ついに現れるラスボス「カレルの最終報告書」。芝村仮説、対カレルシステムのカレル、幻の没企画
──こちらが最後の資料になります。「研究名・カレル 最終報告書」と書かれており、おそらくカレルシステム及びカレル2の開発に至るまでの過程が書かれた企画書だと思うのですが……実際のところ、どんな企画書なのでしょう?
芝村氏:
これはカレル1が作られた後に、社内向けに作ったカレル2の最終報告書です。簡単に言えば、「将来的にこういう技術が必要になると思うので、こんな感じの研究をしましたよ」という報告がまとめてある資料です。
本当にアルファの社内向けに作ったものなので、SCEにすら行っていない資料だと思います。完全な社内資料ですね。
──なるほど。まさに「ラスボス」という感じの情報量なのですが……まず1ページ目に書かれているAからHの「芝村仮説」がどういうことなのか、解説してもらうことはできますでしょうか?
芝村氏:
まぁ、そんなに難しいことではありません。まず当時の上司から「アルファ・システムという会社が、今後ゲーム業界でどう戦っていけばいいのかを研究しろ!」と言われて、ある研究を始めました。
アルファは中小企業なので、カレルシステムなどのAI研究には補助金が出ていたんです。県の補助金事業などにも当たっていたので、当時のそのための資料なども作りました。
そして、そんな補助金をもらって研究をする以上は、「どうせなら役に立つ研究がいい。数年で陳腐化しない研究がいい」と考えていました。つまり、「アルファ独自の技術的なアドバンテージを作ること」「そのアドバンテージを何年持たせるか」というふたつの目的が生まれました。
そのアドバンテージは大規模な会社が真似をしようとしても、すぐには真似できないような技術が望ましかったんです。そして、最終的に「カレルシステムをやってみればいいんじゃないか」という結論を報告したのが、この「研究名・カレル 最終報告書」という資料です。
──「カレルシステム」の研究を報告する資料だったのですね。
芝村氏:
ここまで話して、やっと「芝村仮説」の解説に入ります。まず、ゲームにはさまざまなジャンルがあります。その中で芝村仮説において「物語族」と呼称していたのが、RPG・SRPG・恋愛シミュレーションの3ジャンルです。
この3ジャンルは、「ゲームの物語を再生するための装置として、ゲームシステムを使っている」カテゴリーに分類できます。こんな風に、それぞれのゲームをシステムから考えて再度カテゴリーを分け直したのが芝村仮説における「〇〇族」の定義です。
そして、『ときめきメモリアル』のような恋愛シミュレーションをアルファ流で作ったとしても、結局そのジャンルはどんどん先細っていくと考えていました。だからこそ、それぞれのジャンルの根元を太くするために、オールジャンルで見直しをかけた上で大きな分野を作り、「どんなジャンルが必要で、どんなジャンルが不必要なのか」を分別したのが、「芝村仮説」ですね。
これらの仮説や実験を重ねた上で、ようやく「これはものになるだろう」という理論(カレルシステム)を手に入れられました。大規模な研究グループだったらこんなに自由にはやらせてくれなかったはずですし、アルファで研究できてよかったです。
ちなみに、「芝村仮説」があるくらいなので、おそらく「桝田仮説」【※18】もあるはずです(笑)。
※18「桝田省治氏」
アルファ・システムが開発した『天外魔境Ⅱ』『リンダキューブ』などのゲームデザインを担当した桝田省治氏。「桝田仮説」なるものが実際に存在していたかどうかは不明。
──すごく今さらな質問になってしまうのですが……そもそも「カレルシステムとは、要はなんなのか」ということを芝村さんから改めて解説してもらってもよいでしょうか?
