765プロダクションに所属するアイドル・如月千早の単独ライブ「如月千早 1st Solo Concert “OathONE”」が、1月24日と25日の2日間、日本武道館で開催された。
20年近い歴史を持つ『アイドルマスター』シリーズにおいても、アイドル個人が単独で武道館に立つという試みは初だ。そもそも単独公演というところにもビックリだが、会場を埋め尽くすファンの熱気からは、このステージがどれほど特別なものかが伝わってきた。
結論から先に言うと、今回のライブは『アイドルマスター』や如月千早についてそれほど詳しくない筆者にとっても、最新テクノロジーとともに「顕現」した彼女の姿をたっぷり楽しめ、そのクオリティに終始圧倒されるものだった。
事前に予想していたハードルを遥かに超える驚きが、そこにはたくさん用意されていたのである。
一応、筆者の立ち位置を補足しておくと、これまでは「ゲームを少し遊んだことがある」「ときたま映像などで目にすることがある」といった程度だ。そのため、今回はファン目線というよりも、最新テクノロジーを駆使したライブがどのような次元に達しているのか、という部分に強い興味を持って取材に臨んだ。しかし、いざ幕が上がってみれば、技術への関心はいつの間にか「アイドルそのもの」への感動に変わっていたのである。

開場は16時からだったが、15時半頃に日本武道館にたどり着いたときにはすでに多くの人でごった返していた。一般的なアーティストでもよく見かける光景ではあるが、いわゆるリアルな演者がまったく出演しないライブでこんな光景を目にするとは思わなかった。
日本武道館といえば概ね1万人ほどのキャパシティを持っているが、アリーナから3階席の奥までぎっしりとファンで埋め尽くされていたところも印象的であった。ということで、こちらの記事では初日の1月24日に行われた公演のレポートをお届けする。

現実世界とバーチャルの垣根を完全に越えた新たなライブエンターテインメントの誕生
今回のライブは、2022年7月に始動した「“MR”-MORE RE@LITY-プロジェクト」の一環として行われたものだ。こちらは『アイドルマスター』シリーズの活動の幅を広げていくための施策である。
ちなみに、VR(Virtual Reality)は全面がCGで描かれた世界に入り込んだかのような体験ができるが、一般的にAR(Augmented Reality)やMR(Mixed Reality)というと、現実世界にCGを重ね合わせたコンテンツが多い。
さらにこうしたコンテンツは、通常は専用のグラスをかける必要があるが、今回行われたライブは裸眼で楽しめるようになっていた。そうした意味でも「MORE RE@LITY」というネーミングにふさわしい、新しいライブ体験だったとも言えるだろう。
また、こうした実在しないキャラクターのライブイベントの場合、「ヴァーチャルアイドル」などの修飾語が付くことがあるが、もはやそうした垣根はまったく必要がなくなってしまったとも感じさせられたイベントでもあった。なんといっても、観客以外にステージ上にはリアルな人間はひとりも登場せず、最後までステージが行われたからである。それでいて、そこに「誰もいない」という感覚は一切なかった。
ショーを楽しんだファンがSNSで多くの感想を投稿し、それがトレンドに上がるほどの熱量で盛り上がりを見せていた。これはまさに、全く新しいエンターテイメントが産まれた瞬間を目にしたような感覚だ。
ご存じの方も多いと思うが、日本武道館の館内は円状ではなく八角形になっている。今回のステージは、それを半分に分けるように花道が設置されており、さらにその中央に円柱状にメインステージが作られていた。ざっくりいうと、北側半分と南側半分で観客席が切り分けられているような状態だ。
開演前は、この円柱状のメインステージに薄めのカーテンのようなものが付けられており、そこに青い背景に今回のライブロゴである「OathONE」の文字が大きく描かれていた。このときに思ったのは、この円状のカーテンのようなものを利用してキャラクターを映し出し、立体的に見えるようにするのではないか? ということだった。だが、こうした事前に予想したものは、その後いい意味で次々と覆されていく。

定刻より5分ほど遅れてライブがスタート。そのオープニングでは、メインステージのカーテン部分にクジラが泳いでいるような映像が流れるなど、ファンタジックな世界が広がっていく。ここで最初に驚いたのは、このカーテン部分がせり上がっていったことであった。
するとステージの中央に如月千早が現れ、1曲目の「蒼い鳥」歌い始めたのである。驚いたのは、その圧倒的な「実在感」だ。透過スクリーンに映る映像という感覚は一瞬で消え去り、武道館の空気を震わせる歌声と、そこに佇む彼女のシルエットに視線が釘付けになる。
ここでも意外だったのは、オープニングにアップテンポのナンバーを持ってくるのではなく、バラードを選択したところであった。続く2曲目の「静かな夜に願いを…」もバラード調の静かなナンバーだが、これが程よく気持ちがよく、自然な形で彼女の作り出す世界観に引き込まれていった。
さらに特筆すべきは、彼女の「背中」だ。観客席から見ていると背中を向けている場面が多かったことも意外であった。先ほども述べたようにステージとしては北半分と南半分側に分かれているため、リアルな演者によるライブであるならば、そうしたことも普通にある。
だが、今回のライブではそれぞれの面に大きなスクリーンが設置されており、そちらにキャラクターが投影されていた。てっきりミラー(表裏同一)のようなスタイルでどちらからも同じように見えるものだと思っていたが、実際には座席位置に合わせて、アイドルの正面が見えたり背中が見えたりと、物理的にそこに「居る」時と同じ見え方になっていたのだ。実際に反対側で観覧していた人たちはどのように見えていたのかというのも気になるところである。
ちなみに、ライブそのものは同時に配信もされていたが、そちらの映像も会場に設置されていたモニターで見られるようになっていた。会場内で見る如月千早の映像は黒背景になっていたが、この配信ではまた少し違った見え方になっていたところも面白い部分であった。


