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「ディレクター自ら1000日間ゲームを推し続ける」って、どういうこと……?発売から2年経ってなお、タイトルを終わらせないために推され続けた『スカーレットネクサス』執念の軌跡

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 突然だが、「何かを1000日間続ける」ということを、どう思うだろうか。

 たとえば、それが「散歩」であったとしても、休まず1000日続けるのは尋常ではないと思う。なぜなら、1000日の間、1日も休まず散歩し続けなければならないから。晴れの日も、雨の日も、元気な日も、風邪の日も、休まず散歩し続けるのだ。それはハッキリ言って、「苦行」ではないだろうか。

 「1000日間」、それはおよそ2年と9か月。それだけの歳月、同じことを「休まずに」続けられる人は、ものすごく限られた人だと思う。なにより、強い意思がある人だと思う。ある意味、「執念」を持てる人だと思う。というわけで今回のインタビューに登場するのは、「同じゲームを1000日間推し続けた人」である。

発売から2年経ってなお、タイトルを終わらせないために推され続けた『スカーレットネクサス』執念の軌跡_001

 1000日間推されたゲーム……その名も『スカーレットネクサス』(以下、『スカネク』)。2021年にバンダイナムコエンターテインメントから発売されたブレインパンク・アクションRPGで、人間の脳を狙う「怪異」との戦いを描いたSFタイトルでもある。

 2023年現在からすると約2年前のタイトルとなっており、正直「あぁ、こんなタイトルあったね」と思う方が多いかもしれない。そんな『スカネク』を1000日間推し続けたのは……今作のディレクターを務める、穴吹健児氏だ。

 「いやディレクターが自分で1000日推してるんかい!!」と思う人が大半かもしれない。そう、何を隠そう『スカネク』はディレクターの穴吹氏自らによって1000日間推され続けたタイトルなのだ。

 穴吹氏は、「SNX発売日まで毎日スクショ公開」と称し、初投稿の2020年12月11日から現在に至るまで、1日たりとも休まずこの活動を続けている。そして2023年の9月6日、ついにこの活動は1000日を迎えるのだ。「もうとっくに発売してるじゃん」とかそういうツッコミをしてはいけない。

 それ以外にも、「穴吹氏自ら『スカネク』の主人公のコスプレをして東京マラソンに挑戦する」といった謎のチャレンジも行われていたりと……流石に、いくらディレクターとも言えども穴吹氏からは異様な熱量と執念を感じるのである。

 ……なんでこんなことしてるの?

 純粋にそんな疑問を感じた電ファミニコゲーマーは、穴吹氏へのインタビューを実施。そもそもの『スカーレットネクサス』というタイトルの立ち上がり、『テイルズ オブ』シリーズに関わり続けてきた穴吹氏のゲームクリエイター人生、そして「1000日間自分のタイトルを推し続けた理由」……。

 筆者としては、「きっと穴吹氏のことが好きになるインタビュー」となったのではないかと思う。『スカネク』ファンの方も、『テイルズ』ファンの方も、そうでない方も、どうかこの「執念」を……最後まで見届けてほしい。

 また、本日は1000日投稿を記念し、穴吹氏自身によるPS5のプレゼントキャンペーンや、開発陣が参加するスペースも予定されている。気になる方は、こちらの1000日記念キャンペーンも要チェックだ。

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聞き手/TAITAI・ジスマロック
撮影/小川遼


数年前、バンダイナムコは「新規IPを作ろうブーム」が起きていた?

──今回は、ディレクター自ら『スカネク』を1000日間推し続けた穴吹さんの「狂気的な熱量」に迫るインタビューにできればと思っております。『スカネク』を知らない方にも楽しんでいただきたいと考えているので、まず最初に「そもそも『スカネク』という企画がどこから立ち上がったのか」という部分をお聞かせください。

穴吹氏:
 よろしくお願いします。まず、元々僕は「オリジナルIPを作りたい」という思いがすごくありました。僕自身もさまざまなゲームに影響を受けた上でこれまでの人生を歩んで生きているので、やはり自分がゼロから作ったオリジナルの作品で、誰かに影響を与えてみたかったんです。

 そんな思いを抱えていた中、数年前くらいにバンダイナムコ自体に「新規IPを作りたいブーム」が起こっていたんです。

──「新規IPを作りたいブーム」ですか(笑)。具体的にはどんな状況だったんでしょうか?

