子どもたちの夏休みも明けた9月1日、新婚旅行先のメッカとして知られる静岡の温泉地・熱海は熱気に包まれていた。それもそのはず、「TRPG フェスティバル」の幕が開けたからだ。
TRPGのプレイには、ゲームマスターと複数人のプレイヤー、プレイする場所、そして長い時間などが必要になる。今回開催された「TRPG フェスティバル」は、そんなTRPGに必要な要素を全て提供してくれる夢のようなイベントなのだ。
今回、そんなイベントを取材することになったのだが――いざ会場に到着してみると、会場にはファンタジー風の衣装に身を包んだ冒険者たちが徘徊。
いきなり演劇がスタートしたと思ったら、その周辺でTRPGの体験卓が次々と作られたり、プレイに10時間以上かかるボードゲーム『メガシヴィライゼーション』が遊ばれ始めたりと、想定していたフェスティバル像よりも数倍ヤバい空間が広がっていた。
そもそも、参加者に配布されたガイドブック「冒険の書」が98Pの時点である程度察してはいたのだが……このイベントはTRPGファン600人が集まり、貸切のホテルに2泊3日し、朝から夜まで――いや、朝から朝まで、とにかくTRPGを始めとしたアナログゲームを遊びまくるというカオスなイベントだったのだ。
ちなみにスケジュールを確認すると、早朝から始まるイベントもあれば、深夜24時過ぎに始まるセッションもあるなど、貸切ならではの時間割に。
セッションは30分と短いものもあれば、5時間にわたって行われるものなど様々で、この限られた時間楽しみ尽くそうという熱意が伝わってくるようだった。
ではその全貌を紐解いていこう。
泊まりだからこそできる、ここならではの『WAR→P!』体験
先ほど「いきなり演劇がスタートした」とお伝えしたが、2泊3日かつホテル貸きりという要素を活かした大規模な体験型イベントが開催されていた。
それこそが、オラクルナイツ【※】主催の『WAR→P!』である。このイベントは“新感覚の体験型アトラクション公演”と題されており、俳優が演じるNPCと参加者が役割を演じながら、一緒に物語を紡いでいくというものだ。
※オラクルナイツ
2016年に設立された、『人狼 ザ・ライブプレイングシアター』や『WAR→P!』などのライブ・エンターテインメントや体験型アトラクションを手がける株式会社。
「TRPG フェスティバル」の開幕式直後にオープニングステージが上演され、参加者は時空を管理する架空の組織「時空管理局G.A.T.E.」の新米エージェントとして、剣と魔法の世界「グランフィールド」で発生した異常事態を解決するための任務が与えられる。
その異常事態というのは、「本来と異なる歴史が正史になり、このままではいずれ他の世界にも影響を及ぼしてしまう」というもので、まずシミュレーターによる3回の調査を行い、異世界であるグランフィールドに跳躍することになった、という設定のもの。
ゲームは3日間にわたって第1タームから第4タームまであり、現実世界の時間と共に進行。第4タームが終了するまでに、目的を達成しなければならない。なお、プレイヤーの行動が次のタームに反映されるようになっており、そのタームが終わるごとに上演されるエンディングで状況の変化が知らされていた。
取材という事もあり途中参加となった我々は、なんと動物としてプレイングすることになってしまった。これだけいうと何のことだと思われてしまうので、そのシステムを説明したい。
基本的にこのゲームは、ホテルのあちこちにいるNPC(キャスト)に話をかけることでクエストをクリアしたりヒントがもらえる。そして、そのキャストたちは「時空管理局G.A.T.E.」のメンバー(以下、エージェント)とグランフィールドの世界に住む人物、二つの役柄を演じていた。
筆者はどうやら異世界に適応できていないようで、グランフィールドでのNPCたちからは動物に見えるらしい。
あらゆるNPCに「わんわん」と声をかけ、その状態をなんとかクリア。犬扱いに心がくじけそうになりながらも、「可愛い犬!」、「さっさといきなさい」とそれぞれのキャラクターの一面が見える対応に、感服せざるをえない。キャストたちの演技により世界に入り込むことができ、プレイヤーとしてのロールプレイも捗る事だろう。
