『聖剣伝説』シリーズってすげえ……
さて、ここまで『聖剣伝説』シリーズの2作品のインプレッションをお届けしてきた。
一通りプレイしてみると、全く味わいが異なるふたつの作品だった。シリーズ作品であるということはあんまり意識しないでも、正直別のゲームとして楽しめる。
ただ、『聖剣伝説』らしさなんじゃないかみたいなものは感じることができた。それは何だろうか?
スターシステム的に同じ名前のキャラクターが多数登場するけど、そこではない。

『ToM』で黄金の街道のBGM「Swivel」を聴いた瞬間「聖剣伝説だ、これ!」という実感が急激に湧いてきたが、それも雰囲気的な話であってたぶん本質じゃない。

たぶん、どことなくリアルで、プレイヤーに過度な干渉をしない自由なゲームで、かつ爽快感がある。このあたりなんじゃないかという気がしている。
『聖剣伝説3 TRIALS of MANA』に関して言えば、結局個人的に一番よかったと思えるのはストーリーだったかもしれない。なんとなしに選んだ主人公のホークアイだが、彼を最初に選んで良かったと心底思っている。
別のキャラクターを選んでいたら、きっと別の感覚を抱いていたには違いないのだろうけど……。その点も含めて、体験の唯一無二さがある。

精霊、聖域、聖剣といった共通する要素はどちらにもあるが、その役割や成り立ちは同じではない。『LoM』では戦乱により既にマナが失われた世界でプレイヤーの分身である主人公が様々な出来事に巻き込まれてゆく。
一方、『ToM』ではマナの力を狙う勢力同士の争いと、戦乱に巻き込まれる人々の物語が描かれる。主人公はその戦乱に巻き込まれる側の1人なのだ。
どちらも望むと望まざるとにかかわらず歴史の転換点に巻き込まれてゆくという点は同じだったりする。これは他のシリーズ作品でもそうなのだろうか?
『LoM』にも残酷さはあるのだが、喪失に伴う物悲しさや、悲しみを経験した人間同士の価値観の違いなどが描かれることが多く、主人公がひどい目に遭わされることは基本的にはない。
『ToM』はもっと直接的だ。めちゃくちゃわかりやすいと言ってもいい。
『ToM』における戦乱はまさに物語が始まる瞬間に巻き起こる。多くのよこしまな者が暗躍した結果、本当に戦争が起こってしまう。本作もビジュアルはほんわかとしているが、それとは裏腹に、残酷な現実がドストレートに顔面にぶつけられる話だ。

しかし、テーマの描き方に関してもどちらも押しつけがない。悪は出てくる。一方で絶対的な正義を遂行しようとするわかりやすい「勇者」はいなかった。
個人的に好きな物語の類型ではあるのだが、そのうえで人間の成長がハッキリと描かれる『ToM』のストーリーはかなり刺さった。

もちろん、過去記事で紹介されていた「120通りの“絶望”から始まる」というのは、マジです。話は本当に重い。悪い奴はガチで悪い。そこまでするか? ってこっちが引くくらい悪い。
でも、筆者が最初に主人公として選んだホークアイは、めちゃくちゃひょうきんなヤツだった。重い過去を全く感じさせない明るさがある。
ストーリー自体は重いんだけど、全編通してどこか肩の力が抜けていてコミカルなところがある。ただ、これはホークアイというキャラクターがそうだというだけではないのだろう。


町の商人はなぜかみんな踊り続けていたり(これは驚くことに『LoM』でも同じなのだが)、精霊たちが妙にキャラが濃かったりと、そんなテンションで大丈夫なのか? と感じることもあった。
しかし、よくよく考えるといろんな人たちと出会い旅を重ねていくなかでずっとカリカリしていろというほうが無理がある。そういう冒険としての楽しさみたいなものも、特に3人の個性のあるキャラクターの旅路を描く『ToM』では感じることができた。
様々な苦難に立ち向かうこととなるが、誰もが前向きなのだ。
そのうえで、終盤の一幕で物語に対する印象が一気に変わる瞬間があった。
そこからは熱すぎたし、ちょっと泣いた。
最近「勇者」とは何かを問う物語が世間でも流行っている気がしているのだが、要はそういう話でもあった。個人的に『ToM』の見せてくれる勇者像はめちゃくちゃ好きなやつだった。みんなも好きであってほしいと思う。
世界は自分の見えないところでも動いている。自分が関わらなかった物語もある。誰かには誰かの事情がある。だから『ToM』ではたくさんの主人公から1人を選び取ることになる。もう一方では完全なプレイヤーの分身として世界に身を置いている。
「誰もが主人公である」というのはさんざん言い尽くされた話だろう。それは間違いない。ただ、物語のスポットが当たるかどうかで全然話が違うし、主人公として振る舞うかどうかも全ては自分次第だ。
今回のプレイの主人公は、間違いなくホークアイだった。
なんというか、生きることを励まされるような話だった。

ファンの方々には本当に今更だろうが、『聖剣伝説』ってすごいシリーズなんじゃないかと思っている。
結論として、人間くささとか、リアルな痛みを背伸びせず描いているところが両作に共通する魅力なのではないかと筆者は感じた。
それでいて説教臭さとかとは無縁で、ゲームとしても「こう遊べ」という押しつけがない。だから気づかないうちに没頭していたし、気づかないうちに感動していたのだ。たぶん。
この感覚が、両作には共通していると思う。
今、本当に遊びたいのはこういうゲームだったのかもしれない。
今回『聖剣伝説3 TRIALS of MANA』をプレイして、正直もっと早くプレイしておけばよかったという後悔がちょっとだけある。でも、今やってよかったとも思える。今の自分でこのタイミングだからこそ感じられた感動みたいなのがあるはずで、人によっても世代によっても感じ方が変わりそうな気がしている。
筆者のようにまだシリーズに触れたことがない人なら、この35周年のタイミングはかなりいい入口だと思う。『LoM』が好きなら、『ToM』もきっと楽しめる。『ToM』が好きなら、『LoM』の自由さと濃さにも驚けるはず。
1作だけやって留まっているのは、もったいなかった。
本稿で取り上げた『聖剣伝説 Legend of Mana』と『聖剣伝説3 TRIALS of MANA』だけを見ても周回要素にやり込みの余地があるわけで、1作でも時間がいくらあっても足りなさそうだが……。
とりあえずセールで買うだけ買ってみるでもいい。ふと気になったときにサクッと始められるような手軽さと遊びやすさはどちらにもある。
もう一度言わせてほしい。『聖剣伝説』シリーズを知らないなんて、本当にもったいない……。
皆さんもぜひ、マナの聖域に向かってもらいたい。