穴吹氏:
 今、新規IPを生み出す動きがないわけではないのですが、その時代は特に「“バンダイナムコオリジナルの新しいもの”を生み出さなきゃダメだ」という考えを重視していました。

 本作のプロデューサーでもある飯塚さんが携わっていた『CODE VEIN(コードヴェイン)』【※1】も、その時期に生まれたタイトルです。そんな「新規IPを作ろうとする風」が吹いていた時代に、「なにか新しいタイトルを作ろうぜ!」と立ち上げたのが『スカネク』の始まりですね。

※1「CODE VEIN」
バンダイナムコエンターテインメントより2019年に発売されたドラマティック探索アクションRPG。崩壊した世界を生き延びる吸血鬼たちの物語が描かれる。

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『コードヴェイン』公式サイトより

穴吹氏:
 実は『スカネク』の企画が立ち上がり始めた本当に初期の頃、僕は別タイトルの開発に携わっていました。そのタイトルの開発を行いつつ、合間の時間に『テイルズ オブ』シリーズなどに携わっていたスタッフを集めて『スカネク』の企画を立ち上げていきました。

 他のスタッフたちも別の業務がある中で、各々が個人で集まってアンリアルエンジンを触ってみたり、新規IPの方向性をいろいろ研究してみたり……まさに放課後に集まってみんなでゲームを作る「放課後プロジェクト」みたいなノリでしたね……(笑)。

 そして僕自身「超能力を駆使したチームアクションもの」というタイトルを作ってみたかったので、その『スカネク』の原型になる企画の試作版を作って、各所にプレゼンなどを行っていました。

 それこそ『テイルズ オブ』シリーズの富澤(祐介)さん【※2】にも企画を見てもらいました。ちなみに、企画当初は「レッドストリングス」という仮タイトルがついていましたね。

※2「富澤祐介氏」
『ゴッドイーター』や『テイルズ オブ』シリーズなどのバンダイナムコ看板シリーズのIP総合プロデューサーを務める富澤祐介氏。

──そういった流れで立ち上がったんですね。

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──ちなみに、『スカネク』のゲームアイディア自体はどういったところから生まれたのでしょうか?

穴吹氏:
 当時はその「放課後プロジェクト」内でコンペのようなことをしていたんです。

 具体的には「新規IPを作る流れが来ているから、それぞれのスタッフが集まってそれぞれで企画書を作りプレゼンする」といったことをしていました。『スカネク』はその時に書いた企画のひとつです。

 これは初めてお話するのですが『スカネク』の企画の原点は僕が「THE YELLOW MONKEY」さんの『サイキック No.9』という曲が好きだったからです。超能力集団のことを歌っためちゃくちゃカッコイイ曲で、あの世界観をゲームに出来ないかと考え、企画を立てたのがそもそもの始まりです。

 そのままコンペ内でどさくさに紛れて「自分の企画で行きたい!」と『スカネク』の企画を通していったような流れですね。

──その「放課後にゲームを作っていたチーム」は具体的にはどんなメンバーだったのでしょうか?

