ビジュアル面での格ゲーの影響
――今日は当時の「サムライスピリッツ」【※1】やNEOGEO【※2】を持ってきてみたんです。当時よくプレイされたものはありますか?
※1 「サムライスピリッツ」
SNKが制作した、主に江戸時代の天明〜寛政期を舞台とした対戦型格闘ゲームシリーズ。1993年、第一作目となる『SAMURAI SPIRITS』が制作された。SNK黄金時代を築くのに一役買ったゲームでもあり、続編が数多く作られた。
※2 NEOGEO
1994年にSNKが開発・販売、及びレンタルしていた家庭用ゲーム機、並びに業務用ゲーム機の名称。家庭用向けとして開発が進められたが、後に業務用(アーケード用)にも流用されることになったという、当時としては非常に珍しい経緯を辿ったゲーム機器並びにシステムウェアだった。
和月氏:
(2作目〜4作目の辺りを指さして)これとか懐かしいですね。
――ちょうど『るろ剣』が連載開始したあたりの作品ですね。「サムスピ」との出会いは、どんな感じだったのですか?
和月氏:
「サムスピ」は出たときから興味があって、関連の書籍なんかは購入していたんです。そうしたら、ちょうど『剣心』が始まってすぐくらいの頃かなあ、もの凄いゲーマーのスタッフの人がゲーセンに連れて行ってくれたんです。そこで面白くなってしまったときに、NEOGEOが出て一気にハマっていきました。
――昔からアーケードゲームを遊ばれたりはしていたのですか?
和月氏:
いや、実はその日が初めてだったんです。24歳で初ゲーセンでした(笑)。
俺は田舎者で、ゲーセンは不良のたまり場というイメージがありましたから。しかも、なかなかゲームで遊ぶお金もなかった。漫画家になってからも、アシスタント生活の中で漫画を描くのに夢中でしたから、『ストリートファイターII』が流行ってるのを横目で見つつも行きませんでした。
――となると、家庭用ゲームまで含めたゲーム体験はどんなものだったのですか?
和月氏:
小学校の高学年のときに、お年玉で買った「ゲーム&ウオッチ」の『オクトパス』で遊んだのが最初かなあ。で、中学生のときに友達の家でファミコンを遊ぶようになって、『アイスクライマー』や『マリオブラザーズ』、それと『ゼビウス』ですよね。当時は次に出るゲームは前に出たゲームより圧倒的に面白くなっていく時代でした。でも反射神経が悪いみたいで、どれもクリアできてません(苦笑)。
ファミコンを初めて買ったのは高校生のときで、漫画賞を初めて獲ったときのお金でした。
――なんと。となると、やはり娯楽のメインは漫画ですよね。まあ趣味というより、将来の仕事という感じだったかもしれないですが。
和月氏:
まあ、小学校の卒業文集で「漫画家になりたい」と書いてたくらいですから。4人兄妹なんですけど、2番目の兄が漫画好きで、「コロコロコミック」や「ジャンプ」を買ってきたのを読んで育ったのが大きいと思います。その兄の影響で漫画を描きはじめて、小学生の漫画だからそれこそ大学ノートにコマを割って描いてるだけなんですけど、友達が読んで喜んでくれると、もう本当に嬉しかったですね。
――ゲームに本格的に興味を持ったのはいつからですか?
和月氏:
結局、ファミコンのソフトは高くて、2、3本しか買えなかったんです。
でも、東京に出て、アシスタント生活を始めてみたら、みんなゲームをやってるんですよ。特に「ドラクエ」のように、鳥山明先生が携わられて、しかもあれだけ面白い作品が出てしまって、ゲームが漫画に大きく寄ってきたイメージもありましたから。
で、ちょうど仕事場で『ドラクエ4』が出るぞと盛り上がっていて、俺が『ドラクエ3』もやってないって話をしたら、先輩が憐れんで『ドラクエ3』を貸してくれて(笑)。そこから一気にハマっていきました。
――仕事場からの影響だったんですね。
和月氏:
ゲーセンの方も『るろ剣』の連載が開始した頃に、スタッフに「俺、実はゲーセン行ったことなくて……」と告白したら、仕事を終わったあとに連れて行ってもらえたという経緯ですから。いやでも、もうめちゃくちゃ面白かったですね。筐体も、もの凄い大きいでしょ。
――当時はかなり大きいパネルでしたね。その後はずぶずぶいった感じですか?