筆者は時間の都合上途中で抜けてしまったが、歩いている途中や帰りのバスで『WAR→P!』のキャラクターたちや物語のことを語っている参加者を見かけた。この3日間の体験は、それほど彼らの心に残ったのだろう。プレイヤーたちの行動によって導かれた物語の詳細は公式サイトでも知る事ができる。
なりきるだけじゃない、知識も問われるライブRPG
「TRPG フェスティバル」が面白いのは、『WAR→P!』以外にも複数の体験型ゲームが同時並行で行われていることだ。
『モンスターメーカー』【※1】の生みの親である鈴木銀一郎氏【※2】が監修している『モンスターメーカーライブRPG』もそのうちの一つ。
定員はなんと100名で、会場には事前予約や整理券を手に入れた参加者が集まり、チームに分けられた。
※1 モンスターメーカー
1988年発売のカードゲーム。個性的なキャラクターが人気を集め、日本におけるイラスト入りカードゲームの先駆けとなった。ゲームの世界観から派生した小説やマンガも生まれた。
※2 鈴木銀一郎氏
1934年生まれのゲームデザイナー、作家。日本のカードゲームブームの火付け役となった「モンスターメーカー」シリーズ(1988年~)のデザイナーとして知られるほか、数多くのボードゲームやTPRGの制作を手がける。
まず参加者は戦士、魔法使い、盗賊、貴族から好きな職業を選び、キャラクターシート【※】に名前を記入。勇者として各地の異変を鎮め、世界に訪れる厄災を退けるための旅に出る。キャラクターシートシートには4つのクエストが書かれていて、どう乗り越えるかをその職業ならではのやり方で考えてゲームマスターにロールプレイをする。この繰り返しだ。
※キャラクターシート
TRPGで使用するプレイヤーキャラクターの情報を書いたもの。肉体的、精神的なものから特殊技能などのパラメーターがあり、作品専用のものもある。
キャラクターシートにはその職業で可能なことが書かれているが、前提として「すでに最強である」とのことだった。要するに、自分の職業の特性を生かしいかにゲームマスターを言いくるめられるかが問われているのだ。
筆者は分かりやすく戦士にしようと思ったが、好奇心から盗賊を選択。そして魔法使いと盗賊という普通だったら組まないであろうタッグで冒険に出ることになった。まずプレイヤーは職業を決めてキャラクターシートに名前を書き、配布された用紙に書かれた場所へ向かうのだが、盗賊を選んだことをすぐに後悔することになる。最強とは言え、「盗賊って何ができるんだ…?」と困ってしまった。
ゲームの世界ではお馴染みの職業だが、「盗む」という行動以外イメージがしにくい。しかし相方の魔法使いが機転を利かせてくれたおかげで、クエストをスムーズに進めることができた。
クエストは「とある人物から情報を聞き出せ」、「道にはデュラハンの騎士がいる、動きを止めろ」、「暗闇の中、吸血鬼が襲い掛かってきた」など。
これに対して
「相手を魅了する魔法をかけて話を聞く」
「鎧の重量を増幅させる魔法をかけて床にはりつかせる」
「音波で相手を探っているので、音を消す魔法をかけて攻撃」
とロールプレイをする。正直魔法があれば何でもできる、魔法最強と心底思った。
面白いのは、職業はもちろん、吸血鬼やゴブリン、エルフなどのファンタジー世界の知識が役に立つということだ。なかなかロールプレイが進まず悩んだりしているグループも見かけたが、コツを掴んでくると面白くなっていく。
そうしてファンタジー脳をフル稼働させ、各クエスト場所の1階から3階までを往復。全員が再集合するとそれぞれのグループを大きく四つに分け、最後のクエストへ。
最後のクエストではいわゆる中ボスが複数登場し、それをチーム戦でやっつけるというものだった。倒し方はこれまでのクエストと同じくロールプレイ。そして「戦死してもオッケーです」というゲームマスターの声に、名誉の戦死希望者が続出。
しかも戦死した人は幽体で登場しアドバイス可ということで、非常にカオスな展開になった。
何を言ってるのか分からねーと思うが、ありのまま起こったことを話すと……盗賊だった筆者は仲間の魔法使いによってドラゴンに変身し中ボスを倒していた。
そんなこんなで死人は出たけど無事ラスボスを倒し、100人近くが参加したライブRPGは、大団円のエンディングを迎えるのだった……。
あの『ソード・ワールド2.0』がLARP化
