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「ゲーム」の歴史を変えた「漫画」──『ベルセルク』が与えた「剣の衝撃」とは何だったのか【追悼・三浦建太郎】

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 2021年5月6日、漫画家の三浦建太郎氏急性大動脈乖離のため亡くなった。

漫画『ベルセルク』の三浦建太郎先生が急性大動脈解離で死去。享年54歳

 『FF7』、『モンハン』、そして『ダークソウル』、これらはいずれも世界的な大ヒットタイトルであり、現在においてもその存在感は衰える気配はない人気シリーズでもある。つまり、『ベルセルク』がもし存在しなければ、現在のゲームの世界は大きく違ったものになっていたかもしれないのだ。
 『ベルセルク』、そして「ドラゴンころし」の登場は漫画シーン以上にゲームシーンに与えた影響が大きいと言ってしまっても過言ではないだろう。

 なぜ、『ベルセルク』の「ドラゴンころし」はここまで大きな影響をゲームに与えることが出来たのだろうか。改めて振り返ってみよう。

文/hamatsu


「対モンスター用兵器」としての「ドラゴンころし」

 当たり前すぎる話だが、この世に存在するほとんどの剣や刀は「対人用」の兵器である。斬馬刀といった、人間より大きな生き物用の武器もあるにはあるとはいえ、基本的には、「剣」とは人を切るための道具である。

 『ベルセルク』の最大の画期性とは、中世ファンタジー世界におけるもっともスタンダードな武器である「剣」を「対モンスター用兵器」として再構築し、それを極めて具体的にビジュアル化したという点にある。
 ドラゴンを筆頭とする人間よりも巨大かつ強靭なモンスターに、超常的な魔法のような力ではなくいわゆる「物理で殴る」形で戦うための剣、それが「ドラゴンころし」なのだ。

『ベルセルク』が与えた「剣の衝撃」とは何だったのか【追悼・三浦建太郎】_002
(画像はベルセルク (30) (ヤングアニマルコミックス) | 三浦 建太郎 |本 | 通販 | Amazonより)

 人間よりも遥かに巨大なモンスターに対して、常軌を逸して強いとはいえ、あくまでも一人の人間に過ぎない主人公ガッツが、たった一振りの「剣」でもって立ち向かい、そして勝つ。
 荒唐無稽としか言いようのない、一歩間違えればギャグにもなりかねない(例えば『CITY HUNTER』の香の巨大ハンマーのような)、文字通り絵空事のような出来事を描いている関わらず、見るもの全てを無理やり捩じ伏せてしまう強引な説得力に満ちた「答え」の提示。

 それは、ゲームハードのスペック向上に伴い、ゲームの表現力が飛躍的に高まりつつあったタイミング、ゲーム空間が2Dから3Dに移行したことで、これまでよりも容易に「巨大な」存在を描くことが可能になったゲーム業界において、最も必要とされていた「答え」でもあった。

 だから、数多くのクリエイターがそのジャンルを超えて『ベルセルク』の提示する「答え」に飛びついたし、数多くのゲームが『ベルセルク』の「剣」のイメージに強い影響を受けたのである。それほどまでに『ベルセルク』の出した「対モンスター用兵器」という「答え」は魅力的で説得力に満ちた画期的なものだったのだ。

 なかでも、3D時代の幕開けとも言えるタイミングで発売された『FF7』の主人公にあの大きな「剣」を持たせた当時のスクウェアスタッフの貪欲さと嗅覚の的確さは見事というほかない。なにせ、あの巨大な「剣」はガッツのトレードマークであると同時にクラウドのトレードマークにもなり、2021年現在においても世界的な人気キャラクターであり続けているのだから。

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(画像はMEDIA | FINAL FANTASY VII REMAKE | SQUARE ENIXより)

 それにしてもなぜ三浦建太郎氏はこのような画期的な「剣」を創造し、それをリアリティを持った形で描くという離れ業を成し遂げることが出来たのだろうか。作者自身のインタビューや対談での発言を振り返りながらその理由を考えてみよう。

アイディアを磨くことの重要性

 三浦建太郎氏は、あまりメディアに頻繁に露出する方ではないが、一方で数少ないインタビューや対談では、自作や自身の興味関心について饒舌な方でもあったりする。下記に引用する対談で鳥嶋氏も指摘しているように「言葉」を持っている作家なのである。

 その中には、「ドラゴンころし」の創造に至る過程が伺える興味深い発言も存在する。ちょっと長いが、引用しよう。

鳥嶋 確かあの頃は、あだち充旋風が吹き荒れていた時代で、少年マンガの勢いはサンデーにありましたね。あだち先生の影響を受けてマンガ界はラブコメ全盛期で、だからといってジャンプがラブコメでサンデーに対抗するのはどうかという話になって……。そして生まれたのが「北斗の拳」です。