和月氏:
住んでいた街には3つゲーセンがあったんです。そのうち2つは流行ってて、一つだけ寂れてるんですが、それが当時の仕事場のマンションの隣だったんですよ。で、俺はスタッフが起きる前の朝の時間にそっと抜け出して、ワンコインだけプレイする毎日でした。
あとは、仕事終了後に、スタッフさんと寝る前に格闘ゲームをワーッとプレイしたりとかです。仕事場では対戦、ゲーセンでは一人プレイという感じでしたね。その後は、サムスピ以外にも「ヴァンパイア」シリーズ【※】にハマったりして、楽しんでました。
――ちなみに、腕前の方は?
和月氏:
下手の横好きです。当時のゲーセンって、上手な人は本気で殺しにかかってくるじゃないですか。ひたすら怖かったですよ(笑)。
――電ファミの若手のスタッフで、格ゲーにトラウマを持ってる人は多いですからね。お陰でジャンルそのものが衰退してしまった面もあるんでしょうけども……。
和月氏:
早朝にプレイしていたのも、乱入してくる人がいなかったからですからね。
本格的にゲームの影響をトーク
――そろそろゲームからの影響に話を戻そうと思うのですが、先ほどゲームと漫画は互いに影響を与え合っていたという話がありましたよね。
和月氏:
例えば、『ドラゴンボール』の「かめはめ波」の方が、『ストII』の「波動拳」よりも先ですよね。それ一つとっても、「ジャンプ」に由緒正しい伝統としてあったバトル漫画が、格闘ゲームに入っていった流れはありますよね。もちろん、俺もそういう「ジャンプ」のバトル漫画の流れにある時代劇として『剣心』を考えて、今度は格闘ゲームに影響を受けていったわけです。
――確かに。鳥山先生に至っては、そもそも実際にゲームに関わってますからね。ただ、具体的にはどういう部分で影響を受けたのですか?
和月氏:
まずは、動きやデザインの格好良さです。
実は『るろ剣』の最初の頃って、“バーチャル明治”な世界観ではあったけど、やっぱりそんなに変なところまでは飛ばせてないんですよ。俺のアニメっぽい絵柄を時代劇に合わせようと頑張ってたから、まずは難なく落とし込める範疇でキャラクターデザインをしていたんで。
――そうですね。確かに、序盤はわりと普通です。
和月氏:
そんなときに「サムスピ」をプレイして、ビックリしたわけです。「こんなやり方があるのか!」と。
もう最初に驚いたのは、牙神幻十郎ですね。覇王丸や橘右京や柳生十兵衛もいるけど、俺の中ではあの辺が侍系のキャラクターで「カッコイイ」の範疇の限界だろうと踏んでいたんですね。だけど、牙神はもう異質の格好良さで登場したんです。
デザイン自体は突飛なわけじゃないんですが、3人とは別ラインのカッコ良さを持つ侍系で来て、「あ、こういうのもあるんだ」と。俺の想像を飛び越えたところで登場してきたキャラクターでした。「ああ、キャラクターってこういうものなんだな、凄い」と感動しました。
そこからなんですよ。俺が『るろ剣』のキャラクターをどんどん時代劇の枠から飛び出させていったのは。明治の時代にアタマを突っ立てて、サングラスかけてたっていい。それもアリなんだ――そう信じられたのは、「サムスピ」のお陰です。
――おそらく、『るろ剣』自体が漫画の世界では、時代劇ジャンルにおける一つの挑戦だったと思うのですが、その挑戦をさらにドライブしたのが、当時の格闘ゲームだったということでしょうか。
和月氏:
あと、白井さん【※】というデザイナーの方の墨絵にも、「ああ、なんてカッコいいんだろう!」と影響を受けました。
※白井影二
1992年にSNKに入社したイラストレーター。「餓狼伝説2」「餓狼伝説スペシャル」「サムライスピリッツ」「風雲スーパータッグバトル」の販促イラストを描いた。「サムライスピリッツ」では、筆で描いた様な印象的なキャライラスト等を手がけ、ポスター等の販促画を描く森気楼氏と共に、該当作品を代表するイラストレーターの一人となった。
――SNKの伝説的なデザイナーさんの一人ですね。
和月氏:
『剣心』でも墨をバーッと引きますけど、少なくとも俺は、漫画でああいうのは見たことがなかったです。
