのレポートを直接ご本人に書いていただきました。(電ファミ編集部)
【ネタバレ注意】
本稿は『テイルズ オブ ジ アビス』のストーリーについて言及しております。内容について少しも触れたくないという方はご注意くださいませ。
自己紹介
はじめまして、穴吹健児と申します。
バンダイナムコスタジオという会社で、これまで『テイルズ オブ』シリーズや 『スカーレットネクサス』などのゲームの開発に携わってきた者です。
電ファミさんには「スカーレットネクサスのスクショを1000日投稿し続けた」ことや「東京マラソンをコスプレで走ったこと」を記事にしていただいたことがあります。
Xのフォロワー数が100万を超えるスーパーメディア「電ファミニコゲーマー」読者の方の記憶にうっすらと残っていたら嬉しいです(^^;
そんな男がなぜ再びここで記事を書かせていただいているかと言うと……今年も走りました。東京マラソン2025。
今回は、発売20周年を迎える『テイルズ オブ ジ アビス』の主人公「ルーク」のコスプレで走りました。昨年記事にしていただいたことに味を占め、今年も厚かましく相談したところ……「特別ね」と『ホットスポット』の高橋さん【※】ばりの優しきご返答をいただき、登場させていただく次第になりました。
※『ホットスポット』の高橋さん:バカリズム脚本の日曜ドラマ。東京03の角田晃広が演じる。
この記事を通じてマラソンの魅力が少しでも伝わり、『テイルズ オブ』シリーズを遊んでくれた方に少しでも楽しんでいただけますと幸いです。

3年連続の東京マラソン
「東京マラソン」
みなさん名前くらいは聞いたことありますよね? 世界でも有数の大きなマラソン大会です。
僕は2023年に『スカーレットネクサス』の主人公「ユイト」のコスプレをして走り、2024年には同タイトルのもうひとりの主人公「カサネ」のコスプレで走りました。
- 穴吹・ユイト・スメラギ(2023年)
- 穴吹・カサネ・ランドール(2024年)
東京マラソンは参加希望者が多いことから参加は抽選となっており、倍率は10倍以上と言われています。さすがに今年は厳しいだろう思っていたのですが、なんと3年連続で当選しました。
僕の周りには落選した人もおり、「きっと穴吹は裏で金を積んでいるに違いない」と疑いをかけられましたが、もちろんそんなことはありません。僕も東京マラソンもオフホワイトです。
これはもうコスプレでのマラソンを続けることが「ユリアの預言(スコア)に詠まれている」に違いありません。人は皆、預言(スコア)に従って生きるしかないのです。
『テイルズ オブ ジ アビス』とは?
今年で発売20周年を迎える『テイルズ オブ ジ アビス』ですが、古いタイトルなので知らない人も多いかと思います。
本作は2005年12月15日にPlayStation2で『テイルズ オブ』シリーズ10周年記念タイトルとして発売されました。その後、2011年にニンテンドー3DSでも発売されております。
「生まれた意味を知るRPG」というジャンル名がつけられており、その名の通り、主人公ルークが生まれた意味を知り、その命の尊さに向き合うドラマが展開されます。
主題歌は「BUMP OF CHICKEN」さんの「カルマ」という神曲で、「カルマ」から本作のことを知った方も多いのではないでしょうか。シリーズ屈指の人気作となっており、いまでもリメイクやリマスターの要望をいただきます。
僕とアビス
そんな『テイルズ オブ ジ アビス』ですが、20年前、じつは僕も開発に携わりました。僕はダンジョンゲームデザイナーとして、30個近くあるすべてのダンジョン設計を行っております。
僕が携わったひとつ前のタイトル『テイルズ オブ シンフォニア』でも、いくつかダンジョンの設計をさせていただいたのですが、「メルトキオ地下水道」「雷の神殿」「ユミルの森」「ラーセオン渓谷」といった、人によっては苦い思い出のあるダンジョンを生み出してしまいました……。
特に「ユミルの森」後の「ラーセオン渓谷」が厳しく、ギミックダンジョンが続くことで多くのプレイヤーを疲弊させてしまったことは、いまでも反省しております。
『テイルズ オブ ジ アビス』ではそのときの反省を活かし、シナリオの流れを考えながら「バトルメインのダンジョン」にするのか「ギミックを活用するダンジョン」にするのか「シナリオの盛り上げに徹するダンジョン」にするのかなどを、ゲーム全体でデザインしました。
そのときの経験がディレクターを務めるいまでも活きていると、強く感じます。せっかくなので、当時の仕様書をいくつか公開しちゃいます。