芝村氏:
先ほども説明した部分ではありますが、まず「カレルシステム」は「群体型AI」の一種です。これを使い、ゲームシステムを構築するものです。基本的にはストーリーテリングをするためのシステムです。
そして、カレルシステムを何のために作ったかというと、「ゲーム開発の効率を良くする」ためです。人間で開発しようとするとすごく大変な作業であったとしても、AIに作らせることによって、より効率的に、より楽に思った通りのゲームを作ることができます。この「開発の効率を良くするためのシステム」こそが、カレルシステムの正しい定義です。
たとえば、シナリオライターの腕や好みによってシナリオの完成度にムラが出てしまうような部分でも、カレルシステムに放り込めばなんとなくゲームとして動かしてしまうのがひとつの強みです。
さらに、カレルシステムを使えばデータの取り捨てを最小限にすることができる上に、ゲーム全体のプレイ時間を延伸することもできます。しかも、カレルシステムの根本の部分はブラックボックス化できるので、ぶっちゃけカレルシステムのことを詳しく知らなくても、ゲームを作ることはできます。つまり、一番重要な部分はブラックボックスのまま作業できるんですね。この辺りがカレルシステムの強みです。
……というのは、ちょっと業界向けトークすぎますかね?(笑)
一同:
(笑)。
芝村氏:
すごく簡単に言えば、今で言うところのChatGPTのような、ある種のジェネレーティブ(生成型)AIだったり、ゲームエンジンのようなものですね。
──どうしてもひとつ聞きたいことがあって……この企画書内に「1番機『ガンパレ』続く、2番機『ワールドクライシス・オンパレード』3番機『超・撃・少・女・隊』」と、見たことのない名前のゲームが書かれているのですが、この2作は没企画になってしまったのでしょうか?
芝村氏:
どちらも没企画ですね。
ただ、タイトル名が変わって世に出たものもあります。『ワールドクライシス・オンパレード』は、後に『絢爛舞踏祭』というタイトルになって発売されました。
そんな『ワールドクライシス・オンパレード』が原型になった上でカレル3を搭載した『絢爛舞踏祭』は、「エキスパートAIを取り込んだ形で作ってみましょう」という発想から作られました。要は、病院での自動診断システムや、戦闘機の整備システムに使われている「エキスパートAI」をゲームに組み込んでみようと思ったんです。
さらにわかりやすく言えば、どこかで「Yes/Noを答えていくだけで、あなたにピッタリの何かをマッチングする」というアルゴリズムを見たことがあると思います。あれをプログラミングしたものが、「エキスパートAI」ですね。
そして『絢爛舞踏祭』はキャラクターとの会話にエキスパートAIを使用しており、会話のカードをどんどん積み重ねていくことでプレイヤーの思い通りの会話になったり、逆に会話がすぐ終了したりするようなゲームシステムを設計しています。なんかもう『絢爛舞踏祭』の頃は「AIで完全に会話を生成できるなら、イベントすら要らないのではないか?」とか考え出していましたね(笑)。
──この企画書内では、「カレルシステム」自体が「企画」と呼称されていることがあります。私はカレルシステムは「ゲームに搭載するAI技術を指している言葉」という認識だったのですが、一種の企画でもあったのでしょうか?
芝村氏:
当時は、カレルシステムをひとつのゲームだけで終わらせるつもりはなかったんです。要は、『ガンパレ』以外の他のゲームにも流用することを前提にして企画を作っていたんです。つまり、「カレルシステム」自体をひとつの技術として成立させることが私のミッションでもありました。
そして、将来的にカレルシステムを模倣した他のゲームが出てくるであろうことも予測した上で、「対カレルのカレルシステム」も作っているはずです。
──資料内の「カレル4 対カレルカレル。他社がカレルを開発した際のキラーカレル・カレル」という部分は、資料をいただいた時から気になっていました。この「カレル4」は、具体的にはどんなカレルなのでしょう?
芝村氏:
あぁ、これは『LOOP8』に搭載されているカレルです。
『LOOP8』はカレル4をベースに作っていますよ。
──えっ、ここで『LOOP8』に繋がってくるんですか!?