俺自身についていえば、やはり「サムスピ」の墨絵の影響ですよ。「こういうのもアリなのか!」と、そのビジュアルのセンスにショックを受けました。最終的には、コミケで白井さんの同人誌まで買いましたからね(笑)。
――ははは(笑)。
動きなどのレベルでの影響
――あと、バトルの際の「立ち絵」の決め方なんかはどうですか。格ゲーってガイルなんかも普通にガードを決めればいいのに、ポーズがちょっと変だったりするじゃないですか(笑)。これは和月先生に限らず、バトルを描く漫画家への影響は大きかったはずなんです。
和月氏:
そりゃもう。
というのも格闘ゲームって、その性格上戦うこと以外にドラマがなかなか組み込めないんです。キャッチーな台詞もそれほどぽんぽんとは吐けなくて、何を描くにしても「対戦バトルの範囲」で表現しないといけない。そうなると、彼らはポーズ一つでキャラクターを立てる必要がある。それがもう実に素晴らしいんですね。
「ジャンプ」ではとにかく「キャラクターを立てろ、キャラクターが一番の魅力だ」と徹底的にたたき込まれるんです。そんなときに、格ゲーはもう「戦い方一つでここまでキャラクターの個性を出せるのか」というのを見せてくる。スピードタイプ、トリッキーなタイプ、一つ一つの通常ワザは弱いけど大技は強いタイプ、みたいな感じでバリエーションもある。こういう特徴の付け方は、それ以前にはあまりないものです。その後のジャンプ漫画に限らず、バトル系のエンターテイメントのあらゆる作品が影響を受けたんじゃないでしょうか。
――ああ、やはり。実は今回の取材の前に、『とある魔術の禁書目録』の鎌池和馬さんに取材した際に、やはり自分たちの世代には「格闘ゲーム」の影響が大きくて、属性の能力でバトルさせていく発想なんかはそこから来ているんじゃないかと話されていたんです。
和月氏:
それはたぶん当たってると思います。
ファンタジーやRPGだと、属性はジョブみたいになりますからね。これはキャラへの影響が大きくて、戦士から魔法使いへのジョブチェンジなんてキャラごと変化するようなものじゃないですか。でも、格ゲーは水属性や火属性のような形で、対戦における最小限必要な情報の中でキャラクターを立てていく。その組み合わせ方も含めて、格ゲーは本当によく考え抜いてますよね。
――その辺は、まさに『るろ剣』でも気をつけられていましたよね。
和月氏:
ええ。
ただ、そこは格ゲーの影響もあったけど、「万能キャラってつまんないな」という自分の想いもありました。「このキャラはこれだ」と分かりやすい能力があって、ワザ一つにもキャラが見える方が楽しいじゃないですか。一人の人間にいくつも最強レベルの特徴をつけたのは、あえて比古清十郎をそうしたくらいです。
ま、そこはアニメ化の次に「格ゲー」化も来るといいな……みたいな欲もちょっとあったんですけどね(笑)。
ゲームから影響を受けたインパクトのある「技」
――具体的なワザ作りの部分では影響はあったんですか? まあ、志々雄真実の紅蓮腕とかは明白ですが……。
和月氏:
あれはモロです(笑)。すみません。
でも、発想の飛ばし方は、どんどん取り入れましたね。覇王丸の弧月斬【※】なんて、本来だったらあり得ないけど、格好いいじゃないですか。だったらありじゃん、という。
連載当時、俺も昔の剣術を調べたりしてみたんです。でも、色々と名前はあっても見た目は凄く地味で。実践では凄く強いのかもしれないんですが、インパクトが漫画としては弱いんです。その意味で必殺技の部分では、格ゲーの影響は強く受けましたね。
※弧月斬
「サムライスピリッツ」シリーズの主人公的存在・覇王丸の必殺技で、その場で弧を描くように刀を振り上げてから、さらに刀を振り上げつつ飛び上がっていく対空系の技。
――しかも、ちょいちょい格ゲーっぽいフレーズが出てくるんですよね。「対空」【※】とか。
※対空
格闘ゲーム用語で、相手の空中からの攻撃への対抗を意味する。
和月氏:
ああ……でも今思うと、それはアウトですね(笑)。
一同:
(笑)
和月氏:
もう今から推敲していいのなら、全部なおしたいですよ!