穴吹氏:
 元々、『テイルズ オブ ヴェスペリア』などでプロデューサーをしていた樋口(義人)【※3】が、僕をそのチームに誘ってくれたんです。そこから逆に僕の部下を引っ張ってきたり、周りで見ていたアーティストの人が入ってきてくれたり……最終的には10人くらいで活動していました。

※3「樋口義人」
バンダイナムコスタジオ所属のゲームクリエイター。『ソウルキャリバー』や『鉄拳タッグトーナメント』の企画を担当し、数々の『テイルズ オブ』シリーズにディレクターとして携わった。

──そんな流れでゲームが生まれるケースもあるのですね(笑)。ある意味RPGのパーティーが導かれて集まっていくような感じと言いますか……。

穴吹氏:
 今だとこういう企画の通し方は難しいかもしれないですね。
 というか、新規IPの風が吹いていた当時ですからギリギリ許されたものだったと思います……(笑)。

 そもそもスタッフ全体が新しいことをやりたがっていたし、「アイツらだったら企画がレールに乗るんじゃないか?」という空気がどこかにあったのだと思います。基本的にこの手の「新しいことをやろう」とする動きは、ゲーム開発において十中八九レールには乗らないんです。ほとんどが「思い出」で終わるパターンです。

 ですが、当時は社内の空気やスタッフの雰囲気も含めて、「もしかしたらレールに乗るかもしれない」という空気があったんですよね。あの時期でなければ、『スカネク』はそもそも企画のレールにすら乗らなかったかもしれません。

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『スカーレットネクサス』公式サイトより

『スカネク』が正式に始動する前に直面した、最大の問題とは

──その企画段階の『スカネク』が、そこから正式なプロジェクトになっていくまでの過程などもお聞かせいただけますでしょうか。

穴吹氏:
 当初は「技術研究」と銘打って、BNSの中でお金を出してもらいながらプロトタイプを作っていました。そこからBNE【※4】が合流してブラッシュアップを何度か重ねていったのですが……とうとう、「これ以上企画が大きくなるならBNSのメンバーだけでは足りない」ということに気がつきました。

 そもそもBNSは多くのタイトルを開発しており、開発タイトルの数に対してスタッフの数が慢性的に不足しています。つまり、『スカネク』を正式なプロジェクトとして動かすにあたって、「BNSだけでは人員が足りない」という問題に直面したんです。

 そこから京都にあるトーセさん【※5】に辿り着き、『スカネク』のバーティカルスライス版の開発を進めていくことになりました。たしかそれが2017年くらいの話だったと思います。

※4「バンダイナムコスタジオとバンダイナムコエンターテインメントの違い」
主にゲームの開発や運営を行うのが「バンダイナムコスタジオ(以下、「BNS」)」で、主に販売や宣伝を行うのが「バンダイナムコエンターテインメント(以下、「BNE」)」となっている。端的に言えば、BNSがデベロッパーで、BNEがパブリッシャーという感じの関係。穴吹氏はBNS所属で、飯塚氏はBNE所属。

※5「トーセ」
日本のゲームソフト開発会社。開発したゲームソフトやモバイルコンテンツ数は2000タイトルを超えており、ゲーム業界最大手の受託開発会社と言われている。最近では『クライシス コア -ファイナルファンタジーVII- リユニオン』や『ドラゴンクエストモンスターズ3 魔族の王子とエルフの旅』、『ドラゴンクエスト トレジャーズ 蒼き瞳と大空の羅針盤』などの開発に参加。

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『スカーレットネクサス』公式サイトより

穴吹氏:
 BNSで開発をしていて外部に委託する際、ゲームの一部分をほぼ丸投げしてしまうようなケースもあります。ですが、『スカネク』の場合はそれをやりたくなかったんです。

 だから、BNS側も数名ほどトーセさんに赴いて、京都で開発に参加していました。端的に言えば、「単に委託するのでなく、ひとつのチームとして作りたかった」ということです。そのための「自分たちで作りたいものを一緒に作ってくれる人を探す」という部分をすごく重視しました。

 少し昔話になってしまうんですが、僕はBNSに入る以前は日本テレネット【※6】で働いていて、バンダイナムコゲームスから降りてくる仕事をデベロッパーとしてやっていた時代がありました。その時のいち開発者の経験として、「スタッフがどんなモチベーションで仕事をしているか」「どんな気持ちで開発に携わっているか」という部分がすごく開発のアウトプットに影響すると感じていたんです。