芝村氏:
簡単に言えば、「他社で似たり寄ったりの技術が開発された時、それでもカレルで勝負をして先行者利益を最大化するにはどうすればいいか」という研究から生み出されたのが、このカレル4です。
……ただ、実際のところカレル系のゲームを真似する人はほとんどいませんでした(笑)。
一同:
(笑)。
芝村氏:
当時は、「ゲーム開発においてAIは必ず使われるだろう」と考えていたんです。すぐに、カレルのようなAIを搭載したゲームが他社からも登場して我々が戦うことになるだろうと思っていたのですが……まさか人間がここまで人力で頑張るとは思いませんでした(笑)。
若干、早とちりでしたね。
──じゃあ、『LOOP8』で20年越しにカレル4が姿を見せることに……!?
芝村氏:
まぁ、カレル4は別のゲームでもちょいちょい姿を見せているので、「夢の技術の集大成としてカレル4が出てきた」というより、「アルファ以外の会社でゲームを作る時もカレルシステムを使うことができる、汎用性の高いカレル4」くらいに捉えていただくのが良いかと思います。
とはいえ、当時のアルファの技術なんて今のソフトウェア会社は軽く超えているはずです。そんな中でも「アルファ以外でもカレルシステムを搭載したゲームを作れますよ」ということを提示できるのがカレル4です。当初はキラーカレルとして作られたものが、今は他社に提供できるカレルになっています。
そして、カレル4はカレル1~カレル3より大幅に性能が向上しているので、さらに楽をしてゲームを作ることができます。『LOOP8』ではそれくらい楽になった分、イベント総数もかなり増えていますね。
──先ほど『ガンパレ』は1200個ほどイベントを作った……とおっしゃっていましたが、『LOOP8』にはどのくらいイベントが入っているのでしょう?
芝村氏:
『LOOP8』の登場人物は総勢13名なのですが、それくらいの規模であるにも関わらずイベント総数はおそらく1200個を越えているはずです。
──相当密度が高くなっているんですね。
芝村氏:
「密度を高くしすぎたかもしれない」と思うくらいには、密度が高くなっています(笑)。
逆に「こんなにイベントを用意してどうするんだ」と思うところはなきにしもあらずですが……まぁ、イベントも楽しんで作ることができましたね。
芝村氏:
先ほど『絢爛舞踏祭』にて「エキスパートAIを使うことによってイベントすら不要になる」ということを説明しましたが、逆にカレル4では「人間だからこそ作れる、人間の味をAIに残したい」と考えて、イベントシステムを復活させています。
これまでの経験から、「やはり作家性というものは重要なんじゃないか?」と考えたんですよね。人間味のあるシナリオを書けるシナリオライターがいた方が、やはり面白いゲームを作れるかもしれない。そんな「人間味」と「カレルシステム」が共存するように、カレル4を作りました。
ただ、結局『LOOP8』も私がシナリオを大量に書いたので、あんまり意味はなかったんですが……(笑)。
──先ほどの『絢爛舞踏祭』のお話を聞く限り、カレル3の辺りでは人間性や作家性をなくした上でゲームを作る意識が芝村さんの中にあったのではないかと感じたのですが、そこから『LOOP8』及びカレル4で「やはり作家性が重要」だと考えるように至った経緯などはあるのでしょうか?
芝村氏:
わかりやすく言えば、「技術」は真似ができてしまうんです。
逆に、人間の個性やその人が持つ作家性は中々真似できません。
たとえば、海外の会社がカレルシステムのような機能を搭載したゲームを本格的に開発した場合、日本の対抗手段はやはり「作家」の力だと考えました。その「日本のゲームの強みとしての個性」という考えから、カレル4にはある種の人間味を残しています。
どんなゲーム開発者でも、本当に「作れる人」は常に一手先二手先を読んだ上で、新たな技術を作っていると思います。そんな一手先二手先の「今は実現不可能だとしても、技術的発展により訪れる未来」を見越した上で、その未来への種を撒いておく一環として作られたのがカレル4だったりします。
だから、『LOOP8』にはカレル5やカレル6を使わずに、カレル4を搭載しています。
──えっ、カレル5とカレル6もあるんですか。現時点でカレルってどのくらいあるのでしょう?