そして体験型ゲームとして忘れてはいけないのがLARPである。「TRPG フェスティバル」ではシークレットイベントとして、TRPG『ソード・ワールド2.0』【※】を題材としたLARPの体験会が体験型LARP普及団体「CLOSS」主催で開催された。本作のLARP化は2017年8月に発表されたばかりだが、体験会は今回が初となる。
※ソード・ワールド2.0
2008年にグループSNEから発売された、異世界を舞台にしたファンタジーRPG。日本でも有数のTRPG作品である『ソード・ワールドRPG』の最新版。
電ファミがこれまでレポートしてきたLARPはいずれも現代が舞台だったが、今回のLARPはファンタジー。メインデザイナーであるベーテ・有理・
現実世界でクトゥルフ邪神の降臨を目指す!? 脱出ゲームでチャンバラでTRPG…リアルゲームLARPを初心者にもわかるように解説【LARPイベント体験レポ】
※ベーテ・有理・黒崎氏
グループSNEのゲームクリエイターであるベーテ・有理・黒崎氏。TRPG関係の執筆やゲーム開発、翻訳者として活動している。一部ユーザーからはリアルドワーフとして知られている。
本作で特に注目したいのが戦闘システムだ。以前電ファミでもレポートした『月夜見館のスケルツォ』の戦闘はリアルタイムにチャンバラが行われたが、今回はターン制で進行し、敵も味方も担当するキャラクターを演じながら、中の人が各々の判断で攻撃を行う。
分かりやすく言えば、『勇者ヨシヒコ』【※】ごっこだろうか。
※勇者ヨシヒコ
人気テレビドラマのシリーズの名称。山田孝之を主演に、どこか見覚えのある世界観とシュールな内容が高い評価を受けている。初作は2011年に放送された。
ゴブリンA:
親分!あいつやっちまおうぜ!
親分:
いや待て、先にあのプリーストだ。
ファイター:
危ない!(プリーストにスキル「かばう」を発動)
プリースト:
あ、ありがとうございます!
ソーサラー:
魔法で焼いてやる!(グリモワール的なメモに書かれた呪文を読み始める)
ゴブリンA:
おや……ぶん…バタ(力尽きる)
親分:
くっ! だが、やつはゴブリンの中でも最弱!!
というやり取りが、台本なしで展開されるのだ。
また、盾を装備した敵を近接攻撃する場合には命中判定があり、攻守共に目をつぶって上段・中段・下段から一か所を選択。例えば攻撃側が上段、防御側が下段だった場合、攻撃が成功。逆に攻撃側も防御側も上段を選択した場合、攻撃は盾で防がれたという判定になる。
これまで商業で展開されてきたLARPは謎を解く脱出ゲーム系のシステムが多かったが、いよいよRPGらしいシステムがやってきた。『ソード・ワールド2.0 LARP』は2018年にルールセットがリリース予定で、これがあれば誰でも体験することができるようになるぞ。
フリープレイエリアは24時間営業
さて、体験型ゲームばかり紹介してきたが、もちろんTRPGの体験卓も多く用意されていた。
今回は大きく分けて、出版社やデザイナーがGMを務める公式セッションと、ユーザーが体験卓を開くユーザーセッションの2種類があり、後者はきらびやかな宴会場が会場に。
なんと24時間ずっと卓を囲めるという、プレイヤーにとっての桃源郷なのだ。近くには簡易掲示板があり、卓の募集が書かれていた。
メンバー募集をするには、受付で紙に必要事項を書き、壁に貼る。そして参加者は募集用紙についているチケットをもぎり、集合時間に卓に集まったメンバーでゲームを楽しむという、まるでRPGのギルドのようなシステムだ。
持ち込み可能なゲームに制限はなく、普通のTRPGもあれば『クトゥルフ』、ホラー系、他にはボードゲームなどもあった。時間を見てみると、深夜0時半や朝8時半開始などなど……。そんなに朝早くから卓を囲むなんて、TRPGプレイヤーの朝は早すぎる。
このフリープレイエリアは、隣が物販会場、近くには運営の受付もあるので常に絶えず人で賑わっていた。深夜2時にも取材に行ったが、誰もが和気あいあいと笑いながら楽しくゲームをしていた。とても2時とは思えない、なんとも羨ましすぎる光景である。
宿泊ならではの楽しみ
旅行の楽しみと言えばやはり食事である。
ホテル大野屋では朝食と夕食がバイキング形式で提供されている。夜は刺身や寿司などの新鮮な海の幸からカルビ焼き、パスタ、そしてメロンなどのフルーツも並べられていた。