 特に思い出深いのが、『テイルズ オブ ヴェスペリア』【※7】のバトル担当として開発をしていた頃ですね。やはり『テイルズ オブ』シリーズということもありますし、「もし開発で失敗してしまったら、クソゲーになって売れないかもしれない」という恐怖で寝れない時期が続くこともありました。

 その時に、「委託された側も本気になって向き合わなければ、良いものはできない」ということに気づかされました。ですが、必ずしもみんながそういう気持ちで取り組めていないことも感じていました。世の中の開発を委託された人たちが、みんな「命を懸ける」ような気持ちで取り組めるかというと……そうではありません。

 だから、『スカネク』の開発においては、僕が日本テレネットで『テイルズ オブ』を開発していた頃のような気持ちで参加してほしかったんです。こちらからお願いする仕事ではあるけれど、BNSもトーセも関係なく、ひとつのチームとして「これは自分たちの企画だ」と思えるような開発体制にはすごく心を配りました。

 そしてトーセさんには凄く熱量を持った方が多くいて、めちゃくちゃ「本気で向き合ってくれている感」を感じることができました。

※6「日本テレネット」
『テイルズ オブ』シリーズなどの開発を担当していたゲームソフト制作会社。2003年にナムコとの共同出資で「ナムコ・テイルズスタジオ」を設立し、開発スタッフがそちらに異動した。現在は倒産。

※7「テイルズ オブ ヴェスペリア」
2008年にバンダイナムコゲームズから発売されたRPG。「ユーリ」や「エステル」といった魅力的なキャラクター達の存在から、今もなお人気の高いタイトル。

──そのくらいチーム作りも重視されたのですね。

穴吹氏:
 実際、何ヶ月も京都に泊まりこみながら開発をしていました……(笑)。

 その上で、「いま自分たちが作っているものは、きっと良いものになる」と思ってもらえるように意識をしていました。

 だからこそ、『スカネク』開発チームは「委託元と委託先」という関係よりかは、より踏み込んだひとつの開発母体としての集団になれたのだと思います。逆に、そうでなければ良いものにならないと考えていました。かなり愚直なやり方ではあるのですが、これが何よりも大切です。

 やはり、「リアルに一緒の現場で開発する」ということは信用の第一歩にも繋がります。その上で、開発においてなにか重要な判断を下す場合も、その場に僕(ディレクター)がいた方がトーセさん側の意見を汲み取りつつ判断を下すことができます。

 そしてこの「一緒になって判断した」ということを経験できた方が、よりチーム全体に「自分事」として考えてもらえると思ったんです。

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『スカーレットネクサス』公式サイトより

──穴吹さんの「委託先に泊まりこんででも一緒に制作する」というスタンスは、BNSの中でもかなり珍しいのでしょうか?

穴吹氏:
 同じようなスタンスの方はいなくもないですね。ただ、当時は思いっきりコロナが流行っていた時期で、通常の現場ですらリモートワークの形態に移行していました。そんな中、完全に真逆の「現地に行って開発する」スタイルを貫いていたので、周囲からは心配されていました……(苦笑)。

 ですが、それでも「良いものを作るために現地で向かい合って作るべき」だと考えていました。

──穴吹さんのそういった考え方は、やはりデベロッパーとして開発していた時の経験などがベースになっている部分もあるのでしょうか。

穴吹氏:
 もしかしたら、これは少し古い考えかもしれないのですが……やはりゲーム開発では「開発の過程で一緒に同じ方向を向いて頑張っている」と感じられるのが大事だと思うんです。

 それこそ日本テレネットで『テイルズ オブ』シリーズを作っていた時も、深夜の2時とか3時にバトル調整のお願いの電話がかかってくるんです。
 今じゃありえないですよね(笑)。