芝村氏:
カレル6が一番新しいカレルですね。
ただ、今のところカレル6を搭載した製品は世に出ていません。
──カレル1~4までにも何かしらのコンセプトが存在していましたが、カレル5とカレル6はどういったコンセプトなのでしょう。
芝村氏:
カレル5はリスト型になっていて、膨大なコマンド数を処理することに長けているカレルだったりします。たとえば、1万種類のコマンドがある中で、そのコマンドを段々編集していき、人間らしい行動をするようなコマンドのリストにしてくれたりします。わかりやすく言えば、「ゲーム内で生活をしている内に、徐々に学習を重ねて、コマンド(行動)を最適化していく」ようなAIですね。
一方カレル6は、人間の身体性を重視したカレルです。例を挙げるとすれば、「心臓の動き」や「目の動き」といったような人間の身体性からパラメーターを採取し、その数値をキャラクターの動きやセリフに反映させるようなAIです。
ところが、このカレル6は間に作家を挟むことが難しくなってきます。本来『LOOP8』にはカレル6を搭載しようと考えていたのですが、マーベラスさんの方から「もっとシナリオに芝村さんの味や作家性が欲しい」という要望があり、「じゃあカレル6は無理だわ」と……(笑)。
『LOOP8』にカレル4が搭載されたのは、こんな経緯があったりします。
──ちなみに、『LOOP8』は全テキストの何割くらいを芝村さんが書かれているのでしょうか?
芝村氏:
6~7割くらいだと思います。
総テキスト量で言うと……『ガンパレ』の2倍くらいは書いたはずです。
『ガンパレ』のテキスト量を小説で換算するとすれば、大体小説1冊分くらいです。だから、『LOOP8』は小説2冊分くらいは書いたと思います。もしかしたら「カレルシステム」と言うと膨大なテキスト量を想像されるかもしれないんですが、実はそんなことはありません。カレルシステムが搭載された作品は、他のゲームよりテキスト量は少ない方なのではないでしょうか。
──小説が大体1冊につき10万~12万字だと言われているので、『ガンパレ』や『LOOP8』もそのくらいのテキスト量なのですね。
芝村氏:
『LOOP8』のテキスト量が多くなっているのは、マシンガントークをするキャラが多いせいなのもあります。「ベニ」というキャラクターがハチャメチャなマシンガントークを繰り出してくるので、その分だけテキスト量が増えています。
ベニは「ウザ可愛く作りたい」という思いから作り上げていったので、開発の終盤にも「ベニのイベントを新しく50個ぐらい作ったから入れてくれない?」と相談したりしていました。本当に最後の最後にお願いしたので、スタッフは嫌な顔をしていましたね……(笑)。
とはいえ、ベニも「友達として、こういう可愛い女の子がいたらいい」という思いにちゃんと応えられるようなキャラクターにはなっています。その思いに応えられるよう、頑張って書きましたね。
どうして芝村氏は「ゲームに人間社会を作ろう」と思ったのか。『ガンパレ』から『LOOP8』に受け継がれたもの
──それぞれの企画書を見ていて、芝村さんは「カレル2を使い、ゲームの中に人間の社会構造を作る」ということを念押ししているように感じました。
そして「電撃ガンパレード・マーチ」のインタビューで、「当時の企画会議で芝村が『人の魂をPSの上に出現させる』と言い出して、空気が凍り付いた」といったことが書かれていました。どうして芝村さんはゲームの中に人間の社会構造や、人間の魂を作ってみようと考えたのでしょう?
芝村氏:
それは「できる」と思ったからですよ!