またダンジョンで活用する、マップアクションの仕様も担当させていただきました。
それまで『テイルズ オブ』と言えば「ソーサラーリング」という不思議な指輪から放たれる光の玉を活用したアクションが多かったのですが、『テイルズ オブ ジ アビス』ではソーサラーリングの機能をマスコットキャラクターに持たせたいと考えました。
僕としてはマスコットキャラクターがいたほうがきっと楽しくなるし、そのマスコットキャラクターがゲーム内で機能を持っていたらきっと好きになってもらいやすいといった浅はかな気持ちでシナリオライターの実弥島さんに相談しました。しかしながら実弥島さんからはかなり驚かれ(そしてちょっと怒られ)ました。
いまならキャラクターを1体追加する事の大変さ、しかもそれがパーティに同行するキャラクターだった場合、どれだけ大変なことかはわかるのですが、20年前の僕はそこまでわかってませんでした。
そんな僕のワガママを実弥島さんは受け止めて下さり、「ミュウ」というキャラクターが生まれました(ありがとう実弥島さん!)。ちなみにミュウのモデルは僕だということを、発売後の実弥島さんへの雑誌のインタビューで知りました(笑)。
ミュウはチーグル族という種族なのですが、この「チーグル」という言葉は僕がつけさせていただいたもので、フランス語で「虎」を意味する「tigre (ティーグル)」をちょっともじってつけています。
『テイルズ オブ ジ アビス』を発売したちょっとあとに僕は結婚したのですが、二次会の場で同僚が僕をルークっぽく描いた映像を作ってくれました。そんな想い出もあり、僕にとって本作はとても大切なタイトルとなっています。

居酒屋アビス
今年の東京マラソンで僕は『テイルズ オブ ジ アビス』の主人公ルークのコスプレで走ったのですが、これはちょっとした仲間内での雑談が発端となっています。
「居酒屋アビス」というX上のスペースを、年に1回、『テイルズ オブ ジ アビス』の発売日である12月15日にやっています。シナリオライターである実弥島さん、同じくアビスのチーフディレクターの樋口さん、そして穴吹の3名で当時の想い出なんかをダラダラ話しながら、いただいた質問などに答えるというものです。
ちなみになんの許可も取っていないので、非公式です(笑)。おそらく今年の12月15日もやるので、良かったら聞きに来てくれると嬉しいです。
2023年の居酒屋アビスで僕が2024年の東京マラソンに『スカーレットネクサス』のコスプレで走る話をしたところ、その流れで「20周年となる2025年の東京マラソンにもし当選したら、次はルークで走る」ということを約束しました。
その時は「東京マラソンの倍率を考えると、さすがに次はないだろう」と思っていたのですが、まさかの3年連続当選。僕は公約を果たすべく、ルークになる準備に取りかかります。
ルークになる
3年連続、開発したゲームのキャラのコスプレで、東京マラソンを走る
コスチュームやウィッグを用意したり、SNS投稿用の写真を撮ったりするのですが、家族はもう慣れたものでコスチュームの直しをしてくれたり、写真を撮ってくれたり、進んで協力してくれました。
昨年、カサネになった父の姿にちょっと引いていた中一の息子(将来の夢はゲームクリエイター)も「お父さんはそういう人」として受け入れています。
ルークの長髪バージョンのウィッグはストレートのロン毛で毛量がヤバかったため、行きつけの美容院でカットしてもらいました。15年以上行っている美容院ですが、初めてのお願いでした。