三浦 へえー。でも僕の中で「北斗の拳」は、マンガ界でどっしり中心にありますよ。読んでいた当時、ケンシロウの拳が、実際に画面のこちら側に出てくるようなところが衝撃的でした。だから「ベルセルク」で同じことをするにはどうすればいいのだろうかと、連載当初すごく悩んでいましたね。「北斗の拳」の拳と異なり、剣だと造形上どうしても「線」になってしまうので、同じような迫力が出せないんです。だから拳の代わりに斬られた人間を吹っ飛ばして回転させて、それで飛び出す効果を出してみたんです。


「ベルセルク」特集 三浦建太郎×鳥嶋和彦対談|コミックナタリーより引用)

賀来:他のインタビューでお話しされていた、“アクションシーンを作っていくときに、『北斗の拳』のケンシロウの手が画面の前に飛び出てくる感じに対抗するにはどうしたら良いか”というのに、「ガッツが斬ったときの相手の上半身を回転させる」っておっしゃっていたのが凄く面白くて。やっぱり『ベルセルク』で“回転する上半身”は物凄い発明だと思うんですよ。

三浦:当時の僕が好きだった漫画の『北斗の拳』や『聖闘士星矢』が出た頃の「ジャンプ」って、みんな漫画がそういう一芸を持っていて、漫画ってそうじゃないとダメなんだと思い込んでた部分もありまして。そんな中、自分が一番ショックを受けたのが『北斗の拳』のコマいっぱいの拳の表現なんです。あれって自分にとって漫画がアトラクション化した瞬間だったんですよ。今の3DとかVRが、自分にとってはあそこにあったんですよね。

賀来:僕にとってはまさにそれがガッツの横振りで斬られた、人間の回転する上半身と下半身で、もうそれこそアトラクション化した瞬間っていうか。

三浦:(笑)。だけどCGで何でも描けるようになっちゃってから、映像文化も含めてそういった“アイディア”っていう株がどんどん落ちちゃったんですよ。でも未だに“アイディア”というものの価値は色褪せないと思うんですよね。
 
(中略)

三浦:新しい漫画を始めるときにそれをちゃんとやると、いい漫画になると思うんですよ。昔の「ジャンプ」の漫画家さんがやっていた、“一ひとアイディア”とか“一ひとインパクト”が必要なのではと思いますね。

賀来:おっしゃっている“アイディア”は、三浦先生としては絵的なアイディアがより強いんですか?

三浦:絵だけじゃないんですけどね。アイディアを考えるときって全部を総動員すると思うんですよ。ひとつ「これを目指す」と決めたら、絵的な方向からもアイディア的な方向からも、目標をひとつに定めていい具合にやっていく感じですよね。

賀来ゆうじ×三浦建太郎 『地獄楽』5巻発売記念特別対談|少年ジャンプ+より引用)

 この2つの対談は、今でもネットで読むことが可能で、どちらも非常に長く濃密な対談なので興味を惹かれた方は是非全文読んでみて欲しい。

 鳥嶋氏のあまりに率直な物言いといい、『地獄楽』作者の賀来ゆうじ氏がそのインタビューを読んだ上でさらに畳みかける質問をしていたりと、興味深い点は多々存在するが、やはり重要なのは三浦建太郎氏の発言である。

 これらの対談における、『北斗の拳』『聖闘士星矢』を始めとする80年代のジャンプ黄金期の漫画から受けた率直な影響、アイディアの重要性、そしてなにより自身が描こうとしている「剣」という武器の抱える問題点とそれを解決するための表現手法の模索。
 
 しばしば、私たちは圧倒的な作品を創造する作者に、奔放なイマジネーションと溢れ出る創作意欲によって自由闊達に創作に勤しむ天才的な作家像をイメージしてしまったりする。
 だが、ここにあるのは、優れた作品には素直に影響を受け、その影響を自身の作品にも濃厚に反映させつつも、それらの作品達に負けないようにアイディアを練り、発生した問題と向き合いブラッシュアップを重ねる、地道に研鑽を重ねる実直な作家としての姿だ。

 特に、『北斗の拳』における「拳」の迫力を「剣」で再現するために積み上げた工夫などはすごい。「ドラゴンころし」という「剣」が発明出来た時点で充分にすごいことであるにも関わらず、作者本人はそこに「拳」には及ばないという「問題」を見出していたのである。
 この飽くなき探求心と、それに対する解決策を発案し実際に表現として確立するという、変な言い方をしてしまえば、自分のやりたいことに過剰に固執するのではなく、ある種の客観性を保持した上で推敲を重ねつつ、創作していくという姿勢──三浦建太郎氏はこれが出来る作者だったからこそ、「ドラゴンころし」を発明することだって出来たのではないかと私は考える。

