マルチプレイゲームの運営開発会社は、日夜暴言を吐いたりチートを使うプレイヤーと戦い続けている。Valveの対戦FPS『Counter Strike: Global Offensive』(以下、CSGO)も、そんなゲームのひとつだ。
Valveのマルチプレイゲームを遊んだことがある方なら、同社の「VAC」(Valve-Anti-Cheat)と呼ばれるアンチチートプログラムをご存じかもしれない。2002年にリリースされた同プログラムは、2018年にわずか1週間で10万件ものアカウントの規約違反を見抜きBANしたこともある。
一方で、企業ではなくたったひとりで研究されているアンチチートプログラムも存在する。ギリシャ神話の「炉の女神」を意味し、家庭生活の守護神として崇められたヘスティアーの名前を持つ、「Hestianet」だ。
運営しているのは『CS:GO』のプレイヤーでもある10代のプログラマー「2eggs」氏。氏はかつて『CS:GO』の3つのセキュリティリスクを発見、合計1万1450ドルを稼いだホワイトハットハッカーでもある。『CS:GO』ではゲームで暴言を吐くプレイヤーをAIが検出し排除するAI「Minerva」が存在するが、氏はこのチームにも参加している。
アンチチートと表現したが、Hestianetはアンチチートプログラムとは少し違う振る舞いをする。正確に言えば、アンチチートプログラムがチートの疑いを持った行為に対して評決を下すプログラムだ。
『CS:GO』で検知されたチートの疑いのある行動は、「Overwatch」(ブリザードの同名FPSとは無関係)と呼ばれる審査員にリプレイデータが送られ、判定が正しいかどうかを評決する機能がある。HestianetはそのOverwatchの評決データを収集し、機械学習を用いて人間の手を借りずにチートの評決を下す。学習したHestianetは、人間と同様にリプレイファイルを確認し、チーターか否かを判定する。
Hestianetこれまでに収集したケースファイルから自己学習をし、1万7659件のケースをすでに評決。2000件がチートの疑いなし、残りの1万5356件をチートと診断した。提出したレポートの中からは、実際に1万5104件がBANされた。検出率は98%を超えている。また、「エイムアシスタンス」や「ビジュアルアシスタンス」(壁超しに敵が見えるウォールハックなどのことだろう)など、チートの内容も分類している。
https://twitter.com/2Eggsss/status/1199349452919558145
※2eggs氏の手によって公開されたHestianetのステータス画面。
2eggs氏は海外メディアThe Loadoutのインタビューに答え、自身の出自についても語っている。アンチチートに興味を持ったのは、2018年にゲーム開発者カンファレンス「GDC」(Game Developers Conference)で行われたValveのシニアソフトウェアエンジニアのジョン・マクドナルド氏の講演がきっかけだという。この講演は、ディープラーニングを用いた『CS:GO』のチート対策に関するものだ。
この講演を見た後、自分に何ができるかを2eggs氏は考え、そして作り上げたのが『CS:GO』というプレイヤーにとっての家を守る女神だった。
通常、『CS:GO』において人間がチートを判断するOverwatchは評決までに時間がかかるが、Hestianetはわずかな時間で判断を下すことができるが、最終的にBANの判断を下すのは人間だ。VACによるBANはかなり強力で、「永久的、かつ交渉不可能で、Steam サポートによって解除することはできません。」とサポートページでも断られている。それだけに今後もAIだけで判断を下すようになるとは考えにくい。
ただし、加熱するチートとの戦い対してひとつの強力な武器になることは間違いないだろう。Hestianetは、今日もイギリスのとある住宅の一室でチートの監視を続けている。
ライター/古嶋誉幸