 当時は今のように開発環境がクラウドに繋がったりはしないから、そのまま徹夜で調整版のROMを作って、次の日にチェックしてもらいます。

 そこで「調整でよくなったね」「もう少し調整してほしい」といった意見をもらうのですが……やはり、その「自分が頑張って作っているものを、ちゃんと見た上で評価してくれる」ことはすごく嬉しいんです。

 ディレクターやプロデューサーも忙しいはずなのに、それでも各スタッフにちゃんと目を向けてくれていました。そんな「ゲームそのものを良くするために、一緒に前を向いてくれる人」と仕事をしている時は、すごく楽しかったんです。だから、その思いが今も自分の中に残っているのではないかと思います。

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既存タイトルの延長線上に、『スカネク』はあった。『テイルズ』の経験値から生み出された新規IP

飯塚氏【※8】
 企画当初の『スカネク』って、実際のところ「若手の企画」という感じではなかったんです。それぞれ何かしらの形で別のタイトルに関わっていて、それでも「何か新しいことをやりたい」という気持ちを持った人たちが集まって作り上げられた企画だという感じがしたんです。

穴吹氏:
 あぁ、確かに。若手というより何年も既存タイトルを作ってきたスタッフが集まっていたから、企画自体があまりふわふわしてなかったのかもしれないですね。

飯塚氏:
 「全く新しいもの」というよりも、それこそそれぞれのスタッフが作っている『テイルズ オブ』などのバンダイナムコ既存タイトルの延長線上にあった上で、「やりたいこと」を乗せてきている。そういう若手の企画とはまた違う熱量が、各所に伝わったんじゃないかと思います。

※8「飯塚啓太氏」
先ほども話題に出ていた飯塚啓太氏。BNE所属で、『スカーレットネクサス』『コードヴェイン』などのプロデューサーを務めた。実はインタビュー当日に同席しており、ここから少し参加していただく形となった。

──「既存タイトルの延長線上」と言えば、穴吹さんは『テイルズ オブ』シリーズにも長年参加されていますよね。やはり『スカネク』にも『テイルズ オブ』シリーズで培った経験値やノウハウが活かされている部分はあるのでしょうか?

穴吹氏:
 『テイルズ オブ』での経験値が『スカネク』に活かされている部分はたくさんあるのですが……一番わかりやすいところを挙げるとすれば「ふたりの主人公」ですね。『スカネク』には「ユイト」と「カサネ」というふたりの主人公がいて、それぞれの視点で物語を補完しながら楽しむような構造になっています。

 これは『テイルズ オブ エクシリア』【※9】「ミラ」と「ジュード」のダブル主人公スタイルから着想を得た部分です。『エクシリア』には僕もバトル担当として参加していました。

 そして『エクシリア』はシリーズではお馴染みの藤島康介先生といのまたむつみ先生が初めて共同でキャラデザに参加されたタイトルだったので、その点でも「ダブル主人公」を推していました。

 ですが、『エクシリア』はダブル主人公と言いながらも、ミラとジュードはふたりで一緒に行動するんです。そのため、どちらの主人公を選んで始めても結果的には似たようなお話になってしまった側面があり、プレイヤーからも「両方のルートを遊ぶ意味が薄い」といった声がいくつか上がっていました。

 『スカネク』はその反省を踏まえて、基本的にはふたりの主人公がバラバラに動くようになっています。片方のルートを終えても、もう片方の視点から見た時には物語がまた違った見え方になるように調整した部分が大きいです。

 ちなみに、『エクシリア』のラスボス戦においてジュードとミラ以外のキャラクターが秘奥義を出しながら助けに来てくれるあの展開も、『スカネク』で踏襲している部分があります……(笑)。

※9「テイルズ オブ エクシリア」
バンダイナムコゲームス(現在の「バンダイナムコエンターテインメント」)から2011年に発売された、『テイルズ オブ』シリーズの15周年記念作品。シリーズ初のダブル主人公の物語が描かれる。

発売から2年経ってなお、タイトルを終わらせないために推され続けた『スカーレットネクサス』執念の軌跡_009
YouTubeより
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『スカーレットネクサス』公式サイトより

