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“圧倒的好評”の短編ホラーゲーム『Mouthwashing』はどうしてあんなに面白くなった?開発者が語る、自由度をかなぐり捨てた「物語中心」の制作過程を紹介

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『Mouthwashing』とは、船長の自爆未遂に巻き込まれて漂流する羽目になった宇宙船の船員たちが、救出確率0%の状況下で死を待つさまを描く、絶望をこれでもかと詰め込んだナラティブ・ホラーゲームである。

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(画像は『Mouthwashing』Steamストアページより)

本作は2024年9月27日に発売されてから3ヵ月しか経っていないにも関わらず、Stemレビューでは17000件以上のレビューのうち約97%が好評という「圧倒的好評」のステータスを獲得している。【※】

SNSでは国内外問わずファンによる作品が大量に投稿されており、Xでは1枚のファンアートが数千~数万のいいねを獲得することも珍しくない。

※記事投稿時点(2024年12月17日)

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会場で紹介されたファンアートの一部

YouTubeなどの動画配信サイトでは配信者やVtuberによる実況プレイが数多く配信されており、12月15日に発表されたホラーゲーム専門のアワード「The Horror Game Awards」では「最優秀ナラティブ賞」「プレイヤーズチョイス賞」の2冠を達成。とにかく、『Mouthwashing』は今めちゃくちゃアツいゲームなのだ。

では、そんな『Mouthwashing』がファンの心を掴んで離さない理由は何だろうか?

その理由が開発者の口から語られたのは、2024年11月15日に中国・上海で行われたゲーム開発者向け講演会「CiGADC」でのこと。『Mouthwashing』開発スタジオのWrong Organからはゲームプレイデザインとプログラミングを担当したJeffrey Tomec氏、パブリッシャーのCRITICAL REFLEXからはCEOのRita Lebedeva氏が登壇し、『Mouthwashing』の開発について講演を行った。

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この記事では、両氏から語られた『Mouthwashing』の開発の過程と、『Mouthwashing』を面白くするためにスタジオが作り出したゲームデザインの具体的な意図についてお伝えしていく。

取材・文/逆道

※この記事には『Mouthwashing』のゲーム内容、ストーリー、およびエンディングについてのネタバレが含まれます。


ホラーの物語を“面白く遊んでもらう”ためにはどうする?「物語中心」をとことん突き詰めた制作過程

軽くゲームの紹介をしておくと、『Mouthwashing』はローポリグラフィックで表現された1人称視点のホラーアドベンチャーゲームだ。

プレイにかかる時間は3~4時間程度、エンディングは1つだけで、プレイヤーが選べる選択肢はほぼゼロ。さらにキャラボイスはなく、マップは狭く、パズルやアクションは限られており、直接的なホラー描写も少ない。

「じゃあ何が面白いんだよ」と思ったかもしれないが、じつはその答えは記事冒頭の文で既に示されている。そう、「ナラティブ(物語)」だ。

Jeffrey氏によると、『Mouthwashing』のストーリーはゲーム開発初期の段階でほぼ確定していたとのこと。『Mouthwashing』はそのストーリーを描くために作られた「物語先行」かつ「物語中心」のゲームだったのだ。

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しかし、開発チームはとある理由から、ストーリーをそのままゲームにすることはできなかったという。その理由とは、「ホラー」や「閉鎖空間」、「陰鬱な雰囲気」といったものを題材にする作品には共通して発生しやすい問題だ。

すなわち、「序盤が面白くない」のである。

特に停滞した環境を舞台にした『Mouthwashing』では、ストーリーが激しく動く「面白い出来事」は時系列の終盤に集中して発生する。終盤の出来事でカタルシスを演出するためには序盤~中盤の停滞も必要ではあるのだが、「ゲーム」という媒体でそれを忠実に再現すると、終盤に到達する前にプレイヤーが退屈してしまうという問題があった。

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この問題を解決するために『Mouthwashing』が取った手法は、「ストーリーをシーンごとに分割し、バラバラに組み替える」というものだった。時系列の流れを無視し、起伏を重視してシーンを配置することで、最初から最後までプレイヤーが楽しめる物語を完成させたのだ。

時系列がバラバラな物語を組み立てるにあたって、開発チームはそれぞれのシーンから余分な「脂肪(fat)」を削ぎ落し、ストーリー的に重要な部分だけを残すことで可能な限りストーリーを分かりやすくしたという。

また、この作業は物語を通じて伝えたい部分を明確にし、そこに注力するのにも役立ったとのことだ。

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しかし、この「細切れシーン法」を実現するためにはまだいくつかの壁があった。

『Mouthwashing』のストーリーはそれほど長くないため、バランス良く物語の起伏を作るためにいくつかのシーンをキリの悪いところで中断しなければならないこと。そして、ゲームシステム的にはシーンの切り替えの度にロードを挟む必要があるということだ。