3月2日の #東京マラソン2025 に 今年20周年を迎える #テイルズオブジアビス の主人公ルークのコスプレで走ります!🏃
— 穴吹 健児 / Kenji Anabuki @ Scarlet Nexus 発売中🐕 (@shibainu_kenji) February 24, 2025
ゲーム本編にあわせて バンダイナムコスタジオがある門前仲町あたりで長髪から短髪になる(ウィッグ交換)予定です!💇
3年目はジアビスのルーク🔥
良かったら応援お願いします✨ https://t.co/ow2MGkcbqu pic.twitter.com/qGxmONWeEn
東京マラソンをルークで走ってみて
東京マラソン当日、今年も朝5時に起きて準備を進めます。何年やっても緊張感があります。
この日のために数カ月前から準備をし、年末年始も走ることを怠りませんでした。参加される方はきっとみんなそうだと思います。
そう思うと、赤の他人のはずの周りのランナーがなんだか身内のように思えてきます。ここにいる全員が、怪我なく無事にゴールできますように。
そんな事を想いながら僕が走る最終のLブロックもいよいよスタートとなります。
昨年も今年もスタート台の小池百合子都知事とバッチリ目が合い、手を振られます。僕のことを見て「あっ」という顔をされていたので、もしかしたら昨年のことを覚えておられるのかもしれません(笑)。
また東京マラソンのテーマソングを歌われている、西川貴教さんもスタート台にいます。離れた場所からでも圧倒的なオーラを感じられ、存在感がすごかったです。
東京マラソンは僕のようなコスプレで走るランナーがほかにもいるのですが、体感では少しずつ減ってきているように感じます。個人的には寂しい気持ちもありつつも、だからこそコスプレランナーは圧倒的に沿道で応援してくれる方に声をかけてもらいやすいです。
昨年の記事にも書かせていただきましたが、東京マラソンはとにかく沿道の応援が暖かく、パワーをもらえます。そしてなんと言っても過去の2年と今年の大きな違いは、しっかりとキャラ名をよんでもらえることでした。
ルークだ!!!
あれテイルズのキャラじゃね?
おおお、ルークがいる!!
ルーク頑張れ────!!
煉獄さーん!!(???)
さすが、30年続くIPは違います。20年前のタイトルなのにルークへの声援が飛び交っていました。ハッキリ言ってこれは超嬉しいことで、声をかけられるたびに僕の中の第七音素(セブンスフォニム)が爆発します。
断髪式
今回、『テイルズ オブ ジ アビス』のルークのコスプレで走るにあたり、あるギミックを仕掛けました。そう、アビスファンなら誰もが知っている “断髪” イベント。あれをマラソンの途中でやります。
【ネタバレ注意】
『テイルズ オブ ジ アビス』を知らない人のために補足すると、主人公のルークが物語の途中で「長い髪を切る」というシーンがあります。
断髪の際にヒロインのティアから小刀を受け取って髪を切るのですが、そのティア役を買って出てくれたのが、僕の恩人であり、『テイルズ オブ ジ アビス』チーフディレクターである樋口さんです。
彼は僕が居酒屋アビスの中で「ルークで東京マラソンを走る」約束をしたとき「じゃあオレがティアをやってやる」と言いました。そのときは軽い気持ちで言ってしまったのかもしれませんが、彼もまた公約を果たすときが来たのです。素晴らしい先輩です。
樋口さんはこの断髪式のため、ウィッグを被りティアに扮した姿で、我々が勤めるバンダイナムコスタジオがある門前仲町で僕を待っています。
今年の東京マラソンは20度を超す気温となり、僕にとっては例年以上にキツかったのですが、待ってくれている人がいるという事は本当にありがたいことで、心の支えとなりました。
そして24km付近の折り返し地点、富岡八幡宮の前では、「ルーク穴吹」を待つ「ティア樋口」とバンナムの同僚たち、そして今年も『スカーレットネクサス』時代のトーセの盟友が京都からわざわざ応援に駆けつけてくれています。みんな、本当にありがとう!!!



応援してくれている方に囲まれながら、いよいよ断髪シーンの再現です。ティアから小刀を受け取り、髪を束ねて切るふりをして、長髪のウィッグから短髪のウィッグに交換します。


みんなの応援で背中を押されることに加え、髪が軽くなったことで物理的にも走りやすくなり、後半戦に臨みます。僕の頭の中ではずっと「カルマ」が流れていました。


ミュウと共にゴール
断髪式のほかに、じつはもうひとつだけちょっとしたイベントを行いました。それは僕がモデルになったという「ミュウ」と合流してゴールをすることです。
例年、37km付近の最後の折り返しが最もきついとわかっていました。奇しくもここはバンダイナムコエンターテインメントがある田町。
この場所でもまた応援に駆け付けた仲間が待ってくれており、バテバテの僕にミュウのぬいぐるみを渡してくれました。ミュウのぬいぐるみを持って走るのは、なかなか走りづらいのですが、それを補って余りある勇気をもらえます。
「ご主人様、あと少し!がんばるですの!!」
本当にそんな風に勇気づけられている気がしました。
最後に心強い相棒を手に入れた僕は、一番きついゾーンを乗り越え、今年も無事にゴールをすることができました。

完走できました!🔥
— 穴吹 健児 / Kenji Anabuki @ Scarlet Nexus 発売中🐕 (@shibainu_kenji) March 2, 2025
バンダイナムコスタジオのある門前仲町で断髪(ウィッグ交換)して、バンダイナムコエンターテインメントがある田町でミュウを受けとってゴールしました!!
皆様の応援が本当に力になりました😭
ありがとうございました!!!#東京マラソン #東京マラソン2025 https://t.co/MPhZWkNMFW pic.twitter.com/Yiwu97t3da
マラソンの魅力と愛
3年連続で走った東京マラソン。
マラソンの魅力に気づけたこと、そしてタイトルへの愛を表現できたこと。僕にとっては、これらの得難い経験ができました。
じつは東京マラソンのあと、会社の後輩やトーセの仲間が「琵琶湖マラソン」にチャレンジすると聞き、応援に行ってきました。いつもは走る側でしたが、なんというか応援する側もとてもよかったです。赤の他人を全力で応援し、応援された側は全力で応える。
世界中の人がマラソンをやったら戦争もなくなるのではないか? そんな気さえする、愛にあふれた空間です。
また、開発者がタイトルへの愛を表現することは、ゲームを遊んでくれた人への感謝を表現することにもなると気づきました。今年で30周年を迎える『テイルズ オブ』シリーズですが、本当にファンの方に支えられていると強く感じます。
我々、開発チームはその感謝を胸に今後も精進して参ります。
「来年の東京マラソンはどんなコスプレで走ろうか」
4年連続の当選はさすがに難しいとは思うものの、今からそんなことを考えています(笑)。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