穴吹氏:
 そして、やはり「バトル部分」に『テイルズ オブ』シリーズでの経験が活かされている箇所は多いですね。たとえば『スカネク』にはテクニカルに戦うことで相手を一撃で倒す「ブレインクラッシュ」というシステムがあるのですが、あれは『テイルズ オブ ヴェスペリア』の「フェイタルストライク」を意識しました。

 僕が過去に携わって上手くいったシステムはそのままブラッシュアップしている箇所もあれば、逆に過去の反省を活かしている部分もある……という感じですね。

──逆に、『スカネク』で得た知見などが『テイルズ オブ』シリーズに還元されるということは起きているのでしょうか? 穴吹さんは現在、『テイルズ オブ』シリーズを統括する立場にいるとお聞きしました。

穴吹氏:
 そうですね。『スカネク』を開発していた頃は一時的に離れていたのですが、ちょうど今まさに『テイルズ オブ』シリーズを統括するグループのリーダーを担当させてもらっています。その上で、今は『テイルズ オブ』シリーズの開発に携わっています。

 やはり僕の場合は『テイルズ オブ』シリーズに携わっていた時間がほとんどと言いますか……自分の開発者人生の半分くらいが『テイルズ オブ』で構成されているようなものです。そして、そこから生まれてきたのが『スカネク』でもあります。

 だから、僕の知見や経験などは今後の『テイルズ オブ』シリーズにも還元していくつもりなので、『テイルズ オブ』ファンのみなさまには応援していただけると嬉しいです。

──やはり『テイルズ オブ』シリーズに携わっていた経験がすごく大きいのですね。
 いち開発者の穴吹さんにとっての『テイルズ オブ』シリーズとはどんな存在なのでしょうか?

穴吹氏:
 一番最初に開発として携わったのが、『テイルズ オブ シンフォニア』でした。そこからもう何作も携わらせていただいているので、自分のゲーム開発者としてのベースになっているのが『テイルズ オブ』シリーズです。

 間違いなく、自分の開発者としての「血肉」になっているシリーズだと思います。『スカネク』にも、確実にそこが活きています。

 当初はいち開発者でしたが、今はもう立場も変わり「自分が培ってきたものを還元する」ようなポジションになっています。なんだか感慨深いところもあるというか……今こうして再び『テイルズ オブ』シリーズに携われていることは、すごく嬉しいことです。

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「IP存続のために」制作ができることとは?

穴吹氏:
 それで思い出したのですが、ちょうど今まさに『テイルズ オブ』を統括するグループ内で「自分たちがいなくなった後も、『テイルズ オブ』がIPとして存続していく形態を目指したい」という話が出ているんです。

 現在は僕を含めた過去作に何度も携わってきたスタッフたちがチーム内にいる状態ではあるのですが、自分たちがいなくなった後に「これまで培ってきた『テイルズ オブ』の経験値」がロストテクノロジー化してしまうことは避けるべきだと思っています。BNS内の『テイルズ オブ』を開発するグループの中では、その「これまでの『テイルズ オブ』の経験値」を上手く残していけるようにしたいと考えています。
 
──その「これまでの『テイルズ オブ』の経験値」とは具体的にはどういうものなのでしょうか?

穴吹氏:
 具体的な例を挙げるとすれば、「マップの作り方」ひとつ取ってもこれまでの経験値が活かされているんです。

 たとえばブロックマップ方式【※10】で次々とマップチェンジしながら進めていくタイトルだとすると、「マップチェンジを行い、最初にキャラクターが配置されるポジションやカメラの角度」もこれまでの経験則を意識しながら作っています。

 もう少しわかりやすく言うと、「森のマップから大きな平原のマップに出た時にどんな角度で平原を映すか」「新たなマップに出た時にどんなものが見えていれば、プレイヤーは迷わずに進めるだろうか」といった点すら、何年もかけて培われてきた開発者の知見なんです。