まぁ、「人間の魂」というのは少し大げさな表現かもしれません。ただ、当時の企画会議で「そこらへんでタバコをふかしているような人間はどうせ深いことなんか考えていないのだから、PSの性能があれば十分再現できますよ」みたいな発言をしたら、会議が大荒れしたんです。
そこから「アリと比べて君たち人間はどれだけ上等なんだ」みたいなことを言い出して、さらに大揉めに発展した記憶があります。そこで当時のアルファの社長から「すいません。ウチの芝村、頭は良いけどバカなんです」という名言が出て……(笑)。
一同:
(笑)。
芝村氏:
これが「魂事件」の真相ですよ(笑)。
もう少しマイルドに表現すれば、「人の心の揺らぎが、ゲームで表現できたら良いよね」ということですね。カレル2ではこの「人の心の揺らぎ」を調整することにすごく苦労したのですが、カレル4には「ペルソナ」という機能が搭載されたことで、一瞬で調整できるようになりました。
カレル4の機能である「ペルソナ」は、「ひとりのキャラクターの仮面の違い」を再現する機能です。たとえば、ひとりの女性キャラクターを描くにしても、そのキャラの中には「母としての自分」「妹としての自分」「誰かの同級生としての自分」といった複数の仮面が存在しているはずですよね。人間は、場所や相手によってその仮面を付け替えることで生きていきます。
ですが、これまでのカレルでは「母として振る舞う時は、料理を作る」というコマンドを作れても、「同級生として振る舞う時に、料理を作る」コマンドを中々生成できませんでした。ペルソナの違いを、コマンドによって再現するのが難しかったんですね。
カレル4はその「それぞれの仮面(ペルソナ)」をコマンドの違いによって再現することができます。その場に応じて随時「コマンド=ペルソナ」を付け替えていくことで、NPCに場所や相手に応じた正しい動作をさせるようなシステムですね。
芝村氏:
この「人の心の揺らぎ」を『絢爛舞踏祭』や『エヴァ2』に搭載されていたカレル3でどう表現しようとしていたのかと言うと、「場所」によって決めていました。まず、正気の人間であれば決められた場所では決められたことしかしないんです。逆に、トイレで食事をするような人は相当追い詰められた人ですよね。
廊下で食事をしたり、廊下で腕立て伏せをするような人は、もうコンピューターゲームで言えば「バグ」なんです。そのバグを抜いていったら、それぞれの場面では決められたことしかできなくなります。廊下では歩くことしかできなくなったり、立ち話をすることしかできなくなったり……。
その「場所に応じた動きを繋ぎ合わせれば、なんとかAIとして動くんじゃないか」という考えから作られたのがカレル3です。
そして、カレル2は「このNPCの今の感情や欲望はこうなっています」という原始的な行動指針を用意しています。「このキャラクターは今何をしなければならないか」という戦略的な目標があり、その欲望や目標を叶えるためにNPCは最終的な行動を決定するようなシステムになっています。
──カレル4は「ペルソナ」などの新機能もありつつ、カレル2やカレル3の仕組みもある程度内包されている……ということでしょうか?
芝村氏:
もちろんです。
たとえば、「商店街に行って体力を回復させたい。だから飯屋に行こう」と考えた時に、NPCがその商店街に行くまでの経路探索の時間を考えた上で動いたりします。逆に、その状況に対して「自分の体力より優先するもの」が現れた場合は行動指針を変えたりもします。そのNPCの好きな人が歩いていたから、体力回復も忘れて話しかけてしまったり……(笑)。
そういったキャラの個性や閾値の違いを持たせたりもしているので、それぞれのNPCでいろいろなバリエーションを楽しめるんじゃないかと思います。その辺りは、『ガンパレ』よりもかなり進歩したところですね。
──そこの「カレル2の『ガンパレ』から、カレル4の『LOOP8』になってこんなことができるようになった」という進化の部分は、読者の方も期待している部分だと思います。もう少し具体的にお聞かせいただくことは可能でしょうか?