最後は思わず感情移入してしまったソニーのロボットたち
情報としては事前に知っていたものの、実際に見るまでどんなものなのかまったくわからなかったのが、ソニーが演出面で協力した最新ロボット技術の『groovots(グルーボッツ)』である。てっきり人型のロボットが現れて、演出的にダンスを披露したりするのかな? と思っていたのだが、実際に登場したのは様々なカラーに光る四角い配膳ロボットのようなものであった。

初日のライブでは、12曲目の「隣に…」やアンコールの「約束」など計6曲で登場している。最初は8体だった『groovots』だが途中で12体まで増え、ステージ上をぐるぐると回りながらライティングの演出と一体化した表現が行われていた。面白いのは、単にいろいろな色が表示できるだけではなく、アニメーションも完全に同期した状態で表示されていたところだ。

ライブ中、その動きや台数を数えながら見ていたということもあり、最初はなんじゃこりゃ感はあったものの、徐々に『groovots』自体にも感情移入してしまった。千早の歌声に合わせて有機的に動き、時に彼女を照らすスポットライトとして、時にステージを彩るダンサーとして機能する彼らは、もはや機材ではなく「共演者」であった。
特にラストの曲では、花道に戻っていくときに1台だけ赤く光る『groovots』がステージ近くに残ってしまった。まさかの故障なのかと心配したのだが、あとからSNSをチェックしてみるとそれ自体がファンに向けた演出であったことがわかった。
そして終演後、エンドロールが流れたとき。様々な人達の名前が出るたびに会場内から歓声が沸き起こっていたのだが、なんとこの中に12体全てにナンバリングが付けられた『groovots』の名前もしっかりと刻まれていたのである。
そしてもうひとつ、今回のライブで最も想像を超えていたのも、この『groovots』を使用した演出であった。筆者の席は1階の南側最前列で、ちょうどステージまでは4~50メートルほど離れたような位置になる。
この距離感も演者をリアルに感じられる要素でもあったのだが、なんと、1度だけ如月千早が会場内に手を振りながら花道を歩いて行くシーンがあったのだ。そのときは全く何が起きているのか理解できず、てっきり魔法でも見せられているのかと思ったのだが……実は、こちらも『groovots』を使用した演出であることが後からわかった。
メインで登場した12体とは別に、この『groovots』には約2m×2mの大型モデルのロボットも用意されている。その上に映像を投影する透明スクリーンを載せて走行させることで、如月千早が花道を歩いていく演出を生み出していたのだ。

最新技術だけではなく従来までの職人技も融合!
ここまでは、主に今回のステージで使われてきた最新技術について触れてきた。しかし、それだけではなく、昔から引き継がれてきた職人技とも言える技術も、演出面で大きく貢献していたという印象だ。そのひとつが、様々な彩りを加えるライティングである。
ステージは中央に固定されているため、どうしてもそちらに集中するのだが、ライティングによってステージ全体が大きく広がっているように感じさせてくれる場面も多数あった。また、レーザーを使用してカーテンのように覆ったり、時には柔らかい光で包み込んでくれるような気分にさせてくれたりするような演出も盛り込まれていたのだ。
このように、最新技術と従来までの技術がしっかりと馴染む形になっており、視覚的な面でも大きく貢献していたのである。
もうひとつ、従来の技術を使った演出として炎が上がるシーンもあった。プロレスに使われていそうな炎がボッと吹き出してくるというものだが、「これはCGじゃねぇ」と思わせたのは、その炎が上がると共に熱までこちらまで伝わってきたからだ。ロックコンサートならいざ知らず、まさかこんな演出まで体験させてくれるのかと思わず感心させられた部分でもあった。
曲の合間も手を抜かない細かい演出に拍手
非常に細かい部分ではあるが、面白く感じられたのが曲と曲の合間である。ひとつの曲を歌い終わると一瞬キャラクターの映像自体もブラックアウトするのだが、次の曲が始まる前に薄らとした人影が見えるようになっていた。これは、細部に渡りしっかり力を入れて作りこまれているのがわかる部分でもある。
また、数曲歌い上げた後のMCも素晴らしかった。まさに今曲を歌い終わったばかりであるかのように、激しいパフォーマンスの後に胸を上下させるその仕草、一筋の汗すら感じさせるリアリティをもって、自分の想いを観客に伝えていたのである。これも演出のひとつといえばそれまでだが、そうした「生身の感覚」の積み重ねが、ライブとしての完成度を高めていた。
そして、やはり忘れてはいけないのが会場を埋め尽くしたファンたちだ。照明以外のカラフルな彩りは、会場内のファンひとりひとりが振っているペンライトの色である。終演後、エンドロールが流れ終わった後会場内からは「ありがとー!」といった感動の声も起きていたが、そちらも記憶に残るシーンであった。
全体を通して、ファンにとっては間違いなく満点のライブだったが、純粋に新しいエンターテイメントライブとしても非常に楽しく感じる内容であったことは間違いない。これをきっかけに、今後新しいスタイルで行われるライブも続々と増えていきそうだ。これは単なる技術展示ではなく、アイドルがそこに「居る」ことを証明した、ひとつの歴史的転換点だったのかもしれない。
©窪岡俊之 THE IDOLM@STER™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.











