星海社は、“特別な装丁”の公式同人ホラー小説を会場限定で販売する不穏なイベント「ホラーマーケット 怪談即売会」を開催した。
この会場で販売される小説を手掛けているのは、『薬屋のひとりごと』の日向夏氏、『夏と花火と私の死体』などで知られる乙一氏、高い評価を得たアドベンチャーゲーム『レイジングループ』などで知られるamphibian氏など、とにかく豪華極まりない面子だ。
だから、このイベントには、絶対に行ってはいけません。【※】
※……嘘です。第2回が開催された暁には、皆さんぜひ遊びに行ってください。
一度会場に訪れたなら、あなたの財布がスッカラカンになり、
手元には「ホラー小説でパンパンになったショッパー」が握られているはずですから……。【※】
※……本当です。会場を出ると、なぜか財布が空になり、いつの間にかリュックが特殊な装丁の本でいっぱいになっていました。

茶番はさておき、本記事では取材の機会をいただいた星海社の15周年企画「ホラーマーケット 怪談即売会」の様子をお届けする。
先ほどしれっと「公式同人誌」と述べたが、こちらは「イベントにて公式に販売するが、特殊過ぎる装丁により、商業向けに量産できない特別な書籍」を示している。
豪華作家による、会場限定のプレミアムな書籍である時点でワクワクするが、この会場で売られる書籍の魅力は、そうした一般的なプレミア感に留まらない。
というのも、一部の書籍は特殊な装丁によって第四の壁を突き破り、物語の世界から我々が生きる世界へせり出てくるように、読者へ恐怖を与えてくるのだ。
なのでホラー小説が好きな方はもちろん、そんなにホラー小説は読まないけど、「ホラーゲームやホラー風味のARGには興味がある」といった方にも、イベントレポートを楽しんでいただければ幸いだ。
本日の運勢終了のお知らせ。運勢を生贄に、豪華作家の短編を手に入れろ
イベントの会場は映像作品の撮影などにも使用できる廃墟(風のスタジオ)となっており、ホラー映画の中にはいってしまったかのような雰囲気だ。
何も知らなければ、決してここで書籍が販売されているとは思うまい。


まず、会場の入り口ではなにやら「おみくじ」が実施されていたので、引いてみる。
そっと封を開けてみると……。
大恐
引いても、引いても、大恐。10回以上引いても大恐。
オレはこの取材会場から、生きて帰れるのだろうか。。。

とはいえ、落ち込む必要はないのである。
おみくじをめくってみると……。

なんとホラー小説が!
そう、この不吉極まりないおみくじは「ノベみくじ」とされており、おみくじのかたちをした短編のホラー小説となっている。
ここで注目したいのは、ノベみくじを手掛ける豪華作家陣だ。
「ノベみくじ」の小説を手掛けているのは、記事冒頭で述べた乙一氏や日向夏氏、amphibian氏のほか、『コズミック』で第2回メフィスト賞を受賞した清涼院流水氏、『葉桜の季節に君を想うということ』で日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞を受賞した歌野晶午氏らである。

各作品は5分ほどで読み終えることができるボリュームだが、1000円で4枚引けるため価格はお手頃。最悪の運勢と引き換えに、最高のコスパで、最高の恐怖を味わえるかたちだ。
小説の内容はちょっと不条理なものだったり「おみくじ」そのものをテーマにしたものだったりとバラエティに富んでおり、「ちょっと不思議なフォーマットのホラー小説が読んでみたい」という欲望をバッチリと満たしてくれた。
なので、仮に「ノベみくじ」の影響で本当に運勢が最悪になっていても、後悔はない。カラスに突かれたりしても、きっと大丈夫。
いまこの記事を読んでいるあなたも、怪しいおみくじを見かけた暁には、勇気を出してチャンレジしてみよう。
‟装丁も表現の一部”ってカッコ良すぎる。特別な装丁って最高ですわ
さて、本イベントの目玉である「即売会」に話題を移そう。
即売会では、さきほど「ノベみくじ」にて触れたamphibian氏、清涼院流水氏、歌野晶午氏にくわえて、日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した織守きょうや氏の作品なども販売されている。
超豪華な作家たちによる「公式に販売されるが、特殊な装丁であるためちょっとしか生産できないプレミアムな書籍」が手に入る機会となっている。


そして何よりも魅力的なのは、作品によっては‟装丁が表現の一部”になっていることだ。
たとえば、『ゲーム・キッズ』シリーズで知られる渡辺浩弐氏の作品『珈琲豆虫』は少しざらついた質感のコーヒー色の紙を使用した装丁になっている。
書籍の裏面には黒いテープで「なにか」が固定されており、初見では「コーヒーの匂いがしてお洒落だな」という印象を受けた。
物語はカフェを営む主人公が、コーヒー豆の中に混入していた珍しい昆虫を飼育しする様を描いていく。
小説を読む前は、お洒落だと思っていた。
しかし、小説をひとたび読み終えたなら「この本を家にも置いておきたくない」と思うようになる。
ネタバレになるため詳細は控えるが、「書籍に‟そういうブツ”が張り付けられている」ことが、小説を読むことで判明する(あるいは、そのように想像させられる)装丁になっているのだ。
物語は本の中だけでなく、その外側でも展開されるのである。