当時は忙しくて、頭がちゃんと働いていなかっただけなんで……。
――でも、そういうフレーズが時代劇に飛び出してくる感じも、同時代感があった気がします。エンターテイメントって、正確さよりも勢いの方が大事な場面もあるじゃないですか。九頭龍閃【※】のときに「突進技」と言ってみたり(笑)。
※九頭龍閃
剣心の使う「飛天御剣流」の技のひとつ。剣術の基本である九種類の斬撃を同時に繰り出す大技、かつ同時に突進技でもあり、さらに斬撃の一つ一つが一撃必殺の威力を持っている。
和月氏:
少年漫画だし、許される範疇ではあったのかなあ……(苦笑)。
ちなみに、ワザで言うと「超能力」を出さないことだけは決めてました。インチキでも理屈はつける(笑)。「気」は出てきても、それはあくまでも気合いの範疇。「気」を飛ばして攻撃したりとかはナシ。あくまでも身体能力の限界地点にある力として描いてました。
――でも、空中で二段ジャンプするのとかは……。
和月氏:
あれは、さすがに狙ってやりました(笑)。
あの当時、『剣心』も終わりの時期だったんで、「えい、やっちゃえ」と冒険してみたんです。『魁!!男塾』の「民明書房刊」【※】みたいな、「まことしやかに説明してるけど全て嘘」というノリを試してみたんですけど、結果は単にやり過ぎたという。これはもう、「理屈をつけない」というか、「理屈がつかない」の域になってたんでしょうね。
※「民明書房刊」
「週刊少年ジャンプ」に連載していた宮下あきらによる漫画作品『魁!!男塾』 に登場する架空の書籍。作中に登場する超人的な武術や必殺技について、この本を引用する形で解説することによって妙なリアリティを出す演出がなされていた。
――まあ、ゲームでは「あるある」ですけども(笑)。
和月氏:
基本的には、ツッコんで楽しんでもらえればいいと思ってます。そういう楽しみ方もアリですから(笑)。
SNKからの影響関係
――ちなみに、『サムライスピリッツ零』【※】のキャラデザインを手がけてますが、「サムスピ」の開発者の方との交流などはあったんですか?
和月氏:
いや、ないですね。シリーズ3作目となる『サムライスピリッツ 斬紅郎無双剣』を作った方が後に独立したのですが、その人が妻の友達でして。で、その方がその後『サムライスピリッツ零』を作ったときに、声かけてくれたんです。
――ああ……そういう経緯だったんですね。
和月氏:
あと、これは噂話レベルなんですけど、『剣心』を作りたいと編集部に持ってきたというのは聞いたことがあります。ところが、編集部は無下に断ったという(笑)。
――まあ、そりゃ和月さんの耳に入ったら、ジャンプ編集部としては困るでしょうから。
和月氏:
俺はそれを聞いたときに、「なんてことをしてくれたんだ!」って叫びましたけどね。「出して欲しかった!」って(笑)。
一同:
(爆笑)
和月氏:
というまことしやかなお話だけは耳に入っております。真相は検証しておりませんけど(笑)。
ただ、『幕末浪漫 月華の剣士』【※】のときに、『るろ剣』からキャラクターを出したいという話があったとは聞いてますね。
――実際、設定で凄い似たキャラクターがいますからね。九頭龍閃とか牙突みたいなのも出てきますし。
和月氏:
明らかに影響受けてて、俺は嬉しかったですね(笑)。
――(笑)
和月氏:
だって、俺自身が凄い影響を受けたんですから。そりゃ、「ありがとう」じゃないですか。
まあ、向こうとしては俺に怒って、「やりかえしてやろう!」っていう気持ちでやったのかもしれませんけどね。
――今回の取材のために『るろ剣』を改めて読み返してみて、90年代に登場した格ゲーや『エヴァ』や当時のアメコミブームを貪欲に取り入れた、本当に華やかな作品なんだなと言う感想を持ちました。当時のサブカルチャーのエネルギーを感じたんです。
和月氏:
まあ、そこまで言われると、やっぱり「単に怖いもの知らずだっただけですよ」と思ってしまいますが。
ただ、あまりに影響の部分をガッツリ言ってしまうと、お互いにパワーを無くしていっちゃう感じはしてます。まあ権利の問題とかもあるんで、なかなか大きな声では言えない時代ですけど、お互いが片目を瞑って影響を与え合うのが、本当は一番いいんじゃないかな……と最近は思ってます。