※10「ブロックマップ方式」
昨今のオープンワールドとは対称的に、マップとマップがブロックごとに区切られている形式のこと。従来のRPGなどでよく採用されている。

穴吹氏:
 ですが、そういった経験則も僕らがいなくなるとロストテクノロジー化してしまうのです。

 やはり『テイルズ オブ』シリーズもいろいろな失敗をしながら、これまで進んできたタイトルです。だからこそ、後進が同じ轍を踏む必要はないと思うんです。少なくとも、「こういうことに留意しながら開発を進めた方がいい」というTIPSとしてでも残すべきだと考えました。

 もうひとつ例を挙げるとすれば、「開発の座組の作り方」もしっかりデータとして残しておくべきだと考えました。どのセクションにどれくらいの人数を配置し、どれほどの工数と期間をかけて制作するべきなのか……。

 もちろん時代によってタイトルの規模は異なりますが、その「開発チームの進め方、作り方」が事前に共有されているだけで、初めて『テイルズ オブ』シリーズに携わる方であってもより高い確度で仕事ができると思います。

 まぁ、どこの会社さんもこういうことはやっていると思うのですが……ちょうど『テイルズ オブ』シリーズでもこの取り組みをやろうとしていますね。

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『テイルズ オブ アライズ』公式サイトより

飯塚氏:
 やはりタイトルごとにストーリーやシステムなどは全く違いますし、それぞれのタイトルに成功した箇所があればうまく作り切れなかった箇所も出てきますから、それを受け継ぐ人がいないと、どこかでロストテクノロジー化してしまいますよね。

穴吹氏:
 実際、これまでも何度かロストテクノロジーと化してしまうケースがあったんですよね……(苦笑)。

 以前のタイトルで参加されていた方が既に会社を辞めてしまっていたり、外部の方だから次回以降のプロジェクトではご一緒できなかったり……。それだけで、簡単に「前作のここってどう作ってたんだっけ?」という問題が発生します。そのために、ある程度の「再現性のある開発」を心がけなければいけないと思いました。

 とはいえ、今作っているタイトルが「5年後も同じ作り方をしているか」というと、まず絶対にそんなことはありません。ですが、「影響度が高く、普遍的に活用できる」ような経験や知見はどれだけ時間が経っても役に立つとは思います。そのために、データを残すことは大切ですよね。

──ちょっと興味本位でお聞きしてみたいのですが、かつてのナムコ・テイルズスタジオ【※11】から現在の『テイルズ オブ』制作チームはどんな変遷を辿っているのでしょうか?

※11「ナムコ・テイルズスタジオ」
2003年に設立され、『テイルズ オブ』シリーズの開発を専門として行っていたゲームソフト制作・開発会社。2012年にバンダイナムコゲームスに合併。

穴吹氏:
 えぇと……旧テイルズスタジオの人間の目から話させてもらうと、「バンダイナムコゲームスに吸収合併されたかと思ったら、今度はそのままバンダイナムコスタジオになっていた」ような流れです。本当に、「別に会社を辞めていないのに会社の名前だけはバンバン変わっている」ような状態ですね。

一同:
 (笑)。

穴吹氏:
 今のBNSの中だと、かつてのテイルズスタジオのメンバーは50人くらい残っていると思います。その中で今も『テイルズ オブ』に携わっている人は……半分もいないのではないかと。

 テイルズスタジオ出身であったとしても、なんだかんだ他のシリーズのプロジェクトに行って、そのままそちらのプロジェクトに付きっきりになってしまうケースもありますし、やはりそこで『テイルズ オブ』シリーズの蓄積したノウハウがバラバラになってしまうんです。

 それこそ『テイルズ オブ』シリーズにとっては「昔からのスタッフがいたから何も言わずにできていた」ことが、どんどん失われていくような状態ではあります。それを防ぐための活動でもありますね。もちろん、新しいメンバーが加わることで、多くの経験や知見がプロジェクトに活かされる良さもあります。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
ライター
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