また、『レイジングループ』や、『Fate/Grand Order』のイベントシナリオ 「イマジナリ・スクランブル」「ミステリーハウス・クラフターズ」などで知られるamphibian氏の作品『フミキリインカーネーション(仮)projectsa.net』は、茶封筒に入った‟調査報告書風”の装丁となっていた。
「SECRET」と書かれた茶封筒の中には、いかにも調査報告書感のある硬質な紙の束、不穏な踏切を収めた写真がクリップで止められており、装丁だけでワクワクさせられる。
さらに、表紙から1ページめくると【通達】という文言の下に箇条書きの命令が書かれており、本文のテキストは報告書らしく時間が打刻されている。
「報告書」のスタイルになることで「作中の出来事が現実世界にせり出てくる」ようなロマンがある。
故に、ARG系のコンテンツや、SCP関連の作品などが好きな方には、かなりグッとくる装いではないだろうか。
小説の内容は、「いきなり線路上に転送され、電車にひき殺される」死のループに巻き込まれた「ムサ」と「ミサキ」というふたりの主人公を描く作品だ。
物語は短編であることからSF調のシックなホラーミステリーかと思っていたが、全然違う。良い意味で裏切られる。
たしかに冒頭では報告書のスタイルでテキパキと「死に戻り」をする過程が描かれており、「ムサ」と「ミサキ」は淡々と死に続ける。
しかし、ふたりが死ぬまでのプロセスは徐々に変化し、なんなら突然、ふたりバチギレながら喧嘩をする。
さらには、短編の中ではすべてが解明されないであろう「プロジェクト」の存在がほのめかされたり、なんなら異能バトル(?)が展開したりする。
ホラー、ループもの、バトル、デスゲーム(?)と様々なエッセンスが短いボリュームに凝縮されており、唯一無二な満足感を味わえた。
巻末には続編を示唆する文言も見受けられたため、今後本作が一般流通をしたり、続編が刊行される可能性もありそうだ。

このほかにも、サイズ感を含め生徒手帳を模した装丁だったり、お医者さんが使うファイルのような形式だったり、縦長の装丁で小説のテキストも縦に伸びていたりと、シナリオだけでなく‟ブツとして”読者を恐怖させたり、楽しませてくれる書籍のみが会場で販売されていた。
おそらく特別仕様であるが故に商業向けの量産ができないことを想像されるが、ぜひ今回のホラーマーケットに行けなかった人たちのために「星海社さん、また販売してください……!」と、この場を借りてお願い申し上げます。
朝宮運河さんによるトークイベントや日向夏さんを飼い主とする害獣系VTuber・「うりりん」によるチェキ会も
本イベントでは即売会だけでなく、トークイベントや朗読劇といったイベントも実施されていた。
イベントのラインナップは星海社新書として刊行された『現代ホラー小説を知るための100冊』を執筆した朝宮運河氏が、同書籍で分析している現代ホラー小説の傾向について語るトークイベント。
くわえて、日向夏さんを飼い主とする害獣系VTuber・うりりんさんのチェキ会。
そして『ゲーム・キッズ』シリーズなどで知られる渡辺浩弐氏による、同氏が自ら抽出したアイスコーヒーと共に楽しむ朗読会が実施された。
筆者が会場を訪れた時間帯では朝宮運河氏のトークイベントが実施されていた。

トークイベントは『現代ホラー小説を知るための100冊』の内容を踏まえたものとなっており、同書で挙げられている現代ホラー小説の傾向である「ミステリとの融合」「土俗的モチーフの導入」「怪談への接近」を紹介しつつ、これらの傾向は今後どのように変化していくのかなどが語られた。

トークがはじまると「モキュメンタリーブーム」について、今年刊行されたモキュメンタリ―ホラーの書籍数を計測した上で「ブームが起きている」ことを提示。
その上で、ブームとして飽和状態となったモキュメンタリ―ホラーシーンや、飽和状態の中で頭角を現すためには強力なコンセプトが必要であると朝宮氏は語る。
怪奇幻想ライター・書評家として‟メチャクチャホラーを読んだ上での根拠やデータ”が会話の節々で提示されており、同氏の書籍や活動における凄みが、そのまま生のトークでも味わえることに凄みがあった。
また「土俗的モチーフの導入」というトピックに関しては、‟因習村”というモチーフに焦点が当てられ、ハヤカワ新書から刊行された書籍『ネット怪談の民俗学』を紹介しつつ‟因習村”というモチーフが「地方への差別になり得る」というリスクなどにも言及されていた。
いっぽう、誰もいない夜のショッピングモールや人のいないプール、深夜のコンビニなど「見慣れた場所のはずなのに何故か不安になる」場所を指す概念「リミナルスペース」や梨氏の作品、はたまた「きさらぎ駅」などを例に挙げ、昨今のホラーの潮流を紹介していた。
その潮流とは「どこでもない場所」「異世界」をモチーフにしたホラー作品が増えている傾向であり、こうした傾向から「誰も傷つかない」(が、しっかりと怖い!)ホラーが主流になる可能性があることなどが語られていた。
ノベみくじ、公式同人誌、トークイベントなど、本イベントの要素はすべてがユニークだが、これらの試みは出版社だからできる試みだ。
いずれもホラー小説が好きな人にとっても嬉しいのはもちろん、昨今小説以外のホラージャンルを楽しんでいる人に向けて、新たに書籍の魅力を発信するイベントにもなっている筆者はと思う。
かくいう筆者もホラー小説は怖いため、正直言えばかなり詳しいタイプではない。それでもイベントに際して新たな作家さんや作品を知ることができたし、メチャクチャ散財した。
そうしたイベントだからこそ、また「怪談即売会」がぜひ開催されてほしい。
「怪談即売会」の次回開催を求めている方は、ぜひ星海社さんの方角に念を送り、ホラー小説やホラー関連書籍を読みながら次回開催を楽しみに待とう。