皿が九つにしきられているデザインだったので、埋めずにはいられない……どことなくゲーム性を感じた。
しかし、「TRPG フェスティバル」で楽しめる食事は、ホテルのバイキングだけではない。なんと「ファンタジー料理」も楽しめるのだ。
ファンタジー料理の会場では「水晶竜の振る舞い料理」、「ペンギーノ・キッチン」、「皇帝鳥組合・スペシャルランチ」、「集いし、冒険者。~よくあるアレなビュッフェ~」が時間に区切られて提供された。
料理は完売するほど盛況で、マントやローブなど、まさに冒険者になりきって訪れている人を多く見かけた。
また夜になると、また別の楽しみがある。会場となったホテル大野屋にある「セブンスポット」というカラオケ会場が、17時になると「冒険者の酒場 ゲームバーグリュック」に変身。昭和の雰囲気漂う店内に、冒険者たちの憩いの場が現れた。
今回のイベントは飲酒が可能(飲酒を行った場合はゲームへの参加は不可)になったこともあり、「エリクサー」や「ブラックドラゴンの涙」、「エルフの舞」などファンタジーなお酒を飲むこともできる。
支払いはもちろんゴールド。2D6【※】を振り、出たダイスの目に応じたカクテルが作られる「マスター、ダイスロールだ」というユニークなメニューもあった。
※2D6
6面ダイスを2個振って出た合計値のこと。
そして2日目には「酒場でベーテと腕相撲」を開催。リアルドワーフで知られるベーテ氏と腕相撲風の写真が撮れるといったイベントも。
もちろん実際に腕相撲をすることも可能で、白熱した戦いが繰り広げられていた。そしてベーテ氏に勝利する人も現れ、大いに盛り上がっていた。
お酒前述の「グリュック」だけでなく、「赤竜亭」というゲームスペースでも楽しめた。元は麻雀部屋ということもあり、「酒場」とはまた別の大人の雰囲気が漂っていた。
ここでは『クトゥルフ・ウォーズ』【※1】や『パスファインダーアドベンチャーカードゲーム』【※2】などのボードゲームを体験する事ができる。ゲームは有料で、お酒やお菓子も販売。
※1 クトゥルフ・ウォーズ
『クトゥルフ神話RPG』を手がけたサンディ・ピーターセンがデザインしたボードゲーム。2017年には完全日本語版が、アークライトゲームズから発売されている。各プレイヤーが邪神の勢力となり、世界の終焉を目指す戦略ゲーム。
※2 パスファインダーアドベンチャーカードゲーム
Paizoから発売しているデッキ構築カードゲーム。7人の中から1人のキャラクターを選択し、周りのプレイヤーと協力しながらシナリオを進める。
そして何と言ってもお風呂。ホテルの部屋にはシャワーもついていたが、大野屋には家族風呂や露天風呂、そして『おもひでぽろぽろ』でも登場したローマ風呂がある。
このローマ風呂では、2日目に男性限定の「お風呂DEトークショー」も開催された。なぜお風呂でトークショーなのか――それは、女性陣から「男性陣の臭いが……」と苦情があるからだそうだ。男性陣よ、風呂には入ろう。
「TRPG フェスティバル」を終えて
人々が思い思いの仮装をし、24時間どこかしらで遊んでいる。きっとその時間、そんな場所は地球上でここだけだったのではないだろうか。そう思うほどに、この3日間、ホテル大野屋は現実から離れた異世界となっていた。
画面に向かって遊ぶゲームも、スマートフォンで遊ぶアプリももちろん楽しい。でも、誰かがそばにいるだけでまた違った楽しみがある。「TRPG フェスティバル」はそんな気持ちを改めて思い返させてくれるものだった。
そして何より、ここにいる全員が主人公なんだと当たり前のことを改めて認識させてくれた。だからこそこんなにも人が集まるのだろう。
閉会式では2018年にも開催予定ということが発表されたが、まだ詳細は明かされていない。
一体次はどんな冒険を、どんな夢を見させてくれるのか? 引き続き楽しみに待ちつつ、LARPやTRPGの広がりにも注目していきたい。
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一説によると「『クトゥルフ神話TRPG』は女性プレイヤーが多い」らしい……ほんとなの? ということで、「TRPG フェスティバル」の会場で女性プレイヤー9名に突撃インタビューを敢行しました。