芝村氏:
正直、あまりにも毎日カレル4に接しすぎているせいで、具体的な「ここが進歩しました」という部分がパッと出てこないんですが……(笑)。
強いて挙げるとすれば……まず、『ガンパレ』のNPCは結構マイペースな動きをしていました。時間による補正も弱かったですし、そこまで高度に完成したNPCではありませんでした。ところがカレル4を搭載した『LOOP8』になると、「感情のレイヤーを複数重ねられる」ようになりました。
欲望は欲望。建前は建前。雰囲気は雰囲気……といったように、いくつかの感情や行動指針をレイヤーにわけて、そのレイヤーを勘案した上で動くようになっているので、「より人間臭いNPC」になっていると思います。
たとえば、『LOOP8』には「コノハ」という主人公と同居しているキャラクターがいます。コノハは主人公が自室でジーっとしていると、ちょこちょこ主人公の部屋に入ってきたりします。その動きをよく観察していると、「コノハは部屋の掃除に来たんだ」「コノハは様子を見に来たんだ」という、コノハ自身の考えが段々とわかるようになってきます。
芝村氏:
もうひとつ挙げるとすれば、『ガンパレ』の頃は「人が群れる」という表現があまりできなかったんですよね。カレル2の性能では、頑張っても「主人公の周りに人が集まってくる」といったような表現しかできませんでした。
カレル4を搭載した『LOOP8』では、その「人が群れている」という表現もかなり進化しましたね。たとえば商店街の飯屋にはNPCが集まっていたりしますし、そこに集まっているNPCを観察することで、それぞれのキャラクターがどんなことを考えているのかがわかったりします。
──確かに、『ガンパレ』だと3人会話が発生すると会話がうやむやになってましたよね。
芝村氏:
いや、実は『LOOP8』にも3人会話は入っているんです(笑)。
最初は入れる予定ではなかったのですが、開発チームからの「やっぱり3人会話は入れてほしい」という要望が多かったので、最終的には用意する形になりました。とはいえ、『ガンパレ』ほど3人会話にハズレ感を持たせたくはなかったので、『LOOP8』は3人会話でもしっかりとステータスの上昇などが発生します。
ChatGPTはゲームに組み込める?「技術者としての芝村氏」に聞く、未来のゲームの可能性
──少し『ガンパレ』や『LOOP8』の話からは逸れるというか……どちらかというと「カレルシステムの開発者」としての芝村さんに聞いてみたいことがあります。ここ最近、ChatGPTなどのAIなどが登場し、「AI」そのものがより身近になったように感じています。そこで、芝村さんの予想する「AIを使った未来のゲーム」についてお聞きしてみたいです。
芝村氏:
まず、ChatGPTのような大規模言語モデル【※19】をゲームに入れようとする試みは、かなりの確率で失敗すると思います。
※19「言語モデル」
人間の言語を単語の出現確率を用いてモデル化したもの。昨今ではネットワークを用いたニューラル言語モデルが主流となっており、「BERT」や「GPT」がその代表例。
──失敗してしまうのですか?
芝村氏:
なぜかというと、計算リソースを食いすぎるからですね。たとえば、ゲームの中でChatGPTと同様のシステムを動かそうとすれば、データセンターがいくつも必要になるような大きな計算負荷がかかります。そして、その計算負荷を補うだけのさまざまなリソースを普通のゲーム会社が払えるかと考えたら、ほとんど払えないと思います。
極端な話、ChatGPTからAPIを提供してもらったところで、そこからゲームとして動かすために必要であろうAIとのやり取りのコストや、そのための年間維持費を払えるようなゲーム会社は少ないはずです。
そもそも、現時点のChatGPTもプランによって回数制限がある中で、ゲームとしてまともに動くような大量のAIとのやり取りを発生させるとなると、ChatGPTと同じようにAIの使用に制限がかかってしまう可能性があります。そして、「そんなAIの都合で進行に制限がかかるようなゲームをプレイヤーは遊ぶか?」と考えると……現時点では厳しいのではないでしょうか。
大規模言語モデルの場合はそういったリソースの問題があるので、おそらく小規模から中規模くらいの言語モデルを作った上で、それをゲームに搭載するのが現実的だと思います。その小~中規模の言語モデルであれば、7億ほどの語彙数があれば多分実現可能です。
ただ、今はChatGPTやイラスト系の生成系AIが増えたことにより、AI業界全体に「グレートリセット」がかかったような状態です。だから、今こそAIの研究を始めてみてもいいと思います。
──「グレートリセットされた状態」というのは、どういった意味でしょう?