 さらに本サイトの対談インタビューではこんなことも述べている。

橋野氏:
 それで言うと、ガッツが大剣を持っているじゃないですか。本当はあり得ない大きさなんだけど、臨場感とリアリティがありますよね。

三浦氏:
 あの剣の大きさが、たぶん僕のいちばんの発明だと思うんです。要するに、筋肉モリモリで身長2メートルぐらいの男が、ギリギリ持てないぐらいの感じのものにしたかったんですよ。例えて言うと、マーベル映画のキャプテン・アメリカ【※】あたりの身体感覚に近いと思うんですけど。

 キャプテン・アメリカってほかのヒーローとは違って、オリンピック選手に毛が生えたぐらいの強さしかないじゃないですか(笑)。普通にできそうだな、というアクションにちょっと上乗せしたぐらい。
 ガッツもそのぐらいの感じのところを目指したんですよね。
 これなら実際にできそうだな、この剣なら持ち上げられるかな、というギリギリのところで、これで敵を殴ったらどうなるのか、想像が及ぶぐらいの範疇に収めたかったんです。それであの剣の大きさになったし、あれぐらいの大きさの剣がものすごいスピードでぶつかったら、どんな部位破壊が起こるかというのを、空想ですけどシミュレーションして、それであのバランスが整ったんですよ。

【『ベルセルク』三浦建太郎×『ペルソナ』橋野桂&副島成記】ダークファンタジーの誕生で目指した“セックス&バイオレンス”の向こう側より引用)

 本人自ら、「ドラゴンころし」をいちばんの発明と言っていたり、MARVEL映画をガッツリ観ていたりと興味深い点は多々あるが、これらの発言でもっとも興味深いのは、「リアリティを担保しつつも自分の空想も混ぜ込んでいく」という、リアル一辺倒にも寄らず、空想のみにも頼らないバランスを常に心掛けようとする姿勢である。
 本当にリアルな考証のみで構築していたら「ドラゴンころし」は生まれなかっただろうし、空想のみで突っ走っていればもっと荒唐無稽な何かになっていただろう。

 あの常軌を逸した「剣」は、突き抜けた発想力や、作者が妄想を迸らせた果てに生まれたものなのではなく、現実と創作物の間で非常にクレバーに計算された、優れたバランス感覚によって誕生しているのだ。

変わる少年漫画、受け継がれる「剣」

 54歳というまだまだこれからという年齢、未完に終わってしまった『ベルセルク』。そして『ベルセルク』以外にも旺盛な創作意欲を発揮し、まだまだこれから充実した作品を執筆し発表し続けたであろう作家の急逝はあまりに惜しい。

 直接的な関係はないが、先日、週刊少年ジャンプ誌上で連載中で、TVアニメも制作され、現在人気絶頂の『呪術廻戦』が、作者である芥見下々氏の体調不良を理由に、本誌での連載を一か月休載をするということが発表された。
 今後、週刊や隔週刊というハイペースな刊行体制で創作を強いられるあまりに過酷な漫画家という職業のあり方は、少しずつではあるが、見直され、確実に変化しつつある。

 そして、その作者本人の過酷な創作環境とシンクロするかのようにテンションを上げ、画力すらも大幅に変質、向上させ主人公が「真っ白な灰」になるまで燃やし尽くすタイプの物語──まさしく『ベルセルク』におけるガッツのような、苛烈な状況に真っ向から対峙し文字通り命を削って戦い続ける主人公の物語は、次第に少年/青年漫画の王道では無くなっていくのかもしれない。

 しかし、それでも『ベルセルク』が残した「剣」の衝撃は残る。

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(画像はベルセルク (29) (ヤングアニマルコミックス) | 三浦 建太郎 |本 | 通販 | Amazonより)

 既に挙げた『FF7』や『モンスターハンター』のような「ドラゴンころし」の影響を濃厚に受けたゲーム作品は今後も世界的な人気を博していくだろう。
 『FINAL FANTASY XIV』のゲーム空間内において、「ドラゴンころし」を想起させるおおきな「剣」を携えた暗黒騎士というジョブになった世界中のプレイヤーたちが一か所に集って三浦建太郎氏の追悼をしたことなどからも、『ベルセルク』という漫画が如何にゲームの世界に対して大きな影響を与え、世界中のゲームプレイヤーから愛されていたかということがわかる。

 三浦建太郎氏が残した、「剣」と言うにはあまりにも大きすぎる、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎる正に鉄塊のような「剣」は、漫画の世界すら超え、絶大な影響をゲームの世界に与えた。そこから生まれたさまざまなタイトル、さまざまな可能性は今のゲーム業界にとって必要不可欠と言っていいだろう。

 三浦建太郎氏が発明した「ドラゴンころし」という画期的な武器のおかげで、ゲームの世界は確実に面白く豊かになったのだと思う。そんな偉大な先人にはいくら感謝してもしきれない。今はゆっくり休んで欲しい。ご冥福をお祈りしたい。

著者
『ベルセルク』が与えた「剣の衝撃」とは何だったのか【追悼・三浦建太郎】_005
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ、「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu

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