既にプレイした方なら、これらの問題の解決法に気付いたかもしれない。『Mouthwashing』はシーンの切り替えを意図的にバグっぽいホラー演出にすることで、「シーンが変わる」という出来事を演出の一部として取り入れたのだ。

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この演出はシステム的なロード画面を効果的に隠すことができるだけでなく、主人公の不安定な精神状況と時系列の混濁を結び付け、状況が“制御不能”であることを強調することに成功した。結果としてこの演出は、『Mouthwashing』の特徴的な雰囲気を構成する要素のひとつになったという。

避けられない死を待つ船員たちの混沌とした精神状況を反映し、一見とりとめもないサイコホラーのように見える『Mouthwashing』。

しかしその物語は、キャラボイスや美麗なグラフィックといった補助要素がなくとも、プレイヤーが最初から最後まで楽しむことができるように計算して作られていた。

自由度なんて必要ない!選択肢もエンド分岐もないゲームが高い没入感を実現し、「忘れられない体験」になるまで

最近のゲーム業界で人気な要素のひとつが「自由度」だ。物語をなぞるアドベンチャーゲームにおいても、分岐や差分、探索箇所やエンディングを増やすことでプレイヤーの「自由度」を再現した大作がいくつも人気を博している。

自由度の高いゲームの魅力は、他の誰でもない自分だけの体験を得られることだ。ゲームを遊んで抱いた感情に基づいてプレイヤー自身が考え、選択し、結果を突き付けられる過程こそが「忘れられない体験」となるのだ。

だが、『Mouthwashing』は「自由度」とは真逆の方向を行く作品だった。物語は完全に一本道であり、エンディングまで固定の流れをなぞるのみ。選択肢すら存在せず、探索できる場所も非常に限られている。

ゲームを一本道にするという方向性は、前節でお伝えした「細切れシーン法」を成立させるため、早い段階で決まっていたそうだ。そのため、大作アドベンチャーゲームのように重大な選択肢やエンディング分岐でプレイヤーの心に爪痕を残すことはできない。

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そこで開発チームが目を付けたのは、主人公とプレイヤーの「乖離」だった。

『Mouthwashing』は1人称視点で進むゲームのため、プレイヤーは最初、自分の感覚に従って主人公を動かしていく。プレイヤーは主人公として「行動」を代行し、キャラクターたちと会話し、アイテムを使い、目的を達成していく。

だがゲームを進めるにつれて、プレイヤーは徐々に主人公が自分の思っているような人物ではないと気が付くことになる。彼はプレイヤーに開示されない悩みや歪みを抱えており、プレイヤーの想像とは異なる理由で行動していたということが、ゲームを通じて明かされていく。

選択肢のないこのゲームにおいては、ゲームの進行方向を主人公が握っている。主人公のやりたい「行動」に従わなければ、プレイヤーはゲームを進められないからだ。つまり、プレイヤーと主人公の「乖離」が進むにつれ、プレイヤーは「行動」を人質に取られたような状況になってしまう。

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Jeffrey氏は、「プレイヤーの手で選択させること」が重要だと語った。押せるボタンが1つしかなくとも、それを自ら押すことでプレイヤーは“自分の体験”として経験することができるからだ。

たった1つしか選択肢がなかったとしても、それが選択として提示されているなら、プレイヤーはその選択の意味を考え、最終的には自らの手で選択し、結果を見届けるしかない。

やりたくなくても、まずいと分かっていても、やるしかない。なぜならプレイヤーは主人公を操作しているが、主人公自身ではないから。

他人である主人公の選択を“自分の体験”として経験する。そんな気持ちの悪い「不自由さ」を、開発チームは意図的に作り出した。これこそ、『Mouthwashing』が限られたリソースの中で作り上げた「忘れられない体験」の正体だったのだ。


講演終盤では、開発途中にカットされた要素の紹介も行われた。もしもリソースや開発期間に余裕があれば、宇宙船を修理するタスクやアイテムの選択による変化、資料の追加、アイテムを集めることで解放されるエンディングなどの仕組みを考えていたという。これらは開発の過程ですべてカットされたが、最終的に大きな影響にはならなかったそうだ。

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Jeffrey氏とRita氏は最後に、「ゲーム的な制限も、発想を変えればゲームの一部として活用できる」「『Mouthwashing』が、同じような小規模なナラティブゲームの発展に繋がることを期待している」と語り、講演を締めくくった。

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『Mouthwashing』は小規模で要素の限られたゲームであるが、決して手間のかかっていないゲームではない。むしろ、他の要素を意図的に排除したことで「物語中心」の作り方に注力することができ、純粋なナラティブを追い求めた作品が生まれたのだ。

そんな『Mouthwashing』はSteamにて1500円で配信されている。日本語にも完全対応しているため、まだプレイしていない人はぜひ己の手でこのゲームを味わってみてほしい。

ライター
なんでも遊ぶ雑食ゲーマー。『ドラゴンクエスト』シリーズで育ち、『The Stanley Parable』でインディーゲームに目覚めた。作った人のやりたいことが滲み出るゲームが好きです。

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