芝村氏:
世間的には「AI技術全体の進歩にリセットがかかったような状態」という意味ですね。ChatGPTなどの誰にでも使えるAIが普及したことにより、今なら誰でもAIの技術開発競争に追いつける状況です。
そして、ここから5年くらい先になると、もうAIの技術開発競争に普通の会社は追いつけなくなると思います。日本がお金をかけてAIを研究し、世界のAI技術開発競争に追いつける最後のチャンスは、今くらいかもしれません。
そして、AIを使った仕事のやり方や付き合い方が変わる「潮目」が今来ています。多くの人がChatGPTに触れ始めてからまだ1年も経っていませんが、逆に言えば「まだ1年も経っていない」ということです。つまり、AIの技術開発においては全員まだ同じスタートラインに立っているんです。
「俺にはAIとか関係ねえや」と考える人もいるかもしれませんが、AI技術そのものに投資をしたり、ChatGPTのような大規模言語モデルや生成系AIとの付き合い方を考えるのは、今が最も適した時期だと思います。
芝村氏:
現時点からもう少しシステムが複雑化すると、もうAIの進化に付いていけない人たちが大量に出てくると思います。そうなると、「AIを使えないことによる格差」が出始めます。だからこそ、「最もAIの技術開発が進んでいる人と一般の人の間に、そこまで格差がない」ような今の時代は面白いと思います。本来であれば何百万点も差がついているようなゲームに、今なら簡単に追いつけるかもしれません。
そして、言語モデルを使った生成系AIは難しいかもしれませんが、それ以外の「AIを使ったゲーム」はたくさん出てくるんじゃないかと思います。今から「ゲームに使うAI」の技術開発を進めるのであれば、やはりキャラクターAIなどの「ひとつのPCやゲーム機のスペックで簡単に動き、中々良い動きを見せてくれるくらいのモデル」が魅力的ですし、短期的な市場価値はあると思います。
最初にも話したことですが、やはり生成系AIをコンシューマーゲームに導入するのは、著作権などのさまざまなリスクも含めて中々難しいです。大手の会社は、まず「許されないデータが出力される」リスクを負えません。ですが、インディーゲームなどのリスクが大きくなりすぎない個人製作のゲームにおいて、生成系AIは花開く可能性がありますね。
そういった「ゲームにおけるAIの発展」は個人的にも楽しみにしている部分です。本来はひとり遊びであるゲームの中で、「コンピューターが相手をしてくれる」のはとても幸せなことです。「もっとゲーム開発でAIの利用者が増えてくれると嬉しいな……」とは、いち技術者として思っていますね(笑)。
今後の発展としては、やはりAIであるにも関わらずキャラクターの存在を感じさせたり、キャラクターの動きや考えが透けて見えるような「登場人物としてのキャラクターAI」が進歩してくれると多くの人が喜ぶんじゃないかと思います。これは、ゲームにおける「MMO問題」を解決する唯一の方法です。
──その「MMO問題」って……なんでしょう?
芝村氏:
「MMORPG」というゲームジャンルがあると思うのですが、その「MMORPG」はひとつの問題を抱えています。たとえば、「お前は世界を救う英雄だ!」と言われて意気揚々とMMORPGを始めると……そのゲームの中には、自分と同じ世界を救う英雄ばかりいます。自分が主人公になりたいのに、放り込まれた世界は自分が主人公じゃない。これが「MMO問題」です。
……なんかそうじゃないんですよね!!(笑)
主人公(プレイヤー)がたくさんいるMMORPGにおいて、「俺は主人公になりたいんだ!その世界の普通の人になりたいんじゃない!」と思うのは、当然のことです。この問題を根本的に解決するためには、やはりひとり遊びで楽しいものを作るしかありません。
ただ、そのひとり遊びの中でも、誰かには驚いてほしいんです。ゲームの中に「お前の強さってチートじゃん!」と褒めてくれるような人がいたとしたら、そのNPCは人間臭ければ人間臭いほど良いですよね。
そういった意味で、「本当にその世界の中で、自分が主人公のゲームを作る」と考えた時には、AIに頼らざるを得ないと思います。
だからこそ、ゲームにおけるAIの発展はそういう方向性に進んでいってほしいですし、私もそんな「キャラクターの人間臭さ」を感じられるようなゲームを作りたいと考えています。
──「ゲームの発展」に合わせてお聞きしたいのですが、個人的に今は『ガンパレ』の影響を受けた上で制作された作品も多いと感じています。
特に『十三機兵防衛圏』などはその影響が色濃く出ているタイトルだと思うのですが……芝村さんは「ガンパレが後世に与えた影響」をどのように捉えていますか?
芝村氏:
やはり、別の作品に触れた上で「自分ならこうする」と考えるのは作品作りの基本だと思います。同じく『ガンパレ』もいろいろな作品の影響を受けた上で作られているわけですし、何かしらの影響を受けた上で作品が作られるのは普通なことですよね。
『ガンパレ』に影響を受けてくれる人がいたのであれば嬉しいですし、『ガンパレ』が後世の作品に何かしらの影響を与えられるような作品になっていたのであれば、さらに嬉しいです。
ただ、「俺は後世に影響を与えてやったぞ!」と調子に乗っているようなゲームクリエイターは、あまりよろしくないんじゃないかと思います……(笑)。
一同:
(笑)。
芝村氏:
ですが、いちゲーマーとしては「私も面白いゲームを作ったから、君たちも面白いゲームを次々と作って遊ばせてくれたまえ」と思ったりもします。やはりそうでなくては、人生は面白くありません。新しい面白さを持った作品が出てきてくれると嬉しいですね。
──いやぁ、本日は長い時間ありがとうございました。『LOOP8』も含めて、より「新しいゲーム」が生まれる未来が楽しみになりました。(了)
……すごい記事ですねこれ!?
この手のインタビューの最後に書かれている「あとがき」的なものは、程よくいい感じに記事の内容を振り返るのがベストだそうなんですが……正直全部の内容がすごすぎてどう振り返ればいいのかわかりません! 20年越しの、「『ガンパレ』の解答用紙」がここにある!
これはある意味、『ガンパレ』の仕組みがオープンソースになってしまった記事とも言えるかもしれません。カレルシステム、独自のシナリオ設計、世界記述……なぜ『ガンパレ』が『ガンパレ』として完成することができたのかが、ここに書かれている。
これだけの発明とアイデアが載せられているこの記事が、もし今後のゲーム業界に新たな息吹を吹き込める存在になれるのであれば、これ以上の喜びはありません。
私の中で特に印象に残っている芝村氏の言葉が、「本来はひとり遊びであるゲームの中で、“コンピューターが相手をしてくれる”のはとても幸せなこと」です。これはものすごくシンプルで普通の言葉に聞こえるかもしれませんが、私にとっては、この言葉にゲームと『ガンパレ』の真理があるかのように思えるのです。
そもそも、「ゲームを遊んでいて、孤独を感じたこと」があるでしょうか? 私はそんなにありません。ゲームの中にはNPCがいる。ひとりで遊ぶものであったとしても、その世界の中にいる人間を愛し、友達になることできる。それが「ゲーム」の面白さであり、『ガンパレ』の楽しさの真髄でもあるはずです。
何もない数列の世界の中に、愛を作ることができる。それが、ゲームの良さです。そんなゲームが、私は好きです。だから私は、『ガンパレ』が好きです。
最新作の『LOOP8』も、そんなゲームになっていたら、私は嬉しいです。芝村氏曰く「より人間味が増した」らしい『LOOP8』の愛すべき人間たちと出会うのが、私は楽しみです。カレル4、期待してええんやな?
これからも、そんな「幸せなこと」を追求したゲームが、生まれますように。
そんな世界の選択が、待ち受けていますように!